有賀敦紀(Atsunori Ariga)の論文一覧:集中しすぎる脳に「ちょっと休めば?」と、絶妙な小休止を差し入れた認知心理学者
有賀敦紀(Atsunori Ariga)のプロフィール
有賀敦紀(ありが・あつのり)は、人間の注意や知覚、意思決定、消費者心理などを研究している心理学者です。
……と、まじめに説明すると、少し難しそうに聞こえます。
しかし、有賀敦紀の研究を日常の言葉に置き換えると、扱っているのはこんな疑問です。
「どうして人は、長時間同じことをしていると集中できなくなるの?」
「同じ飲み物なのに、器が変わると味まで違って感じるのはなぜ?」
「買う予定はなかったのに、店を出たときには袋を持っているのはどうして?」
つまり有賀敦紀は、私たちが普段「なんとなく」で済ませている心の動きに、白衣ではなく実験計画を着せて、そっと研究室へ連れていく人物なのです。
集中力は、長時間労働があまり得意ではない
有賀敦紀の名前を広く知らしめた研究の一つが、長時間の作業中に起こる集中力の低下を扱ったものです。
人は同じ作業を続けていると、だんだん注意力が落ちていきます。
本人としては、
「ちゃんと画面を見ています」
「まだ集中しています」
「心は仕事場におります」
と言いたいところですが、脳の一部はすでに夕食の献立や週末の予定へ出張しているかもしれません。
従来、集中力が落ちるのは、注意力という燃料を使い果たしてしまうからだと考えられてきました。しかし有賀敦紀とアレハンドロ・リェラスは、少し違う可能性を示しました。
同じ目標をずっと意識し続けることで、脳がその目標に慣れてしまい、だんだん反応しなくなるのではないか。そこで、ごく短い時間だけ別のことを考えさせ、その後でもとの課題に戻したところ、集中力の低下が防がれました。
脳に必要だったのは、大げさな休暇ではありません。
「ちょっと別のことをして、戻ってきます」
という、ほんの小さな外出だったのです。
この研究が面白いのは、「集中するためには、一度集中をやめることが役立つ」という、少し矛盾した答えを示している点です。
仕事中に何度もスマートフォンを眺めればよい、という話ではありません。スマートフォンは休憩の顔をして近づき、気がつくと二十分ほど連れ去っていくことがあります。
大切なのは、長時間同じ目標に縛りつけられた脳を、一瞬だけ別の方向へ向け、改めて元の仕事へ戻すことです。
有賀敦紀の研究は、集中できない自分を「根性が足りない」と叱る前に、脳の仕組みを理解してみようと教えてくれます。
「好き」は、本人が思うほど本人だけで決めていない
有賀敦紀の研究は、集中力だけにとどまりません。
現在は、商品を選ぶときの心、物の魅力を判断する仕組み、「買いたい」という気持ちがどのように生まれるのかについても研究しています。
私たちは買い物をするとき、
「自分の意思で選びました」
という顔をしています。
ところが心の舞台裏では、商品の並び方、色、形、触り心地、過去の経験、文化的な習慣など、さまざまな裏方が働いています。
本人が堂々と決断を発表するころには、会議はほとんど終わっているのかもしれません。
有賀敦紀の研究室では、商品の選択や魅力の評価、購入に関する意思決定などを、心理学と販売・広告研究の両面から調べています。本人が口で説明する「欲しい理由」と、実際の行動を動かしている心の仕組みは、必ずしも一致しないからです。
たとえば、商品を縦に並べるか、横に並べるか。
「どちらでも同じでしょう」と思いたくなりますが、私たちが日頃どの方向に文字を読んでいるかという習慣が、商品の見え方や選び方に影響する可能性があります。
売り場の棚は、ただ商品を置いているだけではありません。
無言のまま、
「こちらの商品はいかがですか」
と、心へ営業をかけているのです。
味覚だけで味を決めるほど、舌は単独行動派ではない
さらに有賀敦紀は、触った感覚が味の評価にどう影響するかも研究しています。
私たちは、味は舌で感じていると思いがちです。しかし実際には、目で見た色や形、手で持った重さ、唇に触れる器の厚さなど、複数の感覚が相談しながら「これは甘い」「これは苦い」と判断しています。
