会社に大切にされていると感じると何が変わる?職場の支援と欠勤の関係

会社に大切にされていると感じると何が変わる?職場の支援と欠勤の関係
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「この会社、ちゃんと自分を見てくれてる?」から始まった心理学

『職場は自分を大切にしてくれているのか? 従業員が感じる「組織からの支援」』ロバート・アイゼンバーガー、ロビン・ハンティントン、スティーブン・ハッチソン、デボラ・ソワ(1986)

Eisenberger, R., Huntington, R., Hutchison, S., & Sowa, D. (1986). Perceived organizational support. Journal of Applied Psychology, 71(3), 500–507.
DOI:10.1037/0021-9010.71.3.500

会社で働いていると、ときどき妙なことを考えませんか。

「自分って、この会社から大切にされているんだろうか?」

もちろん会社は人間ではありません。会社そのものが廊下の向こうから歩いてきて、

「いつもありがとう。ちゃんと見てるよ」

と缶コーヒーを渡してくれるわけでもありません。

それでも私たちは、不思議なくらい敏感に感じ取っています。

上司が自分の仕事をちゃんと見てくれている。
困ったときには助けてもらえる。
頑張ったことを評価してもらえる。
体調が悪いときには「無理しなくていいよ」と言ってもらえる。

こういうことが積み重なると、

「この会社、自分のことをそれなりに大事にしてくれているのかもしれない」

という感覚が生まれます。

反対に、何をしても当たり前。困っていても知らん顔。頑張っても評価されず、ミスだけは光の速さで発見される。

そんな日々が続けば、

「まあ、会社にとって自分なんて交換可能な部品なんでしょうね」

と心の中で小さな工場が稼働し始めても不思議ではありません。

今回取り上げるのは、ロバート・アイゼンバーガー(Robert Eisenberger)らが1986年に発表した研究です。

研究テーマは、「知覚された組織的支援」

……名前だけ聞くと、急に会議室へ連れていかれた感じがしますね。

でも中身は、ずっと身近です。

簡単に言えば、

「自分が働いている組織は、自分の頑張りを評価し、自分のことを大切にしてくれている」と、本人がどれくらい感じているか

という話です。

ポイントは、「会社が実際にどれだけ制度を用意しているか」だけではありません。

本人がどう受け取っているか。

ここが大切です。

豪華な福利厚生が並んでいても、「自分のことなんて誰も見ていない」と感じることはあります。一方で、小さな会社でも、困ったときに声をかけてもらったり、頑張りを覚えていてもらったりすると、「ここではちゃんと人として扱われている」と感じることがあります。

つまり、人間の心は福利厚生一覧表だけでは動かない。

なかなか面倒ですが、そこが人間です。

「大切にされている」は仕事と関係するのか

では、ここからが研究のおもしろいところです。

「会社から大切にされていると感じることって、気分の問題じゃないの?」

そう思うかもしれません。

ところがアイゼンバーガーたちは、その感覚が従業員の行動とどう関係するのかまで調べました。

そのひとつが「欠勤」です。

ここで注意したいのは、

「会社が優しくすれば、社員は絶対に休まなくなる」

という単純な話ではないことです。

人が仕事を休む理由には、体調、家庭事情、仕事内容、職場環境など、いろいろあります。人生は一つの変数では説明できません。そんなに簡単だったら、人事部も心理学者もだいぶ暇になります。

この研究が問いかけたのは、もっと静かな問題です。

「組織から支えられていると感じることと、社員の行動には何か関係があるのではないか?」

ということ。

そして、その問いから後に大きく発展していくのが「知覚された組織的支援」という考え方でした。

給料明細には載らないけれど

仕事というと、私たちはつい、

給料はいくらか。
休日は何日か。
残業は多いか。
昇進できるか。

そんな数字に目を向けます。

もちろん、どれも大切です。

でも職場には、数字にはなかなか表れないもう一つの条件があります。

「ここにいていいと思えるか」

です。

自分の働きが認められている。
困ったときには支えてもらえる。
自分という人間を、組織が雑に扱っていない。

そんな感覚は、給与明細のどこを探しても書いてありません。

けれど、人は案外そこを見ています。

会社側が「うちは社員を大切にしています」と立派な文字でホームページに書いていても、社員の心の中で、

「いや、そうでもないですけどね」

となっていたら、話はそこで終わりません。

大切なのは会社の自己評価ではなく、働いている人がどう感じているかなのです。

1986年のこの研究は、そんな当たり前のようで、当時はまだ十分に整理されていなかった問いに、心理学の虫眼鏡を向けました。

会社と社員のあいだには、給料や契約だけでは説明しきれない「支えられている感覚」がある。

そして、その感覚は、どうやら仕事への向き合い方とも無関係ではなさそうだ。

では、人はどんなときに「この会社は自分を大切にしてくれている」と感じるのでしょうか。

そして、その感覚と欠勤には、いったいどんな関係が見つかったのでしょう。

ここから、アイゼンバーガーたちの研究をのぞいていきましょう。

会社という少し巨大で無口な存在と、人間の心とのあいだにある、給料明細には印刷されない関係のお話です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

この論文をひとことで言うと、

「人は、会社から大切にされていると感じると、その会社との付き合い方も変わるかもしれない」

という研究です。

……ひとことと言いながら、もう少し話したくなります。

会社と社員の関係というと、まず思い浮かぶのは給料や勤務時間、休日、仕事内容あたりでしょう。

「月給はいくらですか」
「年間休日は何日ですか」
「残業は月何時間ですか」

求人票も、だいたいこのあたりを中心にできています。

でも、アイゼンバーガーたちは、そこにもう一つの見えない項目があるのではないかと考えました。

それが、

「この会社は、自分の頑張りをちゃんと評価してくれている」
「自分のことを気にかけてくれている」

という感覚です。

これを心理学では**「知覚された組織的支援」**と呼びます。

名前は少々かたいですが、日常語にすると、

「会社、ちゃんと私のこと見えてます?」

です。

たとえば、一生懸命やった仕事に対して、

「ありがとう。助かったよ」

と言われる。

困っているときに、

「大丈夫?」

と声をかけてもらう。

あるいは、体調を崩したときに、

「休むなんて困るよ」

ではなく、

「まず治してきて」

と言ってもらえる。

こうした小さな出来事を、人は思った以上によく見ています。

そして心の中で、こっそり採点しています。

「この会社、自分を大切にしてくれている度……78点」

もちろん、実際にそんな採点表を持っているわけではありません。

でも、人間の心にはどうやら、

「ここは自分を大切に扱ってくれる場所なのか」

を測るアンテナのようなものがある。

この研究は、そのアンテナを心理学の研究対象として、きちんと測ろうとしたわけです。

会社と社員にも「持ちつ持たれつ」がある?

さらに、この論文のおもしろいところは、単に

「大切にされるとうれしいですね」

で終わらないことです。

研究者たちは、

組織から支えてもらっていると感じると、人もその組織に何か返そうとするのではないか

と考えました。

これは人間関係を考えると、なんとなく想像できます。

友人に何度も助けてもらったら、

「今度はこっちが助けよう」

と思うことがありますよね。

逆に、こちらが困っているときには知らん顔なのに、

「ところで明日手伝ってくれない?」

と言われたら、

「ずいぶん元気に頼んできますね」

と思うかもしれません。

会社と社員の関係にも、似たところがあるのではないか。

組織が自分を大事にしてくれていると感じれば、

「じゃあ、自分もこの職場にちゃんと応えよう」

という気持ちが生まれる可能性がある。

この研究では、そうした考え方と欠勤との関係にも注目しました。

ただし、

「社員を大切にすれば欠勤ゼロ!」

という魔法の経営術を発見したわけではありません。

人が仕事を休む理由は、それほど単純ではないからです。

体調もある。家庭の事情もある。仕事そのものが合わないこともある。

人生はエクセルの一列では処理できません。

この論文が示したのは、もっと控えめで、でも大切なことです。

「組織から大切にされていると感じることは、社員の行動と無関係ではないらしい」

ということ。

「社員を大切にしています」では足りない

そして、ここにはとても重要なポイントがあります。

会社が、

「弊社は社員を大切にしております」

と言っているかどうかではありません。

社員本人が、そう感じているかどうかです。

会社のホームページに、

「人こそ最大の財産です」

と大きく書いてあっても、

現場では、

「昨日の残業?まあよろしく」

「体調悪い?でも今日人いないんだよね」

という状態なら、社員の心のアンテナは、

「ただいま支援を受信できません」

となるでしょう。

逆に、大げさな制度がなくても、

困ったときに話を聞いてくれる。
努力をちゃんと見てくれる。
一人の人間として扱ってくれる。

そんな日々の積み重ねによって、

「ここは自分を雑に扱わない場所だ」

という感覚が育つこともあります。

だからこの論文を、本当にひとことでまとめるなら、

「会社と社員の関係には、契約書には書かれていない『大切にされている感覚』がある」

ということなのだと思います。

給料明細には載らない。

就業規則にもたぶん書いていない。

けれど、人はちゃんと感じている。

そして、その見えない感覚が、職場での行動にも関わっているかもしれない。

1986年のこの研究は、そんな**「会社と人とのあいだにある見えない往復書簡」**を、心理学の言葉で読み解こうとした論文なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1. 人は「この会社は自分を大切にしているか」を、ちゃんと感じ取っている

