やる気・習慣・行動

行動を変える方法は一つじゃない|心理学が作った93の地図

心理学が作った昼寝をする女性
adler-nap

「頑張れ」以外の方法を、心理学は93個も数えていた

『行動を変える「93の技法」を世界共通語にする-行動変容プログラムを正確に伝えるための技法分類体系・第1版』スーザン・ミッチー、ミシェル・リチャードソン、マリー・ジョンストン、チャールズ・エイブラハム、ジル・フランシス、ウェンディ・ハーデマン、マーティン・P・エクルズ、ジェームズ・ケイン、キャロライン・E・ウッド(2013)

Michie, S., Richardson, M., Johnston, M., Abraham, C., Francis, J., Hardeman, W., Eccles, M. P., Cane, J., & Wood, C. E.(2013). The Behavior Change Technique Taxonomy(v1)of 93 Hierarchically Clustered Techniques: Building an International Consensus for the Reporting of Behavior Change Interventions. Annals of Behavioral Medicine, 46(1), 81–95. DOI:10.1007/s12160-013-9486-6

「早起きしたいなら、早く寝ればいいじゃない」

「運動したいなら、今日から走ればいいじゃない」

「仕事を先延ばしにするなら、すぐ始めればいいじゃない」

なるほど。言っていることは、たいへん正しい。

正しすぎて、こちらとしては返す言葉がありません。返す言葉はありませんが、なぜか体も動きません。

人間の行動というものは、説明書どおりに動く家電ほど素直ではないのです。「運動する」ボタンを押したのに、なぜかソファで動画を見始める。「早く寝る」を選択したはずなのに、深夜になって急に収納棚の整理を始める。私たちの心には、ときどき謎の裏コマンドが搭載されています。

そこで登場するのが、「もっと頑張りましょう」というおなじみの助言です。

ところが、頑張ろうとしても行動できない人に、さらに頑張れと言っても、エンジンのかからない車に向かって「もっと車らしく!」と励ましているようなものです。車も困りますし、人間も困ります。

では、行動を変えるには、気合い以外にどんな方法があるのでしょうか。

心理学や健康科学の世界では、長いあいだ、さまざまな行動変容の方法が研究されてきました。目標を決める。行動を記録する。誰かに応援してもらう。できたことにごほうびを用意する。忘れないように合図を置く。行動しやすいように環境を変える。

こうして見ると、行動を変える方法は、根性一本やりの細い道ではありません。横道もあれば、橋もあり、休憩所もあります。

しかし、ここで一つ問題が起きました。

研究者によって、同じような方法を別の名前で呼んでいたのです。

ある人は「自己記録」と呼び、別の人は「セルフモニタリング」と呼ぶ。似ているようで少し違う方法もあれば、違う名前なのに、よく見ると同じことをしている場合もある。行動変容の世界は、道はたくさんあるのに、地図の記号が研究者ごとに違うという、なかなか旅人泣かせの状態でした。

行動を変える技法に、共通の名前をつけよう

そこで、心理学者のスーザン・ミッチーらは考えました。

「いったん、みんなが使っている方法を集めて、共通の名前で整理しませんか?」

こうしてつくられたのが、行動変容技法分類体系・第1版です。英語では「Behavior Change Technique Taxonomy v1」、略してBCTTv1と呼ばれます。

研究チームは、行動を変えるために使われている技法を整理し、最終的に93種類に分類しました。

93種類です。

「行動を変える方法は三つあります」くらいなら、こちらも腕を組んで落ち着いて聞けます。しかし93と聞くと、急に文房具店の色鉛筆売り場のような豊かさが出てきます。

ただし、この論文は「93種類すべてを使えば、必ず人生が変わります」という研究ではありません。また、「第47番の技法が最強です」と決勝戦を行ったわけでもありません。

この研究がつくったのは、いわば行動を変える方法の地図です。

地図そのものが目的地まで歩いてくれるわけではありません。しかし、道が一本しかないと思って立ち尽くしていた人に、「こちらにも道がありますよ」と教えてくれます。

変われないのではなく、まだ方法が合っていないのかもしれない

私たちは、なかなか行動できないと、すぐに自分の性格を疑います。

「私は意志が弱い」

「どうせ三日坊主だ」

「やる気のない人間なんだ」

けれど、本当は性格の問題ではなく、使っている方法が合っていないだけかもしれません。

目標を決めるだけでは動けない人もいます。そんな人には、行動を記録する方法が合うかもしれません。記録しても続かない人には、誰かの支援が必要かもしれません。本人への働きかけよりも、机の上やスマートフォンの配置を変えたほうが早い場合もあります。

つまり、「変われない自分」を裁判にかける前に、「ほかの方法はないだろうか」と作戦会議を開いてもよいのです。

本記事では、ミッチーらが整理した93の行動変容技法について、専門用語の森で迷子にならないよう、できるだけわかりやすく紹介していきます。

93個を丸暗記する必要はありません。心理学検定の抜き打ち試験も始まりません。

大切なのは、行動を変える方法が一つではないと知ることです。

気合いで登れない坂には、階段をつくってもいい。誰かと一緒に歩いてもいい。荷物を軽くしてもいい。そもそも、別の道を選んでもいいのです。

行動を変えるための地図を、ここからゆっくり広げてみましょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

人の行動を変えるために使われてきた方法を、世界中の研究者が同じ言葉で話せるよう、93種類に整理した論文です。

本当にひとことで終わらせるなら、これです。

「行動を変える方法に、共通の名前をつけて整理しました」

研究者たちが大きな机を囲み、机の上に散らばっていた技法を、一枚ずつ分類箱へ入れていった。そんなイメージです。

「目標を決めてもらう方法は、こちらの箱へ」

「行動を記録してもらう方法は、そちらへ」

「誰かに応援してもらう方法は、社会的支援の箱でしょう」

「ごほうびを用意する方法は?」

「それは報酬の棚ですね」

こうして整理された結果、行動変容に使われる技法は93種類、16のグループにまとめられました。

93種類と聞くと、ちょっとした必殺技図鑑です。

「第一の技法、目標設定!」

「第二の技法、自己記録!」

「第三の技法、誰かに見守ってもらう!」

もっとも、実際の論文は必殺技大会ではありません。どの技法が最強かを決めた研究でもなければ、93種類を全部使えば人が完全に生まれ変わるという話でもありません。

この論文が目指したのは、もっと地味で、もっと大切なことでした。

「具体的には何をしたの?」をわかるようにする

たとえば、ある健康プログラムについて、研究報告にこう書かれていたとします。

「参加者が運動を続けられるよう、行動変容の支援を行った」

ここで読み手は思います。

「行動変容の支援って、具体的に何をしたの?」

目標を立てたのでしょうか。毎日の歩数を記録したのでしょうか。専門家が助言したのでしょうか。家族に応援してもらったのでしょうか。それとも、歩いた日にポイントがもらえる仕組みをつくったのでしょうか。

全部「行動変容の支援」ではありますが、中身はかなり違います。

料理の紹介で「材料をいい感じにして、適切に加熱しました」とだけ書かれていたら、再現する側は途方に暮れます。

「いい感じとは?」

「適切とは何分?」

「そもそもフライパンですか、鍋ですか?」

行動変容の研究でも、これと似たことが起きていました。

研究者によって技法の呼び方が違い、説明の細かさもバラバラだったため、ある研究で何をしたのかが正確にわからない。何をしたのかわからなければ、同じ方法を再現することも、別の研究と比べることも難しくなります。

そこでミッチーらは、行動変容の技法を細かく分け、それぞれに定義をつけました。

つまり、この論文がつくったのは、人を変える魔法の呪文ではなく、研究者同士が話を通じさせるための辞書なのです。

「応援した」だけでは、応援の中身がわからない

たとえば、「参加者を励ました」という説明があったとします。

しかし、励ますといっても、いろいろあります。

「あなたならできますよ」と声をかけたのか。

前回より歩数が増えたことを伝えたのか。

困ったときに相談できる相手を紹介したのか。

同じ目標を持つ仲間とつないだのか。

一口に「励ました」と言っても、行われた働きかけは別物です。

BCTTv1では、こうした違いをできるだけ見分けられるようにしました。

「気持ちのうえでは、だいたい同じでしょう」

と済ませず、

「いやいや、その“だいたい”の中に、研究の大事な部分が入っていますよ」

と虫眼鏡を取り出したわけです。

この細かさがあるからこそ、「どの技法が、どのような人や場面で役立ちやすいのか」を、後の研究で調べやすくなります。

何が行われたのかわからないままでは、効果があったとしても、その理由を探れません。薬が効いたのか、睡眠が増えたのか、たまたま季節がよかったのか、全部まとめて「なんか元気になりました」では科学が困ってしまいます。

この論文は、答えというより「整理棚」をつくった

この論文を読むときに覚えておきたいのは、93種類の技法の効果を一つずつ証明した論文ではないということです。

「93個の方法を試したら、これが一番効きました」という実験ではありません。

そうではなく、

「今後、どの方法が役立つのかをきちんと調べるために、まず言葉と分類をそろえましょう」

という土台づくりの研究です。

図書館で言えば、すべての本の面白さを評価したのではなく、本に分類番号をつけ、探せる棚をつくったようなものです。

棚があるから、本を見つけられる。

名前があるから、方法を比べられる。

定義があるから、同じやり方を再現できる。

地味に見えますが、この「整理」がなければ、研究は同じ場所をぐるぐる回ってしまいます。研究者Aが「目標計画」、研究者Bが「行動設計」、研究者Cが「未来の自分との約束」と呼んでいたら、似た方法なのか別の方法なのかを確認するだけで日が暮れます。

人間は行動を変える前に、まず用語の交通整理が必要だったのです。

つまり、この論文をもう一度ひとことで言うなら、

「人を変える方法はたくさんある。だからまず、名前をそろえて地図にしよう」と考えた研究です。

行動を変えられない人に向かって、ただ「頑張って」と言うのではない。

どんな働きかけがあり、何を試せるのかを具体的にする。

この93種類の分類は、変わるための正解を一つに決めるものではありません。むしろ、正解が一つではないことを見せてくれる整理棚なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1.行動を変えるための働きかけを、93種類・16グループに整理した

この論文のいちばん大きな成果は、行動を変えるために使われてきたさまざまな技法を、93種類に分け、さらに16のグループに整理したことです。

たとえば、目標を決める、行動を記録する、結果を振り返る、周囲から支援を受ける、ごほうびを用意する、環境を変える。

これまでも、こうした方法は健康づくりや心理支援、教育などの場面で使われていました。しかし、研究者によって呼び方や分け方が違っていたため、技法の世界は少々散らかった道具箱のような状態でした。

「これは目標設定です」

「いや、行動計画では?」

「似ていますが、同じでしょうか?」

道具箱の前で、研究者たちが首をかしげていたわけです。

そこでミッチーらは、一つひとつの技法に名前と定義を与え、整理棚をつくりました。93種類という数字は多く感じますが、それだけ人の行動は、気合い一つで説明できないということでもあります。

