フィードバックの効果は伝え方で変わる?研究が示した3つの問い

フィードバックの効果は伝え方で変わる?研究が示した3つの問い
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「よくできたね」のあとに、本当に必要な言葉とは?

『フィードバックの力――その一言は、学びを伸ばすのか、それとも止めるのか』ジョン・アラン・クリントン・ハッティ、ヘレン・ステイプルトン・ティンパーリー(2007)

Hattie, J., & Timperley, H.(2007). The Power of Feedback. Review of Educational Research, 77(1), 81–112.
DOI:10.3102/003465430298487

「よくできたね」

言われたら、もちろんうれしい言葉です。

仕事で資料を作ったとき。
新しいことを覚えたとき。
苦手だった作業をなんとか終わらせたとき。

上司や先輩から「よくできたね」と言われれば、心の中では小さくガッツポーズです。

「よし。今日は帰りにプリンでも買おう」

そんな気分になるかもしれません。

ところが、ここで少し妙なことが起こります。

「よくできたね」

「ありがとうございます」

……さて、次は?

本人としては、ちょっと困ります。

よくできたことはわかった。
でも、何がよかったのだろう。
次も同じようにやればいいのだろうか。
もっと良くするなら、どこを変えればいいのだろう。

せっかく褒めてもらったのに、肝心の「次へ進むための地図」がありません。

逆に、

「ここ、もうちょっと工夫して」

と言われた場合も同じです。

「はい」

と返事はできます。

しかし心の中では、

「もうちょっとって、どっち方向へ?」

となっているかもしれません。

フィードバックという言葉を聞くと、私たちはつい「評価を伝えること」だと思いがちです。

「よかったよ」
「ここがダメだったよ」
「もっと頑張ろう」

いわば、仕事や勉強のあとに渡される通信簿のようなものです。

けれど、心理学・教育研究の世界でフィードバックを眺めてみると、話はもう少し面白くなります。

フィードバックは、単なる「結果発表」ではありません。

むしろ大切なのは、

「自分はいま、どこにいるのか」

そして、

「ここから、どこへ向かえばいいのか」

をわかるようにすることなのです。

フィードバックは「採点」より「道案内」に近い

たとえば、あなたが知らない街を歩いているとします。

スマートフォンの地図を開いたところ、画面にこう表示されました。

「現在地:まあまあです」

困ります。

いや、まあまあなのはありがたいのですが、駅に行きたいのです。

反対に、

「あなたは道を間違えています」

だけでも困ります。

「それは薄々わかっています。だから正しい道を教えてください」

となります。

フィードバックも、これとよく似ています。

「良い」「悪い」という評価だけでは、その人が次に何をすればいいのかわからないことがあります。

そこで登場するのが、教育心理学の研究者ジョン・ハッティとヘレン・ティンパーリーです。

二人は2007年に発表した論文『The Power of Feedback(フィードバックの力)』の中で、多くの研究を整理しながら、フィードバックが学習や成果にどのような役割を果たすのかを考えました。

そして重要なのは、

「フィードバックなら何でも人を伸ばしてくれる」わけではない

ということでした。

言葉をかければ、自動的に能力が伸びる。

残念ながら、人間はそこまで便利な植木鉢ではありません。

水をかければ伸びる、というほど単純ではないのです。

フィードバックは、内容によって効果が変わります。

役立つものもあれば、思ったほど役立たないものもある。

場合によっては、せっかく言葉をかけたのに、相手の注意が肝心の課題から離れてしまうことさえあります。

では、何を伝えればいいのでしょうか。

ハッティとティンパーリーは、効果的なフィードバックを考えるうえで、とてもわかりやすい三つの問いを示しました。

「どこへ向かっているのか?」

「いま、どこまで来ているのか?」

「次に、何をすればいいのか?」

こうして並べてみると、フィードバックの見え方が少し変わってきます。

フィードバックとは、過去に点数をつけるためのものではなく、

次の一歩を見つけるためのものなのかもしれません。

「よくできたね」で会話を終えるのではなく、

「ここがよかったよ。次はここを試してみよう」

まで言えたとき、言葉はただの評価から「道しるべ」に変わります。

会社で部下や後輩に声をかけるとき。
誰かに何かを教えるとき。
子どもの勉強を見るとき。
そして、自分自身の仕事を振り返るとき。

私たちは毎日のように、小さなフィードバックを渡しています。

その言葉は、相手を採点するための赤ペンになっているでしょうか。

それとも、次の一歩を照らす小さな懐中電灯になっているでしょうか。

今回は、ハッティとティンパーリーの研究を手がかりに、

「フィードバックは本当に効果があるのか」

そして、

「人が次へ進みやすくなるフィードバックとは、どんなものなのか」

を、できるだけ難しい言葉を玄関に置いて、一緒に見ていきたいと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

この論文を、かなり思い切ってひとことで言うなら、

「フィードバックとは、相手に点数をつけることではなく、“今いる場所”から“行きたい場所”までの道を教えること」

です。

「今回の仕事、80点ですね」

と言われても、

「なるほど、80点なんですね」

で終わってしまいます。

80点という数字はわかりました。

しかし、こちらとして知りたいのは、

「残りの20点はどこへ落としてきたんでしょうか?」

ということです。

もう少し頑張ればいいのか。
やり方を変えればいいのか。
そもそも方向が違うのか。

ここがわからなければ、次の仕事でも同じ場所をぐるぐる回ってしまいます。

ハッティとティンパーリーが考えたフィードバックは、もっと「次」に目を向けています。

大切なのは、

どこを目指しているのか。

今はどこまでできているのか。

では、次に何をすればいいのか。

この三つです。

つまり、

「よくできました!」

だけでは少し足りない。

「ダメです!」

なら、もっと足りない。

相手からすれば、

「それで私は明日、何をしたらいいのでしょう」

という話なのです。

フィードバックは「感想」ではなく「現在地のお知らせ」

ここが、この論文のおもしろいところです。

私たちは普段、フィードバックというと、

「褒める」

「注意する」

「評価を伝える」

といったものを想像しがちです。

でもハッティとティンパーリーの考え方で見ると、フィードバックの役割はもっと具体的です。

たとえば山登りをしている人に、

「頑張ってますね!」

と声をかける。

もちろん、うれしい。

元気も少し出るでしょう。

ところが、その人が知りたいのは、

「山頂まであと何キロですか?」

「この道で合っていますか?」

「次の分かれ道は右ですか、左ですか?」

だったりします。

そこで、

「頑張ってますね!では!」

と爽やかに去られたら、

「ありがとうございます。でも道を聞きたかったんです」

となります。

フィードバックも、これと似ています。

励ますことそのものが悪いわけではありません。

褒めることも大切です。

しかし、褒めるだけでは「次にどうすればいいのか」がわからないことがある。

逆に、間違いを指摘するだけでも、

「間違っていることはわかりました。正解への入口はどこでしょう?」

となってしまいます。

だから必要なのは、

目標と現在地のあいだにある「差」を見つけ、その差をどう縮めるかを伝えること。

ここにフィードバックの力がある、とこの論文は考えます。

「あなたはダメ」ではなく「ここを変えるといい」

もうひとつ、大切なポイントがあります。

フィードバックは、何について伝えるかによっても意味が変わります。

たとえば、

「君は優秀だね」

と言われるのと、

「この資料は、最初に結論を書いたから読みやすかったよ」

と言われるのでは、かなり違います。

前者は「あなた自身」についての言葉です。

後者は「何をしたのか」についての言葉です。

もし、

「君はすごい!」

だけで終われば、うれしくはあります。

でも次回、

「では、何をもう一度やればいいんだろう?」

となります。

一方、

「最初に結論を書いたところがよかった」

なら、

「あ、それなら次回も最初に結論を書こう」

と、自分の行動につなげられます。

つまり、フィードバックの目的は、

その人を採点することではなく、その人が次の行動を選べるようにすること

なのです。

ここは仕事でも教育でも、かなり使える視点ではないでしょうか。

部下に、

「もっと主体性を持って」

と言うより、

「次の会議では、ひとつ自分から改善案を出してみて」

と言ったほうが、何をすればいいのかが見えます。

「文章がわかりにくい」

と言うより、

「最初の三行で結論を伝えてみよう」

と言ったほうが、次の一手がわかります。

人間は「もっと頑張ってください」と言われただけでは、どこの筋肉を使えばいいのかわかりません。

心にも取扱説明書はありませんので、具体的な道案内が必要なのです。

過去を裁くより、次の一歩をつくる

だから、この論文のフィードバック観をもう一度まとめるなら、

フィードバックは、過去について判決を下すものではありません。

「あれがよかった」

「あれがダメだった」

で裁判を閉廷するのではなく、

「では、ここからどうしようか」

まで考える。

過去を見るけれど、目的地は未来にあります。

フィードバックとは、

「あなたはここまで来ています。目的地はあちらです。では次は、この道を進んでみましょう」

と伝えるもの。

そう考えると、フィードバックという少し堅い言葉が、ずいぶん違って見えてきます。

先生から生徒へ。

上司から部下へ。

先輩から後輩へ。

あるいは、自分から自分へ。

大切なのは「評価すること」ではなく、

次の一歩が見えること。

Hattie & Timperley(2007)の『The Power of Feedback』は、そんな当たり前のようで意外と忘れやすいことを、研究の積み重ねから整理してくれた論文です。