この論文の出発点は、意外と人間くさいところにあります。

働く人は、会社との関係を単に、

「給料はいくら?」
「休みは何日?」

だけで判断しているわけではありません。

「自分の頑張りを評価してくれているか」
「困ったとき、自分のことを気にかけてくれるか」

といった日々の経験から、

「この会社は、自分をどれくらい大切にしてくれているんだろう」

という全体的な感覚をつくっています。

これが、この論文で示された**「知覚された組織的支援」**です。

つまり、会社側が「社員を大切にしています!」と宣言するだけでは完成しません。

社員側の心から、

「はい、たしかに大切にされています」

と返事が来て、はじめて成立する。

会社案内ではなく、働く人の心の中にある会社評を研究したところが、この論文の大事なポイントです。

2. 「大切にされている感覚」は、欠勤とも関係していた

そして研究者たちは、

「その感覚って、気持ちが少しうれしくなるだけなの?」

というところから、もう一歩進みました。

調べてみると、組織から支えられているという感覚と、欠勤とのあいだに関係が見られました。

ただし、ここは大事です。

「社員を大切にすれば、みんな会社を休まなくなる!」

という話ではありません。

そんな魔法の呪文があったら、会社の研修資料は1ページで終わります。

この研究では特に、

「会社からよくしてもらったなら、自分も会社に応えよう」

という、いわば持ちつ持たれつの考え方が強い人ほど、組織からの支援を感じることと欠勤の少なさとの関係が強く表れていました。

つまり、人は単に働いて給料を受け取るだけの存在ではなく、

「こちらを大切にしてくれるなら、こちらも応えたい」

という関係のキャッチボールをしながら働いている可能性があるのです。

3. 大切なのは「支援があること」だけでなく、「支援されていると感じられること」

この論文から持ち帰りたい、いちばん実用的なポイントはここかもしれません。

会社がどれだけ制度を整えていても、

「誰も自分のことを見ていない」

と社員が感じていたら、心理的な意味での支援は十分に届いていない可能性があります。

逆に、

「昨日の仕事、助かったよ」
「困ってない?」
「今日は無理しなくていいよ」

そんな小さな出来事が、

「ここでは、自分のことをちゃんと見てもらえている」

という感覚につながることもあります。

これは職場だけでなく、人と人との関係を考えるヒントにもなります。

支えることと、「支えられている」と相手が感じることは、同じではない。

この少しのズレが、案外大きい。

この論文が教えてくれるのは、組織と社員のあいだには、給与や契約書とは別に、

「あなたを大切にしています」
「そう感じています」

という見えない往復がある、ということです。

そして、その往復がうまく届いているかどうかは、働く人の行動とも無関係ではなかった。

会社と人との関係は、どうやら給料明細だけでは説明しきれないようです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:「会社は自分を大事にしてくれている?」その感覚を心理学が研究し始めた背景

会社で働くとき、私たちは「仕事そのもの」だけを見ているわけではありません。

給料はいくらか。
休みは取れるか。
仕事内容は自分に合っているか。

もちろん、どれも大切です。

でも、もうひとつ、求人票にはなかなか書かれないものがあります。

それが、

「この会社は、自分のことをちゃんと大切にしてくれているだろうか」

という感覚です。

たとえば、同じ仕事をしていても、

「いつも助かってるよ」

と声をかけてもらえる職場と、

頑張っても特に何も言われず、失敗したときだけ秒速で呼び出される職場では、感じ方はずいぶん違います。

前者なら、

「まあ、ここでもう少し頑張ってみるか」

と思えるかもしれません。

後者なら、

「なるほど。私は普段、背景として処理されているんですね」

と心の中で静かに壁紙になりたくなる日もあるでしょう。

この「会社からどう扱われていると感じるか」は、働く人にとってかなり重要そうです。

ところが、当時はこの感覚そのものが、まだ十分には整理されていませんでした。

会社から社員への気持ちは、研究されていなかった?

それまでの職場研究では、

「社員は会社にどれくらい愛着を持っているか」

「会社に忠誠心を持っているか」

「仕事に満足しているか」

といった、社員から会社への気持ちはよく研究されていました。

これは考えてみれば自然です。

会社としては、

「うちの社員、ちゃんと会社を好きでいてくれてる?」

「辞めない?」

「ちゃんと働いてくれる?」

というのは気になるところでしょう。

しかし、アイゼンバーガーたちは、少し向きを反対にして考えました。

「社員が会社をどう思っているかだけじゃなくて、社員は『会社が自分をどう思っている』と感じているんだろう?」

というわけです。

ここが、この研究のおもしろいところです。

社員から会社への矢印だけでなく、

会社から社員への矢印を、社員がどう受け取っているのか

を見ようとしたのです。

人間は、会社にも「気持ち」を読み取っている

もちろん、会社には顔がありません。

株式会社が朝礼で、

「今日は機嫌がいいです」

と言うこともありません。

それでも人間は、会社の行動を見ながら、

「この組織は自分のことを評価してくれている」

「困ったときには助けてくれそうだ」

「自分のことを単なる労働力としてしか見ていない気がする」

と判断します。

つまり私たちは、上司の言葉、評価、待遇、会社の対応などをつなぎ合わせて、

「この会社は、自分をどんな存在として扱っているのか」

という一枚の絵を心の中につくっているわけです。

ただ、当時はそれをひとまとまりの心理的な概念として、

「ちゃんと測ってみよう」

という研究はまだ十分ではありませんでした。

そこでアイゼンバーガーたちは、この感覚に名前をつけます。

それが、

知覚された組織的支援

です。

言葉は少々ごついですが、中身は、

「私はこの会社から大切にされていると感じているか」

という、とても素朴な問いです。

「大切にされている」と、行動まで変わるのか

そして、もうひとつ分かっていなかったことがありました。

それは、

その感覚が、実際の行動と関係するのか

という点です。

大切にされていると感じれば、会社への印象はよくなる。

そこまでは、なんとなく想像できます。

でも、

「それって気分がよくなるだけ?」

「実際の働き方にも何か関係するの?」

という疑問が残ります。

そこで研究者たちは、欠勤にも注目しました。

もし人が、

「この組織は自分の頑張りを認めてくれている」

「困ったときには支えてくれる」

と感じているなら、

「じゃあ、自分もこの組織に応えよう」

という気持ちが生まれる可能性があります。

これは友人関係でもありますよね。

いつも自分を助けてくれる友人が困っていたら、

「今日は知らん顔して帰ろう」

とは、なかなかなりにくい。

反対に、こちらを雑に扱う人から突然、

「ところで頼みがあるんだけど」

と言われたら、

心の受付係がそっと札を出します。

「本日の恩返し業務は終了しました」

会社と社員の間にも、こうした「持ちつ持たれつ」の心理があるのではないか。

この点も、研究者たちが確かめたかったことでした。

まだ見えていなかったのは、「会社と社員の間にある見えない関係」

つまり、この研究が登場する前に十分わかっていなかったのは、

単に、

「社員は会社が好きか」

ということではありません。

「社員は、会社から自分がどう扱われていると感じているのか」

そして、

「その感覚は、実際の行動とどんな関係を持つのか」

という部分でした。

会社と社員は、契約書だけでつながっている。

そう考えれば、話は簡単です。

働く。
給料をもらう。
以上。

でも人間は、そこまで機械的にはできていません。

認められたらうれしい。
雑に扱われたら悲しい。
助けてもらえば、返したくなることもある。

つまり、会社の中にもちゃんと「人間関係」があるのです。

アイゼンバーガーたちは、その見えない部分に、

「ちょっと、ここを測ってみませんか」

と心理学の定規を当てました。

この研究から見えてくるのは、職場という場所が、単なる「労働と給料の交換所」ではないということです。

そこには、

「自分は大切にされている」

あるいは、

「自分は大切にされていない」

という、とても静かで、とても大きな感覚が流れている。

この論文は、その見えない流れを研究の対象として、はっきり形にしようとしたところから始まったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:「会社に大切にされている感覚」はどう測る?研究者たちの調べ方

「会社から大切にされている気がする」

これは、とても人間らしい感覚です。

でも心理学者からすると、ここでひとつ困った問題が出てきます。

どうやって測るの、それ?