行動を変える道には、目標設定通りだけでなく、記録通り、支援通り、環境調整通り、ごほうび横丁まであるのです。

2.研究者が同じ技法を、同じ意味で話せる「共通語」をつくった

この論文が目指したのは、単に技法をたくさん集めることではありません。

大切だったのは、世界の研究者が同じ言葉を使い、「具体的に何をしたのか」を同じ基準で説明できるようにすることでした。

たとえば、ある研究に「参加者へフィードバックを行った」と書かれていたとします。

しかし、何を伝えたのでしょうか。

目標まであと何歩かを知らせたのか。先週より運動量が増えたと伝えたのか。ほかの人と比べた結果を見せたのか。

全部フィードバックと呼べそうですが、中身は同じではありません。

「おいしく味つけしました」とだけ書かれた料理のレシピでは、こちらは塩を持ったまま立ち尽くすしかありません。「何を、どれくらい入れたのですか」と聞きたくなります。

行動変容の研究でも、同じことが起きます。

何をしたのかが曖昧なら、別の研究者が同じ方法を再現できません。また、複数の研究を比べても、どの技法が含まれていたのかを正確に判断できません。

そこで研究チームは、国際的な専門家の意見を集めながら、技法の名前と定義について合意をつくりました。

つまりBCTTv1は、行動変容の世界に配られた共通の辞書です。

辞書があるから、「それは同じ技法ですね」「そこは違う技法ですね」と確認できます。会議が少し早く終わり、研究者も夕食に間に合うかもしれません。

3.「一番効く方法」を決めたのではなく、効果を比べるための地図をつくった

ここは、とても大切なポイントです。

この論文は、93種類の技法をすべて試して、

「優勝は目標設定です!」

「自己記録は惜しくも準優勝!」

と順位を決めた研究ではありません。

それぞれの技法が、どんな人にも必ず効果を発揮すると証明したわけでもありません。

この論文が行ったのは、どの技法が使われたのかを正確に記録し、今後その効果を比較できるようにすることです。

たとえば、ある運動プログラムで参加者の歩数が増えたとします。しかし、そのプログラムには、目標設定、毎日の記録、専門家からの助言、家族の応援、ごほうびなど、いくつもの技法が含まれているかもしれません。

「結果はよかった。でも、何が効いたのだろう?」

ここで分類体系が役立ちます。

プログラムに含まれる技法を共通の基準で記録しておけば、別の研究と比べやすくなります。「この技法を含むプログラムでは、こうした結果が多いようだ」と、少しずつ検討できるようになるのです。

BCTTv1は、目的地そのものではありません。

しかし、道の名前が書かれていない地図では、どこを歩いたのか説明できません。この論文は、人が変わる道の一つひとつに名前をつけ、研究者が同じ地図を広げられるようにしました。

まとめると、この論文の要点は次の3つです。

行動変容の技法を93種類・16グループに整理した。

技法の名前と定義をそろえ、研究者の共通語をつくった。

最強の方法を決めるのではなく、介入を再現し、比較するための土台をつくった。

派手な魔法を発見した論文ではありません。

けれど、魔法だと思われていたものを一つずつ机に並べ、「これは目標設定です」「こちらは自己記録です」と名前をつけた。そんな、科学にとって欠かせない交通整理を行った論文なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:なぜ行動変容の方法を93種類に整理する必要があったのか

「運動を続けてもらうために、行動変容の支援を行いました」

研究報告にこう書いてあったら、なんとなく立派に見えます。

白衣を着た専門家が、うなずきながら丁寧に支援している場面まで浮かんできます。しかし、少し立ち止まって考えてみると、大切なことがわかりません。

「それで、具体的には何をしたのですか?」

目標を立ててもらったのでしょうか。

毎日の運動時間を記録してもらったのでしょうか。

「先週より歩けていますよ」と結果を伝えたのでしょうか。

家族に応援をお願いしたのでしょうか。それとも、運動できた日にごほうびを用意したのでしょうか。

どれも行動を変えるための働きかけですが、中身はまったく同じではありません。

ところが、行動変容の研究では長いあいだ、この「中身」が十分に整理されていませんでした。

「支援しました」

「助言しました」

「やる気を高めました」

説明はある。けれど、ふたを開けてみると、何が入っているのかよくわからない。

例えるなら、料理番組でシェフが鍋をぐるぐる混ぜたあと、

「ここで、おいしくなるように工夫します」

と言って、完成品だけを出してくるようなものです。

視聴者は思います。

「その工夫を見せてください」

同じ言葉でも、中身が同じとは限らなかった

まず困ったのは、研究者によって言葉の使い方が違っていたことです。

ある研究者が「目標設定」と呼んでいるものを、別の研究者は「行動目標」と呼んでいるかもしれません。反対に、同じ「フィードバック」という言葉を使っていても、実際に行っていることが違う場合もあります。

「同じ名前だから、同じ技法でしょう」

と思って近づいてみたら、親戚ではあるけれど別人だった。

「名前は違うから、別の技法ですね」

と思っていたら、眼鏡を外した同一人物だった。

そんなことが、研究の世界で起きていたのです。

もちろん、研究者たちが適当に名前をつけていたわけではありません。それぞれの分野で、必要に応じて言葉が発達してきました。

健康づくりには健康づくりの言葉があり、心理支援には心理支援の言葉がある。教育、福祉、医療、運動、禁煙支援など、それぞれの世界で独自の表現が使われていました。

問題は、その研究を横に並べて比べようとしたときです。

みんな違う方言で道案内をしているため、同じ場所を指しているのか、別の場所を指しているのかがわかりにくかったのです。

効果があっても、「何が効いたのか」がわからない

もう一つの問題は、プログラム全体に効果が見られても、どの働きかけが役立ったのかを判断しにくかったことです。

たとえば、運動習慣を身につけるためのプログラムがあったとしましょう。

そのプログラムでは、参加者に目標を立ててもらいました。毎日の歩数も記録してもらいました。専門家が結果を伝え、仲間と励まし合う時間も設けました。達成した人には小さなごほうびもありました。

そして研究の結果、参加者の歩数が増えました。

これは喜ばしいことです。歩数計も誇らしげです。

ところが、ここで疑問が残ります。

「何が役立ったのでしょう?」

目標を立てたことかもしれません。

毎日記録したことかもしれません。

仲間がいたことかもしれません。

ごほうびがうれしかったのかもしれません。

あるいは、それらが組み合わさったからこそ効果が出た可能性もあります。

使われた技法がはっきり記録されていなければ、別の研究と比べることができません。効果のあったプログラムを、別の地域や施設で再現することも難しくなります。

「前にうまくいった方法を、もう一度やってください」

と言われても、

「はい。まずは、いい感じに励まします」

では、困るわけです。

行動変容の研究には、材料表示が必要だった

食品には、原材料が書かれています。

小麦粉、砂糖、卵、バター。

それがわかるから、何が入っているのか確認できます。似た商品を比べることもできますし、苦手な材料を避けることもできます。

行動変容プログラムにも、同じような「材料表示」が必要でした。

このプログラムには目標設定が入っています。

行動の記録も使っています。

結果のフィードバックがあります。

周囲からの支援も含まれています。

このように技法を共通の名前で示せれば、プログラムの中身が見えやすくなります。

ミッチーらが目指したのは、まさにこの状態です。

「行動を変える働きかけを、誰が読んでも同じように見分けられるようにしよう」

「研究報告に、具体的な材料名を書けるようにしよう」

「どの技法が使われたのかを記録し、再現や比較ができるようにしよう」

そのためには、技法の名前だけでなく、意味もはっきりさせる必要がありました。

たとえば「目標を決める」といっても、最終的な結果の目標を決めるのか、実際に行う行動の目標を決めるのかで違います。

「体重を5キロ減らしたい」は結果の目標です。

「週に3回、20分歩く」は行動の目標です。

似ているように見えますが、研究で使われた技法を正確に記録するためには、この違いを見分けなければなりません。

細かい話に見えるかもしれません。しかし、この細かさが、研究の虫眼鏡になります。

すでに分類はあったが、まだ十分ではなかった

ミッチーらの研究以前にも、行動変容の技法を整理しようとする取り組みはありました。

つまり、誰も何もしていなかった荒野に、突然93本の標識が立ったわけではありません。

すでにいくつかの地図はありました。

ただし、扱う分野が限られていたり、技法の定義が十分に細かくなかったり、専門家の間で同じように使えるかが十分に確かめられていなかったりしました。

地図はある。

けれど、ある地図では道が途中で切れている。別の地図では道路の名前が違う。縮尺もそれぞれ違う。

これでは、世界中の研究者が一枚の地図を囲んで話し合うのは難しいでしょう。

そこで研究チームは、特定の分野だけでなく、幅広い行動変容研究に使える分類体系をつくろうとしました。

そして、ただ研究チームの中だけで決めるのではなく、さまざまな国や分野の専門家に意見を求めました。

「この技法の名前で意味は伝わりますか?」

「別の技法と区別できますか?」

「実際の研究報告を読んで、同じように見分けられますか?」

こうした確認を重ねながら、技法の名前と定義を整えていったのです。

わからなかったのは、人を変える“唯一の方法”ではない

この研究の背景を考えるとき、少し注意したいことがあります。

当時わかっていなかったのは、「人を変える唯一の正解」ではありません。

そもそも、人の行動は複雑です。

同じ方法でも、ある人には役立ち、別の人には合わないことがあります。禁煙、運動、食生活、服薬、勉強、仕事では、必要な働きかけも違うでしょう。

そのため研究者たちは、いきなり「最強の技法」を決めようとしたのではありませんでした。

まず知る必要があったのは、

どの研究で、どの技法が使われているのか。

似ている技法と違う技法を、どう見分けるのか。

研究者が変わっても、同じ基準で記録できるのか。

という、もっと手前の問題です。

家を建てる前に、工具へ名前をつけて、どこに何があるのか整理する。

料理の味を比べる前に、使った材料を記録する。

行動変容研究も、まずそこから始める必要がありました。

BCTTv1が生まれた背景には、「人の行動について何もわかっていなかった」というより、わかっていることを正確に並べ、共有するための言葉が足りなかったという問題があったのです。

行動を変えるための研究は、すでにたくさん行われていました。

けれど、その知識は、ラベルのない引き出しに入れられていました。

開けてみるまで中身がわからない。似た道具が別の棚に入っている。同じ道具に違う名前がついている。

ミッチーらは、そんな研究の倉庫に入り、引き出しへ一枚ずつラベルを貼っていきました。

それが、93種類の行動変容技法を整理する必要があった理由なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:93の行動変容技法はどうやって選ばれたのか

「行動を変える技法を、93種類に整理しました」

そう聞くと、研究者たちが会議室に集まり、

「目標設定は残しましょう」

「ごほうびも必要ですね」

「では、“気合い”は何番に入れますか?」

と、挙手で決めたように見えるかもしれません。

もちろん、実際はもう少し慎重です。

この研究では、どこかの偉い人が一人で「本日より、この93種類を正式採用します」と判子を押したわけではありません。すでに発表されていた複数の分類を集め、専門家の意見を何度も確認し、最後には実際の研究報告を読んで、本当に使える分類になっているかを確かめました。

ざっくり言えば、研究は次の三段階で進められています。

候補となる技法を集める。

専門家たちが名前と定義を検討する。

別の人が使っても、同じように見分けられるか試す。

行動変容技法の巨大な仕分け大会です。ただし、会場にあるのは段ボール箱ではなく、目標設定、自己記録、フィードバック、社会的支援といった、人の行動に働きかける方法でした。

