デイヴィッド・グリーン(David Greene)の論文一覧:「ごほうびを出したら、やる気が帰りました」人間の“やる気スイッチ”をひっくり返して調べた心理学者

デイヴィッド・グリーン(David Greene)の論文一覧:「ごほうびを出したら、やる気が帰りました」人間の“やる気スイッチ”をひっくり返して調べた心理学者
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デイヴィッド・グリーン(David Greene)のプロフィール

デイヴィッド・グリーン(David Greene)は、社会心理学を土台にしながら、「人はなぜ行動するのか」「ごほうびを与えれば、本当にやる気は高まるのか」という、人間のやる気の少々ややこしいところを研究してきた研究者です。

「頑張ったら、ごほうびをあげますよ」

こう言われたら、普通はうれしいですよね。

会社なら給料、学校なら賞状、子どもならシール。人類はかなり長いあいだ、「よい行動には、ごほうびを」という方式で暮らしてきました。

ところがグリーンたちの研究は、そこに小さな爆弾を置きます。

「そのごほうび、場合によっては逆効果になるんじゃないですか?」

えっ。

ごほうびをあげたのに?

はい。人間の心、そんなに単純なポイントカードではなかったのです。

「好きだからやる」に、ごほうびを足したらどうなる?

グリーンの名前を心理学史に残した代表的な研究のひとつが、マーク・R・レッパー、リチャード・E・ニスベットと行った1973年の研究です。

当時グリーンはスタンフォード大学に所属していました。研究では、もともと絵を描くことが好きだった幼い子どもたちを対象に、「絵を描いたら賞がもらえる」とあらかじめ伝える場合と、そうではない場合を比べました。

すると興味深いことが起こります。

最初からごほうびを約束されて絵を描いた子どもたちは、その後、自由に遊べる時間になると、絵を描くことへの興味が低下したのです。

これは、のちに「過剰正当化」と呼ばれる現象を考えるうえで非常に有名な研究になりました。

難しそうな名前ですが、考え方は意外と身近です。

「絵を描くのが楽しいから描いている」

だったはずなのに、

「賞がもらえるから描いている」

へと、本人の中で理由がすり替わってしまうことがある。

つまりグリーンたちは、人間のやる気には、

「やりたいからやる」

という内側から出てくる火と、

「何かもらえるからやる」

という外側からつけられる火があり、後者を乱暴に投入すると、もともと燃えていた火まで弱くなる可能性があることを示したわけです。

ごほうびという薪をくべたつもりが、なぜか焚き火に水をかけていた。

心理学、たまにこういうことをしてきます。

「見られている」だけでも、遊びは仕事になる?

グリーンとレッパーは、その後もこの問題を追いかけました。

1975年には、子どもが活動するときに「ごほうびがもらえるか」だけでなく、大人に監視されているかどうかにも注目しています。

子どもたちに活動をしてもらい、「テレビカメラで見ていますよ」と伝える条件などを設け、その後の自発的な興味を調べました。その結果、ごほうびへの期待だけでなく、監視されている状況も、子どもの自発的な興味に影響することが示されました。

これ、子どもの話だけだと思うと少しもったいないんですよね。

会社で、

「自由にやってください」

と言われた30秒後に、

「ちなみに進捗は毎時間報告してください」

と言われたらどうでしょう。

自由、もう玄関で靴を履いて帰っています。

グリーンたちが見ていたのは、単なる「子どもと賞状」の話ではありません。

人間は、自分で選んでいると感じられるときと、誰かに動かされていると感じるときで、同じ行動でも意味が変わる。

そんな心の仕組みです。

ごほうびは悪者なのか?