身長ならメジャーがあります。
体重なら体重計があります。

では、

「会社から大切にされている度」

を測りたい場合、社員を何に乗せればよいのでしょう。

残念ながら「組織的支援測定器」という銀色の機械はありません。

そこでアイゼンバーガーたちは、働いている人自身に質問することにしました。

この研究は、大きく分けると二つの段階で進められています。

まず、「大切にされている感覚」を質問で測ってみた

最初の研究で研究者たちは、会社が自分をどう評価していると感じるか、困ったときに会社がどう対応してくれそうだと思うかなど、さまざまな角度から尋ねる36項目の質問をつくりました。

そして、

製造業、電話会社、書店、法律事務所、高校、金融関係、郵便関係など、9つの組織で働く人たちに回答してもらいました。

最終的に回答したのは361人です。

質問への回答は、

「まったくそう思わない」

から、

「とてもそう思う」

までの7段階。

たとえば考え方としては、

「この会社は自分の貢献を評価してくれていると思うか」

「自分の幸せや状態を気にかけてくれていると思うか」

といった方向から、会社との関係を探っていきます。

ここで研究者たちが知りたかったのは、

これらはバラバラの感想なのか、それとも「この会社は自分を大切にしてくれている」という一つのまとまった感覚なのか?

ということでした。

たとえば、

「給料には満足している」

「上司には認めてもらえている」

「困ったら会社が助けてくれそう」

というのが全部まったく別々の話なのか。

それとも心の奥では、

「つまり、この会社は私を大切にしてくれている」

という一つの感覚につながっているのか。

分析してみると、36の質問には強い共通したまとまりが見られました。

つまり人は、会社で受けたさまざまな出来事を一個ずつ別々の引き出しにしまっているだけではなく、

「この会社は、自分をどのくらい支えてくれているか」

という全体的な印象をつくっているらしい、と考えられたのです。

これが、のちに広く使われることになる**「知覚された組織的支援」**を測る尺度の出発点になりました。

次に、「その感覚と欠勤は関係する?」を調べた

ここで研究は終わりません。

研究者たちは次に、

「なるほど、『大切にされている感覚』は測れそうだ。でも、それって実際の行動にも関係するの?」

と、もう一歩踏み込みます。

そこで第2の研究では、私立高校の教師97人に質問票を配りました。

実際に回答が得られたのは約73%で、分析では71人の教師のデータが使われています。

このとき使われたのは、先ほどの質問から特にまとまりの強かった17項目の短い版

さらに、

「会社からよくしてもらったら、その分仕事でも応えるべきだと思うか」

という考え方の強さも、5項目の質問で調べました。

研究ではこれを**「交換イデオロギー」**と呼んでいます。

名前だけ聞くと政治思想の討論会が始まりそうですが、ここではもっと素朴な意味です。

ざっくり言えば、

「よくしてもらったら、こちらも返そう」

という持ちつ持たれつの考え方です。

そして研究者たちは、教師たちの1年間の欠勤日数と、何回に分けて欠勤したかも調べました。

つまり、

① 会社から大切にされていると感じているか

② よくしてもらったら仕事でも応えようと考えるタイプか

③ 実際の欠勤はどのくらいだったか

この三つを並べて、関係を調べたわけです。

なかなか筋のいい調べ方です。

「会社に大事にされてる気がします」

だけで終わらず、

「それで、実際の行動には何か違いがあるんですか?」

まで見にいっています。

この研究をものすごく簡単にすると

細かな統計はいったん横に置いて、この研究方法をものすごく簡単にすると、

まず「会社に大切にされている感覚」を測る物差しをつくり、その物差しで測った感覚と実際の欠勤との関係を調べた研究

です。

しかも、

「支えられたら、自分も会社に応えようと思う人ほど関係が強くなるのでは?」

という人それぞれの考え方まで加えて調べています。

つまり研究者たちは、

「会社に大切にされていると感じる社員は幸せそうでした」

という感想文で終わらせませんでした。

見えない感覚を質問票で測り、現実の行動と並べて確かめてみた。

心理学のおもしろいところは、まさにここでしょう。

「なんとなく、そういうことってありそうだよね」

という人間の感覚に、

「では、ちょっと数字にして見てみましょう」

と静かに定規を差し込んでくる。

さて、その結果はどうだったのでしょうか。

会社から大切にされていると感じていた人たちは、本当に欠勤のしかたまで違っていたのでしょうか。

ここから、いよいよ結果を見ていきます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:会社に大切にされていると感じる人ほど、欠勤は少なかった?

