雑念で集中できないとき、マインドフルネスは役立つ?2週間の実験結果

マインドフルネスで昼寝をする女性
adler-nap

集中したいのに、心だけが席を立ってしまう

『さまよう心を「今ここ」へ-マインドフルネス訓練がワーキングメモリ容量とGRE成績を向上させる』マイケル・D・ムラゼック、マイケル・S・フランクリン、ダワ・タルチン・フィリップス、ベンジャミン・ベアード、ジョナサン・W・スクーラー(2013)

Mrazek, M. D., Franklin, M. S., Phillips, D. T., Baird, B., & Schooler, J. W.(2013). Mindfulness Training Improves Working Memory Capacity and GRE Performance While Reducing Mind Wandering. Psychological Science, 24(5), 776–781. DOI:10.1177/0956797612459659

集中したいのに、心だけが席を立ってしまう

「よし、今日は集中して仕事を終わらせよう」

そう思ってパソコンを開いたのに、気がつけば別のことを考えていた。昨日の会話を思い返したり、週末の予定を組み立てたり、冷蔵庫に卵が残っていたか心配になったりする。

目は資料を見ている。手もマウスを握っている。

ところが、心だけが「ちょっと出かけてきます」と席を立ち、遠くまで散歩に行ってしまうのです。

「集中力がないのかな」

「自分は意志が弱いのかもしれない」

そう落ち込む人もいるかもしれません。しかし、人間の心が目の前のことから離れ、別の考えへ流れていくのは、それほど珍しいことではありません。

心理学では、このように心が現在の作業から離れてさまようことを、マインドワンダリングと呼びます。

名前だけ聞くと、心が草原を優雅に旅しているようですが、現実はもう少し生活感があります。

「メールを書いていたのに、途中から上司に言われた一言を脳内で再放送していた」

「本を読んでいたのに、3ページ進んだところで何も覚えていないと気づいた」

「会議に参加していたはずなのに、頭の中では夕食のメニュー会議が開かれていた」

心は、ときどき本人の許可を取らずに別番組を始めます。

問題は、心がさまようこと自体ではありません。私たちの頭の中には、一時的に情報を置いて考えるための、小さな作業台があります。心理学ではこれをワーキングメモリと呼びます。

たとえば、文章を読みながら前の内容を覚えておく、相手の話を聞きながら返事を考える、複数の手順を頭に置いて仕事を進める。こうした場面では、この作業台が活躍しています。

ところが、作業台の上に雑念がどんどん置かれると、肝心の仕事を広げる場所がなくなってしまいます。

資料を置こうとしたら、昨日の後悔が座っている。

予定を整理しようとしたら、まだ起きてもいない心配が腕を組んでいる。

脳内の机が、いつの間にか「考え事の物置」になっているわけです。

では、この心のさまよいを少し減らすことができれば、集中力や記憶の働きも改善するのでしょうか。

そこで登場するのが、マインドフルネスです。

マインドフルネスとは、雑念を一つ残らず追い払って、頭の中を無音の高級ホテルにする方法ではありません。別のことを考えている自分に気づき、もう一度、目の前の呼吸や作業へ注意を戻す練習です。

心が出かけないように鍵をかけるのではなく、出かけたことに気づいて、そっと連れ帰る。その練習だと考えるとわかりやすいでしょう。

2013年、マイケル・D・ムラゼックらの研究チームは、マインドフルネスの訓練によって、心のさまよい、ワーキングメモリ、そして文章を理解する成績がどのように変化するのかを調べました。

訓練期間は、わずか2週間です。

「2週間で本当に何か変わるの?」

そう聞きたくなるところでしょう。心の筋力トレーニングにしては、ずいぶん短期講座です。

けれども実験の結果、マインドフルネスの訓練を受けた参加者には、興味深い変化が見られました。

この記事では、ムラゼックらの研究をもとに、マインドフルネスが心のさまよいをどのように減らし、頭の中の作業台をどう広げたのかを、できるだけわかりやすく紹介します。

集中できない自分を、いきなり叱る必要はありません。

もしかすると必要なのは、心を椅子に縛りつけることではなく、遠くへ行った心に「そろそろ戻っておいで」と声をかける練習なのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

この論文をひとことで言うと

心がよそ見をする回数を減らすと、頭の中の作業スペースが広がり、文章を読み解く力まで伸びるかもしれないと示した研究です。

もう少し会話風に言うなら、こんな感じです。

「最近、どうも集中できないんです。文章を読んでも、同じ行を3回くらい読んでいます」

「読んでいる途中で、別のことを考えていませんか?」

「考えています。昨日の失敗、来週の予定、夕飯のおかず、昔の恥ずかしい発言まで、脳内オールスターが集合します」

「それなら、記憶力が悪いというより、頭の中の作業台が雑念でいっぱいなのかもしれませんね」

この論文が調べたのは、まさにその問題です。

私たちは何かに集中しているつもりでも、心はよく現在地を離れます。仕事中に休日の予定を考えたり、本を読みながら過去の会話を思い出したり、会議中に突然「冷蔵庫の牛乳、まだ大丈夫かな」と心配したりします。

体はそこにいるのに、心だけが無断で早退するのです。

このように、目の前の作業から注意が離れ、別の考えへ流れていくことを、心理学ではマインドワンダリングといいます。

マインドワンダリングそのものは、珍しいことでも、悪いことでもありません。新しいアイデアが浮かんだり、将来の計画を考えたりできるのも、心が目の前から離れられるからです。

ただし、試験問題を読んでいるときや、大切な説明を聞いているときまで心が散歩に出てしまうと、少々困ります。

文章の前半を覚えておく。

今聞いた説明と、その前の情報を結びつける。

いくつかの情報を頭に置きながら、答えを考える。

こうした作業を支えているのが、ワーキングメモリです。

ワーキングメモリは、頭の中にある小さな机のようなものです。机の上に必要な情報を一時的に置き、並べ替えたり、比べたりしながら考えます。

ところが、その机の上に雑念が次々と上がってきます。

「さっきの言い方、まずかったかな」

「明日の予定はどうしよう」

「そういえば、あのメールに返信していない」

「ところで、ペンギンの膝はどこにあるんだろう」

最後の一つは今すぐ考えなくてもよさそうですが、脳は議題を選ばず持ち込んできます。

その結果、本来置くはずだった情報の場所がなくなり、文章を読んでも内容が残らない、話の途中で前半を忘れる、問題の条件を見落とすといったことが起こりやすくなります。

心を空っぽにする研究ではない

ここでムラゼックたちが注目したのが、マインドフルネスの訓練でした。

マインドフルネスというと、

「何も考えず、無になる修行ですか?」

と思う人もいるでしょう。

しかし、人間の頭から考えを完全になくそうとするのは、駅前からハトを一羽残らず立ち退かせようとするようなものです。追い払っても、少しすると何食わぬ顔で戻ってきます。

マインドフルネスで大切なのは、雑念を永久追放することではありません。

「あ、いま別のことを考えていた」

と気づき、注意をもう一度、呼吸や目の前の作業へ戻すことです。

心が迷子にならない人を目指すのではなく、迷子になったことに早く気づき、帰ってこられる人を目指す。そんな練習です。

研究では、参加者に2週間のマインドフルネス訓練を行い、その前後でワーキングメモリや読解課題の成績、そして課題中にどれくらい心がさまよっていたかを調べました。

すると、マインドフルネス訓練を受けたグループでは、心のさまよいが減り、ワーキングメモリ容量とGREの読解成績が改善しました。

つまり、

「集中しろ!」

と心を怒鳴りつけるよりも、

「いま注意がそれていたね。では、こちらへ戻りましょう」

と何度も連れ戻す練習のほうが、結果として頭の働きを支える可能性が示されたのです。

成績が上がった背景には「心の不在」が減った可能性

この研究で興味深いのは、マインドフルネス訓練が、魔法のように知識を増やしたわけではない点です。

2週間座って呼吸に注意したからといって、知らなかった英単語が夜中に脳へ引っ越してくるわけではありません。

研究が示しているのは、すでに持っている力を、雑念によって取りこぼしにくくなった可能性です。

問題文を読む力はあっても、途中で別の考えに心を奪われれば、内容を十分に理解できません。

情報を覚えておく力があっても、頭の中が心配事で埋まっていれば、その力を発揮しにくくなります。

たとえるなら、高性能なパソコンを持っていても、裏側で大量のアプリが動いていれば処理が遅くなるようなものです。

「昨日の反省.exe」

「未来の心配.exe」

「他人の評価を想像する.exe」

「なぜあのとき気の利いた返事ができなかったのか最終版.exe」

これらが一斉に起動していれば、目の前の文章を読むために使える容量は少なくなります。

マインドフルネスは、これらのアプリを二度と起動させない技術ではありません。起動していることに気づき、必要のないものをいったん閉じて、目の前の作業へ戻る練習だと考えられます。

