禁煙できないのは意志が弱いから?872人の研究で見えた変化の段階
- 「やめたいのに、やめられない」は意志の弱さなのか
- この論文をひとことで言うと
- この論文の要点
- 研究の背景:なぜ禁煙は何度も失敗するのか 「変化の段階」に注目した研究の始まり
- 研究方法:872人を5つの段階に分けて比較 禁煙する心をどう調べたのか
- この研究でわかったこと:禁煙の方法はみんな同じではない 変化の段階で違った心と行動
- ここが面白い:禁煙に失敗しても振り出しではない 再発を「変化の途中」と見る心理学
- 私たちの生活にどう活かせる?:習慣を変えたいのに続かない人へ まず「今いる段階」を確かめよう
- 少し注意したい点:行動変容ステージモデルは万能ではない 禁煙研究を読む3つの注意点
- まとめ:禁煙できないのは意志の弱さではない 変化には段階がある
- あとがき
- 制作ノート
「やめたいのに、やめられない」は意志の弱さなのか
『人はどうやってタバコをやめるのか-禁煙に至る「変化の段階」とプロセスを統合する』ジェームズ・O・プロチャスカ、カルロ・C・ディクレメンテ(1983)
Prochaska, J. O., & DiClemente, C. C.(1983). Stages and processes of self-change of smoking: Toward an integrative model of change. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 51(3), 390–395.
DOI:10.1037/0022-006X.51.3.390
「よし、明日からタバコをやめよう」
そう決めた夜の自分は、なかなか頼もしく見えます。灰皿を片づけ、残っていたタバコを捨て、「今度こそ本気だ」と心の中で小さく宣言する。気分としては、もう半分くらい禁煙に成功しています。
ところが翌朝。
コーヒーを飲んでいると、手が妙に落ち着きません。仕事で少し嫌なことがあると、「今日だけならいいか」という臨時特例が、心の国会であっさり可決されます。そして気づけば、コンビニのレジでいつもの銘柄を注文している。
「また吸ってしまった……。自分はなんて意志が弱いんだろう」
禁煙に挑戦したことがある人なら、この流れに見覚えがあるかもしれません。決心したときは本気だったのに、続かない。何度やめても、また戻ってしまう。すると私たちは、変えられなかった行動よりも、自分の性格そのものを責め始めます。
「根性がない」
「我慢ができない」
「どうせ自分は変われない」
けれど、本当にそうなのでしょうか。
人は、スイッチを押すようには変わらない
私たちはつい、「やるか、やらないか」「成功か、失敗か」という二つの箱で変化を考えてしまいます。
禁煙できた人は意志が強い。禁煙できなかった人は意志が弱い。ずいぶん分かりやすい仕分けですが、人間の心はそれほどきれいに段ボール箱へ収まりません。むしろ、引っ越し当日の押し入れくらい複雑です。
「やめたほうがいいのは分かっている。でも、まだやめたくはない」
「そろそろ本気で考えようかな」
「来月から始めよう」
「一週間やめられた。でも、また吸ってしまった」
これらは一見すると、どれも「禁煙できていない状態」に見えます。けれど、心の中で起きていることは同じではありません。
まだ変えるつもりがない人と、変えようか迷っている人。具体的に準備している人と、すでに行動を始めた人。同じ言葉をかけ、同じ方法を渡せば、全員が同じように動けるのでしょうか。
どうやら、人の変化にはそれぞれの「現在地」があるようなのです。
「失敗」ではなく、変化の途中かもしれない
心理学者のジェームズ・O・プロチャスカとカルロ・C・ディクレメンテは、喫煙習慣を自分で変えようとする人々を調べました。
彼らが注目したのは、「禁煙できたか、できなかったか」という最終結果だけではありません。
人は変わるまでに、どのような段階を通るのか。どの段階で、どのような考え方や行動が使われるのか。再び吸ってしまうことは、すべてを台無しにする失敗なのか。
その研究から見えてきたのは、人は決心した瞬間に別人になるのではなく、いくつかの段階を進みながら少しずつ変わっていく、という姿でした。
