仕事に集中できないのはなぜ?タスク切り替えで残る「注意残余」

注意残余で昼寝をする女性
adler-nap

仕事を変えたのに、頭だけが前の作業から戻ってこない

『なぜ、仕事に集中できないのか? タスクを切り替えても頭に残る「注意の残り香」という難敵』ソフィー・ルロワ(2009)

Leroy, S.(2009). Why Is It So Hard to Do My Work? The Challenge of Attention Residue When Switching Between Work Tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2), 168–181.
DOI:10.1016/j.obhdp.2009.04.002

朝、パソコンを開いて、今日こそは重要な資料を仕上げようと決意する。

「よし。午前中はこれ一本に集中するぞ」

そう心に誓った、その3分後。

メールの通知が鳴る。

「あ、返信だけしておこう」

メールを返して資料に戻ろうとすると、今度はチャットが届く。

「この件、どうなっていますか?」

チャットに答えて、再び資料を開く。けれど、さっきまで勢いよく走っていたはずの頭が、なぜか動かない。

画面は見ている。椅子にも座っている。指もキーボードの上にある。

しかし、脳だけが行方不明である。

「さっきのメール、あの書き方でよかったかな」

「チャットの相手、ちょっと怒っていなかったかな」

「そういえば、別の仕事も今日までだったような……」

目の前には資料があるのに、頭の中では、終了したはずの仕事たちが勝手に延長戦を始めているのです。

仕事を切り替えても、頭はすぐに切り替わらない

こんなとき、私たちは自分に言いがちです。

「集中力がないなあ」

「もっと気合いを入れなければ」

「自分は仕事ができないのかもしれない」

けれど、本当に意志が弱いから集中できないのでしょうか。

心理学者のソフィー・ルロワは、仕事を切り替えるときに起こる、ある心の現象に注目しました。それが、**「注意残余」**です。

少し難しそうな名前ですが、意味はそれほど複雑ではありません。

注意残余とは、ある仕事から別の仕事へ移ったあとも、注意の一部が前の仕事に残ってしまうことです。

身体は次の仕事へ移動したのに、注意だけが前の仕事場に居残っている。たとえるなら、引っ越しは済んだのに、段ボールが前の家に何箱か残っているような状態です。

そのため、新しい仕事を始めても、頭の力をすべて注ぐことができません。

資料を作りながらメールのことを考え、会議に出ながら前の作業を気にし、家に帰ってからも仕事の続きを脳内で再生する。

私たちの頭の中には、ときどき「閉店しました」と看板を出したあとも、こっそり営業を続けている仕事があります。

「いろいろやっている」のに、なぜか進まない

現代の仕事では、ひとつの作業だけを静かに続けられる場面は、あまり多くありません。

メール、電話、会議、資料作成、チャット、相談、確認、修正。

仕事は一列に並んで順番を待ってくれず、四方八方から「私を先にお願いします」と手を挙げてきます。

その結果、私たちは一日のうちに何度も仕事を切り替えます。

本人としては、忙しく動いています。決して怠けているわけではありません。むしろ、かなり頑張っています。

ところが、一日が終わって振り返ると、

「今日はずっと働いていたのに、何を完成させたんだろう」

という不思議な気持ちになることがあります。

それは、仕事を切り替えるたびに、注意の一部を前の仕事へ置き忘れているからかもしれません。

ひとつ置き忘れ、またひとつ置き忘れ、夕方には頭の中が「注意の落とし物センター」になっている。これでは、目の前の仕事に集中しようとしても、なかなか難しいでしょう。

集中できない自分を責める前に、知っておきたいこと

もちろん、仕事に集中できない理由は、注意残余だけではありません。

睡眠不足、疲労、ストレス、職場環境、仕事の難しさなど、さまざまな要因があります。

しかし、「仕事を切り替えた直後に、なぜか次の作業へ入り込めない」という悩みには、注意残余という考え方がひとつの手がかりになります。

集中できないのは、あなたが怠け者だからとは限りません。

脳がまだ、前の仕事を終えきれていないだけかもしれないのです。

この記事では、ソフィー・ルロワの研究をもとに、仕事を切り替えたとき、なぜ前の作業が頭に残るのかを、わかりやすく見ていきます。

注意残余は、どのようなときに起こりやすいのか。

前の仕事が終わっていないと、次の仕事にどんな影響が出るのか。

そして、私たちは仕事の切り替えと、どのようにつき合えばよいのか。

忙しい一日の中で、あなたの注意はどこへ置き去りにされているのでしょう。

まずは、頭の中に残っている「前の仕事の残り香」を、一緒に探しにいきましょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

仕事を切り替えても、頭の中では前の仕事がまだ退勤しておらず、その居残りが次の仕事への集中を邪魔することがある、という論文です。

たとえば、資料を作っている途中で、上司からチャットが届いたとします。

「この数字、確認してもらえますか?」

あなたは資料作成を止め、数字を確認し、返事を送ります。

「確認しました。こちらで問題ありません」

さあ、これで一件落着。資料作成へ戻りましょう。

ところが、資料の画面を開いた瞬間、頭の中から小さな声が聞こえてきます。

「本当に、あの数字でよかった?」

「確認する場所を間違えていない?」

「上司の返事、まだ来ていないけど大丈夫?」

身体は資料作成へ戻っています。しかし、注意の一部は、まだチャットの前で腕組みをしているのです。

頭の中では、仕事の引き継ぎが終わっていない

ソフィー・ルロワは、このように前の仕事への注意が残る現象を**「注意残余」**と呼びました。

注意残余をかなり乱暴に説明すると、頭の中で起こる「仕事の居残り」です。

私たちは、パソコンの画面を閉じれば、その仕事も一緒に終了したような気になります。しかし、人間の注意は、電気のスイッチほど素早く切り替わってくれません。

「はい、前の仕事は終了。次の仕事に注意を100%移します」

脳が毎回このようにテキパキ動いてくれればよいのですが、実際にはそう簡単ではありません。

特に、前の仕事が途中で中断されたときや、まだ終わっていない問題が残っているときには、注意が前の仕事へ引っぱられやすくなります。

次の仕事を始めているのに、頭の中では前の仕事の会議が続いている。新しいお客さんを迎えたのに、前のお客さんがまだ相談室の隅に座っている。そんな状態です。

マルチタスクは、脳内で仕事を積み重ねているわけではない

私たちは複数の仕事を行き来していると、「たくさんのことを同時に処理している」と感じます。

けれど、実際には脳が二つの仕事を美しく同時進行しているというより、注意を何度も切り替えている場合が少なくありません。

資料を作る。

メールを見る。

資料へ戻る。

電話に出る。

また資料へ戻る。

予定表を確認する。

再び資料へ戻る。

このたび資料へ戻る回数だけは多いのですが、資料の内容はなかなか前へ進みません。

本人は一日中、忙しく働いています。ところが、注意はあちこちの仕事へ小分けに置いてきています。

夕方になる頃には、集中力がなくなったというより、注意が社内の各部署へ出張していて、本社にほとんど残っていない状態かもしれません。

「集中できない=怠けている」ではない

この論文の大切なところは、集中できない自分を、すぐに意志の弱さで説明しなくてもよいと教えてくれる点です。

次の仕事に集中できないのは、やる気がないからとは限りません。

前の仕事が気になっている。

まだ終わっていない。

納得できる区切りがついていない。

そのため、注意の一部が前の仕事に残り続けている可能性があります。

つまり、問題は「もっと気合いを入れること」ではなく、仕事の切り替え方にあるのかもしれません。

人間の頭は、駅の自動改札のように、仕事を次々と瞬間処理する機械ではありません。

前の仕事から気持ちを引き上げ、次の仕事へ注意を運ぶまでには、少し時間が必要です。

この論文をひとことで、さらに短く言い直すなら、こうなります。

仕事は切り替えられても、注意はすぐには切り替わらない。

パソコンの画面は一瞬で変わります。

けれど、私たちの心には、ときどき前の画面の残像が残っているのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1.仕事を切り替えても、注意はすぐには切り替わらない

