ブライアン・ジェフリー・フォッグ(Brian Jeffrey Fogg)の論文一覧:人が動く瞬間を、「やる気・簡単さ・きっかけ」に分解した行動デザイン研究者
ブライアン・ジェフリー・フォッグ(Brian Jeffrey Fogg)のプロフィール
ブライアン・ジェフリー・フォッグは、人間の行動を「根性」や「性格」のせいにせず、もっと具体的な仕組みとして研究してきたアメリカの行動科学者です。
たとえば、こんな場面を考えてみてください。
「健康のために運動したい。でも今日は疲れたから、また明日」
「本を読みたい。でも気づいたら、スマートフォンを一時間見ていた」
「早く寝たい。でも布団の中で動画をもう一本だけ……」
人間は、だいたい毎日のように「やりたい自分」と「実際にやっている自分」のあいだで、小さな綱引きをしています。そして負けた側が、夜になると反省会を始めます。
「私って、意志が弱いのかな」
しかしフォッグは、そこで腕を組んでこう言います。
「いや、意志の強さだけで説明するのは、少し雑ではありませんか」
彼が見つめたのは、人の心にある“やる気の量”だけではありませんでした。その行動は簡単にできるのか。始める合図はあるのか。行動を邪魔しているものは何なのか。
つまり、人が動かないときに本人を責めるのではなく、行動が起こる条件を一つずつ調べていったのです。
コンピューターは、ただの道具ではない
フォッグは、スタンフォード大学で長年にわたり研究と教育に携わり、「行動設計研究所」を設立しました。コンピューター科学や教育の分野でも教えながら、人の行動と技術の関係を研究してきた人物です。
彼が研究を始めたころ、コンピューターは今ほど生活の奥まで入り込んでいませんでした。
まだスマートフォンも動画配信サービスも、こちらの好みを先回りして次々とおすすめを差し出してくる仕組みも、当たり前ではなかった時代です。
ところがフォッグは、かなり早い段階から気づいていました。
「コンピューターは、計算をするだけの箱ではない。人の考え方や行動を変える力を持つようになる」
たとえば、画面に「今すぐ申し込む」というボタンが表示される。運動記録の機器が「あと千歩です」と知らせてくる。学習アプリが連続記録を見せて、「今日も続けよう」と背中を押してくる。
これらは単なる情報ではありません。私たちの行動を、ある方向へそっと動かす働きを持っています。
フォッグは、こうした「人の考えや行動に影響を与える技術」を研究し、2002年には『人を動かす技術』にあたる著書を発表しました。当時はまだ珍しかった研究分野ですが、その後、ウェブサイト、携帯端末、健康管理機器、学習サービスなど、さまざまな分野に広がっていきました。
いま振り返ると、フォッグはスマートフォン時代がやって来る前から、未来の玄関でチャイムを鳴らしていたようなものです。
「もうすぐ、機械が人を説得する時代が来ますよ」
ところが当時の社会は、そのチャイムに気づかず、居留守を使っていたのかもしれません。
人が動くには、三つの条件がいる
フォッグの代表的な考え方が、「行動が起こる条件」を三つに整理した行動モデルです。
その三つとは、次のようなものです。
一つ目は、その行動をしたいと思う気持ち。
二つ目は、その行動を実行できるくらい簡単であること。
三つ目は、行動を始めるきっかけがあること。
フォッグは、この三つが同じ瞬間にそろったとき、人は行動すると考えました。反対に、行動が起こらなかった場合は、本人の人格が壊れているのではなく、三つのうち何かが足りなかった可能性があります。
たとえば、「毎朝一時間走る」と決めた人が三日でやめてしまったとします。
普通なら、
「もっと頑張りましょう」
「本気度が足りません」
「成功者は朝五時に起きています」
などと、早朝から精神論の大声大会が始まりそうです。
けれどフォッグの考え方では、まず行動の難しさを疑います。
一時間走るのが難しいなら、靴を履いて外に出るだけにする。外に出るのも難しいなら、玄関で靴を履くだけにする。
「それでは運動にならないでしょう」と言いたくなりますが、フォッグが最初に育てようとするのは、筋肉よりも「行動を始める流れ」です。
