クリストファー・ピーターソン(Christopher Peterson)の論文一覧:人の長所を数えていたら、幸せの居場所まで見つけた心理学者
クリストファー・ピーターソン(Christopher Peterson)のプロフィール
人間の「困ったところ」ではなく、「なかなかいいところ」を見つめた心理学者
クリストファー・ピーターソンは、1950年に生まれ、2012年まで活躍したアメリカの心理学者です。
ひとことで紹介するなら、人間の欠点を数える心理学から、人間の長所を見つける心理学へと、大きく舵を切った研究者です。
心理学というと、心の病気、不安、落ち込み、問題行動などを研究する学問という印象があります。
もちろん、それらを研究することは大切です。しかしピーターソンは、心理学の本棚を眺めながら、こんな疑問を抱いたのかもしれません。
「人間の壊れ方については、ずいぶん詳しく書いてあるな」
「ところで、人間が元気に生きる方法についての本は、どこにあるんだろう?」
心の故障を調べる説明書は分厚いのに、心が生き生きと働く仕組みについては、まだ空白が多い。その空白に、鉛筆を持って乗り込んでいったのがピーターソンでした。
彼は、人間の弱さを無視したわけではありません。
むしろ弱さを十分に見つめたうえで、「でも、人間には弱さしかないわけではないでしょう」と、研究の窓をもう一枚開けたのです。
「楽そうな授業」が、人生の進路を曲げてしまった
ピーターソンは、大学に入った当初、航空工学を学んでいました。
飛行機や機械を扱う方向へ進むはずだった彼が心理学者になったきっかけは、少し拍子抜けするようなものでした。
大学2年生のとき、周囲から「心理学の入門授業は簡単らしい」と聞き、その授業を受けたのです。
ところが、楽をするつもりで教室に入ったはずが、心理学のおもしろさに捕まってしまいました。
「これは単位を軽やかに拾って帰る授業ではない。人生の進路を持っていかれる授業だ」
本人が実際にそう言ったわけではありませんが、結果として彼は専攻を心理学へ変更し、1972年にイリノイ大学を卒業しました。その後、コロラド大学大学院へ進み、1976年に博士号を取得しています。まさか「簡単そうだから」という入口の先に、世界的な心理学者への長い廊下が続いているとは、本人も思わなかったでしょう。人生の分岐点は、ときどき立派な看板を出さず、選択科目の顔をして座っています。
最初に研究したのは、人が「あきらめる仕組み」だった
ピーターソンが初期に取り組んだ重要な研究のひとつが、人はなぜ「何をやっても無駄だ」と感じるようになるのかという問題でした。
何度努力してもうまくいかない状況が続くと、人は本当なら状況を変えられる場面でも、行動を起こさなくなることがあります。
玄関のドアが三回開かなかったため、四回目には鍵が開いていても、「どうせ無理だ」と回すことをやめてしまう。心のなかで、まだ開催されていない試合の敗戦会見が始まってしまうわけです。
ピーターソンは、こうした「あきらめの仕組み」を人間について研究しました。
さらに彼が注目したのが、嫌な出来事が起きたときの説明のしかたです。
たとえば、仕事で失敗したとします。
ある人は、
「今回は準備が足りなかった。次は方法を変えてみよう」
と考えます。
別の人は、
「自分は何をやっても駄目だ。これからもずっと駄目だ」
と考えます。
起きた出来事は同じでも、心のなかで付ける説明文が違います。ピーターソンたちの研究は、この説明のしかたが、その後の健康や達成などと関係することを示していきました。
要するに、人生で転ぶこと自体だけでなく、転んだあとに自分へ何と説明するかが大切なのです。
「私は転んだ」
で終われば、ひとつの出来事です。
しかし、
「私は転ぶようにできている。未来永劫、廊下とは仲良くなれない」
まで話を広げると、転倒一回分の出来事が、人生全体を覆う大河ドラマになってしまいます。
ピーターソンは、その心の語り方を科学の目で調べました。
