親が無表情になると赤ちゃんはどうなる?スティルフェイス実験の研究結果

親が無表情になると赤ちゃんはどうなる?スティルフェイス実験の研究結果
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「あれ、どうしたの?」赤ちゃんは親の変化をちゃんと見ている

『スティルフェイス・パラダイムのさまざまな顔:赤ちゃんの反応を読み解くレビューとメタ分析』ジュディ・メスマン、マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン、マリアン・J・バケルマンス=クラネンブルグ(2009)

Mesman, J., van IJzendoorn, M. H., & Bakermans-Kranenburg, M. J. (2009). The many faces of the Still-Face Paradigm: A review and meta-analysis. Developmental Review, 29(2), 120–162.
DOI:10.1016/j.dr.2009.02.001

赤ちゃんというと、まだ言葉も話せないし、大人が何をしているのかも、そこまで分かっていないように見えることがあります。

ニコニコしている。
手をぱたぱたさせている。
突然泣く。
そして、何事もなかったかのように寝る。

「自由だなあ……」

こちらとしては、そんな感想で終わりそうになります。

でも、赤ちゃんの目から見えている世界は、私たちが思っているよりずっと忙しいのかもしれません。

たとえば、いつも笑いかけてくれる親が、突然、真顔になったらどうでしょう。

さっきまで、

「かわいいねえ」

と笑っていた人が、急に表情を消す。

赤ちゃんが声を出しても反応しない。

手を伸ばしても返事がない。

笑ってみても、笑い返してくれない。

大人だったら、たぶんこう思います。

「……え、怒ってる?」

赤ちゃんはまだ、そんな言葉を頭の中で使うことはできません。

けれど、

「さっきまでと何かが違う」

という変化には、驚くほど敏感に反応します。

この不思議な親子のやりとりを調べるために、心理学では有名な実験方法が使われてきました。

それが、**スティルフェイス・パラダイム(Still-Face Paradigm)**です。

日本語にすると、ざっくり言えば「親が突然、無表情・無反応になる実験」。

名前だけ聞くと、少々シュールです。

親子で楽しく遊んでいたと思ったら、研究者から、

「はい、それでは今から真顔でお願いします」

と言われるわけです。

なかなか日常では発生しない場面です。

しかし、この少し変わった実験によって、赤ちゃんが他人の表情や反応をどれほど細かく感じ取っているのかが見えてきました。

赤ちゃんは、ただ「顔」を見ているわけではない

ここで大切なのは、「無表情」という言葉だけに注目しすぎないことです。

スティルフェイス実験で変わるのは、親の顔だけではありません。

それまで赤ちゃんの声や動きに応えていた親が、突然反応しなくなります。

赤ちゃんが笑っても、笑わない。

声を出しても、返さない。

目の前には同じ人がいるのに、いつもの「やりとり」が消えてしまうのです。

これは考えてみれば、大人の人間関係でもちょっと不思議な感覚です。

昨日まで普通に話していた同僚に、

「おはようございます」

と言ったのに、今日は無言。

もう一度話しかけても、無言。

目の前にはいる。

でも、反応がない。

……かなり気になります。

「私、何かした?」

頭の中で緊急会議が始まりそうです。

もちろん、大人と赤ちゃんをそのまま同じにはできません。

それでも、人間にとって**「相手から反応が返ってくること」そのものが、とても大きな意味を持っている**ことは想像しやすいでしょう。

赤ちゃんもまた、ただ親の顔を眺めているだけではありません。

自分が声を出したら、相手が返してくれる。

笑ったら、笑い返してくれる。

目が合ったら、そこに何かが返ってくる。

そんな小さな往復運動の中で、人との関係を経験しているのです。

では、この現象は本当にどの赤ちゃんにも起こるのか?

スティルフェイス実験そのものは、とても有名になりました。

動画で見たことがある人もいるかもしれません。

最初は楽しそうに親と遊んでいた赤ちゃんが、親の反応がなくなるにつれて戸惑い、笑わせようとしたり、視線をそらしたり、やがて不機嫌になったりする。

その姿を見ると、

「赤ちゃん、ちゃんと分かってるんだ……」

と思わされます。

ただ、心理学で大切なのはここからです。

一つの実験を見て、

「なるほど、人間とはこういうものだ!」

と決めてしまうわけにはいきません。

赤ちゃんによって違うかもしれない。

実験方法によって違うかもしれない。

月齢でも違うかもしれない。

研究した国や親子によって結果が変わる可能性だってあります。

心理学という世界は、ときどき非常に慎重です。

一つ面白い結果が出ても、

「はい、ちょっと待って。ほかの研究でも同じこと起きてます?」

と、研究者たちが後ろから肩をたたいてきます。

そこで登場するのが、今回取り上げる2009年の論文です。

ジュディ・メスマンらは、それまで積み重ねられてきたスティルフェイス研究を幅広く整理し、さらに複数の研究結果を統計的にまとめるメタ分析を行いました。

要するに、

「有名な実験だけど、本当にいろいろな研究で同じ現象が確認されているの?」

を、大量の研究を並べて確かめたわけです。

一人の赤ちゃんの印象的な姿ではなく、研究全体を少し高いところから眺めてみた。

そんな論文です。

そして見えてきたのは、赤ちゃんと大人の間で交わされている、言葉になる前のコミュニケーションでした。

笑顔。

視線。

声。

身振り。

そして、

「あなたが反応してくれる」ということ。

私たちは会話というと、つい「何を言ったか」に注目します。

でも、人と人との関係は、言葉が生まれるずっと前から始まっています。

こちらが笑えば、向こうが笑う。

声を出せば、返事がくる。

そんな、ごく小さな「行って、戻ってくる」が、人とのつながりの原型なのかもしれません。

では、親が突然その反応を止めたとき、赤ちゃんには何が起こるのでしょうか。

そして、数十年にわたって積み重ねられた研究をまとめてみると、どんな共通点が見えてきたのでしょう。

今回は、メスマンらの論文
『The many faces of the Still-Face Paradigm: A review and meta-analysis』を手がかりに、

