赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?8か月児が音の規則から単語を見つける力

赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?8か月児が音の規則から単語を見つける力
adler-nap

「言葉にスペースはない。それでも赤ちゃんは、単語を見つけていく」

『8か月の赤ちゃんは、ことばの規則を見抜ける? 音の並びから学ぶ「統計学習」』ジェニー・R・サフラン、リチャード・N・アスリン、エリッサ・L・ニューポート(1996)

Saffran, J. R., Aslin, R. N., & Newport, E. L. (1996). Statistical Learning by 8-Month-Old Infants. Science, 274(5294), 1926–1928.
DOI:10.1126/science.274.5294.1926

赤ちゃんが言葉を覚えていく姿って、よく考えるとかなり不思議です。

生まれて8か月ほどの赤ちゃんに、国語の教科書を渡す人はいません。

「本日は名詞と動詞について勉強しましょう」

なんて授業もありませんし、

「はい、ここテストに出ます。『おかあさん』は一単語です」

などと蛍光ペンを引いてくれる先生もいません。

それなのに、赤ちゃんは少しずつ言葉の世界へ入っていきます。

最初はただの音だったはずの「おいで」「ごはん」「だっこ」といった声が、いつの間にか意味を持ちはじめる。

考えてみれば、これはかなりの離れ業です。

私たちの会話には「空白」がない

文章なら、単語と単語のあいだには空白や句読点があります。

たとえば、

「きょう は いい てんき」

と書けば、どこからどこまでが一つの言葉なのか、だいたいわかります。

ところが、実際の会話はそんなに親切ではありません。

私たちは普段、

「きょうはいいてんきだね」

と、ひとかたまりの音として話しています。

赤ちゃんの耳からすると、

「きょう|は|いい|てんき|だね」

なんて区切り線は見えません。

字幕もありません。

テロップもありません。

ましてや、脳内アナウンサーが、

「ただいまの発言、『てんき』までが一単語でした」

と解説してくれるわけでもありません。

つまり赤ちゃんは、音がずっと流れてくる世界の中から、自分で「ここからここまでが一つのまとまりかな?」と見つけなくてはいけないのです。

これ、なかなか無茶な仕事です。

大人だって、まったく知らない外国語を聞けば、

「いま何単語しゃべった?」

となります。

全部が一本の長いうどんのようにつながって聞こえる。

赤ちゃんは毎日、その「知らない外国語状態」から母語を学び始めているわけです。

では、赤ちゃんは何を手がかりにしているのか

ここで登場するのが、ジェニー・R・サフラン、リチャード・N・アスリン、エリッサ・L・ニューポートらの研究です。

彼らが注目したのは、とても素朴で、とても面白い疑問でした。

赤ちゃんは、音と音がどんな順番で現れやすいのかを覚えているのではないか?