ですから、この論文をひとことで言うなら、

「いいフィードバックとは、“よかった・ダメだった”で話を終わらせず、“じゃあ次はどうする?”まで一緒に届けるもの」

ということになるでしょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

Hattie & Timperley(2007)の『The Power of Feedback』を、まず3つだけ持ち帰るとしたら、この3点です。

1.フィードバックは、与えれば何でも効果があるわけではない

「フィードバックは大切です」

ここまでは、なんとなく誰でも納得できそうです。

ところが、この論文はそこで話を終わらせません。

フィードバックの効果は、その内容や与え方によって大きく変わると考えます。

たとえば、

「もっと頑張って」

と言われても、

「はい。では具体的に、どこをどう頑張れば……?」

となります。

反対に、

「今回の資料は結論が後ろにあるから、最初に結論を持ってきてみよう」

と言われれば、次に何をすればいいのかが見えます。

つまり大切なのは、言葉をたくさん浴びせることではありません。

その人が目標に近づくために役立つ情報になっているかどうか。

フィードバック界にも、「量より中身」という少々耳の痛い事情があるのです。

2.効果的なフィードバックには「3つの問い」がある

この論文を理解するうえで、とても重要なのが三つの問いです。

「どこへ向かっているのか?」

「いま、どこまで来ているのか?」

「次に何をすればいいのか?」

言い換えれば、

目標・現在地・次の一歩

です。

カーナビで考えると、とてもわかりやすいでしょう。

目的地がわからない。

現在地もわからない。

次に右へ曲がるのか左へ曲がるのかもわからない。

そんなカーナビが、

「その調子です!」

だけは元気よく言ってくる。

……ちょっと怖いですね。

フィードバックも同じです。

励ましだけではなく、

「何を目指しているのか」

「そこまで、どのくらい近づいているのか」

「次に何を変えればいいのか」

が見えることで、初めて次の行動につながりやすくなります。

3.「あなたはすごい」より「何がよかったか」のほうが次につながりやすい

この論文では、フィードバックをいくつかの段階に分けて考えています。

簡単に言えば、

「できた・できなかった」という課題についての情報

だけでなく、

「どんなやり方をしたか」

「自分でどう確認し、調整するか」

といったところまでフィードバックできます。

一方で、

「あなたは頭がいいね」

「君は優秀だ」

「さすがですね」

といった、本人そのものに向けられた評価は、課題を改善するための情報としては役立ちにくいことがあります。

もちろん、

「褒めてはいけません」

という話ではありません。

褒められたらうれしいです。

人間ですから、たまには「さすが!」の一杯くらい浴びたいものです。

ただし、成長につなげることを考えるなら、

「さすがですね」

で終わるより、

「今回は最初に要点をまとめたから、とても読みやすかったです」

まで伝えたほうが、

「ああ、そこがよかったのか」

と本人が理解できます。

すると、次回もその工夫を使えます。

つまり、この論文が教えてくれるのは、

人を評価する言葉より、次の行動を選べる情報を渡そう

ということです。

まとめると、

① フィードバックは、与えれば自動的に効くわけではない。

② 「目標・現在地・次の一歩」を伝えることが重要。

③ 人そのものを評価するより、課題・やり方・次の行動について具体的に伝えるほうが役立ちやすい。

この3つを頭に置いておくと、このあと出てくるHattie & Timperleyのフィードバック理論が、ぐっと読みやすくなります。

フィードバックとは「あなたを評価しました」という通知表ではありません。

「ここまで来ています。次はこちらです」と渡す、小さな案内板なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:フィードバックの効果はなぜ変わる?「伝えれば伸びる」で終われなかった理由

フィードバックは大切。

これは、ずいぶん昔から教育や仕事の世界で言われてきたことです。

テストを返すなら、

「ここを間違えていますよ」

仕事を教えるなら、

「ここはもう少しこうしたほうがいいですよ」

何かがうまくできたなら、

「よくできました」

そうやって結果を伝えれば、人は自分の間違いや成功に気づき、次はもっと上手にできる。

なるほど。

話だけ聞けば、とても筋が通っています。

ところが研究の世界では、ここで少し困ったことが起きていました。

フィードバックを与えたからといって、いつも同じように成果が上がるわけではなかったのです。

「えっ、フィードバックって効果があるんじゃないの?」

あります。

ただし、

「フィードバックなら何でもいい」というほど話は簡単ではありませんでした。

ここが、Hattie & Timperley(2007)が整理しようとした大きな問題でした。

「フィードバックは大事です」だけでは、説明が足りなかった

たとえば、二人の生徒が同じテストで間違えたとします。

先生が一人目には、

「この計算式のここで符号が変わっています。次はこの部分を確認してみよう」

と伝えたとします。

もう一人には、

「もっと集中しましょう」

と伝えたとします。

どちらも、一応はフィードバックです。

でも、受け取った情報はかなり違います。

一人目は、

「なるほど。符号を確認すればいいのか」

と次の行動が見えます。

ところが二人目は、

「集中……はい」

となります。

問題はここです。

集中とは、何をすればいいのでしょう。

眉間に力を入れるのでしょうか。

机に3センチ近づけばいいのでしょうか。

「もっと集中して」と言われた本人の頭の中に、具体的な改善方法が浮かばなければ、言葉は届いても行動までは届きません。

つまり研究者たちにとって重要だったのは、

「フィードバックに効果があるか、ないか」だけではありませんでした。

もっと知りたかったのです。

「どんなフィードバックなら役に立つのか?」

「何について伝えると効果が高まりやすいのか?」

「逆に、どんなフィードバックでは学習につながりにくいのか?」

ここを整理しなければ、

「フィードバックは大事ですよ」

という話だけが独り歩きしてしまいます。

それでは料理番組で、

「おいしく作ることが大切です」

と言って番組が終わるようなものです。

いや、それを知りたいから見ているのです。

同じ「褒める」でも、中身はまったく同じではない

もうひとつ、ややこしい問題があります。

一口にフィードバックといっても、その中身はバラバラです。

「正解です」

という結果についての情報もあります。

「この方法を使ったのがよかったですね」

という、やり方についての情報もあります。

「次は自分でここを確認してみましょう」

という、自分で学習を調整するための情報もあります。

そして、

「あなたは優秀ですね」

という、その人自身への評価もあります。

全部まとめれば「何かを伝えている」という意味では似ています。

でも、学ぶ側からすると、かなり違います。

「あなたは優秀です」

と言われれば、もちろん悪い気はしません。

今日のコーヒーが少しおいしく感じるかもしれません。

ただ、

「では、次回も同じ成果を出すには何をすればいいですか?」

と聞かれると、困ります。

優秀でいる。

……どうやって?

一方、

「今回は、最初に結論を書いたから説明がわかりやすかった」

と言われれば、

「次もそうしよう」

と行動につなげられます。

つまり当時の研究を眺めると、

フィードバックという一つの言葉の箱に、かなり違う種類のものが詰め込まれていた

わけです。

それなのに全部まとめて、

「フィードバックは効果がありますか?」

と尋ねても、答えがごちゃごちゃするのは当然です。

りんごもカレーもケーキも同じ袋に入れて、

「この食べ物は甘いですか?」

と聞いているようなものです。

「ものによります」

となります。

では、何がフィードバックの効果を分けるのか

そこでHattieとTimperleyは、フィードバックについて蓄積されてきた研究を整理し、

「フィードバックが効果を発揮する仕組みを、もう少しきちんと地図にしてみよう」

と考えました。

重要なのは、

「言葉をかけたかどうか」

だけではありません。

その言葉が、

目標をはっきりさせているのか。

現在の状態を知らせているのか。

次に何をすればいいのかを示しているのか。

さらに、

課題そのものについて伝えているのか。

やり方について伝えているのか。

自分で考え、修正する力につながっているのか。

こうした違いを整理しなければ、フィードバックの正体は見えてきません。

だからこの論文は、

「フィードバックは効きます」

と大きな旗を立てるための論文ではありません。

むしろ、

「ちょっと待ってください。同じフィードバックという名前でも、中身によって働き方が違いますよね」

と、散らかった机の上を一度整理した論文です。

そして、その整理から見えてきたのが、

「どこへ向かっているのか」

「いま、どこまで来ているのか」

「次に何をすればいいのか」

という三つの問いでした。

フィードバックは、過去の答案に赤丸やバツをつけるだけのものではない。

本当に知りたいのは、

その情報が、次の学びへどうつながるのか。

そこがまだ十分に整理されていなかったからこそ、Hattie & Timperley(2007)は『The Power of Feedback』で、フィードバックという大きな言葉をいったん分解し、その仕組みを組み立て直そうとしたのです。

言ってみれば、

「フィードバックって大事だよね」

というところで止まっていた会議に、

二人が資料を抱えて入ってきて、

「ところで、“何をどう伝えると大事なのか”まで決めませんか?」

と議題を一段深くした。

そんなところから、この論文は始まっています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:フィードバックの効果をどう調べた?多くの研究を整理して見えてきたこと

さて、ここまで読むと、

「それでハッティとティンパーリーは、どんな実験をしたの?」

と思うかもしれません。

たとえば生徒を100人集めて、

Aグループには「よくできました!」、
Bグループには「ここをこう直しましょう」、
Cグループには何も言わない。

そしてテストの点数を比べる。

そんな実験を想像しそうですが、今回の論文はそういう研究ではありません。

Hattie & Timperley(2007)が行ったのは、フィードバックについて、それまでに積み重ねられてきた研究を整理し、「なぜ効くときと効かないときがあるのか」を考えることでした。