「赤ちゃんは、人とのつながりをどのくらい感じ取っているのか?」

その小さくて、とても大きな謎をのぞいてみましょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

この論文をひとことで言うと、

「親が急に無表情・無反応になると、赤ちゃんはかなりちゃんと気づく。その反応は、いろいろな研究をまとめても繰り返し確認されている」

という研究です。

もう少しくだけて言うなら、

「赤ちゃん、思っている以上にこちらの反応を見ています」

という話です。

スティルフェイス実験では、まず親と赤ちゃんが普通にやりとりします。

親が笑う。

赤ちゃんが笑う。

声を出す。

親が返す。

いわば、親子の小さなキャッチボールです。

ところが途中で、親が突然「無表情・無反応モード」に入ります。

赤ちゃんが笑っても反応しない。

声を出しても返事をしない。

手を伸ばしても応じない。

親はそこにいるのに、やりとりだけが突然消えます。

すると多くの赤ちゃんは、

「……ん?」

という感じで変化に気づきます。

もちろん、本当に頭の中で「ん?」と言っているわけではありません。

ですが行動を見ると、笑顔が減ったり、視線をそらしたり、不快そうな表情が増えたり、何とか親の反応を取り戻そうとするような動きを見せたりします。

つまり赤ちゃんは、ただ大人の顔をぼんやり眺めているわけではないのです。

「自分が何かしたら、相手が返してくれる」

という、人と人とのやりとりそのものを感じ取っているらしい。

ここが、この研究の面白いところです。

「一つの有名な実験」ではなく、研究全体を見渡した

ただし、この論文がすごいのは、

「赤ちゃんが無表情の親を見て泣きました!」

という一つの実験を紹介して終わっていないことです。

メスマンたちは、それまでに行われてきたスティルフェイス研究をたくさん集めて、

「この現象、本当にいろんな研究で起きているの?」

と確かめました。

心理学では、一つの実験結果だけを見ると、たまたまその参加者たちで起きただけという可能性があります。

料理でいうなら、一回だけものすごくおいしいカレーができても、

「私はカレーの神である」

と名乗るのは、まだ少し早い。

何度作っても同じような結果になるかを見る必要があります。

この論文は、まさにそれをやっています。

複数の研究を整理し、統計的にまとめてみると、親が無反応になる場面で、

赤ちゃんのポジティブな反応が減り、ネガティブな反応が増える

という傾向が、かなり一貫して確認されました。

つまり、

「たまたま一人の赤ちゃんが機嫌を悪くした」

という話ではなさそうだったわけです。

赤ちゃんが見ているのは「顔」だけではない

ここでもう一つ、大事なポイントがあります。

「スティルフェイス」と聞くと、

無表情の顔そのものが赤ちゃんを不安にさせる実験

と思いがちです。

でも本質は、もっと広いところにあります。

大切なのは、

反応が返ってこなくなること

です。

赤ちゃんは、自分と相手との間にある流れを見ています。

笑う。

返ってくる。

声を出す。

返ってくる。

動く。

返ってくる。

そんな小さな往復が突然なくなる。

赤ちゃんからすると、

「いつもの世界のルールが、急に変わった」

ようなものです。

昨日まで押したら開いていた自動ドアが、今日だけ無反応だったら、大人でも二、三回は前後に動きます。

「いや、開くはずなんだけどな?」

と。

赤ちゃんもまた、そんなふうに相手の反応を確かめようとします。

この研究を読むと、人間関係のスタート地点には、立派な言葉より先に、

「あなたに働きかけたら、あなたが返してくれた」

という経験があるのだと感じさせられます。

ひとことでまとめるなら

この論文のメッセージを、さらに短くするならこうです。

赤ちゃんは、まだ話せなくても、人とのやりとりにはちゃんと参加している。

そして親の表情や反応が変われば、それに合わせて自分の行動も変えます。

小さな体の中で、

「この人は今、自分とつながっているか?」

を一生懸命確かめている。

そう考えると、赤ちゃんとの時間も少し違って見えてきます。

大げさなことをしなくてもいい。

立派な教育をしなくてもいい。

笑いかけたら笑い返す。

声を出したら返事をする。

目が合ったら、そこにいる。

そんな何気ない往復こそが、人間関係のいちばん最初の会話なのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1. 赤ちゃんは、親の「無反応」にかなり敏感に気づく

親が突然、無表情・無反応になると、赤ちゃんの反応は変わります。

それまで笑っていたのに笑顔が減る。
親を見つめる時間が減る。
不快そうな表情やぐずりが増える。

つまり赤ちゃんは、

「目の前に人がいるか」だけではなく、「その人が自分に反応してくれているか」まで感じ取っている

ということです。

まだ言葉を話せないからといって、人とのやりとりに参加していないわけではありません。

むしろ、

「さっきまで返事してくれてたよね?」

という変化には、かなり敏感です。

赤ちゃん、会話はできなくても空気は読んでいます。

しかも、なかなかの高性能です。

2. 「スティルフェイス効果」は、多くの研究をまとめても確認された

この論文の大きなポイントは、一つの実験だけを見ていないことです。

メスマンたちは、それまでに行われてきた多くのスティルフェイス研究を集めてレビューし、さらに結果を統計的にまとめました。

すると、

親が無反応になると、赤ちゃんのポジティブな反応が減り、ネガティブな反応が増える

という傾向が、かなり一貫して確認されました。

つまり、

「たまたまその日の赤ちゃんが眠かったのでは?」

「たまたま機嫌が悪かっただけでは?」

という話だけでは説明しにくいわけです。

心理学では、一つの実験だけだと「へえ、おもしろい」で終わることがあります。

でも、別々の研究を集めても似た結果が出ると、

「これはどうやら、ちゃんとした現象らしいぞ」

と話が一段深くなります。

今回の論文は、スティルフェイス効果をそんなふうに“研究全体から点検した”ところに価値があります。

3. 赤ちゃんにとって大切なのは、完璧な笑顔より「反応が返ってくること」

スティルフェイス実験から見えてくるのは、

親はずっと笑顔でいなければならない

という話ではありません。

ここは、とても大切です。

子育てをしていれば、疲れる日もあります。

無表情になることもあるでしょう。

スマートフォンを見てしまうこともあれば、

「今日はもうHPが3しかありません」

という夜だってあります。

この研究から注目したいのは、完璧な表情ではなく、

人と人との間にある「やりとり」そのものです。

赤ちゃんが声を出したら返す。

目が合ったら見返す。

笑ったら、こちらも何か反応する。

そんな小さな往復が、赤ちゃんにとって大切な情報になります。

そしてこれは、赤ちゃんだけの話でもありません。

大人だって、話しかけた相手がうなずいてくれるだけで、

「ちゃんと聞いてくれている」

と感じます。

逆に、何を言っても無表情・無反応なら、

「私、壁に相談してる?」

となります。

人は、言葉だけでつながっているわけではありません。

表情、視線、声の調子、うなずき。

そんな小さな反応の往復によって、

「あなたと私は、今ちゃんとつながっています」

という感覚が生まれる。

スティルフェイス研究は、その人間関係の原型が、赤ちゃんのころからすでに始まっていることを教えてくれるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:赤ちゃんは親の表情をどこまで見ている?スティルフェイス実験が生まれた背景

赤ちゃんは、どこまで相手のことをわかっているのでしょうか。

大人から見ると、赤ちゃんはまだ言葉を話しません。

「今日はちょっと疲れています」
「さっきの対応には納得していません」
「その笑顔、もう一回お願いします」

もちろん、そんなことは言いません。

だから昔は、赤ちゃんという存在を、

「大人から刺激を受け取る側」

として考えやすいところがありました。

大人が話しかける。
赤ちゃんが聞く。

大人があやす。
赤ちゃんが反応する。

そんな一方向のイメージです。

でも、赤ちゃんをじっくり観察すると、どうもそんな単純ではありません。

赤ちゃんが笑う。

すると親も笑う。

赤ちゃんが声を出す。

親が返事をする。

赤ちゃんが目をそらす。

親もちょっと待つ。

そしてまた目が合う。

こうして見ると、親子の間ではかなり早い時期から、

「あなたが動くから、私も動く」

という小さなキャッチボールが始まっています。

赤ちゃん、まだ履歴書も書けませんが、コミュニケーションにはしっかり参加しているのです。

では、その「キャッチボール」が突然止まったら?