まず、既存の分類から124の候補を集めた

研究チームは最初から93種類を用意していたわけではありません。

まず、すでに発表されていた六つの行動変容技法の分類体系から、124の技法候補を集めました。

いわば、いくつもの道具箱をひっくり返し、中に入っていた道具を大きな机へ並べたのです。

ところが、並べてみると問題が見えてきます。

名前は違うけれど、同じような内容を示している技法がある。

反対に、名前は似ているのに、定義を読むと別の働きかけを示している技法もある。

説明が広すぎて、どこまでを一つの技法と考えればよいのかわからないものもあります。

「これは別々の技法ですか?」

「いや、同じ箱に入れてよいのでは?」

「でも、よく見ると働き方が違いますよ」

124人の親戚を前にして、家系図をつくっているような状態です。

研究チームは、技法同士の重なりを整理しながら、それぞれの名前と定義をわかりやすくしていきました。

専門家に「この名前で意味が通じますか」と尋ねた

次に行われたのが、デルファイ法に近い方法による専門家の意見集約です。

少し難しい名前ですが、やっていることは比較的わかりやすいものです。

専門家に候補となる技法の名前や定義を示し、

「この技法は独立したものとして必要ですか?」

「名前と説明はわかりやすいですか?」

「ほかの技法と区別できますか?」

と評価してもらいます。

その結果をもとに説明を修正し、もう一度意見を求める。このやりとりを重ね、少しずつ合意に近づけていきます。

一度の会議で、声の大きな人がすべてを決める方法ではありません。

「私はこう思います」

「ほかの専門家は、この部分をわかりにくいと感じています」

「では、定義を少し直してもう一度考えましょう」

そんなふうに、技法の角を一つずつ磨いていく方法です。

この段階では、14人の専門家が124の候補について評価しました。

大切なのは、単に有名な技法を人気投票で残したのではないということです。

研究者が実際に使ったとき、意味がはっきり伝わるか。

ほかの技法と区別できるか。

行動変容の研究を説明するための言葉として役立つか。

そうした点から検討されました。

似ている技法を、16のグループへまとめた

技法の名前と定義が整ってきたら、次はグループ分けです。

研究では、別の18人の専門家が、技法を「働き方が似ているもの同士」にまとめる作業を行いました。これは、あらかじめ箱の名前を決めず、専門家自身が似ていると感じた技法を集める方法です。

たとえば、目標を決めたり、具体的な行動計画を立てたりする技法は、同じ仲間としてまとまりやすいでしょう。

行動を記録する、結果を確認する、フィードバックを受けるといった技法も、互いに近い働きを持っています。

ほかにも、周囲からの支援、ごほうびや罰、環境の変更、習慣の形成など、行動に働きかける方向によって技法をまとめていきました。

最終的に、93の技法は16のグループに整理されました。

スーパーの商品で言えば、「野菜」「飲み物」「お菓子」と売り場を分けるようなものです。

93種類を番号だけでずらりと並べられたら、読む側の頭は途中で静かに閉店します。しかし、似たものがグループになっていれば、全体の構造をつかみやすくなります。

「このあたりは目標や計画に関する技法ですね」

「こちらは記録や振り返りに関する技法です」

と、地図の地域ごとに眺められるようになったのです。

最後に、実際の研究報告を読んで試した

名前と定義ができても、まだ完成ではありません。

分類表だけ眺めていると、とてもきれいに見える。しかし、現場へ持っていった瞬間に使えなくなることがあります。

「説明書では簡単そうだったのに、実際に組み立てたら、なぜかネジが三本余りました」

という、家具あるあると同じです。

そこで研究チームは、六人の研究者に、85件の行動変容プログラムの記述を読んでもらいました。

そして、それぞれの文章にどの技法が含まれているかを、BCTTv1の基準に沿って判定してもらいました。

ここで確かめたのは、別々の研究者が同じ文章を読んだとき、同じ技法を見つけられるかどうかです。

一人が、

「これは自己記録です」

と判定したのに、別の人が、

「いいえ、これはフィードバックです」

と毎回違う判断をしていたら、共通語としては困ります。

辞書をつくったのに、人によって意味が変わってしまっては、辞書が自由奔放すぎます。

検討の結果、研究報告の中に一定回数以上登場した技法の多くで、研究者同士の判定に十分な一致が見られました。

つまり、専門家が頭の中で「よさそうですね」と言っただけではなく、実際の介入の説明を読む場面でも、ある程度共通して使えることを確かめたのです。

93という数字は、最初から決まっていたわけではない

こうして見ると、「93」という数字は、研究チームが語呂のよさで選んだものではないことがわかります。

100だと多すぎるから少し減らした、という話でもありません。

既存の分類から候補を集める。

重複や曖昧さを整理する。

専門家が名前と定義を評価する。

似た技法をグループへまとめる。

実際の研究報告で見分けられるか確かめる。

この過程を通して、最終的に残ったのが93種類でした。

ですから、この研究方法をひとことでまとめるなら、

「世界の専門家の知恵を集め、行動を変える技法を、誰でも同じように使える共通の道具箱へ整理した」

ということになります。

ただし、この研究は93種類の技法を一つずつ実験し、効果の順位を決めたものではありません。

ここで調べたのは、「どの技法が最強か」ではなく、

技法の名前と意味について合意できるか。

別の技法と区別できるか。

実際の研究報告から同じように見つけられるか。

という点です。

人の行動を変える前に、まず研究者たちの言葉をそろえる。

この論文は、派手な実験室で人を走らせた研究ではありません。散らばっていた知識を集め、名前をつけ、棚へ並べ、本当に取り出せるかを確かめた研究なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:行動を変える方法は、93種類・16グループに整理できた

この研究でわかったことを、いちばん短く言うとこうなります。

人の行動を変えるために使われてきた技法は、93種類に整理でき、それらを16のグループにまとめることができた。

「93種類もあるのですか」

はい。あります。

人はこれまで、「行動できないのは意志が弱いからだ」と、ずいぶん意志に仕事を押しつけてきました。

朝起きられないのも意志。

運動が続かないのも意志。

間食してしまうのも意志。

仕事を先延ばしにするのも意志。

意志さんは、社内でほぼ一人だけ残業している状態です。

しかし、行動を変える方法を整理してみると、目標を決める以外にも、記録する、環境を変える、誰かに支えてもらう、結果を知らせる、ごほうびを用意する、行動を繰り返すなど、たくさんの選択肢がありました。

つまり、行動の問題をすべて「本人のやる気」で片づけるのは、工具箱にドライバーしか入れず、家具も自転車も水道管も、全部それ一本で直そうとするようなものです。

ドライバーにも限界があります。

93種類は、ばらばらの寄せ集めではなかった

研究チームがまとめた93種類の技法は、ただ長い一覧として並べられたわけではありません。

似た働きをする技法は、16のグループに整理されました。

たとえば、目標を決めたり、具体的な計画を立てたりする技法。

自分の行動を記録し、結果を確かめる技法。

周囲の人から助けや励ましを受ける技法。

行動のあとに、ごほうびや満足感を結びつける技法。

行動しやすいように、場所や物の配置を変える技法。

繰り返すことで、行動を習慣へ育てていく技法。

こうした技法は、働き方によって仲間分けされました。

93種類だけ聞くと、巨大なメニュー表を渡されたようで、少し途方に暮れます。

「本日のおすすめは何ですか」

「93品すべてです」

と言われたら、注文する前に店を出たくなります。

けれど、16のグループに分かれていれば、

「まずは目標や計画のあたりを見てみよう」

「記録の方法が合うかもしれない」

「本人への説得より、環境を変えたほうがよさそうだ」

と、目的に応じて探しやすくなります。

この分類によって、行動変容の方法は、正体不明の大きな塊ではなく、選び分けられる道具として見えるようになったのです。

意外だったのは、「新しい魔法」が発見されたわけではないこと

この研究結果の意外なところは、まったく新しい行動変容法が発見されたわけではないことです。

「これまで誰も知らなかった、人間を一瞬で変える第94の技法」

が地下室から発見されたわけではありません。

研究チームがしたのは、すでに使われていた方法を集め、重なりを整理し、名前と定義をそろえることでした。

ここが、派手ではないけれど重要です。

私たちは「新発見」と聞くと、今までにない答えが突然現れる場面を想像します。しかし科学では、ときどき、すでにある知識を正確に並べ直すことが大きな前進になります。

机の上に書類が100枚散らばっているとします。

書類そのものは、すでにそこにあります。

けれど、契約書と領収書と会議資料が全部混ざっていたら、必要なものをすぐには取り出せません。

分類して、名前をつけて、棚に収める。

それだけで、知識は急に使える形になります。

この論文が行ったのも、そのような整理でした。

研究結果の驚きは、「人を変える魔法が見つかった」ことではありません。

人を変える方法は、すでに驚くほど多く存在していたのに、それらを同じ言葉で整理できていなかったことなのです。

研究者が変わっても、ある程度同じ技法を見分けられた

分類体系は、見た目がきれいなだけでは役に立ちません。

大切なのは、別々の研究者が使ったときにも、同じ技法を同じように見分けられることです。

たとえば、あるプログラムの説明に、

「参加者は毎日の歩数を記録した」

と書かれていたとします。

一人の研究者は「行動の自己記録」と判断し、別の研究者は「目標設定」と判断し、さらに別の人は「なんとなく健康的な活動」と判断する。

これでは、分類表があっても会話がかみ合いません。

研究チームは、実際の行動変容プログラムの記述を使い、複数の研究者がどの技法を見つけるかを確認しました。

その結果、すべてが完璧に一致したわけではありませんが、多くの技法について、研究者同士が一定の共通認識を持って判定できることが示されました。

これは、地味に見えて大きな成果です。

辞書をつくっただけでなく、その辞書を別の人に渡しても、ある程度同じ意味で読めたからです。

「この単語は、私の中では自由を意味します」

という個性的すぎる辞書では、国際的な研究には使えません。

BCTTv1は、研究者が共通して使える言葉として、現実の研究報告でも機能する可能性を示しました。

「何が効いたのか」を探す準備が整った

この研究によって、行動変容プログラムの中身を、以前より細かく説明できるようになりました。

たとえば、ある禁煙支援でよい結果が出たとします。

以前なら、

「相談と助言を行ったところ、禁煙する人が増えました」

とまとめられていたかもしれません。

しかしBCTTv1を使えば、

目標を設定した。

喫煙した回数を記録した。

誘惑が起きやすい場面を確認した。

家族から支援を受けた。

成功したときの利益を具体的に考えた。

というように、支援の中身をより明確に示せます。

すると、別の研究と比べられるようになります。

「この技法が含まれている支援では、結果がよい傾向があるのではないか」

「この人たちには、記録よりも環境調整が役立ったのではないか」

「複数の技法を組み合わせたことが重要だったのではないか」

こうした問いを、少しずつ調べられるようになります。

ただし、ここは誤解しないようにしたいところです。

この論文だけで、93種類のうち何が最も効果的かがわかったわけではありません。

「行動変容技法ランキング、第1位はこれです」

という結果は出ていません。

今回わかったのは、技法を共通の基準で整理し、比較するための土台をつくれるということです。

料理で言えば、どの料理が一番おいしいかを決めたのではなく、使われた材料を正確に書けるようになった段階です。

材料がわからなければ、味の秘密も探れません。

人の行動は、一本のレバーでは動かない

この研究結果を眺めていると、もう一つ見えてくることがあります。

人の行動は、一つのレバーを引けば簡単に変わる機械ではないということです。

目標を決めれば動ける人もいます。

しかし、目標を立てるだけで満足し、立派な計画表を眺めながら寝る人もいます。

記録が励みになる人もいれば、記録表を見るたびに先生へ宿題を提出する気分になる人もいます。

ごほうびが役立つ人もいれば、ごほうびを先に食べてから考える人もいます。

だからこそ、方法が93種類もあることには意味があります。

人が複雑だから、方法も一つでは足りないのです。

この研究が教えてくれるのは、「93種類すべてを試しましょう」ということではありません。

そうではなく、

うまくいかない方法に、本人を無理やり合わせなくてよい。

別の働きかけを探す余地がある。

ということです。

行動できないとき、私たちはすぐに「自分がだめだから」と考えます。

けれど、使っている方法が一つしかなければ、失敗したときの結論も一つになってしまいます。

「目標を立てたのに続かなかった。だから私は意志が弱い」

しかし、地図に93本の道が描かれていれば、話は変わります。

「この道では進みにくかった。では、別の道を見てみよう」

そう考えられます。

この研究でわかったのは、行動を変えるための唯一の正解ではありません。

行動を変えるための言葉と選択肢を、共通の地図として整理できること。

それこそが、BCTTv1のいちばん大きな成果なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:人を変える前に、研究者の言葉をそろえる必要があった