大きな行動を一度だけ成功させるより、小さな行動を何度も成功させる。その積み重ねによって、「私はできる」という感覚と習慣の土台を育てていくのです。
小さすぎて笑える行動から始める
フォッグの研究は、やがて「小さな習慣」という実践方法へ発展していきました。
名前の通り、最初の行動を驚くほど小さくします。
腕立て伏せを二十回するのではなく、一回だけする。
本を一章読むのではなく、一段落だけ読む。
歯を完璧に手入れするのではなく、まず一本だけ丁寧に磨く。
あまりにも小さいので、心の中の怠け者も警戒しません。
「一回だけなら、まあ……」
この「まあ……」が、行動の扉を開けます。
私たちは何かを始めようとすると、つい立派な計画を立てます。英語を毎日一時間勉強する。週に五日運動する。毎晩日記を書く。
計画を立てた直後の自分は、なぜか未来の自分を超人だと思っています。
しかし翌日の自分は、普通に眠い。仕事で疲れている。夕食後にはソファと一体化している。
フォッグは、そんな現実の人間を前提にしています。
元気な日だけ実行できる計画ではなく、疲れている日でもできるほど小さくする。成功のハードルを地面すれすれまで下げ、まずは「できた」という経験を増やしていくのです。
2020年には、この考え方を一般向けにまとめた『小さな習慣』に関する著書を発表し、広く知られるようになりました。
成功したら、少し喜ぶ
フォッグの方法で面白いのは、小さな行動をしたあとに、自分の成功をきちんと感じることを重視している点です。
たとえば、歯を一本磨いたあとに、
「よし」
と心の中で言う。
水を一杯飲んだら、少し笑う。
机に座ったら、「始められた自分、なかなかやるな」と思う。
日本人の感覚では、少し照れくさいかもしれません。
「歯を一本磨いただけで祝うなんて、表彰式が多すぎませんか」
しかし、ここで大切なのは、大げさに自分を褒めることではありません。行動と「うれしい」「できた」という感情を結びつけることです。
人は、嫌な気分になる行動より、気分がよくなる行動を繰り返しやすいものです。
ところが私たちは、自分の失敗には盛大な反省会を開くのに、小さな成功には拍手をしません。
できなかった日は二時間悩む。
できた日は、「このくらい当然」と三秒で片づける。
これでは心の中の会計帳簿が、赤字だらけになってしまいます。
フォッグの考え方は、その帳簿に小さな黒字を書き足していく方法ともいえるでしょう。
人を変える前に、環境を変える
フォッグの研究が私たちに教えてくれるのは、「人を変える」より先に、「行動しやすい環境をつくる」ことの大切さです。
野菜を食べたいなら、目につく場所に置く。
スマートフォンを見る時間を減らしたいなら、通知を切る。
薬を飲み忘れるなら、毎日必ず使う物の近くに置く。
勉強を始めたいなら、前日のうちに教科書を机に開いておく。
どれも地味です。
映画なら、もっと感動的な音楽が流れて、主人公が雨の中を走り出すところでしょう。
しかし現実の行動変化は、たいていもっと静かです。
机の上に本が置いてある。
靴が玄関に出してある。
通知が鳴らない。
そんな小さな仕掛けが、翌日の自分を助けます。
フォッグは、行動変化を精神力の試験から、環境と仕組みの設計へ移しました。
「できなかった。私はだめだ」
ではなく、
「できなかった。では、どこを簡単にしようか」
と考える。
この問いの変化は、とても大きなものです。
技術は、人を助けることも、捕まえることもできる
一方で、人の行動を動かす技術には、明るい面だけでなく危うい面もあります。
健康を支える仕組みにも使えますが、必要のない商品を買わせたり、画面から離れられなくしたりすることにも使えるからです。
通知、連続記録、人気の表示、終わりなく続くおすすめ。
これらは便利であると同時に、私たちの注意をつかまえる仕掛けにもなります。
フォッグが設立した研究所も、こうした技術を使う際には倫理を重視し、人々が本来望んでいる前向きな変化を助けるために活用すべきだと示しています。
