シンディ・ヘイザン(Cindy Hazan)の論文一覧:「その好き、愛着のクセかもしれません」を本気で調べた論文たち
シンディ・ヘイザン(Cindy Hazan)のプロフィール
シンディ・ヘイザンは、ひとことで言うと、「恋って、ただの気分じゃなくない?」を本気で研究した心理学者です。とくに有名なのは、大人の恋愛関係を、子どもと養育者のあいだに生まれる「愛着」のしくみから読み解いたことです。1987年にフィリップ・シェイヴァーと発表した論文では、「恋愛もまた、人が強い結びつきをつくるしくみとして考えられるのでは」と示し、この分野に大きな影響を与えました。
経歴としては、アメリカのデンバー大学で心理学を学び、その後、社会心理学・人格心理学の分野で修士号と博士号を取得しています。そののち1988年にコーネル大学に加わり、長く教員として研究と教育を続けてきました。
研究テーマは一貫していて、「人はどうやって深い結びつきをつくるのか」「なぜある人は安心して人を好きになれて、ある人は不安になりやすいのか」というあたりです。恋愛、つがいの結びつき、人との親しい関係づくりなどを中心に研究していて、質問紙だけでなく、日々の記録、心拍の測定、ストレス課題、行動観察など、かなりいろいろな方法を使って調べています。
つまり、シンディ・ヘイザンは、「好きです」「気になる」「なんか不安です」という、恋愛の中でみんながわりと経験するあのふわっとした出来事を、「では、その心の動きにはどんな仕組みがありますか?」と、白衣は着ていなくても研究者のまなざしでじーっと見つめた人なんですね。恋バナを、ただの恋バナで終わらせなかった人、と言ってもいいかもしれません。
ちなみにコーネル大学では「人間の絆」をテーマにした授業も長く担当していて、多くの学生に影響を与えてきたことでも知られています。近年は、長年の教育と研究を経て同大学を退職する節目も伝えられています。
参考文献・確認先: Cornell Human Ecology:Cindy Hazan 公式プロフィール / Cornell Department of Psychology:Cindy Hazan 公式プロフィール / PubMed:Hazan & Shaver(1987)代表論文 / Google Scholar:Cindy Hazan 論文・引用情報

シンディ・ヘイザン(Cindy Hazan)の研究から学べること
シンディ・ヘイザン(Cindy Hazan)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「恋愛の不安や安心感は、ただの性格や相性だけでなく、“人とどうくっつき、どう離れるか”という心のクセと関係している」ということです。
ヘイザンさんは、フィリップ・シェイバーさんとともに、恋愛を「大人の愛着」として考える研究で有名です。愛着とは、ざっくり言えば「大切な人とつながっていたい」「その人が安全基地になってくれる」と感じる心の仕組みです。もともとは、子どもと養育者の関係を説明するための考え方でしたが、ヘイザンさんたちはこれを大人の恋愛にも応用しました。1987年の有名な論文では、大人の恋愛関係も、子どもが親に抱く愛着と似た仕組みで考えられるのではないかと提案されています。
これ、かなり面白い話です。恋愛というと、ふつうは「好き!」「会いたい!」「返信まだかな!」「既読ついた!」「なのに返事がない!人類はなぜこんなに残酷なのか!」みたいな、心の花火大会として語られがちです。でもヘイザンさんの研究は、その花火の下にある配線を見ようとしました。なぜ人は恋人に安心するのか。なぜ急に不安になるのか。なぜ近づきたいのに怖くなるのか。恋愛のドタバタ劇の舞台裏に、愛着という仕組みがあるのではないか、というわけです。
ヘイザンさんたちは、大人の恋愛関係にも「安心しやすい人」「不安になりやすい人」「近づきすぎるのを避けやすい人」のような傾向があると考えました。これは、人をきれいに箱に分けるためのものではありません。「あなたはこの型だから終了です」と判定する占いでもありません。むしろ、自分が恋愛や親しい関係でどんな反応をしやすいのかを知るための地図です。成人の恋愛関係を愛着として見る考え方は、その後の大人の愛着研究に大きな影響を与えました。