パソコンの画面なら、クリックひとつで資料からメールへ移れます。

しかし、人間の注意には「画面切り替えボタン」がありません。

資料作成を中断してメールに返信し、そのあと資料へ戻ったとしても、頭の一部ではまだメールのことを考えている場合があります。

「さっきの返事で大丈夫だったかな」

「相手から追加の連絡が来るかもしれない」

「そういえば、確認し忘れたことがあったような……」

このように、前の仕事へ注意が残っている状態が**「注意残余」**です。

身体は次の仕事へ移っていても、注意だけが前の職場で残業している。そんな少し困った現象です。

つまり、仕事を変えた瞬間に、頭の中まで完全に切り替わるとは限りません。


2.前の仕事が終わっていないと、次の仕事へ集中しにくくなる

特に注意残余が起こりやすいのは、前の仕事が途中で中断されたときです。

たとえば、大切な企画書を書いている途中で会議の時間になったとします。

「続きは会議のあとでやろう」

そう考えて会議室へ移動しても、頭の中では企画書の続きを考えているかもしれません。

会議では同僚が話しています。

「来月の予定についてですが……」

ところが、あなたの頭の中では別の声がします。

「企画書の二段落目、あの表現でよかったかな」

目は会議資料を見ていても、注意の一部は企画書の机から戻ってきていません。

ルロワの研究が示したのは、このように前の課題への注意が残ると、次の課題へ十分な注意を向けにくくなり、仕事の出来にも影響が出ることがある、という点です。

「切り替えたのだから、もう次の仕事に集中できるはず」と思っても、脳内ではまだ引き継ぎ作業の真っ最中なのです。


3.集中できない自分を責めるより、仕事の切り替え方を見直せる

仕事に集中できないと、私たちは自分の性格を疑います。

「自分は集中力がない」

「意志が弱い」

「仕事ができる人は、もっと素早く切り替えられるはずだ」

けれど、この論文から見えてくるのは、集中できない理由を本人の性格だけに押しつけなくてもよい、ということです。

問題は、本人の根性ではなく、仕事がどのように中断され、どのように切り替えられたかにあるかもしれません。

前の仕事が気になる状態で次の仕事へ移れば、注意が二つの仕事にまたがってしまいます。これは、片足を前の電車に残したまま、次の電車へ乗ろうとするようなものです。かなり無理のある乗車方法です。

だからこそ、仕事を切り替える前に、

「どこまで終わったか」

「次に何をするか」

「いつ再開するか」

を簡単に書き残しておくことには意味があります。

この論文は、具体的な万能対策を証明した研究ではありません。しかし、集中力の問題を「もっと頑張れ」で片づけず、注意が前の仕事へ残らない切り替え方を考えるという、新しい見方を与えてくれます。

三つの要点を、さらに短くまとめると次のようになります。

仕事を変えても、注意はすぐに移動しない。

前の仕事が途中だと、注意はそこへ残りやすい。

集中できないときは、自分より先に仕事の切り替え方を疑ってみる。

私たちの注意は、命令ひとつで整列する兵隊ではありません。

前の仕事に「ここでいったん終わりです」と伝え、次の仕事へ連れていく。その小さな橋渡しが必要なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:仕事に集中できないのはなぜ?タスク切り替えに潜む落とし穴

仕事をしていると、ひとつの作業だけに朝から晩まで向き合える日は、ほとんどありません。

資料を作っていたら電話が鳴る。
電話を切ったらメールが届く。
メールを返したら、同僚から声をかけられる。

「少しだけ確認してもらえますか?」

この「少しだけ」が、なかなかの曲者です。

確認を終えて元の資料に戻ったとき、画面を見ながら、こんな状態になることがあります。

「ええと……私は、どこまで書いていたんだっけ?」

たった数分前まで勢いよく進めていた仕事なのに、頭のエンジンが再びかかるまで少し時間がかかる。文字を読んでも内容が入ってこない。気づけば、さっき対応した電話やメールのことを考えている。

昔から、仕事を頻繁に切り替えると、作業が遅くなったり、間違いが増えたりすることは知られていました。

けれど、ここにはまだ大きな疑問が残っていました。

仕事を変えたあと、注意は本当に全部ついてくるのか

それまでの研究では、主に「仕事を切り替えると時間がかかる」「反応が遅くなる」といった、目に見える変化が調べられてきました。

しかし、ソフィー・ルロワが気になったのは、もう少し内側の問題でした。

仕事を切り替えたとき、私たちの注意は、本当に新しい仕事へ丸ごと移動しているのでしょうか。

資料作成から電話対応へ移ったら、注意もきれいに資料から離れるのでしょうか。

それとも、注意の一部は前の仕事に残り、

「資料の続き、どうしよう」

「さっき書いた内容、あれでよかったかな」

と、まだ考え続けているのでしょうか。

パソコンでは、別の画面を開いても、前のアプリが裏側で動いていることがあります。

見えてはいないけれど、完全には終了していない。そして、静かにメモリを使い続けている。

ルロワが確かめようとしたのは、人間の注意にも似たことが起きるのではないか、という疑問でした。

特に気になるのは、前の仕事が途中だったとき

仕事には、きれいに終わってから次へ移れる場合と、途中で切り上げなければならない場合があります。

「資料が完成しました。では次の仕事へ」

この切り替えなら、気持ちにも区切りがつきやすいでしょう。

けれど、現実にはそううまくいきません。

「いいところまで書けたけど、会議の時間だ」

「返信文を考えている途中だけど、電話に出なければ」

「問題が解決していないけど、次のお客さんが来た」

このように、前の仕事が終わっていないまま次へ移る場面は、日常的にあります。

すると、頭の中では前の仕事が「まだ閉店していません」と主張し続けるかもしれません。

次の仕事に取りかかっても、前の仕事の続きや、解決していない問題が気になる。注意が新しい仕事と古い仕事の間で、綱引きを始めてしまうのです。

当時、こうした前の仕事に残った注意そのものが、次の仕事の出来にどう影響するのかは、まだ十分に明らかになっていませんでした。

仕事を切り替えると成績が下がることは分かっていても、その背景で注意が何をしているのかは、まだ舞台裏に隠れていたのです。

「集中力がない」で片づけてよいのだろうか

この疑問は、働く人にとっても重要です。

なぜなら、仕事に集中できないとき、私たちはすぐ自分を責めるからです。

「もっと集中しなければ」

「仕事ができる人は、すぐに頭を切り替えられるはずだ」

「自分は要領が悪いのかもしれない」

しかし、もし注意の一部が前の仕事に残るのが、人間の心に起こりうる自然な現象なら、話は変わってきます。

問題は本人の性格ではなく、仕事を次々と切り替えなければならない状況や、前の仕事が中途半端なまま残っていることにあるかもしれません。

そこでルロワは、次のような問いを立てました。

ある仕事から別の仕事へ移ったとき、注意の一部は前の仕事に残るのか。

そして、その残った注意は、次の仕事への集中や成績を妨げるのか。

仕事を替えたのに、頭だけが前の机から立ち上がってこない。

その見えない「居残り」を確かめるために行われたのが、この研究です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:仕事を途中で切り替えるとどうなる?注意残余を調べた2つの実験

ソフィー・ルロワは、仕事を切り替えたあとも前の仕事が頭に残るのかを確かめるため、2つの実験を行いました。

実験の基本的な流れは、意外とシンプルです。

まず、参加者にある課題へ取り組んでもらう。

これを「仕事A」としましょう。

そのあと、別の種類の課題である「仕事B」へ移ってもらいます。

研究者が見たかったのは、参加者が仕事Bをしているときにも、頭の中では仕事Aがまだ動いているのかということでした。論文では、仕事の完了や時間的な圧力が注意残余にどう関係するかを調べ、さらに残った注意が次の仕事の成績に結びつくかを検討しています。