この論文が私たちに教えてくれること

この論文をひとことでまとめれば、集中力とは、最初から一度も気が散らない才能ではなく、気が散ったあとに戻ってくる力でもあるということです。

集中できない日があると、私たちはすぐに自分を責めます。

「意志が弱い」

「根気がない」

「昔より頭が悪くなった」

けれども、問題は能力そのものではなく、注意が目の前から離れている時間が長いことにあるのかもしれません。

必要なのは、さまよう心を叱りつけることではありません。

「また出かけていたね」と気づき、「では、ここから続きをやろう」と戻すことです。

一回戻しても、また心は出かけます。

そのたびに、また戻します。

少し面倒ですが、心とはそういう生き物です。首輪のない子犬というより、予定表を持たない旅人に近いのかもしれません。

ムラゼックたちの研究は、その旅人に「帰ってくる道」を繰り返し教えることで、頭の中の作業スペースが使いやすくなり、読む力や考える力まで支えられる可能性を示しました。

ただし、この研究は限られた参加者を対象にした、2週間の訓練による実験です。誰にでも同じ効果が出る、マインドフルネスだけですべての集中の悩みが解決する、とまでは言えません。

それでも、集中できない自分を「壊れている」と判断する前に、考えてみる価値はあります。

あなたの集中力が消えてしまったのではなく、心が少し遠くまで散歩に出ているだけかもしれない。

そして散歩に出た心は、練習すれば、もう一度こちらへ呼び戻せるのかもしれないのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1.2週間のマインドフルネス訓練で、心のさまよいが減った

研究では、参加者が2週間のマインドフルネス訓練に取り組みました。

すると、課題をしている途中で別のことを考えてしまうマインドワンダリングが減りました。

つまり、心が一度も寄り道しなくなったわけではありませんが、

「いま、仕事ではなく昨日の会話を考えていた」

と気づき、目の前へ戻りやすくなった可能性があります。

マインドフルネスは、頭の中を無音にする技術ではありません。勝手に散歩へ出た心に、「そちらではなく、いまはこちらですよ」と帰り道を教える練習なのです。

2.頭の中の作業スペースと、文章を読む成績が改善した

マインドフルネス訓練を受けた参加者は、ワーキングメモリ容量と、GREの読解課題の成績も改善しました。

ワーキングメモリとは、情報を一時的に頭へ置きながら考える力です。

たとえば、文章の前半を覚えながら後半を読む、相手の話を聞きながら返事を考える、いくつかの手順を頭に置いて作業する。そんなときに使われます。

頭の中に小さな作業机があると考えると、わかりやすいでしょう。

雑念が多い状態では、その机の上に、

「明日の予定」

「さっきの失敗」

「まだ返していないメール」

などが次々と置かれます。

これでは、肝心の文章を広げる場所がありません。心のさまよいが減ることで、必要な情報を置くスペースが使いやすくなり、読解成績にも変化が表れたと考えられます。

3.集中力は「気が散らない才能」ではなく、「戻る力」でもある

この研究で特に大切なのは、成績の改善が、心のさまよいの減少と結びついていたことです。

マインドフルネスを練習したから、突然知識が増えたわけではありません。知らない単語が夜中にこっそり脳へ入居したわけでもありません。

もともと持っている読む力や考える力を、雑念によって取りこぼしにくくなった可能性があります。

私たちは集中できないと、

「自分は意志が弱い」

「集中力のない性格だ」

と考えがちです。

しかし、この研究が示しているのは、集中力には「一度も気が散らないこと」だけでなく、気が散ったときに目の前へ戻ってくることも含まれるという見方です。

心がそれたら、気づいて戻す。

またそれたら、もう一度戻す。

少々地味ですが、集中とは、心を椅子へ縛りつけることではなく、何度でも席へ案内し直す営みなのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:集中できないのはなぜ?心のさまよいと記憶の意外な関係

集中できないのはなぜ?心のさまよいと記憶の意外な関係

「マインドフルネスをすると、集中しやすくなるらしい」

そんな話を聞いたことがある人もいるでしょう。

呼吸に注意を向ける。今この瞬間の感覚に気づく。浮かんできた考えを追いかけず、もう一度、目の前へ戻る。

たしかに、なんとなく頭が静かになりそうです。

けれども研究者の立場からすると、ここで腕を組みたくなります。

「集中にいいと言いますが、具体的に何がどう変わるのでしょう?」

「気分が落ち着くだけですか?」

「それとも、記憶や読解力まで変わるのでしょうか?」

「そもそも、本当に心のさまよいが減っているのでしょうか?」

“なんとなく効きそう”と、“実際に何が変わったか”の間には、意外と深い谷があります。心理学の研究は、その谷に橋を架ける仕事です。

マインドフルネスは注目されていた。でも仕組みはまだ霧の中だった

ムラゼックたちが研究を行う以前にも、マインドフルネスは心理学や医療の分野で注目されていました。

ストレスをやわらげるかもしれない。

感情を整える助けになるかもしれない。

注意を保ちやすくなるかもしれない。

さまざまな可能性が報告されていました。

しかし、「マインドフルネスが人の考える力にどのような道筋で影響するのか」は、まだ十分には整理されていませんでした。

たとえば、マインドフルネスの訓練を受けた人の試験成績が上がったとしても、それだけでは理由がわかりません。

単に気分が落ち着いたからかもしれません。

授業を受けたことで、「自分は集中できるはずだ」と思い込んだのかもしれません。

研究に参加して真面目に取り組んだこと自体が、やる気を高めた可能性もあります。

あるいは、注意がそれる回数が減り、問題文を最後まできちんと読めるようになったのかもしれません。

結果だけ見れば同じ「成績が上がった」でも、その舞台裏には何人もの容疑者がいます。

研究者はここで、虫眼鏡を持って現場検証を始めます。

「成績さん、あなたはどうして上がったのですか?」

「いやあ、詳しいことはワーキングメモリさんに聞いてください」

「ワーキングメモリさんは?」

「心のさまよいさんが静かになったから、仕事がしやすかったですね」

そんな因果関係の聞き込み調査が必要だったのです。

「集中力が上がる」を、どうやって確かめるのか

そもそも「集中力が上がった」とは、何を意味するのでしょうか。

本人が、

「今日は集中できた気がします」

と言えば、それでよいのでしょうか。

もちろん、本人の感覚も大切です。しかし、人は自分の集中状態をいつも正確に把握できるわけではありません。

本を30分読んだあとに、

「かなり集中できたぞ」

と思ったのに、内容を聞かれると、

「主人公がいたことは覚えています」

くらいしか出てこない日もあります。

体は本の前にいましたが、心は別の場所で長期休暇を取っていた可能性があります。

そこで研究では、集中力を一つの質問だけで測るのではなく、いくつかの角度から確かめる必要があります。

ムラゼックたちが注目したのは、主に次の三つでした。

一つ目は、課題の途中でどれくらい別のことを考えていたかというマインドワンダリング

二つ目は、必要な情報を一時的に頭へ置きながら考えるワーキングメモリ容量

三つ目は、文章を読み、その内容を理解して答える読解課題の成績です。

この三つを一緒に調べれば、

「マインドフルネスを練習した」

「心のさまよいが減った」

「頭の中の作業スペースを使いやすくなった」

「文章を読む成績が改善した」

という流れが本当に見られるのかを検討できます。

つまり研究者たちは、「マインドフルネスは集中にいいらしい」という大きくてふわっとした話を、測れる小さな部品に分けたのです。

心理学者は、心をそのまま秤に載せることができません。そのため、心が残した足跡を一つずつ調べます。

心のさまよいは、本当に成績を下げているのか

もう一つ、まだはっきりさせる必要があったのが、マインドワンダリングと課題成績の関係です。

私たちの心は、かなり頻繁に目の前から離れます。

文章を読んでいる途中で旅行の計画を考えたり、講義を聞きながら昔の失敗を思い出したりします。

しかし、心がさまようことは、いつでも悪いわけではありません。

将来について考えることも、新しいアイデアを生み出すことも、目の前の現実から少し離れられる人間の能力によって支えられています。

問題は、心がさまよう場面とタイミングです。

散歩中にアイデアが浮かぶなら、心の寄り道はなかなか優秀です。

けれども、大切な説明を読んでいる最中に、

「そういえば学生時代、変なあだ名で呼ばれていたな」

と20年前へ出張されると困ります。

文章の意味を理解するには、前に読んだ内容を一時的に覚えながら、次の文とつなげなければなりません。

その途中で注意が別の考えに移ると、文章の部品が頭の中からこぼれやすくなります。

一行ずつは読めていても、全体の意味が組み上がらない。

家具の説明書を最後まで読んだのに、なぜか机ではなく少し傾いた棚が完成するような状態です。

ムラゼックたちは、マインドフルネスによって心のさまよいを減らせれば、ワーキングメモリが働きやすくなり、その結果として読解成績も改善するのではないかと考えました。

短い訓練でも、本当に変化は起こるのか

そして、もう一つの重要な疑問がありました。

それは、短期間のマインドフルネス訓練でも変化が見られるのかという点です。

瞑想やマインドフルネスというと、長年の修行を積んだ人を思い浮かべるかもしれません。

静かな山の上で、朝露とともに呼吸を整え、雑念とはすでに円満離婚している人です。

しかし、一般の学生や社会人が実際に取り組むなら、何年もの修行を前提にはできません。

「集中力を改善するには、まず10年間ほど毎朝4時に起きてください」

と言われたら、集中力より先に参加者が消えます。

そこでムラゼックたちは、2週間という比較的短い期間の訓練に注目しました。

短期間でも、心のさまよい、ワーキングメモリ、読解成績に測定できる変化が表れるのであれば、マインドフルネスは一部の熟練者だけのものではなく、教育や日常生活にも応用できる可能性があります。

