ダニエラ・グディス(Daniela Gudith)の論文一覧:仕事の横やりに「早く終わっても、心は残業中です」と警鐘を鳴らした集中力研究者
ダニエラ・グディス(Daniela Gudith)のプロフィール
ダニエラ・グディス(Daniela Gudith)は、働く人の心と、仕事を取り巻く環境について研究してきた心理学者です。
とくに彼女の名前が知られているのが、仕事中の「割り込み」を扱った研究です。
メールを書いているときに電話が鳴る。資料を読んでいるときに、同僚から話しかけられる。ようやく集中してきたところで、画面の端から通知が「こんにちは」と顔を出す。
こちらとしては、まったく歓迎していないのですが、通知だけは妙に社交的です。
ダニエラ・グディスは、そんな現代の職場に潜む“小さな横やり”が、人の仕事ぶりや心の状態にどのような影響を与えるのかを調べました。
人と仕事の間を研究する心理学者
グディスは、ドイツのベルリンにあるフンボルト大学で心理学を学び、2007年に心理学の学位を取得しました。専門は、働く人の心理や組織のあり方を考える「産業・組織心理学」です。人が職場でどのように働き、どこで疲れ、どのような環境なら力を発揮しやすいのかを考える分野だといえるでしょう。
彼女の研究の面白いところは、「集中力を高めるにはどうすればいいか」というきれいな話だけで終わらない点です。
現実の職場は、静かな図書館ではありません。
電話が鳴り、メールが届き、急な質問が飛んできて、予定表には知らないうちに会議が生えています。仕事は一つずつ整然と並んでくれず、しばしば数人がかりでこちらの袖を引っ張ってきます。
「これもお願いします」
「こちらも急ぎです」
「ところで、今ちょっといいですか?」
よくありません。しかし、社会人は微笑みながら「はい」と答えます。
グディスが注目したのは、まさにこの瞬間でした。
割り込まれると、仕事は遅くなるのか
グディスの代表的な研究は、グロリア・マーク、ウルリッヒ・クロッケとともに発表した「中断される仕事の代償」です。この研究は、2008年に、人とコンピューターの関わりを扱う国際会議で発表されました。もともとはグディスの修士研究をもとにしたものだと、本人の経歴ページに記されています。
研究では、48人の参加者に、会社の人事担当者になったつもりでメールを処理してもらいました。
参加者は、社員の残業時間や採用に関する質問など、仕事らしいメールに返事を書きます。ただし、静かに仕事をさせてもらえるとは限りません。
ある条件では電話がかかってきます。別の条件では、画面上のメッセージが届きます。しかも、およそ2分おきです。
ようやく文章を考え始めたころに、
「今日、部署には何人いますか?」
「社員240人分のホットドッグは何本必要ですか?」
と質問が飛んできます。
人事の仕事をしていたはずが、突然ホットドッグ係に任命される。実験とはいえ、なかなか落ち着かない職場です。
研究者たちは、仕事と関係のある質問で中断される場合と、まったく別の話題で中断される場合を比べました。
仕事に関係する割り込みなら、それほど邪魔にならないのではないか。反対に、急に別の話を振られると、頭の切り替えに時間がかかるのではないか。
そんな予想もできます。
ところが結果は、少し意外なものでした。
人は遅くなるのではなく、急ぎ始める
参加者は、割り込みがあると仕事が遅くなるどころか、割り込みがない場合よりも早くメールを処理していました。誤りの数や文章の丁寧さには、はっきりした差が確認されませんでした。
「それなら、割り込みは役に立つのでは?」
そう思いたくなります。
上司が2分おきに話しかければ、仕事が速くなる。会社中で通知を鳴らせば、業績も右肩上がり。職場を“集中を邪魔する祭り”にすればよい。
もちろん、話はそう簡単ではありません。
割り込まれた参加者は、文章を少し短くし、仕事の速度を上げることで、失った時間を取り戻そうとしていたと考えられます。