たとえば、安心しやすい人は、相手と近づくことに比較的落ち着いていられます。「相手は相手、自分は自分。でもつながっている」という感覚を持ちやすい。心の中に、そこそこ安定した橋がかかっている感じです。風が吹いても、橋がいきなり崩れるとは思わない。
一方、不安になりやすい人は、相手の反応にとても敏感です。返信が少し遅いだけで、心の中の警報が鳴ります。「忙しいのかな」ではなく、「嫌われた?」「冷めた?」「もう終わり?」まで一気に行ってしまう。まだ返信が遅いだけなのに、脳内では緊急記者会見です。マイクが並び、フラッシュが光り、「この関係の今後について説明してください」と心の記者たちが詰め寄ります。
逆に、近づきすぎるのを避けやすい人は、親しくなりたい気持ちはあっても、距離が近くなると少し息苦しく感じることがあります。相手が「もっと話したい」と言ってくると、心の中で非常口を探しはじめる。「いや、嫌いではないんです。でも、近すぎると酸素が薄いんです」という感じです。これも冷たい人というより、近さに対する警戒のクセがあると考えると、少し理解しやすくなります。
ここから学べるのは、「恋愛での反応を、単なるわがままや性格の悪さとして片づけないこと」です。
不安になりやすい人は、相手を困らせたいわけではありません。大切だからこそ、失うのが怖いのです。心の中の「見捨てられセンサー」が高性能すぎるのかもしれません。センサーは守るためにあります。でも高性能すぎると、風でカーテンが揺れただけでも「侵入者です!」と鳴ってしまいます。これでは本人も相手も疲れます。
距離を取りやすい人も、相手を傷つけたいわけではありません。近づくことに慣れていなかったり、依存することが怖かったり、自分の自由や安全を守ろうとしている場合があります。心の玄関に、立派すぎる門番がいるのです。「ここから先は通行許可証が必要です」と言っている。守ってくれているのですが、ときどき大切な人まで門前払いしてしまうことがあります。
ヘイザンさんの研究が教えてくれる大切なことは、「愛し方にはクセがある」ということです。そして、クセは知ることで扱いやすくなります。字のクセと同じです。自分ではふつうに書いているつもりでも、人から見ると「この字、ちょっと右に傾いていますね」とわかる。だからといって、その字がダメなわけではありません。ただ、自分の傾きを知ると、少し整えられるようになります。
恋愛でも同じです。
「自分は相手の返信が遅いと、不安が一気に強くなるんだな」
「自分は相手に頼られると、少し逃げたくなるんだな」
「自分は本当は寂しいのに、平気なふりをしやすいんだな」
「自分は相手に確認しすぎて、関係を試してしまうことがあるんだな」
こうやって気づくだけで、反応を少し選べるようになります。感情が出るのは自然です。でも、その感情のままに相手へ爆弾を投げるか、少し落ち着いて伝えるかは変えられます。
たとえば、不安になったときに「なんで返信くれないの?もうどうでもいいんでしょ!」と送ると、相手はびっくりします。相手が本当に忙しかっただけなら、「え、急に台風が来た」となります。そこで少し言い方を変えると、関係は壊れにくくなります。
「返信がなくて少し不安になってしまった。落ち着いたら返してくれるとうれしい」
これなら、自分の気持ちを伝えつつ、相手を責めすぎていません。怒りの鉄球ではなく、気持ちの手紙です。読んでもらえる可能性が上がります。
距離を取りたくなったときも同じです。「重い」「面倒」と突き放すのではなく、「少しひとりで整理する時間がほしい。でも関係を終わらせたいわけではない」と伝えられると、相手は不安になりにくくなります。距離を取ること自体が悪いのではありません。説明なしに急に消えると、相手の心に遭難信号が灯るのです。
ヘイザンさんの研究からは、「親密さ」と「安心感」が恋愛の中心にあることも学べます。恋愛は、ドキドキだけでは長持ちしません。もちろんドキドキは楽しいです。恋の初期は、心の中で祭りばやしが鳴ります。たこ焼きも焼けます。金魚すくいもあります。でも、長く関係を続けるには、祭りのあとに帰れる家が必要です。
その家にあたるのが、安心感です。
「この人には弱さを見せても大丈夫」
「少し不安になっても話し合える」
「離れていても、関係がすぐ消えるわけではない」
「近づいても、自分が飲み込まれるわけではない」
こういう感覚があると、関係は安定しやすくなります。ヘイザンさんたちの研究は、大人の恋愛にも幼少期の愛着理論の要素を応用し、恋人同士の絆が安全基地や安心の感覚と関係するという見方を広めました。
