仕事のやりがいは成果を高める?3つの職場実験でわかった条件

3つの職場実験で昼寝をする女性
adler-nap

その仕事は、誰の役に立っていますか?

『「この仕事には意味がある」は成果を変えるのか? – 仕事の意義がパフォーマンスを高める仕組みと、その効果が生まれる条件』アダム・M・グラント(2008)

Grant, A. M.(2008). The Significance of Task Significance: Job Performance Effects, Relational Mechanisms, and Boundary Conditions. Journal of Applied Psychology, 93(1), 108–124.
DOI:10.1037/0021-9010.93.1.108

朝、目覚まし時計に起こされ、眠たい目で支度をして、電車や車に揺られて職場へ向かう。

メールを返す。電話を取る。資料を作る。商品を並べる。掃除をする。お客さんに頭を下げる。上司から「これ、今日中にお願い」と言われ、心の中で「今日という日は、ずいぶん仕事を詰め込まれた一日ですね」とつぶやく。

そんな毎日を繰り返していると、ふと疑問が浮かぶことがあります。

「ところで、この仕事は誰の役に立っているんだろう?」

会社の売上に貢献していることは、なんとなく分かる。給料をもらうために働いていることも、もちろん分かる。けれど、それだけでは心のエンジンがうまくかからない日があります。

仕事の意味が見えないと、作業はだんだん灰色になります。

コピー機の紙を補充しても、誰にも気づかれない。問い合わせに丁寧に答えても、その後どうなったのか分からない。書類を何十枚処理しても、目の前には次の書類が待っている。

「倒しても倒しても次が出てくる。これは仕事なのか、それとも書類型のモンスターなのか」

そんな気分になる日もあるでしょう。

けれど、同じ仕事でも、その先にいる「誰か」が見えた瞬間、少し景色が変わることがあります。

自分が作った資料のおかげで、同僚が説明しやすくなった。

自分が案内したことで、お客さんが安心して帰っていった。

自分が準備した食事を、誰かが「おいしかった」と食べてくれた。

自分にとってはいつもの作業でも、その仕事を受け取った人にとっては、困りごとを減らしてくれる小さな救命ボートだったのかもしれません。

やりがいは、気分だけの問題なのか

ここで気になるのが、ひとつの疑問です。

「仕事が誰かの役に立っていると分かれば、実際に仕事の成果も変わるのだろうか?」

やりがいという言葉は、ときどき少し怪しまれます。

「やりがいでお腹はふくれません」

「きれいごとより、まず給料を上げてください」

はい。どちらもたいへん正しい意見です。やりがいは家賃を振り込んではくれませんし、銀行の残高欄に「今月の社会貢献度」が入金されることもありません。

働くうえで、賃金や休み、安全な職場環境は欠かせません。そこを飛び越えて、「人の役に立てるんだから頑張ろう」と言われても、心は拍手より先に警戒します。

しかし、それとは別に、人には「自分のしていることには意味がある」と感じたい気持ちもあります。

では、その実感は単なる気休めなのでしょうか。それとも、本当に人の行動や成果を変えるのでしょうか。

この疑問を、実際の職場で調べたのが、組織心理学者のアダム・M・グラントです。

グラントは、「仕事の意義」という少しふわっとしたものを、ふわっとしたまま放置しませんでした。募金を呼びかける仕事や、人の安全を守る仕事など、現実の職場に入り込み、仕事が誰かに与えている影響を知ることで、人の働き方がどう変わるのかを確かめたのです。

研究者というのは、ときどき妙なところで本気を出します。

普通なら「人の役に立つと、やる気が出そうだよね」で会話を終えるところを、「本当に? では測りましょう」と腕まくりをするわけです。日常の素朴な疑問に、実験道具を持って追いかけていく。心理学の面白さは、こういうところにあります。

この研究から見えてきたのは、仕事の意味は、心を飾る額縁のようなものではないということでした。

自分の仕事が誰かに届いていると実感することは、仕事への向き合い方や粘り強さ、そして実際の成果にも関係していました。

ただし、「意味を感じれば誰でも必ず猛烈に働く」という単純な話ではありません。効果が現れやすい人もいれば、そうでない人もいます。人の役に立つ実感は、魔法の栄養ドリンクではなく、その人の性格や価値観によって効き方の変わる心の調味料なのです。

この記事では、グラントが行った3つの職場実験をもとに、仕事のやりがいが成果にどうつながるのか、その途中で何が起きているのか、そしてどのような人に効果が現れやすかったのかを、できるだけ分かりやすく見ていきます。

「自分の仕事には意味がない」と感じている人も、すぐに結論を出さなくて大丈夫です。

仕事の意味は、立派な肩書きや大きな成果の中だけにあるとは限りません。自分では見えていないだけで、あなたの仕事の先には、少し助かった人、少し安心した人、少し笑顔になった人がいるかもしれない。

仕事の意味は、ときどき本人の机ではなく、その仕事を受け取った誰かの場所に置かれています。

では、その「誰か」が見えたとき、人の働き方は本当に変わるのでしょうか。

研究の扉を、そっと開けてみましょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

「自分の仕事が誰かの役に立っている」と実感できると、人は仕事にもう一歩力を注ぎやすくなり、実際の成果も高まることがある。ただし、その効き方には個人差がある。

これが、この論文をひとことでまとめた答えです。

本当にひとことだけにするなら、

「仕事の先にいる人が見えると、人はちょっと強くなる」

という研究だと言ってもよいでしょう。

私たちは仕事をしているとき、目の前の作業ばかりを見ています。

電話をかける。書類を作る。商品を運ぶ。数字を入力する。床を掃除する。メールに返信する。そして、ようやく一つ終わったと思ったら、新しい仕事が机の上に着陸する。

「お疲れさまです。次の仕事です」

頼んでもいないのに、仕事は律儀にやってきます。

こうして働いていると、自分の作業がその後どうなったのか、誰を助けたのかが見えなくなることがあります。

自分が入力した数字は、どこかの会議資料になったのかもしれない。

自分が掃除した通路を、足元の不安な人が安心して歩いたのかもしれない。

自分が丁寧に説明したことで、困っていた人が家に帰ってほっと息をついたのかもしれない。

けれど、その「仕事の続き」は、働いている本人には案外見えません。

仕事の意味はあるのに、その意味だけが別室に置かれている。本人は作業をしているけれど、「ありがとう」は遠くの部屋で発生している。これでは、心が燃料不足になるのも無理はありません。

アダム・M・グラントが注目したのは、まさにこの点でした。

「働く人に、自分の仕事が誰かに与えた良い影響を伝えたら、仕事ぶりは変わるのだろうか?」

そこでグラントは、実際の職場で調べました。

すると、自分の仕事が誰かの役に立っていることを知った人たちは、それまでより粘り強く仕事に取り組んだり、成果を伸ばしたり、周囲を助ける行動を増やしたりすることがありました。

つまり、人は「この作業をしなさい」と言われるだけで動いているわけではありません。

「この作業によって、こんな人が助かっています」と、その先にある景色が見えたとき、同じ仕事にも別の意味が生まれるのです。

人は仕事ではなく、仕事の先にいる誰かに動かされる

たとえば、毎日ひたすら電話をかける仕事があったとします。

電話をかけても断られる。話を聞いてもらえない。ときには途中で切られる。

これが続けば、心の中にいる小さな自分が椅子から立ち上がり、

「本日の営業は終了しました」

と札を出したくなります。

しかし、自分たちの仕事によって支援を受けられた人の話を聞いたら、どうでしょう。

これまで「電話番号の一覧」だったものが、「誰かの未来につながる入口」に見えてくるかもしれません。

やっている作業そのものは変わっていません。

電話機も同じ。机も同じ。勤務時間も同じ。上司も、おそらく同じです。

変わったのは、仕事の見え方です。

「この電話には意味があるかもしれない」と思えたとき、人はもう一本だけ電話をかけてみようと思える。断られても、少しだけ粘ってみようと思える。その小さな積み重ねが、やがて仕事の成果に表れてくるのです。

この論文が教えてくれるのは、仕事の意義は、壁に掲げる立派な標語ではないということです。

「私たちは社会に貢献します」

と大きな文字で書かれていても、毎日の仕事と社会貢献のつながりが見えなければ、働く人の心には届きにくいでしょう。標語は壁で元気にしていますが、社員は机で静かに疲れています。

大切なのは、抽象的な理念を唱えることではありません。

自分の仕事が、誰に、どのように届いているのかを具体的に知ることです。

「あなたが準備したおかげで助かりました」

「あなたの説明で安心できました」

「あなたが続けてくれたから、ここまで来られました」

そんな具体的な反応が、仕事と誰かの人生を一本の線で結びます。

ただし、やりがいは万能薬ではない

ここで注意したいのは、この研究が「仕事の意味を伝えれば、全員が元気いっぱいになる」と言っているわけではないことです。

人の心は、スイッチを押せば一斉に点灯する事務所の照明ではありません。

もともと責任感が強い人、人の役に立つことを大切にしている人など、性格や価値観によって、仕事の意義から受ける影響は異なります。

誰かの役に立っていると知って、強く背中を押される人もいます。

「それは分かりましたが、まず休ませてください」という人もいます。

どちらがおかしいわけでもありません。

疲れ切っている人に必要なのは、壮大な仕事の意味ではなく、十分な休息かもしれません。待遇に問題がある職場で、「誰かのために頑張ろう」と意味ばかりを強調すれば、それはやりがいではなく、やりがいの着ぐるみを着た負担になってしまいます。

だから、この論文の結論は、

「人の役に立つ仕事なら、給料や休みが少なくても頑張れる」

ではありません。

そうではなく、

「働く条件が整ったうえで、自分の仕事が誰かに届いていると実感できることは、人の力を引き出す重要な要素になりうる」

ということです。

給料も大切です。休みも大切です。安全な環境も、公平な評価も大切です。

そして、それらと同じように、人はときどき「自分の一日が誰かの一日に役立った」と感じることで、心の中に小さな明かりをともします。

グラントの研究は、その明かりが単なる気分の飾りではなく、実際の行動や成果にもつながる可能性を示したのです。

仕事のやりがいとは、毎朝元気よく「今日も社会貢献だ!」と叫ぶことではありません。

自分の仕事の先に誰かがいると知り、

「なるほど。今日やったことも、全部が空中に消えたわけではなかったのか」

と思えることです。

その実感は、仕事を急に楽園へ変えてはくれません。

けれど、灰色に見えていた作業の向こう側に、人の顔を一つ浮かび上がらせてくれる。

この論文をひとことで言えば、そんな研究なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1.仕事の先にいる「誰か」が見えると、成果が変わることがある

自分の仕事が誰の役に立っているのかを具体的に知ると、人はそれまでより仕事に力を注ぎやすくなります。

この論文では、ただ「あなたの仕事は大切です」と励ますだけではなく、仕事によって実際に助けられた人の存在を働く人に伝えました。

すると、仕事に取り組む粘り強さが増えたり、実際の成果が高まったりする場合がありました。

つまり、人は目の前の作業だけを見て働いているわけではありません。その作業の向こう側にいる人が見えたとき、仕事の意味が急に立体になります。

昨日まで「また電話をかけるのか」と思っていた仕事が、「この一本が誰かの機会につながるかもしれない」に変わる。作業内容は同じでも、心の中では照明が一段明るくなるわけです。

2.「役に立っている実感」は、責任感や周囲を助ける行動にもつながる

仕事の意味が見えることで変わるのは、数字で測れる成果だけではありません。

自分の仕事が他者に良い影響を与えていると感じると、その仕事を大切にしようとする気持ちや、周囲の人を助けようとする行動も高まりやすくなります。

人は「命令されたから働く」だけではなく、「この仕事を受け取る人がいる」と感じることで、仕事との関係を少し深めるのです。

たとえば、同じ書類を作るにしても、「上司に提出する紙」と思うのか、「これを読む人が迷わず判断するための案内図」と思うのかで、向き合い方は変わります。

誤字を一つ見直す。説明を一文だけ分かりやすくする。困っている同僚に声をかける。

どれも派手ではありませんが、仕事の成果とは、こうした小さな親切が積み重なってできていることがあります。

やる気は、ときどき本人の胸の中から湧く温泉のように語られます。しかし実際には、誰かとのつながりによって蛇口が開くこともあるのです。

3.仕事の意味は誰にでも同じように効くわけではない

ここが、この論文の大切なところです。

「人の役に立っていると伝えれば、全員の成果が上がる」という便利な呪文が発見されたわけではありません。

仕事の意義を知ったときに、強く背中を押される人もいれば、それほど大きく変わらない人もいます。研究では、責任感の強さや、もともと他者への貢献を大切にしているかどうかによって、効果の現れ方が異なることも調べられました。

