成長マインドセットと成績は関係する?中学生を2年間追った研究
- 成績を左右するのは、頭の良さより「頭の良さをどう考えているか」?
- この論文をひとことで言うと
- この論文の要点
- 研究の背景:なぜ「頭の良さは変わらない」と思うと、勉強への向き合い方まで変わるのか
- 研究方法:成長マインドセットと成績の関係をどう調べた?追跡研究と介入のしくみ
- この研究でわかったこと:成長マインドセットと成績はどう関係した?2年間の追跡で見えた違い
- ここが面白い:「頭がいいか」より「失敗したあとどうするか」が成績を分ける?
- 私たちの生活にどう活かせる?:成長マインドセットを身につけるには?「まだできない」に変える小さな習慣
- 少し注意したい点:成長マインドセットだけで成績は上がる?研究を読むときの大切な注意点
- まとめ:成績を変える魔法ではない。でも「まだ伸びる」は学び方を変えるかもしれない
- あとがき
- 制作ノート
成績を左右するのは、頭の良さより「頭の良さをどう考えているか」?
『知能についての暗黙の理論は、思春期の移行期における学業成績を予測する:縦断研究と介入研究』リサ・S・ブラックウェル、カリ・H・トジェスニエフスキー、キャロル・ソリッチ・ドゥエック(2007)
Blackwell, Lisa S., Trzesniewski, Kali H., & Dweck, Carol Sorich. (2007). Implicit Theories of Intelligence Predict Achievement Across an Adolescent Transition: A Longitudinal Study and an Intervention. Child Development, 78(1), 246–263. DOI:10.1111/j.1467-8624.2007.00995.x
「自分、昔から数学が苦手なんですよね」
こういう言葉、けっこう自然に使いますよね。
「方向音痴なんです」
「人前で話すの苦手なんです」
「頭の回転が速いタイプじゃないんで」
まるで自分の能力について、役所から一生有効の認定証でも発行されたかのように語ってしまうことがあります。
でも、ここでひとつ不思議な問いが出てきます。
そもそも、頭の良さって本当にそんなに固定されたものなのでしょうか。
そしてもうひとつ。
「頭の良さは変わらない」と考えていること自体が、勉強への向き合い方や成績に関係しているとしたら?
今回紹介するのは、心理学者リサ・S・ブラックウェル、カリ・H・トジェスニエフスキー、キャロル・S・ドゥエックらが2007年に発表した研究です。
研究者たちが注目したのは、「どの子が一番頭がいいのか」ではありません。
もっと地味で、でも人生にはかなり重要そうなところでした。
それは、
「その子自身が、知能というものをどう考えているか」
です。
「頭の良さは固定です」派と、「まだ伸びます」派
人の知能について、大きく分けると二つの考え方があります。
ひとつは、
「頭の良さは、生まれつきだいたい決まっている」
という考え方。
もうひとつは、
「能力は、学び方や努力によってある程度伸ばしていける」
という考え方です。
もちろん現実の人間は、そんなにきれいに二種類には分かれません。
「数学は伸びると思うけど、英語はもう無理」
「仕事は成長できると思うけど、人付き合いは生まれつき」
なんてこともあります。
人間の心は、そんなに整理整頓された引き出しではありません。だいたい靴下と充電ケーブルが一緒に入っています。
ただ心理学では、この「能力は変えられるのか」という考え方の違いが、困難にぶつかったときの行動に関係するのではないかと考えられてきました。
たとえばテストで悪い点を取ったとき。
「やっぱり自分には才能がない」
と思えば、次に挑戦するのが怖くなるかもしれません。
一方で、
「まだ理解できていないだけかもしれない」
と思えれば、
「じゃあ、やり方を変えてみようか」
という選択肢が残ります。
たった一言の違いなのですが、この「まだ」が心の中に残っているかどうかは、案外大きい。
成績が下がりやすい時期に、研究者たちは注目した
ブラックウェルらが研究対象にしたのは、思春期の生徒たちでした。
思春期というのは、ただでさえ人生の道路工事が多い時期です。
学校生活は変わる。
勉強は難しくなる。
友人関係も複雑になる。
自分と他人を比べることも増える。
昨日まで「まあ何とかなるでしょ」と走っていた道に、急に坂道と信号と工事中の看板がまとめて出てくるような時期です。
そんな環境の変化があるなかで、
「知能は伸ばせる」と考えている生徒と、「知能は固定されている」と考えている生徒では、その後の成績の推移に違いが出るのか。
研究者たちはそこを追いかけました。
さらに彼らは、ただ観察するだけではありません。
「能力は学習によって発達していく」という考え方を生徒たちに伝えることで、学習への姿勢や成績に変化が起きるのかという介入も行いました。
つまり、
「前向きに考えればいいよ!」
で話を終わらせず、
「本当にそれ、成績と関係あるんですか?」
というところまで調べたわけです。
ここが、この研究のおもしろいところです。
「自分はこういう人間だから」は、本当に最終回答なのか
大人になると、私たちは自分についてたくさんの説明を持つようになります。
「昔から要領が悪い」
「人より覚えるのが遅い」
「数字に弱い」
「新しいことを覚える年齢じゃない」
こうした言葉は、ときに自分を理解する助けになります。
無理をしすぎないための大切な自己理解になることもあります。
ただ一方で、その説明がいつの間にか、
「だから、もう伸びない」
という判決に変わってしまうこともあります。
ここは少し注意したいところです。
この論文は、
「信じれば何でもできる」
という話ではありません。
そういう魔法のランプ研究ではありません。
能力には個人差もありますし、環境の影響もあります。努力すれば必ず同じ結果になるわけでもありません。
それでも、この研究はひとつの興味深い可能性を示しています。
それは、
「自分の能力をどう捉えているか」が、その後の学び方や行動と無関係ではないかもしれない
ということです。
自分の頭に貼っているラベルが、
「完成品」
なのか、
「まだ製作途中」
なのか。
その違いが、次の一歩にどんな影響を与えるのか。
今回は、ブラックウェル、トジェスニエフスキー、ドゥエックらの研究をたどりながら、
「成長マインドセットと成績には、どんな関係があるのか」
を見ていきたいと思います。
読み終わるころには、「自分はこういう人間だから」という言葉の後ろに、ほんの少しだけ、
「……今のところは」
と付け足したくなるかもしれません。

この論文をひとことで言うと
「頭の良さは伸ばせる」と考えている生徒ほど、難しい勉強にぶつかったあとも学び続けやすく、その後の成績の伸びとも関係していた。さらに、その考え方を教えることで学習への向き合い方にも変化が見られた、という研究です。
ものすごく簡単に言えば、
「頭がいい子を探しました」
という研究ではありません。
むしろ研究者たちが見ていたのは、
「頭の良さについて、その子が何を信じているか」
でした。
たとえば数学のテストで、思ったより悪い点を取ったとします。
そこで、
「はい終了。自分には数学の才能がありませんでした。解散」
となるのか。
それとも、
「うーん、まだわかってないところがあるな。じゃあ次はどうする?」
となるのか。
同じ40点でも、その40点をどう受け取るかで、その後の行動は変わります。
点数そのものは変わりません。でも、点数につける“意味”が変わる。
この違いに注目したのが、この研究です。
「できなかった」が「できない人」に変身する瞬間
私たちは失敗すると、ときどき出来事と自分自身をくっつけてしまいます。
「この問題ができなかった」
だったはずなのに、
いつの間にか、
「自分は頭が悪い」
になる。
ずいぶん話が大きくなっています。
一問間違えただけなのに、心の中では最高裁まで判決が進んでいる。
これが、知能を固定されたものとして考えるときに起こりやすい問題のひとつです。
もし、
「頭の良さは基本的に変わらない」
と思っているなら、失敗は単なる途中経過ではありません。
失敗が、
「あなたの能力はここまでです」
という通知表のように見えてしまいます。
すると難しい問題に挑戦すること自体が怖くなることがあります。
なぜなら、失敗したら自分の能力不足が“証明されてしまう”ように感じるからです。