さて、いよいよ研究結果です。

ここまで読んできた方なら、たぶん一つ気になっているでしょう。

「で、会社から大切にされていると感じる人は、本当に働き方まで違ったの?」

というところです。

結論から言うと、この研究では、知覚された組織的支援が高いことと、欠勤の少なさとのあいだに関係が見られました。

つまり、

「この組織は、自分の頑張りを評価してくれている」

「自分のことを気にかけてくれている」

と感じている人ほど、欠勤が少ない傾向があったわけです。

ただし、ここで机をたたいて、

「なるほど!社員をほめれば欠勤がなくなる!」

と結論づけるのは早すぎます。

心理学研究は、そんなに便利な経営レシピではありません。

この研究のおもしろさは、むしろその先にあります。

「大切にされたら返したい」と思う人ほど、関係が強く表れた

研究者たちは、単に

「会社に大切にされているか」

だけを見ていたわけではありません。

もう一つ、

「会社からよくしてもらったら、自分も会社に応えたいと思うか」

という考え方にも注目していました。

これが、前のページでも出てきた**「交換イデオロギー」**です。

言葉は少々ラスボス感がありますが、中身はわりと素朴です。

たとえば、

「困っているときに会社が助けてくれた。じゃあ、自分もできるときには会社に応えよう」

と考えるタイプの人。

こういう「持ちつ持たれつ」を大事にする人では、組織から支えられている感覚と欠勤の少なさとの関係が、よりはっきり表れていました。

ここが、この研究のかなり興味深いポイントです。

もし結果が、

「大切にされれば、誰でも同じように欠勤が減る」

だったなら、話はもっと単純でした。

ところが実際には、人によって反応のしかたが違ったのです。

同じように会社から支えてもらったとしても、

「ありがたい。じゃあ、自分も返そう」

と感じる人もいれば、

「ありがたい。以上」

という人もいる。

もちろん後者が悪いという話ではありません。

人にはそれぞれ、会社との付き合い方があります。

ただ、この研究では、支援を受けたときに「自分も応えたい」と考える傾向が強い人ほど、支援と欠勤とのつながりが強く見えたわけです。

人間、思った以上に「関係の生き物」なのかもしれません。

意外なのは、「制度」よりも「受け取られ方」に注目したこと

この研究でもう一つおもしろいのは、

「会社が実際にどれだけ立派な制度を持っているか」

を中心に見たわけではないことです。

大切なのは、

社員本人が「支えてもらっている」と感じているかどうか。

ここです。

たとえば会社に、

充実した福利厚生。
相談窓口。
表彰制度。
研修制度。

いろいろ揃っていたとしても、社員が、

「いや、別に大切にされてる感じはしませんけど」

と思っていたら、心理的には話が違ってきます。

反対に、大規模な制度はなくても、

「困ったときに上司が助けてくれた」

「頑張った仕事をちゃんと覚えていてくれた」

「体調が悪いときに無理をさせられなかった」

といった経験から、

「この職場は自分のことを雑には扱わない」

と感じることもあります。

つまり、会社が差し出した支援と、社員が受け取った支援は、必ずしも同じではない。

プレゼントを渡した側が、

「こんなに立派なものを贈ったんだから喜んでいるはず!」

と思っていても、受け取った側が、

「え、これ私が欲しいって言いましたっけ」

となっていることがあります。

職場の支援にも、少し似たところがあるわけです。

「人は会社を、人のように見ている」という発見

さらに、この研究から見えてくる大きなポイントがあります。

それは、働く人が会社という組織そのものに対して、一種の人格のようなものを感じ取っているということです。

「この会社は自分を評価してくれる」

「この会社は困ったときに助けてくれる」

「この会社は自分のことを大切にしていない」

もちろん実際には、会社は一人の人間ではありません。

上司もいれば、人事もいる。経営者もいる。規則もある。

それでも私たちは、そうした経験をまとめて、

「この会社は自分にどう接しているのか」

という一つの印象をつくります。

ここが意外であり、この研究が後の組織心理学に大きな影響を与えた理由の一つでもあります。

社員は会社を、単なる建物や契約制度として見ているわけではない。

どこかで、

「自分と関係を結んでいる相手」

として受け止めているのです。

ただし、「支援すれば欠勤が減る」とまでは言えない

ここはとても大切なので、少しブレーキを踏んでおきましょう。

この研究から、

「会社が社員を大切にすれば、欠勤が減る」

と因果関係まで断定することはできません。

なぜなら、この研究は、

「支援を感じている人ほど欠勤が少ない傾向があった」

という関係を示した研究だからです。

もしかすると、もともと仕事への関わりが強い人ほど会社からの支援も感じやすかったのかもしれません。

あるいは、別の職場環境や個人差が両方に関わっていた可能性もあります。

心理学では、

「一緒に動いている」

ことと、

「片方がもう片方を動かした」

ことは別物です。

ここをごちゃっとすると、研究が急に通販番組になります。

「社員を大切にするだけ!すると欠勤が!」

……そこまでは言っていません。

それでも、この研究が残したものは大きい

それでも、この研究が示したことには大きな意味があります。

働く人は、

給料だけを見ているわけではない。
勤務時間だけを見ているわけでもない。

「この組織は、自分をどう扱っているのか」

を感じ取っている。

そして、その感覚は、少なくとも職場での行動と無関係ではなかった。

さらに、その関係の強さは、

「支えてもらったら、自分も応えたい」

という人それぞれの考え方によっても変わっていた。

つまり、

「会社が何をするか」

だけではなく、

「社員がそれをどう受け取り、どんな関係を築こうとするか」

まで見なければ、人と組織の関係はわからないということです。

会社と社員の関係は、自動販売機ではありません。

労働を入れたら給料が出てきて、それで全部おしまい。

そんな単純な仕組みではなかった。

そこには、

「ちゃんと見てもらえている」

「大事にしてもらった」

「だったら自分も応えたい」

という、ずいぶん人間くさいやり取りが流れている。

この研究でわかったことを短く言えば、

人は、会社から受け取る「大切にされている感覚」に反応しながら働いている可能性がある。

ということなのだと思います。

給料明細には載らないけれど、職場には確かに存在するもの。

アイゼンバーガーたちは、その見えない関係に、心理学の名前と数字を与えたのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:会社にも「人間関係」がある?社員は組織の気持ちを感じ取っている