論文の表現では、フィードバックについての概念的な分析を行い、学習や達成への影響に関する研究結果を検討しています。

つまり、

「新しい実験を一つ追加しましょう」

というより、

「研究はもうたくさんあります。一度、机の上に全部広げて整理しましょう」

というタイプの論文なのです。

まず、「フィードバックは効果がある」という研究を集めて眺めた

フィードバックについては、この論文が登場するより前から、かなり多くの研究が行われていました。

先生が生徒に間違いを伝える。

正解を知らせる。

ヒントを出す。

褒める。

すぐフィードバックする。

少し時間を置いてから伝える。

目標と一緒に伝える。

研究によって、扱っているフィードバックはさまざまです。

そこでHattieとTimperleyは、これまでの研究やメタ分析をもとに、

「フィードバックは、全体としてどれくらい学習に関係しているのか」

そして、

「どんなフィードバックで効果が変わっているのか」

を整理していきました。

実際、論文では複数のメタ分析の結果が一覧にされており、フィードバックとひとことで言っても、ヒント、訂正、賞賛、タイミングなどによって効果の大きさがかなり違っていることが示されています。

ここが重要です。

「フィードバック」という一つの大きな箱を用意して、

効く・効かない

の二択にしたわけではありません。

箱を開けて、

「あなたはヒントですね」

「こちらは褒め言葉ですね」

「あなたは間違いを直す情報ですね」

「そちらは次の目標ですね」

と、中身を仕分けしていったわけです。

フィードバック界の大掃除です。

そして「なぜ効くのか」を説明する地図を作った

研究結果を並べるだけなら、

「この研究では効果がありました」

「こちらでは小さかったです」

「こっちは逆効果でした」

で終わってしまいます。

それでは読者としては、

「結局どうすればいいんですか」

となります。

そこで二人は、研究結果を整理したうえで、効果的なフィードバックがどのように働くのかを説明するモデルを提案しました。

その中心に置かれたのが、これまで何度か登場してきた三つの問いです。

「どこへ向かっているのか?」

「いま、どこまで来ているのか?」

「次に何をすればいいのか?」

さらにフィードバックを、

課題そのもの

課題に取り組む方法や考え方

自分で学習を調整する力

本人そのものへの評価

といった異なるレベルに分けて考えました。

要するに二人がやったのは、

「フィードバックは効く!」

と大声で宣伝することではありません。

むしろ、

「ちょっと待って。同じ“フィードバック”という名前でも、どこに向けた言葉なのかで全然違うんじゃない?」

と整理したことなのです。

「いつ伝える?」や「褒める?注意する?」も検討した

さらにこの論文では、日常でもよく出てくる問題にも目を向けています。

たとえば、

「フィードバックは、すぐ伝えたほうがいいの?」

「あとから伝えたほうがいいの?」

「ポジティブな言葉のほうがいい?」

「間違いを指摘するのは悪いこと?」

といった話です。

論文では、フィードバックのタイミングや、肯定的・否定的なフィードバックの働きについても、先行研究をもとに検討しています。

ただし、

「すぐ言えば必ず正解!」

「褒めれば全部解決!」

という万能ルールを作ったわけではありません。

むしろこの研究が教えてくれるのは、

フィードバックの効果は、何を、誰に、どんな目的で、どのように伝えるかによって変わる

ということです。

だから研究方法をざっくりまとめれば、

過去のフィードバック研究を広く整理する

どんな場合に効果が大きい・小さいのかを見る

その違いを説明できるモデルを作る

という流れになります。

実験室で新しいデータを一から集めた研究ではありません。

それまであちこちに散らばっていた研究結果を机いっぱいに並べ、

「さて、この巨大なパズル、どうつながっているんでしょう?」

と組み直した研究です。

そして完成してきた絵が、

「良いフィードバックとは、ただ評価を返すことではなく、目標と現在地の差を埋め、次の行動につながる情報を返すこと」

という考え方でした。

この「研究を整理して作った地図」があるからこそ、次はいよいよ、

では実際に、どんなフィードバックが効果的だと考えられたのか

を見ていくことができます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:効果的なフィードバックとは?研究で見えてきた「3つの問い」