反対に、
「能力は学びながら伸ばしていける」
と考えているなら、失敗の意味が少し変わります。
「いまの方法ではうまくいかなかった」
「まだ理解できていない」
「別のやり方を試してみよう」
と考える余地が残ります。
つまり、失敗が判決文ではなく、途中経過のメモになるわけです。
大事なのは「前向きに考えよう」ではない
ここで、この研究を、
「ポジティブ思考で成績アップ!」
とまとめてしまうと、少し雑です。
この論文が扱っているのは、
「私はできる!」
「絶対成功する!」
と毎朝鏡の前で唱えればいい、という話ではありません。
ポイントはもっと地味です。
でも、その地味さが大事です。
「能力は固定された完成品なのか、それとも学習によって変化する部分があるのか」
という、人間の能力についての基本的な考え方です。
「絶対できる」と思う必要はありません。
「まだできないだけかもしれない」
くらいでいい。
この「まだ」という小さな言葉が、心理学的には意外と大きな役割を持ちます。
「できない」で扉を閉めるのではなく、
「まだできない」で、ドアを半分だけ開けておく。
その隙間から、
「じゃあ次は何を試そう?」
という行動が入ってこられるからです。
この論文がおもしろいのは、「考え方」で終わらないところ
さらにBlackwellらの研究のおもしろいところは、
「成長できると思っている子は前向きでした」
で終わらなかったところです。
研究者たちは実際に生徒たちを追跡し、
知能についての考え方と、その後の数学成績の変化にどんな関係があるのか
を調べました。
さらに、
「脳や知能は学習によって発達していく」
という考え方を教える介入も行っています。
つまり、
「考え方が違う人を観察しました」
だけではなく、
「その考え方を変えるような働きかけをしたら、何が起こるの?」
というところまで踏み込んでいる。
心理学者、なかなか帰ってくれません。
ちゃんと次の実験までやります。
そして結果として、知能を伸ばせるものとして捉える考え方は、学習意欲や学習への向き合い方、そして成績の推移と関係していることが示されました。
ただし、
「成長マインドセットを持てば誰でも成績が爆上がりします」
という意味ではありません。
成績には、家庭環境、授業内容、教師、勉強時間、経済状況、本人の体調など、いろいろなものが関係します。
人間の成績表は、ボタンひとつで操作できる家電ではありません。
それでもこの研究は、
「能力についての考え方も、学習を支える要素のひとつになりうる」
ということを示してくれます。
だから、この論文をさらに短く一言にするなら、
「頭の良さより先に、“頭の良さは変わるものだと思っているか”も見てみよう」
という研究です。
そしてこれは、学校の成績だけの話でもないのかもしれません。
仕事で失敗したとき。
新しいことを覚えられなかったとき。
人より時間がかかったとき。
そこで、
「自分には向いていない」
と人生のシャッターを全部下ろすのか。
それとも、
「まだ慣れていないだけかもしれない」
と小さな明かりを残しておくのか。
Blackwellらの研究は、その小さな違いが、思っているより遠くまで人生を連れていく可能性を教えてくれる研究なのです。

この論文の要点
1. 「知能は伸ばせる」と考える生徒ほど、その後の数学成績が伸びやすかった
この研究でまず見えてきたのは、「頭の良さは変えられる」と考えている生徒と、「頭の良さはほぼ決まっている」と考えている生徒では、その後の数学成績の推移に違いが見られたということです。
ポイントは、最初から成績のいい子だけを見つけたわけではないこと。
研究者たちは生徒たちを追いかけながら、
「この子は知能をどう考えているんだろう?」
と、その“考え方”に注目しました。
すると、「能力は伸ばせる」と考えていた生徒のほうが、その後の数学成績が上向く傾向を示しました。
つまり、
「頭がいいから伸びた」
だけではなく、
「自分の能力には伸びる余地がある」と考えていることも、学習の歩みと関係していた
わけです。
頭の中に「工事中」の看板を立てておく人と、「完成しました」の札を立ててしまう人では、その後の進み方が少し違った、と考えるとわかりやすいかもしれません。
2. 違いを生んでいたのは、「失敗したときの受け止め方」だった
では、
「知能は伸ばせると思っていたら、なぜ成績まで違ってくるの?」
という疑問が出てきます。
ここが、この論文のおもしろいところです。
「能力は伸ばせる」と考えている生徒ほど、
学ぶことそのものを重視しやすく、努力には意味があると考え、うまくいかないときにも別の方法を試そうとする傾向
が見られました。
反対に、
「頭の良さはあまり変わらない」
と考えていると、失敗したときに、
「努力が足りなかった」
ではなく、
「自分には能力がない」
と受け止めやすくなることがあります。
同じテストで50点でも、
「まだ半分わかっていない」
と見るのか、
「自分の頭は50点レベルなんだ」
と見るのか。
紙に書いてある数字は同じでも、心の中ではずいぶん違う物語が始まります。
そして、その物語が次の勉強への向き合い方に関係していたのです。
3. 「能力は伸ばせる」という考え方は、教えることもできる
さらに研究者たちは、
「もともとそう考えている子だけの話なのでは?」
というところにも踏み込みました。
そこで生徒たちに、脳や知能は学習によって発達していくという内容を伝える介入を行いました。
すると、その考え方を学んだ生徒たちでは、学習意欲について改善が見られ、数学成績についても、それまでの低下傾向が持ち直す方向の変化が報告されました。
ここは大事です。
成長マインドセットは、
「生まれつき前向きな人だけが持っている性格」
ではありません。
少なくともこの研究では、
能力についての見方は、学ぶことによって変化しうる
ことが示されています。
もちろん、
「知能は伸びますよ」
と一回言えば翌朝テストが100点になる、という話ではありません。
そんな便利な呪文なら、学校中で朝礼のたびに唱えています。
大切なのは、
「失敗=自分の限界」と決めつけず、「まだ学習の途中」と考えられる余地を残しておくこと。
この論文の3つの要点を、さらにぎゅっとまとめれば、
能力をどう考えるかが、失敗への向き合い方を変え、その積み重ねが学習の結果にもつながっていく可能性がある。
そんな流れが見えてきた研究なのです。

研究の背景:なぜ「頭の良さは変わらない」と思うと、勉強への向き合い方まで変わるのか
「頭の良さって、生まれつき決まっているんですか?」
これは、昔から多くの人が気にしてきた問いです。
勉強がよくできる人を見ると、
「もともとの頭が違うんだろうな」
と思うことがあります。
逆に、自分が何度やってもうまくいかないと、
「ここが自分の限界なのかもしれない」
と考えてしまうこともあります。
でも心理学者たちが気になったのは、知能そのものだけではありませんでした。
むしろ、
「知能について、人はどう考えているのか」
という部分です。
つまり、
「頭の良さは、基本的には変わらないもの」
と考える人もいれば、
「頭の良さや能力は、学習や経験によって伸びていく部分がある」
と考える人もいる。
では、この考え方の違いは、本当に現実の行動まで変えるのでしょうか。
ここから話がおもしろくなってきます。
失敗したとき、人は何を守ろうとするのか
たとえば、難しい数学の問題に出会ったとします。
解けません。
何度考えても、数字たちがこちらを見ながら無言です。
ここで、
「頭の良さは変わらない」
と思っている人にとって、問題が解けないことは少し怖い意味を持ちます。
なぜなら、
「解けない」
という出来事が、
「自分には能力がない」
という評価につながりやすいからです。
すると、難しい問題そのものが、
自分の能力を測る試験官
のように見えてくることがあります。
そうなると、
「できるようになりたい」
よりも、
「できない人だと思われたくない」
が前に出てくることもあります。
一方で、
「能力は伸ばしていける」
と思っているなら、同じ失敗でも意味が少し変わります。
「いまは解けない」
「まだ理解できていない」
「やり方を変えてみよう」
と考える余地が残る。
失敗が、
能力の最終判定ではなく、現在地の案内板
になるわけです。
この違いが、勉強への取り組み方に影響するのではないか。
こうした考え方は、Blackwellらの研究以前から心理学のなかで検討されていました。
ただし、ここでひとつ大きな疑問が残っていました。
実験室ではなく、本当の学校生活でも同じなのか?
