アヴラハム・N・クルーガー(Avraham N. Kluger)の論文一覧:ほめても叱っても安心できない上司に「そのフィードバック、本当に効いてます?」と問いかけた心理学者

アヴラハム・N・クルーガー(Avraham N. Kluger)の論文を読む女性
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アヴラハム・N・クルーガー(Avraham N. Kluger)のプロフィール

アヴラハム・N・クルーガー(Avraham N. Kluger)は、イスラエルのヘブライ大学エルサレム校で組織行動学を研究してきた心理学・経営学の研究者です。現在までの研究をひと言でまとめるなら、

「人は、他人から何を言われれば、本当により良く変わるのだろう?」

という、職場でも学校でも家庭でも避けて通れない問題を、かなりしつこく追いかけてきた人です。

そして、この人の研究がおもしろいのは、その答えがだんだん、

「もしかして、言うことより、聴くことのほうが大事なのでは?」

という方向へ進んでいったところにあります。

上司が部下にアドバイスする。先生が生徒に改善点を伝える。先輩が後輩に「ここを直したほうがいいよ」と教える。

世の中では、だいたいこれを「良いこと」と考えます。

ところがクルーガーは、その「良いこと」に研究者らしく無表情で近づいて、

「ところで、それ、本当に良い結果になっていますか?」

と測り始めました。

すると、なかなか困ったものが出てきたのです。

「フィードバックは人を成長させる」に待ったをかける

クルーガーの名前を一躍有名にした研究のひとつが、アンジェロ・デニシとの1996年の大規模な分析です。

テーマは、仕事や課題に対して人から評価や助言を受ける、いわゆる「フィードバック」。

普通に考えれば、

「良かったですよ」
「ここを直しましょう」
「前回より成績が上がっています」
「あなたの弱点はここです」

と結果を教えてもらえば、人は改善していきそうです。

ところが、過去の研究を大量に集めて調べてみると、話はそんなに単純ではありませんでした。

フィードバックには平均すると成績や仕事ぶりを高める効果が見られた一方で、3分の1を超えるケースでは、むしろ成績や仕事ぶりが悪くなっていたのです。

これは、なかなかの事件です。

会社で上司が腕を組み、

「君のためを思って言っているんだ」

とありがたい助言を20分。

部下は、

「ありがとうございます。勉強になります」

と頭を下げる。

そして翌月、

成績が下がる。

上司としては「えっ」です。

クルーガーの研究は、そんな少々気まずい可能性を、心理学の真正面に持ってきました。

つまり、

「フィードバックは大切です」

で話を終わらせてはいけない。

大切なのは、

何を伝えたのか。
どこに注意を向けさせたのか。
そして、それを受け取った人の心の中で何が起きたのか。

そこまで考えなければならないのです。

人は「仕事」の話をされていたはずなのに、「自分」の話だと思ってしまう

クルーガーとデニシが考えた重要なポイントのひとつは、人の「注意」がどこへ向かうかでした。

たとえば上司から、

「この資料は、数字の根拠をもう少し詳しく書くとよくなるよ」

と言われたとします。

これなら、

「なるほど。数字の説明を増やそう」

と、注意が仕事そのものに向かうかもしれません。

ところが、

「君は詰めが甘いね」

となったらどうでしょう。

資料の話だったはずなのに、突然、

「私は仕事のできない人間なのだろうか」

という別の会議が頭の中で始まります。

議題は資料作成だったはずなのに、

いつの間にか議題が「私という人間について」に変更されています。

こうなると、本来やるべき仕事の改善より、

「自分はどう見られているのか」
「評価が下がったのではないか」
「やっぱり自分には能力がないのか」

といったことに注意を奪われる可能性があります。

クルーガーらの理論では、フィードバックによって注意が課題そのものから離れ、「自分」という上位の問題へ向かうほど、仕事の改善につながりにくくなると考えられました。

つまり問題は、

「ほめるか、叱るか」

だけではない。

もっと重要なのは、

その言葉によって、その人の目がどこを向くのか

なのです。

これは、職場だけでなく、子育てや教育にもかなり刺さる話ではないでしょうか。

「どうしてあなたはいつもそうなの」

と言われれば、子どもは問題の解き方ではなく「自分はダメなのか」を考え始める。

大人だって同じです。

人間、年齢を重ねても、心に突然「私はダメなのか会議」が招集されると、なかなか仕事どころではありません。

では、フィードバックをやめればいいのか?