つまり、仕事の意味は万能のガソリンではありません。車によって相性が違いますし、そもそも故障している車に「いい燃料ですよ」と注いでも走れません。

疲れ切っている人には休息が必要です。

待遇に不満がある人には、公平な賃金や働きやすい環境が必要です。

人間関係で傷ついている人には、安心して働ける職場が必要です。

そのうえで、「自分の仕事は誰かの役に立っている」という実感が加わると、人が持っている力を引き出しやすくなる。この順番を忘れてはいけません。

この論文の要点をさらに短くまとめるなら、次のようになります。

仕事の成果を動かすのは、仕事内容だけではない。仕事の先にいる人とのつながりも、働く力の一部になる。ただし、その効果は人や状況によって異なる。

やりがいは、会社が壁に貼って配るものではありません。

働く人が「自分のしたことは、ちゃんと誰かに届いていた」と実感できたとき、静かに生まれるものなのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:仕事のやりがいは本当に成果につながるのか

「自分の仕事には意味がある」

そう感じられることは、たしかに大切そうです。

意味のある仕事なら、少しくらい大変でも頑張れる。誰かの役に立っていると分かれば、仕事にも前向きになれる。こう言われると、多くの人は「まあ、たしかにそうかもしれない」とうなずくでしょう。

ただし、研究者はそこで簡単には帰りません。

「大切そうですね。では、本当に仕事の成果も上がるのでしょうか?」

そう言って、うなずいていた話を再び机の上へ戻します。心理学者は、日常会話なら丸く収まるところに、そっと測定器を置く人たちなのです。

この論文が発表される以前から、仕事の「意義」は、働く人のやる気や満足感に関わる重要な要素だと考えられていました。

ここでいう仕事の意義とは、単に「この仕事が好き」ということではありません。

自分の仕事が、ほかの人の暮らしや幸せ、健康、安全などに良い影響を与えていると感じられることです。

たとえば、看護師なら患者さん、教師なら生徒、販売員ならお客さんなど、仕事の相手が見えやすい職種もあります。

一方で、書類の処理、データ入力、在庫管理、電話営業、清掃など、仕事の成果を受け取る人の顔が見えにくい仕事もあります。

本人は毎日しっかり働いているのに、「これは最終的に誰を助けているのだろう」と分からない。

仕事の意味が消えたのではありません。配送中に迷子になっているのです。

「意味があると思う人は頑張る」の先が分からなかった

それまでの研究でも、仕事を重要だと感じている人ほど、仕事への満足度や意欲が高い傾向は報告されていました。

しかし、ここには一つ問題があります。

仕事に意味を感じているから、よく働くのでしょうか。

それとも、もともと意欲的でよく働く人だから、自分の仕事にも意味を見つけやすいのでしょうか。

たとえば、毎朝元気に出勤し、同僚にも親切で、仕事も丁寧な人がいたとします。その人に「仕事に意味を感じていますか」と聞けば、「はい」と答える可能性は高そうです。

でも、それだけでは、意味が仕事ぶりを変えたのか、もともとの性格が両方に影響しているのかは分かりません。

ニワトリが先か、卵が先か。

そこへ会社員が加わり、「会議が先か、資料が先か」と議論に参加してきたような状態です。

つまり、仕事の意義と良い働き方に関係があることは見えていても、仕事の意義を実際に感じられるようにすると、本当に行動や成果が変わるのかは、まだ十分に確かめられていませんでした。

誰かの役に立つと、なぜ人は頑張れるのか

もう一つ、よく分かっていなかったことがあります。

仮に仕事の意義が成果を高めるとしても、なぜ、そのような変化が起きるのでしょうか。

「人の役に立てると、やる気が出るから」

これでも日常会話なら十分です。しかし、研究としては、もう一歩踏み込む必要があります。

自分の仕事を重要だと感じるようになるからなのか。

仕事の結果に、より強い責任を感じるようになるからなのか。

助けている相手と、心のつながりを感じるからなのか。

それとも、「ここでやめたら、あの人に届かない」と思い、粘り強く取り組むようになるからなのか。

同じ「頑張る」でも、その心の内部には、いくつもの歯車があります。

グラントが知りたかったのは、仕事の意義というボタンを押したとき、心の中のどの歯車が回り、最終的に仕事の成果へつながるのかということでした。

誰にでも同じように効くのかも分からなかった

さらに、仕事の意義は、すべての人に同じような効果をもたらすのでしょうか。

「あなたの仕事で、こんな人が助かっています」

そう聞いて、胸が熱くなる人もいます。

「そうだったのか。もう少し頑張ってみよう」と思う人もいるでしょう。

一方で、

「なるほど。それはよかったです。ところで、残業は減りますか?」

と思う人もいます。

これは冷たい反応ではありません。人によって、仕事で大切にしているものが違うのです。

人の役に立つことを強く大切にする人もいれば、技術を磨くこと、安定した生活を送ること、自分の時間を守ることを重視する人もいます。また、もともとの責任感や真面目さによっても、仕事の意味を知ったあとの反応は変わるかもしれません。

つまり、仕事の意義には効果があるとしても、

どのような人に、どのような条件で、より強く効果が表れるのか

という点が、まだ残されていたのです。

そこでグラントは、実際の職場で研究を行いました。

働く人に「あなたの仕事は大切です」と書いた紙を渡して終わり、ではありません。

仕事によって助けられた人の存在や、その仕事が生み出した具体的な影響を伝え、その後の行動や成果が本当に変化するのかを調べました。

調べたかったのは、大きく分けると三つです。

仕事の意義は、本当に成果を高めるのか。

その変化は、どのような心の仕組みで起きるのか。

そして、どのような人や状況で効果が表れやすいのか。

「やりがいは大切です」という、きれいで反論しにくい言葉を、実際の職場へ連れていき、本当に働くのか試してみた。

それが、この研究の出発点だったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:仕事のやりがいで成果は変わる?3つの職場実験で検証

この研究でアダム・M・グラントが行ったことは、かなりシンプルです。

働いている人に、

「あなたの仕事は、こんなふうに誰かの役に立っています」

と伝えたら、その後の仕事ぶりは変わるのか。

これを、実際の職場で確かめました。

ここが大事なところです。

参加者を研究室へ呼び、白い机の前で「仕事をしている気分になってください」とお願いしたのではありません。募金活動の電話をかける人や、プールで働くライフガードなど、現実に仕事をしている人たちを対象にした3つの職場実験です。

研究室ではなく職場。架空の課題ではなく、本物の仕事。

つまり、やりがいに「ちょっと現場で働いてきてもらえますか」と頼んだ研究なのです。

実験1:奨学金を受け取った学生の物語を読んでもらう

最初の実験に参加したのは、大学への寄付を呼びかける電話スタッフでした。

この仕事では、卒業生などに電話をかけて、大学への寄付をお願いします。

けれど、集めたお金がその後どう使われ、誰の役に立ったのかは、電話スタッフにはあまり見えません。

毎日見えるのは電話機と名簿。

奨学金を受け取った学生の笑顔は、ずいぶん遠くにあります。

そこでグラントは、スタッフを大きく3つのグループに分けました。

一つ目のグループには、過去の電話スタッフが集めた寄付によって奨学金を受け、大学で学ぶことができた学生の物語を読んでもらいました。

二つ目のグループには、電話スタッフとして働いた経験が、本人の知識や将来の仕事に役立ったという物語を読んでもらいました。

三つ目のグループには、仕事の意味に関する特別な物語を読ませませんでした。

つまり、

「誰かの役に立った話」

「自分の成長に役立った話」

「特別な話はなし」

を比べたわけです。

そして、物語を読む前と約1か月後で、獲得した寄付の約束件数や寄付金額がどう変わったのかを調べました。

ここで見ていたのは、「やる気が出ました」と本人が答えたかどうかだけではありません。

実際にどれだけ寄付につながったのかという、仕事の記録を使っています。

心に火がついたかどうかを、本人の感想文だけでなく、仕事の数字にも聞いてみたのです。

実験2:ライフガードに救助の物語を読んでもらう

二つ目の実験では、地域のレクリエーション施設で働くライフガードが対象になりました。

ライフガードと聞くと、笛を吹きながら華麗に水へ飛び込み、人命を救う姿を想像するかもしれません。

しかし、実際の仕事の多くは、プールを見守り、危険な行動を注意し、事故が起きないよう集中し続けることです。

命を守る大切な仕事ですが、何も起きない日ほど仕事は成功しています。

そのため本人からすると、

「今日も誰も溺れなかった。つまり活躍場面もなかった」

となりやすい。成功が静かすぎて、拍手が聞こえない仕事なのです。

そこで、一部のライフガードには、ほかのライフガードが溺れた人を救った物語を読んでもらいました。

比較するグループには、ライフガードの仕事が本人にもたらす良い点を伝える物語を読んでもらいました。

そのうえで、勤務時間、仕事への取り組み方、同僚を助ける行動などが、約1か月後にどう変化したのかを調べました。

さらにこの実験では、行動だけでなく、

「自分の仕事は人に良い影響を与えている」

「自分の働きは周囲から大切にされている」

という感覚も測っています。

つまり、結果だけでなく、なぜ仕事ぶりが変わるのかという心の通り道まで調べたのです。

やりがいが玄関から入り、どの廊下を通って行動までたどり着くのか。その足跡を追いかけたわけです。

実験3:新人スタッフでは、誰に効果が出やすいのか

三つ目の実験では、再び大学への寄付を呼びかける電話スタッフが対象になりました。

ただし、今度は働き始めたばかりの新人です。

新人スタッフを二つのグループに分け、一方には、集められた寄付によって奨学金を受けた学生の物語を読んでもらいました。

もう一方には、組織の決まりや仕事の手続きに関する情報を読んでもらいました。

そして、仕事を始めて最初の1週間で、どれだけ寄付の約束を獲得できたかを比べました。

さらに事前に、参加者の誠実性他者を助けることを大切にする価値観も調べています。

なぜ、そんなことまで調べたのでしょうか。

仕事の意味を知れば、誰でも同じように成果が上がるとは限らないからです。

「誰かの役に立てる」と聞いて強く心を動かされる人もいれば、「なるほど」と受け止めつつ、仕事ぶりはあまり変わらない人もいます。

そこで三つ目の実験では、

仕事の意味は効果があるのか

だけでなく、

どのような人に効果が表れやすいのか

まで確かめようとしました。

やりがいを万能薬として売り出すのではなく、成分表示と使用条件まで確認したのです。

この研究方法の面白いところ

3つの実験に共通しているのは、働く人が仕事の相手と直接会ったわけではないことです。

奨学金を受けた学生や、救助された人を職場へ連れてきて、感動的な対面をさせたわけではありません。

主に使われたのは、仕事によって誰かが助けられたことを伝える短い物語でした。

つまり、仕事内容や給料、勤務時間を大きく変えたのではなく、仕事の「見え方」を変えたのです。

やっている仕事は昨日と同じ。

電話機も同じ。プールも同じ。おそらく休憩室の椅子も同じです。

ただ、その仕事の向こう側にいる人の姿を、少し見えやすくした。

そして、物語を読んだ人と読んでいない人を比べ、さらに実験の前後でも仕事ぶりを比べました。

こうしてグラントは、

仕事の意味がある人ほど成果が高いという単なる「関係」ではなく、仕事の意味を伝えることで、実際に行動や成果が変化するのかを確かめようとしたのです。

研究方法をざっくりまとめると、次のようになります。

募金活動の電話スタッフとライフガードに、仕事が誰かの役に立った物語を読んでもらい、その後の寄付実績、勤務への取り組み、援助行動などが変化するかを3つの職場実験で調べた。さらに、変化が起きる心の仕組みと、効果が表れやすい人の特徴も検討した。