心理学研究では、それまでにも、
「能力を固定されたものと考える人」と
「能力は伸ばせると考える人」では、
目標の持ち方や失敗への反応に違いが出る可能性が示されていました。
でも、
「それはわかった。では、実際の学校の成績はどうなの?」
という問いが残ります。
ここが重要です。
実験のなかで少し難しい問題を解いてもらい、
「挑戦する人が多かったですね」
と確認するのと、
学校で何か月、何年も勉強を続け、
テストを受け、
宿題をし、
わからないところにぶつかり、
友だちと比べ、
先生に注意され、
眠い月曜日の朝にも授業を受ける。
この現実世界のなかで成績がどう変化していくかを見るのは、まったく別の話です。
学校生活は、心理学実験ほど静かではありません。
提出物も来ます。
部活もあります。
友人関係もあります。
お腹も空きます。
人間、成長マインドセットだけで生きているわけではありません。
だからこそ、
知能についての考え方が、実際の学業成績の変化まで予測するのか
という点は、きちんと調べる価値がありました。
しかも研究対象は、「勉強が難しくなる時期」の子どもたち
Blackwellらが注目したのは、思春期に入り、学校環境が大きく変化する生徒たちでした。
この時期は、勉強の内容も難しくなります。
それまでは何となく解けていた問題が、急に手ごわくなる。
「あれ?前まで普通にできてたんだけど」
ということが起こりやすくなります。
つまり、
自分の能力についてどう考えているかが試されやすい時期
でもあります。
簡単なことばかりしているときには、
「能力は伸ばせると思っているか」
なんて、あまり問題にならないかもしれません。
でも、
「努力してもすぐには結果が出ない」
という場面に入った瞬間、その考え方の違いが表に出てくる可能性があります。
だから研究者たちは、
「難しくなる時期を越えるとき、知能についての考え方は成績と関係するのか?」
と考えました。
もうひとつの疑問。「その考え方って、変えられるの?」
さらに、もうひとつ大きな問題があります。
もし、
「知能は伸ばせると思っている生徒のほうが成績が伸びました」
という結果だけなら、
こんな反論もできます。
「もともと前向きな子だっただけでは?」
「家庭環境がよかったのでは?」
「もともと勉強が得意だったから、そう考えていたのでは?」
ごもっともです。
心理学者としても、
「たしかに」
となります。
そこでBlackwellらは、観察するだけでなく、
知能は学習によって発達していくという考え方を実際に教えたら、学習への向き合い方や成績に変化が起きるのか
というところまで調べようとしました。
ここが、この研究の大きな特徴です。
つまり研究者たちが知りたかったのは、
「前向きな考え方って大事だよね」
というふんわりした話ではありません。
もっと具体的に、
知能をどう捉えるかは、学校で困難にぶつかったときの学び方や、その後の成績に本当に関係しているのか。
そして、
その考え方は、教育によって変えられるものなのか。
この二つでした。
言ってみれば、
「能力は伸びると思ったほうがいいですよ」
という励ましの言葉を、
研究者たちが白衣を着て追いかけ、
「ところで、それって本当にデータでも言えるんですか?」
と問い直したわけです。
そしてBlackwellらは、その答えを探すために、生徒たちの成績を時間をかけて追い、さらに実際の教育的な働きかけまで行いました。
ここから、
「知能についての考え方と、成績の変化はどう結びついていたのか」
という、この論文の核心に入っていきます。

研究方法:成長マインドセットと成績の関係をどう調べた?追跡研究と介入のしくみ
「知能は伸ばせると思っている子のほうが、成績も伸びやすいらしい」
と言われたら、ちょっと気になりますよね。
でも同時に、
「いやいや、それって最初から勉強ができる子だっただけでは?」
とも思います。
研究者だって、そこは気になります。
そこでBlackwellらは、この疑問を二つの研究に分けて調べました。
ざっくり言うと、
研究1では、生徒たちを長いあいだ追いかける。
そして、
研究2では、「知能は伸ばせる」という考え方を実際に教えてみる。
という二段構えです。
「見てみました」で終わらず、「じゃあ実際にやってみましょう」まで進んだわけですね。
心理学者、なかなか腰が重くありません。
研究1:373人の中学生を、約2年間追いかけた
最初の研究には、ニューヨーク市の公立学校に通う7年生373人が参加しました。
日本でいうと、おおむね中学1年生くらいの年代です。
研究者たちはまず、生徒たちに質問をして、
「知能は基本的に変わらない」と考えているのか、
それとも「知能は伸ばしていける」と考えているのか
を調べました。
ただし、それだけではありません。
「勉強では、できる人に見られることより学ぶことを大切にしているか」
「努力には意味があると思っているか」
「失敗したとき、能力不足だと思うのか、それとも努力や方法を見直そうとするのか」
といった、勉強への向き合い方についても調べています。
そして研究者たちは、生徒たちが7年生から8年生へ進んでいく約2年間、数学の成績を追跡しました。つまり、「あなたは成長できると思いますか?」と一度アンケートを取って終わりではなく、その考え方を持っていた生徒の成績が、その後どう動いていったのかを見たのです。
たとえるなら、
「この人はどんな靴を履いているんだろう?」
と確認したあと、
「では、その靴でこの先どんな道を歩いていくのか見てみよう」
と追跡したような研究です。
もちろん、成績にはいろいろなものが影響します。
もともとの学力もありますし、授業、家庭環境、先生、友人関係などもあります。
そこで研究者たちは、以前の成績も考慮しながら、
知能についての考え方が、その後の数学成績の変化とどう関係しているのか
を分析しました。
さらに、「知能は伸ばせる」という考え方と成績の間をつなぐものとして、
学ぶことを重視する姿勢、努力への考え方、失敗の受け止め方、困ったときに取る学習方法
なども調べました。
つまり、
「成長マインドセットの子は成績がよかったです。以上!」
ではなく、
「もし関係があるなら、その途中で何が起きているんですか?」
まで見ようとしたわけです。
ここが、この研究のなかなか丁寧なところです。
研究2:今度は「知能は伸ばせる」と実際に教えてみた
しかし研究1だけでは、まだひとつ問題が残ります。
たとえば、
「知能は伸ばせると思う子ほど成績が伸びました」
という結果が出ても、
「その考え方が成績に影響したのではなく、もともと何か別の特徴を持っていたのでは?」
という可能性があります。
そこで研究2です。
こちらでは、研究1とは別のニューヨーク市の公立学校に通う7年生を対象に、実際の授業に近い形の介入が行われました。
最終的な分析では、
「知能は伸ばせる」という内容を学ぶグループ48人と、
比較のためのグループ43人
が比べられています。
両方のグループとも、ただ教室に座って待っていたわけではありません。
どちらも、
脳についての話、
勉強の方法、
学習に役立つ考え方などを学びました。
ただし重要な違いがひとつあります。
一方のグループには、
「知能は固定されたものではなく、学習することで脳に新しいつながりが生まれ、能力は発達していく」
という考え方が伝えられました。
一方、比較グループには、その「知能は伸ばせる」という内容の代わりに、記憶などについての学習が行われました。
介入は、週1回・約25分を8回という形で実施されています。
これなら、
「特別授業を受けたからやる気が出たんじゃない?」
という違いも、ある程度おさえられます。
両方とも学習支援を受けている。
そのうえで、
「知能は伸ばせる」というメッセージが加わることで何か違いが生まれるのか
を比べたわけです。
そして「本人の自己申告」だけにも頼らなかった
もうひとつ、この研究のおもしろいところがあります。
研究者たちは、
「授業を受けて、やる気が出ましたか?」
と本人に聞くだけでは終わりませんでした。
それだと、
「研究者さんが期待してそうだから、とりあえず『やる気出ました』に丸つけとこう」