「最後までどうぞ」と「はい、そこで中断です」

実験では、参加者が最初の課題を終えてから次へ進む場合と、まだ途中なのに別の課題へ切り替える場合が比べられました。

たとえば、仕事Aに夢中になっている参加者へ、突然こんな指示が出されるイメージです。

「はい、そこまでです。今から別の仕事をしてください」

参加者としては、

「いやいや、まだ途中ですけど」

と言いたいところでしょう。

しかし、実験なので無情にも次の課題が始まります。

一方では、仕事Aを最後まで終わらせてから仕事Bへ移る条件も用意されました。

こうして、前の仕事を完了できた場合と、途中で切り替えさせられた場合とで、注意の残り方に違いが出るかを比べたのです。

また、仕事Aを終えるときの時間的な圧力も調整されました。

時間に余裕がある状態で終える場合と、限られた時間の中で「ここまでに終えてください」と求められる場合を比べることで、単に仕事を完了すれば頭も切り替わるのか、それとも終わり方も関係するのかを確かめました。

頭の中の「居残り」をどうやって測ったのか

とはいえ、注意は透明です。

頭を開けて、

「はい、前の仕事への注意が30%ほど残っていますね」

と目で確認するわけにはいきません。

そこで実験では、参加者が言葉に反応する速さなどを利用して、前の課題に関係する情報がまだ頭の中で活発になっているかを間接的に調べました。

一方の実験では、画面に示された文字の並びが、実在する単語なのか、それとも意味のない文字列なのかを素早く判断する課題が使われています。

たとえば、

「りんご」

と表示されたら「単語です」と答え、

「ごりぱ」

と表示されたら「単語ではありません」と答えるような課題です。

ここに、先ほど行っていた仕事Aに関係する言葉を混ぜます。

もし仕事Bへ移ったあとも、仕事Aに関係する言葉へ反応しやすくなっていれば、その情報がまだ頭の中で活動していると考えられます。

参加者本人は、

「もう前の課題については考えていませんよ」

と思っているかもしれません。

しかし、反応時間はときどき正直です。

口では退勤したと言っているのに、注意のタイムカードだけがまだ押されていない。そんな小さな脳内残業を測ろうとしたわけです。

次の仕事がどれくらいできたかも調べた

この研究は、「前の仕事が頭に残りました」で終わりではありません。

さらに重要なのは、その注意残余が、次の仕事にどのような影響を与えるかです。

そこで参加者には、仕事Aから切り替えたあと、内容をよく読み、考え、判断する必要がある別の課題へ取り組んでもらいました。

そして、

「前の仕事への注意が強く残っている人ほど、次の仕事の成績も下がるのか」

を調べました。

つまり、実験で比べたのは、大まかに言えば次のような流れです。

仕事Aを途中で止めた場合と、終えてから移った場合では、前の仕事の残り方が違うのか。

時間に追われて仕事Aを終えた場合と、余裕をもって終えた場合では、切り替わり方が違うのか。

そして、注意が仕事Aに残っていると、仕事Bの出来に影響するのか。

やっていることは、少し精密な「頭の切り替え実験」です。

参加者を二つの仕事の間で行き来させながら、身体だけでなく、注意もきちんと次の仕事へ引っ越してきたかを確かめたのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:仕事を切り替えると集中力はどうなる?注意残余が次の作業に与える影響

この研究から見えてきたのは、少し耳の痛い事実でした。

私たちは、仕事を切り替えたつもりでも、注意まできれいに切り替えられているとは限りません。

パソコンの画面では、資料を閉じてメールを開けば、一瞬で次の仕事へ移れます。

ところが、頭の中ではそうはいきません。

「資料の続き、どうしよう」

「さっきの判断は正しかったかな」

「あと少しだったのに、なぜ今やめなければならないんだ」

前の仕事は、閉じた画面の向こう側から、まだこちらを見ています。

途中でやめた仕事は、頭の中で営業を続ける

まず分かったのは、前の仕事が終わっていない状態で次の仕事へ移ると、その仕事に関係する注意が残りやすいということです。

参加者は新しい課題に取り組んでいるにもかかわらず、頭の中では前の課題に関係する情報がまだ活動していました。

身体は仕事Bへ移っている。

けれど、注意の一部は仕事Aに残っている。

いわば、本人は新しい会議室に入ったのに、脳内の何人かが前の会議室で話し合いを続けている状態です。

しかも、前の仕事が終わっていなければ、

「続きをやりたい」

「まだ解決していない」

という気持ちも残ります。

新しい仕事が始まったからといって、前の仕事が素直に道を譲ってくれるわけではありません。

研究では、次の仕事をする必要があると分かっていても、それだけでは前の仕事が持つ注意の引力を振り切れないことが示されました。

注意の居残りは、次の仕事の出来にも影響した

では、前の仕事が少し気になっていても、次の仕事は普通にできるのでしょうか。

「頭には残っているけど、仕事には影響ありません」

そう言えれば話は平和だったのですが、研究結果はそうではありませんでした。

前の仕事への注意が残っていると、次の仕事へ使える心の力が少なくなり、その仕事の成績も下がる傾向が見られました。

たとえば、頭の中に使える注意が100あるとします。

本当なら、その100を目の前の仕事へ注ぎたいところです。

ところが、前の仕事が気になっていると、

「前の資料について考える係」に20、

「さっきの判断を心配する係」に15、

「戻ったら何をするか考える係」に10、

という具合に、注意が勝手に別部署へ配属されます。

残った55で、次の仕事を頑張ることになる。

本人は真面目に取り組んでいても、頭の人員配置がすでに不利なのです。

論文では、未完了の仕事から注意を離すことの難しさが、その後の仕事の遂行を妨げると結論づけられています。

意外なのは、「やる気がないから」ではなかったこと

ここが、この研究のおもしろいところです。

次の仕事の出来が悪くなったと聞くと、私たちはこう考えがちです。

「前の仕事に未練があって、次の仕事をやる気になれなかったのでは?」

しかし、研究では、最初の仕事を終えられなかった人たちが、次の仕事でよい成績を出そうとする気持ちまで弱くなっていたわけではありませんでした。

やる気はあったのです。

「次の仕事も頑張ります」

本人の気持ちは前向きでした。

ところが、注意だけがついてこなかった。

つまり、問題は怠け心ではなく、前の仕事から注意を引き離し、次の仕事へ向け直すことの難しさにありました。

これは、日頃から自分を責めやすい人にとって、少し救いになる結果です。

集中できないとき、あなたのやる気が壊れているとは限りません。

やる気は新しい仕事場へ到着しているのに、注意がまだ前の駅で荷物をまとめているだけかもしれないのです。

仕事を終えれば、それだけで頭も片づくのか

さらに意外なのは、前の仕事を終えれば、必ず注意残余が消えるわけではなかったことです。

仕事が完成していても、

「もっとよい答えがあったのでは」

「あの判断で本当によかったのか」

と考え続けることがあります。

書類は提出済み。

メールも送信済み。

作業としては終わっている。

それでも、頭の中では反省会が始まっている。

つまり、「作業が終わること」と「心の中で終わること」は、同じではありません。

研究では、前の課題を終えた場合でも、低い時間的圧力のもとでは注意が残り、次の課題の成績が下がりやすい結果が示されました。一方、この実験条件では、強い時間的圧力のもとで課題を終えた場合、参加者が区切りを感じやすくなり、注意残余が少なく、次の課題の成績も高くなりました。

「締め切りに追われたほうがよいの?」

と聞きたくなりますが、ここは少し慎重に受け取る必要があります。

この研究は、いつでも時間に追われて働けば集中力が上がる、と証明したものではありません。強すぎる時間的圧力は、焦りやミスを生むこともあります。

ここで重要なのは、時間的圧力そのものを礼賛することではなく、仕事を終えたという感覚と、心の中で区切りがついた感覚は別物であるという点です。

いちばん大きな発見は、集中力を個人の根性だけで考えなかったこと

この研究が教えてくれるのは、仕事の出来が、目の前の仕事だけで決まるわけではないということです。

今している仕事の背後には、その直前にしていた仕事があります。

前の仕事をどう終えたのか。

途中で中断されたのか。

心の中で区切りがついたのか。

そうした「ひとつ前の仕事の終わり方」が、次の仕事への集中を左右します。

だから、次の仕事に集中できないとき、

「私は集中力のない人間だ」

と、自分の性格に大きな判決を下す必要はありません。

もしかすると、あなたの注意は消えたのではなく、前の仕事に置き忘れられているだけです。

この研究で分かったことを、ぎゅっとまとめるなら、こうなります。

未完了の仕事は注意を引き止め、その注意の居残りが次の仕事を難しくする。

そして、さらに意外なことに、

仕事を終えただけでは、心の中まで終わったとは限らない。

私たちに必要なのは、次の仕事へ自分を無理やり押し込むことではありません。

まず、前の仕事から注意を連れ戻すことなのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:集中できないのは意志が弱いから?注意残余が変えた仕事の見方