さて、ここからがこの論文の本丸です。

Hattie & Timperley(2007)が、それまでのフィードバック研究を整理して見えてきたのは、

「フィードバックは大切。でも、何を伝えても同じように効くわけではない」

ということでした。

ここまでは、なんとなく想像できるかもしれません。

ところが面白いのは、その先です。

良いフィードバックというと、

「たくさん褒める」

「すぐに間違いを教える」

「やる気が出る言葉をかける」

あたりを思い浮かべそうですが、研究から見えてくる景色はもう少し違います。

重要なのは、

その言葉によって、本人が「次にどうすればいいか」を理解できるかどうか。

つまりフィードバックは、気分をよくするサービスというより、学習や行動を前へ進めるための情報なのです。

その仕組みを整理するために、二人は三つの問いを示しました。

1.「どこへ向かっているのか?」をわかるようにする

一つ目は、

「どこへ向かっているのか?」

です。

簡単に言えば、

目標は何なのか。

どれだけ丁寧なフィードバックをもらっても、そもそもの目的地がわからなければ困ります。

たとえば上司から、

「もう少し良くして」

と言われたとします。

「はい」

とは答えられます。

でも、

「“良い”とは、どこのことでしょう?」

という問題が残ります。

文章を短くするのか。

数字を増やすのか。

もっと詳しく説明するのか。

見た目を整えるのか。

目的地を教えずに、

「そっちじゃない」

と言われ続けたら、部下はそのうち社内を永久にさまよう旅人になります。

だからフィードバックの前には、

「何ができるようになればいいのか」

というゴールが必要です。

学校なら、

「この問題を解けるようになる」

仕事なら、

「この資料を読んだ人が、5分で意思決定できるようにする」

といった具合です。

目標があるからこそ、今の出来栄えが「良いのか、まだ足りないのか」を判断できます。

つまりフィードバックは、

ゴールのない場所には着陸できない

のです。

2.「いま、どこまで来ているのか?」を伝える

二つ目は、

「いま、どこまで来ているのか?」

です。

これは、現在地を伝えるフィードバックです。

たとえば、

「この資料はダメですね」

だけではなく、

「最初に結論があるので話の方向はわかりやすい。ただ、根拠となる数字がまだ少ない」

と伝える。

すると本人は、

「あ、全部ダメなわけではないんだ」

とわかります。

できている部分と、まだ足りない部分が見えてくるわけです。

これは意外と大切です。

私たちは誰かに改善点を伝えようとすると、つい「悪いところ探し大会」を始めてしまうことがあります。

赤ペンを持った瞬間、人間には小さな審査員が宿るのでしょうか。

しかしフィードバックの役割は、

欠点を発見して表彰することではありません。

目標と比べて、

「ここまでは来ています」

「ここに差があります」

と現在地を知らせることです。

カーナビも、

「あなたは間違っています」

とは言いません。

淡々と、

「300メートル先を右です」

と教えてくれます。

しかも過去の過ちを30分ほど説教してきたりもしません。

なかなか人格ができています。

3.「では、次に何をすればいい?」まで伝える

そして三つ目。

これが特に重要です。

「次に何をすればいいのか?」

です。

悪かったところを知らせただけでは、人はまだ動けません。

「文章がわかりにくいです」

と言われれば、

「そうですか……」

で終わる可能性があります。

しかし、

「一段落に一つの話題だけ入れてみましょう」

と言われれば、

「なるほど。それなら直せそうです」

となります。

この「次の一手」まで見える情報が、フィードバックを未来につなげます。

つまり、

目標 → 現在地 → 次の一歩

です。

かなり単純に見えます。

でも、よく考えてみると、普段のフィードバックでは最後の一個が抜けがちです。

「ここがダメだった」

までは言う。

「では次にどうすればいいか」

になると、

「まあ、そこは自分で考えて」

突然、野生に返されます。

もちろん、自分で考えることも大切です。

ただ、本人がまだ方法を知らない段階では、考えるための手がかりが必要です。

良いフィードバックとは、答えを全部渡すことではありません。

次に考えるべき場所を照らしてあげること

なのです。

意外だったのは「何についてフィードバックするか」でも効果が変わること

そして、この研究で特に面白いのがここです。

HattieとTimperleyは、フィードバックにはいくつかの「向かう先」があると整理しました。

大きく分けると四つあります。

一つ目は、課題そのもの

「ここは正解です」

「この計算が違います」

というものです。

二つ目は、取り組み方や考え方

「この方法より、まず条件を整理したほうが解きやすいですよ」

というものです。

三つ目は、自分で確認し、調整する力

「答えを出したあと、自分で別の方法でも確認してみよう」

といったものです。

そして四つ目が、

本人そのものへの評価です。

「あなたは頭がいい」

「君は優秀だ」

「さすがです」

といった言葉ですね。

さて、ここでちょっと意外な話になります。

一見すると、

「あなたはすごい!」

が、いちばん効きそうではないでしょうか。

言われたらうれしい。

元気も出る。

帰り道の足取りまで少し軽くなりそうです。

ところが、学習や課題を改善するための情報という点では、こうした本人そのものに向けられたフィードバックは効果が弱くなりやすいと整理されています。

なぜでしょう。

「あなたはすごい」

と言われても、

「何がすごかったのか」

がわからないからです。

次に再現する方法がありません。

一方、

「今回の説明は、最初に具体例を出したからわかりやすかった」

なら、

「次も具体例から入ってみよう」

と行動につなげられます。

ここが、この研究のかなり面白いところです。

人を褒めることと、人が成長するための情報を渡すことは、同じではない。

もちろん、

「だから褒めてはいけない」

という話ではありません。

そこは早合点しないでください。

褒め言葉には、人間関係を温かくしたり、喜びを共有したりする役割があります。

ただし、

「次の成果につながるフィードバック」という目的で考えるなら、何が良かったのかまで具体的にするほうが役立ちやすい

ということです。

フィードバックは「人」より「行動」に近づける

仕事の場面で考えると、かなりわかりやすくなります。

たとえば部下がプレゼンをしたあと、

「君、プレゼン上手だね」

と言う。

うれしいです。

でもこれでは、

「ありがとうございます。次も上手でいられるよう祈ります」

となります。

そこで、

「最初に結論を示してから理由を説明したので、話が追いやすかったよ」

と伝える。

すると、

「次もその構成を使おう」

と再現できます。

逆に失敗したときも同じです。

「君は注意力がない」

と言われると、本人そのものが問題になってしまいます。

しかし、

「入力後に一度読み上げ確認をすると、このミスは減らせそうだね」

なら、変えられる行動の話になります。

性格は今日の午後3時までに交換できませんが、確認方法なら今日から変えられます。

フィードバックを「その人への判決」から「行動への情報」に近づける。

これは教育だけでなく、仕事や人間関係でもかなり使える考え方です。

本当に大切なのは「何を言ったか」ではなく「次に進めるか」

ここまでをまとめると、この論文から見えてくる効果的なフィードバックには、大きな流れがあります。

どこへ向かっているのか。

いま、どこまで来ているのか。

次に何をすればいいのか。

そして、その情報は、

「あなたは素晴らしい」

「あなたはダメだ」

と本人そのものへ向かうより、

「何ができているのか」
「どんな方法を使っているのか」
「どうすれば自分で改善できるのか」

へ向かうほうが、学習につながりやすい。

これがHattie & Timperley(2007)が整理した、大切なポイントです。

考えてみれば、少し不思議です。

私たちはフィードバックをするとき、

「何を言おう?」

と考えます。

でも、この論文が問いかけているのは、その一歩先です。

「その言葉を受け取った人は、次に何をできるようになるの?」

そこまで考えて初めて、フィードバックは力を持つ。

だから良いフィードバックとは、

立派な言葉でも、

気の利いた褒め言葉でも、

厳しい指摘でもありません。

相手が次の一歩を選べるようになる情報です。

フィードバックの力は、言葉そのものの派手さではなく、

その言葉のあとに、

人が一歩動けるかどうか

に宿っているのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:「褒めれば伸びる」とは限らない?フィードバック研究の意外なところ

この論文を読んでいて、いちばん「へえ」となるのは、

人をいい気分にさせる言葉と、人を成長させる情報は、同じとは限らない

というところではないでしょうか。

たとえば、仕事を終えたあとに、

「すごいですね!」

と言われたら、うれしい。

これは間違いありません。

心の中の小さな自分が、

「本日の営業は大成功です」

と札を出してもいいくらいです。

では、その「すごいですね!」を受け取ったことで、次の仕事はもっと上手にできるでしょうか。

……ここで少し考えてしまいます。

「すごい」はわかった。

でも、

何が?

なのです。

文章の構成でしょうか。

説明の仕方でしょうか。

確認を丁寧にしたことでしょうか。

資料のデザインでしょうか。

あるいは、締め切り3分前に提出した奇跡的な滑り込みでしょうか。

本人にわからなければ、次に同じことを再現できません。

ここがHattie & Timperley(2007)の研究を日常語に翻訳したとき、とても面白く見えてくるところです。

「褒める」と「フィードバックする」は、少し違う

ここで誤解しないでほしいのですが、

「人を褒めてはいけない」

という話ではありません。

そんな世界は少し寒すぎます。

いい仕事をした人には、

「助かったよ」

「すごくよかった」

「ありがとう」

と言っていい。

むしろ、言われたらうれしいものです。

ただし、

「相手を喜ばせること」と「相手が次に成長できる情報を渡すこと」は別の役割

だと考えると、ずいぶんわかりやすくなります。

たとえば料理を作って、

「おいしい!」

と言ってもらえたらうれしい。

でも料理の腕を上げたい人なら、

「玉ねぎをよく炒めたから甘みが出ていておいしい」

と言われたほうが、次に使える情報が増えます。

「なるほど。玉ねぎか」

とわかるからです。

次の日から玉ねぎを見る目が変わります。

フィードバックも同じです。

「よかった」

だけでは喜びが残る。

「ここがよかった」

まで伝えると、学びが残る

この違いは、案外大きいのです。

人は「評価」より「手がかり」で動ける

考えてみると、私たちは日常生活の中で、かなりたくさんの「評価」を受けています。

「いいですね」

「ダメですね」

「普通ですね」

「もう少しですね」

でも、評価というものは、ときどき不親切です。

「もう少しですね」

と言われた本人からすると、

「その“もう少し”を探しに行く旅が始まるんですね」

という話になります。

地図なし。

食料なし。

方角も不明。

なかなかの冒険です。

そこで必要になるのが、

手がかりです。

「ここまではできている」

「この部分を変えるといい」

「次はこの方法を試してみよう」

これなら動けます。

つまり人が成長するとき、本当に役立つのは、

自分への評価そのものよりも、次の行動を選ぶための情報

なのかもしれません。

ここを仕事に置き換えると、かなり身近です。

「もっと積極的に」

より、

「次の会議では、一つ自分から意見を出してみよう」

のほうが動ける。

「ミスを減らしてください」

より、

「送信前に宛先と添付ファイルを一回ずつ確認しよう」

のほうが動ける。

「コミュニケーションを大事に」

より、

「わからないことが出たら、30分悩む前に一度相談してみよう」

のほうが動けます。

抽象的な言葉は立派なのですが、ときどき雲の上に住んでいます。

人間が実際に動くのは地上です。

だから、言葉を行動できる高さまで降ろしてあげる必要があります。

「あなたはダメ」が危ないのは、出口がないから

逆の方向から考えると、さらにわかりやすくなります。

失敗した人に、

「あなたは注意力がない」

と言ったとします。

言われた本人は、

「そうなんですね……」

となります。

ところで明日から何を変えればいいのでしょう。

注意力をネット通販で注文できれば話は簡単ですが、そうはいきません。

「性格を変えてください」

「もっとしっかりしてください」

「ちゃんとしてください」

こうした言葉には共通点があります。

出口が見えにくい。

何をしたら合格なのかがわからないのです。

そこで、

「数字を入力したあと、元の書類と一度照合しよう」

と伝える。

すると「人格の問題」だったものが「行動の問題」に変わります。

これはかなり大きな違いです。

「あなたはダメ」

では、変える対象が自分自身になってしまう。

でも、

「この確認方法を変えてみよう」

なら、変える対象は行動です。

自分丸ごと工事する必要はありません。

玄関のドアだけ直せばよかった、くらい話が変わります。

フィードバックが上手な人は、もしかするとここを自然にやっています。

人を修理しようとせず、方法を一緒に調整する。

そんな姿勢です。

面白いのは、「自分へのフィードバック」にも使えること

そして、この研究を読んでいると、もう一つ面白い使い方が見えてきます。

フィードバックというと、

先生から生徒へ。

上司から部下へ。

先輩から後輩へ。

そんな「誰かから誰かへ」の話に見えます。

でも、この考え方は自分自身への声かけにも使えそうです。

私たちは失敗すると、

「やっぱり自分はダメだ」

と言いがちです。

でもこれは、Hattie & Timperleyの整理で考えれば、かなり「本人そのもの」に向かった評価です。

しかも改善情報がほとんどありません。

自分で自分に、

「あなたはダメです」

と通知を送っている。

受信した自分も困ります。

「承知しました。それで対応方法は?」

です。

そこで、

「今日は準備を始めるのが遅かった」

「次は前日に必要なものだけ机に出しておこう」

と変えてみる。

すると、

自己否定が、改善可能な課題に変わります。

「私はダメな人間だ」

という巨大な話を、

「今日はここでつまずいた」

という小さな話に戻せる。

これは、この論文が直接「自己批判への対処法」を研究したという意味ではありません。

ただ、フィードバックを「人そのもの」より「課題や方法」に向けるという考え方は、自分自身との付き合い方を考えるうえでも、とても示唆的です。

フィードバックは「過去の採点」ではなく「未来の設計図」

ここまで考えてくると、フィードバックという言葉そのものの印象も変わってきます。

私たちはフィードバックを、

終わったことへの評価

だと思いがちです。

テストが終わった。

仕事が終わった。

発表が終わった。

そこで、

「よかった」

「悪かった」

と採点する。

でも、この論文の考え方に沿えば、フィードバックの本当の仕事は、そのあとにあります。

次をどうするのか。

つまりフィードバックは、過去について話しているように見えて、実はかなり未来志向なのです。

「あそこが間違っていた」

で終われば過去の話です。

「あそこが間違っていた。次はここを確認しよう」

となった瞬間、未来の話になる。

この一言の違いで、赤ペンが道しるべに変わります。

「正しいことを言う」だけでは足りない

そして最後に、個人的にこの論文から感じる面白さがあります。

それは、

フィードバックでは、言った側の満足と、受け取った側の役立ち具合が一致するとは限らない

ということです。

上司は、

「ちゃんと指導した」

と思っている。

先生は、

「きちんと注意した」

と思っている。

親は、

「何度も言っている」

と思っている。

ところが受け取った側は、

「で、私はどうすれば?」

と思っているかもしれません。

言った回数ではなく、

相手の中に次の一歩ができたか。

ここまで見ないと、フィードバックは完成しないのでしょう。

そう考えると、

「私はちゃんと伝えました」

という言葉も、少しだけ違って聞こえてきます。

伝えたことと、伝わって次に使えること。

そのあいだには、小さな橋が必要です。

Hattie & Timperley(2007)が見せてくれたのは、おそらくその橋の設計図なのでしょう。

褒めることも大切。

注意することも必要。

でも、その先でもう一つだけ考えてみる。

「この言葉を受け取った人は、次に何をすればいいかわかるだろうか?」

その問いを一つ足すだけで、

フィードバックは「評価」から「支援」へ少し姿を変えます。

人を裁く言葉ではなく、

人が次へ行くための言葉になる。

そこが、この論文のいちばん面白いところなのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:効果的なフィードバックの伝え方は?仕事で使える「次の一歩」の示し方