つまり、余裕が生まれたから速くなったのではありません。
心の中で非常ベルが鳴り、
「急げ、急げ。次の電話が来る前に終わらせろ」
と自分をせかしていた可能性があるのです。
実際、割り込みがある条件では、ストレス、いら立ち、時間に追われる感覚、仕事に必要な努力が高くなっていました。仕事の表面だけを見れば「早く終わった」といえますが、心の帳簿には、きっちり疲労が記入されていたのです。
この研究が教えてくれるのは、仕事の速さだけを見ても、人の負担はわからないということです。
予定どおりに仕事を終えた人が、必ずしも余裕をもって働けたとは限りません。
笑顔で「終わりました」と報告しながら、頭の中では集中力が床に倒れ込み、「本日の営業は終了しました」という札を出していることもあります。
研究だけに閉じこもらない、実践派の心理学者
グディスは大学での研究後、心理学の知識を、企業の人材選びや人材育成に生かす仕事へ進みました。公開されている職歴によると、2008年から心理学者として独立し、企業の採用や管理職選考、面接、適性評価、人材育成などを支援しています。候補者の能力だけでなく、その人と職務が本当に合っているかを見極め、採用後の「こんなはずではなかった」を減らす仕事です。
また、公開プロフィールでは、自らを「問題を解くことが好きな幅広い専門家」と紹介しています。
心理学や組織づくりだけでなく、ウェブサイトの制作、写真撮影、料理の見せ方、語学教育などにも取り組んできました。さらには、フランス菓子のマカロン作りも得意なのだそうです。
集中力の研究者が、マカロンまで作る。
一見すると遠い組み合わせですが、考えてみれば共通点があります。
どちらも、少し順番を間違えると崩れます。
仕事もマカロンも、温度と時間と環境が大切なのかもしれません。
彼女はアメリカで生活し、働いた経験もあり、心理学だけに専門領域を狭めず、人と仕事、人と技術、日常生活と心の健康が交わる場所に関心を向けてきました。本人の紹介では、情報量の増加や仕事上の要求が、人と組織の双方に大きな負担を生む可能性を指摘しています。
仕事が終わっても、心まで終わったとは限らない
ダニエラ・グディスの研究は、派手な結論を叫ぶものではありません。
「通知をすべて消しましょう」
「電話は禁止しましょう」
「一日中、誰とも話さず働きましょう」
と単純に命じるものでもありません。
彼女たちの研究が映し出したのは、人間が想像以上に頑張ってしまう姿です。
邪魔が入れば、そのぶん速く働く。
時間を失えば、休憩ではなく、自分の速度を上げて取り戻そうとする。
そして、外からは仕事をこなしているように見えるため、本人の負担が見過ごされてしまう。
この研究を知ると、仕事が速い人を見る目も少し変わります。
「あの人は処理が速い」と感心するだけでなく、
「もしかすると、ずっと心のアクセルを踏んでいるのではないか」
と考えられるようになるからです。
ダニエラ・グディスは、仕事中の割り込みという、あまりにも日常的で見過ごされやすい出来事に目を向けました。
通知が一つ鳴っただけ。
質問に一つ答えただけ。
ほんの数分、別の仕事をしただけ。
けれども、その“小さなだけ”が積み重なると、人は仕事を早める代わりに、心の余白を少しずつ差し出していきます。
彼女の研究は、働く人に静かに問いかけています。
「今日のあなたは仕事を早く終えたのでしょうか。それとも、急いで終わらせなければならないほど、何度も集中を連れ去られていたのでしょうか」
仕事が終わった時刻だけではなく、そこへたどり着くまでに心がどれほど走ったのか。
その見えない疲れに光を当てたことこそ、ダニエラ・グディスの研究が今も読まれ続ける理由なのです。
参考文献・確認先:Daniela Gudith 公式プロフィール / Google Scholar:Daniela Gudith 論文・引用情報 / ACM Digital Library:中断される仕事の代償 / CiNii Research:Daniela Gudith 関連論文