たとえば研究では、緑茶を飲むグラスの飲み口の厚さによって、甘みや苦みの評価が変わることが示されています。
中身は同じ緑茶です。
茶葉も同じ。
お湯も同じ。
変わったのは、器の口当たりです。
それなのに心の中では、
「本日の緑茶、少々まろやかですね」
という感想が生まれてしまいます。
舌が味覚部門の責任者であることは間違いありませんが、どうやら触覚部門の意見もかなり強いようです。
こうした研究は、飲食店の商品開発や容器の設計、売り場づくりなどにもつながります。
心理学は、人の悩みを聞くためだけの学問ではありません。コーヒーカップの表面やグラスの厚さの中にも、心の不思議は潜んでいるのです。
音の「高い」「低い」は、どこにあるのか
有賀敦紀は、音と空間の結びつきについても研究しています。
私たちは自然に「高い音」「低い音」と言います。しかし、音そのものが天井付近に浮かんでいたり、床の下に沈んでいたりするわけではありません。
それなのに、高い音を聞くと上側の位置と結びつけやすく、低い音は下側の位置と結びつけやすい。
しかも研究では、実際に音が鳴っていなくても、頭の中で音を思い浮かべるだけで、音の高さと空間の上下が結びつく現象が確認されています。
脳内では、音階にまで座席表が用意されているようです。
高い音には上の席。
低い音には下の席。
誰が決めたのかは分かりませんが、私たちはずいぶん昔から、その配置に従っています。
広島から東京、そしてアメリカへ
有賀敦紀は、広島大学教育学部で心理学を学び、東京大学大学院で修士号と博士号を取得しました。
その後、日本学術振興会の海外特別研究員として、アメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で客員研究員を務めます。
帰国後は立正大学で専任講師、准教授を務め、広島大学の准教授を経て、2022年から中央大学文学部の教授を務めています。
研究テーマを眺めると、注意、物の見え方、音と空間、顔の魅力、商品の選択、器と味覚など、一見すると別々の島に見えるかもしれません。
しかし、その地下には一本の道が通っています。
それは、
「人は、自分が思っているほど、目の前の世界をそのまま見てはいない」
という問いです。
私たちは世界をカメラのように正確に記録しているわけではありません。
必要な情報を選び、不要な情報を捨て、過去の経験を混ぜ、周囲の状況を加え、ときには思い込みをひとさじ入れて、「自分が見ている世界」を作っています。
有賀敦紀は、その心の調理場をのぞき込み、
「いま、何を混ぜましたか?」
と尋ね続けている研究者なのです。
心の「なんとなく」を、そのまま帰さない研究者
有賀敦紀の研究には、日常生活との距離が近いという魅力があります。
集中が続かない。
なぜかこちらの商品を選んでしまう。
器が変わると味まで違って感じる。
見えていない顔を、実際より魅力的だと想像してしまう。
どれも、私たちが毎日のように経験していることです。しかし普段は、「そういうものだろう」と通り過ぎてしまいます。
有賀敦紀は、その「そういうもの」を呼び止めます。
「少々お待ちください。なぜ、そうなるのでしょう」
そして実験を行い、数字を集め、心の動きを一つずつ確かめていきます。
その研究から見えてくるのは、人間の心の頼りなさだけではありません。
集中力が落ちるなら、回復させる工夫を考えられる。
環境によって選択が変わるなら、よりよい情報の伝え方を設計できる。
感覚同士が影響し合うなら、食事や商品をもっと豊かに体験できる。
心は、ときどき勘違いをします。
勝手に慣れます。
頼んでもいないのに商品を魅力的に見せ、同じ飲み物の味まで変えてしまいます。
しかし、その少しおせっかいで不器用な働きを丁寧に調べることで、私たちは自分自身を以前より上手に扱えるようになります。
有賀敦紀は、集中しすぎる脳に小さな休憩を差し入れながら、人間の「なんとなく」の奥にある仕組みを探り続けている心理学者です。