さて、Hattie & Timperley(2007)の研究を読んで、

「なるほど。フィードバックには3つの問いが大切なのね」

と理解したところで、論文をそっと閉じてしまうのは少しもったいありません。

なぜなら、この研究の面白いところは、学校の先生だけが使える話ではないからです。

職場でも使えます。

家庭でも使えます。

人に何かを教えるときにも使えます。

そして意外なことに、

自分が自分に話しかけるときにも使えます。

ポイントはとてもシンプルです。

誰かに何かを伝えるとき、

「評価」で終わらせず、「次の一歩」まで見える言葉にする。

これだけです。

「もっと頑張って」を、いったん分解してみる

職場では、ときどき便利すぎる言葉があります。

「もう少し頑張って」

です。

これほど短いのに、あらゆる場面で使えます。

仕事が遅い。

「もう少し頑張って」

ミスが多い。

「もう少し頑張って」

報告が少ない。

「もう少し頑張って」

万能調味料です。

ただし、受け取る側からすると問題があります。

「具体的に、何を?」

なのです。

そこでHattie & Timperleyの考え方を借りて、言葉を少しだけ具体的にしてみます。

たとえば、

「もっと仕事を早くして」

ではなく、

「この作業は30分くらいを目安にして、途中で迷ったら10分の時点で一度相談してみよう」

とする。

すると、

目標が見える。

現在地を確認できる。

次に何をするかもわかる。

かなり動きやすくなります。

「もっと気をつけて」

も同じです。

気をつけるという行為は、便利なようで姿が見えません。

そこで、

「メールを送る前に、宛先・添付ファイル・日付の3つだけ確認しよう」

とする。

すると「注意深い人間になってください」という人格改造計画から、

「送信前に3項目確認する」

という現実的な行動に変わります。

人間を丸ごと改造するのは大工事ですが、確認項目を一つ増やすくらいなら今日からできます。

部下や後輩には「何がよかったか」まで伝える

褒めるときにも、この研究は使えます。

たとえば後輩が資料を作ってくれたとします。

「よかったよ!」

だけでも、もちろん悪くありません。

でも、もう一歩だけ足してみます。

「最初に結論を書いてくれたから、すごく読みやすかったよ」

こうすると、本人は、

「最初に結論を書くのがよかったんだな」

と理解できます。

次にも使えます。

さらに、

「次は数字の根拠も一つ入れると、もっと説得力が出そう」

と加えれば、

良かったところ+次の一歩

になります。

ここで大事なのは、

「褒めたあとには必ず改善点を言いましょう」

という機械的な話ではありません。

毎回そんなことをされたら、

「褒められたぞ。よし、そろそろ後半戦が来るな」

と身構えてしまいます。

大切なのは、

相手が次に生かせる情報があるなら、それを具体的に渡す

ということです。

「あなたは優秀です」

より、

「この行動が役立っていました」

のほうが再現しやすい。

褒め言葉を減らす必要はありません。

褒め言葉に、地図を一枚添える。

そんな感覚でいいのだと思います。

注意するときこそ「人」と「行動」を分ける

さらに大切なのが、失敗したときです。

たとえば、仕事で同じミスが続いた人に、

「あなたは本当に注意力がないね」

と言ってしまう。

これは本人そのものへの評価です。

言われた側は、

「注意力がない人間なんだ」

という大きな荷物を背負うことになります。

しかも、

明日どうすればいいかは、ほとんどわかりません。

そこで、問題を小さくします。

「この入力ミスは、転記するときに起きているみたいですね。入力後に元の用紙と一度照らし合わせてみましょう」

これなら、

人間性の話ではなく、

手順の話

になります。

「あなたは雑だ」

ではなく、

「提出前に一度確認する時間を作ろう」

「コミュニケーションが苦手だ」

ではなく、

「わからないことが出たら、その日のうちに一つ質問してみよう」

「主体性がない」

ではなく、

「次の打ち合わせでは、自分から一案出してみよう」

抽象的な評価を、具体的な行動まで降ろしていく。

これだけで、フィードバックの空気はかなり変わります。

人ではなく問題を見る。

人格ではなく方法を見る。

そうすると、

「責められている」から「一緒に調整している」へ

会話の形が少し変わってきます。

家庭では「なんでいつも」より「次はどうする?」

この考え方は、仕事だけではありません。

家庭でもかなり使えます。

たとえば、

「なんでいつも電気つけっぱなしなの?」

よくある会話です。

ただ、この言葉には過去がたっぷり詰まっています。

「なんで」

「いつも」

そして、そのあとに歴代の消し忘れ事件まで召喚されると、話は壮大になっていきます。

しかし目的が、

次から電気を消してもらうこと

なら、未来に話を戻したほうが早い場合があります。

「寝る前にリビングを出るとき、電気を確認してもらえる?」

これなら、次にすることが明確です。

もちろん、人間関係には感情があります。

何でも冷静なマニュアル口調にすればいいわけではありません。

腹が立つ日もあります。

「今日は理論通りに話せません」という日も普通にあります。

それでも、

相手の過去を裁くより、次に何をしてほしいかを言葉にする

という考え方を知っているだけで、会話の出口を作りやすくなります。

夫婦でも親子でも、

「どうしてできないの?」

より、

「次はどうするとやりやすそう?」

という問いのほうが、未来へ橋をかけやすいことがあります。

人に教えるときは「答え」だけでなく「考え方」も返す

誰かに仕事を教えていると、ついやってしまうことがあります。

間違いを見つけたら、

「ここ違います。正しくはこうです」

と答えを渡す。

もちろん、必要な場面もあります。

でも毎回答えだけを渡していると、本人は、

「間違ったら、この人に聞けば正解が出てくる」

という非常に性能のいい外付け脳を手に入れてしまいます。

そこで、ときには、

「どこを確認すると自分で間違いに気づけそう?」

と聞いてみる。

あるいは、

「前回はどうやって確認した?」

と考え方に目を向ける。

これはHattie & Timperleyが整理した、やり方や自己調整に関わるフィードバックにつながる考え方です。

目の前の一問だけを正解にするのではなく、

次の問題を自分で解ける力を育てる。

教える側からすると少し時間がかかります。

でも長い目で見ると、

「毎回同じ質問が飛んでくる祭り」

を少しずつ終わらせられるかもしれません。

自分を責めるときにも「3つの問い」を使ってみる

そして、この研究を日常に持ち帰るなら、ぜひ試してみたいのが、

自分へのフィードバック

です。

たとえば仕事で失敗した夜、

「自分は本当にダメだな」

と思ったとします。

こういう言葉は、心の中では妙に説得力があります。

しかも疲れている夜ほど声が大きい。

でも、

「自分はダメだ」

という評価には、次の行動が入っていません。

そこで、この論文の三つの問いを使ってみます。

どこへ向かっていた?

「今日はミスなく書類を提出したかった」

いま、どこまでできた?

「ほとんどできたけれど、添付ファイルを一つ忘れた」

次に何をする?

「次回から送信前に添付ファイル欄を確認する」

すると、

「私はダメな人間だ」

という巨大な問題が、

「添付ファイルの確認方法を変えよう」

という小さな問題になります。

小さな問題なら、手で持てます。

これは非常に大切な違いです。

失敗したとき、私たちは一件のミスから人生全体の人事評価を始めることがあります。

「また失敗した」

から、

「昔からこうだった」

へ進み、

「どうせ自分は」

まで到着する。

心の中で勝手に緊急株主総会が始まります。

でも、本当に必要なのは、

今日の一件について、明日何を変えるか

だけかもしれません。

もちろん、この論文は自己批判を直接研究したものではありません。

ただ、

人そのものではなく、課題・方法・次の行動を見る

というフィードバックの考え方は、自分との付き合い方にも応用できるでしょう。

迷ったら、この3つだけ聞けばいい

実生活で論文の理論を全部覚えておく必要はありません。

会議のたびに、

「ええと、Hattie & Timperleyのフィードバックモデルによれば……」

と論文を開いていたら、それはそれで会議が進みません。

覚えておくなら、三つで十分です。

「何を目指している?」

「いま、どこにいる?」

「次に何をする?」

部下に伝えるとき。

子どもに教えるとき。

パートナーと話すとき。

自分が失敗したとき。

この三つを頭の片隅に置いてみる。

すると、

「もっと頑張れ」

が、

「次はここをやってみよう」

に変わるかもしれません。

「なんでできないの?」

が、

「どこで困った?」

に変わるかもしれません。

「自分はダメだ」

が、

「次は何を変えよう?」

に変わるかもしれません。

フィードバックは、大げさな指導技術ではありません。

日常のほんの小さな言葉の選び方です。

そして、その小さな違いが、

相手を過去の失敗に立たせたままにするのか、

それとも次へ歩ける場所まで連れていくのかを変えることがあります。

Hattie & Timperley(2007)の研究を私たちの生活に持ち帰るなら、いちばん覚えておきたいのは、

「正しく評価すること」より、「次の一歩が見えるようにすること」

なのだと思います。

言葉は、判決文にもなります。

でも使い方を少し変えれば、

道案内にもなります。

せっかく誰かに言葉を渡すなら、

「ここがダメでした」で封筒を閉じるのではなく、

「では、次はこちらへ」

という小さな地図も、一緒に入れておきたいところです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:フィードバックは逆効果になることも?使う前に知っておきたい注意点