人間の強みを分類する、巨大な図鑑づくり
その後、ピーターソンは、人間の幸福や強みを科学的に研究する「ポジティブ心理学」の中心人物のひとりとなります。
ここでいうポジティブ心理学は、「落ち込んだときこそ笑顔!」「気合いで前向きに!」という、心に無理やり蛍光灯を取り付ける話ではありません。
つらさや病気の研究だけでなく、
「人はどのようなときに、よく生きられるのか」
「人間が持つ長所とは何か」
「幸せ、希望、感謝、勇気は、どのように働くのか」
といった問題も、観察や調査を通して科学的に調べようとする分野です。
ピーターソンは、心理学者マーティン・セリグマンとともに、人間の長所や美徳を整理する大規模な研究を進めました。
この計画には55人の研究者が関わり、約3年をかけて、古代の哲学、世界の宗教、文化、心理学の研究などが幅広く検討されました。
「人間のよいところを調べましょう」と言うと、少しほのぼのした会議に聞こえます。
しかし実際に始めると、たいへんです。
勇気とは何でしょう。
親切とおせっかいは、どこで分かれるのでしょう。
謙虚さとは、自分を小さく見せることでしょうか。
笑いの力も長所に入れてよいのでしょうか。
研究者たちは、人類が何千年も語ってきた「よい人間とは何か」という巨大な押し入れを開け、中身を一つひとつ整理していきました。哲学者、宗教家、作家、教育者が長い歴史のなかで積み上げてきた荷物ですから、三段の収納棚では到底足りません。
その成果は、2004年に刊行された『人格の強みと美徳』という大著にまとめられました。そこでは、人間の強みが、好奇心、勇敢さ、親切心、粘り強さ、感謝、公平さ、希望、ユーモアなど、24の項目に整理されています。
これは、人間に点数をつけて優劣を決めるための分類ではありません。
「あなたには、どんな強みがあるでしょう」
「その強みは、どんな場面で生かされているでしょう」
と考えるための、心の地図です。
私たちは欠点については、驚くほど詳しく知っています。
「心配性です」
「飽きっぽいです」
「人前で緊張します」
「朝に弱いです」
欠点の自己紹介なら、頼まれていなくても五分ほど話せます。
ところが長所を尋ねられると、急に天井の模様が気になってきます。
ピーターソンの研究は、そんな私たちに「欠点の名簿だけでなく、長所の名簿も作っておきませんか」と提案するものでした。
幸福は、一人用の弁当箱ではない
ピーターソンを象徴する言葉として知られているのが、次の考えです。
「大切なのは、ほかの人だ。それに尽きる」
これは、彼が幸福について考え抜いた末にたどり着いた、きわめて短い答えでした。
幸福というと、お金、成功、才能、自由、夢の実現などを思い浮かべるかもしれません。
けれどピーターソンが重視したのは、人と人とのつながりです。
うれしいことを一緒に喜んでくれる人。
うまく話せない日にも、話が終わるまで待ってくれる人。
失敗したとき、すぐに人生全体の判決を下さず、「今日は大変だったね」と言ってくれる人。
私たちは一人で幸福になるつもりでも、幸福の材料をよく見ると、そこには他者の姿が混ざっています。
食卓の椅子、届いた短い連絡、名前を呼ばれた記憶、誰かに必要とされた実感。幸福は一人前で注文したつもりでも、かなりの割合で相席なのです。
ピーターソン自身も、人とのつながりを大切にする人物だったと伝えられています。周囲の人に心から関心を示し、学生や同僚が尊重されていると感じられる接し方をした研究者でした。彼の言葉は、論文のなかだけに住んでいたのではなく、本人の振る舞いにも引っ越していたのでしょう。
研究者であり、伝説的な先生でもあった
ピーターソンは1986年にミシガン大学へ移り、心理学と組織研究の教授として長く教壇に立ちました。
研究者として350本を超える学術的な文章を発表し、世界的に影響力の大きい心理学者のひとりとなりましたが、彼の魅力は論文の数だけではありませんでした。
大学では入門心理学などの大規模な授業を担当し、何千人もの学生を教えました。優れた授業を行う教授に与えられる称号や、学生が選ぶ教育賞も受けています。