参考文献・確認先:中央大学 研究者情報:有賀敦紀 / 有賀研究室 公式プロフィール / Google Scholar:Atsunori Ariga 論文・引用情報 / PubMed:Atsunori Ariga 関連論文

有賀敦紀(Atsunori Ariga)の研究から学べること
有賀敦紀の研究から学べることは、ひとことで言えば、
「人間の心は、本人が思っているほど単独で行動していない」
ということです。
私たちは普段、「自分の目で見て、自分の舌で味わい、自分の頭で考えて、自分の意思で決めている」と思っています。
ところが、有賀敦紀の研究をたどっていくと、心の会議室には、本人以外の出席者がずいぶん多いことが分かります。
商品の並び方が発言し、器の厚みが口を挟み、過去の経験が資料を配り、疲れた集中力が途中で居眠りを始める。
そして最後に本人が立ち上がり、
「以上、私が自分で決めました」
と、堂々と会議を締めくくっているのです。
有賀敦紀は、注意、知覚、意思決定、消費者心理などを研究している心理学者です。これらの研究からは、仕事や勉強、買い物、人間関係にもつながる、意外に実用的なヒントを学ぶことができます。
集中できないのは、根性が蒸発したからとは限らない
長時間の仕事や勉強をしていると、最初は調子がよかったのに、だんだん集中できなくなることがあります。
文章を読んでいるはずなのに、同じ行を三回読んでいる。
資料を作っているはずなのに、気がつけば机の汚れが急に気になっている。
そして心の中で、
「今日は集中力がないなあ」
「もっと気合いを入れなければ」
と、自分を叱り始めます。
しかし有賀敦紀とアレハンドロ・リェラスの研究は、集中力の低下を単純な「エネルギー切れ」とは考えませんでした。
同じ目標を長く意識し続けると、脳がその目標に慣れてしまい、だんだん反応しにくくなる可能性があると考えたのです。
研究では、約50分間の単調な課題の途中で、ごく短時間だけ別の記憶課題に注意を向けた参加者は、時間がたっても成績が落ちにくい結果となりました。つまり、一度だけ目標から離れ、再び戻ることが、集中を保つ助けになったのです。
ここから学べるのは、
「集中とは、歯を食いしばって一つのことを見続けることではない」
ということです。
脳は、長時間まっすぐ走り続ける高速道路よりも、ときどき小さな曲がり角がある道のほうが目を覚ましやすいのかもしれません。
ただし、ここでいう休憩は「短く、たまに」です。
仕事の途中で動画を一本だけ見るつもりが、関連動画に手を引かれ、気づけば知らない動物の感動物語を見て泣いていた、という休憩とは少し違います。
小さく離れて、きちんと戻る。
この「戻る」までが休憩です。
休むことは、集中を裏切る行為ではない
私たちは、休憩に対して少し後ろめたさを感じがちです。
仕事中に手を止めると、
「ほかの人は働いているのに」
「まだ終わっていないのに」
「休むのは、やる気がない人ではないか」
という声が、頭の中の厳しい上司から飛んできます。
しかし有賀敦紀の研究が示しているのは、短い中断が集中の敵とは限らないということです。
むしろ、同じ目標だけを見つめ続けることで、その目標が心の背景へ溶けてしまう場合があります。
部屋に入った直後は時計の音が気になっていたのに、しばらくすると聞こえなくなる。服が肌に触れている感覚を、普段はいちいち意識しない。脳は、変化のない刺激を「もう大切ではない情報」と判断しやすいからです。
同じように、長く同じ仕事をしていると、仕事の目標そのものが心の背景になってしまう可能性があります。そこで一度だけ別のことに注意を向けると、戻ってきたときに目標が再び「新しいもの」として立ち上がります。
これは、勉強にも仕事にも使える考え方です。
一時間ずっと机にしがみつくより、区切りのよいところで立ち上がる。
窓の外を見る。
水を飲む。
軽く体を伸ばす。
そして、やっていたことを一言で確認してから戻る。
たとえば、
「いまは資料の三ページ目を作っている」
「次は、この段落を要約する」
と確認すれば、休憩後の脳が道に迷いにくくなります。
休憩とは、仕事から逃げるための裏口ではありません。