つまりこの研究は、「やりがいは大切ですよね」と会議室でうなずき合った研究ではありません。

そのやりがいを実際の職場へ送り込み、

「さて、あなたは本当に仕事の成果を動かせるのでしょうか」

と働きぶりを観察した研究なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:仕事のやりがいは成果を高める?3つの職場実験が示した答え

結論から言うと、自分の仕事が誰かの役に立っていると実感できることは、仕事への取り組み方や成果を変える可能性があると分かりました。

ただし、この研究の面白さは、「やりがいがあれば人は頑張ります」という、朝礼で聞きそうな結論だけではありません。

何が人を動かしたのか。

なぜ行動が変わったのか。

そして、誰にでも同じような効果があったのか。

3つの実験を並べてみると、仕事の意味が人を動かす仕組みが、少しずつ立体的に見えてきます。

誰かの役に立った物語が、実際の成果につながった

最初の実験では、大学への寄付を呼びかける電話スタッフに、寄付によって奨学金を受けられた学生の物語を読んでもらいました。

すると、仕事が他者に与える良い影響を知ったグループでは、その後の寄付集めの成果が高まりました。

ここで大切なのは、スタッフに特別な営業研修をしたわけではないことです。

電話の話し方を変えたわけでもありません。

新しい台本を渡したわけでも、成功報酬を増やしたわけでもありません。

ただ、自分たちが集めたお金の先に、大学で学ぶ機会を得た学生がいることを伝えました。

すると、同じ電話、同じ名簿、同じ仕事内容なのに、成果に変化が表れたのです。

これはなかなか意外です。

普通、仕事の成果を上げる方法といえば、技術を教える、目標を設定する、報酬を増やす、上司が熱い言葉を投げる、といったものを思い浮かべます。

ところがこの研究では、仕事の「やり方」ではなく、仕事の「行き先」を見せることが、人の働き方を変えました。

電話スタッフにとって、寄付をお願いする一本の電話は、それまで単なる件数の一つだったかもしれません。

しかし、その向こうに学生の人生があると分かれば、

「また電話か」

が、

「この一本にも意味があるかもしれない」

へ変わります。

仕事の成果を押し上げたのは、新しい道具ではなく、これまで見えていなかった相手の存在だったのです。

自分の得よりも、誰かへの影響が人を動かした

最初の実験では、もう一つ興味深い比較が行われました。

一部のスタッフには、電話の仕事を経験することが、本人の知識や将来の仕事に役立ったという物語を読んでもらいました。

つまり、

「この仕事は誰かの役に立っています」

だけでなく、

「この仕事はあなた自身の成長にも役立ちます」

という伝え方も試したのです。

どちらも仕事に前向きになれそうな話です。

自分の将来に役立つなら、やる気が出ても不思議ではありません。

ところが、実際の成果によりはっきりした変化が見られたのは、仕事が他者に与える影響を知った場合でした。

ここが、この研究の意外なところです。

人を動かすには、本人への利益を伝えることが一番だと思いがちです。

「この経験はあなたの成長になります」

「将来のキャリアに役立ちます」

「ここで頑張れば能力が身につきます」

会社説明会や研修では、こうした言葉がよく登場します。

もちろん、自分の成長も大切です。

しかし人は、自分が得をする未来だけでなく、自分の行動によって誰かが助かる未来にも動かされるのです。

人間の心は、思っているより自分本位でもなければ、完全な聖人でもありません。

自分のためにも頑張るし、誰かのためにも頑張る。

ただし、誰かの顔が見えたときにだけ開く、少し特別な引き出しが心の中にあるようです。

仕事の意味は、成果だけでなく「仕事を大切にする姿勢」にも表れた

ライフガードを対象にした実験では、仕事が人を助けた物語を読んだ人たちに、仕事への取り組み方の変化が見られました。

具体的には、勤務への献身や、周囲を助ける行動などです。

ライフガードの仕事は、少し不思議です。

何か大きな事故が起きてから活躍するより、事故が起きないように見守り続けることのほうが重要です。

ところが、「事故が起きなかった」という成功は、目立ちません。

表彰状も音楽もなく、一日が静かに終わります。

そのため、仕事の重要性を実感しにくいことがあります。

しかし、過去にライフガードが人を救った物語を知ることで、

「自分はただプールの横に座っているのではない」

「この見守りが、人の安全につながっている」

と感じやすくなります。

すると、仕事をより大切に扱ったり、同僚を助けたりする行動につながりました。

ここでの意外な点は、仕事の意味が、本人の気分だけで終わらなかったことです。

「今日はいい話を読んで感動しました。以上です」

ではなく、その後の仕事への向き合い方にも変化が表れたのです。

感動が一時的な湯気で終わらず、行動の鍋に少し残ったわけです。

人を動かしたのは「社会に貢献している」という大きな標語ではなかった

この研究では、仕事の意義が人を動かす心の仕組みも調べられました。

重要だったのは、働く人が、

「自分の仕事は、ほかの人に良い影響を与えている」

と感じられることでした。

これは研究では「知覚された社会的影響」と呼ばれますが、難しく考える必要はありません。

簡単に言えば、

「自分のしたことが、ちゃんと誰かに届いている」

という感覚です。

もう一つ重要だったのが、

「自分の働きは、誰かに価値あるものとして受け取られている」

という感覚でした。

人は、仕事の意味を頭で理解するだけでなく、自分の存在や働きが誰かに大切にされていると感じることで、仕事へ力を注ぎやすくなります。

つまり、会社の壁に、

「私たちは未来をつくります」

「社会へ新しい価値を提供します」

と書くだけでは、少し足りません。

言葉が大きくなればなるほど、働く人の日常から離れて、天井付近をふわふわ漂い始めます。

必要なのは、もっと具体的なつながりです。

「あなたが作った資料のおかげで、説明が伝わりました」

「あなたの対応で、不安が軽くなりました」

「あなたが準備してくれたから、無事に終えられました」

こうした言葉が、仕事と相手のあいだに橋を架けます。

人は「社会」という巨大な相手より、実際に助かった一人の姿を見たときのほうが、自分の仕事の意味を感じやすいのです。

ただし、仕事の意味は誰にでも同じように効いたわけではない

三つ目の実験では、仕事の意味を伝えたとき、どのような人に効果が表れやすいのかが調べられました。

その結果、もともと誠実性が高く、責任を持って仕事へ取り組みやすい人ほど、仕事の意味を知ったときに成果へつなげやすい傾向が示されました。

また、他者を助けることを大切にする価値観を持つ人にとっても、仕事が誰かに与える影響は重要な意味を持ちました。

これは、少し意外でありながら、考えてみれば納得できる結果です。

「仕事の意味が見えれば、それまでやる気のなかった人が全員突然立ち上がる」

という話ではなかったのです。

仕事の意義は、何もないところから人を別人に変える魔法ではありません。

もともとその人の中にある責任感や、「人の役に立ちたい」という価値観と結びついたとき、より強く働きます。

たとえるなら、仕事の意味は火そのものではなく、火に空気を送る風です。

火種があれば大きくなる。

しかし、疲労や不信感で薪が濡れていれば、風だけを送っても煙が目にしみます。

だからこそ、この研究を使って、

「誰かの役に立っているのだから、もっと頑張りなさい」

と言うのは、少し違います。

仕事の意味が力になるためには、安心して働ける環境や、納得できる待遇、必要な休息があることも重要です。

壊れかけた職場に「やりがい」という花瓶だけ置いても、雨漏りは止まりません。

いちばん意外なのは、仕事そのものを変えなくても変化が起きたこと

3つの実験を通して、もっとも印象的なのは、仕事内容を大きく変えなくても、仕事の見え方が変わることで行動に変化が生まれた点です。

電話をかける仕事は、電話をかける仕事のままです。

ライフガードは、翌日から突然映画の主人公になるわけではありません。

それでも、自分の仕事が誰かの人生とつながっていると分かれば、同じ仕事の中に別の意味を見つけられます。

私たちは、やる気が出ないとき、

「この仕事は自分に向いていないのかもしれない」

「もっと華やかな仕事なら頑張れるのに」

と考えることがあります。

もちろん、本当に環境や仕事を変えたほうがよい場合もあります。

ただ、自分の仕事の先が見えていないために、意味まで見失っている場合もあるのです。

自分の仕事は、誰に届いているのか。

自分が休んだら、誰が少し困るのか。

自分の工夫によって、誰の一日が少し楽になるのか。

その答えが見えると、仕事は急に楽しくなるとは限りません。

月曜日は相変わらず月曜日ですし、眠たい朝にはコーヒーも必要です。

それでも、

「これは誰にも届かない作業ではない」

と思えることは、人がもう一歩進むための理由になります。

この研究で分かったことをまとめるなら、こうなります。

仕事の意義を具体的に知ることで、働く人の成果、仕事への献身、周囲を助ける行動が高まることがある。その変化は、自分の仕事が誰かに良い影響を与え、自分の働きが価値あるものとして受け取られていると感じることで生まれる。ただし、効果の大きさは、その人の性格や価値観によって異なる。

仕事のやりがいは、仕事内容の中だけに入っているものではありません。

ときには、仕事を受け取った誰かの「助かった」という場所に置かれています。

その声が働く人まで戻ってきたとき、仕事は単なる作業から、誰かとの関係へと姿を変えるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:仕事は同じなのに成果が変わった。「誰の役に立つか」が人を動かす

この研究のいちばん面白いところは、仕事の内容をほとんど変えていないことです。

寄付を呼びかけるスタッフは、研究の翌日から別の仕事を始めたわけではありません。

電話は相変わらず電話です。

番号を押し、相手が出るのを待ち、寄付をお願いします。断られる日もあります。「いま忙しいので」と切られることもあるでしょう。

ライフガードも、突然プールサイドから南国の高級リゾートへ異動したわけではありません。

同じ場所で、同じように水面を見つめ、事故が起きないよう注意を続けます。

給料が急に倍になったわけでも、新しい制服が支給されたわけでもありません。休憩室に最高級のマッサージチェアが置かれたという報告もありません。

変わったのは、ただ一つ。

自分の仕事の先に、誰がいるのかが見えたことです。

たったそれだけで、仕事への取り組み方や成果に変化が表れました。

これは考えてみると、かなり不思議です。

私たちは仕事がつらいとき、仕事内容を変えなければ何も変わらないと思いがちです。

「もっと向いている仕事なら頑張れるのに」

「もっと面白い仕事だったら、やる気も出るのに」

「せめてコピー機が一度で言うことを聞いてくれたら」

もちろん、仕事や環境そのものを変える必要がある場合もあります。合わない職場に根性で居続けることが正解とは限りません。

けれどこの研究は、仕事のつらさの一部には、仕事内容ではなく、仕事の行き先が見えないことも関係しているのではないかと教えてくれます。

「何をするか」だけでなく「誰に届くか」が仕事を形づくる

仕事について考えるとき、私たちは「何をする仕事なのか」を重視します。

パソコンを使う仕事。

人と話す仕事。

物を作る仕事。

体を動かす仕事。

求人票にも、担当業務は詳しく書かれています。

ところが、「その仕事が最終的に誰へ届くのか」は、あまり書かれていません。

書類を作成します。

データを入力します。

商品の在庫を管理します。

電話対応を行います。

はい、やることは分かりました。

では、それによって誰が助かるのでしょう。

そこだけ、求人票の外へ散歩に出かけています。

たとえば、データ入力の仕事をしている人がいるとします。

本人が見ているのは、画面に並ぶ数字と文字です。今日も入力、明日も入力。入力した先から次の欄が現れます。

ゲームなら、そろそろ中ボスが出てきてもよさそうな量です。

しかし、そのデータが正確に入力されることで、誰かが正しい支援を受けられるのかもしれません。商品の欠品を防げるのかもしれません。医療や福祉の現場で、必要な情報が必要な人へ届くのかもしれません。