反対に、変化が見られなければ、「短い訓練だけで集中力が上がる」という期待には慎重になる必要があります。

研究者たちが知りたかったのは、マインドフルネスが万能かどうかではありません。

短い訓練によって注意の向け方が変わり、その変化が記憶や読解成績にまでつながるのか。

これが、この研究の中心にあった問いです。

「集中できないのは、頭の能力が足りないからだ」

そう決めつける前に、心がどれくらい目の前を留守にしているかを調べてみる。

そして、留守に気づいて戻る練習をすれば、もともと持っている力を発揮しやすくなるのではないか。

ムラゼックたちの研究は、そんな日常的でありながら、まだ十分には答えが出ていなかった疑問から始まりました。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:マインドフルネスで集中力は変わる?2週間の比較実験

マインドフルネスで集中力は変わる?2週間の比較実験

「マインドフルネスで集中力が上がりました」

そう言われても、研究者はすぐには拍手しません。

「それはマインドフルネスのおかげですか?」

「たまたま、その日の調子がよかっただけでは?」

「授業に参加したことで、やる気が出た可能性は?」

なかなか疑い深い人たちです。しかし、この疑い深さが研究の品質を守っています。

そこでムラゼックたちは、大学生48人を集め、くじ引きに近い方法で二つのグループへ振り分けました。

一つは、マインドフルネスを学ぶグループ

もう一つは、栄養について学ぶグループです。

「マインドフルネスと栄養、ずいぶん違う対決ですね」

たしかに、片方は呼吸に注意を向け、もう片方は食事について考えます。静かな異種格闘技のようです。

ただし、栄養グループは何もしない人たちではありません。こちらも専門家による授業を受けました。

こうして二つのグループを比べれば、単に「授業を受けた」「先生の話を聞いた」「研究へ参加した」という影響ではなく、マインドフルネスの練習そのものに特有の変化があったのかを調べやすくなります。参加者は、マインドフルネス群26人、栄養教育群22人に無作為に分けられました。

2週間、週4回の授業を受けてもらった

どちらのグループも、授業は1回45分、週4回。それを2週間続けました。

つまり、全部で8回です。

何年も山にこもって瞑想したわけではありません。生活を仙人仕様に改造する前に終わる、比較的短い訓練です。

マインドフルネスの授業では、姿勢を整え、呼吸や音、食べ物の味など、今感じている感覚へ注意を向ける練習をしました。

たとえば、呼吸へ注意を向けている途中に、

「今日の夕飯は何だろう」

「昨日の返事、あれでよかったかな」

「そういえば靴下を買わないと」

と考え始めたら、そのことに気づいて、また呼吸へ戻ります。

大切なのは、雑念を力ずくで追い出すことではありません。

研究で教えられたのは、考えが浮かぶのを無理に止めるのではなく、注意がそれたことに気づき、呼吸などへ戻す方法でした。授業外でも、参加者は毎日10分間の瞑想に取り組みました。

一方、栄養教育のグループは、栄養学の基本や健康的な食生活について学びました。

こちらには毎日の瞑想の代わりとして、食べたものを記録する課題が出されました。ただし、「野菜を増やしなさい」「お菓子は禁止です」といった具体的な食生活の変更までは求められていません。

両方のグループに授業と自宅課題を用意し、かける時間もできるだけ近づけたわけです。

研究者は、比較するときの条件をそろえるのが大好きです。左右の靴下の柄までそろえたくなるほど、条件の違いには敏感なのです。

訓練の前と後で、三つの変化を調べた

研究では、2週間の授業を受ける前と受けた後に、主に三つのことを測りました。

一つ目は、GREをもとにした文章読解の成績です。

GREとは、アメリカの大学院進学などで使われる試験です。この研究では、語彙問題を外し、文章を読んで内容を理解する力を中心に測りました。

二つ目は、ワーキングメモリ容量です。

これは、必要な情報を一時的に頭へ置きながら、別の作業も進める力です。

測定では、簡単な計算が正しいかを判断しながら、途中で示された文字を覚え、最後に順番どおり答える課題が使われました。

「計算もしながら、文字も覚えてください」

脳からすれば、

「机の上で書類整理をしている最中に、別の荷物まで届きました」

という状況です。

この課題がうまくできるほど、頭の中の作業台を広く使えていると考えられます。

三つ目は、課題中に心がどれくらいさまよったかです。

文章読解の途中では、予告なしに質問が表示されました。

「いま、課題に集中していましたか?」

参加者は、「完全に課題へ集中していた」から「完全に別のことを考えていた」まで、5段階で答えます。

さらに、自分で「あ、いま心がそれていた」と気づいた回数も記録しました。ワーキングメモリの課題後にも、課題とは関係のないことをどれくらい考えていたかを報告してもらいました。

つまり研究者たちは、成績だけを見たのではありません。

「文章を読めたか」

「情報を頭に保てたか」

「その途中で心が留守にしていなかったか」

この三つをまとめて確かめました。

この研究方法のポイントは「ただ瞑想させただけ」ではない

この研究の骨組みを、とても簡単にまとめると次のようになります。

大学生48人を二つのグループに分ける。

片方はマインドフルネス、もう片方は栄養について、同じ期間の授業を受ける。

その前後で、読解力、ワーキングメモリ、心のさまよいを測る。

そして、二つのグループの変化を比べる。

研究者たちは、授業の時間帯や形式、講師の経験、参加人数などもなるべく似せました。また、どちらの授業も認知能力の改善に役立つ可能性があると参加者へ伝え、最初から「マインドフルネスのほうが効きそう」と思わせにくくする工夫もしています。

もちろん、48人という小規模な研究ですし、対象も大学生に限られています。したがって、この実験だけで「すべての社会人に同じ効果が出る」とまでは言えません。

それでも、何もしない人と比べただけではなく、別の授業を受けるグループを用意した点は重要です。

「2週間ほど呼吸へ注意を戻す練習をしたとき、頭の働きや心のさまよいは本当に変わるのか」

この問いに答えるため、かなり丁寧に条件を整えた実験だったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:マインドフルネスで集中力は上がる?2週間の実験で見えた変化