仕事へ戻るための、小さな玄関なのです。
自分の感覚を、信じすぎない
有賀敦紀の研究から学べるもう一つの大切なことは、私たちの感覚が、周囲の状況から思った以上に影響を受けているということです。
たとえば、緑茶の味。
普通に考えれば、同じ緑茶なら同じ味がするはずです。
茶葉も同じ。
温度も同じ。
砂糖も入れていない。
それなら味覚さんには、同じ判定を出していただきたいところです。
ところが、有賀敦紀らの研究では、参加者が目隠しをして同じ緑茶を飲んだ場合でも、グラスの飲み口の厚さによって味の評価が変わりました。厚い飲み口のグラスでは甘みを、薄い飲み口のグラスでは苦みを、相対的に強く感じる傾向が見られたのです。グラスの重さも影響する要素の一つと考えられています。
ここで面白いのは、舌が間違えたというより、そもそも味は舌だけで作られていないという点です。
唇に触れた感覚。
手に伝わる重さ。
目に見える色。
鼻に届く香り。
過去に同じような器を使った経験。
それらが小さな町内会を開き、
「今回の味は、こんな感じではないでしょうか」
と話し合っているのです。
私たちは世界を一つの感覚で受け取っているのではありません。
複数の感覚を混ぜ合わせて、一つの体験を作っています。
つまり、「私はこう感じた」という感想は本物ですが、「対象が絶対にそうである」とは限りません。
この違いを知っておくと、人間関係でも少し役に立ちます。
「私は冷たく言われたと感じた」
という感覚は大切にしてよい。
しかし、
「だから、あの人は私を嫌っているに違いない」
と結論まで一気に走る必要はありません。
感じたことと、事実そのものは、同じではないからです。
「自分で選んだ」の中には、周囲の演出も入っている
有賀敦紀の研究分野には、消費者心理や意思決定も含まれています。
私たちは買い物をするとき、自分の好みや必要性を考えて選んでいるつもりです。
もちろん、それは間違いではありません。
ただし、選択は真空の中では行われません。
棚のどこに置かれているか。
隣に何の商品があるか。
価格がどのように表示されているか。
持ったときにどんな感触がするか。
誰かが使っているのを見たことがあるか。
そうした周囲の情報が、「欲しい」という気持ちの形を少しずつ整えています。
店に入る前は、
「今日は見るだけ」
と言っていたのに、店を出るときには袋を提げ、
「これは前から必要だった」
と説明している。
心は、買ったあとに理由を作ることまであります。
ここから学べるのは、買い物をする自分を責めることではありません。
大切なのは、「選ばされている可能性」を少しだけ意識することです。
買う前に一度、商品を棚から心の外へ出してみる。
「これが広告で紹介されていなくても欲しいだろうか」
「隣の商品と比べなくても必要だろうか」
「今日でなくても困らないのではないか」
と考えてみる。
すると、売り場の照明を浴びて立派に見えていた商品が、急に普通の箱へ戻ることがあります。
それでも欲しいなら、買えばよいのです。
大切なのは、買わないことではなく、自分の意思が戻ってくるまで数秒待つことです。
自分を変えるより、環境を変えたほうが早いことがある
有賀敦紀の研究は、私たちの行動や感覚が、環境によって変わることを教えてくれます。
これは少し怖い話にも聞こえます。
「そんなに影響されるなら、自分の意思なんて弱いのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、見方を変えると、これは希望のある話です。
環境に影響されるということは、環境を整えれば、行動を助けられるということでもあるからです。
集中できないとき、意志の弱さだけを反省する必要はありません。
机の上から気になる物を減らす。
通知を切る。
始める作業を一つだけ書く。
休憩後に戻る場所へ印をつけておく。
買いすぎてしまうなら、空腹のまま店へ行かない。
買い物かごへ入れたあと、一度店内を回る。
通販では、購入ボタンを押す前に翌日まで置いておく。
お茶を楽しみたいなら、茶葉だけでなく器を変えてみる。