ここで、

「なるほど。ごほうび禁止ですね。明日から賞与も廃止しましょう」

となると、話が急カーブします。

グリーンたちが研究していたのは、単純な「報酬は悪い」という話ではありません。

1976年には、報酬によって行動を増やす仕組みについて、より現実的な場面で検討しています。子どもたちに一定の活動をすると印や点数などを与える仕組みを使ったところ、その仕組みが存在する間は対象となる活動が増える一方、報酬を取り除いたあとには、かえって活動が減る場合が確認されました。

つまり、

「ごほうびは、その瞬間に人を動かす力を持っている」

けれど、

「その人が、その後も自分からやり続けるか」

は別問題なのです。

ここがグリーンの研究のおもしろいところでしょう。

人間を動かすことと、人間のやる気を育てることは、同じではない。

ボタンを押せば動く機械なら簡単です。でも人間には、

「自分はなぜこれをしているんだろう?」

と勝手に意味を考える頭がついています。

なかなか手ごわい。

そして、そこがおもしろい。

スタンフォード大学で社会心理学の博士号を取得

グリーンはスタンフォード大学で社会心理学の博士号を取得しています。

その後の経歴は、いわゆる「大学教授一本で生涯研究」という一本道ではありません。

本人のプロフィールによれば、アマースト大学、ペンシルベニア大学、スタンフォード大学、カーネギーメロン大学、SRIインターナショナルなどで研究に携わり、大学での研究だけでなく、ソフトウェア開発や、小学校から高校までの教育政策に関する調査・評価にも活動領域を広げていきました。また、シカゴやロサンゼルスの公立学校などで教育事業の評価にも携わっています。

1976年の論文ではカーネギーメロン大学心理学部に所属していたことも確認できます。

研究室の中だけで「人間とは何か」を考えていたというより、

「では、その心理学を教育や社会の現場でどう考えるのか」

という方向へ歩いていった研究者と見ると、その経歴がつながって見えてきます。

「ごほうびの隠れた代償」を一冊の本へ

1978年には、レッパーとともに『The Hidden Costs of Reward』という本を編集しています。

日本語にするなら、**『ごほうびに隠された代償』**くらいの意味でしょう。

なかなか不穏なタイトルです。

キャンディーを差し出した手の後ろで、心理学者が電卓をたたいている感じがあります。

この本では、報酬が人間の行動を促すという従来の考え方だけではなく、使い方によっては自発的な意欲を弱める可能性があることについて、当時の研究や理論がまとめられました。

1970年代は、「人間の行動は報酬によって強化できる」という考え方が強い影響力を持っていた時代です。

そこへ、

「確かに行動は増えるかもしれません。でも、その人の心の中では何が起きています?」

と問いかけた。

これがグリーンらの仕事のおもしろさです。

研究対象は「やる気」から「社会のあり方」へ

さらに興味深いのは、グリーンの関心が心理学だけにとどまらなかったことです。

現在は独立した研究者として活動し、人間の幸福、社会正義、民主主義、環境問題などについて考察しています。2023年には、人間社会と自然とのつながりや民主主義、社会正義を扱った著書『Which Future?』を発表しています。本人は、自身の立場を人間の幸福と正義への貢献を目指すものとして紹介しています。

一見すると、

「子どもに賞状をあげる研究から、ずいぶん遠くへ行きましたね」

と思うかもしれません。

でも、よく見ると一本の道があります。

人は何によって動くのか。

人を外から操作することと、その人自身が納得して行動することは何が違うのか。

社会の仕組みは、人間をどんな方向へ動かしているのか。

1970年代には「ごほうび」という小さな入り口から始まった問いが、やがて教育や社会全体へ広がっていった、と見ることもできます。

デイヴィッド・グリーンをひと言で表すなら

デイヴィッド・グリーンの研究をひと言でまとめるなら、

「人間は、ニンジンをぶら下げれば走る馬ではありません」

ということなのかもしれません。

もちろん、人は報酬で動きます。

給料がなければ働けないし、評価されればうれしいし、子どもだって賞状をもらえば喜びます。

でも人間には、それとは別に、

「これがおもしろい」

「もっとやってみたい」

「自分で選んだ」

という、とても繊細なエンジンがあります。

グリーンたちの研究は、そのエンジンに不用意に手を突っ込むと、

「よし、もっと動かそう」

と思って回したつまみが、

まさかの「電源OFF」だった、

ということがあり得ると教えてくれました。

教育でも、子育てでも、仕事でも、自分自身の習慣づくりでも、この問いは今なお生きています。

「どうすれば、この人を動かせるだろう?」

だけではなく、

「どうすれば、この人が自分から動きたくなる気持ちを壊さずにいられるだろう?」

そこまで考える。

デイヴィッド・グリーンの研究は、そんな少し丁寧な人間観へ、私たちを連れていってくれるのです。

参考文献・確認先:David Greene 公式プロフィール / スタンフォード大学:Mark R. Lepper 研究業績 / ERIC:David Greene 関連論文 / Google Scholar:David Greene 論文・引用情報