この研究の面白さは、「仕事を切り替えると、少し効率が落ちます」という話だけではありません。

もっと面白いのは、私たちが普段「集中力」と呼んでいるものの正体を、少し違う角度から見せてくれたことです。

私たちは、仕事に集中できないと、すぐに自分の性格を疑います。

「私は飽きっぽい」

「根気がない」

「もっと意志の強い人間にならなければ」

集中できない自分を裁く法廷では、たいてい自分が裁判官で、自分が検察官で、自分が被告人です。そして判決は、だいたい開始3分で出ます。

「被告人、集中力不足につき有罪」

しかし、ルロワの研究は、その裁判に待ったをかけます。

「ちょっとお待ちください。問題はその人の性格ではなく、前の仕事に注意が残っていることではありませんか?」

ここが、とても面白いのです。

集中力は「量」ではなく「居場所」の問題かもしれない

私たちは、集中力を電池のように考えがちです。

今日は集中力が満タン。

昨日は疲れていて半分。

午後3時には残量10%。

この見方も、まったく間違いではないでしょう。疲れていれば、当然集中しにくくなります。

けれど、注意残余という考え方を加えると、別の見え方ができます。

集中力が足りないのではなく、集中力が別の場所にいるのかもしれない。

目の前の仕事に集中したいのに、注意の一部はさっきのメールへ行っている。もう一部は、途中で止めた資料の前にいる。さらに少しは、会議で言われた言葉を脳内再生している。

集中力が消えたわけではありません。

ただ、各地に散らばっているのです。

会社に例えるなら、社員が足りないのではなく、全員が別部署へ応援に出ている状態です。本社には受付の人しか残っていません。

「では、この難しい企画書を仕上げましょう」

と言われても、受付の人も困るでしょう。

パソコンは切り替わっても、人間は読み込み中

現代の仕事道具は、切り替えがとても速くできています。

クリックすれば画面が変わる。

別のタブを開けば、違う資料が出てくる。

通知を押せば、すぐにチャットへ移れる。

そのため私たちは、心も同じ速さで切り替わると思ってしまいます。

資料を閉じた。

だから資料のことは終わり。

メールを開いた。

だから今はメールに集中している。

しかし、人間の注意は、画面ほど素早くありません。

パソコンでは新しい画面が表示されていても、心の下のほうには小さく、

「前の仕事を終了しています……」

という表示が出ているのかもしれません。

しかも、その読み込み画面は見えません。

本人はすでに次の仕事を始めたつもりなので、

「なぜ頭が動かないんだ」

「どうして文章が入ってこないんだ」

と、自分に腹を立てます。

でも、頭が怠けているとは限りません。

舞台裏で、前の仕事の片づけを続けているのです。

「終わった仕事」と「終われた仕事」は違う

もうひとつ面白いのは、仕事には二つの終わりがあると考えられる点です。

ひとつは、作業としての終わりです。

メールを送った。

書類を提出した。

会議が終了した。

パソコン上では、きちんと終わっています。

もうひとつは、心の中での終わりです。

「これで大丈夫」

「続きは明日考えよう」

「今の自分にできることは、ここまで」

このような区切りがついて、ようやく注意がその仕事から離れられます。

つまり、終わった仕事が、必ずしも終われた仕事とは限らないのです。

資料を提出しても、

「誤字があったかもしれない」

メールを送っても、

「冷たい書き方だったかな」

会議が終わっても、

「あのとき、もっと気の利いたことを言えたのでは」

頭の中では、仕事の反省会が二次会まで続いていることがあります。

仕事は解散したのに、注意だけが居酒屋に残っているのです。

この違いに気づくと、集中できない理由が少しやさしく見えてきます。

次の仕事へ進めないのは、あなたがだらしないからではない。

前の仕事が、心の中でまだ閉じられていないのかもしれません。

人は、未完成のものに呼び止められる

途中の仕事には、不思議な引力があります。

完成した書類より、書きかけの文章が気になる。

終わった会話より、言いかけてやめた言葉が残る。

解決した問題より、答えの出ていない問題が頭に浮かぶ。

未完成のものは、心の袖をつかんで離しません。

「ねえ、私のことを忘れていませんか」

仕事を切り替えても、その声は消えません。

次の仕事をしている途中で、ふいに前の仕事の続きを思いつくこともあります。

「そうだ、あの資料には、この数字を入れればよかった」

今ではない。

けれど、脳は今それを届けに来ます。

大切な発見ではありますが、配達時間をまったく守ってくれません。

この研究は、そんな未完成の仕事が持つ引力を、「注意残余」という形で捉えました。

仕事を途中で止めること自体が、いつも悪いわけではありません。現実の職場では、中断を避けられない場面がたくさんあります。

問題は、中断したあとも注意が前の仕事に残り、次の仕事へ十分に向けられないことです。

つまり、仕事の切り替えとは、単に手を止めて別の作業を始めることではありません。

注意を前の仕事から回収し、次の仕事へ連れていく作業でもあるのです。

仕事ができる人は、切り替えが速い人なのか

一般には、仕事ができる人ほど、複数の案件を素早く切り替えられると思われがちです。

電話をしながらメールを確認し、会議の合間に資料を直し、チャットへ即座に返信する。

動きだけを見れば、とても有能に見えます。

けれど、注意残余の視点から考えると、仕事をたくさん切り替えることと、仕事がうまく進むことは同じではありません。

むしろ大切なのは、何回切り替えたかではなく、前の仕事からどれだけ注意を引き上げられたかです。

仕事ができる人とは、すべてを同時に抱えられる人ではないのかもしれません。

ひとつの仕事に区切りをつけ、必要な情報を外へ書き出し、注意を次へ渡せる人なのかもしれません。

派手さはありません。

しかし、頭の中の机を一度片づけてから、次の書類を置く。

そんな地味な動作が、集中を支えている可能性があります。

自分を責める前に、ひとつ前の仕事を見る

この研究を日常へ持ち帰るなら、集中できないときに自分へ向ける質問が変わります。

これまでは、

「どうして私は集中できないのだろう」

と考えていたかもしれません。

けれど、注意残余を知ったあとなら、こう問い直せます。

「私は今、何に注意を置いてきたのだろう」

さっきのメールが気になっているのか。

途中の資料に戻りたいのか。

相手の反応を待っているのか。

次に何をすればよいか決まらないまま、仕事を中断したのか。

集中できない自分を責めるよりも、注意の行方を探す。

これは、ずいぶんやさしい方法です。

「また集中できなかった」

と自分を叱る代わりに、

「なるほど。注意がまだ戻ってきていないんだな」

と考える。

それだけで、集中力の問題が、人格の欠点から仕事の整理の問題へ変わります。

人格を取り替えるのは大変ですが、仕事の切り替え方なら工夫できます。

この違いは小さく見えて、実は大きな違いです。

注意は、乱暴に引っぱるより迎えに行く

この論文が描いている人間の注意は、命令に忠実な機械ではありません。

「今すぐ切り替えなさい」

と怒鳴っても、前の仕事が気になれば、そちらを振り返ります。

だから必要なのは、注意を無理やり引っぱることではなく、前の仕事まで迎えに行くことかもしれません。

「どこまで終わった?」

「次は何をする?」

「いつ戻る?」

そう確認して、前の仕事をいったん安全な場所へ置く。

すると注意も、

「続きが分からなくなる心配はなさそうだ」

と、次の仕事へ移りやすくなるでしょう。

もちろん、この論文だけで、すべての対策が証明されたわけではありません。

それでも、ひとつ確かなのは、集中できない自分を、すぐに怠け者と決めつけなくてよいということです。

私たちの注意は、消えているのではありません。

ときどき、ひとつ前の仕事の机で、こちらが迎えに来るのを待っているのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:仕事の切り替えで集中力を落とさないためにできる3つの工夫