包丁が料理にも危険な行為にも使えるように、行動を変える知識も、使う人の目的によって表情を変えます。
だからこそフォッグの研究は、単なる「人を思い通りに動かす方法」ではありません。
本当に問われているのは、
「誰のための変化なのか」
「その人自身が望んでいる行動なのか」
「成功したあと、その人の生活はよくなるのか」
という点です。
意志の弱さではなく、設計の問題かもしれない
ブライアン・ジェフリー・フォッグは、私たちが長いあいだ「本人の努力不足」と呼んできたものを、別の角度から見直した研究者です。
行動できないとき、必要なのは必ずしも強い決意ではありません。
行動を小さくすること。
始めるきっかけをつくること。
成功した瞬間をきちんと味わうこと。
そして、できなかった自分を責める前に、仕組みを調整すること。
彼の研究には、人間を機械のように正確に動かそうとする冷たさよりも、「人間はそれほど完璧ではない」という前提に立った、妙なやさしさがあります。
人間は疲れます。忘れます。面倒くさがります。昨日立てた立派な目標を、今日の自分が平然と無視することもあります。
フォッグは、その現実を責めません。
「それなら、もっと小さくしましょう」
と提案します。
人生を変えるのは、必ずしも雷に打たれたような決意ではありません。
歯を一本磨くこと。
本を一段落読むこと。
靴を履くこと。
そんな、誰にも自慢できないほど小さな行動が、未来へ続く細い道になることがあります。
フォッグは、人間の重たい腰を無理やり持ち上げるのではなく、そのすぐ横に、小さな起動ボタンを置いた研究者なのです。
参考文献・確認先:スタンフォード大学 行動設計研究所:ブライアン・ジェフリー・フォッグ公式プロフィール / Google Scholar:ブライアン・ジェフリー・フォッグ 論文・引用情報 / PubMed:ブライアン・ジェフリー・フォッグ関連論文

ブライアン・ジェフリー・フォッグ(Brian Jeffrey Fogg)の研究から学べること
ブライアン・ジェフリー・フォッグの研究から学べることは、ひとことで言えば、「人は、気合だけでは動かない」ということです。
これだけ聞くと、
「そんなの知っています。気合で何とかなるなら、私はもう腹筋が割れています」
という声が聞こえてきそうです。
そうなのです。私たちは薄々わかっています。
早起きしたい。運動したい。勉強したい。部屋を片づけたい。夜は早く寝たい。お菓子も少し控えたい。
やりたいことは、けっこうあります。
ところが実際には、朝の目覚ましを止め、運動着を見ないふりをし、机の上の本にはほこりが積もり、夜になると布団の中で動画を見ています。
そして翌朝、反省会が始まります。
「私は、どうして続かないんだろう」
「もっと意志を強くしなければ」
「今度こそ本気を出そう」
しかしフォッグの研究は、そんな自分に別の質問を投げかけてくれます。
「本当に、意志の弱さだけが原因でしょうか」
この問いは、かなり重要です。
なぜなら、行動できなかった原因をすべて性格のせいにしてしまうと、改善の方法が「もっと頑張る」しか残らないからです。
頑張れないから困っているのに、解決策が「頑張れ」では、傘を忘れた人に「ぬれないようにしてください」と言うようなものです。
フォッグの研究は、そこに傘を差し出します。
行動をもっと小さくする。
始めるきっかけをつくる。
やりやすい環境を整える。
そして、できたときには、きちんと成功を感じる。
つまり、人間そのものを責めるのではなく、行動が起きる仕組みを見直すのです。
やる気を待っていると、日が暮れる
私たちは何かを始めるとき、つい「やる気が出たらやろう」と考えます。
部屋を片づけるのは、やる気が出たら。
運動するのも、やる気が出たら。
勉強も、気分が乗ったら。
ところが、やる気というものは、かなり気まぐれです。
呼んでも来ないのに、夜中の二時に突然現れて、
「よし、人生を変えよう」
などと言い始めます。
そして翌朝には、もういません。
フォッグの研究から学べるのは、やる気は大切だけれど、やる気だけを頼りにしてはいけないということです。
人の気持ちは、天気のように変わります。