ダニエラ・グディス(Daniela Gudith)の研究から学べること
ダニエラ・グディスの研究から学べることは、ひと言でまとめると、「仕事が早く終わったからといって、心まで元気とは限らない」ということです。
私たちはつい、仕事の成果を時間や件数で判断します。
「今日はメールを30件返した」
「予定より早く資料ができた」
「電話にも出たし、急な依頼にも対応した」
ここまで聞くと、かなり優秀です。仕事のできる人の背中から、うっすら後光まで見えてきそうです。
ところが、ダニエラ・グディスたちの研究は、その後光の後ろで、本人の心が息を切らしている可能性を示しました。
仕事中に電話やメッセージで何度も中断された人は、必ずしも作業が遅くなるわけではありません。むしろ、遅れを取り戻そうとして仕事の速度を上げることがあります。
外から見れば、立派に対応できています。
しかし、心の中では、
「急げ、次が来る前に終わらせろ」
「さっき何を書こうとしていたんだっけ」
「とりあえず今の仕事を片づけないと」
と、小さな非常ベルが鳴り続けています。
仕事は終わった。けれども、心の体力はしっかり減っている。
この見えにくい疲れを教えてくれるところに、グディスの研究の大きな価値があります。
「対応できた」と「負担がなかった」は別の話
職場では、ときどき不思議な評価が行われます。
急な仕事を頼まれた人が、なんとか期限までに終わらせる。
すると周囲は言います。
「さすがですね」
「問題なく対応できましたね」
「次もお願いします」
本人としては、「問題なく」という言葉に、少しだけ異議を申し立てたいかもしれません。
たしかに仕事は終わりました。
しかし途中で予定していた作業は止まり、頭の中の順番は入れ替わり、休憩時間はこっそり消えています。本人が頑張って帳尻を合わせたため、外からは混乱が見えなかっただけです。
これは、床にこぼれた水を誰かが急いで拭いたあと、「床は最初からぬれていなかった」と考えるようなものです。
違います。
誰かが拭いてくれたのです。
同じように、突然の割り込みがあっても仕事が予定どおりに終わったなら、割り込みに影響がなかったとは限りません。本人が速度を上げたり、文章を短くしたり、休憩を削ったりして、見えないところで調整した可能性があります。
グディスの研究から学べる一つ目の教訓は、成果だけを見て負担を判断しないことです。
「終わったから大丈夫」ではなく、
「終わらせるために、どれくらい無理をしたのだろう」
と考える必要があります。
これは職場の上司や同僚だけでなく、自分自身に対しても大切な視点です。
自分が今日の仕事をすべて終えたとしても、疲れているなら疲れていてよいのです。
「全部できたのに、なぜ疲れているんだ」
と自分を責める必要はありません。
全部やったからこそ、疲れたのかもしれません。
人は割り込まれると、のんびり遅れるのではなく、焦って速くなる
仕事を中断されると聞くと、多くの人は「作業が遅くなる」と考えるでしょう。
もちろん、実際に遅くなる場合もあります。
しかし、グディスたちの研究が面白いのは、人間が単純に止まるだけではなく、失った時間を取り戻そうとする姿を示したことです。
たとえば、30分で終える予定だった仕事に、途中で10分間の電話が入ったとします。
普通に考えれば、仕事の終了は10分遅くなります。
ところが私たちは、なかなか素直に10分遅れようとはしません。
手を速める。
確認を少し減らす。
休憩を後回しにする。
文章を短くまとめる。
そして、どうにか予定していた時間に間に合わせます。
時計だけを見ると、何も問題は起きていません。
しかし本人の中では、30分の道のりを20分で走ったような状態です。
「間に合ったのだからいいじゃないか」と言われても、走った人の息切れは消えません。
この研究から学べる二つ目のことは、人間の頑張りを「影響がなかった証拠」にしてはいけないということです。