ここでクルーガーがおもしろいのは、

「ほら見たことか。フィードバックなんて全部やめましょう」

とはならなかったところです。

研究者というものは、ひとつ扉を開けると、その奥にもうひとつ扉を見つけてしまう生き物です。

「言うこと」がうまくいかない場合がある。

では、別の方法はないのか。

そこでクルーガーの研究は、次第に未来について考える対話や、何よりも人の話を聴くことへ向かっていきます。

2018年にはミハル・レーマンとともに、「まず聴き、そのあとでフィードバックを」という趣旨の論文を発表しています。

そこでは、上司と部下のコミュニケーションを、

「相手に何かを伝える」

だけで考えるのではなく、

「質問する」
「相手の話を聴く」

というところまで広げて考えています。

これ、よく考えるとかなり大きな方向転換です。

昔の上司像なら、

「君の問題点は3つある。まず1つ目だ」

と始まりそうなところを、

クルーガーの研究を通すと、

「最近、仕事をしていてどう?」

から始まる。

口を開く人が変わったのです。

「人を変えたいなら、まずその人の話を聴いてみませんか」

クルーガーは近年、「聴くこと」の研究を大きな柱にしています。

本人も、自分の現在の研究について、人間関係をより良くするための「聴くこと」を研究していると説明しています。

これは単に、

「話を聞いてあげると、相手が喜びますよ」

という優しい標語ではありません。

クルーガーらは、聴いてもらうことが、仕事上の成果、人間関係、心理的な安心感などとどのように結びつくのかを研究しています。2024年には、職場で「自分の話を聴いてもらえている」と感じることが、さまざまな仕事上の結果とどのように関係するのかをまとめた大規模な研究も発表しています。

さらに、聴くことは創造性とも関係します。

人は、安心して話を聴いてもらえると、自分の考えを口に出しながら整理できます。

「あれ、私が本当に言いたかったのはこれかもしれない」

「そう考えると、別の方法もありそうだな」

そんなふうに、相手から答えを渡されるのではなく、話している本人の中から答えが出てくることがあります。

クルーガーらの研究では、質の高い傾聴が、話し手の考えの明確さや創造性などに関係することも調べられてきました。

ここまで来ると、1996年の研究から一本の道が見えてきます。

「人を良くするために、何を言えばいいのか」

と考えていたところから、

「そもそも、こちらがそんなにしゃべる必要があるのか」

というところまで来たわけです。

研究生活を何十年もかけて、

“伝える技術”を調べていたら、“聴く力”の重要性にたどり着いた。

なかなか味わい深い研究人生です。

テルアビブから、エルサレムへ

クルーガーは1958年、イスラエルのテルアビブに生まれました。本人の公式プロフィールによれば、両親はホロコーストを生き延びた人々でした。

この背景について軽々しく研究内容と結びつけることはできませんが、彼自身が公開している人物紹介の中でも記されている大切な経歴のひとつです。

1990年代初めにはアメリカのラトガース大学で教員を務め、その後1994年からヘブライ大学に所属。ヘブライ大学経営大学院では組織行動学の教授を務め、2010年から2014年には社会人向け経営大学院課程の責任者も担当しました。そこでは交渉、傾聴、自己表現など、人と人が実際に関わるための能力を重視していたと本人は説明しています。