ここまで読んでくると、

「なるほど。これからは“目標・現在地・次の一歩”を伝えればいいんですね」

と、さっそく職場で使ってみたくなるかもしれません。

もちろん、それはとてもよい持ち帰り方です。

ただし、ここで一枚だけ、小さな注意書きを添えておきたいと思います。

Hattie & Timperley(2007)は、「この方法で話せば、誰にでも必ず効きます」という万能の会話術を発見した論文ではありません。

フィードバックは薬というより、もう少し料理に近いところがあります。

塩は大切です。

でも、

「塩が大切だと研究でわかった!」

と聞いて、鍋に一袋入れたら夕食が終わります。

大切なのは、

何を、どのくらい、どんな場面で使うか。

フィードバックも同じです。

まず、「フィードバックは必ず良いもの」ではない

この論文で最初に覚えておきたいのは、

フィードバックの影響は、いつもプラスになるわけではない

という点です。

これは意外と重要です。

私たちは「フィードバック」という言葉に、最初から少し善人の顔をさせています。

フィードバックする。

指導する。

アドバイスする。

どれも、

「相手のためを思って何かを伝える」

という響きがあります。

でも、相手のために言ったからといって、必ず相手のためになるとは限りません。

たとえば仕事で、

「君は本当に注意力がないね」

と伝える。

言った側は、

「改善してほしいから伝えた」

と思っているかもしれません。

でも受け取った側の注意が、

「次にどう確認すればいいか」

ではなく、

「自分はダメな人間なんだ」

へ向かってしまったら、課題改善から離れてしまいます。

フィードバックの目的は、本来、

目標と現在地の差を縮めること

です。

ところが言葉の向け方によっては、本人の関心が課題ではなく、

「自分はどう評価されたのか」

に移ってしまう。

だから、

フィードバックした=良いことをした

とは限らないのです。

言葉を渡した側には達成感があっても、受け取った側では荷物になっている。

そんなこともあります。

「具体的に言えばいい」も万能ではない

ここまでの記事では、

「もっと頑張って」

より、

「次は提出前に数字を一度確認しよう」

のほうが行動につながりやすい、と説明してきました。

これは大切な考え方です。

でも、

具体的なら具体的なほど、いつでも良い

とまで考えると、少し行きすぎます。

たとえば、何かを学び始めたばかりの人には、

「次はここを確認して」

「この順番でやって」

という具体的な情報が役立つでしょう。

まだ地図を持っていない人に、

「自分で好きな道を探してください」

と言っても、森で迷います。

一方で、ある程度できるようになってきた人に、毎回、

「まずここを見て、次はこれをして、そのあとこれを確認して」

と全部教えてしまったらどうでしょう。

今度は、

自分で考える余地がなくなる

かもしれません。

いつまでも助手席から、

「そこ右!」

「はいブレーキ!」

「次ウインカー!」

と言われ続けていたら、一人で運転する力は育ちにくいでしょう。

Hattie & Timperleyのモデルには、単に正解・不正解を伝えるだけでなく、取り組み方や、自分で学習を調整する力に向けたフィードバックも含まれています。

