バス・フェルプランケン(Bas Verplanken)の論文一覧:「気づけばまたやっている」を追いかけて、習慣の正体をそっと捕まえた心理学者

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バス・フェルプランケン(Bas Verplanken)のプロフィール

バス・フェルプランケンは、「人はなぜ、気づけば同じことをしているのだろう?」という、地味なのに人生をかなり左右する謎を追いかけた社会心理学者です。

朝になれば、ほとんど考えずにスマホを開く。帰り道になると、特にお腹がすいていなくてもコンビニへ寄る。歯を磨くときの順番まで、なぜか毎回ほぼ同じ。私たちの毎日には、誰にも命令されていないのに律儀に出勤してくる行動がたくさんあります。

フェルプランケンは、そんな「いつもの行動」を、単なる怠けや根性不足として片づけませんでした。

むしろ彼は、習慣を心の中にある“自動運転の仕組み”として見つめました。人は毎回、人生会議を開いてから行動しているわけではありません。「今日は健康のために歯を磨こう」「環境のために歩こう」「財布のためにお菓子を買わないでおこう」と、朝から晩まで脳内委員会を開催していたら、たぶん夕方には議事録だけで力尽きます。

だからこそ習慣は便利です。考える手間を省き、毎日をすいすい進めてくれる。けれど便利な自動運転は、ときどき目的地を確認しないまま、いつもの道へ私たちを連れていきます。健康のためにはよくない食べ方、衝動買い、車に頼りすぎる移動なども、気合いで選び直しているというより、いつもの場面でいつものボタンが押されているのかもしれません。

フェルプランケンの面白さは、習慣を「何回やったか」だけで測ろうとしなかったところです。シーナ・オーベルとともに発表した代表的な研究では、習慣の強さを、繰り返しの多さだけでなく、「考えなくてもやってしまう感じ」「自分でコントロールしている意識の薄さ」「その行動が自分らしさに結びついている感覚」などから捉えるための尺度をつくりました。つまり彼にとって習慣は、行動回数のスタンプカードではなく、心と暮らしにじわじわ根を張った存在だったのです。

この視点は、習慣づくりを考えるときにも、習慣をやめたいときにも役立ちます。「意志が弱いから続かない」と自分を責める前に、「この行動は、どんな場面で自動再生されているのだろう?」と見てみる。そこには、少し違う出口が見つかるかもしれません。たとえば、机にお菓子が置いてあるから手が伸びる。帰宅後すぐソファに座るから、そのまま動けなくなる。習慣は人格の通知表ではなく、生活の配置図から生まれることもあるのです。

フェルプランケンは、健康行動や食事、運動、買い物、環境に配慮した行動、交通手段の選び方など、日常のあちこちに習慣のレンズを向けました。研究テーマを見ると、「人は何を大切だと思っているか」だけでなく、「大切だと思っているのに、なぜ行動が追いつかないのか」という、人間らしいズレにも関心を寄せていたことがわかります。頭ではわかっている。けれど、手足は昨日と同じことをする。この小さなねじれこそ、彼の研究がずっと見つめてきた場所です。

さらに彼は、引っ越しや転職のように生活が大きく変わる時期に注目しました。いつもの店、いつもの道、いつもの帰宅時間が崩れると、古い習慣も少し足場を失います。引っ越した直後は落ち着かないものですが、見方を変えれば、新しい行動を始めるための“生活の模様替え期間”でもあるわけです。フェルプランケンらの研究は、こうした人生の節目が、環境に配慮した行動などを始める機会になりうることを示しています。習慣は頑丈ですが、生活の舞台装置が入れ替わるときには、少しだけ台本を書き換えられるのです。

オランダのライデン大学で学び、博士号を取得した後、オランダのナイメヘン大学、ノルウェーのトロムソ大学を経て、2006年からイギリスのバース大学で研究と教育に携わりました。現在は同大学の心理学科の名誉教授です。国をまたぎながら、人の「ついやってしまう」を研究してきた彼の歩みは、習慣というテーマが、文化や国境を越えて私たちの暮らしに入り込んでいることも感じさせます。

バス・フェルプランケンの研究は、私たちにこう問いかけているようです。

「あなたが毎日くり返していることは、本当にあなたが選び続けていることですか?」
「それとも、昔のあなたが押したボタンを、今日のあなたがそのまま再生しているだけですか?」

少しこわい問いですが、悪い知らせではありません。自動運転の存在に気づけたなら、行き先を変える余地も生まれます。習慣は、私たちを縛る鎖にもなりますが、うまく育てれば、未来の自分を毎日そっと助ける、頼もしい生活の味方にもなるのです。

参考文献・確認先:バス・フェルプランケン 公式プロフィール(バース大学) / Google Scholar:Bas Verplanken 論文・引用情報 / PubMed:Bas Verplanken 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

バス・フェルプランケン(Bas Verplanken)の研究から学べること

バス・フェルプランケンの研究から学べることは、ひと言でいえば、

「変わりたいのに変われないとき、まず“意志”を取り調べるのはやめましょう」

ということです。

人は、何かが続かないとすぐに自分へ厳しい判決を出しがちです。

「私は意志が弱い」
「また三日坊主だ」
「健康のために歩くと決めたのに、気づいたらソファと合体している」

などなど。人生の反省会は、だいたい被告人も裁判長も自分です。しかも判決が早い。

けれどフェルプランケンは、そんな私たちに少し待ったをかけます。人が同じ行動をくり返すのは、毎回わざわざ決意しているからとは限りません。むしろ、ある場面に出会うと、ほとんど考えずにいつもの行動が始まってしまうことがあります。