また、大学院生や学部生の研究指導にも深く関わり、130本を超える博士論文と、70本の学部優等論文の審査や指導に携わりました。数字だけ見ると、ほとんど「学生の研究を読むことを趣味にしていた人」です。
難しい研究を、難しい顔のまま渡すのではなく、人が理解できる言葉へ翻訳することを大切にした先生でもありました。
研究室で「幸福とは何か」を考え、教室では学生を笑わせ、廊下では相手をひとりの人間として大切にする。
彼にとって心理学は、論文を書くためだけの道具ではありませんでした。人とどう接するか、どう教えるか、どう生きるかまで含んだ学問だったのです。
幸せだけを見たのではなく、人間の全体を見ようとした
ピーターソンの研究を、「明るい面だけを見る心理学」と理解すると、本当の姿を見失ってしまいます。
彼の出発点には、無力感、悲観、病気、失敗といった、人間の苦しい側面がありました。
暗い部屋を知らなかったから光を研究したのではありません。
暗い部屋を長く調べたからこそ、「窓についても研究する必要がある」と考えたのです。
人間には傷つく力があります。
しかし同時に、回復する力、誰かを助ける力、希望を持つ力、笑う力、感謝する力もあります。
心理学が人間を理解する学問なら、弱さだけを調べて終わるわけにはいきません。長所を見ずに人間を語ることは、雨の日だけを集めて一年の天気を説明するようなものです。
ピーターソンが残した仕事は、心理学のなかに晴れの日の記録も加えました。
ただし、毎日晴れると約束したのではありません。
雨の日にも、人は傘を差し出せる。
道に迷った日にも、誰かと一緒なら地図を広げられる。
自分の弱さにうんざりした日にも、その人のなかには、まだ名前を知らない強みが残っている。
ピーターソンの研究は、そんな人間の可能性を、根拠のない励ましではなく、研究の言葉で確かめようとしたのです。
人の長所を研究した人が、最後に残したもの
クリストファー・ピーターソンは、2012年10月9日、ミシガン州アナーバーで62歳の生涯を閉じました。
ミシガン大学は彼を、優れた研究者であると同時に、伝説的な教育者であり、知恵と機知と温かさを備えた人物として記憶しています。大学には、彼の名を冠した記念講演や職員表彰も設けられました。
彼が残したものは、24種類の強みの一覧や、数多くの論文だけではありません。
人間を見るとき、欠けているものだけでなく、すでに存在しているよさにも目を向けること。
幸福を、自分一人の成績表にしないこと。
そして、誰かの人生に関心を向けること自体が、人間の幸福を支えるということ。
私たちはつい、自分の短所を拡大鏡で眺め、長所は遠くの山を見る望遠鏡を逆さまにしたように、小さく扱ってしまいます。
そんなとき、ピーターソンなら、少し笑いながら言うかもしれません。
「欠点については、もう十分に調査したでしょう。そろそろ、あなたのよいところについても研究を始めませんか」
彼が探した幸福は、雲の上に置かれた特別な賞品ではありませんでした。
人が誰かを気にかけること。
自分の強みを、誰かのために役立てること。
そして、自分もまた誰かに支えられていると知ること。
幸福を追いかけて長い道を歩いたピーターソンは、最後に、人と人との間に置かれた小さな椅子を指さしたのです。
「たぶん、幸せはここに座っていますよ」と。
参考文献・確認先:ミシガン大学:クリストファー・ピーターソン経歴・追悼紹介 / Google Scholar:Christopher Peterson 論文・引用情報 / PubMed:Christopher Peterson 関連論文 / VIA研究所:人格的な強みの研究と沿革

クリストファー・ピーターソン(Christopher Peterson)の研究から学べること
幸せとは、毎日ご機嫌でいることではない
クリストファー・ピーターソンの研究から学べることは、ひとことで言えば、人間を欠点だけで説明しないことです。