マインドフルネスで集中力は上がる?2週間の実験で見えた変化

さて、2週間の授業が終わりました。

マインドフルネスを学んだ学生たちと、栄養について学んだ学生たち。研究者は再び、文章を読む課題やワーキングメモリの課題に取り組んでもらいました。

結果をひとことで言うと、マインドフルネスのグループでは、文章を読む成績とワーキングメモリ容量が改善し、課題中に心がさまようことも減りました。

一方、栄養教育のグループでは、同じような変化は確認されませんでした。

「なるほど。マインドフルネスは集中によかったんですね」

ここまでは、なんとなく予想できる結果かもしれません。

けれども、この研究のおもしろいところは、参加者がただ、

「なんだか集中できる気がします」

と答えただけではないことです。

実際に文章を読んで問題に答える成績が上がり、複数の情報を一時的に頭へ置きながら処理する課題でも成績が伸びました。

つまり、気分だけが「本日は集中日和です」と晴れたのではなく、課題の成績にも変化が表れたのです。

読解成績と、頭の中の作業スペースが改善した

まず、マインドフルネスのグループでは、GREをもとにした読解課題の正答率が上がりました。

GREとは、アメリカで大学院進学などに使われる試験です。この研究では、単語をどれだけ知っているかよりも、文章を読み、内容を理解する力を測る問題が使われました。

文章を読むとき、私たちは目だけを動かしているわけではありません。

前に書いてあった内容を覚えておく。

新しく出てきた情報とつなげる。

筆者が何を言いたいのか考える。

選択肢と照らし合わせる。

頭の中では、かなり忙しい編集会議が開かれています。

ところが、その会議中に雑念が入ってきます。

「昨日のあの言い方、変ではなかったかな」

「今月のカード請求、大丈夫だろうか」

「帰りに牛乳を買うんだった」

しかも、雑念は会議室へ入るときにノックをしません。突然ドアを開けて、議長席に座ります。

そのため、文章を読んでいるつもりでも、前半の内容が抜け落ちたり、同じ部分を何度も読み直したりします。

マインドフルネスの訓練後に読解成績が改善したという結果は、参加者が突然たくさんの知識を手に入れたという意味ではありません。

もともと持っていた読む力を、心の寄り道によって取りこぼしにくくなったと考えるほうが自然です。

さらに、マインドフルネスのグループでは、ワーキングメモリ容量も改善しました。

ワーキングメモリとは、情報を一時的に頭へ置きながら、考えたり作業したりする力です。

たとえば、電話で聞いた番号を入力するまで覚えておく。説明の前半を覚えながら、後半を聞く。いくつかの条件を確認しながら、予定を組み立てる。

いわば、頭の中の作業机です。

机が広ければ、複数の書類を並べて比べられます。

しかし、雑念が机の上を占領していると、必要な情報を置く場所がなくなります。

「将来への心配」が机の半分。

「過去の反省」が残りの半分。

中央には「まだ起きていない失敗の予想図」が大きく広げられている。

これでは、目の前の仕事が、

「すみません、私の書類はどこへ置けばよいでしょうか」

と廊下で立ち尽くしてしまいます。

マインドフルネスによって雑念が減ったことで、机そのものが急に巨大化したというより、机を占領していた余計な荷物が少し片づいたのかもしれません。

心のさまよいは、一つの測り方だけで減ったのではない

研究では、心のさまよいを一つの質問だけで測ったわけではありません。

文章を読んでいる途中で突然、

「いま、課題とは関係のないことを考えていましたか?」

と尋ねる方法。

参加者自身が、

「あ、いま心がそれていた」

と気づいた回数を記録する方法。

さらに、ワーキングメモリの課題が終わったあと、課題中にどれくらい別のことを考えていたかを振り返ってもらう方法。

このように、いくつかの角度から心のさまよいを測りました。

その結果、マインドフルネスのグループでは、これらの指標で心のさまよいが減っていました。

ここが、この研究の意外で重要なところです。

マインドフルネスの練習によって、

「集中できた気がする」

という本人の印象だけが変わったのではありません。

読解成績が上がった。

ワーキングメモリ容量が改善した。

そして、その課題中に起きていた心のさまよいも減った。

成績と注意の変化が、ばらばらではなく一緒に動いたのです。

まるで、頭の中で別々に見えていた三つの歯車が、実はつながっていたことが見えてきたような結果です。

いちばん恩恵を受けたのは、もともと心がさまよいやすかった人

さらに研究者たちは、こんなことも調べました。

「成績が改善したのは、本当に心のさまよいが減ったからなのか?」

分析の結果、訓練前から心がさまよいやすかった参加者では、心のさまよいが減ったことが、読解課題やワーキングメモリの改善を説明する要因になっていました。

これは、とても興味深い結果です。

もともと集中が得意な人に、さらに集中力の上塗りをしたというよりも、課題の途中で心が遠くへ出かけやすかった人が、注意を戻しやすくなり、そのぶん成績を発揮できた可能性があるからです。

「集中できない自分は、頭が悪いのでは?」

そう考えてしまう人もいるでしょう。

けれども、この研究から見えてくるのは、能力がないというより、能力を使っている途中で注意が別の場所へ移り、力を十分に出せていない場合があるということです。

たとえるなら、エンジンの性能が低いのではなく、運転中に何度も脇道へ入ってしまう状態です。

目的地へ着かないので、

「この車は性能が悪い」

と思っていたけれど、実は車よりも、道からそれる回数の問題だった。

マインドフルネスは、車のエンジンを一夜で高性能に改造するものではありません。

「あ、また脇道に入っている」

と気づき、本道へ戻る練習です。

この研究の結果は、その「戻る力」が育つことで、もともと持っている能力を発揮しやすくなる可能性を示しています。

意外なのは、わずか2週間で複数の変化が見られたこと

この研究で、もう一つ驚かされるのが訓練期間です。

参加者がマインドフルネスを学んだのは、わずか2週間でした。

もちろん、毎日何となく深呼吸を一回しただけではありません。週4回、1回45分の授業を受け、授業外でも毎日10分間の瞑想を行っています。

それでも、何年にもわたる修行ではありません。

朝霧の山頂で鐘を鳴らしたわけでも、雑念と正式に絶縁したわけでもありません。

それにもかかわらず、読解成績、ワーキングメモリ、心のさまよいという複数の指標で変化が見られました。研究者は、GREの成績変化について、標準化した換算では平均約16パーセンタイル分の改善に相当すると報告しています。

ただし、この数字だけを見て、

「2週間瞑想すれば、試験の順位が必ず16段階上がる」

と考えてはいけません。

これは研究内の成績を標準化して表した目安であり、誰にでも同じ変化が起きると保証する数字ではありません。

大切なのは、短い訓練でも、注意を戻す練習が課題成績にまで広がる可能性が示されたことです。

ただし、「マインドフルネスですべて解決」ではない

ここで、研究結果に金色の額縁をつけすぎないことも大切です。

この研究に参加したのは48人の大学生で、訓練期間は2週間でした。長期間続けても効果が保たれるのか、年齢や生活環境が異なる人にも同じ結果が出るのかは、この研究だけではわかりません。研究そのものは、2013年に『Psychological Science』へ掲載されたランダム化比較研究です。

また、集中できない理由は、雑念だけとは限りません。

睡眠不足、強いストレス、騒音、体調、仕事量、心身の病気など、さまざまな要因があります。

そのため、

「集中できないなら、黙って瞑想しましょう」

で話を終えるのは少々乱暴です。

それでも、この研究は一つの希望を示しています。

集中力とは、生まれつき決められた固定能力だけではない。

心がそれたことに気づき、目の前へ戻す練習によって、改善できる部分があるかもしれない。

そして、心の寄り道が減れば、頭の中に新しい能力が降ってくるというより、すでに持っている力を、途中でこぼさず使えるようになるのかもしれない。

これが、ムラゼックたちの研究から見えてきた、もっとも興味深い変化です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:集中力が上がったのではなく、雑念に奪われる力が減った?

集中力が上がったのではなく、雑念に奪われる力が減った?

この研究を読んで、いちばん面白いと感じるのはここです。

マインドフルネスの訓練を受けた学生たちは、読解課題やワーキングメモリの成績がよくなりました。

すると、ついこう考えたくなります。

「なるほど。瞑想によって頭の性能が上がったんですね」

脳に新しいメモリが増設され、処理速度まで上がった。人間アップデート完了。再起動してください。

しかし、この研究が示しているのは、もう少し地味で、だからこそ興味深い変化です。

参加者の頭に、突然新しい知識が追加されたわけではありません。

知らなかった英単語が、瞑想中に空から降ってきたわけでもありません。

もともと持っていた読む力や考える力を、途中で雑念に持っていかれにくくなった可能性があるのです。

「能力が増えた」というより、「能力の漏れが減った」。

この違いは、思っている以上に大きいものです。

頭が悪いのではなく、頭が留守だった?