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

デイヴィッド・グリーン(David Greene)の研究から学べること

デイヴィッド・グリーンの研究から学べることを、ものすごく乱暴に一言でまとめるなら、

「人は、動かせばいいってものではない」

ということだと思います。

たとえば、子どもが楽しそうに絵を描いているとします。

そこへ大人がやってきて、

「上手に描けたら、ごほうびをあげよう」

と言う。

一見すると、何も悪くありません。

むしろ親切です。

「もっとやる気が出るかな」
「もっと頑張れるかな」

そんな善意から出た言葉でしょう。

ところが、グリーンたちの研究が教えてくれるのは、

その善意が、ときどき心のエンジンを止めてしまうことがある

という、ちょっと困った事実です。

人間の心、親切を入れれば親切な結果が出てくる自動販売機ではありません。

「やりたい」には、値札を貼らないほうがいいことがある

グリーンたちが注目したのは、もともとその人の中にある、

「楽しいからやる」
「おもしろいから続ける」
「好きだから触っていたい」

という気持ちです。

たとえば、本を読むのが好きな人がいます。

その人に、

「1冊読んだら500円あげます」

と言ったらどうなるでしょう。

最初は、

「最高じゃないですか」

となるかもしれません。

好きなことをして、お金までもらえる。

人生、ついにボーナスステージ突入です。

ところが、それが続くと、

「本が読みたいから読む」

ではなく、

「500円もらうために読む」

へと、行動の意味が少しずつ変わっていくことがあります。

そして500円がなくなった瞬間、

「じゃあ、今日はいいか」

となる。

本は同じ本です。

本人も同じ人です。

なのに、「なぜ読むのか」が変わるだけで、やる気まで変わってしまう。

ここに、人間の不思議があります。

グリーンたちの研究は、私たちに、

やる気は行動の量だけでは測れない

と教えてくれます。

たくさんやっているから、やる気があるとは限らない。

やらされているから動いている場合もある。

逆に、静かに夢中になっている人には、外からのごほうびなんて必要ないこともある。

つまり、

「どれだけやっているか」

だけを見るのではなく、

「なぜ、その人はそれをやっているのか」

を見ることが大事なのです。

子育てでは「褒めれば褒めるほどいい」とは限らない

これは子育てにもかなり関係します。

「100点取ったらゲーム買ってあげる」
「片づけたらお菓子をあげる」
「いい子にしていたらシールを貼ろう」

こうした方法は、短期的にはとても強力です。

人はごほうびに弱い。

これは事実です。

冷蔵庫にプリンがあるだけで、夕食後の皿洗い速度が1.4倍になる人もいるでしょう。

ただし問題は、

ごほうびがなくなったあとも、その行動が残るか

です。

片づける意味が、

「部屋が気持ちいいから」

ではなく、

「お菓子がもらえるから」

だけになってしまうと、お菓子が消えた瞬間、片づけまで一緒に退職してしまいます。

だから大切なのは、ごほうびを完全に禁止することではありません。

むしろ、

「自分でできたね」
「前より工夫したね」
「これ、けっこう楽しかったね」

と、その人自身が感じている楽しさや成長に目を向けることです。

外から燃料を入れ続けるだけではなく、

本人の中にある小さな火を見つける。

そこが大事なのだと思います。

仕事では「管理しすぎると、やる気が蒸発する」

グリーンたちの研究は、職場にもずしんと刺さります。

「自由にやってください」

と言われた直後に、

「進捗は30分ごとに報告してください」

と言われたらどうでしょう。

自由、だいぶ小さいです。

もはやポケットサイズです。

人は、「自分で決めている」と感じるときに、やる気を持ちやすくなります。

逆に、

「監視されている」
「評価され続けている」
「失敗したら減点される」

という感覚が強くなると、仕事そのものよりも、

「怒られないようにしよう」
「点数を落とさないようにしよう」

という方向へ注意が向きます。

すると、もともとはおもしろかった仕事まで、

「採点される作業」

になってしまう。

これはかなりもったいないことです。

仕事を続けてもらいたいなら、

「どう管理するか」

だけでなく、

「どうすれば、この人が自分で考えられる余白を残せるか」