私たちは、自分の悪いところを見つけるのが得意です。
「決断が遅い」
「心配しすぎる」
「飽きっぽい」
「人前に出ると、脳内の言葉が全員帰宅する」
反省会を開けば、頼んでもいないのに議題が次々と出てきます。しかも心の反省会は、だいたい司会者も検察官も自分です。
一方で、
「自分には、どんなよいところがありますか」
と聞かれると、急に静かになります。
「ええと……遅刻は、たまにしかしません」
長所を聞かれているのに、欠点の薄味版を提出してしまうのです。
ピーターソンは、こうした人間の見方に、もう一枚の窓を開きました。
心理学は長いあいだ、心の病気や苦しみ、問題行動を理解し、治すことに大きな力を注いできました。それはもちろん必要な仕事です。しかし、人間を理解するなら、「何が壊れているか」だけでなく、「何がその人を支えているか」も調べなければなりません。
心の修理工場だけでなく、心が元気に動く仕組みも研究しよう。
ピーターソンの研究は、そんな提案だったのです。彼は、人が出来事をどう説明するかが健康や達成などと関係することを研究し、のちには、人間の強みや、よりよく生きるための条件を科学的に探究しました。
大切なのは、つらいことを見ないふりすることではありません。
「悲しい? では笑いましょう!」
「疲れた? もっと前向きに!」
これでは、雨漏りしている家の床に「晴天」と書いた紙を置いているようなものです。床は濡れたままです。
ピーターソンの研究が教えてくれるのは、雨漏りを直すことと、家のなかに残っている温かい場所を探すことは、両方必要だということです。
短所の棚卸しだけで、人生の決算を終えない
ピーターソンは、マーティン・セリグマンらとともに、人間の長所を整理する研究を進めました。
その研究では、古代の哲学や宗教、さまざまな文化と心理学研究を検討し、人間の強みを24項目に整理しています。そこには、好奇心、創造性、勇気、粘り強さ、親切心、公平さ、感謝、希望、ユーモアなどが含まれます。この分類は、ピーターソンとセリグマンが中心となり、55人の研究者が参加した3年間の計画から生まれました。
ここで大切なのは、24項目のなかから「合格した長所」を探すことではありません。
人間を、
「勇気あり、親切心なし。はい、次の方」
と仕分けるための検査ではないのです。
この考え方では、誰もが24の強みを異なる程度で持っていると捉えます。人によって、よく表に出る強みもあれば、普段は押し入れの奥で静かにしている強みもあります。
たとえば、「勇気」と聞くと、巨大な敵に立ち向かう英雄を想像するかもしれません。
しかし日常の勇気は、もっと小さな服を着ています。
わからないことを「わかりません」と言う。
間違えたときに謝る。
緊張しながらも応募書類を送る。
病院へ行く。
助けてほしいと伝える。
こうした行動も、立派な勇気です。勇気は必ずしも剣を持って現れません。予約の電話をかける指先に宿っていることもあります。
親切心も同じです。
大きな寄付をしなくても、疲れている人に椅子を譲ったり、話を途中で奪わずに最後まで聞いたりすることができます。
ユーモアも、宴会で全員を笑わせる能力だけではありません。失敗した自分に対して、「本日の私、少々読み込みが遅くなっております」と言えることも、心を守るユーモアでしょう。
ピーターソンの研究から学べるのは、長所とは、履歴書の特技欄に書ける派手な能力だけではないということです。
長所は、もっと日常的です。
あまりに日常的なので、本人が気づかないまま使っていることさえあります。
「誰でもこれくらいできますよ」
と言っているその行動が、実はその人の強みだったりするのです。
だから、自分の長所がわからないときは、「自分のすごいところ」を探すよりも、こう問いかけてみるとよいでしょう。
「苦しいとき、自分は何を使って乗り越えてきただろう」
「誰かの役に立てたとき、どんな行動をしていただろう」
「つい夢中になってしまうことは何だろう」