注意残余の研究を読んで、

「なるほど。私の注意が前の仕事に残ることは分かった。でも、現実には電話も鳴るし、メールも来るし、仕事は途中で止められるんですけど」

と思った方もいるでしょう。

ごもっともです。

職場で、

「現在、注意残余を防いでおりますので、午後3時まで話しかけないでください」

という札を首から下げるわけにもいきません。

仕事は、こちらの集中が整うまで玄関で静かに待ってくれません。メールは届き、電話は鳴り、同僚は「今、少しいいですか」と、たいてい少しでは済まない相談を持ってきます。

そのため大切なのは、中断を完全になくすことではありません。

中断されても、前の仕事に注意を置き去りにしにくい形をつくることです。

なお、ルロワの論文は、これから紹介する対処法の効果を直接比較した研究ではありません。ここでは、注意残余について分かったことを、私たちの日常へ持ち帰るための工夫として考えていきます。

1.仕事を離れる前に「次にすること」を一行だけ残す

仕事が途中で止まると、頭はその続きを覚えておこうとします。

「どこまでやったっけ」

「次は何をするんだっけ」

「このアイデアを忘れたら困る」

こうした心配があると、別の仕事へ移ったあとも、注意は前の仕事を見張り続けます。

そこで、仕事を切り替える前に、次にすることを一行だけ書き残してみます。

たとえば、

「次は、売上データの4月分を表に入れる」

「メールの返信は、日程候補を三つ確認してから送る」

「企画書は、メリットの二つ目から再開する」

といった具合です。

立派な引き継ぎ書を作る必要はありません。

五秒で読める一行で十分です。

大切なのは、未来の自分に、

「戻ってきたら、ここから始めれば大丈夫ですよ」

と伝えておくことです。

何も書かずに離れると、脳は続きを忘れないために、その仕事を頭の中で持ち歩こうとします。

しかし、再開地点を外に記録しておけば、

「覚えておかなくても、メモを見れば分かる」

と判断しやすくなります。

頭の中の荷物を、いったんメモへ預けるわけです。

仕事を中断するたびに、前の仕事を脳内で抱えて移動するのは大変です。駅のコインロッカーがあるのに、大きなスーツケースを抱えたまま会議へ出る必要はありません。

2.切り替えの前に、小さな「閉店作業」を入れる

次の仕事へ移る前に、ほんの短い区切りをつくるのもひとつの方法です。

たとえば、

「ここまで終わった」

「残っているのは、この二つ」

「続きは午後2時に行う」

と確認します。

これだけでも、前の仕事がどのような状態なのかが整理されます。

反対に、何の確認もせず、

「電話だ。はい、中断」

「会議だ。はい、移動」

「メールだ。はい、返信」

と切り替え続けると、頭の中には閉店処理を終えていない仕事が増えていきます。

夕方には、五つの店がシャッター半開きのまま営業中です。

本人は帰りたいのに、頭の商店街だけが明るい。

そこで、仕事を切り替えるときには、短い閉店作業を入れます。

パソコンのファイルを閉じる前に、進んだ場所を確認する。

机の資料をひとまとめにする。

深く息を吐いて、「この仕事はいったんここまで」と言葉にする。

そして、新しい仕事を始める前に、

「今からするのは何か」

を一度確認します。

これは儀式というほど大げさなものではありません。

電車を乗り換えるとき、いったんホームへ降りるようなものです。走っている電車から別の電車へ飛び移ろうとするより、ずっと安全です。

3.集中が必要な仕事は、切り替えの少ない時間に置く

すべての仕事が、同じ量の集中を必要とするわけではありません。

日程の確認や簡単な返信なら、多少注意が散っていても進められることがあります。

一方で、

文章を書く。

数字を分析する。

企画を考える。

複雑な相談内容を整理する。

重要な判断をする。

こうした仕事には、まとまった注意が必要です。

注意残余を考えるなら、集中が必要な仕事を、細かな連絡が何度も入る時間に置くのは不利かもしれません。

朝一番、会議の少ない時間、通知を確認する前など、自分にとって切り替えが比較的少ない時間を使います。

そして、その時間には可能な範囲で、

メールを閉じる。

チャットの通知を切る。

スマートフォンを裏返す。

必要な資料だけを開く。

といった環境をつくります。

ここでの目的は、誘惑に打ち勝つ精神修行ではありません。

そもそも仕事を切り替える回数を減らし、注意を前の仕事へ置き忘れる機会を少なくすることです。

通知が来るたびに、

「見ないぞ。私は強い人間だ」

と戦うより、通知が見えない状態にしておくほうが穏やかです。

毎回、意志力の腕相撲大会を開催する必要はありません。

家に帰っても仕事が頭から離れないとき

注意残余は、職場の中だけで起こるとは限りません。

仕事を終えて家に帰ったのに、

「あのメール、返し方を間違えたかな」

「明日の会議、準備が足りない気がする」

「途中の資料をどう仕上げよう」

と考え続けることがあります。

身体はリビングにいる。

目の前では家族が話している。

けれど、注意はまだ職場の机に座っています。

そんなときも、無理に「仕事のことを考えるな」と命令するより、心配事をいったん書き出すほうが現実的です。

たとえば、退勤前に、

「明日の最初にすること」

「忘れてはいけない確認」

「今日はここまででよい理由」

を書きます。

最後の「今日はここまででよい理由」は、意外と大切です。

仕事には、やろうと思えば永遠に続きを作れるものがあります。

もっと調べられる。

もっと丁寧にできる。

もっとよい表現があるかもしれない。

だからこそ、自分で区切りを決めなければ、仕事は頭の中で深夜営業を始めます。

「今日決めた範囲までは終わった」

「続きは明日の自分へ渡した」

そう確認することは、怠けではありません。

今日の自分から明日の自分へ、仕事を正式に引き継ぐ作業です。

人間関係でも「注意の居残り」は起こる

この考え方は、仕事以外の場面にも応用できます。

たとえば、職場で嫌なことを言われたあと、家族と話している場面です。

家族は普通に、

「今日の夕飯、どうだった?」

と聞いただけなのに、こちらの注意は昼間の出来事に残っています。

すると、

「今それを聞く?」

と、少し強い返事をしてしまう。

家族からすれば、

「夕飯の感想を聞いただけなのですが」

という話です。

私たちは、目の前の人だけに反応しているとは限りません。

ひとつ前の会話。

解決していない不安。

まだ消化できていない感情。

そうしたものを次の人間関係へ持ち込むことがあります。

これも広い意味では、心の切り替えが終わっていない状態と考えられます。

そんなときは、

「今、私はこの人に怒っているのか。それとも、昼間の出来事がまだ残っているのか」

と一度確認してみます。

注意の出どころが分かるだけでも、目の前の相手へ感情を丸ごと投げずに済むことがあります。

心には、出来事ごとに仕切られた完全防音の部屋があるわけではありません。

昼間の怒りが、夕方の会話へ音漏れすることもあるのです。

休憩は「何もしない時間」ではなく、注意を移動させる時間

仕事を切り替える間に、短い休憩を挟むことも役立つかもしれません。

ただし、休憩中に別のメールを確認し、ニュースを読み、SNSを開くと、仕事Aから仕事Bへ移る途中で、仕事C、D、Eまで増えることがあります。