この論文の面白さは、93種類の技法が並んでいることだけではありません。

もっと面白いのは、人の行動を変えようとしていた研究者たちが、まず自分たちの言葉を整理しなければならなかったことです。

「運動を続けてもらうには、目標設定が大切です」

「こちらの研究では、行動計画を立ててもらいました」

「私たちは、自己管理を促しました」

「それって、同じことですか?」

「似ていますが、たぶん違います」

「では、どこが違うのですか?」

「そこを、いまから考えます」

人を変える方法について語っていたはずなのに、気がつくと研究者たちが辞書を囲んでいる。

ここが、なんとも人間らしいところです。

私たちはつい、「科学者はすべての言葉を厳密に使っている」と思いがちです。しかし研究の世界でも、分野が違えば言葉が違います。同じような働きかけに別の名前がつき、同じ名前が少し違う意味で使われることもあります。

知識はたくさんある。

研究もたくさんある。

けれど、それらを並べて比べようとすると、言葉の靴ひもが絡まっていたのです。

「変われない人」より先に、「説明できない研究」が問題になった

行動変容の話になると、私たちはすぐ本人へ目を向けます。

「なぜ、この人は運動しないのだろう」

「どうして、禁煙が続かないのだろう」

「なぜ、薬を飲み忘れるのだろう」

「どうすれば、勉強を始められるのだろう」

もちろん、こうした問いは大切です。

しかし、ミッチーらの研究が照らしたのは、その一歩手前でした。

そもそも支援する側は、自分たちが何をしたのか、正確に説明できているのか

これは少し耳の痛い問いです。

たとえば、支援者がこう報告したとします。

「本人のモチベーションを高める働きかけを行いました」

立派な文章です。ネクタイまで締めているような文章です。

でも、具体的には何をしたのでしょう。

本人が大切にしていることを一緒に考えたのか。

目標を小さく分けたのか。

できたことをほめたのか。

将来の利益を説明したのか。

毎日の行動を記録してもらったのか。

困ったときに相談できる人を決めたのか。

「モチベーションを高めた」という言葉だけでは、どの働きかけが行われたのかわかりません。

つまり問題は、「本人が変わらない」ことだけではありませんでした。

支援する側が、自分の使った方法を細かく言葉にできていないことも、大きな問題だったのです。

これは日常生活でも起こります。

「ちゃんと説明したのに、伝わらなかった」

と言う人に、

「どんなふうに説明したの?」

と聞くと、

「だから、ちゃんと説明したんだよ」

と返ってくることがあります。

「ちゃんと」の中身が、迷子です。

この論文は、行動変容研究の「ちゃんと」を分解しようとしました。

何を伝えたのか。

何を記録してもらったのか。

何を目標にしたのか。

どのような支援を加えたのか。

人の行動を変える前に、支援の中身を見えるようにしたのです。

93種類もあるのに、「意志を強くする」は中心ではない

もう一つ面白いのは、行動を変える技法が93種類も整理されたことです。

私たちは、行動できない理由を「意志が弱い」でまとめたくなります。

便利だからです。

運動が続かない。

「意志が弱い」

早寝できない。

「意志が弱い」

貯金できない。

「意志が弱い」

片づけられない。

「意志が弱い」

人間の複雑な行動を、たった五文字で閉店させることができます。

しかし、93の技法を眺めると、行動を変える方法はもっと具体的です。

目標を決める。

計画を立てる。

結果を記録する。

誰かに支援してもらう。

行動のきっかけを置く。

誘惑を遠ざける。

できたときの利益を考える。

手本となる人を見る。

行動を繰り返す。

環境そのものを変える。

ここには、「本人の心を強くする」以外の道がたくさんあります。

たとえば、夜についスマートフォンを見続けてしまう人がいるとします。

この人に、

「強い意志で見るのをやめましょう」

と言うこともできます。

しかし、充電器を寝室の外へ置くこともできます。決まった時刻に通知を切ることもできます。ベッドへ入る前の行動を決めることもできます。家族とルールを共有することもできます。

心の中でスマートフォンと一騎打ちをしなくてもよいのです。

スマートフォンは眠くなりません。こちらだけが疲れます。

BCTTv1が見せてくれるのは、行動を変える方法の豊かさです。

人間を無理やり立派にするのではなく、行動しやすい条件をつくる。

この視点に立つと、「できない人」という見方が少しやわらぎます。

できないのではなく、使っている方法が少なすぎるのかもしれない。

本人だけを動かそうとして、環境を休ませすぎているのかもしれない。

そんな見方ができるようになります。

名前をつけると、ぼんやりしていた支援が見えてくる

名前をつけることには、不思議な力があります。

たとえば、仕事で何となく疲れているとします。

ただ「つらい」と思っているうちは、苦しさは大きな霧のようです。

けれど、

「仕事量が多すぎる」

「予定外の割り込みが多い」

「役割が曖昧で、どこまでやればよいかわからない」

「相談できる人がいない」

と分けてみると、少し対処しやすくなります。

霧だったものに、輪郭が現れます。

行動変容技法の分類も、それと似ています。

「支援した」

「励ました」

「意識を高めた」

という大きな言葉を、そのままにしない。

どんな目標を設定したのか。

どんな情報を伝えたのか。

何を記録したのか。

誰が支えたのか。

どの行動を繰り返したのか。

名前をつけて分けることで、支援の姿が見えるようになります。

これは研究者だけの話ではありません。

私たちが誰かを支えるときにも役立つ考え方です。

「もっとやる気を出してほしい」

と思ったとき、やる気という大きな箱を少し開けてみる。

目標がわからないのか。

手順がわからないのか。

結果が見えないのか。

一人で抱えているのか。

始めるきっかけがないのか。

失敗したときの不安が大きいのか。

同じ「動けない」でも、必要な支援は変わります。

熱がある人にも、眠い人にも、お腹がすいている人にも、

「元気を出してください」

と同じ薬を渡すわけにはいきません。

言葉を細かくすることは、人を細かく裁くことではありません。

むしろ、その人に合った方法を探すための入り口になります。

分類は冷たい作業に見えて、実は人にやさしい

「人の行動を93種類の技法で分類する」

こう聞くと、少し冷たい印象を受けるかもしれません。

人間を番号で管理するような、白い研究室の気配があります。

けれど、よく考えると、この分類は人を一つの物差しで測るためのものではありません。

むしろ逆です。

行動を変える方法が93種類もあるということは、人に合わせて方法を選ぶ余地が、それだけあるということです。

目標設定が合わないなら、記録を試せばいい。

記録が負担なら、環境を変えてみればいい。

一人では難しいなら、支援を増やせばいい。

ごほうびが合わないなら、行動そのものの意味を考えてみればいい。

一本道しかなければ、そこで歩けない人は「遅れている人」になります。

しかし道が93本あるなら、

「この道は歩きにくかったですね。別の道を探しましょう」

と言えます。

分類は、正解を一つに絞るための作業ではありません。

選択肢を増やすための作業でもあるのです。

ここに、この論文の静かなやさしさがあります。

「頑張らせる技術」ではなく、「何をしているかを確かめる技術」

行動変容という言葉には、ときどき少し怖さがあります。

「人を思いどおりに動かす方法なのでは?」

「相手を操作する技術なのでは?」

そんな印象を持つ人もいるでしょう。

実際、行動へ働きかける技法は、使い方によっては本人の意思を置き去りにする危険もあります。

だからこそ、この分類が重要になります。

何をしているのかを具体的に記録できれば、その働きかけが適切かどうかも検討できます。

本人に目標を選んでもらっているのか。

外から一方的に目標を押しつけているのか。

支援を増やしているのか。

罰や不利益で追い込んでいるのか。

技法に名前がついていれば、「何となくよい支援」に包んでごまかしにくくなります。

つまりBCTTv1は、人を動かすための技法一覧であると同時に、支援する側が自分の行動を点検するための鏡にもなります。

「本人が動かない」と言う前に、

「こちらは、具体的に何をしたのだろう」

と振り返ることができる。

この問いは、なかなか鋭いです。

支援者のポケットへ、小さな虫眼鏡を入れてくれるような論文です。

科学は、ときどき掃除から始まる

この論文を読んでいると、科学の進歩は必ずしも派手な発見から始まるわけではないとわかります。

新しい薬を発見する。

脳の未知の部分を見つける。

これまでの常識をくつがえす。

もちろん、そうした研究は華やかです。

一方、BCTTv1が行ったのは、散らばっていた言葉を集め、重複を確かめ、名前をつけ、棚に並べることでした。

言ってしまえば、科学の大掃除です。

床から「目標設定」が出てくる。

机の下から「自己記録」が見つかる。

引き出しを開けると、「社会的支援」と書かれた紙が三種類入っている。

「これは同じものですか?」

「いや、少し違いますね」

そんな確認を延々と続けた先に、93種類の技法が見えてきました。

大掃除は、終わった瞬間に世界を変えるわけではありません。

けれど、必要なものをすぐ取り出せるようになります。

何を持っていて、何が足りないかもわかります。

次の研究を始める場所が見えるのです。

人の行動を変える研究は、まず研究者たちの言葉の部屋を片づけることから始まりました。

そこが、この論文のいちばん面白いところです。

私たちは、変われないとき、自分の中へ答えを探しに行きます。

やる気が足りない。

覚悟が足りない。

根性が足りない。

けれど、この研究は別の問いを差し出します。

本当に、方法は一つしか試していないのではないか。

何をしているのか、ぼんやりしたままになっていないか。

本人を責める前に、支援の道具箱を開けただろうか。

93種類の技法は、人を簡単に変える魔法ではありません。

それでも、「頑張る」しか書かれていなかった地図に、たくさんの細い道を書き加えてくれました。

変化とは、強い人だけが進める一本の坂道ではない。

方法を選び、道を変え、ときには誰かに手を借りながら進むものなのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:行動を変えるには?93の技法から選ぶ自分に合った方法