ということも起こりえます。
そこで、生徒がどちらのグループだったかを知らない教師から見て、授業中の意欲や行動に変化があったかという情報も集めました。
つまり、
本人のアンケートだけではなく、
実際の成績や、教室で見えていた行動まで確認した
ということです。
こうしてBlackwellらは、
①もともとの「知能についての考え方」を調べて、その後の成績を追う
そして、
②その考え方を実際に教えて、学習意欲や成績に変化が起こるか確かめる
という二つの方向から、「成長マインドセットと学業成績」の関係に迫りました。
いわば、
「遠くから双眼鏡で観察する研究」と
「実際に少し条件を変えて確かめる研究」
のセットです。
では、この二つの研究をやってみた結果、
「頭の良さは伸ばせる」と考えていた生徒たちの成績は、本当に違っていたのでしょうか。
次はいよいよ、研究結果を見ていきましょう。

この研究でわかったこと:成長マインドセットと成績はどう関係した?2年間の追跡で見えた違い
さて、いよいよ答え合わせです。
「頭の良さは伸ばせる」と考えている生徒と、
「頭の良さは、だいたい決まっている」と考えている生徒。
約2年間追いかけてみたところ、数学の成績にはどんな違いが出たのでしょうか。
結論から言うと、
「知能は伸ばせる」と考えていた生徒では数学の成績が上向いていったのに対し、「知能は固定されている」と考えていた生徒では、成績がおおむね横ばいになる傾向が見られました。
「ほら、前向きに考えれば成績が上がるんだ!」
……と走り出すのは、まだ少し早いです。
この研究のおもしろいところは、もう一段奥にあります。
意外だったのは、「最初からできる子」だったわけではないこと
ここ、かなり重要です。
研究開始時に調べた「知能についての考え方」や学習への姿勢は、その前の6年生時点の数学テスト成績とは有意な関係がありませんでした。
つまり、
「もともと数学が得意な子だから、『自分は伸びる』と楽観的に考えていただけでは?」
という説明だけでは片づけにくかったのです。
これが、この研究で個人的に「なるほど」と思うところです。
最初の地点で、
「成長マインドセット組、すでに圧勝!」
だったわけではありません。
違いが見えてきたのは、そこから先の坂道でした。
中学校に入り、数学が難しくなり、失敗やつまずきが増えていく。
そんなとき、
「できない。つまり能力がない」
と考えるのか、
「できない。じゃあ何を変えよう」
と考えるのか。
スタート地点よりも、困ったときの進み方に差が現れたわけです。
これはなかなか興味深い結果です。
「伸びると思えば伸びる」という魔法ではなかった
では、なぜ成績の伸び方に違いが出たのでしょうか。
研究者たちが調べたところ、「知能は伸ばせる」と考える生徒ほど、
学ぶこと自体を大切にしやすく、努力には意味があると考え、失敗したときにも「能力がないからだ」と決めつけにくい
傾向がありました。
さらに、
「もっと努力してみる」
「やり方を変えてみる」
といった、次につながる対応を選びやすかったのです。
研究では、こうした学習目標、努力への考え方、失敗の受け止め方、対処方法が互いにつながり、それらを通じて数学成績の伸びと関連するモデルが支持されました。
つまり、
「伸びると思ったら、なぜか点数が上がった」
という不思議現象ではありません。
むしろ、
「能力はまだ伸ばせる」
↓
「だったら努力にも意味がある」
↓
「失敗しても、自分の能力全部を否定しなくていい」
↓
「別の方法を試してみよう」
↓
「勉強を続けやすくなる」
という流れです。
成長マインドセットそのものが答案用紙にこっそり正解を書いてくれるわけではありません。
考え方が、次の行動を変える。
その行動の積み重ねが、長い時間のなかで成績の違いにつながっていく。
この研究から見えてくるのは、そんな地味だけれど筋の通った道筋です。
そして「教えてみた研究」でも変化が見えた
研究2では、さらに一歩踏み込みました。
生徒たちに、
「知能は学習によって発達していく」
という考え方を実際に教えたのです。
すると、教師から見て学習意欲や取り組みに前向きな変化があったと評価された生徒は、成長マインドセットを教えたグループでは27%、比較グループでは**9%**でした。教師は、生徒がどちらの条件に入っていたかを知らない状態で評価していました。
そして数学の成績にも興味深い動きがありました。
介入前は、全体として数学成績が下がっていました。
比較グループでは、その下降がその後も続きました。
ところが、「知能は伸ばせる」という内容を学んだグループでは、それまで続いていた成績の下降傾向が、介入後には反転しました。
ここで大切なのは、
「授業を受けたら急に全員が優等生になりました!」
ではないことです。
そんな教育版シンデレラ物語ではありません。
むしろ結果が示しているのは、
下がり続けていた流れに、変化が起きた
ということです。
これ、派手ではありません。
でも、学校生活を考えるとなかなか大きい。
成績が落ち始めたときに、
「やっぱり自分には能力がない」
と坂道をそのまま転がっていくのではなく、
「能力はまだ発達途中かもしれない」
と捉え直すことで、踏ん張る場所ができた可能性があります。
この研究でいちばんおもしろいのは、「才能」より「その後」を見たこと
この研究を読むと、
「成績がいい人には、どんな才能があるのか?」
という問いそのものが、少し違って見えてきます。
Blackwellらが見つめたのは、
「いま、どれくらいできるか」だけではありませんでした。
むしろ、
「できなかったとき、その人は次に何をするのか」
です。
50点を取った。
これは事実です。
でも、
「自分は50点の人間だ」
まで言う必要はない。
50点は、能力の出生証明書でも、人生の査定表でもありません。
その日の、その範囲の、その時点での結果です。
そして今回の研究では、
自分の能力を「まだ変化するもの」と捉えていた生徒ほど、その後の学び方が前向きになり、長い目で見た数学成績の伸びとも結びついていました。
この研究の意外なところは、
「頭がいい子が勝った」
ではなく、
「頭の良さを“完成品”だと思わなかった子たちが、その後に違う軌道を描いた」
ところなのかもしれません。
能力の現在地は大切です。
でも、それを最終駅だと思う必要まではない。
Blackwellらの研究は、そんなことをデータの側からそっと教えてくれる研究なのです。

ここが面白い:「頭がいいか」より「失敗したあとどうするか」が成績を分ける?
この研究のおもしろさは、成長マインドセットという言葉そのものよりも、
「失敗した直後、人の頭の中で何が起きているのか」
にあります。
たとえば、数学のテストで30点を取ったとします。
答案用紙には、ただ「30」と書いてある。
紙はそれ以上、何も言っていません。
ところが人間の頭は、そこから勝手に字幕をつけ始めます。
「やっぱり自分は頭が悪い」
「数学には向いてない」
「どうせ次も無理だろう」
気づけば30点だったはずの話が、
「自分という人間の能力評価」
にまで育っています。
30点、急成長です。
そこまで出世させなくてもいいのですが、心というものは、ときどき一つの失敗から壮大な物語を作ります。
Blackwellらの研究がおもしろいのは、まさにこの部分です。
同じ「できなかった」という出来事でも、
それを“能力の証明”として受け取るのか、
“まだ途中という情報”として受け取るのか。
その違いが、その後の行動と関係していた。
つまり研究が見ているのは、失敗そのものではありません。
失敗のあとに、人が何を意味づけるか。
ここがなんとも人間くさいのです。
人は、失敗すると「能力」まで巻き込みやすい
たとえば仕事でもありますよね。
新しい業務を教わった。
一回では覚えられなかった。
すると、
「まだ覚えていない」
で済ませればいいのに、
「自分は仕事ができない人間なんじゃないか」
まで話が飛ぶ。
パソコン操作を間違えただけなのに、心の中では人事評価会議が始まっています。
しかも議長も自分。
査定する人も自分。
落ち込む人も自分。
ひとり三役です。