元気な日もあれば、疲れた日もあります。仕事で褒められた日は前向きでも、失敗した日は何もしたくなくなることがあります。
そんな変わりやすいものに、習慣のすべてを預けるのは危険です。
やる気が高い日にしかできない行動は、やる気が下がった日に止まります。
だからこそ、行動は「やる気が少なくてもできるくらい簡単にする」必要があります。
たとえば、毎日三十分運動するのが難しいなら、一分だけ体を動かす。
本を十ページ読むのが難しいなら、一段落だけ読む。
日記を書くのが重いなら、一行だけ書く。
「そんなに小さくて意味があるのですか」
と思うかもしれません。
しかし、大切なのは最初から立派な成果を出すことではありません。
まず、行動の入口に立つことです。
一分運動した人は、もう運動を始めています。
一段落読んだ人は、もう本を開いています。
一行書いた人は、白紙の前で腕を組んでいる人ではありません。
小さな行動は、成果としては小さく見えても、「始めた」という意味では大きいのです。
行動できないなら、小さくしすぎるくらいでいい
フォッグの考え方で特に面白いのは、「もっと頑張る」のではなく、「もっと簡単にする」という方向へ進むことです。
普通、目標を達成できないと、私たちは目標を強化します。
「毎日十分できなかった。では、今度は毎日一時間やろう」
なぜ増やしたのでしょう。
失敗した計画に、さらに重りを載せています。
これは、持ち上がらなかった荷物に対して、
「よし、箱をもう二つ追加しよう」
と言っているようなものです。
フォッグの研究から学ぶなら、逆です。
できなかったら、行動を小さくします。
腕立て伏せが続かないなら、一回にする。
片づけが進まないなら、机の上の紙を一枚だけ捨てる。
勉強が始められないなら、教科書を開くだけにする。
「教科書を開くだけでは、勉強したことにならないのでは」
たしかに、それだけでは試験の点数は上がらないかもしれません。
しかし、行動を続けるうえでは、「始めるまでの抵抗」を小さくすることが重要です。
人間は、始める前がいちばん重いのです。
布団から起き上がるまでが重い。
靴を履くまでが重い。
机に座るまでが重い。
いったん始めてしまえば、そのまま少し続くこともあります。
もちろん、一回で終わる日があってもかまいません。
一回できたなら、その日の目標は達成です。
この考え方は、少し拍子抜けするほどやさしいものです。
けれど、そのやさしさが続ける力になります。
毎回、自分に厳しい試験を課していたら、行動するたびに緊張します。
一方で、「今日はこれだけで合格」と決めておけば、始める怖さが減ります。
習慣づくりは、自分を追い込む訓練ではありません。
自分が自然に動ける道幅を探す作業なのです。
行動は、置き場所で変わる
フォッグの研究から学べるもう一つの大切なことは、行動は環境に大きく左右されるということです。
私たちは、自分の行動をすべて「自分の意志で選んでいる」と思いがちです。
しかし実際には、目に入ったもの、手に取りやすいもの、近くにあるものに、かなり動かされています。
机の上にお菓子があれば、食べる可能性は高くなります。
スマートフォンが枕元にあれば、寝る前に見る可能性は高くなります。
運動靴が押し入れの奥にあれば、わざわざ出して運動する可能性は下がります。
つまり、行動は心の中だけで決まっているわけではありません。
部屋の中も、机の上も、スマートフォンの画面も、私たちに毎日こっそり話しかけています。
「こちらのお菓子はいかがですか」
「通知が来ていますよ」
「動画をもう一本見ませんか」
環境は、無言の営業担当です。
しかも、かなり働き者です。
だから、自分が望む行動を増やしたいなら、その行動をしやすい場所に置くことが大切です。
朝、水を飲みたいなら、前の晩にコップを用意しておく。
本を読みたいなら、座る場所の近くに本を置く。
薬を忘れたくないなら、毎日必ず使う物のそばに置く。
スマートフォンを見る時間を減らしたいなら、別の部屋で充電する。
これは、自分に甘くしているのではありません。
自分の行動を、現実に合わせて設計しているのです。