たとえば、ある音のあとには、いつも決まった音が続く。

一方で、別の場所では、その次に来る音がバラバラになる。

そういう「音のつながり方のクセ」を何度も聞いているうちに、

「このへんは、いつも一緒に出てくるな」

「ここで組み合わせが変わるな」

と、赤ちゃんの脳が静かに規則を拾っているのではないか。

研究者たちは、そんな可能性を確かめようとしました。

難しい言葉では、これを**「統計学習」**と呼びます。

「統計」と聞くと、

「8か月の赤ちゃんが平均値とか標準偏差を計算してるの?」

と思うかもしれません。

もちろん、そんなことではありません。

赤ちゃんが電卓を叩いて、

「この音節の出現確率は73.4%ですね」

と分析しているわけではない。

もっと自然なものです。

何度も聞いているうちに、

「この音とこの音は、よく一緒に来る」

というパターンを身体ごと覚えていく。

私たち大人でいえば、いつも同じ道を歩いているうちに、

「この角を曲がるとコンビニがある」

と自然に覚えるようなものです。

暗記しようとしなくても、繰り返しの中から規則が浮かび上がってくる。

それが統計学習の面白いところです。

「教えられる」より前に、「気づいている」

この研究を知ると、赤ちゃんを見る目が少し変わります。

赤ちゃんは、ただ大人の言葉をぼんやり聞いているわけではないのかもしれません。

まだしゃべれない。

まだ「言葉」というものを説明できない。

でも、その小さな耳の奥では、

「この音、さっきも一緒だったな」

「ここで音の組み合わせが変わったな」

と、世界のパターンを少しずつ拾っている。

そう考えると、言葉を覚えるというのは、誰かに正解を教えてもらうことだけではないのでしょう。

人間にはもともと、繰り返される世界を眺めながら、その中にある規則を見つけようとする力が備わっている。

しかも、その力は「学校に入ってから」始まるわけではありません。

生後8か月ほどの、まだ言葉を話さないころから、その芽は動いているのです。

今回紹介するSaffran, Aslin, & Newport(1996)の研究は、そんな赤ちゃんの驚くべき学習能力を確かめたものです。

赤ちゃんは、いったい何を聞かされたのか。

どうやって「単語らしいまとまり」を見分けたのか。

そして、この研究が後の言語研究にどんな大きな扉を開いたのか。

ここから、まだ一言もしゃべらない赤ちゃんの頭の中を、ほんの少しだけのぞいてみましょう。

静かに見えて、その中は案外、大忙しかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

赤ちゃんは、ただ音を聞き流しているのではなく、「どの音とどの音がよく一緒に出てくるか」を手がかりに、言葉らしいまとまりを見つけられる。

この論文をぎゅっと一言にすると、そんな研究です。

いや、ちょっと待ってください。

生後8か月です。

まだ、

「最近ちょっと語彙力が伸びてきましてね」

などとは絶対に言わない年齢です。

むしろこちらが、

「ごはんですよー」

と言っても、

「ばぶ」

くらいしか返ってこない。

ところが、その「ばぶ」の奥では、思った以上に高度な学習が進んでいるらしいのです。

赤ちゃんに「知らない言葉」をずっと聞かせてみた

サフランたちが行った実験は、発想そのものが面白いものでした。

赤ちゃんに、意味のない音節を組み合わせて作った人工的な言葉を聞かせます。

しかも、

「はい、ここまでが一単語です」

という区切りはありません。

音と音の間に休憩もない。

ずーっと、

「ダラダラダラダラ……」

と音声が続いていく。

赤ちゃんから見れば、

「どこで切ればいいんですか、この音」

という状態です。

ところが、この音声には一つだけ手がかりが仕込まれていました。

ある音の次には、特定の音がよく続く。

つまり、単語の中では音同士の結びつきが強く、単語と単語の境目では次に来る音が変わりやすい。

赤ちゃんは、この**「音のつながりやすさ」**を利用できるのか。

そこを調べたわけです。

「統計学習」といっても、赤ちゃんが計算するわけではない

この能力は、心理学や言語研究では統計学習と呼ばれます。

名前だけ聞くと、急に赤ちゃんの前にノートパソコンを置きたくなります。

「それでは本日の課題です。音節間の条件付き確率を求めなさい」

無理です。

赤ちゃん、たぶんノートパソコンをなめます。

ここでいう「統計」とは、数字を計算することではありません。

もっと感覚的です。

たとえば毎朝、

「おはよう」

という音を何度も聞いていれば、

「お」のあとには「は」が来やすい。

「は」のあとには「よ」が来やすい。

そんなふうに、繰り返しの中から、

「この音たちは、どうもセットらしいぞ」

と学んでいく。

赤ちゃんの脳は、音の世界に潜んでいる「よくある組み合わせ」を拾っているらしいのです。

たった短い時間でも、音のパターンを拾った

さらに面白いのは、乳児がこうした規則を学ぶために、何時間も特訓したわけではないことです。

実験では、赤ちゃんは短時間、人工的な音声を聞いただけでした。

それでも、その後に聞かされた音に対して反応の違いが見られました。

つまり、

「さっきよく一緒に聞いた音のまとまり」と、「そうではない組み合わせ」を区別していた

と考えられるわけです。

これはかなりすごい。

大人なら、

「さあ、これから新しい言語を2分ほど流します。単語の境界を覚えてください」

と言われた時点で、

「いや、もうちょっと教材ください」

と言いたくなるところです。

赤ちゃんは教材なし。

辞書なし。

文法書なし。

字幕なし。

それでも、音の中にある規則を拾っていた。

赤ちゃんは「教わるだけの存在」ではなかった

この研究の大切なところは、

「赤ちゃんって意外と頭いいですね」

だけではありません。

もっと大きな意味があります。

それまで言語習得というと、

「大人が言葉を教える」
「赤ちゃんがそれを覚える」

というイメージを持ちやすかった。

でも、この研究が見せたのは少し違う姿です。

赤ちゃん自身が、周囲から流れてくる大量の音の中から、

「よく一緒に出てくる」
「ここで組み合わせが変わる」

という情報を拾い、自分で言葉の候補を探している可能性が示されたのです。

つまり赤ちゃんは、言葉をただ受け取っているだけではない。

世界の中にあるパターンを、自分から見つけている。

まだ話せないからといって、何もしていないわけではありません。

むしろ静かな顔をして、

「この世界、どうやら規則があるな」

と分析中なのかもしれない。

この論文をひとことで言えば、

言葉を覚える第一歩は、「意味を教えてもらうこと」より前に、音の世界から規則を見つけるところから始まっているかもしれない。

そんな、人間の学習の原点をのぞかせてくれる研究です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

この研究の全体像を、まず3つにぎゅっと絞るとこうなります。

1. 8か月の赤ちゃんでも、音の並びにある「規則」を学べる

赤ちゃんは、ただ周りの声をぼんやり聞いているだけではありません。

サフランたちの実験では、生後8か月の乳児が、意味のない音節が連続して流れてくる音声を聞きました。そこには、

「この音のあとには、この音が来やすい」

という一定の規則が仕込まれていました。

すると赤ちゃんは、その規則性を利用して、よく一緒に現れる音のまとまりと、そうではないまとまりを区別しました。

つまり、

「このへん、いつもセットで登場してない?」

と、音の世界のクセを拾っていたわけです。

もちろん本人に、

「統計的規則性を学習しましたか?」

と聞いても、

「ばぶ」

で終了します。

けれど反応を調べると、ちゃんと聞き分けていた。

まだ言葉を話せない時期から、人間は繰り返しの中にあるパターンを学べる。

これが一つ目の大きなポイントです。

2. 赤ちゃんは「音と音のつながり」を手がかりに、単語らしいまとまりを見つけられる

私たちの会話には、文字のようなスペースがありません。

「これは|ひとつの|たんごです」

と親切に区切って話しているわけではなく、実際には音がずっとつながって流れてきます。

そこで赤ちゃんが利用したと考えられるのが、音節同士のつながりやすさです。

単語の中では、

「この音のあとには、この音が来る」

という関係が比較的安定しています。

一方、単語と単語の境目になると、その次に現れる音の候補が増える。

赤ちゃんは、その違いを手がかりにして、

「ここまでが一つのまとまりかもしれない」

と見当をつけていたと考えられます。

辞書なし。

字幕なし。

先生なし。

それでも音の流れに、小さな境界線を引いていく。

言葉を覚える最初の一歩には、意味を知ることだけでなく、まず**「音をまとまりとして切り出す力」**があることを、この研究は見せてくれました。

3. 言葉の学習は「教えてもらう」だけでなく、自分で規則を見つけることでも進んでいく

この研究の面白さは、赤ちゃんの能力自慢で終わらないところです。

人間の学習について、もう少し大きなヒントをくれます。

私たちは「学ぶ」と聞くと、

先生が説明する。
本人が覚える。
テストする。

という学校型のイメージを持ちがちです。

でも赤ちゃんは、まだ説明を理解できないころから、周囲の世界を観察しています。

何度も起きること。

いつも一緒に現れるもの。

途中で変化するところ。

そうした繰り返しや規則性を、自分で拾いながら学んでいるのです。

今回の研究だけで「人間の言語習得はすべて統計学習で説明できる」とまでは言えません。

でも少なくとも、

「人間は、誰かに全部教えてもらわなくても、環境の中にあるパターンから学べる」

という可能性を、8か月の赤ちゃんがかなり鮮やかに見せてくれました。

まだ一言も説明できない赤ちゃんが、実は世界のほうをじっと読んでいる。

そう思うと、「学ぶ」という行為の始まりは、私たちが思っているよりずっと静かで、ずっと早いのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?「単語の区切り」が見えないという大問題

赤ちゃんが言葉を覚える。

この現象、あまりにも日常的なので、つい「まあ、そういうものですよね」で通り過ぎてしまいます。

でも、少し立ち止まって考えると、かなり不思議です。

赤ちゃんは、生まれてからしばらくのあいだ、周囲の大人が話している言葉をひたすら聞いています。

「おなかすいた?」
「おむつ替えようか」
「かわいいねえ」
「それ、お父さんのメガネです。食べ物ではありません」

そんな大量の音声が、毎日のように耳へ入ってくる。

そしていつの間にか、

「ママ」
「ワンワン」
「ごはん」

といった言葉を少しずつ理解するようになります。

ここだけ見ると、

「たくさん聞いているから、そのうち覚えるんでしょう」

と言いたくなります。

ところが研究者たちは、そこで腕を組みました。

「いや待ってください。その“覚える”までの途中で、ものすごく難しいことをしてません?」

というわけです。

そもそも、話し言葉には「単語の境界線」がない

文章なら、単語と単語の境目はわかりやすいですよね。

たとえば、

「きょう は ごはん を たべる」

と書けば、目で見て区切れます。

でも実際の会話では、

「きょうはごはんをたべる」

と音が連続して流れてきます。

話している本人は「きょう」「は」「ごはん」と分けているつもりでも、聞いている側には、きれいな白いスペースが挟まっているわけではありません。

大人はすでに日本語を知っているので、自然に区切って聞けます。

でも赤ちゃんは、まだその単語を知りません。

つまり赤ちゃんからすると、

「どこからどこまでが一つの言葉なの?」

という問題が最初から立ちはだかっているのです。

これは、知らない外国語を聞くとよくわかります。

流暢な外国語を耳にすると、

「いま、どこで単語が終わった?」

となることがあります。

全部が一続きの音に聞こえる。

赤ちゃんは、それを毎日やっているようなものです。

しかも初心者向け教材ではありません。

ネイティブスピーカーが普通の速さでしゃべってきます。

なかなかのスパルタ環境です。

「単語を覚える」前に、「単語を見つける」必要がある

ここが、この研究の背景でいちばん重要なところです。

私たちはつい、

「赤ちゃんはどうやって言葉の意味を覚えるのだろう」

と考えます。

もちろん、それも大きな問題です。

でもその前に、

そもそも音の流れの中から、何を一つの単語として扱えばいいのか。

ここを見つけなければなりません。

「りんご」という言葉の意味を覚えるには、まず耳に入ってきた音の中から、

「り・ん・ご」

というまとまりを一つの候補として切り出す必要があります。

つまり、

意味を覚える前に、まず音の海から“単語らしき島”を見つけなければならない。

これが、言語を学ぶ赤ちゃんにとって最初の難関の一つだったのです。

では、何を手がかりに区切っているのか

ここで研究者たちが考えたのが、

「赤ちゃんは、音の出てくるパターンそのものを使っているのではないか」

というアイデアでした。

たとえば、ある音のあとに、いつも同じ音が続く。

「AのあとにはBがよく来る」
「BのあとにはCがよく来る」

そんな組み合わせが何度も続けば、

「このABC、どうもひとかたまりっぽいぞ」

と学べるかもしれません。

逆に、Cのあとには毎回違う音が来るなら、

「ここで何かが切り替わっているのかもしれない」

と見当をつけられるかもしれない。

つまり赤ちゃんは、誰かに、

「はい、ここが単語の切れ目です」

と教えてもらわなくても、音と音のつながり方の違いから、自分で境界を推測できるのではないか

これが、サフランたちが確かめようとした大きな問いでした。

問題は、「本当にそんなことが8か月児にできるのか」

理屈としては面白い。

でも、そこで次の疑問が出ます。

生後8か月の赤ちゃんに、本当にそんな規則性を拾う力があるのか?