でも、ここで「能力は伸びるもの」と考えていると、少しだけ逃げ道ができます。
「一回で覚えられなかった」
という事実と、
「自分は覚えられない人間だ」
という自己評価のあいだに、わずかな隙間ができる。
この隙間が大切です。
その隙間に、
「もう一回やってみよう」
「メモの取り方を変えよう」
「誰かに聞いてみよう」
という次の行動が入ってこられるからです。
成長マインドセットの価値は、なんでも前向きに考えることではありません。
失敗から自己否定へ直通する高速道路を、いったん一般道に降りること。
そんなふうに考えると、わかりやすいかもしれません。
「努力すれば何でもできる」ではない
ここで、成長マインドセットには少し誤解されやすいところがあります。
「能力は伸びる」
と聞くと、
「じゃあ努力さえすれば何でもできるんですね!」
となりやすい。
でも、そういう話ではありません。
身長には個人差があります。
運動能力にも差があります。
記憶力にも得意不得意があります。
育った環境も、使える時間も、お金も、体調も違います。
人生は全員同じ装備でスタートするゲームではありません。
だから、
「できないのは努力不足」
と責めるために成長マインドセットを使ってしまったら、話が逆転してしまいます。
大事なのは、
「努力すれば必ず成功する」ではなく、
「今できないことが、そのまま永遠の限界とは限らない」
ということです。
ここには大きな違いがあります。
前者は結果を約束しています。
後者は可能性を閉じないだけです。
私はこの「閉じないだけ」というところが、とても好きです。
人生って、意外とこれくらいでいいのかもしれません。
「絶対できる!」まで元気にならなくてもいい。
「まあ、まだわからんか」
くらいで扉を閉めずにおく。
それだけで、次の一歩が残ります。
成績を変えたのは「気合い」ではなく、その後の選択かもしれない
この研究を読むと、
「成長マインドセットだから成績が伸びた」
と一行でまとめたくなります。
でも、もう少し丁寧に見ると、間にいろいろなものが挟まっています。
「能力は伸びるかもしれない」
と思う。
すると、
「努力する意味があるかもしれない」
と思える。
失敗しても、
「能力ゼロ判定ではなく、方法が合っていないのかも」
と考えやすくなる。
すると、
「じゃあ別の方法を試そう」
という選択が残る。
この小さな選択が何度も何度も積み重なる。
そして長い時間のなかで、成績の軌道に違いが出てくる。
つまり、結果を変えたのは、
「私は成長できる!」
という気合いの雄叫びではなく、
失敗のあとに小さな行動を選び直せること
だったのかもしれません。
ここが実におもしろい。
人間の人生って、巨大な決断より、
こういう細かい分岐の積み重ねでできているところがあります。
「もうやめる」
か、
「もう一回だけやる」
か。
「向いてない」
か、
「まだ慣れてない」
か。
「才能がない」
か、
「やり方を変える」
か。
一回一回は小さな違いです。
でも、2年間積み重なれば、道はだいぶ離れていきます。
「まだ」という言葉は、地味だけど働き者
成長マインドセットを日常語に訳すなら、
私は「まだ」という言葉がいちばん近い気がします。
「できない」
ではなく、
「まだできない」。
「わからない」
ではなく、
「まだわからない」。
この一文字をつけたところで、問題が急に解けるわけではありません。
世界も拍手してくれません。
数学の先生も加点してくれません。
でも、
心の中から未来が消えにくくなる。
これはけっこう大きいです。
「できない」で文章を終えると、そこで話が閉じます。
「まだできない」にすると、続きを書く余白ができます。
Blackwellらの研究は、その余白が学習の行動と結びつく可能性を見せてくれました。
大人にも、似たことは起きている
もちろん、この研究の対象は中学生です。
だから、
「大人の仕事や人生にもまったく同じ効果があります」
とは言えません。
そこは静かに線を引いておきたいところです。
ただ、この研究が投げかけている問い自体は、大人にもかなり刺さります。
「パソコンが苦手だから」
「人付き合いが苦手だから」
「文章を書く才能がないから」
「もうこの年齢だから」
こういう言葉を使うとき、
それが現実的な自己理解なのか。
それとも、
現在地を最終地点に変えてしまっているのか。
一度だけ考えてみる価値はあります。
苦手でいいんです。
できないことがあってもいい。
無理なものだってあります。
でも、
「今できない」
と、
「自分には永遠にできない」
は、同じ文章ではありません。
ここを混ぜないこと。
それだけでも、人は少し動きやすくなるのかもしれません。
この研究のいちばん面白いところは、
「人は信じれば何でもできる」
なんて派手な結論ではありません。
むしろ、
「失敗を、自分の最終評価にしなくていい」
という、地味で静かな話です。
才能があるかないかを判定するより、
転んだあとに、
「さて、次どうする?」
と考えられること。
その問いを持ち続ける人のほうが、少し違う道を歩いていくかもしれない。
Blackwellらの研究は、そんな人間の「その後」の力を見せてくれるところが、なんとも面白いのです。

私たちの生活にどう活かせる?:成長マインドセットを身につけるには?「まだできない」に変える小さな習慣
この研究を読んで、
「なるほど。じゃあ今日から“私は成長できる!”と100回唱えればいいんですね」
となると、ちょっと違います。
成長マインドセットは、気合いの標語ではありません。
むしろ日常で使うなら、もっと地味です。
でも、その地味さがいい。
人生って、だいたい大改革より、小さな言い換えのほうが長持ちします。
たとえば、
「できない」
を、
「まだできない」
に変える。
まずは、これくらいで十分です。
1. 「できない」と「まだできない」を分けてみる
仕事で新しいソフトを教わった。
覚えられない。
そこで、
「自分は機械に弱いから」
と終わらせると、話はそこで閉じます。
でも、
「まだ操作に慣れていない」
と言い換えると、
「じゃあ、何回くらいやれば慣れそう?」
という次の問いが出てきます。
ここが大切です。
「まだ」をつけたからといって、能力が突然上がるわけではありません。
でも、
次の行動を考える余地が残る。
成長マインドセットの実用的な価値は、ここにあります。
「できる」と無理に思い込む必要はありません。
「できるかもしれない」
まで行かなくてもいい。
「今はできていない」
と事実だけに戻す。
これだけでも、自己評価と現在地を少し切り離せます。
たとえば、
「人前で話すのが苦手」
ではなく、
「まだ人前で話す経験が少ない」。
「文章を書く才能がない」
ではなく、
「まだ自分なりの書き方が見つかっていない」。
「仕事が向いてない」
ではなく、
「いまのやり方ではうまくいっていない」。
ずいぶん空気が変わります。
言葉って、小さいのに家具の配置くらい心の歩きやすさを変えることがあります。
2. 失敗したら「自分はダメ」ではなく、「何を変える?」と聞く
Blackwellらの研究から学べるもうひとつのポイントは、
失敗したあとに何をするか
です。
たとえば資格試験に落ちたとします。
そのとき、
「やっぱり自分には頭がない」
と考えると、失敗が自分全体の評価になります。
でも、本当はもっと細かく分けられます。
勉強時間が足りなかったのか。
覚え方が合っていなかったのか。
過去問を解く回数が少なかったのか。
そもそも仕事で疲れすぎていたのか。
失敗って、よく見ると一枚岩ではありません。
いろんな原因が団体旅行で来ています。
だから失敗したら、
「自分に何が足りない?」
ではなく、
「次に何を変える?」
と聞いてみる。
これだけでも、心の向きが変わります。
前者は自分を査定します。
後者は方法を探します。
この違いは大きいです。
成長マインドセットとは、「私はすごい」と思うことではなく、
問題が起きたときに、自分そのものではなく方法へ目を向けやすくする考え方
とも言えます。
3. 「努力したか」だけでなく、「努力のやり方」を見る
ここも大切です。
成長マインドセットというと、