人が対応できているのは、その環境が快適だからとは限りません。
その人が無理をしているから、仕事が回っている場合もあります。
特に、真面目な人、責任感の強い人、断るのが苦手な人ほど、割り込みがあっても仕事を投げ出しません。
「まあ、明日でいいか」と帰るよりも、
「自分が急げばなんとかなる」
と考えます。
その結果、周囲からはますます頼られます。
「あの人なら大丈夫」
「いつも早いから、これもお願いしよう」
こうして、仕事ができる人の机には、仕事が磁石のように吸い寄せられてきます。
褒められているようで、荷物が増えている。
なかなか複雑な仕組みです。
集中力は、気合ではなく環境にも左右される
集中できないとき、私たちは自分の意志の弱さを疑います。
「今日は気が散ってしまう」
「もっと集中しないと」
「自分は仕事が遅い」
しかし、そもそも数分おきに話しかけられ、電話が鳴り、通知が届く環境で、深く集中するのは簡単ではありません。
魚に向かって、
「なぜ服がぬれているんだ。もっと自己管理をしなさい」
と言っているようなものです。
水の中にいるのですから、ぬれます。
同じように、割り込みの多い環境にいれば、集中は途切れます。それは本人の性格だけの問題ではありません。
グディスの研究から学べる三つ目のことは、集中力を個人の根性だけで考えないことです。
もちろん、仕事の仕方を工夫することはできます。
通知を一時的に切る。
急ぎでない相談をまとめてもらう。
集中して作業する時間帯を決める。
電話対応と資料作成を交互にしすぎない。
しかし、個人がどれほど工夫しても、周囲が5分おきに「ちょっといいですか」と訪ねてくれば、集中は玄関から逃げていきます。
だからこそ、職場全体で「人の集中をどう守るか」を考える必要があります。
たとえば、声をかける前に本当に今すぐ必要か考える。
相談事項を一つずつ持っていかず、ある程度まとめる。
返事がすぐ来ないことを「やる気がない」と判断しない。
集中作業中であることを示せる仕組みをつくる。
こうした工夫は、派手ではありません。
新しい機械を導入するわけでも、壮大な研修を開くわけでもありません。
しかし、人が落ち着いて考えられる時間を守ることは、仕事の質と心の健康の両方に関わります。
静かな時間は、何も起きていない時間ではありません。
頭の中で、考えが育っている時間です。
畑に向かって数分おきに「芽は出たか」と土を掘り返していたら、育つものも育ちません。
集中も同じです。
少し放っておいてもらわなければ、深いところまで根を伸ばせないのです。
通知一つでも、脳は小さく引っ越しをしている
割り込みというと、大きな事件を想像するかもしれません。
長い会議に呼び出される。
急な苦情に対応する。
上司から重大な仕事を頼まれる。
しかし実際には、小さな割り込みも積み重なります。
画面にメッセージが表示される。
メールの件名だけ確認する。
誰かに一言だけ返事をする。
スマートフォンが振動する。
本人としては、「数秒見ただけ」と思います。
けれども頭の中では、それまで考えていた内容をいったん脇に置き、別の情報に注意を向け、また元の作業へ戻る必要があります。
脳が机から机へ、小さな引っ越しを繰り返しているようなものです。
荷物は一つだけでも、引っ越しは引っ越しです。
「あれ、どこまで考えていたっけ」
「この文章の次は何を書く予定だったっけ」
「さっきの数字は確認したんだっけ」
こうした小さな迷子が、仕事のあちこちで生まれます。
一回だけなら大きな問題ではなくても、一日に何十回も起これば、脳は落ち着いて腰を下ろす暇がありません。
グディスの研究から学べる四つ目のことは、「少しだけなら大丈夫」を積み重ねすぎないことです。
少しの割り込み。
少しの残業。
少しの我慢。
少しの焦り。
一つひとつは小さくても、それらは心の中で合計されます。
心には領収書が見えませんが、請求は届きます。