この研究の面白さは、「会社から支援されると、欠勤が少ない傾向がありました」という結果だけではありません。

もっと根っこのところに、なんとも人間らしい発見があります。

それは、

私たちは「会社」という、人間ではないものとも人間関係をつくっているらしい

ということです。

考えてみると、ちょっと不思議です。

会社には顔がありません。

会社そのものが朝、玄関で待っていて、

「昨日の資料、よかったよ」

と肩をたたいてくれることもありません。

株式会社には手も足もありませんし、たぶん照れ笑いもしません。

それなのに私たちは、

「この会社は社員を大切にしている」

「この会社は現場のことを全然考えていない」

「ここは困ったときに助けてくれる会社だ」

などと、ごく普通に言います。

よく考えれば、かなり不思議なことです。

人事制度、上司の対応、評価、給与、会社の決定、日々のちょっとした扱われ方。

本来ならバラバラの出来事なのに、人間の心はそれらを拾い集めて、

「つまり、この会社は自分をこう思っているんだな」

という一つの物語にまとめてしまうのです。

会社はしゃべらない。でも、社員には聞こえている

たとえば、仕事で失敗したとします。

そのとき、

「どうしてこうなったのか、一緒に考えよう」

と言われる。

あるいは、

「次から気をつけてね。体調は大丈夫?」

と声をかけられる。

そんな経験が積み重なると、

「この会社は、失敗した自分まで含めて扱ってくれる」

という感覚につながるかもしれません。

逆に、一生懸命働いても反応なし。

残業しても当然。

困っていても誰も来ない。

なのにミスした瞬間だけ、

「ちょっといい?」

と秒速で呼ばれる。

こういう経験が積み重なると、

心の中では別の物語ができていきます。

「なるほど。この会社において私は、エラーが発生したときだけ存在が確認されるシステムなんですね」

少々悲しいですが、人間の心というのは、そうやって日々の出来事から「相手の気持ち」を読み取ります。

そして、この研究が面白いのは、その相手が上司や同僚ではなく、**「組織そのもの」**だというところです。

上司への感情と「会社への感情」は少し違う

たとえば、

「直属の上司は好きだけど、会社のやり方には納得できない」

ということがあります。

反対に、

「上司とはあまり合わないけれど、この会社自体は社員を大切にしていると思う」

ということもあるでしょう。

つまり私たちは、目の前にいる誰かへの評価とは別に、

「組織全体が自分をどう扱っているか」

という印象をつくっているわけです。

これは面白いところです。

会社という巨大なものを、心の中で一人の「相手」のように扱っている。

そして、

「この相手は信用できる」

「この相手は、自分の頑張りをわかってくれる」

「この相手は、こちらが困っていても気にしない」

と判断している。

会社には心臓がないのに、社員の側には**「会社の心を読む装置」**がある。

そんなふうにも見えてきます。

「大切にされたら返したい」は、仕事の世界にもある

さらに面白いのが、この研究で調べられた「交換イデオロギー」です。

名前は難しいですが、ざっくり言えば、

「よくしてもらったら、こちらも返したい」

という考え方。

これは、会社の外ならごく普通にあります。

友達が引っ越しを手伝ってくれた。

「じゃあ今度、向こうが困ったら手伝おう」

と思う。

いつも話を聞いてくれる人が落ち込んでいる。

「今日はこっちが聞く番かな」

と思う。

人間関係には、こうした目に見えない貸し借りがあります。

もちろん、

「昨日コーヒーを一杯おごったので、友情ポイントを35点返却してください」

などとは計算しません。

でも、なんとなく、

「してもらったから、今度は自分が」

という気持ちは生まれます。

アイゼンバーガーたちは、この心理が会社と社員の間にもあるのではないかと考えたわけです。

ここが、私はかなり面白いと思います。

仕事というと、

「労働を提供する。その対価として給料をもらう」

という契約で説明できそうに見えます。

でも人間は、それだけでは動いていない。

給料をもらっているから働く。

それはもちろんある。

しかし同時に、

「困ったとき助けてもらったから」

「努力を認めてもらったから」

「自分を雑に扱わない会社だから」

という、関係から生まれる動機もあるのかもしれないのです。

しかも、全員が同じ反応をするわけではない

そして、この研究をさらに人間らしくしているのがここです。

会社から大切にされていると感じたら、

全員が、

「よし!会社に恩返しだ!」

となるわけではありません。

そこにも個人差がありました。

「よくしてもらったら返したい」という考え方を強く持つ人ほど、組織からの支援を感じることと欠勤との関係が強く表れた。

これは、かなり大事な結果だと思います。

なぜなら、

同じ職場でも、同じ制度でも、人によって受け取り方も反応も違う

ということだからです。

会社側から見ると、

「こんなに支援制度を用意しているのに、なぜ全員同じように反応してくれないんだ」

と思うかもしれません。

でも、人間はコピー機ではありません。

同じボタンを押して、同じ紙が出てくるわけではない。

ある人は支援されたら、

「ありがたい。自分も頑張ろう」

と思う。

別の人は、

「ありがたい。でも仕事とは別の話」

と考える。

また別の人は、

「支援されること自体が少し申し訳ない」

と感じるかもしれません。

だから職場づくりは、制度を置いて完成ではないのでしょう。

そこにいる人がどう感じているのかまで見なければならない。

心理学が急に経営マニュアルにならないところが、私は好きです。

人間は、最後まで人間なのです。

「支援する」と「支援されたと感じる」のあいだには川がある

そして、この論文を日常の言葉に翻訳すると、もう一つ大切なことが見えてきます。

「支援した」という事実と、「支援してもらった」と相手が感じることは、同じではない。

ここには小さな川があります。

会社側は、

「相談窓口をつくりました」

と思っている。

社員側は、

「相談したら評価に響きそうなので行けません」

と思っている。

会社側は、

「研修制度を充実させました」

と思っている。

社員側は、

「業務が山盛りのまま研修まで増えました」

と思っている。

会社側は、

「社員のためにやった」

と思っている。

社員側では、

「そうだったんですか」

となっている。

悲しいすれ違いですが、よくある話でもあります。

だから、支援とは一方的に投げれば完成するものではなく、

相手まで届いて、初めて心理的な意味を持つ

のかもしれません。

これは職場だけの話ではありません。

家族でも、友人でも、恋人でも同じです。

「こんなにしてあげているのに」

と、

「大切にしてもらっている」

は、必ずしもイコールではない。

善意にも、配達確認が必要なのです。

この研究が見つけたのは、「見えない福利厚生」だったのかもしれない

福利厚生というと、

住宅手当。
休暇制度。
健康診断。
研修。

そんな目に見えるものを思い浮かべます。

もちろん、それらはとても重要です。

でも、この研究を読んでいると、そのもっと手前に、

「自分は、この場所で大切に扱われている」

という見えない福利厚生があるように思えてきます。

これは、お金では直接買えません。

「大切にされている感」を月額3,980円で導入することもできません。

日々の評価、言葉、制度、上司の対応、会社の判断。

そうした小さなものが何度も積み重なって、

ある日ふと、

「ここは自分をちゃんと見てくれているな」

という感覚になる。

あるいは反対に、

「ここでは自分は大事にされていないな」

という感覚になる。

人の心の中では、会社の通知表が毎日少しずつ書き足されているのかもしれません。

しかも、その通知表を会社側は見ることができません。

なかなか怖い話です。

でも同時に、とても希望のある話でもあります。

なぜなら、大切にされているという感覚は、必ずしも派手な制度だけから生まれるわけではないからです。

「ありがとう」

「助かったよ」

「困ってない?」

「今日は休んでいいよ」

そういう小さなやり取りもまた、

「あなたはここにいる一人の人間として扱われています」

というメッセージになり得ます。

1986年のアイゼンバーガーたちの研究が面白いのは、欠勤との関係を見つけたことだけではありません。

もっと大きく見るなら、

人は会社の中でも、「自分がどう扱われているか」を感じながら生きている

という、ごく当たり前で、だからこそ見落とされやすい事実に光を当てたことです。

会社には顔がない。

けれど、そこで働く人の心には、会社の顔がちゃんと映っている。

笑っている会社もあれば、無表情な会社もある。

そして私たちは、その顔を見ながら、今日も仕事をしているのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:職場で「大切にされている」と感じてもらうには?研究から考えるヒント