「とにかく努力!」
になりがちです。
でも、努力は量だけではありません。
方向もあります。
壁に向かって一日中走り続けても、壁はたぶん感動してくれません。
大事なのは、
「この方法で伸びているか?」
を見ることです。
たとえば英単語を覚えるなら、
ひたすら眺めるより、
思い出す練習を増やす。
仕事なら、
同じミスを気合いで防ぐより、
チェックリストを作る。
人前で話すなら、
いきなり大人数の前に立つより、
まず少人数で練習する。
「努力しているのに伸びない」ときは、
努力不足ではなく、
方法が合っていない
可能性もあります。
だから、
「もっと頑張る」
の前に、
「やり方を変える余地はないか」
を考える。
これも、成長マインドセットを日常に落とし込む方法のひとつです。
4. 「得意・不得意」は持っていていい
ここで誤解しないでほしいのですが、
成長マインドセットは、
「苦手という言葉を禁止しましょう」
ではありません。
苦手はあります。
向き不向きもあります。
「自分は絵が苦手」
「数字が苦手」
「人混みが苦手」
こういう自己理解は、むしろ大事です。
問題なのは、
苦手=永遠に変わらない
まで一気に決めてしまうことです。
「自分は今、これが苦手」
ならいい。
でも、
「だから一生無理」
まで行くと、少し話を飛ばしすぎています。
苦手を認めつつ、
「どこまでなら伸びるだろう」
と考える。
これくらいがちょうどいいです。
成長マインドセットは、自分を過大評価する考え方ではありません。
自分の可能性を早めに閉店させない考え方
です。
5. 人に声をかけるときも、「能力」より「変化」に注目する
この考え方は、自分だけでなく、人に声をかけるときにも使えます。
たとえば誰かが仕事で失敗したとします。
そこで、
「向いてないんじゃない?」
と言うと、能力そのものの話になります。
でも、
「どこでつまずいた?」
「次は何を変えられそう?」
と聞けば、行動の話に戻せます。
子どもでも、大人でも、
人は「あなたはこういう人」と決めつけられると苦しくなります。
反対に、
「今回はうまくいかなかったね」
なら、
まだ次があります。
この違いは小さいようで大きいです。
人は、ときどき他人から貼られたラベルを、自分の名札にしてしまいます。
だから、
「才能がある」
「才能がない」
だけではなく、
「前よりできるようになったね」
「やり方を変えたのがよかったね」
と、変化や工夫に目を向ける。
このほうが、成長する余地を残せます。
6. 「年齢」を能力の終了通知にしない
大人になると、便利な言葉があります。
「もう歳だから」
これ、かなり万能です。
新しいことを始めない理由にも使えるし、
覚えられない理由にも使えるし、
挑戦しない理由にも使える。
しかも説得力があります。
でも、
「若いころより覚えるのに時間がかかる」
と、
「もう覚えられない」
は別です。
「習得に時間がかかる」
と、
「習得不能」
も別です。
もちろん、年齢によって変わる能力はあります。
体力も、反応速度も、生活環境も変わります。
だから年齢の影響を無視する必要はありません。
ただ、
年齢という事実に、必要以上の結論をくっつけない
ことはできます。
「昔より時間はかかる。でも、まだ覚えられるかもしれない」
くらいでいい。
この「くらい」が案外大事です。
人は壮大な希望より、現実的な余白のほうが動きやすいことがあります。
7. 成長マインドセットを「自分を責める道具」にしない
そして最後に、これはかなり大事です。
成長マインドセットを知ると、
「伸びないのは、自分の考え方が悪いからだ」
と考えてしまう人がいます。
これは避けたいところです。
人の成長には、
環境、
時間、
お金、
体調、
人間関係、
教育の質、
仕事の忙しさ、
いろんなものが関わります。
考え方ひとつで全部解決するわけではありません。
だから、
「もっと成長マインドセットを持たなきゃ」
と自分を追い詰める必要はありません。
成長マインドセットは鞭ではなく、
「まだ終わりと決めなくてもいいよ」
と肩の横に置いておく、小さな道具くらいでいいと思います。
この研究の対象は中学生です。
だから、大人の仕事や人間関係にそのまま同じ結果が出るとは言えません。
ただ、
「能力をどう捉えるかが、その後の行動に影響する」
という考え方は、大人の日常にも持ち帰る価値があります。
何かうまくいかなかったとき、
「自分はダメだ」
で終わる前に、
「今はうまくいっていない」
に戻してみる。
そして、
「次は何を変える?」
と一つだけ考える。
これくらいなら、今日からできます。
人生は、「私は成長できる!」と拳を突き上げなくても進みます。
ときには、
「まあ、まだわからん」
くらいでいい。
その一言が、閉まりかけた扉に小さく足を挟んでくれることがあります。
成長マインドセットを生活に活かすというのは、もしかすると、
自分の未来に、早すぎる最終判定を出さないこと
なのかもしれません。

少し注意したい点:成長マインドセットだけで成績は上がる?研究を読むときの大切な注意点
ここまで読んでくると、
「なるほど。じゃあ学校でみんなに『知能は伸びる!』と教えれば、成績問題はかなり解決するのでは?」
と思いたくなります。
気持ちはわかります。
もし25分ほどの授業を何回か受けるだけで成績がグングン伸びるなら、教育界としてもありがたい話です。
「数学の補習より先にマインドセットを入れておきましょう」
となるかもしれません。
ただ、心理学の論文を読むときに大事なのは、
「面白い結果だった」と「どこでも同じ結果になる」は別の話
だということです。
Blackwellらの2007年の研究は、とても興味深い研究です。
でも、
「成長マインドセットを持てば成績が上がることが科学的に証明された」
とまで言ってしまうと、少々荷物を積みすぎです。
研究にも、背負える荷物には限界があります。
まず、この研究は「中学生の数学」を調べた研究
最初に押さえておきたいのは、研究対象です。
Blackwellらが調べたのは、ニューヨーク市の学校に通う7年生、つまり日本でいう中学1年生くらいの年代でした。
そして主に追跡された学業成績は数学です。
研究1では373人の生徒を約2年間追跡し、研究2では別の生徒たちを対象に、成長マインドセットを教える介入を行っています。
つまり、この研究から直接言えるのは、
「思春期の生徒が学校で数学を学ぶ場面では、知能についての考え方が成績の推移と関係していた」
というところまでです。
ここから、
「大人の仕事でも同じです」
「営業成績も上がります」
「50歳から資格試験を受けても同じ効果があります」
と一気に広げることはできません。
研究結果というものは、風呂敷ではありません。
勢いよく広げすぎると、端っこから研究対象が落ちます。
もちろん、大人の生活にも参考になる考え方はあります。
ただ、
「参考になる」と「同じ効果が確認されている」は別
です。
ここは分けておきたいところです。
研究1は、「関係があった」のであって「原因だ」とは言い切れない
もうひとつ、とても重要なポイントがあります。
研究1では、
「知能は伸ばせる」と考えていた生徒ほど、その後の数学成績が上向く傾向が見られました。
これは面白い結果です。
ただし、研究1だけを見て、
「成長マインドセットが原因で成績が伸びた」
と断定することはできません。
なぜなら、追跡研究では研究者が人間の生活すべてを操作しているわけではないからです。
家庭環境。
先生。
友だち。
勉強時間。
もともとの学力。
学校への適応。
性格。
その日の眠気。
数学の先生との相性。
人生には、実にいろいろな出演者がいます。
研究では以前の成績などを考慮しながら分析していますが、それでも「考え方だけが原因です」と完全に切り分けることはできません。
だから表現としては、
「成長マインドセットが、その後の成績の伸びを予測した」
あるいは、
「成長マインドセットと成績の伸びに関連が見られた」
くらいが適切です。
「関係がある」と「原因である」は、心理学では似た服を着ていますが別人です。
では、介入研究があるから因果関係は決まり?