夜になって、理由もなくぐったりする。
家に帰っても頭が仕事から離れない。
簡単な決断さえ面倒になる。
人に優しくする余裕がなくなる。
それは、大きな失敗をしたからではなく、一日中、小さな切り替えを続けていたからかもしれません。
仕事の速さより、持続できる速さを考える
仕事が速いことは、基本的にはよいことです。
誰も、書類一枚に三週間かけることを理想とはしません。
しかし、大切なのは一時的な速さではなく、その速さを続けられるかどうかです。
毎日全力疾走すれば、短い距離では速く進めます。
けれども、仕事は多くの場合、今日一日だけの競技ではありません。
明日もあり、来週もあり、来月もあります。
そこで必要になるのが、「最速」ではなく「持続できる速度」です。
グディスの研究から学べる五つ目のことは、仕事の効率を、単なる処理速度だけで測らないことです。
たとえば、二人の社員が同じ量の仕事を終えたとします。
一人は、落ち着いた環境で集中し、適度に休みながら終えました。
もう一人は、何度も中断され、焦りながら急いで終えました。
結果だけを見れば同じです。
しかし、翌日の集中力や意欲、疲労の残り方まで考えれば、同じ働き方とはいえません。
職場では、今日の成果だけでなく、明日も働ける状態が残っているかを見る必要があります。
人間は使い切りの電池ではありません。
とはいえ、充電式だからといって、残量1%まで使ってよいわけでもありません。
ときには、まだ動けるうちに休むことが大切です。
「倒れていないから大丈夫」
「仕事を休んでいないから健康」
「期限に間に合っているから問題なし」
こうした考え方では、負担が限界に近づくまで気づけません。
問題が表面に出ていないことと、問題が存在しないことは別です。
自分の疲れを、能力不足だと決めつけない
割り込みの多い一日を終えたあと、人は不思議な疲れ方をします。
重い荷物を運んだわけではない。
一日中走ったわけでもない。
それなのに、頭がぼんやりして、何もしたくなくなる。
そこで私たちは、
「自分は体力がない」
「もっと要領よくやらないと」
「みんなは平気なのに、自分だけ疲れている」
と考えがちです。
しかし、グディスの研究を知ると、別の見方ができます。
今日は仕事が多かっただけでなく、注意を何度も切り替えたのかもしれない。
作業量ではなく、割り込みの回数に疲れたのかもしれない。
一つの仕事をするために、何度も集中し直していたのかもしれない。
それなら、疲れるのは当然です。
一日に10個の仕事をした人と、一つの仕事を10回中断されながら進めた人では、仕事の数だけを見ても負担は比べられません。
中断された仕事へ戻るたびに、
「さて、どこからだっけ」
と頭の中の地図を広げ直す必要があります。
この“戻る作業”は、成果として記録されません。
勤務表にも書かれません。
「9時15分、集中を再建する」
「10時40分、さっきの考えを発掘する」
などと記録する人はいないでしょう。
けれども、見えない作業にもエネルギーは使われています。
だから、理由のわからない疲れを感じたときは、自分の能力を疑う前に、その日の環境を振り返ってみることが大切です。
何回話しかけられたか。
どれだけ電話に出たか。
いくつの仕事を行き来したか。
「急ぎです」と言われた回数は何回だったか。
もしかすると疲れの正体は、仕事の難しさではなく、仕事が細かく切り刻まれていたことかもしれません。
すぐに返事をしないことも、立派な仕事術
現代の職場では、返信の速さが評価されやすくなっています。
メールを送れば、すぐ返事が来る。
メッセージを送れば、数分で反応がある。
たしかに便利です。
しかし、誰もがいつでも即座に反応する職場では、誰も深く集中できなくなります。
全員が全員の通知係になるからです。
返信の速さを重視しすぎると、考える仕事より、反応する仕事が優先されます。
重要な資料を作っていても、画面に届いた短いメッセージへ先に返事をする。