長所は、表彰台の上よりも、これまで何とか歩いてきた足跡のなかに隠れています。
出来事よりも、その後につける説明文が心を動かす
ピーターソンの初期の重要な研究に、出来事をどのように説明するかというテーマがあります。
たとえば、仕事で失敗したとします。
そのとき、心のなかでは説明会が始まります。
「今回は確認が足りなかった」
と説明する人もいれば、
「自分は何をやっても駄目だ」
と説明する人もいます。
一見すると、どちらも反省しているように見えます。
しかし中身は大きく違います。
「今回は確認が足りなかった」という説明なら、次回は確認方法を変えられます。
ところが「自分は何をやっても駄目だ」という説明になると、失敗の原因が作業方法ではなく、自分の存在全体へ広がってしまいます。
コピー用紙を一枚曲げただけなのに、心のなかでは「人類として不適格」という判決が出ている。いくら何でも裁判が大きすぎます。
ピーターソンの研究では、このような説明のしかたが、健康や達成をはじめ、さまざまな結果を予測することが示されました。
ここから学べるのは、無理に楽観的になることではありません。
失敗したのに、
「すべて完璧です。むしろ大成功です」
と言い張る必要はありません。それは反省ではなく、現実とのかくれんぼです。
大切なのは、出来事を必要以上に広げないことです。
何かうまくいかなかったときには、次のように考えてみます。
「これは今回だけの問題だろうか。それとも本当に、いつも起きているだろうか」
「自分のすべてが悪いのだろうか。それとも、方法や状況にも原因があっただろうか」
「変えられる部分は、どこにあるだろうか」
たとえば、面接で不採用になったとします。
「今回は採用されなかった」
これは事実です。
「私はどこへ行っても必要とされない」
これは事実ではなく、未来について心が作った予告編です。しかも、かなり暗めの音楽が流れています。
不採用になった悲しさを消す必要はありません。
ただし、一社の結果に、人生全体の最終回を書かせないことです。
出来事と自分自身を、少しだけ切り分ける。
それだけでも、心のなかに次の一手を置く場所ができます。
「どうせ無理」は、事実ではなく学習の結果かもしれない
何度挑戦してもうまくいかない経験が続くと、人は「何をしても変わらない」と感じることがあります。
そのうち、本当は状況を変えられる場面でも、試すことをやめてしまいます。
たとえば、何度押しても動かなかった自動ドアの前では、次に別の自動ドアを見ても、
「どうせ開かないでしょう」
と立ち止まってしまうかもしれません。
しかし今回は、ちゃんと開くドアかもしれません。
過去に動かなかったドアの経験が、未来のすべてのドアにまで出張しているだけかもしれないのです。
ピーターソンが研究した「学習された無力感」は、あきらめが生まれる仕組みを考えるうえで重要なテーマでした。特に彼は、嫌な出来事をどう説明するかによって、無力感が別の場面へ広がりやすくなる可能性を研究しました。
ここから私たちが学べるのは、
「自信を持てば何でもできる」
ということではありません。
世の中には、自分の努力だけでは動かせないこともあります。
病気、家庭の事情、経済状況、職場環境、他人の判断。気合いを百回唱えても、動かない壁はあります。
だからこそ大切なのは、すべてを自分の責任にしないことです。
そのうえで、
「本当に何も変えられないのか」
「全部は無理でも、五センチだけ動かせる部分はないか」
と確かめてみる。
転職はすぐにできなくても、求人を見ることはできるかもしれません。
人前で一時間話すのは難しくても、最初の挨拶だけ練習できるかもしれません。
生活を一日で立て直せなくても、明日の起床時刻を十五分だけ変えられるかもしれません。
人生を動かす行動は、必ずしも勇ましい音を立てません。
ときには、申込書を一枚印刷する音です。
ピーターソンの研究は、「どうせ無理」という感覚を責めるのではなく、その感覚にも生まれてきた理由があると教えてくれます。