仕事の表面だけを見ると「数字を入力する」。

仕事の先まで見ると「誰かが困らないよう、情報の道を整える」。

同じ仕事ですが、見えている物語が違います。

グラントの研究が面白いのは、仕事の意味とは、仕事内容の中に最初から埋め込まれているものではないと示しているところです。

仕事の意味は、仕事と、その仕事を受け取る人との間に生まれます。

料理そのものが「やりがい」なのではありません。

その料理を食べて、ほっとする人がいる。

清掃そのものが「やりがい」なのではありません。

きれいになった場所を、誰かが安心して使える。

相談記録そのものが「やりがい」なのではありません。

その記録のおかげで、次に対応する人が事情を理解し、相談者が同じ説明を何度も繰り返さずに済む。

つまり、やりがいは仕事の中に一人で住んでいるのではありません。

いつも「誰かとの関係」という同居人を連れているのです。

「あなたの成長になります」だけでは足りないことがある

もう一つ面白いのは、自分にとっての利益を伝えるだけでは、同じような効果が表れなかった点です。

世の中では、人のやる気を引き出すために、よくこんな言葉が使われます。

「この経験は、将来きっと役に立ちます」

「ここで身につけた力は、あなたの財産になります」

「大変な仕事ほど成長できます」

たしかに、間違いではありません。

経験が能力を育てることもありますし、苦労が将来の選択肢を増やす場合もあります。

ただ、疲れているときに「成長できます」と言われると、

「すみません。いま成長より休憩を希望しています」

と思うこともあります。

成長という言葉は便利ですが、何でも背負わされやすい言葉でもあります。

仕事が大変でも成長。

失敗しても成長。

急な仕事が増えても成長。

こうなると、成長が職場の何でも入る収納箱になってしまいます。

この研究では、「この仕事は自分の将来に役立つ」と知ることよりも、「この仕事によって実際に助かった人がいる」と知ることが、仕事の成果につながりました。

ここには、人間の面白いところが表れています。

人は、自分の利益だけを計算して動く存在ではありません。

「自分に何が返ってくるか」だけでなく、「自分から何が届いているか」にも心を動かされます。

自分の成長は、まだ見えない未来の話です。

一方で、「あなたの仕事で、この人が助かりました」は、すでに起きた具体的な出来事です。

未来の立派な自分より、目の前の一人の「助かった」のほうが、心に届くことがある。

人間のやる気は、履歴書を豪華にする話だけでは動きません。誰かの一日を少し良くできたという話にも、きちんと反応するのです。

人を動かしたのは、壮大な理念ではなく一人の物語だった

会社には、理念があります。

「人と社会の未来に貢献する」

「新しい価値を創造する」

「世界中に笑顔を届ける」

立派です。

立派なのですが、働く人が今日処理している伝票と、世界中の笑顔との距離が少し遠い。

途中に乗り換え駅が八つくらいありそうです。

理念そのものが悪いわけではありません。

問題は、理念と日々の仕事の間に橋がないことです。

「社会に貢献しています」と言われても、自分の仕事が社会のどこに触れているのか分からなければ、言葉は空中に浮いたままです。

グラントの研究で使われたのは、壮大な演説ではありませんでした。

仕事によって実際に助けられた人の物語です。

たった一人でも、具体的な相手が見えると、「社会」という大きすぎる言葉に顔がつきます。

奨学金で学ぶことができた学生。

ライフガードに命を救われた人。

こうした具体的な物語は、働く人に「あなたの仕事は重要です」と命令しません。

代わりに、

「あなたの仕事は、ここに届いていました」

と教えてくれます。

この違いは大きいと思います。

上から「重要だ」と言われるのと、実際に助かった人の存在を知るのとでは、心への入り方が違います。

前者は評価です。

後者は接続です。

人は、褒められたからだけではなく、自分が誰かとつながっていると分かったときにも動き出します。

やりがいは「与えるもの」ではなく「戻ってくるもの」かもしれない

企業や上司は、ときどき「社員にやりがいを与えたい」と考えます。

しかし、この表現は少し不思議です。

やりがいは、会社が段ボール箱に詰めて社員へ配るものなのでしょうか。

「今月分のやりがいです。大切にお使いください」

そんな配給制度があっても、たぶん長くは効きません。

この研究から考えると、組織ができるのは、やりがいそのものを与えることではありません。

仕事によって生まれた良い影響を、働いた人のところまで戻すことです。

お客さんから届いた感謝の声を、担当者にも伝える。

支援を受けた人がその後どうなったのかを、支援者にも知らせる。

完成した商品がどのように使われているのかを、製造や管理に関わった人にも見せる。

仕事の結果は、ときどき受け取る人の場所で止まってしまいます。

感謝はお客さんの胸の中。

成果は管理職の報告書の中。

働いた本人のところには、次の仕事だけが届く。

これでは少し寂しい。

仕事の依頼は毎日届くのに、仕事の意味だけが配達遅延を起こしています。

だから必要なのは、感謝を大げさに演出することではありません。

働いた人が、

「自分の仕事は、ちゃんと向こう側へ届いたのだ」

と確認できる仕組みです。

やりがいは、新しく作って配るものではなく、仕事の先から戻ってくる便りなのかもしれません。

「人のため」を利用すると、やりがいは急に苦しくなる

この研究は、「人の役に立つ実感には力がある」と教えてくれます。

しかし、ここで急に腕を組みたくなる人もいるでしょう。

「では会社は、給料を上げる代わりに感動的な話を聞かせればよいのですか?」

いえ、それは困ります。

人の役に立つことを理由に、低い賃金や長時間労働を我慢させるのは、この研究の使い方として危険です。

福祉、医療、教育、接客など、人を助ける実感が生まれやすい仕事ほど、「誰かのため」という言葉が無理を正当化する道具になってしまうことがあります。

「利用者さんのために」

「子どもたちのために」

「お客さまのために」

どれも大切な言葉です。

しかし、その言葉のあとに毎回「だから休まず頑張りましょう」が続くと、人のためという看板の裏側で、働く人が少しずつ削られていきます。

誰かの役に立つ仕事を続けるためには、働く本人も守られなければなりません。

十分な休息。

納得できる待遇。

無理を断れる環境。

困ったときに助けを求められる人間関係。

これらがあって初めて、「誰かのため」が力になります。

整っていない職場で仕事の意味だけを強調すると、やりがいは燃料ではなく、借金のように感じられてしまいます。

「これほど大切な仕事なのだから、もっとやらなくては」

「助けを待っている人がいるのだから、休んではいけない」

そんな気持ちになれば、仕事の意味が自分を支えるのではなく、自分を追いかけてくるようになります。

やりがいは、本来、背中を押すものです。

首根っこをつかんで職場へ引き戻すものではありません。

この研究の面白さを味わうと同時に、そこはきちんと分けて考えたいところです。

自分の仕事の意味は、自分だけでは見つけられない

「仕事の意味を見つけよう」と言われると、私たちは自分の内面を探し始めます。

自分は何が好きなのか。

どんな仕事に向いているのか。

どんな価値観を大切にしたいのか。

もちろん、それも重要です。

しかし、この研究を読むと、仕事の意味を自分の心の中だけで探すことには限界があると感じます。

なぜなら、仕事の意味の一部は、その仕事を受け取った人の側にあるからです。

自分では「たいしたことをしていない」と思っていても、誰かにとっては助けになっていることがあります。

ただ電話に出ただけ。

ただ道を案内しただけ。

ただ話を聞いただけ。

ただ誤字を直しただけ。

働いた本人にとっては、小さな仕事です。

でも、困っていた人にとっては、それが必要な助けだったかもしれません。

仕事の大きさは、作業した側と、受け取った側とで違って見えます。

自分の机から眺めると小さな仕事でも、相手の場所から眺めると大きな支えになっている。

だから「自分の仕事には意味がない」と感じたとき、心の中を掘り続けるだけでなく、

「この仕事を受け取っているのは誰だろう」

「その人の何が少し楽になっているだろう」

と、視線を外へ向けることも役に立ちます。

意味は自分の中から発掘するものだけではありません。

人との間で発見するものでもあるのです。

私たちは、仕事そのものより「仕事の孤立」に疲れているのかもしれない

この論文を読んでいると、現代の仕事で人が疲れる理由の一つは、仕事の量だけではなく、仕事が孤立していることなのではないかと思えてきます。

大きな組織では、仕事が細かく分かれています。

一人が全体を作るのではなく、何人もの人が一部分ずつ担当します。

効率は上がります。

けれど、自分の仕事が全体のどこに入り、誰へ届いたのかが分かりにくくなります。

ボタンを一つ押す。

書類を一枚回す。

数字を一つ入力する。

そして次の人へ渡す。

全体像が見えないまま、毎日一部分だけを担当していると、

「自分がいなくても同じではないか」

という気持ちが忍び寄ってきます。

この気持ちは、仕事が役に立っていないから生まれるとは限りません。

役に立っていることが、本人まで伝わっていないから生まれる場合があります。

仕事の孤立とは、周囲に人がいないことだけではありません。

自分の作業と、その結果を受け取る人とのつながりが切れていることでもあります。

グラントの研究は、その切れた線を一本つなぎ直しました。

すると、働く人の行動が変わりました。

これは、やりがいを高める方法というだけでなく、仕事を孤立させない方法についての研究でもあるように思います。

仕事の意味は、豪華でなくていい

仕事の意味という言葉を聞くと、少し構えてしまう人もいるでしょう。

世界を変える。

多くの命を救う。

歴史に残るものを作る。

そういう大きな使命がなければ、意味のある仕事とは呼べないような気がしてきます。

しかし、この研究が扱っているのは、もっと日常的なつながりです。

一本の電話が、学生の学ぶ機会につながる。

静かな見守りが、誰かの安全につながる。

誰か一人の生活が少し良くなる。

それで十分なのです。

仕事の意味は、世界地図に旗を立てるほど大きくなくてもかまいません。

今日、目の前の一人が少し助かった。

明日、一人が少し安心できる。

そのくらいの大きさで、きちんと人を動かします。

「人類の未来」まで背負うと、月曜の朝には少々重すぎます。

けれど、

「この作業で、あの人が少し困らずに済む」

なら、今日の自分にも持てるかもしれません。

この研究の面白さは、やりがいを壮大な使命から救い出し、日常の仕事へ戻してくれたところにあります。

やりがいとは、特別な仕事にだけ宿る光ではありません。

ふつうの仕事と、ふつうの誰かのあいだに流れる、小さな電気のようなものです。

見えないから、存在しないわけではありません。

ただ、ときどき配線を確かめる必要がある。

自分の仕事はどこへ届いているのか。

誰の一日を、ほんの少し支えているのか。

その答えが見えたとき、仕事そのものは同じでも、仕事の風景は少し変わります。

月曜日が金曜日になるわけではありません。

上司の「ちょっといい?」が、本当にちょっとで終わる保証もありません。

それでも、

「この仕事は、誰にも届かず消えていくものではない」

と思えることは、働く人の足元に小さな地面をつくります。

この論文が教えてくれるのは、仕事のやりがいとは、仕事を好きになることだけではないということです。

自分がしたことと、誰かの「助かった」がつながっていると知ること。

そのつながりが見えたとき、人は同じ仕事の中で、もう一度だけ意味を見つけ直せるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:仕事のやりがいを高める3つの方法。「誰の役に立つか」を見える化する

「仕事の意味が見えると、人はもう少し力を出しやすくなる」

研究の結論は分かりました。

では、明日の朝から何をすればよいのでしょう。

出勤した瞬間に窓を開け、

「今日も誰かの役に立つぞ!」

と空へ宣言すればよいのでしょうか。

元気な日は、それでもよいかもしれません。

ただ、月曜日の朝からそこまで仕上がっている人は、かなりの完成品です。多くの人は、まずコーヒーを探し、パソコンの更新画面を見て、小さくため息をつくところから一日が始まります。