つまり、

「何を教えるか」

だけでなく、

「いつまで教えるか」

も大事なのです。

最初は手を添える。

慣れてきたら少し離す。

そして最後は、自分で現在地を確認できるようにする。

フィードバックとは、永遠に案内係を続けることではありません。

いつか案内係なしでも歩けるようにすることも、その役割の一つです。

「すぐ伝えるほうがいい」とも限らない

もう一つ注意したいのが、タイミングです。

フィードバックについては、

「間違ったら、すぐ伝えたほうがいい」

というイメージがあります。

たしかに、すぐ訂正したほうが役立つ場面はあります。

たとえば初めて機械を操作していて、間違ったボタンを押そうとしている。

そこで、

「一週間後にフィードバックします」

では遅すぎます。

機械は待ってくれません。

しかし、いつでも即座に答えを教えるほうがいいとは限りません。

問題を解いている途中で、少し考えれば自分で気づけるところを、

「あ、それ違います」

「そこも違います」

「正解はこれです」

と次々に言われたらどうでしょう。

本人の頭の中では、

「考える」という仕事がどんどん失業していきます。

場合によっては、少し待ったほうが、

「どこがおかしいんだろう?」

と自分で振り返る機会になります。

つまりタイミングにも、

いつでもこれが正解

という単純な答えはありません。

課題の難しさ。

その人の理解度。

間違いの種類。

自分で修正できそうかどうか。

そうした状況によって、必要なタイミングは変わります。

心理学というのは、ときどき残酷です。

せっかく、

「これだけ覚えておけば大丈夫!」

という一行を欲しがっているのに、

「状況によります」

という大きな荷物を渡してきます。

でも、人間を扱う研究では、この「状況による」がとても大切なのです。

「褒めるのは効果がない」と読むのも危ない

この論文を紹介するとき、特に注意したいところがあります。

それは、

「褒めるフィードバックは効果が弱い」

「褒めても意味がない」

と短くしてしまわないことです。

ここはかなり重要です。

この論文が主に考えているのは、学習や課題の達成をどう改善するかという文脈です。

その目的から見ると、

「あなたは素晴らしい」

という本人への賞賛だけでは、

「次に何をすればいいか」

という課題情報が少ないことがあります。

でも、それは、

「褒め言葉には何の価値もありません」

という意味ではありません。

たとえば、

「ありがとう」

「助かったよ」

「頑張ったね」

という言葉には、人間関係の中で別の役割があります。

喜びを共有する。

努力を認める。

安心感をつくる。

感謝を伝える。

こうしたことまで、この論文一本で否定できるわけではありません。

料理にたとえるなら、

「この包丁はパンを切るには向いていません」

と言われたからといって、

「では、この包丁は存在価値ゼロですね」

とはなりません。

用途が違うだけです。

同じように、

「人を喜ばせる言葉」と「課題を改善するための情報」は、目的が少し違う

と考えたほうが自然でしょう。

だから、

「褒めるな」

ではありません。

むしろ、

「成長につなげたいときは、“何がよかったか”も添えてみよう」

くらいに受け取るのが、ちょうどいいと思います。

この論文は「一つの実験で証明した研究」ではない

研究そのものの性格についても、覚えておきたい点があります。

Hattie & Timperley(2007)は、

ある学校の生徒を集め、

「この言い方をしたグループは成績が20%上がりました」

という一つの実験を報告した論文ではありません。

これまで積み重ねられてきた多くの研究やメタ分析を整理しながら、

フィードバックがどう働くのかを説明する枠組みを作った論文

です。

これは弱点という意味ではありません。

むしろ、多くの知見を整理して、

「全体をどう理解すればいいのか」

を示したことに大きな価値があります。

ただし、

「3つの問いを使えば効果が○%上がる」

のような、単純な数式として読める研究ではありません。

このモデルは、

「フィードバックを考えるための地図」

に近いものです。

地図は便利です。

でも地図があっても、雨の日もあれば、工事中の道もあります。

現実の人間関係では、

相手の経験、

性格、

知識、

その日の気分、

立場、

関係性、

課題の難しさなど、いろいろなものが加わります。

論文の図をそのまま現実に貼り付ければ完成、というわけではないのです。

教育研究を、そのまま職場や家庭へ持っていかない

もう一つ、このサイトとして特に注意しておきたいことがあります。

この論文は、教育や学習の文脈を中心にフィードバックを論じた研究です。

もちろん、

目標を伝える。

現在地を知らせる。

次の一歩を示す。

人ではなく課題や方法を見る。

こうした考え方は、仕事にも家庭にも応用を考えることができます。

実際、かなり役立ちそうです。

ただし、

学校で得られた知見が、そのまま夫婦関係や職場の人間関係にも同じ強さで当てはまる

とまでは言えません。

たとえば、

部下への指導と夫婦げんかは違います。

仕事で、

「次回は提出前に確認しましょう」

なら自然です。

でも夫婦げんかの最中に、

「では、現在地を確認して次の行動目標を設定しましょう」

と言ったら、

たぶん研究とは別の問題が発生します。

人間関係には、効率だけでは扱えないものがあります。

共感してほしいとき。

ただ話を聞いてほしいとき。

答えを求めていないとき。

そんな場面では、「次はこうするといいよ」と言われること自体が余計なお世話になる場合もあります。

誰かが、

「今日は本当に疲れた」

と言っているとき、

「では明日から疲れないための改善策を三つ考えましょう」

と返されたら、

「今日は改善会議ではない」

となるかもしれません。

フィードバックが必要な場面と、

ただ受け止めることが必要な場面

は別です。

ここを混ぜないことも、日常生活へ研究を持ち帰るときには大切です。

相手が「フィードバックを受け取れる状態か」も忘れない

もう少し日常に近づけて考えてみましょう。

どれほど内容のよいフィードバックでも、相手が受け取れる状態でなければ届きにくいことがあります。

ものすごく落ち込んでいる。

怒っている。

疲れ切っている。

人前で失敗した直後で頭が真っ白になっている。

そんなときに、

「では今回の改善ポイントですが」

と始めても、相手の心には「ただいま満席です」の札が出ているかもしれません。

フィードバックの内容だけでなく、

今、この人に伝える時間なのか

を見る必要があります。

これはHattie & Timperleyの3つの問いとはまた別に、現実のコミュニケーションでは大切な視点です。

ときには、

「今日はここまでにして、明日一緒に振り返ろう」

のほうがよいこともあります。

言葉には中身があります。

でも、言葉には「置く場所」と「置く時間」もあります。

花瓶を玄関に置けばきれいでも、階段の真ん中に置けば危険です。

内容が正しくても、場所とタイミングで意味が変わります。

この研究は「人を上手に動かす技術」ではない

そして最後に、これは大事にしておきたいところです。

フィードバック研究を読むと、

「この方法を使えば、人を思い通りに動かせるのでは?」

という方向にも読めてしまいます。

でも、その読み方をすると、この研究の面白さが少し痩せてしまいます。

良いフィードバックは、

相手を操るためのリモコンではありません。

「こちらの望む行動をさせる技術」

でもありません。

本来は、

相手が目標と現在地を理解し、自分で次の一歩を選びやすくするための情報

です。

つまり、主役は「言う側」ではなく「学ぶ側」です。

「どう言えば、この人を動かせるか」

ではなく、

「どう伝えれば、この人が自分で動きやすくなるか」

と考える。

似ていますが、かなり違います。

前者では、相手は操作する対象です。

後者では、相手は自分で進む人です。

この違いを忘れないほうが、この研究を日常に持ち帰るときには健全でしょう。

研究は「答え」ではなく、考えるための明かり

Hattie & Timperley(2007)の研究は、とても魅力的です。

「目標・現在地・次の一歩」という整理はわかりやすく、仕事や教育を見る目も変えてくれます。

でも、

わかりやすい理論ほど、万能ルールにしたくなる。

そこには少し注意が必要です。

フィードバックは常に効くわけではない。

具体的なら何でもいいわけでもない。

すぐ伝えれば必ずいいとも限らない。

褒めることが無意味なわけでもない。

そして教育研究から得られた知見を、あらゆる人間関係へそのまま広げられるわけでもない。

そう考えると、この論文から持ち帰るべきものは、

「正しいフィードバックの公式」

ではないのかもしれません。

むしろ、

「この言葉は、本当に相手の次の一歩につながっているだろうか?」

と考える習慣です。

研究というものは、人生の取扱説明書ではありません。

ページを開けば、

「あなたの場合は3番の方法を使ってください」

と教えてくれるほど親切ではありません。

でも、暗いところで、

「こっちにも道がありますよ」

と小さな明かりを置いてくれることがあります。

Hattie & Timperley(2007)の研究も、そんな明かりの一つとして読むくらいが、ちょうどいいのでしょう。

信じすぎず。

疑いすぎず。

使えるところは、ありがたく使う。

そして目の前の人を、論文よりちゃんと見る。

心理学の研究を生活に持ち帰るときには、そのくらいの距離感がいちばんおいしいのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:効果的なフィードバックとは?大切なのは「次の一歩」が見えること

ここまで、Hattie & Timperley(2007)の『The Power of Feedback』を見てきました。

タイトルはずいぶん堂々としています。

「フィードバックの力」

です。

これだけ聞くと、

「なるほど。やっぱり人は褒めれば伸びるんですね」

とか、

「間違いをきちんと指摘すればいいんですね」

と思いたくなります。

ところが、この論文を読み進めていくと、フィードバックというものは、そんなに一本調子ではありません。

褒めれば必ずいいわけでもない。

注意すれば必ず改善するわけでもない。

たくさん伝えれば、そのぶん効果が大きくなるわけでもない。

場合によっては、フィードバックが課題から注意をそらし、思ったような効果につながらないことさえあります。

では、何が大切なのか。

この記事で何度も登場した三つの問いに戻ってみましょう。

どこへ向かっているのか?

いま、どこまで来ているのか?

次に、何をすればいいのか?

結局のところ、この三つがフィードバックの大きな骨組みになります。

「よかった」「ダメだった」は、まだ会話の途中

たとえば、仕事を終えた人に、

「よかったよ」

と言う。

これはうれしい言葉です。

でも、フィードバックとして考えるなら、まだ少し先があります。

「どこがよかったのか?」

がわかれば、次に再現できます。

反対に、

「ここはダメだった」

と言う。

これも情報ではあります。

でも、

「では次に何を変えればいいのか?」

までわからなければ、本人はその場に立ったままです。

つまり、

「よかった」「ダメだった」は、フィードバックの終点ではなく途中駅

くらいに考えるとよさそうです。

「よかった」

のあとに、

「この説明がわかりやすかった」

がある。

さらに、

「次もこの順番で説明してみよう」

がある。

すると言葉が未来につながります。

フィードバックとは、

結果に判子を押して返却する作業ではありません。

次の行動を選びやすくする情報を渡すこと。

そこまで行って、ようやく役割が見えてきます。

人を評価するより、「変えられるところ」を見る

この論文からもう一つ持ち帰りたいのが、

人そのものと、行動や方法を分ける

という考え方です。

「君は優秀だ」

「あなたは注意力がない」

「私はダメな人間だ」

こうした言葉は、全部「人」に向かっています。

でも、人間丸ごとを評価されると、そのあとが難しい。

「優秀でいてください」

と言われても、どうすればいいのかわからない。

「注意力がない」

と言われても、明日の朝から注意力を20%増量することはできません。

そこで、

「今回の資料は、最初に結論を書いたのがよかった」

「このミスは、入力後に元の資料と照合すると減らせそう」

と、行動や方法へ近づける。

すると、

変えられる場所が見えてきます。

これは相手へのフィードバックだけではありません。

自分が失敗したときにも、

「自分はダメだ」

ではなく、

「今回は確認を飛ばした。次はここを確認しよう」

と考えられる。

人生全部の反省会を開かなくても、今日の一件だけ直せばいい。

そう考えると、少し肩の荷が軽くなることがあります。

フィードバックは「答えを教えること」でもない

ただし、ここにも注意があります。

次に何をすればいいかを伝えるからといって、

毎回すべての答えを教えればいいわけではありません。

学び始めたばかりの人には、具体的な手がかりが必要です。

でも、慣れてきた人には、

「自分ではどこを直したらよさそう?」

と返したほうが、自分で考える力につながることもあります。

最初は手を引く。

少し慣れたら、隣を歩く。

最後は、一人でも地図を読めるようになる。

良いフィードバックとは、

永遠に案内してくれることではなく、いつか自分で歩けるようにすること

でもあるのでしょう。

ここは、この論文を「上手な指示の出し方」とだけ読んでしまうと見落としやすいところです。

そして、フィードバックしないほうがいい時間もある

もう一つ。

どんなに良いフィードバックでも、相手がそれを求めていない場面があります。

誰かが、

「今日は本当に大変だった」

と話している。

そこで、

「なるほど。では改善策を考えましょう」

と返す。

理論的には前向きです。

ただ、人間関係としては、

「今は会議じゃないんです」

となる可能性があります。

ただ聞いてほしいとき。

気持ちを受け止めてほしいとき。

一緒に悲しんでほしいとき。

そういう時間まで全部フィードバックの時間にしてしまう必要はありません。

これはとても大切です。

心理学を学ぶと、ときどき人間関係のあらゆる場面に理論を持ち込みたくなります。

でも、目の前にいるのは研究対象ではなく、人です。

「正しい言葉」より、

「今は何が必要なんだろう」

を考える。

研究を生活に持ち帰るなら、その余白も残しておきたいところです。

結局、フィードバックの力とは何だったのか

では、この長い論文から一つだけ覚えて帰るなら、何でしょう。

私は、

「フィードバックとは、過去につける点数ではなく、未来へ渡す情報である」

というところだと思います。

「あなたは80点でした」

で終わるのではなく、

「ここまでできています」

「目指しているのはこちらです」

「次はここを試してみましょう」

と伝える。

そこには、

評価する人と評価される人というより、

同じ地図をのぞき込む二人

に近い姿があります。

「ここまで来たね」

「目的地はあそこだね」

「じゃあ、次はこっちへ行ってみようか」

そんな会話です。

フィードバックという言葉は、少し堅く聞こえます。

職場の面談。

学校の成績。

研修。

人事評価。

そんな四角い机の上に置かれている言葉に見えます。

でも、本当はもっと小さなところにあります。

誰かが料理を作ってくれたとき。

後輩が初めて仕事を終えたとき。

子どもが何かに挑戦したとき。

自分が一日を振り返るとき。

私たちは日々、

「よかった」

「ダメだった」

「頑張って」

という小さな言葉を渡しています。

そのとき、あと一言だけ足してみる。

「何がよかった?」

「どこで困った?」

「次はどうしよう?」

それだけで、言葉の役割は少し変わるかもしれません。

「よくできたね」の、そのあとへ

この記事の最初に、

「『よくできたね』のあとに、本当に必要な言葉とは?」

と問いかけました。

ここまで読んできた今なら、少し答えが見えてきます。

「よくできたね」

その言葉は、なくさなくていい。

うれしい言葉は、ちゃんとうれしいままでいい。

でも、もしその人の次の一歩も応援したいなら、

そのあとに、

「ここがよかったよ」

「次はここを試してみようか」

と、小さな道案内を添えてみる。

それだけでいいのかもしれません。

Hattie & Timperley(2007)が教えてくれるのは、

人を上手に評価する方法というより、

人が次へ進めるような言葉の置き方

なのだと思います。

フィードバックは、後ろを振り返るためだけのものではありません。

過去を見ながら、

未来の方向を指さすものです。

だからもし今日、誰かに何かを伝える場面があったら、

少しだけ考えてみてください。

「この言葉のあと、その人は次の一歩が見えるだろうか?」

見えるなら、その言葉はきっと、

ただの評価ではなく、

小さな道しるべになっています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読み終えて、最初に思ったことがあります。