休憩のはずが、注意の乗換駅が巨大ターミナルになります。

そこで、切り替えのための休憩では、情報をさらに入れるのではなく、

立ち上がる。

水を飲む。

窓の外を見る。

少し歩く。

ゆっくり息を吐く。

といった、頭に新しい課題を追加しない行動を選びます。

休憩とは、ただ手を止める時間ではありません。

前の仕事から注意を引き上げ、次の仕事へ向かうための廊下です。

廊下にまで資料を積み上げたら、次の部屋へ入りにくくなります。

集中できない日は、自分ではなく「直前」を調べる

注意残余を生活へ活かすうえで、いちばん大切なのは、自分への問いを変えることかもしれません。

集中できないとき、

「なぜ私はこんなに駄目なのだろう」

と考える代わりに、

「この直前まで、私は何をしていたのだろう」

と考えてみます。

返信を待っているメールはないか。

途中で止めた作業はないか。

解決していない会話はないか。

次に何をするか決めないまま離れた仕事はないか。

集中できない原因を、性格の奥深くまで掘りに行く前に、ひとつ前の仕事を見てみるのです。

人格改造の大工事を始める必要はありません。

メモを一行残す。

区切りを言葉にする。

集中する時間を守る。

それだけで、注意が次の仕事へ移りやすくなる可能性があります。

この論文から私たちが持ち帰れるのは、完璧な集中術ではありません。

もっと地味で、もっとやさしい考え方です。

集中できないとき、あなたの注意が足りないとは限らない。

その注意は、ひとつ前の仕事に残っているだけかもしれない。

だから、自分を叱って前へ押し出す前に、注意を迎えに戻ってみる。

「もう大丈夫。続きは書いてあるよ」

そう伝えれば、前の机に残っていた注意も、ようやく次の仕事へ歩き始めるかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:仕事に集中できない原因は注意残余だけ?研究を読むときの注意点

仕事に集中できない原因は注意残余だけ?研究を読むときの注意点

ここまで読むと、注意残余は、仕事中に起こる困りごとを何でも説明してくれる魔法の言葉に見えてくるかもしれません。

「今日、資料が進まなかったのは注意残余です」

「会議の内容が入ってこなかったのも注意残余です」

「冷蔵庫を開けたのに、何を取りに来たのか忘れたのも……」

最後のものまで注意残余に含めるかどうかは、いったん冷蔵庫の前で考えましょう。

心理学の概念を知ると、世界のあちこちにその現象が見えてきます。それは研究を読む楽しさのひとつです。

ただし、便利な概念ほど、使いすぎると何でも入る大きな袋になります。

この論文は、2つの実験を通して、ある課題から別の課題へ移る際に、前の課題について考え続けることが、次の課題への注意の移行や成績を妨げる可能性を示した研究です。とても興味深い結果ですが、仕事に集中できないあらゆる理由を説明したわけではありません。

集中できない理由は、注意残余だけではない

仕事に集中できないとき、前の仕事が頭に残っている場合は確かにあります。

けれど、集中を難しくする理由は、それだけではありません。

寝不足かもしれない。

心配事があるのかもしれない。

仕事の量が多すぎるのかもしれない。

周囲が騒がしいのかもしれない。

内容が難しすぎて、どこから手をつければよいか分からないのかもしれない。

そもそも身体や心が疲れ切っている可能性もあります。

それなのに、何でも注意残余で説明すると、

「なるほど、前の仕事に注意が残っているだけだ」

と、本当に必要な休息や環境調整を見落とすことがあります。

心理学の概念は、心を照らす懐中電灯です。

しかし、懐中電灯が照らしている場所だけが、世界のすべてではありません。

注意残余は、集中できない理由を考えるための有力な手がかりです。ただし、唯一の答えではないのです。

実験室の仕事と、現実の仕事は同じではない

この研究では、参加者に複数の課題へ取り組んでもらい、前の課題に関係する注意が残っているか、そして次の課題の成績とどう結びつくかを調べました。研究の強みは、仕事を切り替える条件を整え、注意の残り方を比較できるところにあります。

一方、実際の職場は、実験室よりもずっと複雑です。

現実の仕事には、上司との関係、締め切り、責任、疲労、感情、報酬、経験、仕事への愛着など、さまざまな要素が絡みます。

たとえば、同じ「途中で仕事を止める」でも、

「楽しい企画を途中で止められた」

場合と、

「苦手な書類作成から一時的に解放された」

場合では、心の反応が同じとは限りません。

前者なら、

「続きをやりたい」

と注意が残るかもしれません。

後者なら、

「助かった。しばらく戻りたくない」

と、注意が景気よく退勤する可能性もあります。

また、実際の仕事では、前の案件について考え続けることが役立つ場合もあります。

別の仕事をしている途中で、突然よいアイデアが浮かぶ。

散歩中に解決策を思いつく。

一晩置いたことで、文章の問題点に気づく。

前の仕事が頭に残ることは、いつでも悪者とは限りません。

注意残余が問題になるのは、前の仕事への注意が、今取り組むべき仕事に必要な注意を奪い、その遂行を邪魔するときです。

「前の仕事を考えることはすべて悪い」と読み替えてしまうと、研究の話が少し窮屈になります。

「仕事を切り替えるな」という研究ではない

この論文を読んで、

「では、一日中ひとつの仕事だけをすればよいのですね」

と考える人もいるかもしれません。

しかし、現実にはそうはいきません。

接客中に電話が鳴る。

相談中に緊急の連絡が入る。

子どもの世話をしながら家事をする。

複数の担当業務を抱える。

私たちの生活から、仕事の切り替えを完全に追放するのは難しいでしょう。

そもそも、状況に応じて注意を切り替えられることは、人間に必要な能力です。

火災報知器が鳴っているのに、

「今は資料に集中していますので」

と無視するわけにはいきません。

この研究が問題にしているのは、切り替える行為そのものというより、前の仕事から十分に注意を離せないまま、次の仕事へ移る難しさです。論文の中心的な結論も、別の課題で力を発揮するには、前の課題について考えることを止め、注意を移す必要があるというものでした。

したがって、研究から持ち帰るべきなのは、

「タスク切り替えは禁止」

という大きな赤札ではありません。

「切り替えるときには、注意が前の仕事に残ることがある」

という小さな案内板です。

この案内板があれば、予定を詰め込みすぎない、再開地点を記録する、集中が必要な仕事の前に区切りを入れるなど、働き方を考え直せます。

この論文だけで、対処法の効果まで証明されたわけではない

前の章では、次に行うことをメモする、短い閉店作業を入れる、集中が必要な時間を守るといった工夫を紹介しました。

これらは、注意残余の考え方から導ける、日常で試しやすい方法です。

ただし、ここは大事なので、机の中央に置いておきましょう。

この2009年の論文は、そうした対処法の効果を一つずつ比較し、「この方法なら必ず注意残余が減る」と証明した研究ではありません。

論文が直接調べたのは、仕事を切り替えるときに注意が前の課題へ残ること、そしてそれが次の課題の遂行とどう関係するかです。具体的な予防法については、その後の研究も含めて検討していく必要があります。実際、後続研究でも、どのような条件が注意残余に影響し、どう防げるのかは重要な課題として扱われています。