この研究を生活に活かすとき、大切なのは、無理に情熱を燃やすことではありません。

自分の仕事が、誰に、どのように届いているのかを見えやすくすることです。

やる気を心の底から掘り出そうとすると、だいたい途中で固い地盤に当たります。

それよりも、仕事の先にいる人を探してみる。

自分の行動によって、誰の負担が減り、誰が安心し、何が少し良くなっているのかを確かめる。

このほうが、研究の知見に沿った現実的な方法です。

ここでは、個人でも職場でも試しやすい三つの方法に分けて考えてみましょう。

1.自分の仕事の「次に受け取る人」を考える

まず試したいのは、自分が行っている仕事を、作業名ではなく「受け取る人」から見直すことです。

たとえば、こんな仕事があるとします。

書類を作る。

データを入力する。

部屋を掃除する。

メールに返信する。

予定を調整する。

商品を棚に並べる。

こうして並べると、どれも作業の説明です。

何をするかは分かりますが、誰の役に立っているのかは見えません。

そこで、それぞれの仕事の後ろに、

「その結果、誰がどう助かるのか」

をつけ加えてみます。

書類を作る
→ 次に読む人が、迷わず判断できる。

データを入力する
→ 必要な情報が、必要な人へ正確に届く。

部屋を掃除する
→ その場所を使う人が、気持ちよく安全に過ごせる。

メールに返信する
→ 返事を待っている人の不安が、一つ減る。

予定を調整する
→ 関係する人たちが、混乱せずに動ける。

商品を棚に並べる
→ お客さんが、必要なものを見つけやすくなる。

仕事内容は何も変わっていません。

それでも、「作業」だけだったものに、「相手」が加わりました。

この一手間で、仕事の風景が少し変わります。

おすすめなのは、一日の終わりに、

「今日、自分の仕事で少し助かった人は誰だろう」

と考えてみることです。

立派な答えでなくてかまいません。

「同僚が資料を探さずに済んだ」

「お客さんが迷わず受付へ行けた」

「自分が電話を取ったので、別の人が作業を続けられた」

そのくらいで十分です。

世界を救った記録を提出する必要はありません。

一人の困りごとが、ほんの少し減った。それも立派な仕事の成果です。

むしろ、日常の仕事の多くは、人を劇的に救うのではなく、誰かが少し困らずに済む状態をつくることで成り立っています。

水道が使える。

店に商品がある。

予約が正しく入っている。

質問に返事が来る。

こうした「普通に進む一日」の背後には、たくさんの人の仕事があります。

普通に進んだため、誰も拍手をしません。

しかし、拍手がないことと、価値がないことは別です。

仕事の受け手を考えることは、見えなくなっていた自分の貢献を、もう一度画面に表示する作業なのです。

2.「ありがとう」を感想で終わらせず、仕事の結果まで伝える

次に活かせるのは、誰かに仕事をしてもらったときの伝え方です。

私たちはよく、

「ありがとうございます」

「助かりました」

「お疲れさまでした」

と伝えます。

もちろん、どれも大切な言葉です。

ただ、この研究から考えると、もう一歩だけ具体的にすると、相手は自分の仕事の意味を感じやすくなります。

たとえば、

「資料を作ってくれて、ありがとうございます」

だけではなく、

「資料が整理されていたので、初めて参加した人にも説明が伝わりました」

と伝える。

「電話を代わってくれて、助かりました」

だけではなく、

「電話を代わってもらえたので、私は目の前のお客さんに落ち着いて対応できました」

と伝える。

「準備、お疲れさまでした」

だけではなく、

「事前に準備してもらったおかげで、参加者を待たせずに始められました」

と伝える。

大切なのは、相手の行動と、その先に起きた良い変化を結ぶことです。

あなたがこれをしてくれた。だから、誰かがこう助かった。

この二つをセットにします。

感謝の言葉は、短くても届きます。

しかし、仕事の結果まで伝えると、相手は、

「自分のしたことには、そんな続きがあったのか」

と知ることができます。

仕事の依頼は細かく届くのに、その仕事がどう役立ったかは戻ってこない。そんな職場は少なくありません。

「これをお願いします」

「次はこれです」

「締め切りは今日です」

仕事は次々と配達されます。

一方で、

「あなたの仕事で、こうなりました」

という便りは、なぜか行方不明になりやすい。

そこで、管理職や先輩だけでなく、同僚同士でも、結果を返す習慣をつくるとよいでしょう。

たとえば、会議の最後に、

「今週、誰のどんな仕事に助けられたか」

を一つだけ共有する。

お客さんや利用者から届いた声を、関わった本人にも伝える。

プロジェクトが終わったら、数字だけでなく、「誰の何が良くなったか」を振り返る。

こうした小さな仕組みが、仕事とその先にいる人をつなぎます。

ただし、毎週全員の前で感動的な発表を義務にすると、今度は「感謝を生産する仕事」が発生します。

感謝までノルマ化すると、心が少し身構えます。

大げさな制度にする必要はありません。

具体的な一言を、必要な人へ返す。

それだけでも、仕事の意味は届きやすくなります。

3.やる気が出ないときは、目標ではなく「相手」を置いてみる

やらなければならないことは分かっている。

締め切りも知っている。

予定表にも書いた。

それでも体が動かない。

そんな日はあります。

そこで、さらに大きな目標を掲げると、

「今月こそ頑張る」

「成長する」

「絶対に成功する」

と、言葉だけが立派になり、本人は机の前で静かに固まることがあります。

グラントの研究から考えると、目標の前に「相手」を置いてみる方法があります。

たとえば、

「この資料を今日中に完成させる」

ではなく、

「明日説明する人が迷わないよう、この資料を整える」

と考える。

「部屋を片づける」

ではなく、

「帰ってきた家族が、落ち着いて過ごせる場所をつくる」

と考える。

「予約の電話をする」

ではなく、

「未来の自分が慌てずに済むよう、今日の自分が一本だけ電話する」

と考える。

相手は他人だけとは限りません。

明日の自分、来週の自分も、今日の行動を受け取る人です。

洗濯物を片づければ、朝の自分が服を探さずに済む。

必要な書類を準備すれば、出発前の自分が青ざめずに済む。

薬を決まった場所へ置けば、夜の自分が家の中を捜索しなくて済む。

未来の自分は、かなり頻繁に現在の自分へ救助要請を送っています。

しかし現在の自分は、

「その件は明日の担当者へ引き継ぎます」

と言いがちです。

その明日の担当者も自分なのですが、組織内の情報共有がうまくいっていません。

そこで、

「これをすると、誰があとで助かるか」

を考えます。

行動の意味が見えると、面倒な作業が急に楽しくなるわけではありません。

食器洗いは、意味を発見しても食器洗いです。

それでも、

「ただ皿を洗う」

より、

「明日の朝、気持ちよく食事を始められるようにする」

と考えたほうが、行動には少し理由が生まれます。

やる気とは、必ずしも大きな情熱ではありません。

「あとで一人が少し助かるなら、これだけやっておこう」

という、小さな納得でもよいのです。

就職活動では「好きな仕事」だけでなく「助けたい相手」から考える

この研究は、仕事探しやキャリア選択にも活かせます。

仕事を選ぶとき、私たちはよく、

「何が好きか」

「何が得意か」

「どんな作業なら続けられるか」

を考えます。

どれも大切な視点です。

ただ、なかなか興味のある仕事が見つからない人もいます。

好きなことを聞かれても、すぐには答えられない。

求人票を見ても、仕事内容の違いがよく分からない。

そんなときは、

「どんな人が少し楽になる仕事なら、続けてみたいか」

という角度から考えてみる方法があります。

子どもが安心して過ごせるようにしたい。

高齢の人が困らず生活できるようにしたい。

忙しい人の負担を減らしたい。

旅行に来た人に、気持ちよく過ごしてもらいたい。

商品を探している人が、必要なものを見つけられるようにしたい。

人前に出る仕事は苦手でも、裏側から支えることならできそう。

こうした「助けたい相手」から考えると、一つの目的につながる仕事が複数見えてきます。

たとえば、宿泊客を支える仕事は、接客だけではありません。

調理、清掃、予約管理、設備の点検、食材の仕入れなど、さまざまな仕事があります。

子どもを支える仕事も、保育士や教師だけではありません。

給食、送迎、事務、施設管理、教材準備など、いろいろな関わり方があります。

「好きな職業名」を一つ当てるクイズにすると、仕事探しは難しくなります。

しかし、

「誰のどんな困りごとを、どんな方法で減らしたいか」

と考えると、選択肢は少し広がります。

やりがいは、職業名に貼られたシールではありません。

同じ職業でも、誰と関わり、どんな役割を担うかによって感じ方は変わります。

だから、求人を見るときは仕事内容だけでなく、

「この仕事の相手は誰か」

「自分の作業によって、その人の何が良くなるのか」

も確認するとよいでしょう。

家庭では「やって当然」を、具体的な影響へ翻訳する

この研究は、職場だけの話ではありません。

家庭の中にも、「誰かのためにしているのに、その先が見えにくい仕事」がたくさんあります。

料理。

洗濯。

掃除。

ごみ出し。

買い物。

家族の予定管理。

各種手続き。

どれも暮らしを支える大切な仕事ですが、毎日繰り返されるため、存在が背景へ溶け込みやすくなります。

部屋が片づいている。

冷蔵庫に食べ物がある。

必要な日用品が切れていない。

これらは自然現象ではありません。

どこかで誰かが、名もなき調整会議を一人で開催しています。

しかし、問題なく生活できていると、その働きは見えません。

何かが切れたときだけ、

「洗剤がないよ」

と声が上がる。

補充されていた99回は沈黙で、切れた1回だけ速報が流れます。

そこで家庭でも、

「ありがとう」

に、具体的な結果を一つ足してみます。

「夕食を作ってくれてありがとう。帰ってすぐ食べられて、ほっとした」

「洗濯してくれてありがとう。明日の準備がすぐ終わった」

「手続きをしてくれてありがとう。自分では分からなかったから助かった」

こう伝えると、家事が単なる「やるべきこと」から、「誰かの生活を支えた行動」へ戻ります。

もちろん、感謝を伝えたからといって、家事の負担を一人へ集めてよいわけではありません。

「ありがとう」と言いながら、毎回同じ人に任せ続けるのは、感謝の皮をかぶった固定配置です。

感謝を伝えることと、負担を公平に分けることは、両方必要です。

仕事の意味が見えることは大切ですが、意味があるから一人で背負えるわけではありません。

支援や教育では、成果を本人のところまで返す

人を支援する仕事や教育に関わる人は、自分の働きがどう役立ったのか分かるまでに時間がかかることがあります。

相談に乗った。

練習を手伝った。

説明を繰り返した。

応募書類を一緒に直した。

その場では大きな変化が見えなくても、数週間後、数か月後に、その支援が行動につながることがあります。

ところが、その後の変化が支援者まで戻ってこなければ、

「自分の支援は役に立ったのだろうか」

と分からないままです。

反対に、支援を受けた本人も、

「自分は何もできていない」

と思っていることがあります。

そんなときは、変化を具体的に返します。

「前は質問に答えるだけで精いっぱいだったけれど、今日は自分から聞けましたね」

「最初は求人を見るだけで疲れていたけれど、今回は応募まで進めましたね」

「以前より、困ったときに相談できるようになりましたね」

成果を大げさに褒める必要はありません。

本人の行動が何につながったのかを、具体的に言葉にします。

人は、自分の変化を自分では見落とします。

毎日少しずつ進んでいると、昨日との違いは分かりにくいからです。

そこで、そばにいる人が、

「あなたが続けたことで、ここが変わった」

と返す。

これは支援される人だけでなく、支援する人にとっても、仕事の意味を確認する機会になります。

「支援する側」と「支援される側」が、一方通行ではなく、お互いの変化を受け取り合えると、その関係は少し息をしやすくなります。

管理職は、目標の数字だけでなく「その数字が誰を助けるか」を伝える

職場で目標が示されるとき、多くの場合は数字で表されます。

売上。

件数。

契約数。

処理時間。

参加者数。

達成率。

数字は必要です。

目標が分かりやすくなり、進み具合も確認できます。

しかし、数字だけが前に出ると、働く人は次第に、

「この数字を増やすために働いている」

と感じるようになります。

本来は人の生活を良くするための数字だったはずなのに、いつの間にか数字が社内で独立し、偉い顔をして歩き始めます。

そこで管理職やリーダーは、

「今月は相談件数を増やします」

だけでなく、

「相談につながる人が増えれば、一人で悩み続ける期間を短くできます」

と伝える。

「処理時間を短縮します」

だけでなく、

「待ち時間が減れば、利用する人が不安なまま待たずに済みます」

と伝える。

「売上目標を達成しましょう」

だけでなく、

「必要としている人へ商品を届け、事業を続けるための目標です」

と説明する。

数字の後ろにいる人を見せます。

ただし、きれいな目的を語るだけでは足りません。

現場の負担を無視して、

「お客さまの笑顔のためです」

と繰り返せば、笑顔という言葉を見るだけで疲れる人が出てきます。

仕事の意義を伝えるなら、同時に、

無理な目標になっていないか。

必要な人員や時間が確保されているか。

現場の意見を聞いているか。

休める環境があるか。

も確認しなければなりません。

「誰かのため」を語る組織ほど、働く人のことも「誰か」に含める必要があります。

どうしても意味を感じられない日は、意味探しを休んでよい

ここまで、仕事の先にいる人を考える方法を紹介してきました。

ただし、毎日必ず仕事の意味を感じなければならないわけではありません。

疲れている日。

体調が悪い日。

人間関係で傷ついた日。

仕事量が多すぎる日。

そんな日に、

「この仕事は誰かの役に立っている。だから頑張ろう」

と自分を励ますことが、かえって苦しくなる場合もあります。

意味が見えない自分を責める必要はありません。

電池が切れているときに必要なのは、立派な使命ではなく充電です。

「やりがいを感じられない自分は、仕事への意識が低い」

と考えなくて大丈夫です。

仕事の意味を感じる力も、心身の余裕に左右されます。

寝不足の朝に人生の使命を尋ねられても、脳はまだ受付を開始していません。

まず休む。

負担を減らす。

誰かに相談する。

環境の改善を求める。

必要なら仕事を離れる。

それも大切な選択です。

この研究は、意味さえあれば何でも耐えられると示したものではありません。

条件が整った職場で、自分の仕事が他者へ与える影響を知ることが、働く力につながる場合があるという研究です。

意味は、休息や待遇の代用品ではありません。

休みを削った穴に、やりがいを詰めても埋まりません。

まずは「今日、誰が少し助かった?」から始める

この研究を生活に活かすために、大がかりな改革は必要ありません。

今日の終わりに、一つだけ考えてみます。

今日、自分がしたことで、誰が少し助かっただろう。

すぐに答えが出なくてもかまいません。

自分では分からないところで、助かっている人もいます。

次に、誰かに助けてもらったら、一言だけ具体的に返してみます。

「あなたがしてくれたことで、私はこう助かりました」

この二つを繰り返すだけでも、仕事の流れが少し見えやすくなります。

自分の仕事がどこへ届いたのかを探す。

誰かの仕事が自分へどう届いたのかを返す。

やりがいとは、一人で心の中につくるものではありません。

人と人の間を行き来するものです。

働いた人から、仕事を受け取る人へ。

仕事を受け取った人から、もう一度、働いた人へ。

その往復があると、ただの作業だったものに物語が戻ってきます。

毎日、仕事を好きでいなくても大丈夫です。

すべての作業に感動できなくても大丈夫です。

ただ、ときどき立ち止まり、

「これは誰に届いているのだろう」

と考えてみる。

そして、自分が助けられたときには、

「あなたの仕事は、ここまで届きました」

と返してみる。

それが、この研究を私たちの生活へ持ち帰る、いちばん小さくて実用的な方法なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:仕事のやりがいは万能ではない。「人のため」が負担になる落とし穴