大人なら、

「この音はよくセットで出ますね」

と説明できます。

でも赤ちゃんは説明してくれません。

研究者:「音の統計的規則を利用しましたか?」

赤ちゃん:「……」

研究者:「なるほど」

とはなりません。

だからこそ、赤ちゃんが何を学んだのかを、行動の反応から確かめる必要がありました。

ここが、この研究の面白いところでもあります。

言葉で答えられない相手に、

「何を学んだのか」

をどうやって調べるのか。

研究者たちは、そこを実験として組み立てていきました。

この研究が確かめたかったこと

つまり、この研究が始まった背景をすごく簡単に言うと、

「赤ちゃんは、つながって流れてくる音声から、どうやって単語の候補を見つけているの?」

という疑問です。

そして、その答えの候補として出てきたのが、

音の並びにある規則性を学ぶ力

でした。

いまでは「統計学習」と呼ばれるこの仕組みですが、当時の問いはもっと素朴です。

赤ちゃんは、世界をただ受け取っているだけなのか。

それとも、繰り返しの中にあるパターンを自分で見つけているのか。

この論文は、その静かな疑問に実験で答えようとしました。

赤ちゃんはまだ話しません。

でもその耳の奥では、

「ここ、いつも一緒に出てくるな」

と、音の世界に小さな線を引き始めているのかもしれない。

この研究は、その線を見つけようとした研究だったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?8か月児に「音だけ」を聞かせた実験

では、いよいよ実験です。

サフランたちは、8か月の赤ちゃんに向かって、

「単語の境界を統計的に推測してください」

などという無茶なお願いをしたわけではありません。

やったことは、もっとシンプルです。

まず、聞いたことのない音の流れを聞いてもらう。
そのあと、赤ちゃんがどんな音に長く注意を向けるかを見る。

大きく言えば、それだけです。

ただし、その「音の流れ」の中に、研究者たちはこっそり仕掛けを入れていました。

まずは、知らない「ことば」を2分ほど聞いてもらう

実験には生後8か月ほどの乳児が参加し、研究者たちは赤ちゃんに人工的に作った音声を約2分間聞かせました。

使われたのは、本当の英単語ではありません。

3つの音節を組み合わせた、いわば架空の単語です。

それをいくつもランダムにつなぎ、

「……○○○△△△□□□○○○……」

という具合に、途切れない一続きの音声として流しました。最初の実験には24人の8か月児が参加し、4種類の3音節からなる架空語を含む連続音声を聞いています。

ここで大事なのが、

「ここが単語の切れ目です」というヒントを消していたこと。

音と音の間に休止はありません。

「はい、ここ重要ですよ」と強く発音することもありません。

イントネーションによる目印もほぼありません。

音声は単調に流れていきます。つまり赤ちゃんに渡されたのは、かなり素っ気ない「音だけの世界」でした。

赤ちゃんからすれば、

「せめて字幕をください」

と言いたくなる環境です。

もちろん字幕はありません。

ただし、音の中には「見えない規則」があった

ところが、この音声は完全なデタラメではありませんでした。

架空の単語のでは、ある音のあとに次の音が来る割合がとても高く設定されていました。

たとえば、

「Aの次には必ずB」
「Bの次には必ずC」

という具合です。

一方、一つの架空語が終わって次の架空語へ移るところでは、

「Cの次はDかもしれないし、Gかもしれないし、別の音かもしれない」

となります。

原論文では、単語内部の音節間の移行確率は1.0、単語と単語の境界では0.33になるよう作られていました。つまり、単語の中は音の結びつきが強く、境界では結びつきが弱くなる仕掛けです。

研究者が知りたかったのは、

「赤ちゃんは、この違いだけを頼りに音をまとめられるのか?」

ということでした。

辞書なし。

意味なし。

絵カードなし。

頼れるものは、

「この音のあとには、この音がよく来るなあ」

という繰り返しだけです。

なかなか大胆な実験です。

でも、赤ちゃんに「わかりましたか?」とは聞けない

さて、ここでもう一つ問題があります。

赤ちゃんが本当に覚えたかどうか、どう確認するのでしょう。

大人なら、

「さっき聞いた単語を選んでください」

とテストできます。

でも8か月児に答案用紙を渡しても、たぶん答案より紙そのものへの興味が勝ちます。

そこで研究者たちが使ったのが、赤ちゃんがどれくらい長く音を聞こうとするかという反応でした。

赤ちゃんの前方や左右にライトを置き、光のほうを向いたところで音声を流します。

そして、

赤ちゃんがその方向をどれくらい長く見続け、音を聞いていたか

を測りました。これは乳児研究で使われる、頭の向きと聞いている時間を利用した方法です。

赤ちゃんは、

「これは新しいですね」

とは言いません。

でも、

「なんだこれ?」

と思ったものには、少し長く注意を向けることがあります。

研究者たちは、その小さな違いを手がかりにしました。

2つの実験で、少しずつハードルを上げた

この論文では、似た仕組みの実験が2つ行われています。

最初の実験では、約2分間の音声を聞いたあと、

音声の中に登場していた「単語」と、同じ音節を使っているものの並び方が違う「非単語」

を聞かせました。

赤ちゃんが両者を違うものとして扱えば、

「さっきの音の並びを何かしら覚えていたらしい」

と考えられます。

ただ、これだけなら、

「単純に聞いた回数が多かった音を覚えただけでは?」

という可能性も残ります。

そこで2つ目の実験では、さらに意地悪になります。

今度は、

本来の単語と、ある単語の終わりと次の単語の始まりをまたいで作った「部分語」

を比較しました。

音自体はどちらも聞いたことがある。

違うのは、音と音のつながり方です。

2つ目の実験にも別の24人の8か月児が参加し、研究者たちは赤ちゃんが単なる「聞いたことがある・ない」ではなく、音節同士の統計的な結びつきを利用しているかを確かめようとしました。

ここが、この研究のなかなか巧みなところです。

「覚えましたね!」

で終わらず、

「いや待てよ。本当に“規則”を覚えたのか?」

と、もう一段確認しにいっています。

研究方法をひとことでまとめるなら

この実験をものすごく簡単にすると、

① 8か月の赤ちゃんに、区切りのない架空の言葉を約2分聞いてもらう
② 音の中には「よく一緒に現れる組み合わせ」を仕込んでおく
③ その後、違う音のまとまりを聞かせる
④ 赤ちゃんがどちらに長く注意を向けるか比べる

という方法です。

やっていることだけ見ると、とても小さな実験です。

赤ちゃんは椅子に座って音を聞く。

ライトを見る。

研究者は時間を測る。

それだけ。

けれど、その小さな視線の違いから、

「まだ話せない赤ちゃんの頭の中で、音の規則が学ばれているのか」

を探ろうとした。

豪華な機械を使ったわけでも、大げさな課題をさせたわけでもありません。

流れていく音と、赤ちゃんが向けるほんの数秒の注意。

その二つを組み合わせて、言葉を覚え始める瞬間にそっと耳を澄ませた。

そんな実験だったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?8か月児は「音のつながり」を見分けていた

さて、ここまで研究方法を見てくると、いちばん気になるのは当然ここです。

で、赤ちゃんは本当に音の規則を覚えていたの?

結論から言うと、

どうやら、覚えていました。

しかも面白いのは、「聞いたことがある音かどうか」だけでは説明しにくいところまで、赤ちゃんが区別していたことです。

生後8か月。

まだ自分では、

「ただいま統計的規則性を検出しております」

とは言ってくれません。

でも、その視線と聞き方が、かなり雄弁に答えてくれました。

赤ちゃんは「さっきの単語」と「知らない並び」を区別した

まず最初の実験です。

赤ちゃんたちは約2分間、区切りのない人工的な音声を聞きました。

その音声の中には、研究者が作ったいくつかの「単語」が繰り返し登場していました。

ただし、赤ちゃんには、

「これが一単語ですよ」

とは一度も教えていません。

音がずっと流れているだけです。

その後、赤ちゃんに、

さっきの音声の中に登場していた単語

と、

同じような音節からできているけれど、音声の中ではその並びで登場していなかった非単語

を聞かせました。

すると、赤ちゃんの聞き方に違いが出ました。

赤ちゃんたちは、すでに聞き慣れた単語よりも、新しい並びである非単語のほうへ長く注意を向けたのです。

ここで大切なのは、

「赤ちゃんは非単語のほうが好きだった!」

という話ではありません。

研究者が注目したのは、反応に差があったことです。

もし最初の2分間をただぼんやり聞き流していただけなら、その後に聞かされた音のまとまりを区別する理由はあまりありません。

ところが実際には違いが出た。

つまり、

「さっき何度も出てきた音のまとまり」と「そうではないもの」を、何らかの形で覚えていた

と考えられるわけです。

赤ちゃん、無言ですが仕事はしています。

でも「聞いた回数を覚えただけ」では?