心理学の記事では、ときどき研究結果と生活上の助言が、同じ鍋で煮込まれます。

すると、

「研究で注意残余が確認された」

という事実が、いつの間にか、

「メモを一行書けば集中力が必ず回復する」

という強い話へ育ってしまいます。

研究結果は研究結果。

そこから考えられる工夫は工夫。

この二つを分けておくことが、論文を生活に活かすうえで大切です。

時間に追われればよい、という話でもない

この研究では、課題を完了したときの時間的な圧力と、注意残余との関係も検討されています。

その一部だけを取り出すと、

「締め切りに追われたほうが、頭を切り替えやすいらしい」

と読めるかもしれません。

すると、職場のどこかで腕まくりをした人が、

「よし。全員の締め切りを半分にしよう」

と言い出しかねません。

それは少しお待ちください。

限られた実験条件で見られた結果から、現実の仕事でも時間的な圧力を強くすれば生産性が上がる、と一般化することはできません。

時間に追われることで、「ここで終了した」という区切りがつきやすくなる場合はあるかもしれません。

しかし、強い締め切りや慢性的な忙しさは、焦りや疲労、確認不足を生む可能性もあります。

研究結果は、

「人を急がせればよい」

という経営術ではありません。

むしろ、私たちの注意は、仕事の終わり方によって動き方が変わる可能性がある、と教えてくれるものです。

時間的な圧力を薬のように処方するのではなく、

「人は何をもって、この仕事はいったん終わったと感じるのだろう」

と考えるための材料にするのがよいでしょう。

注意残余を知ったことで、自分をさらに監視しない

最後に、もうひとつ注意したいことがあります。

注意残余について知ると、

「今、前の仕事を考えてしまった。注意残余だ」

「また切り替えに失敗した」

「私は注意の管理もできない」

と、自分の頭を厳しく監視したくなる人がいるかもしれません。

しかし、この研究を、自分を責める新しい道具にしてしまっては本末転倒です。

もともと注意残余という考え方のよいところは、集中できない理由を、本人の怠けや性格だけで説明しなくてよくなる点にあります。

それなのに、

「注意を完璧に切り替えられない自分は駄目だ」

と、新しい罪状を追加したら、心の裁判所が繁忙期を迎えてしまいます。

注意が前の仕事に残ることは、起こりうる心の現象です。

大切なのは、それを完全になくすことではありません。

「ああ、今はまだ前の仕事が気になっているんだな」

と気づき、必要ならメモを残したり、少し間を置いたり、仕事の順番を見直したりする。

そのくらいの距離感で十分です。

この研究は、集中力についての最終回答ではありません。

けれど、

「集中できないのは、意志が弱いからだ」

という説明しか持っていなかった私たちに、

「注意が前の仕事に残っている可能性もありますよ」

と、もう一つの椅子を差し出してくれました。

その椅子に座って世界を見ると、自分を責める気持ちが少し弱まり、代わりに仕事の切り替え方を考える余地が生まれます。

論文を読むとは、ひとつの答えを神棚に置くことではありません。

新しい見方を手に入れ、それが照らす範囲と、まだ暗いままの範囲を、どちらも眺めることなのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:仕事に集中できないときは、ひとつ前の仕事を振り返ろう

資料を作っていたはずなのに、メールを一通返したら、元の文章が頭に入ってこなくなった。

会議へ移ったのに、さっきまで考えていた企画の続きが気になって、話を半分しか聞けなかった。

仕事を終えて家に帰ったのに、頭の中では職場の反省会が、頼んでもいないのに延長営業を続けている。

そんなとき、私たちはすぐに思います。

「自分は集中力がない」

「頭の切り替えが下手だ」

「もっと意志を強くしなければ」

けれど、ソフィー・ルロワの研究が教えてくれたのは、もう少し違う見方でした。

仕事を切り替えても、注意まで一瞬で切り替わるとは限りません。

身体は次の仕事へ移っていても、注意の一部は前の仕事に残っていることがあります。それが、この論文で示された**「注意残余」**です。

仕事は変わっても、注意は少し遅れてやってくる

パソコンの画面は、一瞬で切り替わります。

資料を閉じ、メールを開き、チャットへ移り、会議資料を表示する。

機械は実に機敏です。

ところが、人間の注意は、画面ほど俊敏ではありません。

前の仕事が途中なら、

「続きはどうしよう」

と考えます。

判断に自信がなければ、

「あれで本当によかったのか」

と振り返ります。

相手の返事を待っていれば、

「まだ連絡が来ないな」

と気にします。

つまり、次の仕事に集中できないのは、集中力が消えたからではなく、まだ前の仕事に使われているからかもしれません。

集中力の量ではなく、居場所の問題です。

「集中力がありません!」

と館内放送をかける前に、前の仕事場を探してみる。すると、そこで注意が書類を抱えたまま立っているかもしれません。

未完了の仕事は、心の袖をつかんでくる

この研究では、特に前の課題が終わっていないとき、注意がそこへ残りやすくなることが示されました。

人間の心は、途中のものを放っておくのが、あまり得意ではありません。

書きかけのメール。

答えの出ていない相談。

途中まで作った資料。

言い返せなかった会話。

それらは、心の隅で静かに眠ってくれるとは限りません。

「私のこと、忘れていませんよね」

と、ときどき次の仕事のドアを開けて入ってきます。

しかも、前の仕事への注意が残ると、次の仕事へ向けられる注意が少なくなり、その出来にも影響することがあります。

本人には、やる気があります。

次の仕事もきちんとやろうと思っています。

それでも注意が前の仕事に残っていれば、頭の中の人員が足りません。

やる気部長は出勤しているのに、注意係の社員が前の部署から戻ってこない。これでは、仕事が進みにくいのも無理はありません。

大切なのは、仕事を切り替えないことではない

とはいえ、現実の生活では、ひとつの仕事だけを静かに続けるわけにはいきません。

電話は鳴ります。

メールは届きます。

会議は始まります。

家では家事があり、人との会話があり、予定外の出来事も起こります。

注意残余を防ぐために、山奥へ移住し、電話線を切り、パソコンを土に埋める必要はありません。

この研究から考えたいのは、仕事を切り替えること自体を悪者にすることではなく、どのように切り替えるかです。

途中で仕事を離れるなら、

「どこまで終わったか」

「次に何をするか」

「いつ続きをするか」

を短く書き残す。

仕事を終えるときには、

「今日はここまで」

と、小さな区切りをつける。

集中が必要な仕事は、できる範囲で通知や割り込みの少ない時間に置く。

どれも、劇的な集中術ではありません。

朝4時に起きる必要もありませんし、滝に打たれる必要もありません。

けれど、人間の注意がゆっくり切り替わるものだと知っていれば、仕事と仕事の間に、小さな橋を架けることができます。

自分を責める前に「直前」を見てみる

この論文から持ち帰りたい一番大切なことは、集中できないときの問いを変えることです。

これまでは、

「なぜ私は集中できないのだろう」

と、自分の性格を調べていたかもしれません。

けれど、これからは、こう考えることができます。

「私はこの直前まで、何をしていただろう」

「途中で置いてきた仕事はないだろうか」

「まだ気になっている会話はないだろうか」

「次に何をするか決めずに、中断した仕事はないだろうか」

自分の奥深くへ欠点を探しに行く前に、ひとつ前の仕事を振り返る。

それだけで、集中できない問題が、人格の欠陥から仕事の整理へ変わります。

人格を一晩で作り替えるのは難しいですが、メモを一行残すことならできます。

「もっと強い人間にならなければ」と思うより、「次はここから」と書いておくほうが、明日の自分にも親切です。

集中できない日は、注意が帰ってくるのを少し待つ

もちろん、仕事に集中できない理由は、注意残余だけではありません。

疲れている日もあります。

眠れていない日もあります。

心配事が多すぎる日もあります。

仕事そのものが難しく、何から始めればよいのか分からないこともあります。

この論文は、集中できないすべての理由を説明する万能地図ではありません。

ただ、私たちがこれまで見落としていた小さな道を一本、描き足してくれました。

集中できないとき、注意がなくなったとは限らない。

その注意は、前の仕事に残っているのかもしれない。

そう考えられれば、自分への言葉も少し変わります。

「また集中できなかった。私は駄目だ」

ではなく、

「まだ前の仕事が気になっているんだな」

と言えるようになります。

責める代わりに、気づく。

無理やり前へ進ませる代わりに、前の仕事へ残った注意を迎えに行く。

「続きはここに書いてあるよ」

「今日はここまでで大丈夫」

「次は、この仕事をしよう」

そう伝えれば、注意も少しずつ、こちらへ戻ってくるかもしれません。

仕事は、クリックひとつで切り替わります。

けれど、心はもう少しゆっくり歩きます。

その歩みの遅さを、意志の弱さと決めつけないこと。

仕事と仕事の間に、注意が渡れる小さな橋を架けておくこと。

それが、この論文から私たちが受け取れる、静かで実用的な教えなのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読み終えて、私はしばらく、自分の一日の働き方を思い返していました。