そこで研究者たちが考えたのが、ちょっと変わった方法でした。

普段どおり親子で遊んでもらったあと、親に突然、

無表情・無反応になってもらう。

赤ちゃんが笑っても、返さない。

声を出しても、応じない。

目の前にはいつもの親がいる。

逃げたわけでもない。

怒鳴ったわけでもない。

ただ、

反応だけが消える。

これが、スティルフェイス・パラダイムと呼ばれる実験方法です。

なかなか大胆です。

赤ちゃんからすると、

「さっきまで普通だったのに、急にどうしました?」

という状況でしょう。

もちろん実際にそう考えているかは分かりません。

でも研究者たちは、この場面を使えば、

赤ちゃんが相手からの反応をどれくらい期待しているのか

を調べられると考えました。

もし赤ちゃんが大人の表情や反応をあまり気にしていないなら、親が無表情になっても、それほど行動は変わらないはずです。

逆に、赤ちゃんが普段から親とのやりとりをしっかり感じ取っているなら、

「あれ?」

という変化が行動に表れるかもしれません。

このアイデアから、多くの研究が行われるようになりました。

ところが、研究が増えると次の疑問が出てきた

スティルフェイス実験では、多くの赤ちゃんに変化が見られました。

笑顔が減る。

親を見る時間が減る。

不快そうな表情が増える。

泣いたり、ぐずったりする。

何とか親の反応を引き出そうとするような行動も見られる。

これだけ聞くと、

「なるほど、赤ちゃんは無反応に弱いんですね」

と、きれいに話をまとめたくなります。

しかし、心理学はここで簡単に店じまいしません。

研究が積み重なるほど、別の疑問が出てきます。

たとえば、

「月齢が違っても同じなの?」

「男の子と女の子で違いはある?」

「実験の時間が長ければ反応も強くなる?」

「親がもう一度反応し始めたら、すぐ元に戻るの?」

「すべての研究で同じような結果が出ているの?」

こうなると、研究室の机の上がだんだん論文で埋まってきます。

一つひとつの研究は面白い。

でも、

研究全体として何が確かなのか

が分かりにくくなってきたのです。

「有名な現象」だからこそ、まとめて確かめる必要があった

ここが、メスマンらの2009年の論文につながります。

スティルフェイス・パラダイムは、それまでにたくさんの研究で使われていました。

だからこそ研究者たちは、

「結局、この現象はどれくらい一貫しているのだろう?」

と整理する必要がありました。

一つの実験だけなら、

たまたまその赤ちゃんたちが眠かった。

たまたま機嫌が悪かった。

実験のやり方が少し特殊だった。

そんな可能性も残ります。

でも、複数の研究をまとめて同じ傾向が出るなら、話は変わります。

そこでメスマンらは、過去の研究を広く整理し、さらにメタ分析という方法を使って、研究結果をまとめて検討しました。

つまりこの論文の背景にあったのは、

「赤ちゃんが親の無反応に反応することは分かってきた。でも、それはどれほど確かな現象なのか?」

という疑問です。

そしてもう一つ、

「どんな条件なら強く出て、どんな条件なら違いが出るのか?」

という問いもありました。

調べたかったのは「無表情が怖いか」だけではない

ここは誤解しやすいところです。

この研究テーマは、

「親が無表情だと赤ちゃんは傷つく」

と単純に言いたいわけではありません。

もっと根っこのところにあるのは、

人間はいつから、相手との“やりとり”を必要とするのか

という問いです。

赤ちゃんはまだ言葉を使いません。

それでも、

相手が自分を見ている。

返事をしてくれる。

笑い返してくれる。

声に応じてくれる。

そうした小さな反応の積み重ねを感じ取っています。

そして、その流れが突然切れたとき、行動が変わる。

そこから見えてくるのは、赤ちゃんの「弱さ」だけではありません。

むしろ、

人との関係を感じ取る力が、かなり早い時期から始まっている

ということです。

この論文は、そんな親子の小さな往復運動を、たくさんの研究を集めて見直したものです。

笑顔ひとつ。

視線ひとつ。

返事ひとつ。

大人にとっては何気ない反応でも、赤ちゃんにとっては、

「ちゃんとつながっているよ」

という大事なサインなのかもしれません。

では実際に、研究者たちはどんな研究を集め、何を比べ、どんな方法でその効果を確かめたのでしょうか。

次は、研究方法をのぞいてみましょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:赤ちゃんの反応をどう調べた?スティルフェイス実験とメタ分析の方法

この論文は、研究者たちが新しく赤ちゃんを集めて、一から実験した研究ではありません。

やったことをものすごく簡単に言うと、

「これまで世界中で行われてきたスティルフェイス研究を集めて、全体としてどんな傾向があるのかを整理した」

という研究です。

つまり今回は、赤ちゃん一人ひとりを直接観察するというより、

過去の研究を大量に観察した研究

と考えるとわかりやすいでしょう。

研究を見る研究。

ちょっと入れ子構造です。

とはいえ、まずは元になっている「スティルフェイス実験」がどんなものなのかを知っておく必要があります。

スティルフェイス実験は、だいたい3つの場面で進む

スティルフェイス実験の基本的な流れは、とてもシンプルです。

まず最初は、親と赤ちゃんに普通にやりとりしてもらいます。

笑いかける。

声をかける。

赤ちゃんも笑う。

親が返す。

いつもの親子の時間です。

これが最初の場面。

いわば、

「平常運転」

です。

次に、親が突然、表情や反応を止めます。

赤ちゃんが笑っても、笑い返さない。

声を出しても、返事をしない。

親は目の前にいるのに、やりとりだけが止まります。

これがスティルフェイス場面です。

大人にたとえるなら、楽しく話していた相手が突然、

「…………」

となる感じです。

しかもスマホを見ているわけでもない。

寝たわけでもない。

そこにいる。

でも返ってこない。

なかなか気になります。

そして最後に、親は再び普通のやりとりに戻ります。

笑いかけたり、声をかけたり、赤ちゃんに反応したりする。

つまり、

普通の交流 → 無反応 → 交流再開

という流れです。

研究者は、この3つの場面で赤ちゃんの様子がどう変わるのかを比べます。

何を見ていたの?

研究によって細かな測り方は違いますが、主に見ていたのは赤ちゃんの行動や感情の変化です。

たとえば、

赤ちゃんがどれくらい笑っているか。

どれくらい親を見ているか。

不快そうな表情が増えるか。

視線をそらすか。

ぐずったり泣いたりするか。

自分を落ち着かせようとするような行動が見られるか。

こうした変化を観察します。

つまり研究者は、赤ちゃんに、

「今のお気持ちを5段階で教えてください」

とは聞けません。

アンケート用紙を渡しても、

おそらく食べられます。

なので、表情や視線、声、動きなどから、

「赤ちゃんの状態がどう変わったか」

を読み取っていくわけです。

今回の論文は、それらの研究をまとめ直した

そしてメスマンたちが2009年の論文で行ったのが、

レビューとメタ分析

です。

レビューというのは、これまでの研究を広く集めて、

「何が調べられてきたのか」

「どんな結果が出ているのか」

「まだ何が分かっていないのか」

を整理することです。

一方、メタ分析は、複数の研究結果を統計的にまとめて、

全体としてどれくらい一貫した効果があるのか

を見る方法です。

たとえば、10本の研究があったとします。

8本では赤ちゃんのネガティブな反応が増えた。

2本ではあまり変化がなかった。

そこで、

「8対2だから、たぶん効果あります」

と多数決するのではありません。

研究ごとの人数や結果の大きさなどを考慮しながら、全体を数字としてまとめていきます。

いわば、

研究結果の“総集編”をつくる作業

です。

ただし、名場面だけをつなげた総集編ではありません。

かなり真面目です。

なぜメタ分析が必要なの?

心理学の研究では、同じテーマを扱っていても、結果が完全に同じになるとは限りません。

赤ちゃんの月齢が違う。

実験時間が違う。

参加した親子の特徴が違う。

測り方も少し違う。

研究によって条件が違えば、当然、結果にも多少のばらつきが出ます。

そこで一つひとつの研究だけを見るのではなく、

「全部まとめたら、どんな傾向が見える?」

と考えるわけです。

今回の論文では、スティルフェイス場面で起こる赤ちゃんの変化について、

「本当に多くの研究で似た反応が出ているのか」

を確かめました。

さらに、

条件によって反応の強さが変わるのか。

親子の交流が再開したあと、赤ちゃんはすぐ元に戻るのか。

そういった点も整理していきます。

この研究方法のポイントを一言で言うなら

今回の研究方法は、

「一人の赤ちゃんを深く見るのではなく、たくさんの研究をまとめて大きな地図を描いた」

と考えるとわかりやすいでしょう。

一つの実験だけを見ると、

「この赤ちゃんはこう反応した」

という話になります。

でも多くの研究をまとめると、

「赤ちゃん全体として、どんな反応が起こりやすいのか」

が少し見えやすくなります。

虫眼鏡で一人を見る研究がある。

そして今回のように、少し高い場所から研究全体を眺める研究もある。

その両方が合わさって、赤ちゃんの心の輪郭がだんだん見えてくるわけです。

では、実際にたくさんの研究をまとめてみた結果、

親が無反応になったとき、赤ちゃんにはどんな変化が見られたのでしょうか。

次は、いよいよ研究結果を見ていきます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:親が無反応になると赤ちゃんはどう変わる?スティルフェイス研究の結果