学んだあきらめなら、新しい経験によって、少しずつ別の見方を学び直せる可能性もあります。
長所は、持っているだけでは働かない
自分の強みを知ることは大切です。
しかし、長所は心の棚に飾っておくだけでは、あまり働きません。
「私の強みは親切心です」
と書いた紙を額に入れて眺めていても、近所の人の荷物は軽くならないのです。
強みは、使ったときに生活のなかへ姿を現します。
好奇心が強みなら、いつもと違う本を読んでみる。
感謝が強みなら、助けてもらった人に言葉で伝える。
粘り強さが強みなら、大きな目標を小さく分けて続ける。
公平さが強みなら、声の大きい人だけでなく、黙っている人の意見も聞く。
ユーモアが強みなら、つらい状況を笑い飛ばすのではなく、苦しんでいる人の肩の力が少し抜ける言葉を選ぶ。
同じ強みでも、使い方によって働き方が変わります。
粘り強さは、必要なときには頼もしい長所です。しかし、休むべきときまで頑張り続けると、長所が少し働きすぎています。
慎重さも大切ですが、慎重さが会議を延長し続けると、決断が翌年度へ持ち越されます。
親切心も、相手の課題をすべて代わりに背負えば、本人が挑戦する機会を奪うことがあります。
長所だから、いつでも多ければよいわけではありません。
塩は料理をおいしくしますが、袋ごと入れると別の物語が始まります。
自分の強みを知ったら、
「もっと使おう」
だけでなく、
「どこで、どのくらい使うと役に立つだろう」
と考えることが大切です。
長所とは、自慢するための肩書ではなく、状況に合わせて使う道具なのです。
幸福の中心には、ほかの人がいる
ピーターソンが繰り返し伝えた考えに、**「ほかの人が大切だ」**というものがあります。
彼は、人との良好な関係が喜びや意味、満足感と深く結びついていると考えていました。感謝のように人と人を結ぶ強みも、人生の満足や意味に関わります。
幸福というと、私たちは自分一人の内側を探しがちです。
「自信を持たなければ」
「夢を見つけなければ」
「もっと自分を好きにならなければ」
もちろん、自分との関係は大切です。
しかし、心のなかを掘り続けても、幸福が見つからない日があります。庭だと思って掘っていたら、配管に当たることもあります。
そんなとき、幸福は自分の外側にあるかもしれません。
一緒に食事をする。
名前を呼ぶ。
話を聞く。
相談する。
助けてもらう。
助けを返す。
くだらない話で笑う。
「今日は大丈夫?」と短い連絡をする。
幸福は、いつも大きな感動として訪れるわけではありません。
誰かとの間に置かれた、ささやかな往復のなかにあります。
ピーターソンの「ほかの人が大切だ」という考えは、単に「友達をたくさん作りましょう」という話でもありません。
人付き合いが得意でなくてもかまいません。
大人数の集まりで華麗に会話を回せなくても、ひとりの人と落ち着いて話せることがあります。
毎日連絡を取らなくても、困ったときに思い出せる人がいる。
誰かの顔を思い浮かべて、少し安心できる。
そのつながりも、十分に大切です。
そして、この考えにはもう一つの面があります。
自分にとって、ほかの人が大切であるように、自分も誰かにとっての「ほかの人」です。
「自分なんて、誰の役にも立っていない」
と思う日でも、あなたの挨拶で安心する人がいるかもしれません。
あなたが話を聞いたことで、孤独が少し薄くなった人がいるかもしれません。
あなたが覚えていない親切を、相手は覚えているかもしれません。
自分の価値は、いつも自分の席から見えるとは限らないのです。
人の長所を、具体的な言葉で伝える
ピーターソンの研究は、自分の強みを見つけるだけでなく、他者の強みに気づく視点も与えてくれます。
たとえば、誰かに感謝するとき、
「ありがとう」
だけでも気持ちは伝わります。
そこに、
「忙しいのに最後まで話を聞いてくれて、ありがとう」
「わからない人を置いていかずに説明してくれたのが、うれしかった」
「失敗した人を責めずに、次の方法を一緒に考えていたところが素敵だった」