研究室だけで、

「人間とはですね……」

と考えていたわけではありません。

実際の職場で、人が人を評価し、人が人に伝え、人が人の話を聴く。

その少々ややこしい現場を、ずっと研究してきた人なのです。

クルーガーが研究しているのは、結局「人と人のあいだ」なのかもしれない

クルーガーの研究を年代順に眺めると、おもしろい流れがあります。

最初は、

「評価を伝えると、人はどうなるのか」

を調べる。

すると、

「どうも、伝えればいいというものではないぞ」

となる。

そこで、

「未来の可能性について話す方法はどうだろう」

と考える。

さらに、

「いや、その前に相手の話を聴くことが必要なのではないか」

というところへ進んでいく。

ずいぶん遠くまで来たように見えて、実はずっと同じ問題を追いかけているのかもしれません。

それは、

人と人とのあいだで、どうすれば相手の力を潰さずに、その人が前へ進むのを助けられるのか

という問題です。

フィードバックする側は、どうしても何か言いたくなります。

「ここが悪い」
「ここを直そう」
「もっとこうしたほうがいい」

言っている側には、相手を助けている感覚があります。

けれど人間は、機械ではありません。

「設定値を3から5にしてください」

と入力したら、そのまま性能が上がるわけではない。

言葉を受け取った瞬間に、

傷ついたり、
身構えたり、
自分を責めたり、
逆に安心したり、
考えを整理したりする。

その心の動きまで含めて考えなければ、人を支えることにはならないのでしょう。

だからクルーガーの研究を読んでいると、

「人を変えるために、何を言えばいいでしょう?」

という質問そのものが、少し違って見えてきます。

もしかすると先に考えるべきなのは、

「私は、この人の話をちゃんと聴いただろうか」

なのかもしれません。

長いあいだフィードバックを研究した人物が、その先で「まず聴こう」と言い始める。

なんとも象徴的です。

たくさん話した者が勝つ世界に、クルーガーは研究データを抱えてやってきて、

「すみません。少し相手にもマイクを渡してみませんか」

と声をかけている。

アヴラハム・N・クルーガーとは、そんな研究者です。

参考文献・確認先:Avraham N. Kluger 公式プロフィール / ヘブライ大学エルサレム校:Avraham N. Kluger 研究者プロフィール / Google Scholar:Avraham N. Kluger 論文・引用情報 / PubMed:Avraham N. Kluger 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