たくさんのスティルフェイス研究をまとめてみると、かなりはっきりした傾向が見えてきました。

結論から言うと、

親が突然、無表情・無反応になると、赤ちゃんの行動や感情はちゃんと変わる。

しかもこれは、一つや二つの研究だけで見つかった珍現象ではありません。

さまざまな研究をまとめても、似たパターンが繰り返し確認されていました。

赤ちゃん、思った以上に「いつものやりとり」をよく覚えています。

親が無反応になると、赤ちゃんの笑顔が減った

まず目立ったのが、ポジティブな反応の減少です。

普通に親とやりとりしている場面では、赤ちゃんは笑ったり、楽しそうな表情を見せたりします。

ところが親がスティルフェイス状態になると、そうした反応が減っていきます。

これは考えてみれば不思議です。

親は消えていません。

目の前にいます。

同じ顔です。

同じ人です。

それなのに、

「反応してくれない」

という一点が変わっただけで、赤ちゃんの様子も変わるのです。

つまり赤ちゃんにとって大切なのは、

「親の顔がそこにあること」

だけではなさそうです。

その顔が自分に向けて動く。

笑い返してくれる。

声に応えてくれる。

そんな相互作用そのものを感じ取っているらしいのです。

不快な反応は、逆に増えていった

笑顔が減るだけではありません。

親が無反応になると、赤ちゃんにはネガティブな感情反応が増える傾向も見られました。

不機嫌そうになる。

ぐずる。

泣く。

落ち着かない様子を見せる。

赤ちゃん側からすると、

「さっきまで普通に返してくれていた人が、急に反応しなくなった」

ということになります。

大人に置き換えるなら、普通に会話していた友人が突然こちらを見たまま、一言も返さなくなるようなものです。

こちらも最初は、

「聞こえなかったかな?」

くらいでしょう。

もう一度話しかける。

まだ無反応。

もう一度。

まだ無反応。

三回目あたりから、

「いや、なんかあった?」

となります。

赤ちゃんの場合も、相手とのやりとりが突然途切れることで、感情や行動に変化が起きるわけです。

赤ちゃんは親を「見なくなる」こともあった

もう一つ興味深いのが、親への視線が減ることです。

普通なら、大好きな親が目の前にいるのだから、

「ずっと見ていそう」

と思いませんか。

ところが無反応の場面では、赤ちゃんが親から視線をそらすことがあります。

これは単純に、

「親に興味がなくなった」

という意味ではありません。

むしろ、反応が返ってこない状況から距離をとったり、自分の状態を調整したりする行動の一つとして考えられています。

ここが、なかなか面白いところです。

赤ちゃんは困ったら、とにかく親を凝視し続けるわけではない。

ときには、

「ちょっとこれ、見続けるのしんどいです」

と言わんばかりに、視線を外す。

言葉はなくても、自分なりの方法で状況に対応しているように見えます。

いちばん意外なのは、親が笑顔に戻っても「はい元通り」とはいかないこと

そしてこの研究で特に面白いのが、交流が再開したあとの反応です。

スティルフェイス場面が終わると、親は再び赤ちゃんに話しかけ、笑顔を見せ、普通のやりとりに戻ります。

これなら、

「はい、実験終了。赤ちゃんも即ご機嫌!」

となりそうです。

ところが、そう単純ではありません。

親とのやりとりが再開すると、赤ちゃんのポジティブな反応は回復していきます。

一方で、不快な反応などは、最初の楽しく遊んでいた状態まですぐには完全に戻らないことがあると示されました。

これがいわゆる、スティルフェイス体験の「持ち越し」のような部分です。

大人でもありますよね。

誰かとちょっと気まずくなって、

「ごめんごめん、もう大丈夫」

と言われても、

「う、うん……」

と心だけ数秒遅れて帰ってくること。

赤ちゃんにも、似たように「交流が戻ったから瞬時に全部リセット」というわけではない反応が見られたのです。

これはなかなか印象的です。

では、無表情は赤ちゃんにとって「悪」なのか?

ここで少し注意したいことがあります。

この結果を見て、

「親は赤ちゃんの前で絶対に無表情になってはいけない!」

と考える必要はありません。

そんなことを言われたら、子育ては24時間営業のテーマパークになってしまいます。

親だって疲れます。

ぼーっとすることもあります。

考え事をして無表情になることもあります。

この実験で調べているのは、日常生活で一瞬ぼんやりした親の顔そのものではありません。

普段なら返ってくるはずの反応が、実験的に突然、はっきり止められたときに赤ちゃんがどう反応するかです。

ですから、

「一回無表情になったら赤ちゃんに悪影響」

という話ではありません。

むしろ重要なのは、

赤ちゃんが、人とのやりとりの変化をかなり敏感に感じ取っている

ということです。

いちばん意外なのは、「赤ちゃんは受け身ではない」ということ

この研究結果を見ていて、いちばん面白いのはここかもしれません。

赤ちゃんは、大人から刺激を与えてもらうだけの存在ではありません。

親が笑えば反応する。

反応がなくなれば、何とかもう一度反応を引き出そうとする。

それでも返ってこなければ、視線をそらしたり、不快感を示したりする。

つまり赤ちゃん自身も、

人間関係を動かしている一人

なのです。

大人が話しかけ、赤ちゃんが受け取る。

そんな一方通行ではありません。

赤ちゃんが笑うから、親も笑う。

親が返すから、赤ちゃんがまた返す。

二人の間を反応が行ったり来たりしながら、関係ができていく。

いわば、親子は生後かなり早い段階から、

二人で即興セッションをしている

ようなものです。

片方の楽器が突然止まれば、もう片方も当然、

「え、ここソロでしたっけ?」

となります。

スティルフェイス研究が教えてくれるのは、赤ちゃんがどれほど早くから、この「人と人とのリズム」の中で生きているかということなのです。

言葉を話せなくても、

笑顔を返してほしい。

声に応えてほしい。

自分の働きかけに、何か返ってきてほしい。

その小さな往復が途切れると、赤ちゃんの行動は変わる。

たくさんの研究をまとめても、そのパターンはかなり一貫していました。

人は、言葉を覚えるよりずっと前から、「誰かと応答し合う世界」の中で生きている。

スティルフェイス研究の結果は、そんな当たり前すぎて見落としがちなことを、赤ちゃんの表情から静かに見せてくれています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:赤ちゃんは「反応が返ってくること」を待っている?スティルフェイス実験の面白さ