文章を読んでも内容が頭に入らないとき、私たちは自分の能力を疑います。

「最近、記憶力が落ちたのかな」

「集中力がない性格なんだろうな」

「自分は長い文章を読むのに向いていない」

けれども、読めなかった理由が、能力不足とは限りません。

文章の途中で、心が別の場所へ出かけていたのかもしれません。

目は文章の上を進んでいる。

指もページをめくっている。

ところが心は、

「さっきのメール、失礼ではなかったかな」

「明日の予定はどうしよう」

「そういえば、子どものころに言われたあの一言、今考えても納得できない」

と、過去や未来を巡回しています。

体は読書中ですが、心の出勤記録には「外出中」と書かれています。

これでは、文章が頭に残りにくいのも無理はありません。

たとえば、映画を見ている途中で何度も席を立てば、物語がわからなくなります。

映画そのものが難しいのではありません。主人公の理解力が足りないのでもありません。

大切な場面を見ていなかったのです。

マインドワンダリングも、それに少し似ています。

私たちは「考える力がない」のではなく、考える力を使うべき場面で、心がそこにいなかったのかもしれません。

集中とは、動かないことではなく戻ること

私たちは集中力のある人を、一本のろうそくの炎のように想像しがちです。

一度作業を始めたら、何時間も微動だにしない。

通知にも負けず、雑音にも負けず、過去の後悔にも夕飯の献立にも負けない。

「集中の達人は、きっと何も考えずに仕事だけを見ているのだろう」

しかし、人間の心は、そこまで行儀よくできていません。

呼吸に注意を向けても、それます。

文章を読んでいても、それます。

大切な話を聞いていても、それます。

心は、開けた窓を見つけると、すぐ外へ出ようとする猫のようなところがあります。

マインドフルネスで練習するのは、窓をすべて板でふさぐことではありません。

「あ、出ていった」

と気づき、そっと連れ戻すことです。

また出ていったら、また戻す。

何度でも戻す。

つまり集中力とは、一度も気が散らない能力ではなく、気が散ったあとに戻ってくる能力でもあるのです。

この考え方には、少し救いがあります。

集中が切れた瞬間に、

「今日もだめだった」

と判定しなくてよくなるからです。

気が散ったことに気づいた瞬間は、集中の失敗ではありません。

むしろ、戻る練習が始まる瞬間です。

「また別のことを考えていた」

その気づきは、心が帰り道の看板を見つけた合図なのです。

いちばん困っていた人に、変化の余地があった

この研究では、もともと心がさまよいやすかった参加者において、心のさまよいが減ったことと、課題成績の改善が結びついていました。

ここも、なかなか興味深いところです。

集中が得意な人だけが、さらに超集中人間へ進化したわけではありません。

むしろ、目の前の課題から心が離れやすかった人に、改善する余地があった可能性があります。

「集中できない自分には、才能がない」

そう感じている人ほど、実は能力がないのではなく、持っている能力を雑念に細かく持っていかれているだけかもしれません。

給料は入っているのに、小さな引き落としが多すぎて、月末には残高が寂しくなっている家計のようなものです。

昨日の後悔に少し。

明日の不安に少し。

他人からどう見られているかという想像に少し。

気づけば、目の前の仕事へ使える注意がほとんど残っていません。

マインドフルネスは、心の収入を増やす方法というより、気づかないうちに続いていた注意の引き落としを見つける方法なのかもしれません。

「この考えは、いま必要だろうか」

「いま私は、どこに注意を向けているだろう」

そう気づくだけでも、注意を目の前へ戻す選択ができます。

「雑念をなくす」ではなく、「雑念に乗らない」

ただし、この研究を読んで、

「では、雑念を一つ残らず消しましょう」

と考える必要はありません。

雑念は、消そうとするほど存在感を増すことがあります。

「白いクマを想像しないでください」

と言われると、頭の中には立派な白いクマが現れます。しかも、なかなか帰りません。

マインドフルネスで大切なのは、考えが浮かばないことではなく、浮かんだ考えへ毎回乗り込まないことです。

「さっきの失敗、まずかったかな」

という考えが来ても、その列車へ乗って終点まで行く必要はありません。

「あ、後悔行きの列車が来たな」

と眺め、今回はホームに残ることもできます。

考えを消すのではなく、考えと少し距離を取る。

そして、目の前の文章、相手の声、今やっている仕事へ戻る。

この小さな動作が繰り返されることで、頭の中の作業机が使いやすくなったのかもしれません。

この研究がそっと教えてくれること

ムラゼックたちの研究は、集中力を「持っているか、持っていないか」で分ける見方に、小さな揺さぶりをかけています。

集中力は、性格診断のように固定された札ではありません。

「あなたは集中できる人」

「あなたは集中できない人」

と、二つの箱へきれいに分けられるものでもありません。

心は誰でもさまよいます。

違いがあるとすれば、さまよった心にいつ気づくか、そして、どう戻ってくるかです。

この研究の面白さは、マインドフルネスを万能な能力開発法として描いたことではありません。

人間にはすでに、読む力も、覚える力も、考える力もある。

ただ、その力が働いている最中に、心が何度も席を外してしまう。

ならば、新しい能力を無理に足す前に、まずは席へ戻る練習をしてみよう。

そんな、とても地味で、とても人間らしい提案をしているところです。

集中できない日、自分の頭へ厳しい成績表を渡す前に、少しだけ尋ねてみてもよいでしょう。

「能力が足りないのかな」

ではなく、

「いま、私の心はどこへ出かけているのだろう」

その問いが、さまよった心へ届く、帰宅を促す小さな放送になるかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:集中できないときはどうする?日常でできるマインドフルネスの練習

集中できないときはどうする?日常でできるマインドフルネスの練習

「研究の内容はわかりました。でも、私は明日も仕事があります。結局、何をすればいいのでしょう?」

ごもっともです。

論文の中で学生たちが集中できるようになっても、こちらの未読メールは減りません。会議中に心が散歩へ出る問題も、締め切り前に冷蔵庫を掃除したくなる現象も、そのまま残っています。