アヴラハム・N・クルーガー(Avraham N. Kluger)の研究から学べること

アヴラハム・N・クルーガーの研究から学べることは、ひと言でまとめるなら、

「人を良くしようとして言葉をかけるときほど、その言葉が本当に相手のためになっているか考えよう」

ということかもしれません。

私たちは、誰かがうまくできていないと、つい何か言いたくなります。

「もっとこうしたほうがいいよ」

「ここがダメだったね」

「次から気をつけよう」

職場なら上司が部下に、学校なら先生が生徒に、家庭なら親が子どもに。

そして言った側は、ちょっと安心します。

「よし。ちゃんと教えた」

ところがクルーガーの研究を読んでいると、その後ろから小さな声が聞こえてきます。

「……それで、相手は本当に良くなりましたか?」

ここが、この研究のおもしろいところです。

善意で言ったかどうかだけではない。

正しいことを言ったかどうかだけでもない。

その言葉を受け取った人が、そのあとどう動けるようになったのか。

そこまで見なければ、本当に役に立ったとは言えないのです。

「フィードバックすれば伸びる」は、そんなに単純ではない

クルーガーの代表的な研究が私たちに教えてくれる大切なことのひとつは、

フィードバックは万能薬ではない

ということです。

仕事の結果を伝える。

改善点を教える。

ほめる。

注意する。

こうした働きかけは、一般的には人の成長を助けるものだと思われています。

もちろん、実際に役立つことはたくさんあります。

ただし、

「フィードバックをした」

イコール

「相手が成長した」

ではありません。

ここを混同すると、少々困ったことになります。

たとえば上司が部下を会議室に呼んで、

「今日は君の成長のために、改善点を37個用意しました」

と言ったとしましょう。

部下としては、

「成長する前に心が閉店しそうです」

という状態になるかもしれません。

言っている内容が全部正しかったとしても、それだけで人が動けるとは限らない。

人間には感情があります。

自尊心があります。

不安もあります。

そして何より、注意を向けられる量には限界があります。

だからクルーガーの研究から学べる最初の教訓は、

「言えば伝わる」

ではなく、

「伝えたあと、相手の中で何が起きるのかまで考える」

ということなのです。

人ではなく「行動」に話を戻す

誰かに改善してほしいことがあるとき、非常に大切なのが、

その人そのものと、その人がした行動を混ぜないこと

です。

たとえば、

「今回の資料は、数字の根拠をもう少し詳しく書くと分かりやすくなります」

と言われたら、

「では、根拠を書き足そう」

と考えることができます。

ところが、

「あなたはいつも詰めが甘いですね」

となると、話が変わってきます。

これはもう資料の修正会議ではありません。

心の中で突然、

『私は仕事のできない人間なのか緊急検討委員会』

が開催されます。

資料の数字を直すはずだった人が、

「自分は評価されていないのかな」

「嫌われているのかな」

「この仕事に向いていないのかな」

と考え始める。

すると、注意は仕事から離れてしまいます。

クルーガーらの研究では、この「注意がどこへ向かうか」が非常に重要だと考えられています。

改善したいのが仕事なら、注意はできるだけ仕事へ向けたほうがいい。

改善したいのが行動なら、行動について話したほうがいい。

ところが私たちは、いつの間にか、

「このミス」

について話していたはずなのに、

「あなたという人」

について語り始めてしまうことがあります。

ここは日常生活でもかなり使えるポイントです。

「あなたはだらしない」

ではなく、

「使ったものを元の場所に戻してくれると助かる」

「あなたは仕事が遅い」

ではなく、

「この作業は15時までに終わると次の人が動きやすい」

人間そのものを裁判にかけるのではなく、変えられる行動へ話を戻す。

それだけで、言葉の刺さり方はかなり変わります。

「正しい指摘」より「次にどうするか」

人に何かを教えるとき、過去の間違いについて長く話してしまうことがあります。

「ここが間違っていた」

「前にも同じことがあった」

「なぜこうなったのか」

もちろん、原因を考えることは必要です。

でも、ずっと過去だけを見ていても、人は前には進めません。

車を運転するとき、バックミラーだけを見ながら走れないのと同じです。

必要なのは、

「では、次はどうする?」

という視点です。

クルーガーは、従来型のフィードバックだけではなく、その後、未来の可能性や望ましい姿に目を向ける対話についても研究を広げていきました。

ここから学べるのは、

改善の話をするときは、過去の採点だけで終わらせない

ということです。

たとえば、

「今回、電話対応で説明が少し長くなっていました」

だけで終われば、

「自分は電話対応が下手なんだ」

で終わるかもしれません。

でも、

「次回は最初に結論を伝えてから説明すると、もっと分かりやすくなりそうですね」

と続けば、頭の中に「次にやること」ができます。

これ、大きな違いです。

人を成長させたいなら、

反省会を開催するだけではなく、作戦会議までやる。

クルーガーの研究は、そんな実用的な読み方ができます。

ほめれば全部解決、でもない

では、

「注意すると傷つくなら、全部ほめればいいのでは?」