この研究の面白さは、

「赤ちゃんは無表情が嫌いらしい」

というところだけではありません。

そこだけ切り取ると、

「なるほど。赤ちゃんの前では、なるべくニコニコしておきましょう」

という子育てアドバイスで終わってしまいます。

でも、スティルフェイス研究をもう少しじっくり眺めてみると、もっと深いものが見えてきます。

赤ちゃんが気づいているのは、単に、

「親の顔から笑顔が消えた」

という変化だけではないのかもしれません。

さっきまで、

自分が笑ったら笑ってくれた。

声を出したら返してくれた。

目を合わせたら応じてくれた。

それが突然、返ってこなくなる。

つまり消えたのは、笑顔だけではありません。

「自分と相手の間にあった往復」

なのです。

ここが、ものすごく面白い。

人間関係は「私」だけではつくれない

私たちは、人間関係について考えるとき、つい個人の性格に注目します。

「あの人はコミュニケーション能力が高い」

「私は人付き合いが苦手」

「あの人は愛想がいい」

「私は会話が下手」

そんなふうに、人間関係の問題を一人分の能力として考えがちです。

でもスティルフェイス実験を見ていると、

「いや、人間関係ってそもそも一人では作れないよね」

という、とても当たり前のことを思い出させてくれます。

赤ちゃんが笑う。

親が笑い返す。

赤ちゃんがまた声を出す。

親がまた応える。

ここには、

赤ちゃんだけの行動も、

親だけの行動もありません。

二人の反応がつながって、一つの流れができています。

卓球で考えると分かりやすいでしょう。

こちらが球を打つ。

相手が返す。

またこちらが返す。

これでラリーになります。

ところが、ある瞬間から相手がラケットを持ったまま完全に静止したらどうでしょう。

こちらは一球打つ。

返ってこない。

もう一球。

返ってこない。

そして思います。

「これ、まだ卓球やってます?」

人間のコミュニケーションも、案外これに近いのかもしれません。

話すことだけが会話ではありません。

返事がある。

目線が返ってくる。

うなずきがある。

表情が動く。

そうした小さな「返球」があるから、私たちは相手との間につながりを感じます。

赤ちゃんは、その仕組みを言葉を覚えるより前から経験しているわけです。

赤ちゃんは「世界のルール」を学んでいるのかもしれない

もう一つ面白いのは、赤ちゃんにとって親とのやりとりが、ある意味で予測できる世界になっていることです。

自分が笑えば、相手も何か返してくれる。

声を出せば、声が返ってくる。

困ったら、誰かが反応してくれる。

もちろん赤ちゃんが頭の中で、

「当方の発声に対し、通常0.8秒以内に母親から応答があります」

などと統計を取っているわけではありません。

赤ちゃん研究が急に会社の月次報告書みたいになってしまいます。

でも、日々の経験を通して、

「こうすると、こう返ってくる」

という流れには少しずつ慣れていくでしょう。

ところがスティルフェイス場面では、その流れが突然壊れます。

押せば開いていたドアが開かない。

スイッチを押しても電気がつかない。

こちらが働きかけても、相手から何も返ってこない。

だから赤ちゃんは、いろいろ試してみる。

笑ってみる。

声を出してみる。

相手を見る。

それでも反応がなければ、不快そうになったり、視線をそらしたりする。

そう考えると、スティルフェイス実験は単なる「赤ちゃんを困らせる実験」ではなく、

人間が他者との間にどんな予測をつくっているのか

をのぞく窓にも見えてきます。

「反応してもらえる」というのは、思った以上に大きい

そして、この話は赤ちゃんだけで終わりません。

大人になっても、私たちはかなり「反応」を求めています。

たとえば、自分が真剣に話しているとき。

相手が、

「うん」

とうなずいてくれる。

それだけで少し話しやすくなります。

逆に、相手が完全な無表情で、

「…………」

だったらどうでしょう。

こちらの脳内には、すぐ臨時会議が招集されます。

「話、長かった?」

「怒ってる?」

「聞いてない?」

「もしかして昨日のあれ?」

まだ何も言われていないのに、心が勝手に資料を作り始めます。

人間にとって相手の反応は、それくらい大きな情報なのです。

SNSだってそうです。

投稿する。

いいねが一つつく。

「あ、誰か見てくれた」

となる。

逆に、渾身の投稿が完全なる無反応。

静寂。

デジタル荒野。

すると、

「……投稿時間が悪かったかな」

などと分析を始めます。

もちろん、大人のSNSと乳児のスティルフェイス実験を同じ現象として扱うことはできません。

でも、

「自分から何かを出したとき、世界から何かが返ってくる」

という経験が、人間にとって大切なのだという点では、少し響き合うものがあります。

面白いのは「無反応になった瞬間」だけではない

さらに味わい深いのが、親が再び普通に反応し始めた場面です。

実験としては、

普通に交流する。

無反応になる。

また交流する。

という流れがあります。

ここで親が、

「はい、戻りました!」

と普通の交流に戻れば、赤ちゃん側も瞬時に最初の状態へ戻りそうな気がします。

ゲームなら、

状態異常:解除

で終わりです。

ところが実際には、無反応の時間に生じたネガティブな反応が、交流再開後にもある程度残ることがあります。

ここも人間くさいところです。

大人だって、誰かに急に冷たくされて、

その5分後に、

「ごめんごめん、普通に戻ったから」

と言われても、

「了解!完全復旧!」

とはならないことがあります。

頭では分かっていても、気持ちには少し余韻が残る。

赤ちゃんの反応をそのまま大人の感情と同じだとは言えませんが、

人とのやりとりには時間の流れがある

という点は、とても興味深く感じます。

関係というものは、一場面ずつ切り離された写真ではなく、前の瞬間から次の瞬間へ続いていく映画のようなものなのかもしれません。

ただし、「親は24時間笑っていなさい」という研究ではない

ここは何度でも確認しておきたいところです。

スティルフェイス実験を見て、

「無表情になると赤ちゃんによくない」

「常に笑顔で応答しなければ」

と受け取ってしまうと、研究から少し離れてしまいます。

親だって人間です。

疲れます。

ぼんやりします。

テレビを見ます。

味噌汁の具を考えます。

仕事のことを思い出して遠い目になることもあります。

それで即座に、

「大変です。スティルフェイスです」

となるわけではありません。

この実験は、日常の一瞬の無表情をそのまま再現したものではなく、親の反応を意図的に止める特殊な状況を作っています。

だから、

「良い親は常に笑顔」

という結論にはできません。

むしろ、この研究から感じ取れるのはもっと柔らかいことです。

大切なのは完璧であることではなく、

やりとりが途切れても、また戻ってこられること。

赤ちゃんが働きかける。

親が応える。

ときにはタイミングがずれる。

うまく返せないこともある。

そして、またつながる。

人間同士なのですから、ずっと完全に息が合っている方がむしろ不自然でしょう。

私たちは、ずっと「返事」を待ちながら生きているのかもしれない

この論文を読んでいると、スティルフェイス実験がだんだん赤ちゃんだけの話ではなくなってきます。

誰かに話しかける。

返事を待つ。

笑いかける。

笑顔が返る。

悩みを話す。

「そうだったんだね」と言ってもらう。

作品を作る。

誰かが読んでくれる。

「ここにいるよ」

と世界へ小さくボールを投げる。

そして、

「見えてるよ」

と何かが返ってくる。

人間関係というのは、その繰り返しなのかもしれません。

赤ちゃんのころから私たちは、

自分だけで完結しているわけではない。

誰かから返ってくる反応の中で、自分のいる世界を確かめている。

そう考えると、スティルフェイス実験で起きていることが、急に身近に感じられてきます。

この研究が面白いのは、

「赤ちゃんは親の無表情に反応します」

という事実を教えてくれるからだけではありません。

その向こう側に、

人は、誰かと応答し合うことで人とつながっている

という、ずいぶん大きな話が見えてくるからです。

赤ちゃんの小さな視線を追いかけていたはずなのに、気がつけばこちら側の人間関係まで照らされている。

心理学の論文には、ときどきこういうことがあります。

研究室の小さな実験から、人生のかなり広い場所まで光が漏れてくる。

このスティルフェイス研究は、まさにそんな一篇だと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:親はいつも笑顔じゃないとダメ?スティルフェイス研究から学ぶ赤ちゃんとの接し方