「行動を変える技法が93種類あるなら、今日から93個すべて試してみましょう」

そう言われたら、行動を変える前に予定表が倒れます。

朝は目標設定、昼は自己記録、夕方はフィードバック、夜は環境調整。寝る前には社会的支援を受けながら、ごほうびについて考える。

忙しすぎます。

この研究を私たちの生活に活かすとき、大切なのは、93種類の技法を暗記することではありません。

行動できない理由を、すぐに「意志が弱いから」と決めつけず、別の方法を探してみること。

これが、いちばん実用的な受け取り方です。

たとえば、運動が続かないとします。

「私は三日坊主だから」

「やる気がないから」

「根性が足りないから」

そう考えてしまいがちですが、実際には別の理由が隠れているかもしれません。

目標が大きすぎるのかもしれない。

いつ運動するか決まっていないのかもしれない。

運動着を出すのが面倒なのかもしれない。

成果が見えず、張り合いがないのかもしれない。

一人では寂しいのかもしれない。

帰宅したころには、すでに心の電池が赤く点滅しているのかもしれない。

同じ「続かない」でも、理由が違えば、必要な方法も変わります。

風邪の人にも、寝不足の人にも、空腹の人にも、

「とにかく気合いで元気になってください」

と同じ処方をするわけにはいきません。

行動にも、事情があります。

まず「何を変えたいのか」を小さくする

行動を変えようとするとき、私たちは目標を大きくしすぎることがあります。

「健康的な生活をする」

「自分を成長させる」

「仕事を完璧にこなす」

「部屋をきれいにする」

どれも立派ですが、行動としては少々ぼんやりしています。

「健康的な生活をする」と言われた身体も、

「承知しました。それで、何時に何をすれば?」

と困っているはずです。

そこで、目標を具体的な行動へ小さくします。

「毎日運動する」ではなく、「夕食後に10分歩く」。

「本を読む」ではなく、「寝る前に2ページ読む」。

「部屋を片づける」ではなく、「机の上にある紙を5枚だけ分ける」。

「転職活動を進める」ではなく、「求人を一件だけ保存する」。

ここで大事なのは、目標を立派にすることではありません。

次に何をするのかが、本人にも身体にもわかることです。

目標が大きすぎると、脳内会議が始まります。

「部屋を片づけるとは、どこから?」

「本棚ですか、机ですか、押し入れですか?」

「押し入れを開けると、2017年の思い出が出てきますが?」

会議が長引き、片づけは翌日に持ち越されます。

行動を小さくすることは、甘やかしではありません。

出発地点を見えるようにする作業です。

「いつかやる」を、時間と場所に変える

行動が始まらない理由の一つに、「いつやるか」が決まっていないことがあります。

「時間があるときに運動しよう」

「余裕ができたら勉強しよう」

「落ち着いたら連絡しよう」

ところが、「時間があるとき」という日は、なかなかカレンダーに載っていません。

余裕さんも、だいたい連絡なしで欠席します。

そこで、

「夕食後、食器を片づけたら10分歩く」

「朝のコーヒーを入れたら、英単語を三つ見る」

「昼休みの最初の5分で、返信が必要なメールを一通書く」

というように、時間や場所、直前の行動と結びつけます。

行動の開始を、その日の気分だけに任せない工夫です。

「やる気が出たら始める」方式では、やる気が受付担当になります。

しかし、やる気は出勤時間が不規則です。

先に予定を決めておけば、やる気が遅刻しても、とりあえず始められます。

記録は、自分を取り締まるためではなく、発見するために使う

行動変容技法には、自分の行動を記録する方法も含まれます。

ただし、記録と聞くと、

「毎日きっちり書かなければ」

「空白の日があったら失格」

と、記録表を生活指導の先生にしてしまうことがあります。

けれど、記録の目的は、自分を裁くことではありません。

自分の行動にどんな傾向があるのかを知ることです。

たとえば、一週間だけ寝る時刻を記録してみる。

すると、

「動画を見た日だけ遅くなっている」

「夕方に眠った日は、夜に眠れない」

「日曜日の夜に考えごとが増えている」

といった傾向が見えてくるかもしれません。

間食を減らしたいなら、食べた物だけでなく、

「何時だったか」

「そのとき空腹だったか」

「疲れていたか」

「どこにいたか」

を軽く記録してみる。

すると、「お腹がすいたから」ではなく、「仕事で疲れた午後4時に、机の引き出しを開けている」と気づくかもしれません。

犯人は食欲ではなく、午後4時と引き出しの共同作戦だったわけです。

記録によって理由が見えれば、対策も変わります。

単に我慢するのではなく、午後4時に別の休憩を入れる。お菓子を目につかない場所へ移す。先に飲み物を用意する。

行動の現場検証ができるようになります。

人間を変えるより、環境を少し動かす

行動を変えたいとき、本人の内面ばかり工事しようとすることがあります。

もっと強い意志を。

もっと高い意識を。

もっと揺るがない決意を。

しかし、人間の心は大規模改修に時間がかかります。

一方、物の置き場所なら今日変えられます。

朝に薬を飲み忘れるなら、普段必ず使う物の近くへ置く。

スマートフォンを見すぎるなら、通知を切る。寝室の外で充電する。よく使うアプリを一画面目から外す。

勉強を始めたいなら、教材を棚へ美しく収納しすぎず、机に開いた状態で置いておく。

お菓子を減らしたいなら、透明な容器から見えない箱へ移す。

朝に散歩したいなら、前日の夜に靴と服を準備する。

どれも人格を改造していません。

けれど、行動が始まるまでの段差を一段低くしています。

私たちは、自分が完全に自由な意思で動いていると思いたいものです。

しかし現実には、目に入った物、手の届く物、面倒な手順、鳴った通知に、かなり丁寧に案内されています。

冷蔵庫を開けるたびにプリンが最前列でこちらを見ていれば、プリンにも選挙活動をする権利があるように思えてきます。

だからこそ、環境を整えることは大切です。

自分を責める前に、自分を取り囲む配置を見直してみる。

これは、日常で使いやすい行動変容の考え方です。

結果が見えないなら、小さく見えるようにする

行動が続きにくいのは、成果がすぐに見えないからかもしれません。

一日歩いたからといって、翌朝に体力が大幅アップするわけではありません。

一晩勉強しても、英語が突然ペラペラになり、夢の中で空港の係員と談笑できるわけでもありません。

変化は、たいてい静かです。

静かすぎて、こちらが気づきません。

そこで、小さな進歩を見えるようにします。

歩いた日にカレンダーへ印をつける。

学習時間ではなく、勉強を始めた日数を数える。

片づける前後の写真を撮る。

貯金額をグラフにする。

「できなかった日」だけでなく、「少しできた日」も記録する。

人は、結果が見えないと、「何も変わっていない」と感じやすくなります。

しかし実際には、ゼロから百へ飛んでいなくても、ゼロから一へ進んでいることがあります。

その一を見えるようにする。

これは、小さな行動を育てるうえで役立ちます。

ただし、数字を見ることが負担になる人もいます。

記録が苦しくなるなら、方法を変えて構いません。

この論文が示しているのは、記録が絶対に正しいということではなく、方法には選択肢があるということです。

一人で難しいなら、支援も方法の一つに入れる

私たちは、自分で決めたことは自分一人でやり遂げなければならないと思うことがあります。

誰かに頼ると、努力の純度が下がるような気がするのです。

しかし、行動変容の技法には、周囲からの支援も含まれます。

一緒に運動する。

進み具合を報告する。

困ったときに相談する。

必要な情報を教えてもらう。

作業を始める時間だけ連絡し合う。

これは不正ではありません。

人生の試験会場に、こっそり答えを持ち込んでいるわけではないのです。

たとえば、家で勉強できないなら、図書館へ行く。友人と同じ時刻に作業を始める。家族に「この30分だけ話しかけないで」と伝える。

転職活動が進まないなら、相談員と一緒に求人を見る。応募書類を誰かに確認してもらう。応募する日を約束する。

一人では避けてしまうことも、誰かと一緒なら始めやすくなる場合があります。

「助けてもらわなければできない」と考える必要はありません。

「助けがあると、できる条件が整う」と考えればよいのです。

橋を渡れた人に対して、

「橋を使ったので、歩いたことにはなりません」

とは言わないでしょう。

支援も、前へ進むための橋です。

ごほうびは、巨大でなくていい

何かを続けるために、ごほうびを使う方法もあります。

ただし、

「一週間運動できたら、高級旅館へ行く」

では、運動より家計のほうが息切れします。

ごほうびは、大きな物でなくても構いません。

作業が終わったら好きな飲み物を飲む。

散歩のときだけ好きな音声番組を聴く。

一週間続いたら、ゆっくり映画を見る。

面倒な電話が終わったら、しばらく何もしない時間をつくる。

大事なのは、「行動したあとに、少しよいことがある」と身体が学べることです。

とはいえ、ごほうびが合わない人もいます。

「ごほうびのためにやると、かえって仕事っぽくなる」と感じることもあります。

その場合は、行動そのものの意味を思い出す方法があります。

なぜ歩きたいのか。

なぜ生活を整えたいのか。

なぜ勉強したいのか。

「立派な人になるため」ではなく、

「旅行先で疲れにくくなりたい」

「家族と安心して過ごしたい」

「今の仕事以外にも選べる道を持ちたい」

というように、自分にとっての意味へ戻ります。

外からもらうごほうびが合う人もいれば、行動と大切な価値を結び直すほうが合う人もいます。

ここでも、正解は一つではありません。

失敗したら、自分ではなく方法を点検する

生活に最も活かしたいのは、この考え方かもしれません。

行動が続かなかったとき、

「私はだめだ」

と結論を出す前に、

「この方法のどこが合わなかったのだろう」

と考えてみる。

目標が大きすぎなかったか。

始める時刻が曖昧ではなかったか。

手順が多すぎなかったか。

疲れている時間帯を選んでいなかったか。

結果が見えにくくなかったか。

一人で抱えすぎていなかったか。

誘惑が近すぎなかったか。

行動を振り返るとき、本人を被告席に座らせる必要はありません。

方法を会議室へ呼べばよいのです。

「今回、なぜうまく機能しなかったのですか」

「開始時刻が曖昧でした」

「環境への配慮は?」

「通知を切り忘れていました」

「では、次回は改善してください」

自分を責める裁判ではなく、方法を改善する会議に変える。

それだけで、失敗の意味が変わります。

失敗は、「自分には無理だ」という判決ではありません。

「この条件では続きにくかった」というデータです。

93種類から、一つか二つだけ試してみる