意志の力で誘惑と戦い続けるより、誘惑が少ない場所をつくる。
毎日激しい戦争をするより、そもそも戦場に行かない。
こちらのほうが、ずっと賢いやり方です。
「いつやるか」を決めると、行動は迷子になりにくい
新しい行動を始めるには、きっかけも必要です。
「時間があるときにやろう」
「あとでやろう」
「そのうち始めよう」
この三つの言葉は、行動を未来へ送り出す片道切符です。
たいてい戻ってきません。
人は、やることを決めただけでは動けないことがあります。
何をするかに加えて、「いつ始めるか」が必要です。
たとえば、
歯を磨いたあとに、薬を飲む。
朝のコーヒーを入れたあとに、本を一段落読む。
仕事から帰ってかばんを置いたあとに、運動着に着替える。
このように、すでに毎日している行動のあとに、新しい行動をつなげます。
新しい習慣を、今ある生活の線路に乗せるイメージです。
何もない場所に新しい駅を建てるより、いつも通る駅の隣に小さな乗り換え口をつくるほうが、使いやすいのです。
「忘れないように頑張る」ではなく、「思い出せる仕組みをつくる」。
これも、フォッグの研究から学べる大きな知恵です。
人は忘れます。
忘れない人間になるより、忘れても思い出せる環境をつくるほうが現実的です。
できたことを、なかったことにしない
フォッグの考え方では、小さな行動をしたあとに、成功した感覚を味わうことも重視されます。
ここで多くの人が、少し戸惑います。
「一回できただけで喜んでいいのでしょうか」
「こんな小さなことで満足したら、成長が止まりませんか」
しかし、私たちは自分に対して、少し厳しすぎることがあります。
できなかったことは、いつまでも覚えています。
「あの日も続かなかった」
「前にも失敗した」
「また三日で終わった」
心の中に失敗資料館があり、入場無料で二十四時間営業しています。
ところが、できたことはすぐに忘れます。
一分運動しても、「一分しかできなかった」。
一段落読んでも、「これくらいでは足りない」。
一回断れたとしても、「本当ならもっと早く断るべきだった」。
これでは、自分の中に成功の記憶が育ちません。
フォッグの研究から学べるのは、小さな成功を小さいまま受け取っていいということです。
「できた」
「始められた」
「今日はここまで進んだ」
その感覚が、次の行動を呼びます。
派手に自分を褒める必要はありません。
心の中で小さく「よし」と言うだけでもいい。
少し笑うだけでもいい。
大切なのは、行動の直後に「これは成功だった」と自分に知らせることです。
習慣は、叱られて育つより、成功を感じながら育つほうが長続きします。
人を変えたいときも、叱る前に仕組みを見る
フォッグの研究は、自分自身の習慣だけでなく、誰かを支援するときにも役立ちます。
たとえば、子どもが宿題をしない。
部下が報告を忘れる。
家族が片づけをしない。
利用者が決めた行動を続けられない。
そんなとき、私たちはつい言いたくなります。
「どうしてやらないの」
「前にも言ったでしょう」
「やる気がないのでは」
しかし、行動が起きない理由は、本人の気持ちだけではありません。
難しすぎるのかもしれません。
いつ始めるか決まっていないのかもしれません。
必要な道具が遠くにあるのかもしれません。
一度に求められている量が多すぎるのかもしれません。
失敗したときに責められるので、始めること自体が怖くなっているのかもしれません。
ここで大切なのは、「なぜやらないのか」と責めることではなく、「どうすればやりやすくなるか」と一緒に考えることです。
たとえば、
宿題全部ではなく、最初の一問だけ始める。
長い報告書ではなく、最初に三行だけ書く。
部屋全体ではなく、机の右半分だけ片づける。
毎日続けることより、次の一回を成功させる。
支援とは、相手を無理やり動かすことではありません。
その人が自分で動けるように、道にある石を少しずつどけることです。
フォッグの研究は、その石の見つけ方を教えてくれます。
「できない自分」ではなく、「合っていない方法」を疑う
私たちは、目標を達成できないと、すぐ自分を疑います。
「私はだめだ」