この研究を読むと、最初に少し不安になる人もいるかもしれません。

「え、親が無表情になると赤ちゃんはこんなに反応するの?」

「じゃあ、ずっと笑顔でいないとダメなの?」

「昨日、疲れてぼーっとしてたんですけど……」

大丈夫です。

この研究から、

「親は24時間365日、笑顔を絶やしてはいけない」

という結論は出ません。

そんなことを要求されたら、子育てが接客業の最高難度コースになってしまいます。

人間ですから、疲れます。

考え事もします。

眠い日もあります。

赤ちゃんを見ながら、

「今日の晩ごはん、何にしよう……」

と魂が台所へ出張する瞬間だってあるでしょう。

スティルフェイス実験が教えてくれるのは、「一瞬でも無表情になったら危険」という話ではありません。

むしろ生活に持ち帰りたいのは、

人はとても早い時期から、“自分の働きかけに誰かが応えてくれること”を感じ取っている

ということです。

ここから、日常で大切にできそうなことを考えてみましょう。

完璧に笑うより、「返す」ことを意識してみる

赤ちゃんとの関わりで大切なのは、ずっと満面の笑みをキープすることではありません。

赤ちゃんが声を出した。

「どうしたの?」

と返してみる。

目が合った。

こちらも見る。

笑った。

少し笑い返す。

手を伸ばしてきた。

「それ気になるね」

と声をかける。

そんな小さな反応です。

赤ちゃんとの会話には、まだ立派な文章はいりません。

「ばあ」

でもいい。

「うんうん」

でもいい。

「眠いねえ」

でもいい。

極端に言えば、返事の内容より、

「あなたの働きかけ、ちゃんと受け取りましたよ」

という往復があることの方が大切なのかもしれません。

大人の会話でも似ています。

悩みを話したとき、いきなり完璧な助言をもらうより、

「それはしんどかったね」

とうなずいてもらうだけで、少しほっとすることがあります。

問題が解決したわけではありません。

でも、

「こちらから投げたものが、ちゃんと相手に届いた」

と分かる。

人間にとって、この感覚は案外大きいものです。

「反応できなかった」ときは、また戻ればいい

子育てについて研究を読むと、真面目な人ほど、

「ちゃんとやらなければ」

と思いやすくなります。

でも、人と人とのやりとりは、ずっと完璧には続きません。

赤ちゃんが声を出したのに気づかなかった。

仕事のことで頭がいっぱいだった。

疲れていて笑えなかった。

スマートフォンを見ていて、一瞬反応が遅れた。

そんなことは起こります。

ここで大切なのは、

一度ずれたら全部終わり

と考えないことです。

「あ、ごめんごめん。どうしたの?」

と戻る。

また目を見る。

また声を返す。

人間関係は、ずっとピタリと息を合わせ続けるものではありません。

むしろ、

ずれる → 気づく → またつながる

ということを何度も繰り返しています。

ダンスで足を一度踏んだからといって、その場で公演終了にはなりません。

「ごめん」と言って、また踊ればいい。

親子のやりとりも、そんな少し不器用な往復の積み重ねとして考えると、ずいぶん息がしやすくなります。

子どもの「困った行動」を、反応を求めるサインとして見ることもできる

もう少し大きな子どもとの関係にも、この研究から連想できる視点があります。

もちろん、赤ちゃんのスティルフェイス研究をそのまま幼児や小学生に当てはめることはできません。

ただ、

「人は相手からの反応を求める」

という視点を持っておくと、子どもの行動の見え方が少し変わることがあります。

何度も話しかけてくる。

「見て見て」と繰り返す。

わざとふざける。

少し困らせるようなことをする。

そんなとき、

「また始まった」

だけではなく、

「今、この子は何か返してほしいのかな?」

と一度考えてみる。

もちろん、すべての困った行動が「かまってほしい」から起きるわけではありません。

そこまで単純ではありません。

でも、行動だけを止めようとする前に、

「この子は何を受け取ってほしいんだろう?」

と考える余地が生まれます。

これは、子育てではかなり大きな違いです。

大人同士でも「無反応」は意外とこたえる

この研究は乳児を中心にしたものなので、大人の人間関係へ直接そのまま当てはめることはできません。

ただ、日常を振り返るきっかけにはなります。

たとえば、職場で相談を受けているとき。

相手が一生懸命話しているのに、こちらがパソコンだけを見ている。

「はい」

「そうですか」

と返してはいるけれど、表情も視線も動かない。

言葉としては返事をしていても、相手には、

「本当に聞いてもらえているのかな」

という感じが残ることがあります。

逆に、

顔を少し向ける。

うなずく。

「なるほど」

と返す。

相手の言葉を一部言い直す。

たったそれだけで、会話の空気が変わることがあります。

コミュニケーションというと、

「何を言えばいいか」

ばかり考えがちです。

でも実は、

どう返しているか

もかなり重要です。

立派な言葉が見つからなくても、

「聞いています」

という反応は返せます。

LINEやSNSでも、私たちは「返ってくること」を気にしている

現代では、対面以外のコミュニケーションも増えました。

LINEを送る。

既読になる。

でも返事がない。

1時間。

3時間。

半日。

すると、頭の中に小さな探偵が現れます。

「何か変なこと書いた?」

「怒ってる?」

「忙しいだけ?」

「いやでも既読はついてる……」

もちろん、返信が遅い理由はいくらでもあります。

仕事中かもしれない。

寝ているかもしれない。

返事を考えているのかもしれない。

でも私たちは、

反応が返ってこない空白

に、思った以上に敏感です。

だからこそ、忙しいときには、

「今ちょっと立て込んでるから、あとで返すね」

と一言返すだけでも違います。

内容としてはほぼ何も解決していません。

でも、

「あなたのメッセージは届いています」

というサインにはなります。

これもまた、応答の力です。

支援や相談の場では、「正しい答え」より先に反応する

相談を受ける仕事でも、この考え方は役に立ちます。

誰かが、

「仕事がつらいです」

と言ったとき。

こちらはつい、

「では転職を考えましょう」

「こういう制度があります」

「こういう求人があります」

と答えを出したくなります。

もちろん、それも必要です。

でも、その前に、

「かなりしんどかったんですね」

と返す。

この一言があるだけで、相手は、

「自分の話が届いた」

と感じやすくなります。

人は、情報だけを求めて相談に来るわけではありません。

自分が感じていることを、誰かに受け取ってもらいたいときもあります。

答えを出す前に、一度返す。

これは子育てだけでなく、人間関係全般で使える小さなコツです。

「ちゃんと反応する」は、大げさなことではない

ここまで読むと、

「ちゃんと反応しなきゃ」

と、また新しい宿題が増えた感じがするかもしれません。

でも、そんなに立派なことではありません。

顔を向ける。

うなずく。

返事をする。

「そうなんだ」

と言う。

笑い返す。

名前を呼ぶ。

そんな小さなことでいいのです。

私たちは、コミュニケーションという言葉を聞くと、話術や説明力や社交性を想像しがちです。

でもその一番下には、

相手から来たものに、何かを返す

という、とても原始的でシンプルな仕組みがあります。

話が上手じゃなくてもできる。

面白いことを言えなくてもできる。

人見知りでもできる。

「あなたのこと、ちゃんと見えていますよ」

と反応する。

それだけで成立するコミュニケーションも、たくさんあります。

この研究を生活に持ち帰るなら

スティルフェイス研究から日常へ持ち帰るなら、

「無表情にならないようにしよう」

より、

「相手から何か来たとき、ときどきちゃんと返そう」

くらいがちょうどいいと思います。

赤ちゃんが笑ったら、笑い返す。

子どもが話しかけてきたら、一度顔を向ける。

家族が疲れたと言ったら、

「そっか、疲れたんだね」

と返す。

同僚が相談してきたら、答えを出す前に一度うなずく。

友人から連絡が来て、すぐ返せないなら、

「あとで返すね」

とだけ伝える。

どれも、世界を変えるほど大きな行動ではありません。

でも、人と人との間にある小さな橋は、案外こういうものでできています。

こちらから一歩。

向こうから一歩。

またこちらから一歩。

その往復が続くと、

「ここには自分の声が届く」

という感覚が生まれる。

スティルフェイス研究が教えてくれるのは、そんな人間関係の土台なのかもしれません。

私たちは、赤ちゃんのころからずっと、

「ちゃんと返ってくる世界」

を確かめながら生きている。

そう考えると、今日誰かに返す一つのうなずきも、少しだけ違って見えてきます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:親が無表情だと赤ちゃんに悪影響?スティルフェイス実験を読むときの注意点