BCTTv1は、もともと研究や介入の内容を正確に記述するためにつくられた分類体系です。

そのため、93種類をそのまま自己啓発のチェックリストとして使い、片端から実行する必要はありません。

生活に取り入れるなら、まず困っている行動を一つ選びます。

そして、

「目標を具体的にしたら変わりそうか」

「いつやるか決めたら始めやすいか」

「記録したら傾向が見えるか」

「環境を変えたら楽になるか」

「誰かの支援があれば進めるか」

と考えます。

そこから、一つか二つだけ試してみます。

たとえば、寝る前のスマートフォンを減らしたいなら、

「午後11時になったら通知を切る」

「充電器を寝室の外へ置く」

の二つから始める。

勉強を続けたいなら、

「夕食後に机へ座る」

「勉強時間ではなく、始めた日に印をつける」

を試す。

片づけたいなら、

「毎日5分だけ行う」

「使わない物を入れる箱を一つ置く」

でもよいでしょう。

一度に生活全体を変える必要はありません。

家中の電球を交換しなくても、暗い場所に一つ灯りをつければ、足元は見えます。

自分に合わない道を、根性で歩き続けなくていい

この研究を日常へ持ち帰ると、行動についての見方が少し変わります。

以前は、

「決めたのにできない。だから自分が弱い」

と思っていたかもしれません。

けれど、行動を変える技法がたくさんあると知れば、

「目標設定だけでは足りなかったのかもしれない」

「環境を変える方法を試してみよう」

「一人でやる必要はないのかもしれない」

と考えられます。

これは、何でも簡単に変えられるという話ではありません。

生活環境、体調、経済状況、仕事、家族関係など、自分の工夫だけでは動かせない条件もあります。

また、分類に含まれるすべての技法が、あらゆる人や状況で効果的だと証明されたわけでもありません。

それでも、方法が一つではないと知ることには意味があります。

「頑張る」という一本の道で転んだとき、それで地図全体を閉じなくてよくなるからです。

行動を変えるとは、強い人間へ生まれ変わることではありません。

目標を少し小さくする。

始める時刻を決める。

見える場所を変える。

進歩を記録する。

誰かに手伝ってもらう。

うまくいかなければ、別の方法を試す。

そうした小さな調整を重ねながら、自分が歩きやすい道をつくっていくことです。

93種類の技法は、「全部やりなさい」という宿題ではありません。

あなたを責める前に、まだ試していない方法があるかもしれませんよ、と教えてくれる地図なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点:93の行動変容技法は、すべて効果が証明されたわけではない

93種類の行動変容技法。

この数字を見ると、なんだか科学のお墨付きがついた「人生改善メニュー」が93品並んでいるように感じます。

「では、効果が高い順にお願いします」

「運動には何番が効きますか?」

「先延ばしには、技法42あたりでしょうか?」

そんな気持ちになるのもわかります。

しかし、ここで一度、研究の注文票を確認しておきましょう。

この論文が明らかにしたのは、

行動変容に使われる技法を、93種類・16グループに整理できること

です。

一方で、

93種類すべてに高い効果があること

を証明した研究ではありません。

この二つは似ているようで、まったく別の話です。

料理で言えば、この論文がつくったのは「材料の一覧と分類表」です。

野菜、肉、魚、調味料を整理し、それぞれに名前をつけた。しかし、「この材料を使えば、必ずおいしくなる」と保証したわけではありません。

砂糖も、適量ならケーキを幸せにします。

けれど、焼き魚へ袋ごと投入すれば、食卓が少しざわつきます。

技法も、使えばよいのではなく、誰に、何のために、どのように使うかが重要なのです。

分類されたことと、効果があることは別である

まず押さえておきたいのは、BCTTv1が「効果ランキング」ではないという点です。

93の技法には、目標設定、行動の記録、フィードバック、社会的支援、環境の変更、報酬など、さまざまな方法が含まれています。

しかし、この論文では、それらを一つずつ実験して、

「目標設定は効果88点」

「自己記録は82点」

「社会的支援は、状況によってボーナスあり」

と採点したわけではありません。

研究の目的は、介入に含まれている技法を、研究者が同じ言葉で説明できるようにすることでした。

そのため、この論文を読んで、

「自己記録をすれば、必ず習慣が変わる」

「ごほうびを使えば、誰でも行動できる」

と結論づけることはできません。

どの技法が役立つかを知るには、その後の個別研究やレビューによって、対象となる人、変えたい行動、使用する場面などを調べる必要があります。

分類表は地図です。

地図に道が載っていることと、その道がいま通れること、目的地まで最短であること、本人が歩きやすいことは別です。

山道へ革靴で向かえば、地図が正しくても足は困ります。

誰にでも同じ方法が合うわけではない

行動変容技法には、向き不向きがあります。

たとえば、毎日の行動を記録することで、やる気が高まる人がいます。

「今週は三日歩けた」

「先月より少し増えている」

と進歩が見え、次の行動につながる人です。

一方で、記録表を見るたびに、

「また昨日できなかった」

「空欄がある。私は失格だ」

と責められているように感じる人もいます。

記録表はただの紙なのに、いつの間にか厳しい監督へ昇進しています。

目標設定も同じです。

具体的な目標があると動きやすくなる人もいれば、目標を決めた瞬間に義務感が強くなり、息苦しくなる人もいます。

周囲からの支援が心強い人もいれば、見張られているように感じる人もいます。

ごほうびで楽しく続けられる人もいれば、「ごほうびがないとやらない自分」に違和感を覚える人もいるでしょう。

したがって、93種類あるということは、93種類すべてを投入すればよいという意味ではありません。

むしろ、

方法が合わなかったとき、本人の性格だけを責めず、別の方法を検討できる

という意味で受け取るほうが自然です。

方法が多いことは、宿題が増えたという話ではありません。

選び直せる余地が増えたという話です。

何が行われたかは、研究報告の書き方にも左右される

BCTTv1は、研究報告やプログラムの説明を読み、そこにどの技法が含まれているかを見分けるためにも使われます。

しかし、元の説明が曖昧なら、分類する側にも限界があります。

たとえば、研究報告に、

「参加者に適切な助言を行った」

としか書かれていなかったとします。

何を助言したのでしょう。

目標の決め方でしょうか。

障害への対処法でしょうか。

健康上の利益でしょうか。

行動の手順でしょうか。

「適切」と言われても、読み手には中身が見えません。

箱の外側に「いろいろ」と書いてある状態です。

分類体系がどれほど細かくても、報告されていない内容を透視することはできません。

そのため、ある介入に特定の技法が「含まれていない」と判定された場合でも、本当に実施されていなかったとは限りません。実際には行われていたけれど、論文に十分書かれていなかった可能性があります。

これは、分類体系そのものだけでなく、研究報告の質にも関わる問題です。

BCTTv1は、曖昧な文章を自動的に名文へ変える魔法の眼鏡ではありません。

むしろ、

「技法を正確に分類するには、介入の中身をもっと具体的に書かなければならない」

と、研究者へ静かに宿題を返す道具でもあります。

すべての技法を、同じ確かさで見分けられたわけではない

研究では、複数の人が同じ介入の説明を読んだとき、どの技法が使われているかについて、どの程度判断が一致するかも確認されました。

多くの技法では一定の一致が見られましたが、すべての技法について、いつでも完璧に同じ判断ができたわけではありません。

技法によっては、文章の中に登場する回数が少なく、十分に確認できなかったものもあります。

また、似た技法同士は、説明が短いと区別しにくい場合があります。

たとえば、

「行動の結果を伝えた」

という一文だけでは、単なる情報提供なのか、本人の行動に対するフィードバックなのか、目標との比較なのか、判断が分かれる可能性があります。

分類には定義がありますが、現実の支援は教科書どおりに一種類ずつ登場するとは限りません。

目標設定をしながら助言を行い、同時に励まし、次回までの記録もお願いする。

実際の支援は、技法たちが一列に並んで入場してくるのではなく、数人で腕を組んで入ってくることがあります。

そのため、分類表を使う人には、定義を学ぶことや、判断の基準をそろえることが必要です。

「一覧を見れば、誰でもすぐ完璧に分類できる」というほど単純ではありません。

16のグループは、効果や仕組みのランキングではない

93種類の技法は、似ているもの同士で16のグループにまとめられました。

ただし、このグループ分けも、

「同じグループの技法は、必ず同じ心理的仕組みで働く」

「このグループは、ほかのグループより効果が高い」

と証明するものではありません。

分類は、全体を理解しやすくするための整理です。

本屋で、小説、実用書、歴史、科学と棚を分けるようなものです。

同じ「小説」の棚にあるからといって、すべて同じ読後感になるわけではありません。泣く本もあれば、笑う本もあり、途中でそっと閉じる本もあります。

同じグループに入っている技法でも、使われ方や働き方には違いがあります。

また、行動が変わる仕組みは一つではありません。

本人の考え方が変わったのか。

環境が変わったのか。

行動が簡単になったのか。

周囲との関係が変わったのか。

複数の要因が重なったのか。

分類体系だけでは、そこまで自動的に答えが出るわけではありません。

BCTTv1は、研究を始めやすくする整理棚ですが、棚を見ただけで本の結末まではわからないのです。

「93種類ですべて出そろった」とも限らない

この分類体系には、BCTTv1という名前がついています。

最後の「v1」は、バージョン1という意味です。

ここには、少し大事な姿勢が表れています。

「これで人間の行動変容は、永久に完全分類されました」

とは言っていません。

研究が進めば、定義が見直されるかもしれません。

技法同士の関係について、よりわかりやすい整理方法が提案されるかもしれません。

新しい技術や支援方法が広がれば、既存の分類だけでは説明しにくい働きかけが出てくる可能性もあります。

人間は、分類表が完成した翌日にも新しいことを始めます。

スマートフォン、ウェアラブル機器、アプリ、オンライン支援など、行動に働きかける環境も変わっていきます。

もちろん、新しい道具を使ったからといって、必ず新しい技法になるわけではありません。アプリで目標を設定しても、紙で目標を設定しても、技法としては同じ場合があります。