そこで、ムラゼックたちの研究から日常生活へ持ち帰りたいのは、次の考え方です。

集中し続けようとするより、注意がそれたことに気づき、目の前へ戻る練習をする。

これが、生活と研究をつなぐ橋になります。

ただし、この研究で行われたのは、専門家による2週間の授業と、毎日の練習を組み合わせた訓練です。

これから紹介する方法を一度試しただけで、研究と同じ効果が出るとは限りません。

それでも、仕事や勉強の途中で「戻る力」を育てる小さな練習としては、十分に試す価値があります。

まずは1分間、呼吸へ戻ってみる

マインドフルネスという言葉を聞くと、30分くらい座って、無音の部屋で、宇宙と心を一つにしなければならない気がします。

しかし、最初から大がかりにする必要はありません。

まずは1分だけ、呼吸へ注意を向けてみます。

椅子に座ったままでかまいません。

息を吸っている。

息を吐いている。

おなかや胸が少し動いている。

鼻のあたりに空気が通っている。

その感覚を眺めます。

おそらく、数秒後には別のことを考え始めます。

「今日の予定はどうだったかな」

「このあと返信しないと」

「呼吸に集中できない。私はマインドフルネスにも向いていないのでは?」

心は、呼吸を見守る仕事を頼まれたのに、すぐ人事評価まで始めます。

けれども、そこで失敗だと思わなくて大丈夫です。

「いま、考え事をしていた」

と気づき、もう一度、呼吸へ戻ります。

この気づいて戻る動作そのものが練習です。

1分間ずっと呼吸に集中できたら合格なのではありません。10回それて、10回戻ったなら、10回分の練習ができたと考えられます。

筋力トレーニングで、重りを一度も動かさずに眺めていても筋肉は育ちません。

注意も同じです。

それて、気づいて、戻す。

この小さな往復が、注意の腕立て伏せになります。

仕事を始める前に「戻る場所」を決めておく

仕事中に集中が切れたとき、戻ろうとしても、

「ところで、何をしていたんだっけ?」

となることがあります。

心が散歩へ出ただけでなく、帰宅先まで忘れてしまった状態です。

そこで、作業を始める前に、注意を戻す場所を一つ決めておくと役立ちます。

たとえば、

「いまから、このメールの返信文を書く」

「この資料の3ページ目まで読む」

「この表の数字を確認する」

というように、目の前の作業を短い言葉にします。

できれば、紙やメモ帳に書いておきます。

作業の途中で別のことを考えていると気づいたら、その言葉を見て戻ります。

「私はいま、何をしていた?」

「メールの返信文を書くところだった」

「では、次の一文から戻ろう」

集中力を気合いで呼び戻すのではなく、帰り道の標識を用意しておくのです。

これは特に、パソコンを使う仕事で役立ちます。

パソコンの画面には、集中を奪う入口がたくさんあります。

メールを返そうとして受信箱を開く。

気になる件名を見つける。

添付ファイルを確認する。

関連する資料を検索する。

いつの間にか、なぜか天気予報を見ている。

最初は一通のメールだったのに、気づけば情報の商店街を歩いています。

そんなときも、自分を叱る必要はありません。

「散歩していたな」と気づき、最初に書いた一文へ戻ります。

雑念には、短い名前をつける

考え事に気づいても、その内容が気になって戻れないことがあります。

「さっきの会話、相手は怒っていたのでは?」

「来月の予定、本当に大丈夫だろうか」

「失敗したらどうしよう」

こうした考えを無理に消そうとすると、かえって頭から離れなくなることがあります。

そこで使えるのが、浮かんだ考えへ短い名前をつける方法です。

「これは心配だな」

「これは反省だな」

「これは予定の確認だな」

「これは人からどう見られたかを考えているな」

名前をつけることで、考えの中へ完全に入り込むのではなく、少し離れた場所から眺めやすくなります。

たとえば、

「私は失敗する」

と思っているときは、その考えが事実のように感じられます。

しかし、

「いま、“失敗するかもしれない”という心配が浮かんでいる」

と言い換えると、考えと自分の間に少しだけ隙間が生まれます。

列車が来たからといって、毎回乗る必要はありません。

「心配行きの列車が来ましたね」

と確認し、ホームに残ることもできます。

大切な心配なら、あとで考える時間を取ればよいでしょう。

仕事中にすべて解決しようとしなくてもかまいません。

「これは午後6時に考える」

とメモして、いったん目の前へ戻る方法もあります。

脳は、「忘れないようにずっと考えておかなければ」と思うと、同じ話題を何度も持ってきます。

紙に預けると、

「では、こちらで保管しておきます」

と少し静かになることがあります。

文章が頭に入らないときは、1段落ごとに立ち止まる

この研究では、マインドフルネス訓練を受けた参加者の読解成績にも改善が見られました。

そこで、読書や資料を読むときにも、「注意がどこにあるか」を確認できます。

1段落読んだら、短く立ち止まります。

そして、

「いまの段落には、何が書いてあった?」

と自分に尋ねます。

答えられれば、そのまま進みます。

答えられなければ、能力がないと判定するのではなく、

「どうやら心が途中で外出していたようです」

と考え、もう一度読みます。

同じページを何度も読むことは、必ずしも記憶力の悪さを意味しません。

文字を目で追っていた時間と、内容へ注意を向けていた時間が一致していなかっただけかもしれません。

読書中にスマートフォンを触りたくなったときも、すぐ手を伸ばす前に、

「いま、何を確認したくなった?」

と一度だけ問いかけてみます。

通知が来たから見るのか。

文章が難しくなり、逃げたくなったのか。

急に別の用事を思い出したのか。

理由がわかれば、行動を選びやすくなります。

スマートフォンを見ること自体が悪いのではありません。

無意識のまま注意を運ばれていくことが問題なのです。

会話中に心がそれたら、相手の最後の言葉へ戻る

マインドワンダリングが起きるのは、仕事や勉強のときだけではありません。

人の話を聞いている途中にも、心はよく遠出します。

相手が話しているのに、

「次は自分が何を言おう」

「この話はいつ終わるのだろう」

「そういえば自分にも似た経験がある」

と考え始めます。

そして突然、相手から、

「どう思う?」

と聞かれます。

こちらは内容を十分に聞いていないので、

「そうですね、いろいろありますよね」

という、あらゆる会話に対応できそうで何にも対応していない返事をします。

こんなときも、注意がそれたことを責めるより、戻る場所を決めておくとよいでしょう。

会話なら、相手が最後に言った言葉へ戻ります。

「つまり、予定が急に変わって困ったんですね」

「そのとき、かなり不安だったということですか?」

相手の言葉を短く受け止め直すと、会話の現在地へ戻れます。

マインドフルネスは、一人で静かに呼吸を見るためだけのものではありません。

目の前の人へ注意を戻すことも、立派な「今ここ」の練習です。

人間関係では、気の利いた言葉を言うことより、相手の話から心が離れたときに戻ってくることのほうが、大切な場合もあります。

「集中できなかった時間」より「戻れた回数」を数える

集中できない日、私たちは失敗した時間ばかり数えます。

「午前中はほとんど進まなかった」

「またスマートフォンを見てしまった」

「本を読んでも頭に入らなかった」

すると、一日全体が失敗だったように感じます。

そこで、評価の仕方を少し変えてみます。

集中できなかった時間ではなく、目の前へ戻れた回数を数えるのです。

メールの途中で別のサイトを見ていたけれど、気づいて戻った。

読書中に考え事をしていたけれど、同じ段落から読み直した。

会話中に返事を考えていたけれど、相手の話へ注意を戻した。

これらはすべて、「集中できなかった証拠」ではありません。

注意を戻せた証拠です。

集中とは、まっすぐな一本線ではありません。

それて、戻る。

またそれて、また戻る。

少しずつ進む、縫い目のようなものです。

遠くから見ると一つの線に見えますが、近くで見ると、小さな往復がいくつも重なっています。

それでも集中できない日は、環境と体調も確認する

ここで忘れてはいけないのは、集中できない原因をすべて「マインドフルネス不足」にしないことです。

睡眠が足りない。

空腹や疲労が強い。

通知が何度も鳴る。

周囲が騒がしい。

仕事量が多すぎる。

不安や落ち込みが強い。

こうした状態では、注意を戻す練習だけで解決しないこともあります。

土砂降りの中で傘を差さずに、

「もっと歩き方へ集中しよう」

と言っても限界があります。

まず屋根のある場所へ移ることも必要です。

スマートフォンを別の場所へ置く。

通知を切る。

作業を小さく分ける。

休憩を取る。

睡眠や体調を整える。

必要なら、医療機関や専門家へ相談する。

マインドフルネスは、環境を整える代わりではありません。

注意を戻す練習と、注意を奪われにくい環境づくりは、両方あってよいのです。

今日から始めるなら「気づいて、戻る」だけでいい

この研究を生活へ活かすために、特別な道具は必要ありません。

心がそれたとき、次の二つを行います。

「いま、別のことを考えていた」と気づく。

呼吸や目の前の作業へ戻る。

まずは、それだけで十分です。

うまく集中できなくても、自分を叱らない。

雑念が出てきても、追い払おうとしない。

「また出かけていたね」と気づき、目の前へ案内し直す。

心は、一度言えば二度と迷わない優秀な案内客ではありません。

何度教えても寄り道します。

けれども、そのたびに戻る道を選ぶことはできます。

ムラゼックたちの研究が私たちへ教えてくれるのは、集中力を力ずくで増やす方法というより、すでに持っている注意を、雑念の遠足から少しずつ連れ戻す方法なのかもしれません。

今日、仕事や読書の途中で心がどこかへ行っていたと気づいたら、それを失敗にしなくても大丈夫です。

その瞬間こそ、練習の始まりです。

「おかえり。では、ここから続きをやろう」

それくらいのやさしさで、心を席へ戻してあげてください。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:マインドフルネスで集中力は必ず上がる?研究を読むときの注意点

マインドフルネスで集中力は必ず上がる?研究を読むときの注意点

ここまで読むと、さっそく椅子へ座り、呼吸に注意を向けたくなるかもしれません。

「2週間で雑念が減って、記憶の働きもよくなり、読解成績まで上がるのなら、今日から始めよう」

そう思えるのは、この研究が魅力的だからです。

ただし、ここで研究結果に金色のマントを着せて、

「マインドフルネスをすれば、誰でも集中力が上がる」

と街へ送り出すのは、少し早いでしょう。

論文を読むときには、

「面白い結果ですね」

と歓迎のお茶を出しながら、

「ところで、どこまで言える結果なのですか?」

と静かに尋ねることも大切です。

研究結果を疑って追い返す必要はありません。しかし、玄関で身分証くらいは確認しておきたいところです。

参加したのは48人の大学生だった

まず、この研究に参加したのは48人の大学生です。

48人は、実験を行うには意味のある人数です。しかし、人類全体を代表するには、やや小さな町内会です。

年齢も大学生が中心なので、同じ結果が、

働き盛りの社会人

高齢者

子ども

強いストレスを抱えている人

心身の病気がある人

などにも、そのまま当てはまるとは限りません。

大学生と社会人では、集中を邪魔するものも少し違います。

大学生なら、試験や課題、友人関係が気になるかもしれません。

社会人なら、

「午後の会議資料がまだ完成していない」

「取引先への返信を忘れている」

「家に帰ったら洗濯物がこちらを見ている」

と、雑念にも生活の重みが加わります。

人によって年齢、環境、疲労、抱えている不安は異なります。そのため、この研究から言えるのは、大学生を対象にした短期間の実験では、マインドフルネス訓練を受けたグループに一定の改善が見られたというところまでです。