この研究は、とても魅力的です。

自分の仕事が誰かの役に立っていると分かる。

すると、仕事への取り組み方や成果が変わることがある。

なんとも希望のある話です。

机の上に積まれた書類も、鳴り続ける電話も、その向こうにいる誰かが見えれば、少し違って感じられるかもしれません。

ただし、ここで勢いよく、

「なるほど。すべての職場で、社員に感動的な話を聞かせれば成果が上がるのですね」

と結論づけると、論文が廊下の角で転びます。

心理学の研究を読むときは、

「これは面白い」

と、

「これはどこまで言えるのか」

を両手に持つことが大切です。

どちらか一方だけでは、研究の姿を正しく受け取れません。

すべての職業で確かめられたわけではない

まず注意したいのは、この研究があらゆる仕事を対象にしたものではないことです。

実験に参加したのは、主に大学への寄付を呼びかける電話スタッフやライフガードでした。

どちらも、仕事の結果として誰かが助かることを比較的説明しやすい職種です。

寄付が集まれば、学生が奨学金を受け取れる。

ライフガードが注意深く働けば、利用者の安全が守られる。

仕事と、その仕事によって助かる人との線を引きやすいのです。

しかし、世の中には、貢献の形がもっと複雑な仕事もあります。

会社の内部監査。

機械の部品管理。

システムの保守。

法律文書の確認。

何年も先の成果につながる研究開発。

これらも大切な仕事ですが、誰がどのように助かったのかを、すぐに示すことは簡単ではありません。

一人の物語を読めば仕事の意味がはっきりする職種もあれば、仕事の影響が何段階もの工程を通って、ようやく誰かへ届く職種もあります。

つまり、この研究から、

どんな仕事でも、受益者の物語を見せれば同じように成果が上がる

とまでは言えません。

今回の結果は、現実の職場で確かめられたという点で価値があります。

ただし、その切符がそのまま全職種共通の乗り放題券になるわけではないのです。

効果は、すべての結果に同じ形で表れたわけではない

この研究では、仕事の意義を伝えることで、仕事の成果、仕事への献身、周囲を助ける行動などが調べられました。

ここで重要なのは、すべての実験で、すべての項目が一斉に大きく改善したわけではないことです。

ある実験では、実際の成果に変化が見られました。

別の実験では、仕事への取り組み方や援助行動に変化が表れました。

つまり、仕事の意味は、

「投入すると全部の数値が上昇する万能粉末」

ではありません。

働き方のどの部分に影響するかは、仕事内容や状況によって異なる可能性があります。

人によっても、

粘り強く取り組むようになる。

周囲へ親切になる。

仕事を大切に感じる。

成果の数字が伸びる。

といった変化の表れ方が違うでしょう。

そのため、

「仕事の意味を伝えたのに、売上がすぐ上がらなかった。失敗だ」

と考えるのも早すぎます。

反対に、

「少し成果が上がった。すべての問題は解決した」

と考えるのも、かなり元気な飛躍です。

研究結果は、階段を一段ずつ上るものです。

三段飛ばしをすると、結論だけ先に二階へ行き、根拠が一階に残されます。

効果がどれくらい長く続くかは、まだ分からない

この研究では、物語を読んだあと、一定期間の仕事ぶりが調べられました。

しかし、その効果が半年、一年、何年も続くかまでは、十分に分かりません。

仕事によって助かった人の物語を初めて読んだときは、強く心を動かされるかもしれません。

けれど、毎週同じ話を聞かされたらどうでしょう。

最初は、

「自分の仕事には、こんな意味があったのか」

と感じても、十回目には、

「この動画、前回も見ました」

となるかもしれません。

人は、良い刺激にも慣れます。

職場の壁に感謝の言葉を貼っても、最初は読まれますが、やがて壁紙の一部になることがあります。

そのため、仕事の意味を伝える取り組みは、一度だけ感動的な話を見せれば完成するとは限りません。

日常の仕事の中で、

自分の仕事がどこへ届いたのか。

その後、相手がどうなったのか。

どんな点が役に立ったのか。

といった具体的な情報が、継続して戻ってくる仕組みが必要でしょう。

研究は「仕事の意味を見せることには力がある」と示しました。

しかし、「一度見せれば永久に充電される」とは示していません。

心にも充電残量がありますし、場合によってはケーブルの接触も悪くなります。

「役に立つ物語」だけが原因とは限らない部分もある

今回の実験では、仕事によって助かった人の物語を読んだグループと、別の内容を読んだグループなどを比較しています。

そのため、仕事の社会的な意味を伝えたことが、その後の変化につながったと考えやすい研究です。

ただし、物語にはいくつもの要素が含まれています。

誰かが助かったという情報。

感謝されているという感覚。

自分の仕事が重要だという確認。

職場から期待されているという印象。

感動する内容に触れたことによる、一時的な気分の変化。

これらを完全に一本ずつ切り分けることは簡単ではありません。

研究では、「自分の仕事が人へ良い影響を与えている感覚」や「自分の働きが価値あるものとして受け取られている感覚」が重要な仕組みとして検討されました。

それでも、現実の職場で起きる心の動きは、工場のベルトコンベヤーほど単純ではありません。

意味が入る。

責任感が動く。

気分が上がる。

成果が出る。

はい、完成。

という一直線ではないのです。

人の心は、途中で同僚との雑談を挟み、昨日の失敗を思い出し、昼食の献立を考えながら動きます。

だからこそ、この研究は強い手がかりではありますが、人が働く理由のすべてを説明したわけではありません。

誰にでも同じように効くわけではない

この論文そのものが示している大切な点として、個人差があります。

仕事が誰かの役に立つと知ったとき、

「よし、もう少し頑張ろう」

と思う人もいれば、

「大切な仕事だとは分かりました。でも今日は疲れています」

となる人もいます。

どちらも自然です。

責任感が強い人や、他者を助けることを大切にする人ほど、仕事の意味を知ったときに反応しやすい可能性があります。

しかし、この結果を裏返して、

「成果が上がらない人は、人を助けたい気持ちが足りない」

と考えてはいけません。

それは研究が言っていないことです。

成果が上がらない理由には、さまざまなものがあります。

仕事量が多すぎる。

やり方が分からない。

必要な道具がない。

上司との関係が悪い。

睡眠が足りない。

体調が悪い。

評価制度に納得できない。

そもそも仕事内容が合っていない。

このような問題があるときに、

「あなたの仕事は人の役に立っているのですよ」

と伝えても、問題の中心には届きません。

雨漏りしている部屋で、

「この家には歴史があります」

と説明されても、まずバケツが必要です。

仕事の意味は、人を支える要素の一つです。

技術、報酬、裁量、人間関係、休息、安全など、ほかの条件と一緒に働きます。

一人で全担当を任せるには、荷物が重すぎます。

やりがいは、給料や休息の代わりにはならない

この研究を職場で活かすとき、最も注意したいのが「やりがい搾取」です。

誰かの役に立つ実感が、働く力になる。

ここまでは研究の知見です。

では、

「人の役に立つ仕事なのだから、給料が低くても我慢してください」

「利用者が待っているので、休まず働いてください」

「この仕事には意味があるのだから、残業をお願いします」

となったらどうでしょう。

それは、研究の知見を少し荒々しく連れ去っています。

人の役に立つ仕事であることと、適切な待遇が必要なことは、別の話です。

むしろ、人の役に立つ大切な仕事だからこそ、それを続けられる環境が必要です。

十分な賃金。

必要な人数。

安全な設備。

適切な休憩。

無理な依頼を断れる仕組み。

困ったときに相談できる関係。

これらを整えずに、仕事の意味だけを強調すると、やりがいは励ましではなく、断りにくくする重りになります。

特に、医療、福祉、教育、支援、接客のように、相手の困りごとが見えやすい仕事では注意が必要です。

利用者の顔が浮かぶ。

患者さんが待っている。

子どもたちに影響が出る。

そう考えると、責任感の強い人ほど休めなくなります。

「人のため」という言葉には、人を立ち上がらせる力があります。

同時に、座って休もうとする人を立たせ続ける力もあります。

だからこそ、使い方を間違えてはいけません。

仕事の意味は、働く人へ追加で載せる荷物ではなく、すでに行っている仕事がどこへ届いているかを知らせるものです。

本人が望んでいない「意味」を押しつけない

組織が仕事の意義を伝えることは、大切です。

ただし、会社や上司が決めた意味を、本人へ押しつける危険もあります。

「この仕事には、こんなに素晴らしい意味があります」

「お客さまの笑顔のために働けるのは幸せです」

「この仕事を誇りに思いましょう」

こう言われても、本人が同じように感じているとは限りません。

仕事に求めるものは、人によって違います。

誰かの役に立つことを重視する人。

専門的な技術を磨きたい人。

安定した収入を得たい人。

生活と仕事の時間をきちんと分けたい人。

仲間と協力して働きたい人。

一人で静かに作業したい人。

どれが正しいという話ではありません。

「人の役に立ちたい」という価値観が立派で、「生活のために働く」という価値観が低いわけでもありません。

生活のために働く。十分です。

給料日に口座残高が増える。これも仕事の重要な意味です。

職場が、

「あなたはこの仕事に感動するはずです」

と決めてしまうと、本人の気持ちは置き去りになります。

仕事の意味は、組織が正解を発表するものではありません。

働く本人が、自分の価値観と照らし合わせながら見つけていく部分もあります。

だから、仕事の意義を伝えるときは、

「このような人へ、こう役立っています」

と情報を渡すところまで。

それをどう受け取るかは、本人に残しておく。

意味まで会社が指定すると、心の席に勝手に座ることになります。

仕事が苦しい原因を「意味不足」だけにしない

仕事にやりがいを感じない人がいたとき、

「仕事の意味が見えていないのですね」

と説明したくなるかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。

意味は十分分かっている。

誰の役に立っているかも知っている。

それでも苦しい。

そんな場合もあります。

医療や福祉の仕事では、役に立っている実感が強い一方で、感情的な負担が大きいことがあります。

接客では、お客さんから感謝される日もあれば、強い言葉を向けられる日もあります。

支援の仕事では、助けたい気持ちが強いからこそ、思うような結果にならないと苦しくなることもあります。

つまり、仕事の意味が強ければ強いほど、必ず楽になるわけではありません。

大切だから、心配になる。

役に立ちたいから、失敗が怖くなる。

相手を思うから、仕事を家まで持ち帰って考えてしまう。

仕事の意味は、喜びだけでなく責任も連れてきます。

そのため、意味のある仕事ほど、感情を整理する時間や、同僚と振り返る機会、仕事から離れる休息が必要になります。

「やりがいを感じているのだから大丈夫」

ではありません。

やりがいのある人も疲れます。