と具体的に加えると、相手の行動に含まれていた強みが見えてきます。
「あなたは優しい人ですね」
という言葉は、もちろんうれしいものです。
しかし、
「私が話し終わるまで急かさずに待ってくれましたね」
と言われると、自分のどんな行動が相手を助けたのかがわかります。
長所は、具体的な言葉を与えられると、本人にも見えるようになります。
もしかすると私たちは、誰かの強みを発見する、小さな研究者になることができるのかもしれません。
白衣も研究費も必要ありません。
必要なのは、相手を少し丁寧に見ることです。
よい人生とは、弱さのない人生ではない
ピーターソンの研究から学ぶとき、忘れてはいけないことがあります。
人間の強みを見つめることは、弱さを否定することではありません。
希望があっても、落ち込む日はあります。
感謝できることがあっても、腹が立つ日はあります。
親切な人でも、誰にも会いたくない日はあります。
粘り強い人でも、途中であきらめることがあります。
強みを持っているから、常に正しく、明るく、立派に行動できるわけではありません。
人間は、強みと弱さを別々の箱に入れて持っているのではなく、同じ鞄に詰めて歩いています。ときどき鞄のなかで、希望と不安が場所を取り合っています。
よい人生とは、不安も失敗も悲しみもなくなる人生ではないでしょう。
それらを抱えながら、自分の強みを少し使い、誰かと支え合い、出来事に別の説明を与えながら進む人生です。
今日うまくいかなかったとしても、
「今日は、うまくいかなかった」
とだけ言う。
そこへ、
「だから私は、ずっと駄目だ」
という余計な最終章を書き足さない。
そして、自分のなかに残っている好奇心や勇気、親切心、希望を探してみる。
見つからない日は、誰かに少し借りてもよいのです。
「今日は自分の希望が品切れなので、あなたの希望を少し分けてください」
人間は、そうやって支え合うことができます。
ピーターソンの研究が私たちに差し出しているのは、幸福になるための万能な設計図ではありません。
むしろ、人生を見るための三つの虫眼鏡です。
自分の欠点だけでなく、強みを見ること。
失敗そのものだけでなく、その出来事をどう説明しているかを見ること。
そして、自分一人の心だけでなく、自分と誰かの間に何があるかを見ること。
この三つの虫眼鏡を持てば、昨日まで「何もない」と思っていた場所に、小さな長所やつながりが見えてくるかもしれません。
ピーターソンなら、難しい顔で幸福を探している私たちに、こう声をかけるのではないでしょうか。
「まず、あなたの駄目なところを数えるのを少し休みましょう。そこはもう、ずいぶん詳しく調査したはずです」
そして、人間の強みが並ぶ心の図鑑を開きながら、続けるでしょう。
「では今度は、あなたが今日まで生きてくるために使ってきたものを、一緒に探してみませんか」と。

クリストファー・ピーターソン(Christopher Peterson)の論文一覧
1.『やり抜く力「グリット」:長い目標を追い続ける情熱と粘り強さ』アンジェラ・L・ダックワース、クリストファー・ピーターソン、マイケル・D・マシューズ、デニス・R・ケリー(2007)
Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
DOI:10.1037/0022-3514.92.6.1087
「成功する人って、やっぱり才能が違うんでしょ?」「いや、途中で帰らない力も見逃せません」。この論文が調べたのは、長い目標に情熱を持ち、粘り強く続ける力「グリット」です。陸軍士官学校の訓練、大学の成績、全国つづり字大会などを調べると、グリットは知能や才能だけでは説明できない成功の一部を予測しました。もちろん、これ一つで人生が決まる万能スパイスではありません。それでも、派手な一発逆転より、地味な一歩を明日も出せるか。才能が昼寝している横で、コツコツ君が静かに靴ひもを結ぶ。成功の裏口をのぞいてみたくなる一篇です。