ここで、
「でも研究2では実際に成長マインドセットを教えたんでしょう?」
と思いますよね。
そうなんです。
ここがBlackwellらの研究の強いところです。
研究2では、「知能は学習によって伸ばしていける」という内容を教えるグループと比較グループを設け、その後の学習意欲や数学成績を調べました。
その結果、成長マインドセットを教えたグループでは、学習意欲の改善や、それまで下がっていた数学成績の軌道が持ち直す方向の変化が報告されました。
ただし、この介入研究の分析対象は、成長マインドセットを学んだグループ48人、比較グループ43人でした。
合わせて91人です。
373人を追跡した研究1と比べると、こちらはかなり小規模です。
だから、
「面白い。もっと調べる価値がありそうだ」
とは言えます。
でも、
「はい、これで世界中の生徒に効くことが確定しました」
とはなりません。
科学は、一つの論文で王冠をかぶせるものではありません。
同じような研究をいろいろな場所、いろいろな人、いろいろな方法で繰り返して、
「どうやら本当にそうらしいぞ」
と少しずつ確かめていくものです。
そして後の研究では、話が少し複雑になった
実はここからが、とても大事です。
Blackwellらの2007年論文以降、成長マインドセットは世界中で注目され、大量の研究が行われました。
すると、
「効果はあるとしても、思っていたより小さいのでは?」
という研究結果も出てきます。
2018年に行われた大規模なメタ分析では、マインドセットと学業成績との関係を273の研究、約36万6千人についてまとめ、さらにマインドセット介入について43の研究、約5万7千人を分析しました。
その結果、全体として関連や介入の効果は小さいと報告されました。一方で、学業上の困難を抱える生徒など、特定の条件では恩恵を受ける可能性も示されました。
さらに2023年、MacnamaraとBurgoyneは63研究、約9万8千人をまとめたメタ分析を発表しました。
すべての研究をまとめると成績への効果は非常に小さく、出版バイアスを補正すると有意ではなくなりました。さらに、研究の質が比較的高いものだけに絞った分析でも、有意な効果は確認されませんでした。
これだけ聞くと、
「じゃあ成長マインドセット、効果なかったの?」
となりそうです。
ところが、研究の世界はそんなにすんなり閉店しません。
この2023年のメタ分析については、別の研究者たちから、
「研究の質の分類や分析方法に問題があり、条件や対象による効果の違いを十分に扱えていない」
という反論も出ています。
その再分析では、小さいながらも全体的な効果があり、特に困難を抱える集団では効果が大きくなる可能性が示されたと主張されています。
つまり現在の研究全体を見ると、
「成長マインドセットは成績向上の万能薬である」
とは、とても言えません。
一方で、
「完全に意味がないことが決着した」
とも簡単には言い切れない。
どんな人に、どんな環境で、どんな方法で伝えるのかによって結果が変わる可能性も含め、研究者のあいだで議論が続いているテーマです。
心理学、きれいに一行で終わってくれません。
でも、その面倒くささこそ科学なのだと思います。
「考え方を変えれば全部解決」は、ちょっと酷な話でもある
もうひとつ、生活に持ち帰るうえで注意したいことがあります。
成長マインドセットを強調しすぎると、
「伸びないのは、本人が成長できると信じていないからだ」
という話になりかねません。
でも実際には、
勉強できる静かな場所がない。
十分な睡眠時間が取れない。
教えてくれる人がいない。
仕事や家庭の事情で時間がない。
必要な支援が受けられない。
授業そのものが理解しづらい。
そんな環境の問題もあります。
そこに向かって、
「もっと成長マインドセットを持とう!」
だけを投げても、なかなか厳しいものがあります。
雨漏りしている家の人に、
「前向きに暮らしましょう」
と言っている場合ではありません。
まず屋根を直しましょう、という話です。
人間の成長には、
本人の考え方と、本人を取り巻く環境の両方
が関係します。
だから成長マインドセットを、
「できない人を責める思想」
にしてはいけません。
むしろ、
本人が挑戦できる環境を整えたうえで、可能性を早々に閉じないための補助線
くらいに考えるほうが、ちょうどいいでしょう。
それでも、この研究から持ち帰れるものはある
ここまで注意点を書くと、
「じゃあ結局、この研究は役に立たないの?」
と思うかもしれません。
そんなことはありません。
Blackwellらの研究が投げかけた問いは、今でも十分おもしろいと思います。
それは、
「能力そのものだけではなく、能力をどう捉えているかも、人の行動に関係するのではないか」
という問いです。
ただ、その問いへの答えを、
「成長マインドセットさえあれば大丈夫」
まで膨らませない。
これが大切です。
失敗したとき、
「自分には才能がない」
と即決する代わりに、
「方法を変えたらどうだろう」
と考えてみる。
それくらいなら、研究の知見を日常に持ち帰る方法として無理がありません。
人生には、考え方だけでは動かせない壁があります。
でも同時に、
自分で「壁だ」と決めてしまっているだけのものも、たまにはある。
その二つを混同しないこと。
成長マインドセット研究を読むときには、そのくらいの距離感がちょうどいいのだと思います。
「信じれば何でもできる」ではなく、
「まだ無理だと決まったわけではない」
くらいにしておく。
科学的にも、人生的にも、そのほうが足元がしっかりしています。

まとめ:成績を変える魔法ではない。でも「まだ伸びる」は学び方を変えるかもしれない
Blackwell、Trzesniewski、Dweckらの2007年の研究をここまで見てきて、いちばん大事なところをひとことでまとめるなら、
「能力そのものだけでなく、“能力をどう考えているか”も、その後の学び方に関係しているかもしれない」
ということだと思います。
研究では、中学生たちを約2年間追いかけました。
すると、
「知能は伸ばしていける」
と考えていた生徒たちは、
「知能は基本的には変わらない」
と考えていた生徒たちに比べて、その後の数学成績が上向く傾向を示しました。
さらに別の介入研究では、
「知能は学習によって発達していく」
という考え方を教えることで、学習意欲や成績の軌道にも変化が見られました。
ここだけ読むと、
「よし、今日から“私は伸びる!”と唱えよう」
となりそうです。
でも、この論文から本当に持ち帰りたいのは、そこではありません。
大事なのは「絶対できる」ではなく、「まだ決まっていない」
成長マインドセットというと、
「努力すれば何でもできる」
という話に聞こえることがあります。
でも、もっと控えめな考え方でいいのだと思います。
「絶対できる」
ではなく、
「今できないからといって、これが最終結果とは限らない」
くらいです。
この差は小さく見えます。
でも、失敗したときの行動を考えると、かなり違います。
たとえば仕事でミスをした。
そこで、
「やっぱり自分には向いてない」
と結論を出せば、話はそこで終わります。
でも、
「まだ慣れていないのかもしれない」
「やり方を変えたらどうだろう」
と考えられれば、次の一手が残ります。
成長マインドセットの力は、
自信満々になることではなく、次の手を残しておくこと
なのかもしれません。
人生の将棋盤から、自分で駒を全部片づけない。
それくらいの話です。
失敗は「能力の判決」ではなく、「現在地の情報」
この研究を読んでいると、失敗というものの見え方も少し変わってきます。
テストで40点だった。
仕事を覚えるのに時間がかかった。
資格試験に落ちた。
こうした出来事は、たしかに結果です。
でも、
「自分は40点の人間です」
とは書いてありません。
答案用紙もそこまで責任を負っていません。
結果はあくまで、
「この時点では、ここまでだった」
という情報です。
ところが私たちは、ときどき現在地を終着駅にしてしまいます。
「できなかった」
から、
「できない人間だ」
へ。
「失敗した」
から、
「向いていない」
へ。
このジャンプが速い。
心の陸上部、かなり俊足です。
でもBlackwellらの研究を通して見えてくるのは、
そのジャンプを少しだけ止めてもいい
ということです。
失敗したら、
「自分には能力がない」
ではなく、
「どこでつまずいた?」
と考えてみる。
「もっと頑張らなきゃ」
だけではなく、
「やり方を変えるなら?」
と考えてみる。
失敗を自己評価ではなく、次の作戦会議に使う。
これだけでも、ずいぶん違います。
ただし、心の持ちようだけに全部背負わせない
そして、ここも忘れたくありません。
今回の研究はとても興味深いものですが、
成長マインドセットさえあれば、誰でも成績が上がる
とまでは言えません。
成績には、
学校環境、
先生、
家庭、
勉強時間、
体調、
経済状況、
学習方法、
さまざまなものが関わります。
その後の研究でも、成長マインドセット介入の効果は全体として小さいという報告や、効果が出やすい条件があるのではないかという議論が続いています。
だから、
「伸びないのは考え方が悪いからだ」
と本人を責めるのは違います。
雨の中にいる人に、
「晴れると信じましょう」
と言っても、傘にはなりません。
環境を整えることも必要です。
助けてもらうことも必要です。
休むことだってあります。
成長マインドセットは万能薬ではなく、
可能性を早く閉じすぎないための、小さな考え方の道具
くらいに置いておくのがちょうどいいでしょう。
「まだ」は、未来を保証しない。でも未来を消しもしない
この記事で何度も出てきた言葉があります。
「まだ」
です。
「できない」
ではなく、
「まだできない」。
「わからない」
ではなく、
「まだわからない」。
「向いていない」