ただし、ここで注意したいのは、「昔の経験で全部決まる」という話ではないことです。愛着のクセは、たしかに過去の経験と関係することがあります。でも、それは運命の判決ではありません。人は新しい関係、新しい経験、安心できるやりとりを通して、少しずつ変わることがあります。
たとえば、不安になりやすい人でも、相手が安定して応答してくれる経験を重ねると、「すぐ見捨てられるわけではない」と少しずつ学べることがあります。避けやすい人でも、相手が距離を尊重しながら待ってくれる経験を重ねると、「近づいても自由を失うわけではない」と感じられることがあります。
人の心は、コンクリートではありません。どちらかというと、土です。固くなっている場所もあります。でも、水をやり、光を当て、時間をかければ、少しずつほぐれることがあります。
日常に活かすなら、まず自分の「恋愛の自動反応」を観察してみることです。相手がそっけないとき、自分はどう感じるのか。相手が近づいてきたとき、自分はどう反応するのか。寂しいとき、素直に寂しいと言えるのか。それとも怒りに変えてしまうのか。不安なとき、確認するのか、試すのか、黙るのか、逃げるのか。
この観察は、自分を責めるためではありません。自分の取扱説明書を作るためです。恋愛でしんどくなる人ほど、「自分のせいだ」「相手のせいだ」とどちらか一方に決めたくなります。でも本当は、自分のクセと相手のクセが組み合わさって、関係のダンスがこじれていることがあります。片方が近づくと、片方が下がる。下がられると、さらに追いかける。追いかけられると、さらに逃げる。恋愛の鬼ごっこです。本人たちは真剣ですが、構造だけ見るとかなり忙しいです。
だから、相手と話せるなら、「自分はこういうとき不安になりやすい」「自分はこういうとき少し距離がほしくなる」と伝えてみることが役立ちます。これは弱さの告白ではなく、関係の地図を共有することです。地図があると、迷いにくくなります。
シンディ・ヘイザンの研究からたどりつく学びは、とても人間的です。
恋愛で不安になるのは、愛が足りないからとは限りません。
距離を取りたくなるのも、冷たいからとは限りません。
そこには、人とどうつながるか、どう安心するか、どう自分を守るかという心のクセが関わっていることがあります。
大切なのは、そのクセに振り回されっぱなしにならないことです。
不安が来たら、「いま、見捨てられセンサーが鳴っているのかもしれない」と気づく。
距離を取りたくなったら、「いま、近さに対する警戒が出ているのかもしれない」と気づく。
そして、感情をそのままぶつける代わりに、少し言葉を整えて伝える。
恋愛は、ただ相性の当たり外れではありません。お互いの心のクセを理解し、安心できる関わり方を少しずつ育てていく営みでもあります。つまり、愛は雷に打たれるだけのものではなく、日々の会話で育てる小さな庭でもあるのです。
ヘイザンさんの研究は、その庭に立て札を置いてくれます。
「ここには不安が生えやすいです」
「ここは距離を取りたくなる場所です」
「ここには安心の水をあげてください」
そうやって自分と相手の心の地形を知ることが、恋愛を少しやさしく、少し長持ちするものにしてくれるのだと思います。

シンディ・ヘイザン(Cindy Hazan)の論文一覧
1.『恋愛を“愛着のプロセス”としてとらえる』シンディ・ヘイザン、フィリップ・シェイヴァー(1987)
Hazan, Cindy, & Shaver, Phillip R.(1987). Romantic Love Conceptualized as an Attachment Process. Journal of Personality and Social Psychology, 52(3), 511-524.
DOI:10.1037/0022-3514.52.3.511
この論文、ひとことで言うと、「恋って、ただ好きになるだけじゃなくて、“この人にくっついていたい”“離れると不安”“そばにいると落ち着く”まで含めて、愛着のしくみで説明できるのでは?」という話です。
つまり恋愛、ただの胸きゅん大会ではありません。心の中では、かなり昔からある“誰かとつながって安心したい装置”が働いているかもしれないのです。安心して愛せる人もいれば、不安で振り回される人もいる。その違いまで見にいったのが、この論文のおもしろいところ。
恋愛の見え方がちょっと変わる、なかなか味わい深い一本です。