朝、パソコンを開く。

今日はこの仕事を進めようと決める。

ところが、メールが来る。

返信する。

元の仕事へ戻ろうとすると、今度は別の連絡が来る。

それに対応する。

そして夕方、画面を見ながら思うのです。

「私は今日、いったい何をしていたのだろう」

いや、何もしていなかったわけではありません。

むしろ、ずっと何かをしていました。

メールを返し、相談に答え、書類を確認し、予定を調整し、途中の仕事へ何度も戻ろうとしていました。

それなのに、一日の終わりには、仕事が進んだという手応えよりも、頭の中を何度も引っ越した疲れだけが残る。

この研究は、そんな一日に、ひとつの名前を与えてくれました。

注意残余。

仕事を変えても、注意の一部が前の仕事に残っている。

たったそれだけの説明なのですが、この言葉を知ったとき、私は少し安心しました。

「なるほど。私の集中力が蒸発したわけではなかったのか」

注意は消えたのではなく、前の仕事に残っていたのです。

行方不明ではありません。

居場所が違っていただけでした。

自分を責める説明は、いつも到着が早い

私たちは、自分がうまく動けないとき、その理由を性格に求めがちです。

集中できない。

だから、自分は意志が弱い。

仕事が進まない。

だから、自分は能力が低い。

気持ちを切り替えられない。

だから、自分はいつまでも引きずる人間だ。

こうした説明は、とにかく到着が早いのです。

事実確認もせず、玄関を開けた瞬間に入ってきます。

「お届け物です。あなたの欠点です」

頼んでいないのですが、着払いで置いていきます。

もちろん、自分の行動を振り返ることは大切です。

もう少し工夫できたこともあるでしょう。

けれど、人間の集中や感情を、何でも人格の問題にしてしまうと、改善の入り口が見えなくなります。

「私は集中力のない人間だ」

と考えたら、直すべきものは自分そのものです。

これは、なかなか大工事です。

しかし、

「前の仕事に注意が残っているのかもしれない」

と考えたら、できることが見えてきます。

次にすることを一行だけ書く。

作業の区切りを決める。

通知を閉じる。

少し間を置く。

自分を作り替えなくても、仕事の渡し方を変えればよい。

私は心理学の論文を読むとき、こういう瞬間が好きです。

自分への判決が、仕組みへの理解に変わる瞬間です。

「あなたが悪い」しかなかった場所に、「こういう現象が起きていたのかもしれません」という別の説明が置かれる。

それだけで、心に小さな窓が開きます。

終わらない仕事より、終われない心が疲れる

この論文を読んで、とくに印象に残ったのは、仕事には二種類の終わりがあるということでした。

作業として終わること。

そして、心の中で終われること。

メールを送れば、作業は終わります。

しかし、

「あの書き方でよかったかな」

と考え続けていれば、心の中では終わっていません。

資料を提出すれば、仕事は完了です。

けれど、

「もっとよいものが作れたのでは」

と反省会が続けば、注意はまだその資料の前に座っています。

私はこれまで、「終わらない仕事」が人を疲れさせるのだと思っていました。

もちろん、それもあるでしょう。

しかし、本当にじわじわと人を疲れさせるのは、終わったのに終われない仕事なのかもしれません。

机の上からは消えている。

予定表にも完了と書いてある。

それでも、頭の中では営業中。

見えない仕事ほど、休憩時間へ入り込むのが上手です。

お風呂に入っているとき。

夕飯を食べているとき。

布団に入ったとき。

急に仕事が話しかけてきます。

「ところで、昼間の件ですが」

今ですか。

営業時間外です。

しかし、頭の中の仕事には、労働基準法がうまく適用されません。

だからこそ、自分で区切りをつける必要があるのでしょう。

「今日はここまで」

「続きは明日の午前中」

「今の自分にできることは終えた」

こうした言葉は、単なる気休めではなく、心を仕事から離すための小さな閉店放送なのかもしれません。

注意は、もっと大事に扱ってよい

現代の働き方では、注意は少し雑に扱われています。

電話が鳴れば、すぐ出る。

通知が来れば、すぐ見る。

チャットが届けば、すぐ返す。

いろいろな仕事へ素早く反応できる人が、仕事のできる人のように見えることもあります。

けれど、注意残余という考え方から見ると、反応の速さには見えない費用があります。

ひとつの仕事から離れる。

次の仕事へ移る。

また戻る。

このたび、私たちの注意は、小さな旅をしています。

画面上では一瞬でも、心の中では荷物をまとめ、駅へ向かい、乗り換え、次の仕事場へ到着しなければなりません。

その移動時間を無視して、

「さあ、次。すぐ集中してください」

と言われても、注意のほうも困るでしょう。

「今、着いたばかりなのですが」

と言いたいはずです。

私は、この論文を読んで、注意というものをもう少し大切に扱いたいと思いました。

時間を管理するように、注意の移動も管理する。

予定を詰めるときには、仕事そのものの所要時間だけでなく、前の仕事から離れる時間も考える。

会議と会議の間に5分あるなら、そこへさらにメールを詰め込むのではなく、前の話を片づける時間にする。

何もしない数分は、空白ではありません。

注意が次の場所へ歩いていく時間です。

効率を上げようとして、すべての隙間を仕事で埋めると、注意の通り道までふさいでしまいます。

人間の一日は、テトリスではありません。

隙間をすべて埋めたからといって、高得点になるとは限らないのです。

「アドラーの昼寝」が論文を読む理由

このサイトで心理学の論文を紹介していると、ときどき不思議な気持ちになります。

論文というものは、とても冷静です。

参加者を集める。

条件を分ける。

結果を測る。

数字を比べる。

言えることと言えないことを区別する。

そこには、日常の会話のような温度はあまり書かれていません。

けれど、その冷静な文章の奥には、人間の小さな苦しみがあります。

なぜ仕事に集中できないのか。

なぜ自分の気持ちを切り替えられないのか。

なぜ頑張っているのに、思うように進まないのか。

研究者は、その曖昧な苦しみに名前をつけ、測れる形にしようとします。

私は、その研究をもう一度、日常の言葉へ戻したいと思っています。

注意残余という言葉を覚えること自体が目的ではありません。

「仕事を切り替えても、頭がついてこないことがある」

「それは、意志の弱さだけでは説明できない」

「だから、自分を責める前に、前の仕事に残った注意を見てみよう」

そこまで届いて、はじめて論文が生活の中で息を始めます。

知識は、頭の棚に並べるだけでは少し寂しい。

自分や誰かを理解するために使われたとき、知識はようやく椅子になります。

疲れた人が少し座れる椅子です。

今日の仕事を、今日のうちに全部忘れなくてもいい

この記事を書きながら、私は「仕事をきれいに終える」ということを考えていました。

しかし、すべてを完璧に終わらせ、何の心残りもなく一日を閉じるのは、現実には難しいでしょう。

未完成の仕事は残ります。

返事を待つ案件もあります。

明日に持ち越す問題もあります。

ときには、頭から離れない仕事を抱えたまま帰る日もあります。

それでもよいのだと思います。

大切なのは、何も残さないことではなく、残っているものが何かを知っていることです。

「この仕事がまだ気になっている」

「ここから先は明日やる」

「今夜は答えを出さなくてよい」

そう言葉にできれば、仕事は未完了でも、今日という一日には区切りをつけられます。

私たちは、機械のように完全終了できないから駄目なのではありません。

途中のものを気にかけ、続きを考え、明日へ持っていく。

それも、人間の心が持つ力です。

ただ、その力が休む時間まで働き続けると、少し苦しくなる。

だから、ときには言ってあげたいのです。

「覚えているから大丈夫」

「続きは、明日の私が引き受けます」

「今日は、もう席を立っていいですよ」

注意が前の仕事に残っているなら、怒鳴って呼び戻す必要はありません。

忘れないようにメモを置き、明日の予定を決め、そっと電気を消す。

すると注意も、遅れてこちらへ帰ってくるかもしれません。

この論文を読み終えたあと、私は集中力について考えていたはずなのに、最後には「仕事を終えるとは何だろう」と考えていました。

仕事の終了ボタンは、パソコンにはあります。

けれど、心にはありません。

だから私たちは、自分なりの言葉で、一日を閉じる必要があるのでしょう。

今日も十分に考えました。

続きは、また明日。

そんなふうに仕事から離れることも、立派な技術なのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
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制作ノート

出典論文:Leroy, S.(2009). Why Is It So Hard to Do My Work? The Challenge of Attention Residue When Switching Between Work Tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2), 168–181. Elsevier. DOI:10.1016/j.obhdp.2009.04.002

掲載・確認先ScienceDirect / Google Scholar / CiNii Research

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
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はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
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