それでも、分類体系は完成品というより、研究とともに育てていく共通言語として見る必要があります。

「93」という数字を、石に刻まれた人類最後の答えとして扱わないことが大切です。

行動を変えることが、いつも本人の利益になるとは限らない

もう一つ忘れてはいけないのが、倫理の問題です。

行動変容技法は、人の健康や生活を支えるために役立てられます。

運動を始める。

薬を適切に飲む。

禁煙する。

学習習慣をつくる。

安全な行動を増やす。

こうした目的では、大きな力になるでしょう。

しかし、「人の行動を変える方法」は、使い方を誤ると、本人の意思を無視する道具にもなり得ます。

会社に都合のよい行動を取らせる。

利用者が望んでいない目標を押しつける。

断りにくい環境をつくる。

不安や罪悪感を刺激し、従わせる。

これらも、表面だけ見れば「行動が変わった」と言えてしまいます。

けれど、行動が変われば何でも成功というわけではありません。

本人は、その目標を望んでいるのか。

十分な説明を受けているのか。

断る自由があるのか。

負担や不利益が大きすぎないか。

支援する側の都合を、「あなたのためです」という包装紙で包んでいないか。

行動変容を考えるときには、こうした問いが必要です。

技法を上手に使うこと以上に、何のために使うのかが大切です。

包丁は料理に役立ちますが、包丁さばきが上手なら目的を問わなくてよい、とはなりません。

技法の精密さと、使い方の誠実さは、別々に確認する必要があります。

個人の工夫だけでは変えられない問題もある

行動変容の技法を知ると、生活上の問題をすべて工夫で解決できるように感じるかもしれません。

目標を小さくする。

環境を整える。

記録する。

支援を得る。

これらは確かに役立つ場合があります。

しかし、人が行動できない背景には、個人の工夫だけでは動かせない事情もあります。

長時間労働で時間がない。

経済的な余裕がない。

安心して相談できる人がいない。

病気や強い疲労がある。

家庭内で大きな負担を抱えている。

必要なサービスが地域にない。

こうした状況で、本人だけに目標設定や自己管理を求めても、問題の中心へ届かないことがあります。

毎日水が漏れてくる部屋で、

「床をこまめに拭く習慣をつけましょう」

と助言するだけでは不十分です。

必要なのは、屋根を直すことかもしれません。

行動変容技法は、社会や環境の問題を見えなくするための道具ではありません。

本人への働きかけだけでなく、職場、家庭、制度、経済的条件など、行動を取り囲む大きな環境にも目を向ける必要があります。

「できない本人をどう変えるか」ではなく、

「この環境は、行動できる条件を用意しているか」

と問い直すことも大切です。

この論文は、答えではなく、答えを探すための言葉をくれた

ここまで注意点を並べると、

「では、この分類はあまり役に立たないのでしょうか」

と思われるかもしれません。

そんなことはありません。

注意点があることと、価値がないことは別です。

むしろ、何が言えて、何はまだ言えないのかがわかるからこそ、研究を正しく使えます。

この論文から言えるのは、

行動変容に使われてきた技法を、93種類・16グループに整理できたこと。

研究者が技法を共通の言葉で記述し、比較するための土台ができたこと。

実際の介入報告から、複数の研究者が一定の共通性をもって技法を見分けられる可能性が示されたことです。

一方、この論文だけでは、

どの技法が最も効果的か。

どの技法が特定の人に合うか。

どの組み合わせが最善か。

長期間でも効果が続くか。

までは決められません。

BCTTv1は、人を変える答えを93個並べた本ではありません。

人を変える研究について、もっと正確に問い、比べ、考えるための辞書です。

辞書は、すばらしい物語を代わりに書いてはくれません。

けれど、言葉がなければ、物語を正確に語ることもできません。

この論文の価値は、「これを使えば必ず変われます」と大声で約束したことではありません。

「まず、何をしたのかをきちんと言葉にしましょう」

と、研究の足元を照らしたことにあります。

甘い結論だけを持ち帰らず、少し小麦の味も確かめる。

そのうえでこの論文を読むと、93という数字が万能薬ではなく、これから効果を確かめていくための、丁寧に整理された道具箱として見えてきます。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:行動を変える方法は一つじゃない|93の技法が教えてくれること

「早起きしたいなら、早く寝ればいい」

「運動したいなら、走ればいい」

「先延ばしをやめたいなら、今すぐ始めればいい」

言っていることは、たしかに間違っていません。

しかし、それで人が動けるなら、世の中から三日坊主という言葉はとっくに消えています。目覚まし時計は一度鳴れば使命を果たし、運動靴は玄関で静かに待つこともなく、私たちの机からは「あとでやる書類」が絶滅しているはずです。

現実の人間は、正しい答えを知っただけでは、なかなか動きません。

目標が大きすぎる。

始めるタイミングが決まっていない。

結果が見えない。

環境に誘惑が多い。

一人で抱えている。

疲れている。

失敗した記憶が、玄関先で腕を組んでいる。

行動の前には、いろいろな事情が行列をつくっています。

ミッチーらの研究が整理した93の行動変容技法は、そんな複雑な人間に対して、

「方法は一つではありません」

と教えてくれる地図です。

この論文がつくったのは、行動を変える“最強技”ではない

この論文は、世界中の専門家の意見を集めながら、行動変容に使われてきた技法を93種類に整理し、それらを16のグループへまとめました。

目標を設定する。

具体的な計画を立てる。

行動を記録する。

結果を振り返る。

誰かに支援してもらう。

ごほうびを用意する。

行動しやすいように環境を変える。

何度も繰り返し、習慣へ育てる。

こうした働きかけに、共通の名前と定義を与えたのです。

ただし、この論文が見つけたのは、

「これさえ使えば、誰でも必ず変わります」

という最強技ではありません。

93種類をトーナメントで戦わせ、

「優勝は目標設定です!」

と表彰したわけでもありません。

この研究がつくったのは、どんな技法が使われているのかを、研究者同士が正確に伝えるための共通語です。

それまでは、「支援を行った」「助言をした」「意欲を高めた」と書かれていても、具体的に何をしたのかがよくわからない研究がありました。

料理番組で、

「ここで、おいしくなるように工夫します」

とだけ説明されるようなものです。

見ている側は、

「その工夫の中身を知りたいのですが」

となります。

BCTTv1は、その「工夫」を細かく言葉にするための分類体系でした。

科学は、新しい答えを発見するだけではない

この論文の面白さは、まったく新しい行動変容法を発明したことではありません。

すでに使われていた方法を集め、重なりを確認し、名前をつけ、意味をそろえ、誰が読んでもある程度同じように見分けられる形へ整理したことです。

科学というと、白衣を着た人が突然、

「見つけたぞ!」

と叫ぶ場面を想像しがちです。

しかし、ときには、

「似た名前の箱が多すぎますね」

「こちらの二つは中身が同じでは?」

「この説明では区別できません」

と、ひたすら棚を片づける研究もあります。

派手な花火ではありません。

けれど、棚が整えば、次の研究者が必要な道具をすぐ取り出せます。

どの技法を使った研究が効果的だったのか。

どんな人には、どの技法が合いやすいのか。

どの組み合わせが役立つのか。

そうした問いを、以前より正確に調べられるようになります。

この論文は答えそのものというより、答えを探すための言葉と整理棚をつくった研究なのです。

93という数字は、私たちを追い立てるためのものではない

93種類と聞くと、

「そんなにたくさん試さなければならないのですか」

と不安になるかもしれません。

大丈夫です。

93種類は、人生の宿題リストではありません。

月曜日に目標設定、火曜日に自己記録、水曜日に社会的支援と、一週間で技法を消化する必要もありません。

大切なのは、方法が一つではないと知ることです。

たとえば、目標を立てても続かないなら、目標が悪いのではなく、始めるきっかけが足りないのかもしれません。

記録が続かないなら、本人が怠けているのではなく、記録方法が細かすぎるのかもしれません。

一人では動けないなら、意志が弱いのではなく、支援が必要なのかもしれません。

スマートフォンを見すぎるなら、心を鍛えるより、通知を切ったほうが早いかもしれません。

行動が変わらないとき、

「自分には無理だ」

と結論を出す前に、

「ほかの方法はないだろうか」

と問い直せる。

93という数字がくれるのは、万能感ではなく、選び直せる余白です。

失敗は、自分への判決ではなく、方法についての情報になる

私たちは、決めたことが続かなかったとき、すぐに自分を評価します。

「またできなかった」

「私は意志が弱い」

「どうせ何をしても続かない」

失敗した行動が一つなのに、人格全体へ判決が言い渡されます。

少々、裁判の範囲が広すぎます。

BCTTv1の考え方を生活へ持ち込むと、失敗を別の角度から見られます。

目標が大きすぎなかったか。

行動する時間は決まっていたか。

始めるまでの手順が多すぎなかったか。

環境に邪魔が多くなかったか。

成果が見えにくくなかったか。

一人で抱えすぎていなかったか。

体調や生活状況に無理がなかったか。

問いを変えると、失敗は、

「自分はだめだ」

という証明ではなく、

「この方法と条件では続きにくかった」

という情報になります。

情報であれば、次に活かせます。

目標を小さくする。

時間を変える。

物の配置を変える。

誰かに頼る。

記録を簡単にする。

休む。

方法を一つ変えるだけで、同じ人でも動きやすくなることがあります。

人間そのものを全面改装しなくても、入口の段差を低くすればよい場合があるのです。

ただし、93の技法は万能薬ではない

この論文を読むうえで、忘れたくないこともあります。

93種類に分類されたからといって、すべての技法に高い効果が証明されたわけではありません。

同じ技法でも、役立つ人と負担になる人がいます。

記録で前向きになれる人もいれば、空欄を見るたびに落ち込む人もいます。

ごほうびが励みになる人もいれば、義務のように感じる人もいます。

周囲からの支援が心強い人もいれば、監視されているように感じる人もいます。

さらに、行動できない背景には、本人の工夫だけでは変えにくい事情もあります。

長時間労働。

経済的な不安。

病気や疲労。

家庭の負担。

相談先の不足。

不安定な生活環境。

こうした問題を前にして、本人へ「目標を立てて記録しましょう」と言うだけでは、屋根から雨漏りしている部屋で床を拭き続けることになります。

床を拭く工夫も必要ですが、屋根を直す視点も必要です。

また、行動変容技法は、本人の意思を尊重して使わなければなりません。

人を思いどおりに動かすことと、その人が望む変化を支えることは別です。

「行動が変わったから成功」ではなく、

「誰のための変化なのか」

「本人はその目標を望んでいるのか」

「断る自由があるのか」

を考える必要があります。

道具が精密になるほど、使う側の誠実さも問われます。

「頑張る」しかなかった地図に、道が増えた

この論文を読み終えたあと、心に残るのは、93という数字そのものではないかもしれません。

むしろ、

人は、頑張る以外の方法でも変わっていける

ということではないでしょうか。

目標を小さくしてもいい。

始める時間を決めてもいい。

環境へ先に働きかけてもいい。

進んだことを見えるようにしてもいい。

誰かと一緒に歩いてもいい。

合わなければ、別の方法へ変えてもいい。

休む必要があるなら、いったん立ち止まってもいい。

私たちは、自分を変えようとするとき、本人を強くすることばかり考えます。

もっと覚悟を。

もっと根性を。

もっと高い意識を。

けれど、行動が変わるために必要なのは、必ずしも本人の強化工事ではありません。

道を短くする。

荷物を軽くする。

標識を置く。

仲間を呼ぶ。

坂道ではなく階段をつくる。

そうした工夫でも、人は前へ進めます。

変われなかったのではなく、これまで選べる道が少なかっただけかもしれません。

使っていた方法が、いまの自分や状況に合っていなかっただけかもしれません。

ミッチーらがつくった93の技法の地図は、私たちへ命令しません。

「この道を歩きなさい」とも言いません。

ただ静かに、

「こちらにも道があります」

と教えてくれます。

行動を変える方法は一つではありません。

一つの道で転んだからといって、目的地をあきらめなくてもいい。

地図を少し広げ、いまの自分が歩けそうな道を、もう一度探してみればよいのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読みながら、私は何度も、