長期的に大切な仕事より、今鳴った通知を選んでしまう。
通知は、小さいくせに態度が大きいのです。
「私は今届きました。ですから、今すぐ私を見てください」
と主張します。
けれども、新しく届いたものが、もっとも重要だとは限りません。
グディスの研究から学ぶなら、返信を少し待たせることも、集中を守るための大切な選択です。
もちろん、緊急の連絡には早く対応する必要があります。
ただし、すべての連絡を緊急扱いにすると、「緊急」という言葉が普段着になってしまいます。
本当に急ぐものと、少し待てるものを分ける。
返信する時間を決める。
集中している時間は通知を閉じる。
急ぎの場合の連絡方法を別にしておく。
こうした仕組みがあれば、「すぐ返さなければ」という不安を減らせます。
すぐに反応しないことは、相手を無視することではありません。
今している仕事を、きちんと終わらせようとしているのです。
人に仕事を頼むときは、「量」だけでなく「切れ目」も考える
仕事を頼む側は、よく「ほんの少しだから」と考えます。
「確認だけお願いします」
「一言だけ教えてください」
「5分で終わります」
たしかに、その依頼自体は5分かもしれません。
しかし、相手が集中している仕事を止め、依頼に対応し、再び元の仕事へ戻るまでを含めると、負担は5分では収まらないことがあります。
料理中の人に、
「一瞬だけ手を止めて、この書類を見て」
と頼む場面を考えるとわかりやすいでしょう。
書類を見る時間は短くても、火を弱め、手を洗い、内容を確認し、また料理へ戻る必要があります。
その間に鍋が「私は待ちませんよ」と静かに煮詰まっているかもしれません。
仕事も同じです。
頼んだ内容だけでなく、相手の集中を切ること自体に費用があります。
だから仕事を頼むときは、
「今、話しかけても大丈夫ですか」
「急ぎではないので、区切りのよいときにお願いします」
「質問をまとめて送ります」
と一言添えるだけでも違います。
相手の集中を尊重することは、遠慮しすぎることではありません。
仕事を円滑に進めるための配慮です。
余白は、さぼりではなく事故防止の空間
予定を立てるとき、すき間なく仕事を詰め込むと、充実した一日に見えます。
9時から面談。
10時から会議。
11時から資料作成。
12時から昼休み。
13時から電話対応。
14時から打ち合わせ。
きれいに並んでいます。
予定表だけを見ると、列車の時刻表のようで気持ちがよいものです。
ただし、現実の仕事には遅れや割り込みがあります。
電話が長引く。
相談が予定より深い話になる。
機械が止まる。
資料に修正が入る。
人間が急に人間らしい事情を持ち込んできます。
予定がすき間なく組まれていると、たった一つの割り込みが、その後の予定をすべて押し始めます。
すると人は休憩を削り、歩く速度を上げ、昼食を急いで飲み込み、なんとか予定を守ろうとします。
余白がないと、割り込みの代金を自分の心身で支払うことになるのです。
グディスの研究から考えれば、予定の余白は無駄ではありません。
急な対応が入っても、慌てず戻るための空間です。
道路に路肩があるように、仕事にも逃げ場が必要です。
路肩を見て、「車が走っていないから無駄な場所だ」とは言いません。
何かあったときに、安全に止まるために存在しています。
仕事の余白も同じです。
何も起きなかった日は、少し早く終われます。
何か起きた日は、心を削らずに対応できます。
どちらにしても、余白は役に立っています。
仕事ができる人ほど、休む理由が必要になる
グディスたちの研究に登場する人々は、中断されても仕事を進めました。
これは人間の適応力の強さを示しています。
私たちは環境が乱れても、ある程度は対応できます。
しかし、対応できることと、対応し続けてよいことは別です。
重い荷物を持てる人に、毎日さらに荷物を積み上げてよいわけではありません。
仕事ができる人ほど、「できてしまう」ため、休むきっかけを失いやすくなります。