ところが研究者は、ここで拍手して帰りません。

「赤ちゃん、すごい!」

で論文を閉じずに、

「いや、ちょっと待って。本当に“音のつながり”を学んだの?」

と疑います。

科学者というのは、だいたいここからが長い。

最初の実験だけなら、別の説明もできます。

たとえば、

「単語として登場した音の並びは何度も聞いたから、単純に聞き慣れていただけなのでは?」

という可能性です。

それなら、「統計的な規則を学んだ」とまでは言えません。

そこで2つ目の実験では、条件をもう少し厳しくしました。

「聞いたことのある音」同士でも違いがわかった

2つ目の実験で比較したのは、

本来の単語

と、

ある単語の終わりと、次の単語の始まりをまたいで作られた「部分語」

でした。

ここがポイントです。

部分語に含まれる音節そのものは、最初に流された音声の中に登場しています。

つまり、

「まったく聞いたことのない音だから反応した」

では説明しにくい。

違いは何かというと、

その音同士が、どれくらい安定して一緒に出てきたか

です。

単語の中では、

「この音の次には、この音」

というつながりが強い。

でも単語の境界をまたぐと、

次に来る音はいくつかの候補に分かれます。

すると赤ちゃんたちは、ここでも本来の単語と部分語を区別しました。

つまり、

単に音節を覚えたのではなく、「どの音とどの音が一緒に現れやすいか」という関係まで利用していた可能性が高い

のです。

ここが、この論文のかなり重要なところです。

意外なのは、「意味」がなくても学べたこと

この結果のどこがそんなに面白いのでしょう。

私はまず、言葉の意味を一切教えていないことが大きいと思います。

普通、「言葉を覚える」と聞くと、

犬を見せながら、

「ワンワンだよ」

リンゴを見せながら、

「リンゴだよ」

と教えていく場面を想像します。

もちろん、意味と結びつけることは言語習得にとって重要です。

でも、この実験には犬もリンゴもありません。

写真もありません。

身振りもありません。

意味もありません。

ただ、

音が流れている。

それだけです。

それなのに赤ちゃんは、その音の中にある繰り返しの規則を拾い、

「この音たちはひとかたまりらしい」

と区別できた可能性が示された。

つまり、言葉を覚えるための準備は、

「これは○○という意味ですよ」と教わるより前の段階から始まっている

のかもしれません。

これはなかなか意外です。

赤ちゃんの言語学習は、意味の授業が始まってからスタートするのではない。

その前にまず、音の海を眺めながら、

「この辺、ひとかたまりっぽいな」

と地図を描いているのです。

しかも、約2分の経験だった

もう一つ驚かされるのが、学習に使われた時間です。

赤ちゃんたちは、何週間も特訓したわけではありません。

毎朝30分、

「本日の音節学習のお時間です」

と訓練されたわけでもない。

最初に聞いた連続音声は、わずか約2分間です。

もちろん、この結果から、

「赤ちゃんは2分あれば新しい言語を習得できます」

なんてことは言えません。

そこまで言ったら研究室から怒られます。

この実験で示されたのは、もっと限定的なことです。

短い時間でも、乳児は人工的な音声の中にある単純な統計的規則を拾える可能性がある。

それでも十分すごい。

大人でも知らない言語を2分聞かされて、

「はい、どこが単語か当ててください」

と言われたら、

「せめてコーヒーをください」

となりそうです。

赤ちゃんは「小さな統計学者」なのか?

この研究が有名になった理由の一つに、

赤ちゃんが統計的な情報を使って学習できる

という見方を、とてもわかりやすく示したことがあります。

ただし、

「赤ちゃんの脳内で数式が走っている」

という意味ではありません。

赤ちゃんが、

「音節AからBへの遷移確率は1.0ですね」

と考えているわけではない。

実際にはもっと自然な学習でしょう。

何度も聞いているうちに、

「これはいつも一緒」

「ここでは組み合わせが変わる」

というパターンが、少しずつ神経の中に刻まれていく。

私たち大人でも、毎日同じ店に行けば、

「この時間は混む」

「この店員さんの次はたぶんこの人がレジに入る」

などと、わざわざ計算しなくても世界の規則を覚えていきます。

赤ちゃんもまた、そんなふうに周囲の世界から確率的なパターンを拾っているのかもしれません。

この研究が示したのは「言語習得の全部」ではない

ここは大切なので、少し冷静にも見ておきましょう。

この研究だけで、

「赤ちゃんは統計学習だけで言葉を覚える」

と結論づけることはできません。

実際の言語習得には、

声の強弱やリズム、イントネーション、周囲の人とのやり取り、意味、視線、文脈など、さまざまな手がかりが関わっています。

今回使われたのも、実際の自然な会話ではなく、研究用に作られた人工的な音声です。

ですから、この研究が教えてくれたのは、

「言葉の学習方法、全部わかりました」

ではありません。

むしろ、

「赤ちゃんが使える手がかりの中に、“音がどんな確率でつながるか”という情報も入っているらしい」

ということです。

この「も」が大事です。

静かな赤ちゃんの中で、学習はもう始まっている

この研究を知ると、まだ話せない赤ちゃんの見え方が少し変わります。

大人から見ると、

寝ている。

泣いている。

ミルクを飲んでいる。

何かをじっと見ている。

そんな毎日に見えます。

でもその間にも耳には、ものすごい量の言葉が流れ込んでいる。

そして、その音の洪水の中で、

よく一緒に現れる音、変化する場所、繰り返されるパターンを少しずつ拾っている。

まだ「言葉」を話せなくても、

「言葉を学ぶための仕事」は、もう始まっているのです。

この研究でわかったことを一文にするなら、

8か月の赤ちゃんは、短時間聞いただけの連続音声でも、音節同士の統計的なつながりを手がかりに、単語らしいまとまりを区別できた。

となります。

そして、いちばん意外なのはそこかもしれません。

私たちは「学ぶ」というと、何かを教えてもらう姿を思い浮かべます。

けれど人間は、生まれて間もないころから、

世界が繰り返しているものを、自分で見つけながら学んでいる。

赤ちゃんはまだ世界について何も説明できません。

それでも世界のほうは、もう静かに読まれ始めているのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?「教わっていない規則」を自分で見つけていた