この研究を読んで、

「なるほど。会社から大切にされていると感じることが大事なのか」

と思ったとしても、次に少し困ります。

「で、私は明日から何をすればいいの?」

という話です。

会社員の多くは、朝出勤していきなり、

「本日より福利厚生制度を全面改訂します」

とはできません。

そんな権限があったら、たぶんこの記事を読んでいる場合ではありません。

でも、この研究から持ち帰れるものは、会社の制度を変えることだけではありません。

もっと小さくて、もっと身近なところにあります。

それは、

「相手にとって、自分は“大切に扱われている”と感じられる存在になっているだろうか」

と考えてみることです。

これは上司だけの仕事ではありません。

同僚でも、先輩でも、後輩でもできます。

そして職場だけでなく、家族や友人との関係にも、そのまま持っていける考え方です。

「しているつもり」より「届いているか」を見る

まず大切なのは、

支援したことと、支援が届いたことは別

と考えることです。

たとえば上司が、

「いつでも相談してね」

と言ったとします。

言った本人としては、

「私は部下を支援している」

という感覚でしょう。

でも部下の側が、

「相談したら“仕事ができない人”と思われそう」

と感じていたら、その支援はまだ届いていません。

プレゼントで言えば、発送通知は来ているけれど、荷物はまだ営業所にある状態です。

だから、

「私はちゃんとやっている」

だけで終わらず、

「相手にはどう伝わっているだろう?」

まで考えてみる。

これはかなり大事です。

たとえば、

「困ってない?」

と聞くだけでなく、

「もし今すぐ話しにくかったら、あとでも大丈夫だよ」

と一言添える。

「ありがとう」

だけでなく、

「昨日の対応、特にあの部分が助かったよ」

と具体的に伝える。

そうすると相手には、

「ちゃんと見てもらえている」

という感覚が届きやすくなります。

人間は、意外と「評価された」という事実より、

「自分のことを見てもらえていた」

という感覚に反応します。

「ありがとう」は、思ったより立派な職場資源かもしれない

職場をよくしようと思うと、私たちはすぐに大きなものを想像します。

給与を上げる。
休暇制度を整える。
人員を増やす。
福利厚生を充実させる。

もちろん、それらはとても大切です。

「ありがとうと言えば給料はいらないよね」

という話には絶対になりません。

そこは別会計です。

ただ、大きな制度とは別に、

日常の小さな扱われ方

も人の感じ方に積み重なっていきます。

「助かったよ」

「今日ちょっと大変そうだね」

「この前の仕事、よかったよ」

「無理なら言ってね」

こういう言葉は、ひとつひとつは小さい。

でも、毎日の中で積み重なると、

「ここでは自分の存在がちゃんと認識されている」

という感覚につながることがあります。

職場の人間関係は、大型ショッピングモールの建設みたいに一気には変わりません。

むしろ、小さなレンガを一枚ずつ積んでいく感じです。

そして「ありがとう」は、そのレンガの中でもかなり安くて、持ち運びやすい。

しかも在庫切れしにくい。

なかなか優秀です。

部下や後輩がいる人は、「評価」だけでなく「関心」を伝える

もし部下や後輩がいるなら、

成果を評価することと、その人を気にかけることを少し分けて考える

のも役立ちます。

仕事がうまくいったときだけ、

「すごいね」

と言う。

これも大切です。

でも、それだけだと、

「成果を出した自分には価値がある」

という受け取り方になる場合もあります。

一方で、

「最近ちょっと忙しそうだけど大丈夫?」

「この仕事、やりにくいところない?」

と関心を向けることは、

「成果を出す機械としてだけ見ているわけではない」

というメッセージになります。

人は案外、

「仕事ぶりを見てくれている」

以上に、

「人間として存在を認識してくれている」

ことを覚えています。

上司として完璧な言葉を言う必要はありません。

むしろ、

「なんて言えばいいかわからないけど、最近ちょっと疲れてそうに見えたから」

くらいの不器用な言葉のほうが、妙に届くこともあります。

言葉は多少よれよれでも、関心が本物なら、ちゃんと歩いて相手まで行くことがあります。

自分が「大切にされていない」と感じたときにも使える

この研究は、

「人を大切にしましょう」

という話だけではありません。

自分自身の職場を考える材料にもなります。

もし最近、

「なんだかこの会社にいると、自分がどうでもいい存在みたいに感じる」

と思っているなら、

その感覚を、

「自分が弱いからだ」

とすぐに片づけなくてもいいかもしれません。

少し分解してみるのです。

「何があると、大切にされていないと感じるんだろう?」

たとえば、

努力しても反応がない。
困っていても助けを求めにくい。
意見を言っても聞いてもらえない。
体調より業務を優先される。
評価の基準がわからない。

こうやって具体的にしていくと、

「なんとなくつらい」

が、

「私はここで、こういう支援が足りないと感じている」

に変わってきます。

これはかなり大きな違いです。

「自分の心が弱い」という問題から、

「職場との関係のどこにズレがあるのか」

という問題に視点を移せるからです。

もちろん、すべてが会社側の問題とは限りません。

こちらの受け取り方や、そのときの状況も関係します。

でも、少なくとも、

「自分がそう感じている」

という事実は、雑に捨てなくていい。

感情は裁判の判決文ではありませんが、何かを知らせる通知表ではあります。

「恩返し」を求めすぎないことも大事

この研究では、

「よくしてもらったら、自分も応えよう」

という考え方が強い人ほど、組織的支援と欠勤の関係が強く見られました。

ここから、

「よし、社員に親切にして、そのぶん働いてもらおう」

となると、少し話が変わってきます。

それはもう、

「今日コーヒーおごったから、明日残業よろしく」

です。

怖い。

支援は、見返りを取り立てるための前払いではありません。

人は「大切にされている」と感じたとき、自発的に何か返したくなることがあります。

でも、それを会社側が計算し始めると、

支援が取引に変わります。

「こんなにしてあげたのに」

という言葉が出始めたら、少し黄色信号です。

大切にすることは、相手を操作する技術ではありません。

あくまで、

人と人の関係を、少しまともにすること

だと考えたほうが、この研究を生活に活かしやすいと思います。

家族や友人関係にも、そのまま当てはまる

この考え方は、職場の外にも持っていけます。

たとえば家族に、

「家事をこんなにやっているのに感謝されない」

と思っている。

相手も、

「こっちだっていろいろやってるのに」

と思っている。

つまり双方とも、

「自分ばかり支えている」

と思っている。

人間関係には、こういう奇妙な両片思いならぬ、両不満があります。

ここでも大事なのは、

「私は何をしているか」

だけでなく、

「相手は何を支援として受け取っているか」

です。

家事を代わることがうれしい人もいれば、

話を聞いてもらうほうがうれしい人もいる。

励まされたい人もいれば、

そっとしておいてほしい人もいる。

支援というのは、送り手だけでは完成しません。

受け手の玄関まで届いて、やっと配達完了です。

明日からできるのは、「一人を雑に扱わない」こと

では、結局この研究から何を持ち帰ればいいのでしょう。

私は、かなり小さくまとめていいと思います。

目の前の一人を、雑に扱わない。

これだけです。

話を最後まで聞く。
助けてもらったら伝える。
頑張ったところを具体的に見る。
困っていそうなら声をかける。
「大丈夫」と言われても、少し様子を見る。

どれも派手ではありません。

会社の売上が翌日から30%伸びることもないでしょう。

でも、人が、

「ここでは自分がちゃんと存在している」

と思える場所は、こういう小さなことからできていくのだと思います。

アイゼンバーガーたちの研究は、

「社員を大切にすれば、すべてうまくいく」

という万能薬をくれたわけではありません。

もっと静かなヒントをくれました。

人は、どんな場所でも「自分がどう扱われているか」を感じながら生きている。

だから、

会社を変えられなくても、
制度を変えられなくても、
役職がなくても、

目の前の人に、

「あなたのことは、ちゃんと見えています」

と伝えることはできます。

それはたぶん、私たちが思っているより小さくて、思っているより大きなことです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:会社に大切にされていると欠勤が減る?研究結果を読むときの注意点