「続ける力がない」
「何をやっても中途半端だ」
しかし、フォッグの研究から考えると、失敗したのは人間ではなく、方法かもしれません。
靴の大きさが合わないとき、足を責める人はいません。
「私の足は意志が弱いから、この靴が履けない」
とは言わないでしょう。
靴を替えます。
同じように、行動が続かないなら、方法の大きさが自分に合っているかを見直していいのです。
目標が大きすぎないか。
始めるきっかけはあるか。
道具は使いやすいか。
疲れた日でもできるか。
できたときに成功を感じられるか。
こうして方法を調整していくと、「自分を直す」という苦しい考えから、「仕組みを整える」という具体的な考えへ移れます。
これは、単なる習慣の話ではありません。
自分との付き合い方の話でもあります。
失敗するたびに自分を裁判にかけるのではなく、
「今回の仕組みは、少し難しかったですね」
と作戦会議をする。
裁判官になるより、設計者になる。
そのほうが、次の一歩を考えやすくなります。
大きな変化は、小さな入口から始まる
フォッグの研究というと、「小さな行動」が注目されます。
けれど、その目的は小さな人間になることではありません。
大きな変化へ入るための入口を、小さくすることです。
毎日一行書く人が、やがて一ページ書くようになることがあります。
一分歩く人が、いつの間にか近所を一周するようになることがあります。
教科書を開くだけだった人が、そのまま十分勉強する日もあります。
もちろん、いつも大きくなるとは限りません。
一行で終わる日もある。一分で終わる日もある。
それでも、習慣の糸は切れていません。
大きな目標は、遠くから見ると立派です。
しかし、近くに寄ると入口が見つからないことがあります。
フォッグの研究は、その入口に小さな看板を立てます。
「こちらから入れます」
その入口は、驚くほど小さいかもしれません。
深呼吸を一回する。
水を一口飲む。
書類を一枚開く。
靴を履く。
けれど、人生の方向が変わるとき、最初の一歩はたいてい静かです。
拍手もない。
音楽も流れない。
昨日とほとんど同じ一日の中で、小さな行動が一つ増えるだけです。
しかし、その一つが、明日も繰り返される。
明後日も、また繰り返される。
そうして気づいたときには、以前とは少し違う場所に立っています。
ブライアン・ジェフリー・フォッグの研究から学べるのは、人を変えるには、人を追い込む必要はないということです。
もっと小さくていい。
もっと簡単でいい。
もっと自分に合ったやり方でいい。
できなかった日は、自分を責めるのではなく、行動を小さく調整する。
できた日は、なかったことにせず、静かに受け取る。
人生を変えるのは、いつも燃え上がる決意とは限りません。
「これくらいなら、できそうだな」
そんな小さな納得が、重たい扉を少しだけ開けることがあります。
フォッグの研究は、その扉を力ずくで壊す方法ではありません。
手の届くところに取っ手をつける方法なのです。

ブライアン・ジェフリー・フォッグ(Brian Jeffrey Fogg)の論文一覧
1.『人を動かすデザインのしくみ:行動を引き出すためのモデル』ブライアン・ジェフリー・フォッグ(2009)
Fogg, B. J.(2009). A behavior model for persuasive design. Proceedings of the 4th International Conference on Persuasive Technology(Persuasive ’09), Article 40, 1–7. ACM.
DOI:10.1145/1541948.1541999
「人は、やる気さえあれば動く!」と思っていませんか。フォッグはそこで待ったをかけます。「いやいや、やる気だけでは人は動きません」。この論文では、行動が起こる条件を「やる気」「実行のしやすさ」「きっかけ」の三つに整理。運動も勉強も片づけも、失敗の原因は性格ではなく、仕組みのほうにあるかもしれないのです。三日坊主を責める前に、行動の設計図を見直してみる。そんな目からうろこの一篇です。