「大学生に効果があった。したがって、全世界の全世代に効果があります」

という飛躍は、まだ橋が架かっていない川を勢いで跳ぼうとしています。

2週間後に変化は見られた。でも半年後はわからない

この研究の魅力は、わずか2週間の訓練で変化が確認されたことです。

ただし、2週間後によい変化があったことと、その効果が半年後や1年後まで続くことは、別の話です。

たとえば、新しい手帳を買った直後は、予定を丁寧に書きます。

色分けもします。

付箋も貼ります。

字まで少しきれいになります。

しかし、3か月後には、手帳がかばんの底で静かな冬眠に入っていることがあります。

マインドフルネスも、訓練直後には注意を戻しやすくなっても、練習をやめれば変化が薄れる可能性があります。

反対に、長く続けることで、さらに安定した効果が表れる可能性もあります。

しかし、この研究だけでは、そこまではわかりません。

研究で確認されたのは、2週間の訓練を終えた時点での変化です。

その後も効果が続いたのか。

どれくらい練習すれば維持できるのか。

毎日10分でよいのか。

週に数回でもよいのか。

こうした長期的な疑問には、別の研究が必要になります。

研究結果には賞味期限があるという意味ではありません。ただ、「いつの時点を測った結果なのか」は、裏面の表示として確認しておきたいところです。

GREの成績が上がったからといって、すべての成績が上がるわけではない

この研究では、GREをもとにした文章読解課題の成績が改善しました。

これは重要な結果です。

しかし、ここから、

「マインドフルネスをすれば、数学も英語も資格試験も全部うまくいく」

とは言えません。

研究で使われたのは、主に文章を読み、内容を理解する力を測る課題です。

マインドフルネスによって心のさまよいが減れば、文章を途中まで読んで心が別の場所へ行く回数が減り、内容をつかみやすくなる可能性があります。

ただし、知識そのものが増えるわけではありません。

知らない歴史上の人物を、呼吸に注意しながら突然思い出すことはできません。

覚えていない公式が、瞑想中に天井から降りてくることもありません。

マインドフルネスは、勉強の代わりではないのです。

勉強して身につけた知識や読解力を、雑念によって取りこぼしにくくする可能性はあります。しかし、空の本棚へ参考書を並べてくれるサービスではありません。

注意を整えることと、知識を身につけることは、別々に必要です。

机を片づけても、教科書を開かなければ勉強は進みません。反対に、教科書を開いても机の上が荷物で埋まっていれば、やはり進みにくい。

どちらも大切なのです。

「心のさまよい」には本人の報告も使われている

この研究では、課題の途中で参加者に、

「いま、課題とは関係のないことを考えていましたか?」

と尋ねる方法などを使って、心のさまよいを測りました。

この方法には意味があります。

心の中で何を考えていたかは、本人に聞かなければわからない部分があるからです。

ただし、本人の報告がいつでも完全に正確とは限りません。

私たちは、心がさまよっている最中には、そのこと自体に気づいていない場合があります。

気づいたときには、すでに脳内で、

「10年前の失敗を振り返る特別番組」

が後半へ入っていることもあります。

また、マインドフルネスを学んだことで、以前より自分の注意に気づきやすくなった可能性もあります。

つまり、心のさまよいそのものが減っただけでなく、心の動きを観察する方法が変わった部分もあるかもしれません。

もちろん、研究では本人の報告だけでなく、ワーキングメモリや読解課題の成績も測っています。

そのため、すべてが単なる「気のせい」だったとは考えにくいでしょう。

それでも、心の中を温度計のように直接測ったわけではないことは、覚えておく必要があります。

心理学者も、参加者の頭に小さなカメラを入れて、雑念が歩いている様子を撮影できるわけではありません。

心の研究では、本人の報告、行動、課題成績など、いくつかの足跡から全体を推測しているのです。

マインドフルネスだけが違いだったとは言い切れない部分もある

この研究では、マインドフルネスのグループと、栄養教育のグループが比較されました。

何もしない人たちと比べただけではない点は、この研究の強みです。

どちらのグループも授業を受け、課題に取り組みました。

それでも、二つの授業を完全に同じ条件にすることはできません。

マインドフルネスの授業では、実際に呼吸や感覚へ注意を向ける練習をします。

栄養教育では、食事や健康について学びます。

内容が違えば、授業への興味、期待、取り組み方も違う可能性があります。

参加者の中には、

「マインドフルネスは集中力によさそうだ」

と期待した人もいたかもしれません。

その期待が、課題へ真面目に取り組む姿勢へ影響した可能性を、完全に消すことはできません。

薬の研究なら、見た目が同じ錠剤を用意し、どちらが本物かわからないようにすることがあります。

しかし、マインドフルネスの授業を受けながら、

「私はいま、栄養について学んでいるのかもしれない」

と思わせるのは、なかなか困難です。

呼吸へ注意を向けながら、心のどこかでブロッコリーの栄養素を考えてもらうわけにもいきません。

心理的な訓練の研究では、参加者に内容を完全に隠すことが難しいのです。

そのため、今回の変化がマインドフルネスの練習だけによるものなのか、期待や授業への関わり方も一部影響したのかは、慎重に考える必要があります。

集中できない原因は、雑念だけではない

この研究では、心のさまよいが減ることで、課題成績が改善する可能性が示されました。

しかし、集中できない理由は一つではありません。

睡眠不足。

強い疲労。

空腹。

騒音。

頻繁な通知。

仕事量の多さ。

不安や落ち込み。

薬の影響。

身体や心の不調。

こうした要因も、集中力に関係します。

たとえば、前日に3時間しか眠っていない人へ、

「呼吸に注意を戻せば大丈夫です」

と言うのは、少し無理があります。

脳は雑念以前に、

「まず寝かせてください」

と要求しているかもしれません。

職場で10分おきに声をかけられる人が集中できない場合も、その人の注意力だけの問題ではありません。

環境が、集中を細切れにしているのです。

マインドフルネスは、自分の注意がどこへ向かっているかに気づく助けにはなります。

しかし、睡眠を取る代わりにはなりません。

仕事量を減らす代わりにもなりません。

治療や専門的な支援が必要な状態を、一人で乗り切るための万能道具でもありません。

雨漏りしている部屋で、床を拭く技術だけを上達させても限界があります。

ときには、屋根を直す必要があります。

マインドフルネスが合わない人もいる

マインドフルネスは、多くの人にとって取り組みやすい方法です。

しかし、静かに座って自分の呼吸や心の状態へ注意を向けることが、誰にとっても心地よいとは限りません。

人によっては、考え事がかえって強く感じられたり、不安やつらい記憶に気づきやすくなったりすることもあります。

「みんなに効果があると言われているのに、自分は落ち着けない」

と、さらに自分を責める必要はありません。

目を閉じると不安になるなら、目を開けたまま行う。

呼吸に集中しにくければ、足の裏の感覚や周囲の音へ注意を向ける。

座っているのが苦手なら、歩きながら行う。

つらさが強い場合は、一人で無理に続けず、専門家へ相談する。

方法は、その人に合わせてよいのです。

マインドフルネスは、自分へ無理を命じる新しい上司ではありません。

「今ここへ注意を戻す」という目的へ向かう道は、一本だけではないのです。

この研究は「有望な一歩」であって、最終回答ではない

では、この研究は信用できないのでしょうか。

もちろん、そういうことではありません。

参加者を二つのグループに分け、比較対象を用意し、訓練の前後で複数の課題を測定した、興味深い実験です。

マインドフルネス訓練を受けたグループで、

心のさまよいが減った。

ワーキングメモリ容量が改善した。

読解課題の成績が上がった。

この三つが一緒に確認されたことには、大きな意味があります。

ただし、科学の研究は、一つの論文がすべてを決める裁判ではありません。

一つの研究が結果を示し、別の研究が違う人々で確かめ、さらに別の研究が長期的な効果を調べます。

研究は、一冊で完結する小説というより、多くの研究者が書き継いでいく長い連載です。

ムラゼックたちの研究は、その連載の中で、

「注意を戻す練習によって心のさまよいが減り、考える力を発揮しやすくなる可能性がある」

という、とても興味深い一章を加えました。

しかし、それは、

「マインドフルネスをすれば、誰でも2週間で集中力が上がる」

という最終回ではありません。

面白い結果は、喜んで受け取る。

同時に、研究の対象、期間、測定方法、まだわからない部分も確認する。

この両方がそろって、論文を丁寧に読むことになります。

甘い結果だけをすくい取るのではなく、研究という小麦粉の手触りまで味わう。

すると、この論文は魔法の宣伝文句ではなく、私たちの心を少し理解するための、信頼できる一枚の地図として見えてくるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:マインドフルネスで集中力は変わる?研究からわかった結論

マインドフルネスで集中力は変わる?研究からわかった結論

「仕事を始めたはずなのに、気づけば昨日の会話を思い返していた」

「本を3ページ読んだのに、内容が一文字も残っていない」

「会議には出席していた。でも、心は途中から夕食の献立会議へ参加していた」

私たちの心は、目の前にじっと座り続けるのが、あまり得意ではありません。

少し油断すると過去へ行き、未来へ行き、まだ起きてもいない失敗の予行演習まで始めます。本人は仕事中なのに、心だけが旅行会社のように次々と行き先を提案してくるのです。

ムラゼックたちの研究が調べたのは、そんな心のさまよいに、マインドフルネスの訓練がどのような変化をもたらすのかということでした。

研究では、48人の大学生を、マインドフルネスを学ぶグループと、栄養について学ぶグループに分けました。

訓練期間は2週間。

その前後で、文章を読み解く成績、ワーキングメモリ容量、課題中の心のさまよいを比べました。

結果として、マインドフルネスを学んだグループでは、心のさまよいが減り、ワーキングメモリ容量と読解課題の成績が改善しました。

つまり、

「呼吸を見つめたら、突然ものすごく頭がよくなった」

という話ではありません。

もっと地味で、もっと現実的な変化です。

目の前の課題から心が離れる時間が減り、もともと持っていた読む力や考える力を使いやすくなった可能性がある。

これが、この研究から見えてきた大切なポイントです。

集中力とは、一度も気が散らないことではない

私たちは、集中力のある人を少し誤解しているのかもしれません。

集中できる人とは、雑念が一つも浮かばず、何時間もまっすぐ作業を続けられる人。

そんな姿を想像しがちです。

しかし、人間の心は、それほど一直線には進みません。

呼吸へ注意を向けても、それます。

文章を読んでいても、それます。

人の話を聞いていても、それます。

大切なのは、心を一度も迷子にさせないことではありません。

「あ、いま別のことを考えていた」

と気づき、目の前へ戻ることです。

またそれたら、また戻る。

さらにそれたら、さらに戻る。

集中とは、一本のきれいな直線ではなく、小さな脱線と復帰を繰り返しながら進むものなのかもしれません。

そう考えると、気が散った瞬間を「失敗」と呼ばなくてもよくなります。

気が散ったことに気づけた瞬間は、集中が壊れた瞬間ではありません。

注意を戻す練習が始まった瞬間です。

頭の中の机を、少しだけ片づける

ワーキングメモリは、頭の中の作業机にたとえられます。

文章の前半を覚えておく。

相手の話を聞きながら返事を考える。

いくつかの条件を並べて、予定を立てる。

こうした作業をするとき、私たちは頭の机に情報を一時的に置いています。

ところが、その机には雑念もやってきます。

「さっきの言い方はまずかったかな」

「来週の予定は大丈夫だろうか」

「あの人は自分をどう思っているのだろう」

雑念は書類を一枚置くだけではありません。机の中央にどっしり座り、お茶まで飲み始めます。

これでは、目の前の仕事を広げる場所が足りません。

マインドフルネスは、机そのものを巨大化させる魔法ではないでしょう。

むしろ、

「いま、この心配を考えているな」

「注意が昨日の出来事へ移っているな」

と気づき、必要のない荷物をいったん机から下ろす練習です。

机を片づけたからといって、知識が自動的に増えるわけではありません。

しかし、すでに持っている知識や能力を、使いやすくなる可能性はあります。

新しい頭を手に入れるのではなく、今ある頭へ少し働きやすい場所を返してあげる。

この研究は、そんな見方を教えてくれます。

2週間の結果を、万能の答えにはしない

もちろん、この研究だけで、

「マインドフルネスをすれば、誰でも2週間で集中力が上がる」

とは言えません。

参加したのは48人の大学生です。

訓練後の変化は調べられましたが、それが半年後や1年後まで続いたかは、この研究だけではわかりません。

集中できない原因も、心のさまよいだけではありません。

睡眠不足、疲労、強いストレス、騒音、仕事量、心身の不調など、さまざまな理由があります。

眠くて頭が動かない人へ、

「集中できないのは、呼吸への注意が足りないからです」

と言うのは、少々酷です。

その場合、必要なのは瞑想より睡眠かもしれません。

仕事中に何度も声をかけられるなら、注意力より先に環境を整える必要があるでしょう。

マインドフルネスは、すべてを解決する万能工具ではありません。

けれども、自分の注意がどこへ行っているのかに気づき、戻る選択をするための、小さくて役立つ道具にはなりえます。

ハンマー一本で家は建ちませんが、必要な場面では頼りになる。マインドフルネスも、そのくらいの距離感で受け取るのがちょうどよさそうです。

雑念を消すより、心の帰り道をつくろう

この論文から持ち帰りたいのは、雑念を完全になくす方法ではありません。

雑念は、人間の心に最初から備わっている旅好きな部分です。

過去を振り返り、未来を想像し、新しいアイデアを生み出すためにも、心の寄り道は役立ちます。

ただ、目の前の仕事や大切な会話の途中で、心が長旅へ出ると困ることがあります。

そんなときは、自分を叱るより、現在地を確認してみます。

「いま、何を考えていた?」

「私は何をしている途中だった?」

「どこへ注意を戻せばいい?」

そして、呼吸、文章、相手の声、目の前の一つの作業へ戻ります。

一度でうまくいかなくても大丈夫です。

心はまた出かけます。

そのたびに戻せばよいのです。

ムラゼックたちの研究が教えてくれるのは、集中できない自分を力ずくで矯正する方法ではありません。

さまよった心を見つけ、何度でも迎えに行くことには意味があるかもしれない。

そんな、静かで人間らしい可能性です。

今日、仕事や読書の途中で別のことを考えていたと気づいたら、そこで自分に失格の判子を押さなくてもかまいません。

心が遠くへ行ったことに気づけたのなら、帰り道はもう見えています。

「おかえり。では、ここから続きをやろう」

集中とは、心を閉じ込めることではなく、何度でも帰ってこられる場所をつくることなのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