この研究、とても面白いです。

親が無表情・無反応になると、赤ちゃんの笑顔が減ったり、不快そうな反応が増えたりする。

しかも、いろいろな研究をまとめても似た傾向が見えてくる。

ここまで読むと、

「やっぱり親の反応って、ものすごく大事なんだ!」

と言いたくなります。

それ自体は、かなり自然な感想です。

ただし、心理学の論文を読むときには、もう一人、小さな自分を隣に座らせておくと便利です。

その人には、こう言ってもらいます。

「それって、どこまで言えるの?」

ちょっと空気を読まない係です。

でも、この係がいると、研究を必要以上に大きく解釈せずにすみます。

スティルフェイス研究も同じです。

面白い。

でも、

「親がちょっと無表情になったら、赤ちゃんに悪影響が出る」

とまで言ってしまうと、研究が示している範囲をかなり飛び越えてしまいます。

ここでは、その境界線をいくつか確認しておきましょう。

実験の「無反応」と、日常の無表情は同じではない

まず、一番大切なのがこれです。

スティルフェイス実験では、親が意図的に反応を止めます。

赤ちゃんが声を出しても返さない。

笑っても笑い返さない。

働きかけても応じない。

つまり、

表情だけでなく、親子のやりとりそのものを一時的に止める

という、かなり特殊な状況です。

一方、日常生活ではどうでしょう。

料理をしながら少し真顔になる。

眠くてぼんやりする。

テレビを見ていて一瞬反応が遅れる。

考え事をして表情が消える。

こうしたことまで全部、

「危険なスティルフェイスだ!」

と考える必要はありません。

それでは、親がくしゃみをしただけでも心理学会が緊急招集されそうです。

実験室で意図的に作られた「無反応」と、日常の自然な表情の変化は、同じものではありません。

ここを混同しないことが大切です。

「その場で反応が変わった」と「将来悪影響が出る」は別の話

もう一つ、とても重要なのが時間の問題です。

スティルフェイス研究では、親が無反応になったその場面で、赤ちゃんの行動や感情がどう変わるかを見ています。

つまり分かりやすく言えば、

短い時間の中で起きる反応

を調べているわけです。

ここから、

「無表情の親に育てられると将来こうなる」

「一度反応しなかっただけで発達に問題が出る」

といった長期的な結論まで一気に進むことはできません。

これは研究を読むときに、かなり大事なポイントです。

たとえば雨の日に気分が少し下がった人がいたとして、

「雨の日に気分が下がった」

という結果から、

「雨に当たると10年後の人生満足度が下がる」

とは言えません。

時間のスケールがまるで違います。

スティルフェイス実験も同じです。

この研究からまず言えるのは、

親の反応が突然止まると、乳児のその場の行動や感情に変化が表れやすい

ということです。

そこから先は、別の研究が必要になります。

「ずっと笑顔の親」が理想という話でもない

この研究を子育て記事として読むと、ここも誤解しやすいところです。

「赤ちゃんは親の反応をよく見ている」

と聞くと、

「じゃあ、私はいつも明るくいなきゃ」

と思ってしまう人がいるかもしれません。

でも、それはかなり苦しい。

人間には、

疲労。

眠気。

腹痛。

仕事の失敗。

冷蔵庫を開けたのに何を取りに来たのか忘れる事件。

いろいろあります。

毎日ずっと上機嫌でいられる人など、ほとんどいません。

そもそも子どもにとっても、人間にはいろいろな表情があること自体は自然なことです。

笑う。

困る。

疲れる。

静かになる。

考え込む。

悲しくなる。

親も感情を持つ一人の人間です。

スティルフェイス研究は、

「親は感情を見せず、いつもニコニコしていなさい」

と教えているわけではありません。

むしろ注目されているのは、

相手との応答があるかどうか

です。

ですから、「笑顔の量」を採点する研究として読むより、

「人と人との間には、反応の往復があるんだな」

くらいに受け取る方が、ずっと自然です。

赤ちゃんにも個人差がある

そして、もう一つ忘れてはいけないのが個人差です。

同じスティルフェイス場面でも、すべての赤ちゃんがまったく同じ反応をするわけではありません。

すぐ泣く赤ちゃんもいるでしょう。

視線をそらす赤ちゃんもいる。

自分で落ち着こうとするような行動を見せる赤ちゃんもいます。

それぞれの赤ちゃんには、それまでの経験や気質、月齢、親子関係など、さまざまな違いがあります。

だから、

「この反応をしたから、この子はこういう性格」

と単純に診断することはできません。

心理学研究で出てくるのは、多くの場合、

「全体としてこういう傾向が見られました」

という話です。

平均値は便利です。

でも、平均値には顔がありません。

実際の赤ちゃんには、一人ひとり違う顔があります。

論文を読むときは、その両方を持っておくのが大切です。

メタ分析にも「万能感」は持たない

今回の論文は、多くの研究をまとめたメタ分析です。

これは強みです。

一つの研究だけを見るより、

「全体としてどんな傾向があるのか」

を判断しやすくなります。

ただし、

メタ分析=絶対に正しい最終回答

ではありません。

そもそも元になっている研究の対象や方法が違えば、その影響は残ります。

研究によって、

赤ちゃんの月齢が違う。

実験時間が違う。

反応の測り方が違う。

参加した親子の背景が違う。

そうしたばらつきを抱えながら、全体像を描いているわけです。

イメージとしては、

一枚の写真を見るより、アルバム全体を見た方がその人のことは分かりやすい。

でも、アルバムを全部見ても、その人の人生のすべてが分かるわけではない。

そんな感じです。

メタ分析はかなり強い道具ですが、魔法の水晶玉ではありません。

「スティルフェイス=愛着障害」と短絡しない

ネット上では、スティルフェイス実験が愛着や虐待、スマートフォン利用などの話と結びつけて紹介されることがあります。

そこで気をつけたいのは、

一つの実験結果から、大きな問題へ一直線につなげないこと

です。

たとえば、

「スマホを見たらスティルフェイスになる」

「無表情だと愛着障害になる」

「反応が遅い親は子どもに悪影響を与える」

といった形で単純化すると、研究が本来示している内容とは離れていきます。

現実の親子関係は、数分間の一場面だけでできているわけではありません。

朝もある。

昼もある。

昨日もある。

明日もある。

うまく応えられる日もあれば、応えられない日もある。

笑えるときもあれば、疲れているときもある。

親子関係は、そうした膨大な時間の積み重ねです。

一回の反応だけを取り出して、

「良い親」

「悪い親」

と判定するのは、かなり乱暴です。

人間関係は、通知表ではありません。

この研究は、親を責めるためではなく、赤ちゃんの力を知るために読む

個人的に、この研究をいちばん穏やかに読む方法は、

「親はこうしなければならない」という研究ではなく、「赤ちゃんって、こんなに人とのやりとりを感じ取っているんだ」という研究として読むこと

だと思います。

そうすると、見え方がずいぶん変わります。

「反応しなきゃ」

ではなく、

「こんな小さなころから、人とつながろうとしているんだな」

となる。

これは責任を増やす読み方ではなく、赤ちゃんへの見方を少し豊かにする読み方です。

赤ちゃんは何も分かっていない存在ではありません。

でも同時に、

親が少し失敗しただけで簡単に壊れてしまう存在だと決めつける必要もありません。

研究結果を尊重する。

でも、広げすぎない。

面白がる。

でも、怖がらせる材料にはしない。

心理学の論文と付き合うときには、このくらいの距離感がちょうどいいのだと思います。

「なるほど、こんな傾向があるんだ」

と一度受け取って、

そのあとに、

「でも、これはどこまで言える話なんだろう?」

と少しだけ考える。

この二段構えがあると、研究は急に頼もしくなります。

甘いだけではない。

苦すぎもしない。

ちゃんと小麦の味がする。

そんなふうに心理学を読めると、論文は「正解を教えてくれるもの」ではなく、

世界を見る解像度を、ほんの少し上げてくれるもの

になっていきます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:赤ちゃんは「反応」をちゃんと見ている。スティルフェイス実験が教えてくれたこと