ここまで読んでくると、なんとなく気持ちはこうなります。

「なるほど。社員を大切にすれば、欠勤も減るのか」

話としては、とてもきれいです。

会社が社員を大切にする。
社員も会社に応えようと思う。
欠勤が減る。
職場がよくなる。

めでたし、めでたし。

……と閉じたいところなのですが、心理学の論文は昔話ではありません。

ここで一度、

「この研究から、本当にそこまで言っていいの?」

と確認しておく必要があります。

研究というものは、結果そのものだけでなく、どんな人を対象に、どんな方法で調べたのかによって、言える範囲が決まります。

面白い結果だからこそ、少しだけ虫眼鏡を近づけて見てみましょう。

「大切にすれば欠勤が減る」とは断定できない

まず、いちばん大切なところです。

この研究から、

「会社が社員を大切にすれば、欠勤が減る」

という因果関係まで断定することはできません。

研究で確認されたのは、知覚された組織的支援と欠勤との関係です。

つまり、

「会社から支えられていると感じている人では、欠勤にも違いが見られた」

というところまでは言える。

でも、

「支援されたから欠勤が減った」

とまでは、この研究だけでは決められません。

たとえば逆方向も考えられます。

もともと職場との関係が良好で、安定して働けている人だからこそ、

「この会社は自分を大切にしてくれている」

と感じやすかった可能性もあります。

あるいは、

良い上司がいる。
職場の雰囲気がいい。
仕事内容が自分に合っている。

といった別の要因が、

「支援されている感覚」と「欠勤の少なさ」の両方に関係していた可能性もあります。

ここは、

一緒に現れたことと、原因になったことは違う

と覚えておけば十分です。

アイスクリームが売れる日に海の事故も増えるからといって、

「アイスクリームが海を危険にしている!」

とはなりません。

暑い日には、どちらも増えやすい。

心理学でも、こういう第三の要因にはいつも気をつける必要があります。

欠勤には、ものすごくたくさんの理由がある

もう一つ注意したいのは、

欠勤を「会社への気持ち」だけで説明しないことです。

人が仕事を休む理由は、本当にさまざまです。

風邪をひいた。
腰を痛めた。
子どもが熱を出した。
家族の介護がある。
交通機関が止まった。
心身が疲れている。

「今日は会社に恩返しする気分じゃないので休みます」

という理由ばかりではありません。

むしろ現実には、本人の意思ではどうにもならない欠勤もたくさんあります。

だから、

「欠勤が多い人は、会社への恩返し精神が足りない」

などと読むのは完全に違います。

この研究は、欠勤という行動に組織との心理的な関係も関わっている可能性があると示したのであって、欠勤する人を評価するための物差しをつくったわけではありません。

ここはかなり大事です。

研究結果が、人を責める道具になった瞬間、心理学はだいぶ悲しい使われ方をします。

第2の研究は、対象がかなり限られている

さらに、この論文の欠勤に関する研究では、対象となったのは一つの私立高校で働く教師たちでした。

これは覚えておきたいポイントです。

教師の仕事と、

工場勤務。
営業職。
医療職。
在宅勤務。
接客業。

では、働き方も職場環境もずいぶん違います。

そのため、

「この結果は、あらゆる業種、あらゆる会社、あらゆる国の働く人にそのまま当てはまります」

とは言えません。

心理学研究では、

「この人たちでは、こういう結果が出た」

から始めて、

別の職場でも同じなのか。
別の国でも同じなのか。
年代が変わっても同じなのか。

と、少しずつ確かめていきます。

一本の研究は、世界地図ではありません。

まず一本の道に立てられた、

「この先に何かありそうですよ」

という標識くらいに考えるとちょうどいいでしょう。

「大切にされている感覚」は本人の受け取り方でもある

そして、この研究の魅力でもあり、注意点でもあるのが、

知覚された組織的支援は、本人がどう感じているかを測っている

という点です。

同じ職場でも、

「すごく支えてもらっている」

と感じる人もいれば、

「いや、全然」

と感じる人がいるかもしれません。

会社側の行動が同じでも、過去の経験、価値観、上司との関係などによって受け取り方は変わります。

だから、

「POSが低い。つまり会社が100%悪い」

とも、

「本人の受け取り方の問題だ」

とも簡単には言えません。

むしろ大事なのは、その間を見ることです。

会社が何をしているのか。

そして、

それが社員にどう届いているのか。

この二つは分けて考えたほうがいい。

会社側が、

「ちゃんと支援していますけど?」

と言っても、

社員側で届いていなければ、そこには何かしらのズレがあります。

逆に、

「会社は何もしてくれない」

と感じるときにも、どんな場面でそう感じるのかを具体的に見ていく必要があります。

心理学はどちらか一方を悪者にするより、関係の中で何が起きているかを見る学問として使うほうが面白いのです。

「交換」には、少し危うい読み方もある

この研究では、

「よくしてもらったら、自分も組織に応えよう」

という考え方も扱われました。

ここも、使い方には注意が必要です。

この結果だけを切り取って、

「社員に親切にしておけば、もっと働いてくれるぞ」

と解釈してしまうと、

支援が急に投資商品みたいになります。

「有給を取りやすくしました。では、そのぶん頑張ってください」

「相談に乗りました。では残業できますね」

となってしまったら、

それはもう、

支援という服を着た取引

です。

人は、大切にされたときに自然と応えたくなることがあります。

でも、

「応えてもらうために大切にする」

となると、ずいぶん意味が変わります。

相手を大切にすることは、行動を操作するためのボタンではありません。

この研究も、

「社員を大切にする技術を使えば生産性アップ!」

というマニュアルではない。

人と組織の間には、給料だけでは説明できない心理的なやり取りがある。

そこを理解するための研究です。

1986年の研究だということも忘れない

そして、この論文が発表されたのは1986年です。

かなり昔です。

当時と今では、働き方も変わっています。

リモートワーク。
オンライン会議。
副業。
非正規雇用。
フリーランス。
チャット中心のコミュニケーション。

「会社」という存在との距離そのものが変わってきました。

その後、知覚された組織的支援については数多くの研究が積み重ねられています。

ですから、この1986年論文は、

「POSについて現在わかっていること全部」

ではありません。

むしろ、

「この考え方が本格的に研究される出発点の一つ」

として読むのがよいでしょう。

古いから価値がないのではありません。

むしろ、

「ここから研究の長い旅が始まったのか」

と見る。

心理学の古典的な論文には、そういう楽しみ方があります。

それでも、この研究が投げかけた問いは古くならない

いろいろ注意点を並べましたが、

「では、この論文はあまり意味がないの?」

ということではありません。

むしろ逆です。

研究の限界を理解したうえで見ると、この論文が投げかけた問いの大きさがよくわかります。

「人は、会社からどう扱われていると感じながら働いているのか」

この問いは、1986年でも、今でも、かなり重要です。

働き方がオンラインになっても、

「ちゃんと評価されているだろうか」

と思います。

チャットで仕事をしていても、

「困ったとき、この会社は助けてくれるだろうか」

と考えます。

制度がどれだけ近代化しても、

「自分はここで大切にされているのか」

という問いは、案外なくなりません。

だから、この研究は面白い。

ただし、

「大切にされれば欠勤が減る」

という一行に縮めてしまうと、その面白さはむしろ失われます。

本当に興味深いのは、

人は会社との間にも関係を感じ、その関係の受け取り方には個人差があり、それが働き方とも結びついているかもしれない

というところです。

研究結果は、答えというより懐中電灯に近いのだと思います。

部屋全体を一瞬で明るくするものではありません。

でも、

「このあたり、もう少し見てみたら何かありそうですよ」

と照らしてくれる。

その光をありがたく借りながら、

照らされていない場所まで「全部見えた」と言わない。

それくらいの距離感で論文を読むと、心理学はずっと面白く、そしてずっと信頼できるものになります。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:会社に大切にされている感覚はなぜ重要?研究から見えた職場と人の関係

ここまで見てきたEisenbergerらの1986年の研究を、最後にもう一度、できるだけシンプルにまとめてみましょう。

この研究が投げかけた問いは、実はとても素朴です。

「人は、会社から自分が大切にされていると感じているのか。そして、その感覚は働き方と関係するのか?」

言葉にすると簡単ですが、よく考えるとかなり面白い問いです。

会社は人ではありません。

顔もなければ、声もありません。

それなのに私たちは、

「この会社は社員を大切にしている」

「この会社は現場を見ていない」

「ここは困ったときに助けてくれる」

と、ごく自然に会社そのものについて語ります。

つまり、日々の評価、待遇、上司の対応、困ったときの支援などを少しずつ集めながら、

「この組織は、自分をどう扱っているのか」

という一つの印象を心の中につくっているわけです。

その感覚を心理学の言葉にしたものが、知覚された組織的支援でした。

「社員を大切にしています」だけでは完成しない

この研究から学べる大切なことの一つは、

会社が支援していることと、社員が支援されていると感じていることは、同じではない

という点です。

会社側では、

「相談窓口もあります」

「研修制度もあります」

「福利厚生も整えました」

と胸を張っている。

ところが社員側では、

「相談したら迷惑そうな顔をされるんですよね」

となっているかもしれない。

これでは、少し悲しいすれ違いです。

もちろん制度は重要です。

給料も休日も労働環境も、ちゃんと整っている必要があります。

「ありがとうを言えば全部解決」という話ではありません。

ありがとうで家賃は払えません。

そこは現実として、とても大事です。

でも同時に、人間は条件表だけを見て働いているわけでもありません。

「自分の仕事をちゃんと見てもらえている」

「困ったときには気にかけてもらえる」

「この場所では、自分を雑に扱われない」

そうした感覚も、職場との関係をつくっています。

人は「取引」だけで働いているわけではない

仕事は契約です。

働く。
給料を受け取る。

これは当然の土台です。

でも、この研究を読んでいると、その土台の上にもう一階あることが見えてきます。

それが、

「関係」

です。

会社から大切にされていると感じたとき、

「じゃあ、自分もこの組織に応えたい」

と思う人がいる。

この研究では、そうした「よくしてもらったら返したい」という考え方が強い人ほど、組織的支援と欠勤との関係が強く表れていました。

つまり人は、

「働いたので給料ください。以上」

だけではなく、

「大切にしてもらったから、自分も何か返したい」

という、人間関係らしい動きも持っている可能性があるわけです。

会社という巨大な箱の中にも、ちゃんと人間の心が入っている。

考えてみれば当たり前なのですが、当たり前だからこそ見落とされやすいところです。

ただし、「大切にすれば欠勤が減る」という話ではない

ここも忘れずに持ち帰りたいところです。

この研究では、知覚された組織的支援と欠勤との関係が見られました。

しかし、

「会社が社員を大切にすれば、必ず欠勤が減る」

とまでは言えません。

欠勤には、病気、家族、生活事情など、さまざまな理由があります。

研究対象も限られていました。

さらに、この研究だけで因果関係まで証明したわけでもありません。

ですから、

「社員をほめれば欠勤対策になる!」

と一行にしてしまうと、せっかくの研究が急に薄味になります。

この論文が本当に面白いのは、そんな経営テクニックを教えてくれたところではありません。

「人は職場の中で、自分がどう扱われているかを感じ取りながら働いている」

ということを、研究の形で示そうとしたところです。

私たちが持ち帰れるのは、小さなことかもしれない

では、私たちの日常ではどうすればいいのでしょう。

会社全体を変えられなくても、

目の前の一人に、

「助かったよ」

と伝えることはできます。

誰かが少ししんどそうなら、

「大丈夫?」

と声をかけることもできます。

頑張った人に、

「ちゃんと見てたよ」

と伝えることもできます。

派手ではありません。

明日の売上が突然2倍になるわけでもありません。

でも、人が、

「ここにいていい」

と思える場所は、こういう小さなやり取りからできていくのかもしれません。

逆に、自分自身が、

「この会社では大切にされていない気がする」

と感じたなら、その感覚も雑に捨てなくていい。

「自分が弱いから」

で終わらせる前に、

「具体的に、どんな場面でそう感じるんだろう」

と考えてみる。

評価されないのか。
助けを求めにくいのか。
意見を聞いてもらえないのか。
体調や事情を軽く扱われるのか。

言葉にしていくと、ぼんやりした苦しさが、

「自分と職場のどこにズレがあるのか」

という少し扱いやすい問題に変わっていきます。

給料明細の余白にあるもの

Eisenbergerらの研究が残したものを、最後に一つの言葉にするなら、

会社と社員は、給料だけではつながっていない

ということだと思います。

もちろん給料は大切です。

休日も大切。
雇用条件も大切。
安全な職場も大切。

でも、その横にもう一つ、

目には見えない項目があります。

「ここで、自分は大切にされているだろうか」

という項目です。

この項目は求人票には書いてありません。

給与明細にも載りません。

会社案内にも、おそらく数字では載せられません。

でも働く人の心の中では、毎日のように少しずつ更新されています。

「今日はちゃんと見てもらえた」

「今日は少し雑に扱われた」

「困ったときに助けてもらえた」

そんな小さな出来事が積み重なって、

やがて、

「この会社は自分を大切にしてくれている」

という感覚になる。

あるいは、その逆になる。

会社には顔がありません。

でも、働く人の心の中には、会社の顔が映っています。

そしてその顔がどんな表情をしているかは、案外、毎日の小さなやり取りによって描かれているのかもしれません。

この論文は、そんな給料明細の余白にあるものを、心理学の研究としてすくい上げた一篇だったのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