私はこれまで、ちゃんとフィードバックできていただろうか。

いや、正確には、

「自分では“ちゃんと伝えたつもり”になっていただけではないだろうか」

です。

これは少々、耳が痛い。

人に何かを伝えるとき、

「ここが違いますよ」

「もう少し頑張りましょう」

「よかったですよ」

と言えば、とりあえず仕事をした気分になります。

伝える側には、不思議な達成感があります。

「よし。私は今、適切な助言をした」

心の中で小さな判子まで押しています。

指導済。

ところがHattie & Timperley(2007)を読んでいると、その判子を横からそっと取り上げられる感じがするのです。

「それで、その人は次に何をすればいいかわかりましたか?」

……。

そこを聞かれると弱い。

「一応、もっと頑張ってと言いました」

「では、何を?」

「……もっとです」

会議終了です。

この論文が面白いのは、フィードバックというものを「言った側」ではなく、受け取った側から眺め直させてくれるところだと思います。

「正しいことを言った」は、ゴールではなかった

私は昔から、「ちゃんと言葉にすること」は大切だと思っています。

思っているだけでは伝わらない。

感謝しているなら「ありがとう」と言う。

困っているなら「困っている」と言う。

改善してほしいなら、それも言葉にする。

それは今でも間違っていないと思います。

でも、この論文を読んで、一段先があったことに気づきました。

言葉にしたあと、その言葉が相手の中で何になるのか。

そこまで考える必要がある。

これはなかなか深い話です。

「もっとしっかりしてください」

という言葉は、言った側には意味があります。

でも受け取った側では、

「しっかり……とは?」

という巨大な霧になることがあります。

「もっと積極的に」

「ちゃんとコミュニケーションを取って」

「ミスしないように気をつけて」

仕事の世界には、立派だけれど足が生えていない言葉がたくさんあります。

言葉は立派なのに、歩けない。

そこで、

「次の会議では一つ意見を出してみよう」

「わからないことがあったら、その日のうちに一度相談しよう」

「送信前に宛先と添付ファイルを確認しよう」

まで降ろしてみる。

すると急に足が生えます。

人が動ける言葉になる。

私はこの違いが、妙に心に残りました。

「あなたはダメ」を、小さくできるかもしれない

そしてもう一つ、この論文を読みながら考えていたことがあります。

それは、

私たちは他人だけでなく、自分自身にも毎日フィードバックしている

ということです。

失敗すると、

「なんでこんなこともできないんだ」

と思う。

仕事がうまくいかなければ、

「自分は向いていないのかもしれない」

と思う。

人とうまく話せなかった日は、

「自分はコミュニケーションが下手だ」

と結論を出す。

自分に対するフィードバックというより、ほとんど判決です。

しかも裁判官も検察官も被告人も全部自分。

なかなか忙しい。

でもHattie & Timperleyの考え方を借りるなら、

「自分はダメだった」

より、

「どこでつまずいた?」

と聞いたほうがいい。

「自分には能力がない」

より、

「次は何を変えられる?」

と聞いてみる。

すると人生全体の話だったものが、

今日の一件の話になります。

これは個人的に、とても好きな考え方です。

失敗すると、人間は話を大きくしがちです。

メールを一本送り忘れただけなのに、

「昔からそうだ」

「自分はいつもこうだ」

「これからも変わらない」

と、過去・現在・未来を一気に買い占めます。

でも本当は、

「今日はメールを一本送り忘れた」

だけなのです。

ならば、

「次から送信リストを確認しよう」

で済むかもしれません。

自分という人間全部を修理工場へ持っていかなくてもいい。

一つの行動だけ、少し直せばいい。

フィードバックを「人」ではなく「課題や方法」へ向けるという考え方には、そんな優しさもある気がしました。

もちろん、この論文そのものが自己批判について研究したわけではありません。

そこは研究と私の感想を分けておきたいところです。

でも、論文というものは不思議です。

著者が書いていないところまで、読んだ人の日常で勝手に枝を伸ばすことがあります。

私は、そういう枝がけっこう好きです。

褒めることをやめなくていいのも、なんだか安心した

この研究を表面的に読むと、

「なるほど。“すごいね”と褒めても意味がないのか」

と思ってしまいそうです。

でも私は、そうは受け取りたくありませんでした。

「すごいね」

「ありがとう」

「助かったよ」

「よく頑張ったね」

こういう言葉は、やっぱり人間には必要だと思います。

何でも、

「具体的な改善情報を提示してください」

だけの世界になったら、ちょっと会社の研修資料みたいで息が詰まります。

誕生日にケーキを作ってもらって、

「ありがとう!おいしい!」

と言ったら、

「具体的にどの工程が評価対象でしょうか」

とは聞かれたくありません。

そこは普通に喜ばせてください。

この論文から学べるのは、

褒めることをやめることではなく、目的によって言葉を使い分けること

なのだと思います。

喜びを伝えたいなら、

「すごい!」

でいい。

感謝したいなら、

「ありがとう」

でいい。

でも、

「次にも生かしてほしい」

と思うなら、

「何がよかったのか」

も少し添えてみる。

人間関係の言葉と、成長のための情報。

どちらか一つではなく、両方あっていい。

むしろ両方あるほうが、人間らしい気がします。

私たちは「次」を聞かずに、過去ばかり話している

この論文を読んでから、日常の会話を少し観察してみると、

私たちは意外なくらい過去について話しています。

「なんであんなことしたの?」

「どうしてできなかったの?」

「前にも言ったよね?」

もちろん原因を振り返ることは必要です。

でも、そこに住み始めると話が進みません。

過去という町は、家賃が安いのかもしれません。

気づくと長居しています。

そんなとき、

「で、次はどうしよう?」

という一言は、ずいぶん景色を変える気がします。

失敗した事実は消えません。

でも、失敗の意味が変わります。

「失敗したからダメ」

ではなく、

「失敗した。では次は?」

になる。

この「では次は?」という言葉は、Hattie & Timperleyの論文を読み終えたあと、私の中に一番長く残った言葉かもしれません。

いい言葉とは、相手の中に余白を残す言葉なのかもしれない

ただ、もう一つ思います。

フィードバックだからといって、いつもこちらが答えを持っていなくてもいいのではないでしょうか。

「次はこうしなさい」

だけでなく、

「次はどうしたらよさそう?」

と聞く。

相手が考える。

こちらも考える。

場合によっては、

「わからないね」

となる。

それでもいい。

フィードバックという言葉からは、どうしても「知っている人が、知らない人へ教える」という上下関係を想像してしまいます。

でも本当は、

同じ地図を二人でのぞき込む

くらいでもいいのかもしれません。

「目的地はここだね」

「今はこのあたりかな」

「じゃあ、次はどっちへ行こうか」

そうやって考える。

上から答えを落とすのではなく、一緒に道を見る。

私は、そんなフィードバックのほうが好きです。

論文を閉じたあとに残ったのは、「言葉のその後」でした

心理学の論文を読んでいると、

「人間とはこういうものです」

と答えをもらった気分になることがあります。

でも、本当に面白い論文は、むしろ問いを増やします。

今回なら、

「私は何を言ったか?」

ではなく、

「私が言ったあと、その人の中に何が残っただろう?」

という問いです。

安心が残ったのか。

恥ずかしさが残ったのか。

次の方法が残ったのか。

それとも、

「自分はダメだ」

だけが残ったのか。

言葉は、口から出た瞬間に自分のものではなくなります。

相手の中へ入って、そこで別の形になります。

だからこそ、

「ちゃんと言ったから終わり」

ではなく、

その言葉の少し先まで想像してみる。

それがフィードバックなのかもしれません。

私は『The Power of Feedback』というタイトルを最初に見たとき、

「フィードバックには人を伸ばす強い力がある」

という論文なのだろうと思っていました。

読み終えた今は、少し違います。

フィードバックには確かに力がある。

でも、それは大声だから強いのでも、厳しいから効くのでも、褒めるから優しいのでもない。

相手が次の一歩を見つけられるとき、言葉は力になる。

そんなふうに読みました。

もし誰かに、

「よくできたね」

と言うことがあったら、その言葉をやめる必要はありません。

私もこれから普通に言うと思います。

ただ、ときどきそのあとに、

「ここがよかったね」

とか、

「次はどうしてみようか」

を一つ添えてみる。

そのくらいなら、明日からできそうです。

心理学の論文を一冊読んだからといって、人間関係の達人にはなれません。

たぶん明日も私は、

「もっとこう……いい感じにお願いします」

みたいな、フィードバック界でもかなり頼りない言葉を口走るでしょう。

でも、そのあとで気づければいい。

「あ、今の“いい感じ”には地図がなかったな」

と。

そして言い直す。

研究が生活に役立つというのは、案外そんな小さなことなのかもしれません。

人生を劇的に変える魔法ではなく、

昨日より一言だけ、相手が歩きやすい言葉を選べること。

『アドラーの昼寝』としては、そのくらいの変化を、けっこう大事にしたいと思っています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

出典論文:Hattie, J., & Timperley, H.(2007). The Power of Feedback. Review of Educational Research, 77(1), 81–112. DOI:10.3102/003465430298487

掲載・確認先SAGE Journals(学会誌公式ページ) / ERIC / Google Scholar / CiNii Research

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
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阿部牧歌
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心理学論文のうたたね案内人
はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
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