この研究を読んでいて、いちばん面白いと思うのは、

「赤ちゃんって、そんなことまでできるの?」

という驚きだけではありません。

もっと根っこのところです。

それは、

人間は、教えてもらっていないことまで、世界の繰り返しから自分で学んでいるらしい

ということです。

これ、よく考えるとなかなか不思議です。

赤ちゃんの横には、「言語習得担当講師」がいるわけではありません。

朝9時から、

「本日の授業は単語の境界についてです」

なんて講義もありません。

黒板もない。

教科書もない。

小テストもない。

それなのに赤ちゃんは、毎日耳に入ってくる膨大な音の中から、

「この音とこの音、よく一緒にいるな」

「このあたりで組み合わせが変わるな」

と、少しずつ規則を拾っている。

つまり赤ちゃんは、世界から答えを渡されるのを待っているのではなく、世界そのものを教材にしているんですね。

ここが、この論文のとても面白いところです。

「教える人」がいなくても、学習は始まっている

私たちは「学習」と聞くと、つい、

教える人がいる。
説明される。
理解する。
覚える。

という順番を想像します。

学校教育に慣れすぎているので、

学習には誰かの説明が必要だ

と思いやすいんですね。

でも、人間が最初に経験する学習は、どうやらそんなに整然としていません。

赤ちゃんにとって世界は、

「はい、この部分を覚えてください」

と整理された教材ではありません。

音が流れてくる。

人が動く。

同じことが起きたり、違うことが起きたりする。

そのごちゃごちゃした世界の中から、

「何度も繰り返されるもの」を拾う。

それだけでも、学習が始まっていく。

この研究を見ていると、人間は「説明されて学ぶ生き物」である前に、「規則を見つけて学ぶ生き物」なのかもしれないと思えてきます。

赤ちゃんは「意味」より先に、「形」をつかんでいるのかもしれない

もう一つ面白いのは、この実験で使われた音には、赤ちゃんにとって意味がなかったことです。

「犬ですよ」

「ごはんですよ」

「お母さんですよ」

と、何かの意味と結びつけたわけではありません。

ただ音が流れている。

それでも赤ちゃんは、

「この音のまとまり、よく登場するな」

という違いを拾いました。

これって、言葉の学び方を考えるうえで面白い順番なんです。

私たちはつい、

「言葉を覚える=意味を覚える」

と考えます。

でも、その前には、

「そもそも、どれが一つの言葉なのかを見つける」

という仕事があります。

たとえば知らない外国語を聞いていると、

「何を言っているかわからない」

以前に、

「どこからどこまでが一単語なのかわからない」

という状態になりますよね。

意味を調べようにも、単語そのものを切り出せない。

赤ちゃんは、そこからスタートしています。

だからまず、

「これはいつも一緒に現れる」

という音の形をつかむ。

そのあとで、少しずつ、

「どうやら、この音のまとまりはあの人のことらしい」

「これは食べ物らしい」

と意味が乗ってくる。

言葉は最初から完成品として頭に入ってくるのではなく、音の輪郭が少しずつ浮かび、その輪郭にあとから意味が灯っていくのかもしれません。

そう考えると、言語習得ってかなり美しい現象です。

私たちは思っている以上に「確率の世界」を生きている

そして、この論文からもう一つ見えてくるのが、

人間は、世界の「絶対」だけではなく、「だいたいこうなる」を学んでいる

ということです。

私たちの日常って、実は「だいたい」でできています。

この時間に駅へ行けば混んでいる。

この人にこの話をすると笑ってくれる。

この雲行きなら雨が降りそう。

冷蔵庫を開けると、だいたい妻が買ったプリンがある。

最後だけは家庭によります。

こうしたことを、私たちは毎回きっちり計算しているわけではありません。

何度も経験するうちに、

「こういうときは、こうなることが多い」

と覚えていきます。

つまり私たちの頭は、世界にある確率的なクセをかなり自然に拾っている。

Saffranたちの研究は、その能力の芽が、生後8か月ほどの時期にもすでに見られる可能性を示しました。

「統計学習」という名前だけ聞くと難しそうですが、やっていることはもっと素朴です。

昨日もそうだった。
今日もそうだった。
じゃあ、たぶん何か規則がある。

人間の学習は、案外こんなところから始まっているのかもしれません。

「間違えること」まで、学習には必要なのかもしれない

ここから少し想像を広げると、さらに面白くなります。

統計的に学ぶということは、一回の経験だけで即座に結論を出すのではなく、何度も経験しながら少しずつ予想を修正していくということでもあります。

「この音のあとには、たぶんこれが来る」

と思った。

でも違った。

また聞いた。

今度は当たった。

そうやって、世界についての予想が少しずつ形になっていく。

つまり学習とは、

最初から正解することではなく、予想と現実のズレを何度も経験しながら、だんだん世界に合うように自分を調整していくこと

とも言えます。

これ、赤ちゃんだけの話ではないですよね。

大人になっても、

仕事でも、

人間関係でも、

新しい趣味でも、

最初から何もかもわかっている人はいません。

「たぶんこうだろう」

とやってみる。

違ったら少し修正する。

また試す。

そして、その経験が積み重なって、

「この場面では、こうするとよさそうだ」

という感覚が育っていきます。

赤ちゃんの統計学習を見ていると、

学ぶことって、正解を一発で当てることではないんだな

と、少し肩の力が抜けます。

世界は、説明書より先にやってくる

人間は生まれた瞬間、世界の説明書を渡されません。

「第1章 母語の習得」
「第2章 人間関係」
「第3章 人生でプリンを取られたときの対処法」

そんな親切な冊子はありません。

世界が先にやってくる。

音が聞こえる。

誰かが笑う。

何かが繰り返される。

予想が外れる。

また何かが起こる。

そして私たちは、その繰り返しの中から、

「この世界は、どういうふうにできているんだろう」

と少しずつ規則を拾っていきます。

Saffranたちの赤ちゃん研究は、言葉をどう覚えるかを調べた研究です。

でも、その奥にはもっと大きな話が潜んでいるように感じます。

人間は、生まれたころから、

世界をただ受け取るだけの存在ではない。
世界の中にあるパターンを探し、自分なりに理解しようとしている。

まだ「なぜ?」と質問することさえできない時期からです。

しゃべれないからといって、何も考えていないわけではない

この研究を知ったあと、赤ちゃんを見ると少し印象が変わります。

大人が一生懸命、

「ほら、ワンワンだよ」

と話しかけている横で、

赤ちゃんは何も返事をしない。

こちらからすると、

「聞いてます?」

となります。

でも、聞いているのかもしれません。

しかも私たちが思っている以上に。

音の並び。

繰り返し。

変化。

リズム。

人の声。

世界の中にある小さな規則を、ひとつずつ集めている。

まだ言葉を話せないということは、まだ学んでいないということではないんですね。

外からは静かでも、中では世界の地図が少しずつ描かれている。

しかも誰かに、

「地図を描きなさい」

と言われたわけでもありません。

人間にはどうやら、生まれたころから世界の中に線を引き、まとまりを見つけ、次に何が起こるかを予想しようとする力がある。

私はこの論文の面白さは、そこにあると思います。

赤ちゃんが言葉を覚える研究だったはずなのに、読み終えるころには「そもそも人間は、どうやって世界を学ぶのだろう」という話になっている。

小さな赤ちゃんの耳をのぞき込んだら、その奥に「人間の学習」という大きな景色が広がっていた。

1996年のこの研究が今でも語られる理由の一つは、そんなところにあるのではないでしょうか。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:赤ちゃんへの話しかけ方は?「繰り返し」から考える言葉の学び