ではなく、
「まだ判断するには早いかもしれない」。
「まだ」をつけたからといって、未来が保証されるわけではありません。
努力しても届かないことはあります。
方向転換したほうがいいこともあります。
諦めることが、むしろ賢い選択になる場合だってあります。
でも、
「まだ」は、未来を保証しない代わりに、未来を勝手に消してしまうこともしません。
私は、ここがこの研究から持ち帰れる一番やさしい知恵だと思います。
人は、ときどき自分自身について結論を急ぎます。
「自分はこういう人間だ」
「これくらいが限界だ」
「もう遅い」
でも、人間というものは、意外と途中です。
40歳でも、
50歳でも、
失敗した翌日でも、
途中です。
完成品の札を貼るには、少し早い。
Blackwellらの研究が教えてくれるのは、
「信じれば成功する」
という派手な話ではなく、
「できなかった昨日だけで、明日の能力まで決めなくてもいい」
という静かな話なのかもしれません。
もし今日、何かがうまくいかなかったなら、
「自分には無理だ」
と判決を出す前に、
ほんの小さく、
「まあ、まだわからないか」
とつぶやいてみる。
それだけで人生が劇的に変わるとは言いません。
でも、閉まりかけた扉が、数センチだけ残ることがあります。
そして人は、ときどき、その数センチから次の道を見つけるのです。

あとがき
この論文を読んでいて、私は何度も、
「人間って、自分に判決を出すのが早いなあ」
と思いました。
ちょっと失敗しただけなのに、
「向いてない」
ちょっと覚えられなかっただけなのに、
「頭が悪い」
一度うまくいかなかっただけなのに、
「自分には才能がない」
まだ第一話なのに、こちらは勝手に最終回を放送しているんですよね。
しかもエンドロールまで流してしまう。
いやいや、まだ続くかもしれませんよ、と。
Blackwellらの研究を読んでいて、いちばん心に残ったのは、成長マインドセットという専門用語そのものではありませんでした。
むしろ、
「自分について、そんなに早く結論を出さなくてもいいんじゃないか」
という感覚でした。
「できない」と「できない人」は、ほんとうは別の話
私たちは、出来事と自分自身をくっつけるのが妙に得意です。
仕事でミスをする。
すると、
「仕事でミスをした」
で終わればいいのに、
「自分は仕事ができない人間だ」
まで話が膨らむ。
文章がうまく書けなかった。
すると、
「今日はうまく書けなかった」
ではなく、
「自分には文章の才能がない」
になる。
これ、よく考えると不思議ですよね。
一回の出来事から、自分という人間全体の査定まで始めてしまう。
心の中に、ずいぶん働き者の人事部がいるものです。
しかもこの人事部、だいたい評価が厳しい。
でも、この論文を読んでいると、
「できなかった」という出来事と、「できない人間だ」という自己評価のあいだには、本当はかなり距離がある
ということを思い出させてもらえます。
私はこの距離、大事にしたいなと思いました。
「まだ」という言葉は、地味だけどやさしい
今回の記事を書きながら、何度も出てきたのが、
「まだ」
という言葉でした。
「できない」
ではなく、
「まだできない」。
この違いって、本当に小さいです。
たった二文字です。
でも、二文字のわりに仕事量が多い。
「まだ」をつけると、未来が少し残ります。
もちろん、
「まだできない」
と言ったところで、必ずできるようになるわけではありません。
未来を保証してくれる魔法ではありません。
でも、
未来を勝手に取り上げない
という意味では、とてもやさしい言葉だと思います。
私は、前向きすぎる言葉が少し苦手です。
「絶対できる!」
「諦めなければ夢はかなう!」
と言われると、
「いや、そこまでの元気は今日はないんです」
と思うことがあります。
でも、
「まあ、まだわからないよ」
くらいなら受け取れる。
人生って、そのくらいの温度でちょうどいい日もあります。
成長するとは、「すごい人になること」ではないのかもしれない
成長という言葉には、少し圧があります。
成長しなければ。
昨日より良くならなければ。
もっとできる人にならなければ。
そんな空気をまといやすい。
でもBlackwellらの研究を読みながら、私は、
成長って、必ずしも「すごくなること」ではないのかもしれない
と思いました。
昨日できなかったことが、今日は少しわかった。
前なら失敗した瞬間に投げ出していたけれど、今日はもう一回だけ試した。
「自分には無理」と言い切る前に、
「やり方を変えてみようか」
と考えられた。
そんなものも、十分成長なんじゃないでしょうか。
人はどうしても結果を見ます。
何点取ったか。
受かったか。
評価されたか。
成功したか。
でも、その結果にたどり着くまでには、
誰にも見えない小さな選択がたくさんあります。
もう一回やった。
質問した。
調べ直した。
休んで、また戻った。
そういう地味な動きの積み重ねが、あとから「成長」という名前になるのかもしれません。
ただし、「成長しろ」という新しい鞭にはしたくない
そして、この論文を紹介するうえで、私がどうしても気をつけたいことがあります。
成長マインドセットを、
「もっと努力しなさい」
という新しい鞭にしたくないんです。
「能力は伸びるんだから、できないのは努力不足だ」
となってしまったら、かなり苦しい。
人には環境があります。
体調があります。
得意不得意があります。
助けが必要なこともあります。
今は休んだほうがいい時期もあります。
どう頑張っても合わない場所だってあります。
だから私は、
「伸びると信じよう」
より、
「伸びないと決めつけなくていい」
くらいが好きです。
この違いは、かなり大きいと思います。
前者には命令があります。
後者には余白があります。
「もっと成長しろ」ではなく、
「まだわからないよ」
くらいでいい。
そのほうが、人間をちゃんと人間として扱っている感じがします。
大人になるほど、「完成品」の札を貼りたくなる
子どものころは、
「これからできるようになる」
という言葉を自然に使えます。
字が書けなくても、
「まだ小さいから」。
自転車に乗れなくても、
「練習すればそのうち」。
ところが大人になると、急に自分を完成品として扱い始めます。
「私はこういう性格だから」
「もうこの年齢だから」
「昔から苦手だから」
まるで人生の工事がすべて終わって、あとは建物を眺めるだけのように言います。
でも、本当にそうでしょうか。
私はたぶん、大人になってから覚えたことのほうが、たくさんあります。
昔は知らなかった考え方も、
できなかった仕事も、
付き合えなかった感情も、
少しずつ扱えるようになったものがあります。
人間というのは、案外いつまでも工事中なんですよね。
ところどころ足場があります。
騒音もします。
たまに「通行止め」もあります。
でも、工事中だからこそ、変えられる場所もある。
私はそれを、少し忘れずにいたいと思いました。
「アドラーの昼寝」として、この研究を残しておきたい理由
「アドラーの昼寝」では、心理学の論文をできるだけわかりやすく紹介しています。
でも私は、論文を読む目的って、
知識を増やすことだけではないと思っています。
「人間って、こういうふうにできてるのか」
と知ることで、
自分や他人を見る目が、ほんの少しやわらかくなること。
そこに意味がある気がしています。
今回の研究もそうでした。
「成長マインドセット」という言葉を覚えることより、
何か失敗した日に、
「これで全部決まったわけじゃないか」
と思い出せること。
そのほうが、たぶん役に立ちます。
テストの点数。
仕事の失敗。
誰かに言われた評価。
昔の自分。
そういうものは、たしかに自分の一部です。
でも、
自分の全部ではありません。
そして今の自分も、
最終版ではありません。
人生にはたぶん、
「完成」
というボタンはありません。
あるのは、
「現在のバージョン」
くらいです。
たまに不具合もあります。
更新に時間がかかることもあります。
再起動したほうがいい日もあります。
でも、それでいい。
もし今日、
「自分はもうこの程度かな」
と思っている人がいたら、
Blackwellらの研究のことを、ほんの少し思い出してもらえたらうれしいです。
無理に、
「私はまだまだ伸びるぞ!」
と拳を上げなくても大丈夫です。
ただ、
「まあ、まだ決めなくてもいいか」
と、結論を一日だけ先送りしてみる。
私はそれくらいの希望が、けっこう好きです。
大きな希望は、ときどき持つのが疲れます。
でも小さな希望なら、ポケットに入ります。
「まだわからない」。
そのくらいの余白を残しながら、また明日をやっていけたらいい。
そんなことを考えた論文でした。

制作ノート
出典論文:Blackwell, L. S., Trzesniewski, K. H., & Dweck, C. S. (2007). Implicit Theories of Intelligence Predict Achievement Across an Adolescent Transition: A Longitudinal Study and an Intervention. Child Development, 78(1), 246–263. Society for Research in Child Development. DOI:10.1111/j.1467-8624.2007.00995.x
掲載・確認先:PubMed / Google Scholar / Child Development(Oxford Academic)
記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。
制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。