好きな仕事をしている人も眠ります。

使命感のある人にも休日は必要です。

この当たり前の事実は、ときどき理念の陰に隠れます。

成果が上がることと、幸せに働けることは同じではない

この研究では、仕事の成果や献身的な行動などが調べられました。

しかし、成果が上がったからといって、その人が必ず幸せになったとは限りません。

以前より長く働いた。

以前より多くの仕事をこなした。

以前より周囲を助けた。

組織から見れば、望ましい変化かもしれません。

ただ、本人にとって負担が増えていないかは、別に確かめる必要があります。

特に責任感の強い人は、仕事の意味を知ることで、自分にさらに高い基準を課す可能性があります。

「この仕事で助かる人がいるなら、もっとやらなければ」

「自分が休んだら、困る人がいる」

「中途半端にはできない」

こうした思いは成果を高めるかもしれませんが、長く続けば疲労につながる可能性もあります。

成果の数字が伸びている間、心身の負担は表から見えないことがあります。

車が速く走っているからといって、エンジンが元気とは限りません。

警告灯がついたまま、高速道路を走っている場合もあります。

職場でこの研究を活かすなら、成果だけでなく、

疲れが増えていないか。

無理をしていないか。

仕事を断れなくなっていないか。

休みを取れているか。

仕事への満足感がどう変化したか。

も一緒に見る必要があります。

「成果が上がりました。成功です」

で閉じるのではなく、

「この変化は、本人にとっても良いものだったか」

まで確認して、ようやく一つの文章になります。

それでも、この研究の価値は小さくならない

ここまで注意点を並べると、

「では、この研究はあまり信じないほうがよいのですか」

と思うかもしれません。

そうではありません。

研究の限界を知ることは、研究の価値を下げることではありません。

むしろ、どこまで安心して使えるのかが分かるため、知見を大切に扱えるようになります。

この研究には、実際の職場で実験を行い、単なる気分や自己申告だけでなく、現実の行動や成果を調べたという大きな強みがあります。

仕事の意味を感じている人は成果が高い、という関係を眺めただけではありません。

仕事によって助かった人の存在を伝え、その前後やグループ間で変化を比べています。

そのため、

仕事の先にいる人を見えるようにすることが、実際の働き方を変える可能性がある

という点には、しっかりした手がかりがあります。

ただし、それは万能の法則ではありません。

すべての職種。

すべての人。

すべての状況。

すべての期間。

その全部に同じ効果が保証されたわけではありません。

この研究から受け取るべきなのは、

「やりがいがあれば何でも解決する」

という大きな結論ではなく、

「仕事の先にいる人とのつながりは、働く力を支える重要な要素の一つである」

という、少し控えめで、だからこそ使いやすい結論でしょう。

心理学の研究は、人生の説明書ではありません。

どちらかといえば、暗い道で足元を照らす小さな懐中電灯です。

すべての景色は見えません。

遠くの山までは照らせません。

それでも、次の一歩をどこへ置くかは、少し分かりやすくなります。

この論文が照らしたのは、仕事と、その仕事を受け取る人との間です。

そこに線が見えると、人は少し力を出しやすくなる。

ただし、その線で人を職場へ縛ってはいけない。

役に立つ実感を届けること。

働く人の休息や生活も守ること。

この二つを一緒に考える。

それが、この研究を甘い標語にせず、ちゃんと小麦の味がする知識として受け取る方法なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:仕事のやりがいは、「誰の役に立つか」が見えたときに生まれる

仕事のやりがいを高めるには、どうすればよいのでしょう。

もっと好きな仕事を探す。

大きな目標を立てる。

自分の強みを発揮する。

給料を上げる。

どれも大切です。

ただ、アダム・M・グラントの研究が教えてくれたのは、もう一つの見落とされやすい答えでした。

それは、

自分の仕事が、誰に、どのように役立っているのかを知ること

です。

仕事の意味は、自分の心の中だけを探しても見つからないことがあります。

机の引き出しを開けても入っていません。

パソコンの検索窓に「私の仕事 意味」と入力しても、おそらく会社の理念が先に出てきます。

仕事の意味の一部は、自分の仕事を受け取った人の側にあるからです。

同じ仕事でも、その先が見えると景色が変わる

グラントは、大学への寄付を呼びかける電話スタッフやライフガードを対象に、3つの職場実験を行いました。

働く人たちに伝えたのは、

「もっと頑張りましょう」

という熱い訓示ではありません。

その仕事によって、実際に助けられた人がいるという事実でした。

寄付によって奨学金を受けられた学生。

ライフガードによって命を救われた人。

自分の仕事の先にいる相手が見えることで、働く人の成果、仕事への取り組み、周囲を助ける行動などに変化が表れました。

興味深いのは、仕事内容そのものを大きく変えていないことです。

電話スタッフは、引き続き電話をかけます。

ライフガードは、引き続きプールを見守ります。

月曜日も、特別に金曜日へ昇格したわけではありません。

変わったのは、仕事の「やり方」よりも、仕事の「見え方」でした。

ただ電話をかけているのではない。

誰かが学ぶ機会につながる電話をかけている。

ただ座って水面を眺めているのではない。

誰かが安全に帰れるよう見守っている。

仕事の先が見えると、同じ作業にも「向こう側」が現れます。

それまで一人で黙々と進めていた仕事が、誰かとの関係として見えてくるのです。

人は「自分のため」だけで働いているわけではない

私たちは、人を動かすには本人への利益を伝えることが大切だと考えがちです。

「この経験は将来に役立ちます」

「努力すれば成長できます」

「ここで頑張れば評価が上がります」

もちろん、それも間違いではありません。

ただ、この研究では、自分の成長に役立つという話よりも、自分の仕事が他者へ良い影響を与えたという話が、実際の仕事の成果につながりました。

人間は、自分に何が返ってくるかだけでなく、自分から何が届いたかにも動かされます。

自分が少し得をする。

それもうれしい。

誰かが少し助かる。

それも、ちゃんとうれしい。

私たちの心には、自分用の玄関だけでなく、誰かのために開く勝手口もあるようです。

そして、その扉は「社会に貢献しましょう」という大きな標語よりも、

「あなたの仕事で、この人が助かりました」

という具体的な知らせによって開きやすくなります。

やりがいは、自分で無理に作らなくてもよい

仕事に意味を感じられないとき、

「自分は仕事への意識が低いのではないか」

「もっと前向きに考えなければ」

と、自分を責めてしまう人もいます。

けれど、仕事の意味が見えないのは、本人に問題があるからとは限りません。

仕事の結果が、本人のところまで戻ってきていない場合があります。

依頼は届く。

締め切りも届く。

修正のお願いも、なぜか高速で届く。

ところが、

「あなたの仕事で、こう助かりました」

という便りだけが、途中の配送センターで止まっている。

そんな職場は少なくありません。

やりがいは、一人で心の奥から絞り出すものではありません。

仕事によって生まれた良い影響が、働いた人のところまで戻ってくることで育つものでもあります。

だから職場では、感謝の言葉だけでなく、その仕事がどのような結果につながったのかを伝えることが大切です。

「ありがとうございました」

に加えて、

「あなたの準備のおかげで、参加者が迷わずに済みました」

と伝える。

「助かりました」

に加えて、

「対応してもらえたので、私は目の前の人に落ち着いて向き合えました」

と伝える。

仕事と結果を一本の線で結ぶ。

それだけでも、働く人は自分の役割を見つけやすくなります。

ただし、やりがいに全部を背負わせてはいけない

この研究は、仕事の意味が人を支える可能性を示しました。

しかし、仕事の意味は万能薬ではありません。

給料が低すぎる。

人手が足りない。

休憩が取れない。

人間関係が悪い。

仕事量が多すぎる。

そのような問題がある職場で、

「でも、あなたの仕事は人の役に立っています」

と伝えても、雨漏りする天井に感謝状を貼っているようなものです。

まず修理が必要です。

人の役に立つことと、働く人が適切に守られることは、対立しません。

どちらも必要です。

むしろ、人の役に立つ大切な仕事だからこそ、続けられる条件を整えなければなりません。

また、誰もが同じことにやりがいを感じるわけではありません。

誰かの役に立つことを大切にする人もいれば、技術を磨くこと、安定した収入を得ること、生活とのバランスを保つことを大切にする人もいます。

どれも正当な働く理由です。

「人の役に立つ仕事に感動できない自分は冷たい」

などと思う必要はありません。

生活のために働く。

それだけでも、十分に立派な理由です。

仕事の意味は、本人へ押しつける答えではなく、選べる視点の一つなのです。

今日、自分の仕事で誰が少し助かっただろう

この研究を生活へ持ち帰るなら、難しいことを始める必要はありません。

一日の終わりに、ほんの少し考えてみます。

今日、自分のしたことで、誰が少し助かっただろう。

大きな答えでなくてかまいません。

自分が電話を取ったので、同僚が作業を続けられた。

書類を整えたので、次の人が迷わずに済んだ。

部屋を掃除したので、家族が気持ちよく過ごせた。

話を聞いたので、誰かが一人で抱え込まずに済んだ。

仕事の価値は、世界を大きく変えたかどうかだけでは決まりません。

一人の困りごとが少し減った。

一人が少し安心できた。

一人の一日が少し進みやすくなった。

その小さな変化も、仕事が生み出した確かな結果です。

そして、自分が誰かに助けてもらったときには、

「あなたの仕事は、ここまで届きました」

と返してみる。

働く人から、仕事を受け取る人へ。

仕事を受け取った人から、もう一度、働く人へ。

この往復があると、ただの作業だったものに意味が戻ってきます。

仕事を毎日好きでなくてもかまいません。

月曜日の朝から情熱が満タンでなくても大丈夫です。

眠たい日は眠たいですし、コピー機は大切な日に限って紙を詰まらせます。

それでも、自分の仕事が誰にも届かず消えているわけではないと分かれば、次の一歩を出す理由になることがあります。

グラントの研究が教えてくれたのは、仕事のやりがいとは、特別な職業にだけ宿るものではないということです。

仕事と、その仕事を受け取る誰か。

その間にある線が見えたとき、いつもの仕事の中にも、小さな意味が姿を現します。

仕事のやりがいは、「何をしているか」だけでなく、「誰の役に立っているか」が見えたときに生まれる。

その仕事の先には、誰がいるでしょう。

もしかすると、あなたが「たいしたことではない」と思っている仕事を、どこかで「助かった」と受け取っている人がいるのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読み終えたあと、私はしばらく、自分が書いている記事のことを考えていました。