ここまで読んでくると、やっぱり気になりますよね。

「で、これを普段の生活ではどう活かせばいいの?」

研究の話がどれだけ面白くても、最後まで研究室の白衣を着たままだと、ちょっと遠い。

せっかくなら、玄関で白衣を脱いでもらって、日常まで一緒に帰ってきてもらいましょう。

ただし、最初に大切なことを一つ。

このSaffranたちの研究は、

「赤ちゃんにはこう話しかければ、言葉が早く伸びます」

という育児法を調べた研究ではありません。

ですから、

「同じ言葉を100回聞かせれば語彙力アップ!」

みたいな結論にはできません。

そんな便利なボタンがあれば、全国の保護者が連打しています。

この研究から持ち帰れるのは、もっと静かなヒントです。

それは、

赤ちゃんは、大人が思っている以上に、日常の繰り返しの中から自分で規則を見つけているかもしれない

ということです。

「教え込む」より、「届く言葉を重ねる」

子どもの言葉を育てようと思うと、

「ちゃんと教えなくちゃ」

と力が入りやすいものです。

犬を見たら、

「犬。これは犬。い・ぬ。はい言ってみよう」

となる。

もちろん、そうやって名前を教えることも大切でしょう。

でもこの研究を読むと、言葉を学ぶというのは、もっと日常に溶け込んだものなのかもしれないと思えてきます。

たとえば朝起きたら、

「おはよう」

ごはんを出すときには、

「ごはんだよ」

外へ出るときには、

「靴を履こうか」

眠る前には、

「おやすみ」

同じ場面で、似た言葉が何度も現れる。

赤ちゃんからすると、

「またこの場面で、この音が来たぞ」

という経験が少しずつ積み重なっていきます。

そこには単語の音だけでなく、

表情や景色、動作、タイミングまで一緒についてくる。

つまり、日常生活そのものが、

巨大な言葉の教材

になっているわけです。

しかも教材費ゼロ。

落書きされても怒られません。

何気ない会話も、赤ちゃんには「データ」かもしれない

大人からすると、

「今日は大したこと話してないな」

という日もあります。

「ごはん食べようか」

「お風呂入ろうね」

「それは口に入れないで」

「だからそれも口に入れないで」

一日の会話を振り返ると、後半はほぼ注意だった、なんてこともあるでしょう。

でも赤ちゃんにとっては、その何気ない言葉の一つひとつが、世界について知る材料になっているかもしれません。

繰り返し聞く音。

いつも同じ場面で出てくる言葉。

人によって少し違う話し方。

音のリズム。

言葉の順番。

そうした大量の経験の中から、赤ちゃん自身が少しずつ規則を拾っていく。

だとすれば、

「特別な知育をしていないから、何も教えられていない」

とは限りません。

普通の生活の中にも、学習の材料は山ほどあります。

親子の会話というのは、こちらが思っている以上に情報量の多い場所なのです。

同じ言葉を何度も使うことには意味があるかもしれない

この研究の中心にあるのは、

繰り返しの中から規則性を学ぶ

という仕組みでした。

これを日常に置き換えて考えるなら、同じ場面で似た言葉を自然に繰り返すことには、学習の手がかりになる可能性があります。

たとえば毎日、

靴を履くときに「くつ」

水を飲むときに「おみず」

犬を見たときに「ワンワン」

と言う。

一回だけ完璧に教えるよりも、

暮らしの中で何度も出会う。

そのほうが、人間の学び方には合っているのかもしれません。

ただし、ここで突然、

「それでは本日から『くつ』を1日48回言いましょう」

となる必要はありません。

赤ちゃんは研究参加者ですが、家庭は実験室ではありません。

大切なのは、回数をノルマ化することではなく、

同じ世界と言葉が、自然に何度も結びつくこと

でしょう。

「ちゃんと話しかけなきゃ」と緊張しすぎなくてもいい

この研究から個人的に持ち帰りたいのは、ここです。

子どもに話しかけるとなると、

「正しい言葉を使わないと」

「語彙を増やさないと」

「発達によいことをしないと」

と、少し構えてしまうことがあります。

でも、言葉は授業だけで育つわけではありません。

「暑いねえ」

「猫いたね」

「おいしいね」

「今日は眠そうだね」

そんな普通の会話も、赤ちゃんにとっては世界と言葉を結ぶ経験になります。

完璧な文章でなくてもいい。

毎回ためになる話をしなくてもいい。

人間の日常は、そもそもそんなに名文ばかりではありません。

大人同士だって、

「今日暑いね」

「暑いね」

で会話が終わる日があります。

でも、その何気なさの中にも、繰り返しや文脈があります。

赤ちゃんには、自分でそこから何かを拾う力がある。

そう考えると、

大人が全部を教え切らなくてもいいのかもしれない

と思えてきます。

子どもだけではなく、大人の学習にもヒントがある

そして、この研究は赤ちゃんの話ですが、少し広げると大人の学びにも面白いヒントがあります。

私たちは何かを学ぶとき、

「一回で理解しよう」

としすぎることがあります。

英語を勉強する。

新しい仕事を覚える。

資格の勉強をする。

楽器を始める。

すると、

「一回聞いたのに覚えてない」

と落ち込む。

でも人間の学習は、もともと繰り返しの中から規則をつかむ仕組みをかなり使っているのかもしれません。

一回で覚えられないからダメなのではなく、

何度も出会ううちに、

「あ、このパターンまた出てきた」

と少しずつまとまりが見えてくる。

知らない仕事用語も、最初は全部が謎の呪文です。

「KPIがどうの、アサインがどうの、エスカレーションがどうの」

となります。

でも何週間か働いているうちに、

「ああ、この場面でこの言葉を使うのね」

と自然に見えてくる。

赤ちゃんの言語学習ほど単純ではありませんが、繰り返しの中からパターンをつかむという考え方は、大人の学びにも通じるところがあります。

「わからない時間」を急いで消さなくてもいい

ここからもう一つ、大事なことが見えてきます。

学び始めには、

よくわからない時間

があります。

赤ちゃんにとって、最初の言葉はほとんど音の洪水でしょう。

でも、そのわからなさの中に長くいるうちに、

「これはよく一緒に出てくる」

という輪郭が生まれてくる。

大人になると、この「まだわからない状態」に弱くなります。

新しい仕事を始めて3日で、

「向いてないかも」

英語を一週間勉強して、

「才能ないかも」

本を20ページ読んで、

「全然頭に入らない」

と判定してしまう。

でも、学習というのは最初から地図が見えるものではありません。

何度も歩いているうちに、

「あ、この道とあの道がつながっていたのか」

とわかってくる。

そう考えると、

理解できていない時間も、学習が止まっている時間とは限らない

んですよね。

表面では何も起きていないようでも、頭の中ではパターンが少しずつ蓄積されているかもしれません。

生後8か月の赤ちゃんが、なかなか渋いことを教えてくれます。

日常に持ち帰るなら、このくらいでいい

この研究から生活へ持ち帰るなら、私は三つくらいで十分だと思います。

何気ない会話を大切にする。

同じ言葉との自然な出会いを、焦らず重ねる。

一度で覚えなくても、学習は進んでいるかもしれないと考える。

これくらいです。

「今日から教育法を全面変更!」

まで行かなくていい。

赤ちゃんに向かって、少し丁寧に、

「いい天気だね」

と話してみる。

新しい仕事を覚えている自分に、

「まあ、まだ3回しかやってないしな」

と言ってみる。

そんな小さな使い方で十分です。

Saffranたちの研究が教えてくれるのは、学習とは必ずしも、

説明 → 理解 → 暗記

という一直線ではないということ。

世界に何度も出会う。

似たものを経験する。

違いに気づく。

少しずつ規則が見えてくる。

人間は、そんなふうにも学んでいます。

赤ちゃんに言葉を教えるときも、自分が何かを覚えようとしているときも、

「まだわからない」は、必ずしも失敗ではない。

その奥で、世界の点と点を結ぶ作業が進んでいるのかもしれません。

学習というのは、ときどき目に見えません。

でも目に見えないところで、ちゃんと根を張っている。

8か月の赤ちゃんの小さな耳は、そのことを思い出させてくれます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?「統計学習だけ」で説明できるわけではない