階段を一段上がったと思ったら、疲れて腰を下ろす日もあります。少し戻ってしまう日もあるでしょう。しかし、戻ったからといって、それまで考えたことや試したことがすべて消えるわけではありません。
変化は、一直線に進む電車ではないのです。ときどき同じ駅へ戻り、「あれ、ここ前にも来たぞ」と首をかしげながら、それでも少しずつ地図を読めるようになっていく旅なのかもしれません。
この記事では、禁煙をめぐる研究を手がかりに、人が行動を変えていくときの「心の段階」を見ていきます。
「やめられない自分は、意志が弱い」
そう判決を下すのは、まだ少し早いかもしれません。
まずは、自分が変化の階段のどこにいるのか。責める代わりに、現在地を一緒に確かめてみましょう。

この論文をひとことで言うと
人は「よし、変わろう」と決めた瞬間に変わるのではなく、いくつかの段階を進みながら、その段階に合った方法で少しずつ変わっていく。
この論文をひとことで言えば、そういう研究です。
禁煙というと、私たちはつい「吸うか、吸わないか」の二択で考えてしまいます。
「まだ吸っている。はい、禁煙失敗」
「吸っていない。おめでとう、禁煙成功」
採点がたいへん早い。心の答案用紙を提出した瞬間、赤ペン先生が走ってきて、丸かバツかをつけてしまいます。
けれど、プロチャスカとディクレメンテは、そこに待ったをかけました。
「いやいや、人が変わる途中には、もっといろいろあるでしょう」
たしかに、同じようにタバコを吸っている人でも、心の中はまったく同じではありません。
「やめるつもりなんてないよ」という人もいれば、「そろそろやめたほうがいいかな」と考え始めた人もいます。「今度こそやめる」と動き出した人もいれば、いったんやめたものの、また吸ってしまった人もいる。
外から見れば、全員「タバコを吸っている人」かもしれません。
しかし心の中では、それぞれ違う駅に立っています。
変化には「いまいる場所」がある
この論文の大切な考え方は、人の変化には段階がある、ということです。
まだ変えようと思っていない段階。
変えたほうがよいのでは、と考え始める段階。
実際に行動を起こす段階。
新しい行動を続けようとする段階。
そして、ときには元の習慣へ戻ってしまうこともある。
人はこの道を、駅から駅へ順調に走る特急列車のようには進みません。一駅進んだと思ったら戻ったり、ホームのベンチで長く考え込んだりします。心の鉄道は、なかなか時刻表どおりに動かないのです。
大事なのは、どの段階にいる人にも、同じ方法が効くわけではないという点です。
まだ禁煙を考えていない人に、「今日から絶対に一本も吸わないでください」と言っても、心は置いてけぼりになります。反対に、すでに禁煙を始めている人へ「まずはタバコの害について考えましょう」と説明しても、「その会議はもう終わりました」となるかもしれません。
必要なのは、根性を増量することだけではありません。
その人が今どの段階にいて、次へ進むためにどんな考え方や行動が役立つのかを見ることです。
「また吸った」は、すべてがゼロになったという意味ではない
この研究がやさしいのは、再び吸ってしまうことを、単純な敗北として扱っていないところです。
禁煙中に一本吸ってしまうと、頭の中ではすぐに緊急記者会見が始まります。
「禁煙計画は完全に失敗しました」
「これまでの努力はすべて無意味でした」
「明日から通常営業に戻ります」
しかし、一本吸ったからといって、それまでに学んだことまで煙になって消えるわけではありません。
どんな場面で吸いたくなったのか。どんな気持ちのときに戻りやすいのか。何があれば少し我慢できたのか。そこには、次に生かせる情報が残っています。
変化は、失敗したら最初のマスへ戻されるすごろくではありません。戻ったように見えても、前回とは違う知識や経験を持っています。
この論文が教えてくれるのは、「変われない人」と「変われる人」がいるのではなく、人はそれぞれ違う段階で変化の途中にいる、という見方です。
だから、やめたいのにやめられないとき、すぐに「意志が弱い」と決めつけなくてもよいのです。
必要なのは、自分を叱る大声ではなく、
「いま、自分はどの段階にいるのだろう」
と、心の現在地を確かめることなのかもしれません。

この論文の要点
1. 人の変化には、いくつかの段階がある
禁煙は、「昨日まで吸っていた人が、今日からきっぱり別人になる」という一発変身ではありません。