となりそうですが、ここにも小さな落とし穴があります。

ほめること自体が悪いわけではありません。

人から認められることはうれしいですし、励みになることもあります。

ただ、

「すごい!」

「天才!」

「さすが!」

だけでは、

何が良かったのかが分からない。

これでは、次に再現しにくいのです。

料理を作って、

「最高!」

と言われるのもうれしいですが、

「玉ねぎをしっかり炒めたから甘みが出ていておいしい」

と言われると、

「ああ、次もそこを大事にしよう」

と思えます。

仕事でも同じです。

「よかったです」

だけより、

「説明を最初に結論から話していたので、とても分かりやすかったです」

のほうが、次の行動につながります。

つまりクルーガーの研究からは、

否定的なフィードバックだけでなく、肯定的なフィードバックも具体的にする

という考え方が見えてきます。

ほめ言葉を紙吹雪のように大量にまくのではなく、

「ここが良かった」

と、相手が再現できる形で渡す。

それが大事なのでしょう。

人を伸ばしたいなら、ときには口を閉じる

そしてクルーガーの研究で特におもしろいのが、研究の関心が「伝えること」から「聴くこと」へ広がっていった点です。

普通、人を支援しようとすると、

「何を言えばいいだろう」

と考えます。

悩んでいる人がいる。

では、アドバイスをしよう。

困っている人がいる。

では、解決策を教えよう。

落ち込んでいる人がいる。

では、励まそう。

私たちの頭の中では、

困っている人発見 → 何か言わなければ

というスイッチが、とても速く入ります。

ところが、ここでクルーガーの研究は、

「その前に、ちゃんと聴いてみませんか」

と椅子を一脚持ってきます。

これは簡単そうで、かなり難しいことです。

人の話を聞いていると、

「それならこうしたら?」

と言いたくなる。

「私も似た経験があってね」

と自分の話を始めたくなる。

「でも、それはあなたにも原因があるんじゃない?」

と分析したくなる。

つまり人間は、

聴いているつもりで、次に自分が何を言うか考えている

ことがかなりあります。

口は閉じていても、心の中では出番待ち。

マイクの前で準備運動をしています。

本当に聴くというのは、そのマイクをいったん床に置くことなのかもしれません。

聴くことは「何もしないこと」ではない

「ただ話を聴くだけで何になるの?」

と思う人もいるでしょう。

でも、良い聴き方には不思議な力があります。

人は話しているうちに、自分の考えを整理します。

「仕事が嫌なんです」

と話し始めた人が、

よく聴いてもらっているうちに、

「いや、仕事全部が嫌なんじゃないな」

となる。

さらに話していると、

「仕事そのものより、上司に何を言っても否定されるのがつらいのかもしれない」

となる。

もっと話すと、

「私は辞めたいというより、安心して相談できる環境がほしいのかもしれない」

となる。

最初と最後で、問題の姿が変わっています。

聞き手は答えを教えていません。

でも、話し手自身が、自分の中にあった答えへ少し近づいている。

これが「聴くこと」のおもしろさです。

アドバイスには、

「答えを外から入れる」

という働きがあります。

一方で傾聴には、

「本人の中にあるものを外へ出して、見えるようにする」

という働きがあります。

どちらが絶対に正しいという話ではありません。

ただ私たちは、外から答えを入れることを急ぎすぎているのかもしれません。

良い上司は「正解を持っている人」とは限らない

クルーガーの研究は、職場の上司や支援者にも重要な示唆を与えてくれます。

上司というと、

「部下より知識がある人」

「答えを教える人」

というイメージがあります。

もちろん、それが必要な場面もあります。

しかし、すべての問題に上司が正解を持っているとは限りません。

まして、

「本人が何に困っているのか」

については、本人にしか分からない部分があります。

だから、

「私はこう思う」

の前に、

「あなたはどう感じていますか」

と聞く。

「こうしてください」

の前に、

「どうすると進めやすそうですか」

と尋ねる。

それだけで、会話の形が変わります。

上司が裁判官の席から降りて、隣の椅子に座る。

そんなイメージです。

そして、おそらくこれは上司だけの話ではありません。

教師でも、親でも、支援者でも、友人でも同じです。

誰かを助けようとするとき、

「正しい答えを渡さなければ」

と思いすぎなくてもいい。

ときには、

安心して考えられる場所をつくることそのものが支援になる。

クルーガーの研究は、そう教えてくれます。

「私はあなたを評価しています」から「私はあなたを理解したい」へ

フィードバックという言葉には、どこか上下関係があります。

評価する人。

評価される人。

教える人。

教えられる人。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

会社では評価が必要ですし、学校では採点も必要です。

でも、人と人との関係がそれだけになると、息苦しくなります。

ずっと採点されている人は、やがて、

「正解を言わなければ」

「失敗してはいけない」

「評価される自分を作らなければ」

と考えるようになるかもしれません。

一方、

「あなたはどう考えていますか」

「それについてもう少し聞かせてください」