を考える必要があります。

人間は、監視カメラを増やせば増やすほど創造的になる生き物ではないのです。

自分自身にも「ごほうび漬け」にしすぎない

そしてこの研究、いちばん使えるのは自分自身かもしれません。

私たちは自分にもよく、

「これが終わったら甘いもの」
「30分勉強したら動画」
「運動したら買い物」

と、ごほうびを設定します。

もちろん、これは悪い方法ではありません。

始めるきっかけとしては役に立ちます。

でも、そればかりになると、

「運動そのものが気持ちいい」
「学ぶことが少しおもしろい」
「終わったあとの達成感が好き」

という感覚を見失ってしまうことがあります。

だから、ときどき自分に聞いてみるといいんです。

「これ、本当は何がちょっと楽しいんだろう?」

運動なら、汗をかいたあとの爽快感かもしれない。

勉強なら、昨日わからなかったことがわかる瞬間かもしれない。

掃除なら、机の上に空白が戻ってくる気持ちよさかもしれない。

ごほうびの外側にある、

行動そのものの小さな快感

を見つける。

これは、自分のやる気を長持ちさせるうえで、かなり大切な視点です。

人を動かすより、「動きたくなる理由」を守る

グリーンの研究から学べることの核心は、ここにあると思います。

人を動かすことは、案外できます。

お金を出す。
評価する。
監視する。
褒める。
競わせる。

こうした方法には、確かに力があります。

でも、

その人が自分から動きたくなる気持ちを守ること

は、もっと繊細です。

植物でいえば、葉っぱを引っ張れば早く伸びるわけではありません。

水や光を与えて、根っこが伸びるのを待つ必要があります。

人のやる気も、それに少し似ています。

急いで結果を出そうとして、

「もっと頑張って」
「これをやったら得するよ」
「見てるからね」

と外側から押し続けると、本人の中にあった、

「ちょっとやってみたい」

という声が、だんだん小さくなってしまうことがある。

だからこそ、

「どうすれば動かせるか」

だけではなく、

「何なら、この人は自分から動きたくなるのか」

を考える。

そこに、グリーンの研究から持ち帰れる一番大きな知恵がある気がします。

ごほうびは便利です。

評価も必要です。

お金も大切です。

でも、人の心にはそれだけでは動かない部分があります。

そしてたぶん、そこがいちばん人間らしい。

「やりたいからやる」

という、小さくて頼りなさそうな気持ち。

グリーンの研究は、その気持ちを雑に扱わないでくださいね、と私たちに教えてくれているのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

デイヴィッド・グリーン(David Greene)の論文一覧

1.『ごほうびをあげると、『好き』が減る? 外的報酬が子どもの内発的な興味を弱める:『過剰正当化』仮説の検証』マーク・R・レッパー、デイヴィッド・グリーン、リチャード・E・ニスベット(1973)

Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). Undermining children’s intrinsic interest with extrinsic reward: A test of the “overjustification” hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129–137. DOI:10.1037/h0035519

「絵を描くのが大好き!」な子どもに、「描いたらごほうびをあげるよ」と約束したら、もっと絵が好きになる……と思いますよね。ところが結果は、まさかの逆方向。ごほうびを期待して描いた子どもたちは、その後の自由時間に絵を描く時間が減ったのです。「好きだから描く」が「ごほうびのために描く」へ変わってしまったのかもしれません。やる気を足したつもりが、心の中では引き算になっていた。人間の動機づけの不思議を一気にのぞける、心理学史でも有名な一本です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
ご褒美でやる気は下がる?子どもの「好き」を弱めた心理学実験
ご褒美でやる気は下がる?子どもの「好き」を弱めた心理学実験
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