パソコンの画面に向かい、論文を読み、難しい言葉をかみ砕き、見出しをつけ、文章を整える。

外から見れば、だいたいそれだけです。

世界を救うレバーを引いているわけではありません。

白衣を着て新薬を開発しているわけでもありません。

ときどき誤字を発見して、「危ないところだった」と一人でうなずいていますが、誰も見ていません。ずいぶん静かな現場です。

記事を公開したあとも、読者がどんな場所で、どんな気持ちで読んでくれたのかは、ほとんど分かりません。

朝の電車かもしれない。

眠れない夜の布団の中かもしれない。

仕事の休憩中に、コーヒーを飲みながら読んでくれているのかもしれない。

もしかすると、検索結果を開いて三秒で、

「長いな」

と戻るボタンを押しているかもしれません。

それはそれで、インターネットの風です。追いかけても捕まりません。

けれど、この論文を読んでいると、記事を書く仕事にも、画面の向こう側があるのだと改めて思いました。

難しい論文を読んで、

「つまり、どういうことなの?」

と困っている人がいる。

仕事に意味を感じられず、

「自分は何のために働いているのだろう」

と立ち止まっている人がいる。

そんな人がこの記事を読み、

「自分の仕事も、誰かのところへ届いているのかもしれない」

と少しだけ考えてくれたなら、私が今日入力した文字にも、小さな行き先ができます。

グラントの研究は、仕事の意味を新しく作る話ではありませんでした。

すでに存在していたつながりを、働いている本人にも見えるようにする話でした。

私はそこが、たまらなく好きです。

やりがいは、心の中だけを探しても見つからない

以前の私は、やりがいとは、自分の内側から湧いてくるものだと思っていました。

仕事が好きであること。

情熱を持っていること。

朝、目が覚めた瞬間から、

「今日も仕事がしたい!」

と思えること。

そんな状態が「やりがいのある人」なのだろうと、どこかで考えていたのです。

しかし、朝からそこまで仕事への愛情が完成している人は、かなり仕上がっています。

私はたいてい、

「もう朝ですか。昨日も朝ではありませんでしたか」

という気持ちから始まります。

好きな仕事であっても、面倒な日はあります。

やる気が出ない日もあります。

パソコンの更新が始まっただけで、その日の集中力の半分を持っていかれる日もあります。

だから「情熱を持て」と言われると、情熱を持てない自分が悪いような気がしてしまいます。

でも、この論文は別の角度を見せてくれました。

やりがいは、自分一人の心の中に完成品として置かれているとは限らない。

自分の仕事と、それを受け取る人との間に生まれることもある。

つまり、やりがいが見つからないからといって、心の中をさらに深く掘らなくてもよいのです。

シャベルを置いて、少し外を見てみる。

自分がした仕事を、次に受け取るのは誰だろう。

その人は、何が少し楽になっただろう。

そこに答えがある場合もあります。

仕事の意味を、自分の内側だけに探さなくてよい。

この考えには、少し救われるものがありました。

「たいしたことではない仕事」が、いちばん生活を支えている

私たちは、大きな成果には気づきます。

契約が決まった。

商品が完成した。

就職が決まった。

試験に合格した。

こうした出来事には名前がつき、拍手が起こり、記録に残ります。

一方で、何も問題が起きなかったことは、ほとんど記録されません。

誰かが事前に確認したから、間違いが起きなかった。

誰かが掃除したから、気持ちよく使えた。

誰かが電話を取ったから、相手は待たずに済んだ。

誰かが話を聞いたから、気持ちが爆発せずに済んだ。

何も起きなかったので、誰も気づきません。

しかし、生活の大部分は、こうした「何も起きないようにしてくれた仕事」によって支えられています。

ライフガードの仕事も、そうだったのでしょう。

誰も溺れなかった一日は、ニュースになりません。

けれど、それは何もしていなかった一日ではありません。

注意深く見守っていた人がいたからこそ、静かに終わった一日なのかもしれません。

私はこの研究を読みながら、世の中には「成果が目立たないから、価値まで見えなくなっている仕事」が、たくさんあるのではないかと思いました。

裏方の仕事。

予防する仕事。

準備する仕事。

支える仕事。

問題が起きないように整える仕事。

こうした仕事は、成功すればするほど存在感が薄くなります。

何も起こらなかったので、

「今日も特に成果なし」

と扱われてしまう。

これは、なかなか切ない仕組みです。

本当は「何も起きなかった」という立派な成果があるのに、その成果が透明人間の服を着ています。

だからこそ、仕事を受け取った側が、

「あなたのおかげで困らずに済みました」

と伝えることには意味があります。

感謝というより、仕事の結果報告です。

見えなかった成果を、働いた本人のところまで返す。

たった一言でも、その人の仕事を透明人間から人間へ戻せることがあります。

誰かの役に立っていても、休んでいい

この論文を読んで、私がもう一つ強く感じたのは、

「人の役に立つこと」と「自分を犠牲にすること」は、同じではない

ということです。

人の役に立っていると分かれば、人は頑張れることがあります。

それは素敵な力です。

ただ、その力は少し扱いが難しい。

真面目な人ほど、

「自分が休んだら、困る人がいる」

「自分がもっと頑張れば、助かる人が増える」

と考えます。

そして、休む理由より、働く理由をたくさん見つけてしまいます。

福祉、医療、教育、支援、接客など、相手の顔が見える仕事では、特にそうでしょう。

目の前に困っている人がいると、

「今日は自分の調子が悪いので、ここまでです」

と言うのが難しくなります。

でも、誰かの役に立つためには、自分が壊れないことも必要です。

休むことは、相手を見捨てることではありません。

長く関わるための整備です。

車なら定期点検をするのに、人間には、

「使命感で走れますよね」

と言いがちです。

走れません。

人間にも燃料が必要ですし、タイヤも減ります。ときにはエンジンを止めて、ただ駐車している時間が必要です。

やりがいは、休息の代わりにはなりません。

感謝の言葉で睡眠時間は増えません。

仕事の意味をどれだけ理解しても、疲れた体は疲れたままです。

この論文を読むとき、「誰かの役に立てば頑張れる」という部分だけを持ち帰るのではなく、

「その力を安全に使える環境も必要だ」

というところまで持ち帰りたいと思いました。

誰かの役に立っている。

だから、休んではいけない。

ではなく、

誰かの役に立つ仕事を続けたい。

だから、きちんと休む。

こちらのほうが、長い目で見れば、ずっと人のためになるはずです。

私たちは、感謝を胸の中にしまいすぎている

自分が誰かに助けられたとき、心の中では感謝していても、相手へ伝えていないことがあります。

「言わなくても分かるだろう」

「今さら伝えるのも少し照れる」

「忙しそうだから、邪魔をしないほうがいい」

そうして、感謝は胸の中の倉庫へ運ばれます。

倉庫にはたくさん入っています。

家族への感謝。

同僚への感謝。

店員さんへの感謝。

相談に乗ってくれた人への感謝。

ただ、倉庫に保管されているだけでは、相手は自分の仕事がどう役立ったのかを知ることができません。

少しもったいない。

もちろん、何でも言葉にしなければならないわけではありません。

無理に感動的な手紙を書く必要もありません。

ただ、

「助かりました」

に、もう一言だけ足せるかもしれません。

「説明してもらったので、不安が減りました」

「準備してくれたので、落ち着いて参加できました」

「話を聞いてもらったので、今日は眠れそうです」

この一言は、相手を褒める言葉であると同時に、その人の仕事がどこまで届いたのかを知らせる言葉です。

グラントの研究では、働く人が、自分の仕事によって助かった人の物語を知りました。

私たちの日常でも、小さな物語を返すことはできます。

「あなたがしたことは、私のここに届きました」

それを伝える。

仕事の意味を一方通行にしないための、とても人間らしい方法だと思います。

「アドラーの昼寝」が届けたいもの

「アドラーの昼寝」という名前には、少し力を抜いて心理学を読める場所にしたい、という思いがあります。

心理学というと、

人生を改善する方法。

成果を高める技術。

自分を変える知識。

そんなふうに、前へ進むための道具として語られることが多いように思います。

もちろん、それも大切です。

でも、心理学の論文を読むことで、

「もっと頑張らなくては」

と思うだけでは、少し寂しい。

ときには、

「自分がうまくできないのには、こんな理由があったのか」

「自分だけがおかしいわけではなかったのか」

「今日は少し休んでもよいのかもしれない」

と思えることも、心理学の大切な役割だと私は考えています。

今回の論文も、仕事の成果を高める研究として読むことができます。

けれど私は、それだけではなく、

「あなたの仕事の価値は、あなたからは見えていない場所にあるかもしれない」

という話として受け取りました。

自分では、たいしたことをしていないと思っている。

誰にも必要とされていない気がする。

毎日、同じ作業を繰り返しているだけに見える。

それでも、その仕事によって、誰かが少し困らずに済んでいるかもしれません。

自分が気づいていないだけで、仕事の先にはちゃんと誰かがいる。

その可能性を、この論文は静かに残してくれます。

見えない仕事にも、向こう側がある

仕事をしていると、ときどき、

「これは本当に何かの役に立っているのだろうか」

と思うことがあります。

数字ばかり見ている日。

書類ばかり直している日。

同じ説明を何度も繰り返した日。

誰からも感謝されず、一日が終わった日。

そんな日は、自分の仕事がその場で消えていくように感じます。

けれど、本当に消えているとは限りません。

誰かが次の仕事へ進めた。

誰かの不安が少し減った。

誰かが安心して一日を終えた。

ただ、その知らせが自分まで戻ってきていないだけかもしれません。

私はこの論文を読んでから、「仕事の意味を見つける」という言葉を少し違うふうに考えるようになりました。

意味をゼロから作るのではなく、すでに起きているつながりを探す。

自分の仕事が誰へ届いているのか、少しだけ想像してみる。

そして、自分が誰かの仕事を受け取ったときには、その結果を相手へ返してみる。

それだけで、仕事の世界は少し循環し始めます。

依頼だけが行き来するのではなく、意味も行き来する。

「これをしてください」

だけではなく、

「あなたがしてくれたことは、ここに届きました」

も戻ってくる。

そんな職場や家庭なら、人は少しだけ、自分のしていることを信じやすくなるのではないでしょうか。

この論文は、仕事を好きになりなさいとは言っていません。

どんな仕事にも感動しなさいとも言っていません。

ただ、

人は、自分の仕事が誰かにつながっていると分かったとき、同じ仕事の中でも少し違う力を出せることがある

と教えてくれました。

月曜日は、これからも月曜日でしょう。

面倒な作業は、意味を知っても少し面倒です。

プリンターは、急いでいるときほど紙を詰まらせるでしょう。

それでも、仕事の先にいる誰かの姿を思い出せたなら、今日の作業が完全な独り言ではないと分かります。

あなたの仕事にも、きっと向こう側があります。

そして、どこかの誰かが、言葉にはしていなくても、

「助かった」

と受け取っているのかもしれません。

その声が、いつか働いた人のところまで戻ってくる社会であってほしい。

今回の論文を読み終えて、私はそんなことを思いました。

阿部牧歌(管理人)
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制作ノート

出典論文:Grant, A. M. (2008). The significance of task significance: Job performance effects, relational mechanisms, and boundary conditions. Journal of Applied Psychology, 93(1), 108–124 / American Psychological Association. DOI:10.1037/0021-9010.93.1.108

掲載・確認先PubMed / Google Scholar / CiNii Research

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
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はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
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