「なるほど、人を変える方法は93種類もあるのか」

と思いました。

そして、その少しあとに、

「でも私は、たぶん94番目の方法を探してしまうだろうな」

とも思いました。

それは何かというと、

できれば苦労せず、気分も乗った状態で、いつの間にか人生が整っている方法です。

残念ながら、今回の分類には見当たりませんでした。

「朝起きたら、運動習慣と片づけ能力と計画性がインストールされていました」という技法もありません。人間の更新作業は、寝ている間に自動では終わらないようです。

少しがっかりです。

でも、この論文を読み終えたあとに残ったのは、落胆ではありませんでした。

むしろ、

「変わるって、もっと不器用でいいのかもしれない」

という、少しほっとする気持ちでした。

私たちは、できなかった理由を自分の中に探しすぎる

何かを続けられなかったとき、私たちはすぐに自分の内側を捜索します。

やる気が足りなかった。

覚悟が足りなかった。

忍耐力がなかった。

自分に甘かった。

心の中へ捜査員が入り、人格の引き出しを次々に開けていきます。

「こちらから意志の弱さが見つかりました」

「先延ばし癖もあります」

「自信の不足も押収します」

気づけば、一つの行動が続かなかっただけなのに、自分という人間全体が容疑者になっています。

私も、そういう考え方をよくします。

予定どおりに作業できなかった日。

始めようと思っていたことを先延ばしにした日。

せっかく決めたことが数日で止まった日。

そんなとき、

「方法が合わなかったのかもしれない」

より先に、

「また自分は続かなかった」

という言葉が出てきます。

自分への判決は、妙に仕事が早いのです。

ところが、この論文には93種類もの技法が並んでいます。

目標を決める方法。

行動を記録する方法。

環境を変える方法。

周囲から支援を受ける方法。

行動のきっかけをつくる方法。

ごほうびや結果を結びつける方法。

これを眺めていると、

「本人の中身を変える以外にも、ずいぶん手があったのだな」

と思います。

私たちは、人間本体の修理ばかり考えて、周囲の配線や家具の配置を見落としがちです。

パソコンが動かないときには、電源やケーブルを確認するのに、自分が動けないときには、いきなり人格を初期化しようとします。

少々、修理の規模が大きすぎます。

人を変える論文なのに、人を責める気持ちが薄くなった

行動変容という言葉には、どこか力強い響きがあります。

人を動かす。

習慣を変える。

望ましい行動を増やす。

読む前の私は、もう少し「人を効率よく変える技術」のような印象を持っていました。

けれど、この論文を読んでいるうちに、むしろ逆の気持ちになりました。

人を変えるための方法が93種類も必要だったということは、それだけ人間が単純ではないということです。

一言で励ませば動く人ばかりではない。

目標を決めれば進める人ばかりでもない。

記録が役立つ人もいれば、記録を見るだけで疲れる人もいる。

誰かと一緒なら安心する人もいれば、一人のほうが落ち着く人もいる。

行動できない人に対して、

「普通はこれでできるはずです」

と言いにくくなります。

だって、方法が93種類もあるのです。

一つの方法で動かなかったくらいで、その人を「やる気のない人」と決めるのは、メニューを一品しか出していない食堂が、

「食欲のないお客さんですね」

と言っているようなものです。

ほかの料理も見せてください。

せめて定食と麺類くらいは選ばせてください。

この論文を読んで、人間に対する見方が少しやわらかくなりました。

変わらない人がいるのではなく、まだ条件がそろっていない人がいる。

続かない人がいるのではなく、その方法では続きにくかった人がいる。

そう考えたほうが、現実に近い気がします。

そして何より、人にやさしい。

「正しいことを言う」と「人が動ける」は別だった

世の中には、正しい言葉がたくさんあります。

健康のために運動しましょう。

夜は早く眠りましょう。

食べすぎに気をつけましょう。

先延ばしにせず、早めに取りかかりましょう。

どれも反論しにくいほど正しい。

正しすぎて、こちらが少し猫背になります。

でも、正しいことを知っているのに、できないことはあります。

むしろ、知っているからこそ苦しいこともあります。

「わかっているのに、できない」

という状態です。

この「わかっているのに」の後ろには、かなり広い空間があります。

いつ始めればいいかわからない。

最初の一歩が大きすぎる。

疲れていて余力がない。

失敗したときのことを考えてしまう。

周囲の理解が得られない。

何をしても成果が見えない。

行動変容技法の分類は、その広い空間へ小さな照明を置いてくれます。

「本人に説明しました」で終わらせず、

では、目標は具体的だったか。

行動のきっかけはあったか。

環境は整っていたか。

支援はあったか。

進歩は見えたか。

と、もう少し細かく考えられる。

私はここに、この論文の大きな価値を感じます。

正しい答えを増やしたというより、できない理由を雑に扱わないための言葉を増やしたのです。

それでも、人生は分類表どおりには並ばない

もちろん、93種類に整理されたからといって、私たちの生活が急にわかりやすくなるわけではありません。

「今日は技法1.1の目標設定を行い、午後から技法2.3の自己記録を実施します」

そんなふうに生活していたら、家族から少し心配されるでしょう。

現実の行動はもっと入り組んでいます。

疲れたからできなかったと思っていたら、実は不安だった。

不安だと思っていたら、単に手順がわからなかった。

手順を決めたら進めるかと思ったら、その日は眠かった。

人間は、分類表に失礼なくらい複雑です。

しかも昨日うまくいった方法が、今日は効かないこともあります。

体調も、気分も、環境も変わります。

ですから私は、93の技法を「人間を攻略するためのコマンド集」としては読みたくありません。

むしろ、

「わからないまま責める前に、もう少し丁寧に見てみよう」

と促すものとして受け取りたいです。

分類は、人を箱へ押し込むためではなく、支援する側の思考を広げるために使いたい。

「この人には何番を使えばいいか」ではなく、

「いま何が邪魔をしていて、何なら少し楽になるだろう」

と考えるための材料にしたいのです。

支援する側も、93の技法の外には立っていない

この論文を読んで、もう一つ考えたことがあります。

行動を変えてほしい相手ばかりを見ていると、支援する側は自分を安全な観客席へ置いてしまうことがあります。

「本人のやる気が上がらない」

「なかなか行動へ移してくれない」

「何度説明しても続かない」

でも、BCTTv1の視点に立つと、支援する側にも問いが返ってきます。

目標は本人と一緒に決めただろうか。

行動を小さくできていただろうか。

環境の障害を見ていただろうか。

記録や振り返りが負担になっていなかっただろうか。

励ますつもりの言葉が、圧力になっていなかっただろうか。

「本人が変わらない」という一文の後ろに、支援する側の工夫不足が隠れている可能性もあります。

これは少し痛いところです。

人の行動を変える研究を読んでいたはずなのに、最後には自分の行動を振り返らされます。

論文が、こちらへ椅子を向けてきます。

「ところで、あなたは具体的に何をしましたか」

と。

なかなか油断できません。

でも、私はこの問いが好きです。

本人だけを問題にしないからです。

変化を、その人一人の責任にしない。

支援する側も、環境も、方法も、いったん同じ机の上に並べる。

そのほうが、誰かを責めるより、次の一手を考えやすくなります。

「変わる」は、もっと小さくていい

私たちは「変わる」と聞くと、劇的な場面を想像します。

朝日を浴びながら走り出す。

机に向かい、人生計画を書き直す。

過去の自分へ別れを告げる。

音楽も少し盛り上がります。

しかし、実際の変化はもっと地味です。

スマートフォンを別の部屋へ置いた。

靴を前日に出した。

五分だけ始めた。

一人では難しいと伝えた。

できなかった日も記録から消さなかった。

疲れているので、今日は休むと決めた。

その程度かもしれません。

でも、私はその程度でいいと思います。

行動変容の技法が細かく分けられているのも、変化が大きな決意だけで起きるわけではないからでしょう。

小さなきっかけ。

小さな環境の変更。

小さな確認。

小さな支援。

変化は、大きな扉を蹴破って入ってくるとは限りません。

郵便受けから静かに届くこともあります。

気づけば、昨日とは少し違う場所に立っていた。

それくらいの変化を見落とさないでいたいと思いました。

「アドラーの昼寝」で、この論文を紹介したかった理由

「アドラーの昼寝」では、心理学の論文を、専門家だけの棚から少し下ろして、日常のテーブルへ置きたいと思っています。

論文は、そのまま読むと固い。

タイトルからして、玄関で靴を脱ぐ前に帰りたくなることがあります。

今回の論文も、正式な題名には「分類体系」「階層的」「国際的合意」など、かなり背筋の伸びた言葉が並びます。

しかし中に入っていたのは、とても生活に近い問いでした。

人は、なぜ変わりたいのに変われないのか。

どうすれば、少し動きやすくなるのか。

支援する側は、何をしたのか。

うまくいかなかったとき、本人以外に見直せるものはないのか。

これは、研究室の中だけの話ではありません。

朝起きられなかった日にもあります。

机へ向かえなかった夜にもあります。

誰かを支えながら、何を言えばよいかわからなくなった場面にもあります。

だから、この論文を紹介したいと思いました。

93種類の技法を覚えてほしいからではありません。

「頑張れ」しか思いつかなかったとき、ほかにも言葉があると知ってほしいからです。

「またできなかった」と思ったとき、ほかにも見直せる場所があると知ってほしいからです。

そして、誰かが動けないとき、

「なぜやらないの?」

ではなく、

「どうすれば、少しやりやすくなるだろう?」

と考えるきっかけになればいいと思っています。

地図は、歩けない日にも持っていていい

この論文を読み終えて、私は93の技法を「行動する人のための地図」だと思いました。

でも、いまは少し違います。

これは、まだ動けない人も持っていてよい地図です。

地図を持ったからといって、すぐ歩き出さなくてもいい。

今日は道を眺めるだけでもいい。

この坂はきつそうだと知るだけでもいい。

一人では無理そうだから、誰かを呼ぼうと考えるだけでもいい。

地図の価値は、すぐ目的地へ着くことだけではありません。

「ここ以外にも道がある」と知ることにもあります。

自分が変われないように感じる日。

何度試しても続かず、もう方法がないように思える日。

そんなとき、93という数字は少し大げさなくらいでちょうどよいのかもしれません。

一つや二つうまくいかなかったくらいで、道はなくならない。

まだ見ていない道具がある。

まだ変えていない条件がある。

まだ頼っていない人がいる。

そして、いまは歩かずに休むという選択もある。

そう思えれば、自分への判決を少し先延ばしにできます。

先延ばしは、いつも悪者ではありません。

自分を責める判決なら、永久に先延ばししてもよいのではないでしょうか。

人は、正しい方法を知った瞬間に変わるわけではありません。

迷い、止まり、戻り、また少し試します。

その不器用な移動も含めて、変化なのだと思います。

ミッチーらが整理した93の技法は、私たちを急かす号令ではありません。

「別の道もありますよ」

と、地図の端をそっと広げてくれる研究でした。

私もまた、できなかった日に自分を責める前に、地図をもう一度開いてみようと思います。

たぶん、その日も最初に探すのは、苦労せず全部うまくいく94番目の方法でしょう。

見つからなければ、仕方ありません。

まずは、五分だけ始めるところからにします。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

出典論文:Michie, S., Richardson, M., Johnston, M., Abraham, C., Francis, J., Hardeman, W., Eccles, M. P., Cane, J., & Wood, C. E.(2013). The Behavior Change Technique Taxonomy (v1) of 93 Hierarchically Clustered Techniques: Building an International Consensus for the Reporting of Behavior Change Interventions. Annals of Behavioral Medicine / Springer Nature, 46(1), 81–95. DOI:10.1007/s12160-013-9486-6

掲載・確認先PubMed / Google Scholar / Springer Nature / City Research Online(著者公開版)

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
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阿部牧歌
心理学論文のうたたね案内人
はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
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