周囲は困っていない。
期限にも間に合っている。
大きな失敗もない。
すると本人も、
「まだ大丈夫」
と思います。
けれども、疲れは必ずしも大声でやってきません。
最初は、少し集中しにくくなる。
次に、家で何もしたくなくなる。
そのうち、以前なら気にならなかった一言にいら立つ。
最後になってようやく、「どうもおかしい」と気づきます。
心の疲れは、役所の窓口のように整理券を配って順番に現れるわけではありません。
気づいたときには、待合室が満員になっていることがあります。
だからこそ、限界になってから休むのではなく、疲れが小さいうちに休む必要があります。
「今日はまだ働けるけれど、ここで終わる」
「返事は明日に回す」
「この時間は一つの仕事だけをする」
こうした判断は、甘えではありません。
明日も働くための管理です。
研究が私たちに残した、静かな問い
ダニエラ・グディスの研究は、仕事中の割り込みを完全になくせと主張するものではありません。
職場では、人と協力する必要があります。
電話も必要です。
相談もあります。
急な対応が避けられない日もあります。
大切なのは、割り込みを「無料」だと思わないことです。
数分の中断にも、注意を切り替え、元の仕事を思い出し、気持ちを立て直すための力が使われます。
そして、その費用は数字に表れにくいため、本人がひっそり支払うことになりがちです。
グディスの研究から私たちが学べるのは、働く人を成果だけで見ない姿勢です。
早く終えたか。
件数をこなしたか。
期限を守ったか。
それだけではなく、
落ち着いて働けたか。
何度も集中を中断されなかったか。
仕事のあとに、生活する力が残っているか。
そこまで含めて、よい働き方を考える必要があります。
仕事は、終わればよいというものではありません。
人が壊れず、明日も続けられる形で終わることが大切です。
もし今日、予定どおり仕事を終えたのに、なぜかぐったりしているなら、自分にこう聞いてみてください。
「今日は仕事が多かったのかな。それとも、集中を何度も連れ去られたのかな」
そして、後者だったなら、自分を怠け者だと責める必要はありません。
あなたの脳は、何度も仕事場を追い出されながら、そのたびに戻ってきてくれたのです。
それは「集中できなかった一日」ではありません。
何度も集中し直した一日です。
ダニエラ・グディスの研究は、その見えない頑張りに気づかせてくれます。
仕事を早く終えることだけでなく、心を置き去りにせず終えること。
それが、長く働き続けるために必要な、本当の意味での効率なのかもしれません。

ダニエラ・グディス(Daniela Gudith)の論文一覧
1.『仕事を中断される代償:作業は速くなる。でも、ストレスは増えていく』グロリア・マーク、ダニエラ・グディス、ウルリッヒ・クロッケ(2008)
Mark, G., Gudith, D., & Klocke, U.(2008). The Cost of Interrupted Work: More Speed and Stress. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI ’08), 107–110. Association for Computing Machinery. DOI:10.1145/1357054.1357072
「仕事を中断されたら、当然遅くなるでしょ?」と思いきや、この論文の答えは少し意外です。電話やメッセージで横やりを入れられた人たちは、むしろ作業を速く終えました。「では通知を増やせば効率アップ?」と喜ぶ上司は、少々お待ちを。速さの裏では、ストレス、いら立ち、時間への焦りがぐんと増えていたのです。人は中断されると、のんびり遅れるのではなく、心のアクセルを踏んで帳尻を合わせる。仕事は早く終わっても、脳内では残業中。通知だらけの現代人にこそ読んでほしい、集中力の“見えない請求書”を暴いた研究です。