ここまで読むと、

「なるほど。赤ちゃんは音の確率を学んで、そこから言葉を見つけているんだ!」

と言いたくなります。

かなり言いたくなります。

研究結果もきれいですし、何より話として面白い。

でも、ここで科学の椅子に一度座り直しておきましょう。

この研究からわかるのは、

「8か月の赤ちゃんが、音節の並びにある統計的な規則性を利用できた」

ということです。

そこから、

「赤ちゃんが言葉を覚える仕組みは、すべて統計学習で説明できます」

まで行くと、ちょっとアクセルを踏みすぎです。

研究というものは、ときどき一枚の写真に似ています。

ものすごく鮮明に写っている。

でも、写っていない場所まで「きっとこうだった」と決めることはできません。

この論文も、言語習得という巨大な風景の一部分を、とてもきれいに撮影した研究だと考えるとわかりやすいでしょう。

実験で使ったのは「本物の日常会話」ではない

まず大事なのは、この研究で赤ちゃんが聞いたのが、普段お母さんやお父さんが話している自然な会話そのものではないことです。

研究者が用意した、規則をきれいにコントロールした人工的な音声でした。

これは研究としては、とても大切な工夫です。

なぜなら、余計な手がかりをできるだけ取り除くことで、

「本当に音のつながり方だけを利用しているのか?」

を調べやすくなるからです。

ただし現実の言葉は、もっとごちゃごちゃしています。

声には強弱があります。

リズムがあります。

イントネーションがあります。

「ほら、ワンワンだよ」と言うときには犬が目の前にいるかもしれません。

話している大人の視線もあります。

表情もあります。

身振りもあります。

つまり実際の赤ちゃんは、

音の確率だけを一本の細いロープとして握って言葉を学んでいるわけではありません。

現実には、いろいろな手がかりが束になって届いているのでしょう。

今回の研究は、その束の中から「統計的な規則性」という一本を抜き出して、

「これだけでも使えますか?」

と確かめたものだと考えると、かなりわかりやすいです。

「単語を見つけた」と「意味を理解した」は別の話

もう一つ、ここは混同しやすいところです。

この研究では、赤ちゃんが音のまとまりを区別できたことが示されました。

でも、

その音の意味まで理解したわけではありません。

たとえば、

「パビク」

という架空語らしい音のまとまりを区別できたとしても、

「パビクとは冷蔵庫のことです」

と理解していたわけではない。

当然ですよね。

そもそも実験では意味を教えていません。

つまり、

音の流れから単語らしいまとまりを切り出すこと

と、

その単語が何を意味しているかを覚えること

は別の段階です。

言語習得という山を登るなら、今回の研究が見せてくれたのは、

「登山口では、どうやらこんな能力が働いています」

というところ。

まだ山頂ではありません。

文法もあります。

意味もあります。

会話もあります。

「皮肉って何ですか」という難所もあります。

人間の言葉は、かなり大きな山です。

「長く聞いた=好き」ではない

結果の読み方にも、少し慎重さが必要です。

この研究では、赤ちゃんがどの音をどれくらい長く聞いたかという違いから、学習が起きたかを判断しています。

でも、

「長く聞いたもの=好きだった」

と単純に考えるわけではありません。

乳児研究では、慣れていないものに長く注意を向けることもあれば、条件によっては慣れているものに注意を向けることもあります。

大切なのは、

「どちらかへの反応時間に系統的な違いが出た」

ことです。

そこから、

「同じものとして処理していなかった」

と推測する。

赤ちゃん本人から、

「はい、これは統計的に異なるカテゴリーとして認識しました」

という供述調書を取れるわけではありません。

研究者は、視線や聞いている時間という小さな手がかりから、頭の中で起きていることを慎重に推測しています。

だからこそ、

「赤ちゃんの反応から学習を間接的に測った研究である」

ということは覚えておきたいところです。

8か月の赤ちゃんでわかったことを、すべての年齢に広げすぎない

今回の研究対象は、生後8か月ほどの乳児です。

ここも意外と大切です。

人間の学習能力は年齢によって変化します。

生後数か月の赤ちゃんと、3歳児と、小学生と、大人では、経験している言語量も脳の発達も違います。

ですから、

「8か月児にこの能力があった」

からといって、

「人間はいつでも同じ方法で言葉を学ぶ」

とは言えません。

逆に言えば、この研究の価値は、

かなり早い時期から、こうしたパターン学習が可能だった

ところにあります。

対象が限定されていることは弱点でもありますが、同時に研究の魅力でもあるんですね。

「2分で言葉を覚えた!」ではない

この論文を紹介するときに、もう一つ注意したい表現があります。

それが、

「赤ちゃんはたった2分で言葉を覚えた」

です。

これはキャッチコピーとしては強烈です。

クリックもされそうです。

でも、研究内容としては少し言いすぎです。

赤ちゃんが約2分の音声から学んだのは、

人工音声の中にある音節の統計的な並び

です。

本当の言葉の意味や使い方を丸ごと習得したわけではありません。

ですから、

「2分で言語習得!」

ではなく、

「短い音声経験でも、音の規則性を拾える可能性が示された」

くらいがちょうどよい。

科学の記事は、派手な見出しほど足元を確認したほうがいいものです。

花火を上げすぎると、論文本人が下で困っています。

「統計学習」は魔法の万能鍵ではない

この研究がとても有名になったことで、「統計学習」はその後の言語研究で重要なテーマになりました。

でも、

「統計学習があれば、言語習得は全部説明できる」

わけではありません。

赤ちゃんは、人とのやり取りの中で言葉を学びます。

相手がどこを見ているのか。

何を指さしているのか。

どんな場面でその言葉を使うのか。

声の調子はどうか。

同じ言葉がどんな状況で繰り返されるのか。

言葉の学習には、こうした社会的な情報も関わっています。

統計学習は、その中の重要な一つ。

だからイメージとしては、

「言語習得の万能鍵」ではなく、「鍵束の中にある一本」

くらいでしょう。

しかも、かなり働き者の一本です。

それでも、この研究の価値は小さくならない

ここまで注意点を並べると、

「なんだ、じゃあ大したことない研究なの?」

と思うかもしれません。

逆です。

限界をきちんと理解すると、この研究のすごさがもっと見えます。

この研究は、

「赤ちゃんがどうやって言葉を全部覚えるのか」

を一気に説明したわけではありません。

その代わり、

「赤ちゃんは、連続した音声に含まれる統計的な規則性だけでも、単語らしいまとまりを区別できる」

という一点を、きれいな実験で示しました。

科学では、こういう研究が強いんです。

全部を説明しようとしない。

一つの問いを小さく切り出す。

余計な条件を取り除く。

そして、

「少なくとも、ここまでは言えそうです」

と確かめる。

少し地味に見えるかもしれません。

でも、その小さな確かさが積み重なって、大きな理論になっていきます。

面白がって、でも一歩だけ残しておく

論文を読むときに、とても大事だと思う姿勢があります。

それは、

「へえ、面白い!」と驚くことと、「でも、どこまで言える?」と考えることを両方持つこと。

どちらかだけでは、少しもったいない。

疑ってばかりでは、研究を楽しめません。

でも信じすぎると、研究が言っていないところまで話を膨らませてしまいます。

今回なら、

「赤ちゃんは音のパターンを学べるんだ。すごい!」

と驚いていい。

そのあとで、

「でも、実際の言語習得にはほかの手がかりもあるよね」

と一歩だけ残しておく。

このくらいが、ちょうどいいと思います。

科学というのは、白黒を一発で決める判決文ではありません。

少しずつ見える範囲を広げていく営みです。

Saffranたちの研究が照らしたのは、言語習得という巨大な部屋の一角。

でも、その一角に灯った小さな明かりのおかげで、

「赤ちゃんは、私たちが思っていた以上に、自分で世界の規則を拾っているのかもしれない」

という景色が見えるようになりました。

それだけでも、この研究は十分に面白い。

甘いだけではなく、ちゃんと小麦の味がする。

そんな読み方をしておくと、この論文の魅力も、むしろ長く残る気がします。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:赤ちゃんはどうやって言葉を覚える?音の「規則」を見つける力から始まっている

ここまで見てきたSaffran, Aslin, & Newport(1996)の研究を、最後にぎゅっとまとめてみましょう。

この研究が教えてくれたのは、

生後8か月の赤ちゃんでも、連続して流れてくる音の中から、「どの音とどの音がよく一緒に現れるか」という規則性を手がかりに、単語らしいまとまりを区別できる

ということでした。

言葉にしてしまうと一文です。

でも、よく考えると、かなりすごい話です。

赤ちゃんには辞書がありません。

字幕もありません。

「ここからここまでが一単語です」という親切な区切り線もありません。

それでも、耳に流れ込んでくる大量の音を聞きながら、

「この音たちは、よく一緒に出てくるな」

「ここで組み合わせが変わるな」

と、世界の中にある規則を少しずつ拾っている。

赤ちゃん、静かにしていますが、耳の奥ではなかなか忙しいようです。

言葉を覚える前に、「言葉らしきもの」を見つけている

私たちは「言葉を覚える」と聞くと、

「リンゴという音と、目の前のリンゴを結びつける」

といった学習を思い浮かべがちです。

でも、この研究が注目したのは、そのさらに手前でした。

そもそも、

どこからどこまでが一つの言葉なのか。

話し言葉は、文字のようにスペースで区切られていません。

だから赤ちゃんは、意味を覚えるより先に、流れる音の中から「ひとかたまり」を見つける必要があります。

そのときに使える手がかりの一つが、

音と音のつながりやすさ

だったわけです。

つまり、言葉を学ぶというのは、

「意味を覚える」

だけではありません。

その前に、

「まとまりを見つける」

という仕事がある。

この順番が見えてくると、赤ちゃんの言語学習がずいぶん立体的に見えてきます。

「統計学習」は、赤ちゃんが電卓を叩く話ではない

この研究でよく出てくる言葉が、統計学習です。

名前だけ聞くと少し身構えます。

「赤ちゃんに統計?」

「平均とか分散とか?」

となります。

でも、そんな話ではありません。

ここでいう統計学習は、

繰り返しの中から、「何と何が一緒に起こりやすいか」を自然に学ぶこと

です。

昨日もこの音のあとに、あの音が来た。

今日も来た。

何度も聞いている。

だったら、この二つはひとまとまりなのかもしれない。

そうやって、世界の中にある「だいたいこうなる」を拾っていく。

考えてみれば、私たち大人もかなり似たことをしています。

この時間の電車は混む。

この人はこの話題になると笑う。

この店は金曜日になると行列ができる。

いちいち数式にはしません。

でも、経験の中から規則を学んでいます。

その力のかなり早い形が、8か月の赤ちゃんにも見えていた。

そこが、この研究の面白さです。

ただし、「言語習得の謎が全部解けた」わけではない

もちろん、この論文一つで、

「赤ちゃんが言葉を覚える仕組み、完全解明!」

となったわけではありません。

現実の言語学習には、

声のリズム、

イントネーション、

表情、

視線、

意味、

人とのやり取り、

場面の文脈など、

たくさんの情報が関わっています。

今回の研究は、その中から音の統計的な規則性という一つの手がかりを取り出して、

「これだけでも赤ちゃんは利用できるのか?」

と確かめた研究です。

だから、統計学習は万能の説明ではありません。

でも、

赤ちゃんが使える道具箱の中に、こんな道具も入っていた

と考えるといいでしょう。

しかも、なかなか高性能な道具です。

「まだできない」と「まだ学んでいない」は同じではない

この研究を読んでいて、私はここがとても印象に残ります。

赤ちゃんは、まだ話せません。

だから大人から見ると、

「まだ言葉を知らない」

ように見えます。

でも、話せないことと、学んでいないことは同じではありません。

目に見える成果が出る前から、

音を聞く。

繰り返しに気づく。

まとまりを見つける。

少しずつ世界の規則を覚える。

そんな学習が進んでいる。

これは、赤ちゃんだけの話ではない気もします。

大人になって何か新しいことを始めたときも、

最初は何もわからない。

仕事を覚えている途中。

外国語を勉強している途中。

新しい人間関係の中に入ったばかり。

表面上は、

「まだできない」

状態です。

でも、その間にも、

「この場合はこうするらしい」

「この言葉はこの場面で使うらしい」

と、頭の中では少しずつパターンが育っています。

だから、成果が見えないからといって、

何も起きていないとは限らない。

8か月の赤ちゃんを見ていると、そんなことまで考えさせられます。

人間は、世界の中から規則を拾いながら育っていく

この論文の出発点は、

「赤ちゃんは、どうやって単語の境目を見つけるのか?」

という、とても具体的な疑問でした。

でも、その答えを追いかけていくと、少し大きな景色が見えてきます。

人間は、誰かにすべて説明されなくても、

繰り返しを見る。

違いを見る。

似ているものをまとめる。

次に何が起こるかを予想する。

そして少しずつ、世界の形をつかんでいく。

言葉を覚えることも、その大きな学習の一部なのかもしれません。

赤ちゃんの耳にとって、最初の世界はきっと、とても騒がしい。

知らない音ばかりです。

どこが言葉なのかもわからない。

何を意味しているのかもわからない。

でも、その音の海の中で、

少しずつ、

「ここは何度も同じだ」

「ここで何かが変わる」

と輪郭が生まれていく。

そして、ただの音だったものが、やがて「言葉」になっていく。

そう思うと、言語を覚えるという出来事は、ずいぶん静かで、ずいぶん壮大です。

この研究をひとことで持ち帰るなら、

赤ちゃんは、教えられるのを待っているだけではない。世界の繰り返しを自分で読みながら、言葉への道を歩き始めている。

そんな一文になるでしょう。

まだ話せない8か月の赤ちゃん。

でもその耳の奥では、もう世界の地図づくりが始まっています。

「何もわかっていないように見える時期」にさえ、人間はちゃんと学んでいる。

Saffranたちの研究は、その静かな始まりを、ほんの少し私たちに見せてくれたのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読んでいて、私は途中からずっと、赤ちゃんのことより「人間って、案外すごい生き物なんだな」ということを考えていました。