帰宅したら冷蔵庫を開ける。
机に座ったら、まずスマホを見る。
コンビニの前を通ると、なぜか甘いものを買う。
寝る前になると、反省会を始めてしまう。

これらは「今日こそやろう」と心に決めた結果というより、生活の中に仕込まれた自動運転のボタンが押されているのかもしれません。

だから、何かを変えたいときに必要なのは、自分へ説教をすることだけではありません。むしろ大切なのは、「私はどんな場面で、この行動を始めているのだろう?」と観察することです。

たとえば、夜のお菓子を減らしたいなら、「お菓子を食べない強い人間になるぞ」と腕まくりする前に、お菓子がどこに置かれているかを見てみる。目の前の棚にあるなら、そりゃあ手も伸びます。人間の手は、思っている以上に近くにあるものへ忠実です。

机の上にスマホがあれば、集中力はスマホへ吸い込まれる。
玄関に運動靴が出ていれば、散歩の可能性が少し上がる。
野菜を見える場所に置けば、冷蔵庫の奥で静かに冬眠する確率が下がる。

つまり、行動を変えるには、自分の心を根性でねじ伏せるよりも、行動が起きる「場面」を少し変えるほうが役に立つことがあります。

フェルプランケンの研究は、習慣を「何回くり返したか」だけでは見ませんでした。考えなくても始まる感じ、自分で選んでいるつもりがない感じ、そして「これは自分らしいことだ」と思える感覚。こうしたものが重なって、習慣はだんだん生活に根を張っていきます。

ここから学べるのは、よい習慣をつくるときも、「正しいからやる」だけでは少し弱い、ということです。

たとえば読書なら、「本を読まなければならない」ではなく、「私は少しずつでも考える時間を大事にしたい人だ」と考えてみる。運動なら、「痩せなきゃいけない」よりも、「私は自分の体を雑に扱いたくない」と思ってみる。

行動が自分の大切にしたい生き方とつながると、習慣はただの義務ではなくなります。毎晩の歯磨きが「虫歯予防の作業」だけではなく、明日の自分を困らせないための小さな手当てになるように、毎日の行動には、その人なりの意味を住まわせることができます。

そして、フェルプランケンの研究でもうひとつ面白いのは、人生の変化を「習慣を見直すチャンス」と捉えたところです。

引っ越しをした。
就職した。
転職した。
学校を卒業した。
家族構成が変わった。
生活リズムが大きく変わった。

こういう時期は、ただでさえ落ち着きません。いつものスーパーの場所も違う。通勤・通学の道も違う。朝に飲むコーヒーの位置すら、なぜか行方不明になる。

けれど、その「いつも通りが崩れた時期」こそ、新しい行動を入れる余地が生まれやすいのです。

普段の生活は、見えないレールの上を走っています。便利ではありますが、古い習慣も同じ列車にちゃっかり乗っています。ところが引っ越しや転職などで生活の風景が変わると、そのレールがいったん途切れます。その瞬間に、「これからは歩いて買い物へ行こうかな」「帰宅後はまずシャワーを浴びよう」「寝る前のスマホはリビングに置いておこう」と、新しい選択を差し込めるのです。

変化の時期は不安も大きいものです。でも、すべてを完璧に整えようとしなくて大丈夫です。新生活の初日に、急に人生の達人になる必要はありません。

まずはひとつだけ。

「この新しい生活の中で、どんな行動を当たり前にしたいだろう?」

と考えてみる。それだけでも、未来の自分へ小さな道しるべを置くことになります。

さらに大事なのは、悪い習慣をやめようとするとき、「二度とやらない」と大げさな絶縁状を書かなくてもよい、ということです。

人は疲れた日もあります。忙しい日もあります。気持ちが沈んで、いつもの悪い癖に手が伸びる日もあります。そこで一度失敗したからといって、「やっぱり私はダメだ」と物語を最終回にしてしまうのは、少し早すぎます。

習慣は、毎日まったく同じ強さで動く機械ではありません。場面や気分、疲れ具合、周囲の配置で、驚くほど揺れます。だから失敗した日は、自分を責めるより、「今日はどんなボタンが押されたのだろう」と見てみるほうが建設的です。

夜更かしをしたなら、寝る前にスマホを手元へ置いたのかもしれません。
衝動買いをしたなら、疲れて判断力が弱っていたのかもしれません。
先延ばしをしたなら、仕事が大きすぎて、最初の一歩が見えなかったのかもしれません。

こうして原因を探すと、行動は少しずつ「性格の問題」から「工夫できる生活の問題」へ変わっていきます。

フェルプランケンの研究は、私たちにやさしい現実を教えてくれます。

人は、意志だけで毎日を動かしているわけではない。
だから、意志だけで自分を責めなくてよい。

変えたい行動があるなら、まずは行動が始まる場面を見つめる。よい行動を目に入りやすくする。悪い行動には少し手間を増やす。人生の節目には、古い習慣を見直す。そして、一度うまくいかなかった日があっても、翌日からまた小さく始める。

習慣とは、立派な人だけが持てる特殊能力ではありません。

未来の自分が少し楽になるように、今日の自分が置いておく小さな仕掛けです。玄関に靴を出しておくこと。机に本を置いておくこと。スマホを別の部屋に置くこと。夜の台所にお菓子を置かないこと。

そんな地味な工夫が、いつか「気合い」ではなく「いつものこと」になっていく。

そして気づいた頃には、自分でも少し不思議になるかもしれません。

「あれ、私。前より自然にできているな」

その瞬間こそ、習慣が静かに味方になった合図なのです。

阿部牧歌(管理人)
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阿部牧歌(管理人)
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