と言われると、そこには別のメッセージがあります。

それは、

「あなたの中に、聞く価値のあるものがあります」

というメッセージです。

人は、話を聴いてもらうことで、

「ここでは自分の考えを出してもいい」

と思える。

その安心感が、仕事の工夫や新しいアイデア、人間関係にもつながっていく。

クルーガーの「聴くこと」の研究がおもしろいのは、傾聴を単なる優しさではなく、人が考え、働き、成長するための重要な条件として研究しているところです。

フィードバックの前に、一秒だけ考える

では、クルーガーの研究を日常生活でどう使えばいいのでしょう。

難しい理論を全部覚える必要はありません。

誰かに何かを言いたくなったとき、一秒だけ考える。

「この言葉を言ったあと、この人の注意はどこへ向かうだろう?」

これだけでも十分です。

仕事そのものへ向かうだろうか。

次にできることへ向かうだろうか。

それとも、

「私はダメなんだ」

という自己否定へ向かってしまうだろうか。

もし後者になりそうなら、言葉を少し変えてみる。

人そのものではなく行動について話す。

抽象的な評価ではなく具体的に伝える。

過去の失敗だけではなく、次の一歩を示す。

そして場合によっては、

何か言う前に、

「あなたはどう思っていますか」

と尋ねる。

フィードバックの世界では、つい「何を言うか」にばかり目が向きます。

けれどクルーガーの研究をたどっていくと、

最後には、

「その人が考えられるように、自分が少し黙る」

という技術に行き着きます。

これは不思議な話です。

人を育てたい。

だから、たくさん教えよう。

人を助けたい。

だから、たくさん助言しよう。

そう思って研究を始めた先で、

「いや、ちょっと待ってください。まず相手の話を聴きましょう」

という場所へたどり着く。

人間関係というものは、なかなか奥深いものです。

クルーガーの研究が教えてくれる、いちばん大切なこと

クルーガーの研究から学べることを、最後にひとつだけ残すなら、

「相手を変えようとする前に、相手の中で何が起きているのかを見よう」

ということではないでしょうか。

正しい指摘でも、人を動けなくすることがあります。

短いひと言が、人を前へ進ませることもあります。

何も教えず、ただ丁寧に聴くことが、その人自身の答えを引き出すこともあります。

人間は、評価表の数字だけでは動きません。

心があります。

誇りがあります。

怖さがあります。

そして、自分なりの考えがあります。

だから、人を支えるという仕事は、

「正しいことを言う競争」

ではないのでしょう。

むしろ、

「この人が次の一歩を考えられるようにするには、いま何が必要だろう」

と考えること。

言葉が必要なら言葉を渡す。

質問が必要なら尋ねる。

そして聴くことが必要なら、黙って耳を傾ける。

クルーガーの研究は、フィードバックという一見すると「言葉を渡す研究」から始まりながら、その先で私たちに、

人を変える言葉を探すより、人が自分で変わっていける会話をつくろう

と教えてくれているように思います。

誰かに何か言いたくなったその瞬間。

口から言葉が飛び出すほんの少し前に、

「これは、この人を前に進ませる言葉だろうか」

と考えてみる。

その一秒が、人と人とのあいだにある景色を、ほんの少し変えてくれるのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
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アヴラハム・N・クルーガー(Avraham N. Kluger)の論文一覧

1.『フィードバックは本当に成果を高めるのか?――パフォーマンスに対するフィードバック介入の効果:歴史的レビュー、メタ分析、そして予備的フィードバック介入理論』アヴラハム・N・クルーガー、アンジェロ・S・デニシ(1996)

Kluger, A. N., & DeNisi, A.(1996).
The Effects of Feedback Interventions on Performance: A Historical Review, a Meta-Analysis, and a Preliminary Feedback Intervention Theory.
Psychological Bulletin, 119(2), 254–284.
DOI:10.1037/0033-2909.119.2.254

「人はフィードバックをもらえば伸びる」。まあ、そう思いますよね。ところがクルーガーとデニシは大量の研究を集めて調べたところ、平均的には効果がある一方、なんと3分の1以上では成績や仕事ぶりが悪化していました。「えっ、ほめても叱っても安心できないの?」という話です。鍵になるのは、言葉そのものより“相手の注意がどこへ向くか”。仕事ではなく「自分はダメだ」に意識が向けば、逆効果になることもある。フィードバック万能説に、かなり大きな「待った」をかけた一篇です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
フィードバックはなぜ逆効果になる?注意が「自分」に向くときの落とし穴
フィードバックはなぜ逆効果になる?注意が「自分」に向くときの落とし穴
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