苦みを楽しみたい日には薄い飲み口を、やわらかい印象を楽しみたい日には厚い飲み口を試してみる。
研究結果を絶対的な法則として扱う必要はありませんが、「体験は中身だけで決まらない」と考えると、日常を工夫する余地が増えます。
人間は環境に負ける生き物ではありません。
環境と一緒に動く生き物なのです。
「私は正しく見ている」という自信に、少し空気を抜く
有賀敦紀の研究が私たちに与えてくれる最も深い学びは、心に対する謙虚さかもしれません。
私たちは、自分の目で見たものを事実だと思います。
自分が感じた味を、商品の性質だと思います。
自分が選んだものを、純粋な好みの結果だと思います。
自分が集中できないと、能力や性格の問題だと思います。
けれども、心はもっと複雑です。
見えているものには、期待が混ざる。
味わっているものには、触覚が混ざる。
選んでいるものには、環境が混ざる。
集中力には、時間と変化が関わる。
だからこそ、自分の判断をすべて疑う必要はありませんが、絶対だとも思わないほうがよいのです。
「私はこう感じた。でも、別の見方もあるかもしれない」
「私は集中できない。でも、怠けているとは限らない」
「私はこれが欲しい。でも、置かれ方に影響されているかもしれない」
この「かもしれない」が、心に小さな窓を開けます。
決めつけで息苦しくなっていた部屋に、少し風が入ってくるのです。
心は頼りない。でも、扱い方は学べる
有賀敦紀の研究を読んでいると、人間の心はずいぶん頼りなく見えてきます。
長く続ければ集中を失い、器が変われば味の評価を変え、商品の見せ方にも左右される。
「心さん、もう少ししっかりしてください」
と言いたくなります。
しかし、心は壊れた機械ではありません。
変化に気づき、複数の感覚を組み合わせ、限られた情報から素早く判断するために、柔軟に作られているのです。
その柔軟さが、ときどき勘違いや偏りを生みます。
でも、仕組みを知れば対策できます。
集中が落ちる前に短く離れる。
感覚と事実を分けて考える。
買い物では環境の影響を意識する。
自分を責める前に、周囲の条件を整える。
有賀敦紀の研究から学べるのは、完璧に集中する方法でも、絶対に間違えない判断法でもありません。
むしろ、
「人間は影響を受ける生き物なのだから、その前提で上手につき合っていこう」
という、現実的でやさしい知恵です。
脳は、ときどき仕事中にぼんやりします。
舌は、グラスの意見を聞いて味を変えます。
心は、売り場の雰囲気に背中を押されます。
それでも私たちは、自分の仕組みを知ることで、少しだけ賢く選び直すことができます。
心を完全に支配することはできなくても、心が迷子になりやすい道に、目印を立てることはできるのです。

有賀敦紀(Atsunori Ariga)の論文一覧
1.『ほんの短い、たまの「心の休憩」が集中力を守る-課題をいったん手放し、再び向き合うことで注意力の低下を防ぐ』有賀敦紀、アレハンドロ・ジェラス(2011)
Ariga, A., & Lleras, A.(2011). Brief and rare mental “breaks” keep you focused: Deactivation and reactivation of task goals preempt vigilance decrements. Cognition, 118(3), 439–443.
DOI:10.1016/j.cognition.2010.12.007
「集中しろ!」と脳に言い続ければ、ずっと集中できるのでしょうか。答えは、どうやら逆でした。有賀敦紀とリェラスの研究では、長い作業の途中に、ごく短く、しかもたまに別のことへ注意を向けると、集中力の低下を防ぎやすいことが示されました。脳も同じ目標を見張り続けると、「これはもう背景ですね」と勝手に省エネ運転を始めるようです。大切なのは、だらだら休むことではなく、ほんの少し離れて、きちんと戻ること。集中力は根性で縛るより、ときどき窓を開けたほうが長持ちする。その意外な仕組みをのぞいてみたくなる論文です。