プロチャスカとディクレメンテは、喫煙習慣を変えようとする人たちを調べ、人はそれぞれ異なる段階にいると考えました。
まだタバコをやめようと思っていない人。
「そろそろやめたほうがいいかな」と考え始めた人。
実際に禁煙へ動き出した人。
禁煙を続けようとしている人。
そして、いったんやめたものの、再び吸い始めた人。
外から見れば、同じようにタバコを吸っている人でも、心の現在地は違います。
つまり、「まだ禁煙できていない」という一枚の札だけでは、その人に何が必要なのかは分かりません。人の変化は、電源スイッチというより階段です。しかも、その階段には踊り場があり、途中で座り込む日もあります。
大切なのは、「できたか、できなかったか」だけでなく、いま変化のどの段階にいるのかを見ることです。
2. 段階が違えば、役立つ方法も違う
この論文でもう一つ重要なのは、人が行動を変えるために使う方法が、段階によって異なっていたことです。
たとえば、まだ禁煙を考えていない人には、タバコと健康の関係を知ったり、自分の習慣を振り返ったりすることが、変化のきっかけになるかもしれません。
一方、すでに禁煙を始めている人には、吸いたくなる状況を避ける、代わりの行動を用意する、周囲に協力してもらうといった、より具体的な工夫が必要になります。
ここで全員に「とにかく我慢してください」と言ってしまうと、心の現在地を無視した一斉放送になります。
まだ地図を開いている人に「さあ走って」と言っても困りますし、すでに走っている人へ「まず目的地について考えましょう」と言っても、「いま坂道なんですけど」となります。
変化を助けるには、その人がいる段階に合わせて、方法を選ぶ必要がある。これが、この論文の大きな発見です。
3. 再び吸ってしまっても、変化のすべてがゼロになるわけではない
禁煙中に再びタバコを吸ってしまうと、私たちはすぐに「失敗」という大きな判子を押しがちです。
「一本吸った。終了」
「これまでの努力は全没収」
「禁煙計画、本日をもって解散」
しかし、この研究では、再び吸い始めることも変化の流れの中に置かれています。
もちろん、再発を「気にしなくてよい」と言っているわけではありません。ただ、再び吸ったからといって、それまでの経験が何も残っていないとは限らないのです。
何日続けられたのか。
どんな場面で吸いたくなったのか。
何が助けになり、何が足りなかったのか。
そこには、次の挑戦に使える情報があります。
変化は、一直線の道ではありません。進んだり、止まったり、ときには戻ったりします。それでも、前回とまったく同じ自分に戻るとは限りません。
この見方に立つと、再発は「自分には変わる力がない」という証明ではなく、変化を続けるために作戦を見直す地点として捉え直せます。
この論文が伝えているのは、禁煙の成否を根性だけで裁くのではなく、変化の段階と、その段階で使われる方法を丁寧に見ることの大切さです。
人は、叱られた勢いだけで変わるのではありません。
自分の現在地を知り、そこに合った一歩を選びながら、少しずつ変わっていくのです。

研究の背景:なぜ禁煙は何度も失敗するのか 「変化の段階」に注目した研究の始まり
禁煙について考えるとき、話はつい単純になります。
「タバコは体によくありません」
「はい、分かりました。では今日からやめましょう」
これで無事に終われば、禁煙の研究はずいぶん静かな分野だったでしょう。病院の待合室にも、「吸わないほうが健康です」と一枚貼っておけば仕事完了です。
ところが、人間はそう簡単には動きません。
タバコの害をよく知っていても、吸い続ける人がいます。何度も「やめる」と決めたのに、また吸ってしまう人もいます。反対に、専門的な治療を受けず、自分の力でやめる人もいます。
知識があれば変われるわけでもない。
強く決心すれば必ず続くわけでもない。
では、人は一体、どうやって習慣を変えているのでしょうか。
1980年代の初め、この当たり前に見えて厄介な問いには、まだ十分な答えがありませんでした。
「やめた人」と「やめられなかった人」だけでは分からない
当時の禁煙研究では、最終的な結果に注目しやすい傾向がありました。
禁煙できたのか。
できなかったのか。
一定期間、吸わずに過ごせたのか。
もちろん、結果を調べることは大切です。けれど、それだけでは、人が変わる途中で何を考え、何をしていたのかが見えてきません。