ここまで見てきたスティルフェイス研究を、最後にぎゅっとまとめてみましょう。

この論文が教えてくれた大きなポイントは、とてもシンプルです。

赤ちゃんは、ただ親の顔を見ているだけではない。
「自分に反応してくれているか」を、かなり敏感に感じ取っている。

ということです。

親子で普通にやりとりしているとき、赤ちゃんは笑ったり、声を出したり、親の顔を見たりします。

ところが、親が突然、無表情・無反応になる。

すると、笑顔などのポジティブな反応が減り、不快そうな反応が増え、親への視線にも変化が起こります。

しかも、この傾向は一つの有名な実験だけに見られたわけではありません。

メスマンたちは、それまでに積み重ねられてきた多くの研究を整理し、メタ分析することで、

「スティルフェイス効果は、研究全体を見てもかなり一貫して確認される」

ことを示しました。

つまり、

「たまたまその赤ちゃんが眠かったんじゃない?」

だけでは片づけにくい現象だったわけです。

赤ちゃんは、まだ話せなくても「やりとり」には参加している

この研究を読んでいて、いちばん印象に残るのはここだと思います。

赤ちゃんは、まだ文章を話せません。

「今日のコミュニケーションについて振り返りたいのですが」

なんて当然言いません。

でも、

笑う。

声を出す。

相手を見る。

手を動かす。

そして、返事を待つ。

そこにはもう、立派なやりとりがあります。

赤ちゃんから何かが出る。

親から何かが返る。

また赤ちゃんが返す。

この小さな往復が続いていく。

人間関係の始まりは、案外こんなところにあるのかもしれません。

私たちは「コミュニケーション能力」と聞くと、

話が上手。

説明がうまい。

面白いことを言える。

そんな能力を想像します。

でも、そのずっと手前には、

「相手から来たものに、何かを返す」

という、とても基本的な仕組みがあります。

スティルフェイス実験は、それを赤ちゃんの反応から見せてくれました。

大切なのは「ずっと笑顔」ではない

ここは最後に、もう一度確認しておきたいところです。

この研究は、

「親はいつでもニコニコしていなければならない」

という研究ではありません。

24時間笑顔を維持できる人がいたら、むしろこちらが少し心配になります。

人間は疲れます。

ぼんやりします。

不機嫌になることもあります。

洗濯物を取り込むのを忘れて遠い目になる夜もあります。

それでいいのです。

スティルフェイス実験で作られているのは、親が意図的に反応を止める特殊な状況です。

日常で一瞬無表情になったことと、まったく同じではありません。

ですから、この研究を、

「ちゃんと反応できなかった私はダメな親だ」

という採点表にしてしまう必要はありません。

むしろ持ち帰りたいのは、

完璧な笑顔より、小さな応答の積み重ねが人とのつながりをつくっている

という視点です。

「届いたよ」という返事は、小さくてもいい

赤ちゃんが声を出したら、

「どうしたの?」

と返す。

目が合ったら、少し見返す。

笑ったら、こちらも笑う。

それだけでも一つの応答です。

そして、これは大人同士でも似ています。

誰かが話しているときに、うなずく。

「そうだったんだね」

と返す。

すぐ答えが出せなくても、

「聞いてるよ」

という態度を見せる。

私たちはつい、相手のために「正しいこと」を言おうとします。

でも人間関係には、正解より先に必要なものがあります。

「あなたの声は、こちらに届いています」

という返事です。

立派な助言ではなくてもいい。

気の利いた一言でなくてもいい。

小さく返るだけで、人は少し安心します。

親子関係は、ずっと噛み合っている必要もない

もう一つ、この研究から考えておきたいことがあります。

人と人とのやりとりは、いつも完全には噛み合いません。

赤ちゃんが笑った瞬間に気づかないこともある。

話しかけられたのに、返事が遅れることもある。

気持ちに余裕がなくて、うまく反応できない日もある。

でも、人間関係は一回の失敗で完成するものでも、壊れるものでもありません。

ずれる。

また返す。

途切れる。

またつながる。

この繰り返しです。

むしろ私たちは、

「一度も途切れない関係」ではなく、「途切れても戻れる関係」

の中で暮らしているのかもしれません。

完璧な親子。

完璧な夫婦。

完璧な友人関係。

そんなものを目指し始めると、人間関係は急に息苦しくなります。

でも、

「うまく返せないときもある。でもまた返そう」

くらいなら、ずいぶん続けやすい。

人間関係というものは、案外そのくらいの柔らかさでできています。

この論文をひとつだけ覚えて帰るなら

もし、この記事の細かい内容を全部忘れてしまったとしても、一つだけ覚えて帰るなら、私はこれでいいと思います。

人は、言葉を話せるようになる前から、誰かの「返事」を感じながら生きている。

赤ちゃんが笑う。

誰かが笑い返す。

声を出す。

誰かが振り向く。

泣く。

誰かが近づいてくる。

そんな小さな経験の中で、

「自分が何かすると、世界から何かが返ってくる」

ということを感じている。

そしてたぶん、私たちは大人になってからも、その感覚を完全には卒業しません。

話を聞いてほしい。

返事がほしい。

うなずいてほしい。

作品を見てほしい。

「ちゃんと届いているよ」と言ってほしい。

年齢を重ねても、形が変わるだけで、その願いはどこかに残っています。

スティルフェイス実験は、赤ちゃんの心を調べる研究です。

でも、その小さな顔をじっと見ていると、いつの間にか私たち自身の人間関係まで映り込んできます。

人は一人で話しているだけでは、つながったとは感じにくい。
何かが返ってきたとき、そこに「関係」が生まれる。

今日、誰かがあなたに何かを話しかけてきたら。

完璧な答えがなくてもいいので、

ひとつだけ、返してみる。

「うん」

でもいい。

「そうなんだ」

でもいい。

ほんの小さな返事です。

けれどその一言が、

「ちゃんと届いているよ」

という、小さな橋になることがあります。

赤ちゃんの研究から見えてきたのは、そんな、人と人がつながるときの、とても原始的で、とてもやさしい仕組みなのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読みながら、私はずっと、

「人って、こんなに早い時期から“返事”を待っているんだな」

と思っていました。

赤ちゃんは、まだ言葉を話せません。

人生について語らない。

自己分析もしない。

「最近ちょっと人間関係で悩んでまして」なんて相談もしない。

でも、笑う。

見る。

声を出す。

手を伸ばす。

そして、相手から何かが返ってくるのを待っている。

そう考えると、人間という生き物の根っこの部分が、少し見えたような気がしました。

「分かってほしい」は、ずいぶん昔から始まっている

大人になると、私たちはずいぶん複雑になります。

本当は寂しいのに、

「別に平気です」

と言ったりする。

本当は聞いてほしいのに、

「たいした話じゃないんだけど」

と前置きしたりする。

本当は返事がほしいのに、

「忙しいと思うから返信いらないよ」

などと書いてしまったりする。

そして返信が来ないと、

「いや、本当にいらないとは言ったけどさ……」

と少しだけスマホを見る。

人間、めんどくさいですね。

でも、スティルフェイス研究を見ていると、そのめんどくささの奥には、とても単純なものがあるのかもしれないと思います。

自分が出したものに、何か返ってきてほしい。

それだけなのかもしれません。

赤ちゃんが笑う。

親が笑い返す。

声を出す。

「どうしたの?」と返ってくる。

その小さな往復の中で、

「自分はここにいる」

「この人とつながっている」

という感覚が育っていく。

そう考えると、大人になってから私たちが、

「ちゃんと話を聞いてほしい」

「分かってほしい」

「無視されたくない」

と思うことも、なんだか急に人間らしく見えてきます。

私は「正しい答え」を返そうとしすぎていたかもしれない

この論文を読んで、少し自分の会話も振り返りました。

誰かから相談されたとき、私はつい、

「では、こうしたらいいんじゃない?」

と答えを探してしまいます。

解決策。

情報。

選択肢。

心理学の記事を作っているくらいなので、頭の中の棚から、

「はい、こちらの知識はいかがでしょう」

と持ってきたくなる。

でも、本当に相手が最初に欲しいものは、正解ではないこともあります。

「それは大変だったね」

とか、

「そう感じたんだね」

とか、

「聞いてるよ」

とか。

まずボールを受け取って返す。

それだけでいい瞬間がある。

スティルフェイス研究は赤ちゃんの研究なのに、なぜかこちらの相談姿勢まで反省させてきます。

赤ちゃん、おそるべし。

無反応って、思っているより静かに刺さる

私はこの研究を読んでいて、「無視」という言葉についても考えました。

怒鳴られる。

否定される。

責められる。

こういうものは、分かりやすく痛い。

でも無反応は、少し違います。

音がない。

言葉もない。

ただ、返ってこない。

それなのに、妙に気になる。

自分が見えていないような感じがする。

大人でもあります。

挨拶したのに返事がない。

一生懸命話したのに相手がスマホから目を上げない。

送ったメッセージに何日も反応がない。

もちろん事情はいろいろあります。

でも、反応がない空白には、こちらの想像が入り込みます。

「嫌われたのかな」

「変なこと言ったかな」

「自分なんてどうでもいいのかな」

何も言われていないのに、心だけが勝手に脚本を書き始める。

スティルフェイス研究を見ていると、

人にとって“返ってくること”は、思っている以上に安心材料なのかもしれない

と感じます。

でも、だからこそ「完璧じゃなくていい」と思った

一方で、この論文を、

「親は絶対に無表情になってはいけない」

という話にはしたくありません。

むしろ私は逆のことを感じました。

人間関係には、途切れる瞬間があります。

反応できないこともある。

疲れていることもある。

聞けないときもある。

うまく返せないときもある。

でも、そのあとで戻れる。

「ごめん、聞いてなかった」

と戻る。

「さっきの話、もう一回聞かせて」

と返す。

それで関係は続いていく。

私はここに、少し救いを感じます。

完璧な親にならなくていい。

完璧な夫婦にならなくていい。

完璧な友人にならなくていい。

完璧な相談員にならなくてもいい。

大切なのは、一度もずれないことではなく、

ずれたあとに、また相手の方を向けること

なのかもしれません。

人間関係は、ノーミスを競う競技ではないのでしょう。

むしろ、ときどき外しながら、それでもラリーを続けるもの。

そう考えると、少し肩の力が抜けます。

「アドラーの昼寝」で、この論文を取り上げたかった理由

心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」では、できるだけ研究を「知識」で終わらせたくないと思っています。

もちろん、

「この実験ではこういう結果が出ました」

という正確な情報は大切です。

でも、それだけなら、論文の要旨を読めば済みます。

私が知りたいのは、

その研究を知ったあと、いつもの景色がどう見えるか

です。

この論文を読んだあとなら、

赤ちゃんが笑い返してもらう場面。

誰かが相談を聞いてもらって少し安心する場面。

職場で「おはようございます」と言って「おはよう」と返ってくる場面。

そんな何でもない出来事が、少し違って見える。

「ああ、人はこうやって、返事をもらいながら生きているんだな」

と思える。

心理学の面白さは、こういうところにあると思っています。

知らなくても生活はできる。

でも、知ると世界の輪郭が少しだけ濃くなる。

それまで透明だったものに、うっすら名前がつく。

私は、そういう論文が好きです。

最後に

もし今日、誰かがあなたに話しかけてきたら、

気の利いたことを言えなくても大丈夫です。

完璧な助言もいりません。

ただ、

「うん」

と返す。

顔を向ける。

少し笑う。

「そうなんだ」

と言う。

それだけでもいいのだと思います。

そして逆に、自分が誰かに話しかけて返事がなかったとき。

寂しく感じたり、不安になったりしても、

「自分は弱いな」

と責めなくてもいい。

もしかすると私たちは、ずいぶん昔から、

返事が返ってくる世界の中で生きてきた

のです。

赤ちゃんのころからずっと。

そう考えると、

「誰かに応えてほしい」

という気持ちは、少し恥ずかしくなくなります。

人間は、一人で完成する生き物ではないのかもしれません。

誰かから返ってくる笑顔や声やうなずきを受け取りながら、

「ここにいていいんだな」

と確かめていく。

スティルフェイス研究を読み終えて、私はそんなことを思いました。

今日も誰かの小さなボールが飛んできたら、

できる範囲で、ひとつ返してみようと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

出典論文:Mesman, J., van IJzendoorn, M. H., & Bakermans-Kranenburg, M. J. (2009).
The many faces of the Still-Face Paradigm: A review and meta-analysis.
Developmental Review, 29(2), 120–162. / Elsevier
DOI:10.1016/j.dr.2009.02.001

掲載・確認先ScienceDirect(Elsevier):論文公式ページ / Google Scholar:論文・引用情報 / Erratum(訂正文):Developmental Review

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
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