今回の論文を読んでいて、私は何度も、

「人って、やっぱり“扱われ方”をちゃんと覚えているんだな」

と思いました。

仕事というと、どうしても条件の話になりやすいですよね。

給料はいくら。
休みは何日。
勤務時間は何時から何時。
福利厚生はこれだけあります。

もちろん、全部とても大切です。

むしろ大切すぎて、ここを「気持ちがあれば給料なんて」と片づけたら、私は全力で止めに入ります。

気持ちは大事です。

でも、気持ちでは電気代は払えません。

そこは現代社会、かなり現金です。

ただ、それでも今回の論文を読んでいると、

人間は条件だけでは働いていないんだな

ということを改めて感じます。

私たちは、会社の「顔」を見ながら働いている

会社には顔がありません。

考えてみると不思議です。

会社そのものと会ったことがある人なんて、おそらく誰もいません。

建物には会えます。

社長にも会えるかもしれません。

上司にも人事担当者にも会えます。

でも、「会社」という存在そのものが、

「どうも、会社です」

と名刺を持って現れることはありません。

それでも私たちは、

「この会社は優しい」

「この会社は冷たい」

「社員を大切にする会社だ」

「人を使い捨てにする会社だ」

と言います。

つまり、いろいろな出来事を集めながら、心の中で会社の顔を描いているんですよね。

困ったとき、助けてくれた。

頑張ったことを覚えていてくれた。

体調が悪いとき、無理をさせなかった。

そういう経験が一筆ずつ重なって、

「この会社は、自分を大切にしてくれている」

という顔になる。

逆に、

困っても知らん顔。

頑張っても当然。

失敗だけは拡大鏡で確認。

となれば、

「なるほど、この会社における私の役割は、“不具合発生時にのみ発見される生物”なんですね」

という顔が出来上がってしまう。

会社は鏡を見て、

「うちは社員思いの会社だ」

と思っているかもしれない。

でも社員側の心の中では、まったく違う顔になっていることもある。

このズレって、かなり大きいと思うんです。

「ちゃんと見てるよ」は、すごく小さくて、すごく大きい

私はこの論文を読んでいて、「大切にする」という言葉について少し考えました。

大切にすると聞くと、どうしても大きなことを想像します。

給料を上げる。

休暇を増やす。

制度を整える。

もちろん、それらは必要です。

でも、人が「大切にされている」と感じる瞬間って、案外もっと小さいのかもしれません。

たとえば、

「ありがとう」

と言われたとき。

「助かったよ」

と言われたとき。

「最近どう?」

と聞かれたとき。

自分でも忘れかけていた仕事について、

「この前のあれ、よかったよ」

と言われたとき。

ほんの十秒くらいの出来事です。

でも、その十秒が妙に残ることがあります。

逆もあります。

何気なく言われた一言が、数年残ってしまうこともあります。

人間の心、保存容量の使い方が独特です。

パスワードは忘れるのに、昔言われた嫌な一言は鮮明に保存されていたりします。

だったらせめて、

「ちゃんと見てるよ」

という記憶も、少し増やしていけたらいいなと思うんです。

大切にすることは、人を動かす技術じゃない

一方で、この研究を読んでいて少し怖いと思った部分もあります。

それは、

「社員を大切にすると、会社に応えてくれる」

というところだけを切り取ってしまうことです。

この話を経営テクニックに変えるのは簡単です。

「社員を褒めましょう。すると欠勤が減ります」

「支援しましょう。会社への貢献が増えます」

みたいな。

でも私は、これはかなり寂しい読み方だと思います。

相手を大切にするのは、相手を思い通りに動かすためではないからです。

「昨日あなたの相談に乗ったから、今日は残業よろしく」

となったら、相談が急に請求書になります。

人は、大切にされたら応えたくなることがある。

でも、

「応えてもらうために大切にする」

となった瞬間、たぶん何かが壊れます。

この順番は似ているようで、かなり違う。

私はここ、大事だと思っています。

人間関係には、ときどき効率を持ち込まないほうがいい場所があります。

「大切にされていない」と感じる自分も、雑に扱わなくていい

もう一つ、この研究から個人的に持ち帰りたいと思ったのは、

自分が「大切にされていない」と感じたとき、その感覚まで否定しなくていい

ということです。

職場でしんどくなったとき、

「自分が弱いのかな」

「考えすぎかな」

「みんな我慢してるんだから」

と、自分の感覚を引っ込めてしまうことがあります。

もちろん、感じ方には個人差があります。

いつも自分の受け取り方が正しいとは限りません。

でも、

「そう感じている」

ということまで、なかったことにする必要はないと思うんです。

むしろ、

「自分は、どんなときに大切にされていないと感じるんだろう」

と静かに見てみる。

意見を聞いてもらえないときなのか。

困っても助けを求められないときなのか。

頑張っても何も返ってこないときなのか。

体調より仕事を優先されるときなのか。

そこまで言葉にできると、

「自分はダメだ」

という巨大で真っ黒な塊が、

「私は、この部分でつらさを感じている」

という少し小さな問題に変わります。

問題が小さくなったというより、輪郭が見えるようになるんですね。

輪郭が見えれば、相談することも、距離を取ることも、環境を変えることも考えやすくなります。

私は「雑に扱われない場所」が好きです

「アドラーの昼寝」でいろいろな心理学論文を読んでいると、研究テーマは違っても、ときどき同じ場所に戻ってくることがあります。

人間は、

認められたい。

つながっていたい。

安心したい。

自分の存在を雑に扱われたくない。

結局、そんなところです。

今回の「知覚された組織的支援」も、難しい名前をほどいていくと、

「ここで私は、人としてちゃんと扱われていますか?」

という問いに見えてきます。

私は、この問いがとても好きです。

「成果を出しましたか?」

でも、

「役に立ちましたか?」

でもない。

もっと手前にある、

「あなたは、ここにいて雑に扱われていませんか?」

という問いです。

仕事では、どうしても成果が求められます。

それ自体は当然です。

でも、成果を求めることと、人を雑に扱うことは別です。

うまくいかなかった日にも、

少し調子を崩した日にも、

まだ役に立てていない新人にも、

「あなたはここにいる人です」

という扱いがある職場。

私は、そういう場所は強いと思います。

派手ではないけれど、人が少し長く呼吸できる場所です。

最後に残ったのは、「ちゃんと見てるよ」でした

この論文を読み終えて、私の中に残ったのは「欠勤」という数字ではありませんでした。

もちろん研究上は、とても重要な結果です。

でも、読後に残ったのはもっと小さな言葉でした。

「ちゃんと見てるよ」

でした。

頑張ったときだけではなく。

失敗したときも。

元気なときだけではなく。

少し弱っているときも。

そこにいる一人の人間として、ちゃんと見てもらえている。

そんな感覚が、人と場所との関係を少しずつ育てていく。

会社でも、家庭でも、友人関係でも、たぶん同じなのでしょう。

私たちは、ときどき人を助けようとして、大きなことをしようとします。

何か立派な言葉を言わなきゃ。

解決してあげなきゃ。

元気にしてあげなきゃ。

でも、その前に、

「あなたのこと、ちゃんと見えてますよ」

と伝わるだけでいい日もあるのかもしれません。

会社には顔がありません。

でも、会社の顔をつくっているのは、結局そこで交わされる一つ一つの言葉や態度なのでしょう。

そして私たち自身もまた、誰かにとっての「職場の顔」の一部です。

だったらせめて、目の前の一人を雑に扱わない。

大きな改革ではありません。

会議も予算もいりません。

でも私は、こういう小さなところから人が安心して働ける場所はできていくんじゃないかな、と、この論文を読んで思いました。

心理学の論文は、ときどき難しい言葉をたくさん連れてきます。

でも、その言葉たちを一枚ずつ脱がせていくと、

最後に残っているのは案外、

「人を大切にするって、どういうことだろう」

という、昔から私たちが考え続けている問いだったりします。

今回の論文も、そんな一篇でした。

そしてたぶん、この問いには最終ページがありません。

明日また誰かと働くとき、その続きを私たち自身が書いていくのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

出典論文:Eisenberger, R., Huntington, R., Hutchison, S., & Sowa, D.(1986). Perceived organizational support. Journal of Applied Psychology, 71(3), 500–507. DOI:10.1037/0021-9010.71.3.500

掲載・確認先APA PsycNet / Google Scholar / CiNii Research

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
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