あとがき 心が出かけるたびに、迎えに行けばいい

この論文を読んで、私は少し安心しました。

なぜなら、私自身も集中力にあまり自信がないからです。

文章を書こうとパソコンを開いたのに、気づけば別のサイトを見ている。資料を読んでいたはずなのに、いつの間にか昔の失敗を思い出している。

そして数分後、

「ところで、私は何をしていたんだっけ?」

と、仕事机の前で自分を捜索することになります。

体はずっと椅子に座っているのに、心だけが無断外出しているのです。

しかも、心は出かけるときに行き先を告げません。

「ちょっと20年前の恥ずかしい記憶を見てきます」

「まだ起きていない来週の心配へ行ってきます」

くらい言ってくれれば、こちらも対応できます。

しかし、実際には無言で出発し、気づけば遠いところにいます。

そんな自分を見ると、つい思ってしまいます。

「私は集中力がないのだろう」

「根気が足りないのだろう」

「もっと真面目に取り組まなければ」

けれども、この論文を読んでから、集中できない自分への見方が少し変わりました。

集中力とは、心を一度も出かけさせない力ではない。

出かけた心に気づき、もう一度、目の前へ連れて帰る力でもある。

この考え方は、私にとってなかなか大きな発見でした。

「気が散った」は、失敗の報告ではなかった

これまでの私は、気が散った瞬間を失敗として数えていました。

文章を書いていて別のことを考えた。

本を読んでいて内容が入ってこなかった。

人の話を聞きながら、次に自分が何を話すか考えていた。

そのたびに、心の中の採点係が赤ペンを持って現れます。

「はい、集中できませんでした」

「また雑念です」

「本日の集中力、落第」

この採点係は、頼んでもいないのに毎日出勤してきます。

しかし、マインドフルネスの考え方では、雑念が浮かんだことよりも、雑念に気づいて戻ることが大切です。

そう考えると、

「あ、別のことを考えていた」

という瞬間は、失敗の証拠ではありません。

むしろ、心が迷子になっていることに気づけた瞬間です。

迷子を見つけたのなら、あとは迎えに行けばよい。

「また遠くへ行っていたね」

「では、ここから続きをやろう」

それでいいのです。

私はこれまで、集中とは、一本の線をまっすぐ引き続けることだと思っていました。

けれども実際の集中は、もう少し不器用なものなのかもしれません。

それて、戻る。

またそれて、また戻る。

近くで見ると、少しふらふらしています。

それでも遠くから見れば、ちゃんと前へ進んでいる。

集中とは、定規で引いた直線ではなく、迷いながら縫われていく糸のようなものなのだと思います。

能力を増やす前に、こぼれている力を見てみる

この論文で特に印象に残ったのは、マインドフルネスによって突然、頭に新しい能力が追加されたわけではないという点です。

参加者の中に、未知の知識が注入されたわけではありません。

瞑想中に英単語が降ってきたわけでも、読解の妖精が枕元へ参考書を置いていったわけでもありません。

変化した可能性があるのは、すでに持っている力の使われ方です。

私たちは「できない」と感じたとき、能力を増やそうとします。

もっと覚えなければ。

もっと速く読まなければ。

もっと長く集中しなければ。

もちろん、練習や学習は大切です。

けれども、力を増やす前に、

「今ある力は、どこかへこぼれていないだろうか」

と考えてみることも必要なのかもしれません。

頭の中では、目の前の仕事とは別に、いくつもの番組が放送されています。

「昨日の反省特集」

「明日の心配予報」

「あの人は自分をどう思っているのか討論会」

「なぜ私はあのとき気の利いた返事ができなかったのか再検証スペシャル」

しかも、どの番組も長い。

再放送まであります。

この脳内テレビをすべて壊す必要はないのでしょう。

ただ、

「いま別の番組が始まっているな」

と気づき、目の前のチャンネルへ戻す。

その小さな操作だけでも、もともと持っている力を使いやすくなるのかもしれません。

マインドフルネスを、新しい宿題にはしたくない

一方で、私はマインドフルネスを「やらなければならない新しい宿題」にはしたくないとも思いました。

心を整えるために始めたのに、

「今日は瞑想ができなかった」

「呼吸に集中できなかった」

「また雑念が出た。自分はだめだ」

と自分を責める材料が増えたら、心の机に新しい書類を積んでいるようなものです。

マインドフルネスは、雑念を出した人を取り締まる警察ではありません。

心を無理やり静かにする訓練でもありません。

心が騒がしいことに気づきながら、

「今日はずいぶん忙しそうですね」

と少し離れて眺める。

そして、できそうなら目の前へ戻る。

それくらいのやわらかさでよいのだと思います。

1分できれば立派です。

30秒でもよいでしょう。

呼吸が合わなければ、足の裏の感覚でも、外から聞こえる音でもかまいません。

それどころか、マインドフルネスをしない日があっても、人間としての評価は一ミリも下がりません。

大切なのは、マインドフルネスを上手に行うことではなく、自分の注意がどこへ向かっているのかに、少し気づけることです。

集中できない自分にも、事情がある

この論文を読みながら、もう一つ考えたことがあります。

私たちは集中できない自分に、少し厳しすぎるのではないでしょうか。

眠れていないのに、

「もっと集中しなければ」

と命令する。

心配事を抱えているのに、

「余計なことを考えるな」

と叱る。

仕事をいくつも同時に渡されているのに、

「段取りが悪い」

と自分を責める。

けれども、注意がそれるときには、それなりの事情があります。

疲れているのかもしれません。

不安なのかもしれません。

やることが多すぎるのかもしれません。

目の前の作業が難しくて、心が避難しようとしているのかもしれません。

そんなとき、必要なのは必ずしも「もっと集中すること」ではありません。

休むことかもしれない。

作業を小さくすることかもしれない。

誰かに相談することかもしれない。

通知を切り、静かな場所へ移ることかもしれない。

マインドフルネスは、自分を無理に働かせるための鞭ではなく、自分の状態に気づくための小さな明かりであってほしいと思います。

「集中できていない。もっと頑張れ」

ではなく、

「どうして今、集中しにくいのだろう」

と尋ねる。

問い方が変わるだけで、自分との関係も少し変わります。

心が帰ってこられる場所をつくる

「アドラーの昼寝」というサイトを運営しながら、私はよく思います。

人は、心を立派にする言葉よりも、心が戻ってこられる言葉を必要としているのではないか、と。

世の中には、

「もっと成長しよう」

「結果を出そう」

「集中力を高めよう」

という言葉がたくさんあります。

もちろん、それらが力になる日もあります。

けれども、すでに疲れている人には、前へ押す言葉より、戻ってこられる場所のほうが必要です。

この論文も、表面だけ見れば「マインドフルネスで成績が上がった研究」です。

しかし、私にはもう少し静かな話に見えました。

心はさまよう。

それは人間として不良品だからではない。

さまよったことに気づき、何度でも戻ってくることができる。

そして、その小さな往復が、考える力や読む力を支えてくれるかもしれない。

これは、集中力についての研究であると同時に、失敗した自分との付き合い方についての研究でもあるように感じます。

気が散った。

また余計なことを考えた。

予定どおり進まなかった。

そんなとき、すぐに自分を裁かなくてもよい。

「心が少し遠くへ行っていたんだな」

と気づき、

「帰ってきたなら、ここから始めよう」

と言ってあげる。

人生の多くは、完璧に集中できた時間ではなく、途中でそれた心を何度も連れ戻した時間でできているのかもしれません。

私もきっと、この記事を書き終えたあと、別のことを考えます。

明日の予定や、昔の出来事や、今日の夕飯について考えるでしょう。

そして、また何かを始めようとして、

「何をしようとしていたんだっけ?」

となるはずです。

そのときは、以前より少しだけやさしく、自分へ声をかけたいと思います。

「また出かけていたね」

「おかえり」

「では、ここから続きをやろう」

心が迷子にならない人生ではなく、迷子になっても帰ってこられる人生。

この論文を読み終えて、私はそんな生き方も悪くないなと思ったのでした。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

出典論文:Mrazek, M. D., Franklin, M. S., Phillips, D. T., Baird, B., & Schooler, J. W.(2013). Mindfulness Training Improves Working Memory Capacity and GRE Performance While Reducing Mind Wandering. Psychological Science, 24(5), 776–781. Association for Psychological Science / SAGE Publications. DOI:10.1177/0956797612459659

掲載・確認先PubMed / Google Scholar / SAGE Journals

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

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心理学論文のうたたね案内人
はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
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