だって、生後8か月です。

まだ自分の名前も書けません。

履歴書も書けません。

スマホのパスワードも覚えていません。

おそらく今日の予定も把握していません。

それなのに、耳から流れ込んでくる音の中で、

「この音とこの音、よく一緒にいるな」

と、世界の規則を拾っている。

本人は何食わぬ顔です。

いや、たぶん何か食べています。

でも、その小さな頭の中では、世界を理解するための作業がちゃんと進んでいる。

この事実が、なんだか私はとても好きなんです。

「わからない」の中でも、人は学んでいる

大人になると、どうも私たちは、

「できるようになったものだけが成長」

と思いやすくなります。

資格に受かった。

仕事を一人でできた。

英語を話せた。

成果が出た。

数字が伸びた。

そういう目に見えるものには、

「成長しました!」

と旗を立てやすい。

でも、その手前には必ず、

まだ何もできない時期

があります。

新しい職場に入った初日なんて、だいたいそうです。

コピー機の使い方もわからない。

誰に何を聞けばいいかもわからない。

社内用語が飛び交って、

「いま日本語でした?」

となる。

でも、一週間、二週間と過ごしていくと、

「この時間になると、この作業が始まるんだな」

「この件は、この人に聞けばいいんだな」

「あの略語、そういう意味だったのか」

と、少しずつ見えてくる。

誰かに全部説明されたわけではないのに、いつの間にか世界の輪郭ができている。

今回の赤ちゃんの研究を見ていると、

人間って、ずっとそうやって生きているのかもしれない

と思うんです。

最初は、世界が全部つながって見える。

どこで切ればいいのかわからない。

でも何度も触れているうちに、

「これはひとかたまり」

「ここから先は別のもの」

と線が引かれていく。

言葉だけではなく、仕事も、人間関係も、人生そのものも、案外そんなふうに覚えているのかもしれません。

大人は「早くわかろう」としすぎる

赤ちゃんを見ていて面白いのは、

「まだ理解できない自分」を責めていないところです。

8か月児が、

「昨日も言語習得に失敗しました。向いてないかもしれません」

とは考えません。

「周囲の乳児と比べて語彙力が足りない」

とも思わない。

ただ聞いている。

また聞く。

少し覚える。

また聞く。

ものすごく地道です。

一方、大人はどうでしょう。

新しいことを始めて三日くらいで、

「向いてない」

一週間くらいで、

「才能がない」

一か月くらいで、

「人生の選択を間違えた」

まで行くことがあります。

判決が早い。

裁判官がせっかちです。

でも本当は、その「まだわからない時間」にも、頭の中ではいろいろなものが蓄積されているのかもしれません。

何度も見る。

何度も聞く。

失敗する。

予想が外れる。

そしてある日突然、

「あ、こういうことか」

と線がつながる。

学習というのは、ずっと右肩上がりで進むというより、水面の下でじわじわ育って、ある日ひょこっと顔を出すものなのかもしれません。

世界は、最初から親切に区切られていない

今回の論文で、個人的にいちばん心に残ったのは、

「話し言葉にはスペースがない」

という、ごく当たり前の事実でした。

文字なら、

「これは ひとつの ことばです」

と区切れます。

でも耳に入ってくる音には、空白がありません。

赤ちゃんは、その連続した音から自分で境界を探していく。

考えてみれば、人生も少し似ています。

「ここまでが準備期間です」

「ここから成功期間です」

「この失敗は必要な経験です」

なんて、最初から線を引いてくれる人はいません。

その時点では、ただ出来事が流れているだけです。

あとになって振り返って、

「あの経験と、この経験はつながっていたんだな」

とわかることがあります。

当時は意味がなかったように見えた出来事が、あとになって一つのまとまりになる。

人間はもしかすると、言葉を覚えるころからずっと、つながって流れてくる世界に、自分なりの区切りをつけながら生きているのかもしれません。

そう考えると、統計学習という少し固い研究用語が、急に人生の近くまでやってきます。

「教える」ということについても考えさせられた

私はこの論文を読みながら、「教える」という行為についても少し考えました。

私たちは誰かに何かを教えるとき、

「ちゃんと説明しなきゃ」

と思います。

もちろん説明は大切です。

でも、人が学ぶ力の全部を、教える側が握っているわけではない。

相手には、

自分で気づく力

もある。

繰り返しの中から、

「こういうことかな」

と拾っていく力もある。

これは、子どもだけではなく、大人同士でも忘れたくないことだなと思います。

全部を先回りして説明しなくてもいい。

答えをすぐ渡さなくてもいい。

何度か経験して、

「なんとなくわかってきた」

という時間を残しておく。

人間には、自分で世界を整理する力がある。

Saffranたちの赤ちゃんを見ていると、そんな信頼の仕方もあるんだなと思わされます。

「アドラーの昼寝」で、この論文を紹介したかった理由

このサイトでは、心理学の論文をなるべく難しい言葉だけで終わらせず、

「それって結局、人間のどんな姿が見える研究なんだろう」

というところまで眺めたいと思っています。

今回の論文から私に見えたのは、

人間は、わからない世界の中でも、ちゃんと学び続けている

という姿でした。

赤ちゃんは、言葉を知らない。

だからといって、何もしていないわけではない。

むしろ、知らないからこそ、周囲の世界をものすごい勢いで吸収している。

これって、大人になった私たちにも少し救いになる気がします。

「まだわからない」

「まだできない」

「まだ結果が出ていない」

そんな状態を、私たちはつい空白だと思ってしまいます。

でも、その空白の中でも、

耳は聞いている。

頭は比べている。

経験は積み重なっている。

昨日と今日の間に、ほんの少しだけ規則が見えるようになっている。

そういう成長もある。

目に見える成果が出る前の時間を、もう少し信じてもいいのかもしれません。

今日わからなくても、耳はちゃんと聞いている

生後8か月の赤ちゃんが、約2分の音声の中から規則を拾った。

それだけ聞けば、小さな実験です。

でも私は、この小さな研究の向こう側に、

「人間は、世界と出会いながら自分で学ぶ生き物なんだ」

という大きな景色を感じました。

説明書がなくても。

正解が書いてなくても。

最初は何が何だかわからなくても。

何度も世界に触れているうちに、少しずつ線が見えてくる。

だったら、自分が今まだ理解できていないことについても、

「まあ、もう少し聞いてみるか」

くらいでいいのかもしれません。

赤ちゃんだって、最初から言葉を知っていたわけではありません。

ただ、音の海の中にしばらくいただけです。

そしていつの間にか、その海の中に、

「ここはひとつの言葉かもしれない」

という島を見つけ始めた。

私たちもきっと、そんなふうに世界を覚えてきたのでしょう。

今日まだわからないことがあっても、大丈夫。

少なくとも人間という生き物は、「わからない」の中から規則を拾うことを、生後8か月ごろにはもう始めているのですから。

そう思うと、人生の「まだわからない時間」も、少しだけ悪くないものに見えてきます。

ではまた、次の論文で。

アドラーの昼寝の管理人でした。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

出典論文:Saffran, J. R., Aslin, R. N., & Newport, E. L. (1996).
Statistical Learning by 8-Month-Old Infants.
Science, 274(5294), 1926–1928.
American Association for the Advancement of Science (AAAS).
DOI:10.1126/science.274.5294.1926

掲載・確認先PubMed / Science / Google Scholar

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
あわせて読みたい
子どもの心は、どうやって育っていく?発達・子育て・教育を考える心理学の名論文25選
子どもの心は、どうやって育っていく?発達・子育て・教育を考える心理学の名論文25選
あわせて読みたい
ジェニー・R・サフラン(Jenny R. Saffran)の論文一覧:「まだ話せません。でも規則は見つけてます」赤ちゃんの学ぶ力を研究した心理学者
ジェニー・R・サフラン(Jenny R. Saffran)の論文一覧:「まだ話せません。でも規則は見つけてます」赤ちゃんの学ぶ力を研究した心理学者
あわせて読みたい
リチャード・N・アスリン(Richard N. Aslin)の論文一覧:「まだしゃべれませんけど、規則はだいたい見えてます」赤ちゃんの学ぶ力を追いかけた心理学者
リチャード・N・アスリン(Richard N. Aslin)の論文一覧:「まだしゃべれませんけど、規則はだいたい見えてます」赤ちゃんの学ぶ力を追いかけた心理学者
このサイトの管理人について
阿部牧歌
阿部牧歌
心理学論文のうたたね案内人
はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
記事URLをコピーしました