たとえば、同じ「まだタバコを吸っている人」でも、次の二人はかなり違います。
Aさんは言います。
「やめるつもりはありません。食後の一本が私の外交政策です」
一方のBさんは言います。
「来月からやめたいので、灰皿を捨てようか迷っています」
二人とも、現在は喫煙しています。結果だけを見れば、同じ箱に入れられてしまいます。
しかし、心の中ではまったく違う場所にいます。
Aさんは、まだ変化を考えていません。Bさんは、すでに変化へ顔を向けています。それなのに二人へ同じ説明をし、同じ方法を勧めても、うまくいくとは限りません。
研究者たちにまだよく見えていなかったのは、まさにこの部分でした。
人が行動を変えるまでには、どのような段階があるのか。
そして、
それぞれの段階で、人はどのような方法を使っているのか。
この「途中の景色」が、まだ十分に整理されていなかったのです。
心理療法には、いろいろな流派があった
もう一つの背景には、心理療法の世界に多くの考え方があったことがあります。
自分の問題に気づくことを重視する考え方。
感情を見つめることを重視する考え方。
環境を変えたり、別の行動へ置き換えたりすることを重視する考え方。
それぞれに役立つ部分はありましたが、「結局、人が変わるときには何が起きているのか」という全体図は、ばらばらのままでした。
たとえるなら、変化という大きな町について、心理学者たちが別々の観光案内を作っていたようなものです。
ある案内書には、「気づき通りがおすすめです」と書いてある。
別の案内書には、「行動変更駅から乗ってください」とある。
さらに別の案内書には、「人間関係広場を忘れずに」と書かれている。
どれも間違いとは言えません。しかし、町全体の地図がなければ、どの道を、いつ使えばよいのかが分かりません。
プロチャスカとディクレメンテが目指したのは、特定の一つの理論だけを勝者にすることではありませんでした。
さまざまな心理療法で語られてきた「人が変わるための方法」を整理し、それらが変化のどの段階で使われるのかを、一つの地図として描こうとしたのです。
専門家に頼らず変わった人は、何をしていたのか
さらに二人が注目したのが、治療を受けずに自分で禁煙した人たちでした。
ここは、とても興味深いところです。
何かを変えたいとき、私たちは専門家の指導や特別なプログラムに目を向けます。もちろん、それらは大切です。
けれど現実には、病院や相談機関へ行かず、自分なりの工夫で生活習慣を変える人もいます。
その人たちは、ただ突然「強い人」へ進化したのでしょうか。
ある朝目覚めたら、意志力が前日の三倍に増えていたのでしょうか。
おそらく、そうではありません。
タバコの害を改めて考えた人もいたでしょう。吸いたくなる場所を避けた人もいたでしょう。家族に宣言した人、別の行動で気をそらした人、自分への見方を変えた人もいたかもしれません。
つまり、自力で変わった人たちも、何らかの「変化の方法」を使っていた可能性があります。
ただし、その方法が変化のどの段階で使われ、どのように次の段階へつながるのかは、まだ整理されていませんでした。
そこでプロチャスカとディクレメンテは、禁煙した人、禁煙しようとしている人、再び吸い始めた人などを調べ、人が変化するときの段階とプロセスを結びつけようとしました。
彼らが知りたかったのは、単なる「成功者の共通点」ではありません。
人は、変化のどの地点で、どんな心の働きや行動を使うのか。
その問いに答えることができれば、変わろうとしている人へ、ただ「頑張って」と言う以外の支援ができるようになります。
まだ変える気持ちがない人には、まず気づくための働きかけを。
変えようと考えている人には、決断を助ける材料を。
すでに動き始めた人には、行動を続けるための具体的な工夫を。
つまり、この研究の背景にあったのは、素朴だけれど重要な疑問でした。
人が変われないのは、その人が弱いからなのか。それとも、いまいる段階に合わない方法を渡されているからなのか。
禁煙を「できた」「できなかった」だけで裁くのをやめ、変化の途中へ目を向ける。
そこから、人の心を段階として捉える研究が始まったのです。

研究方法:872人を5つの段階に分けて比較 禁煙する心をどう調べたのか
では、プロチャスカとディクレメンテは、人が禁煙へ向かう「心の現在地」をどのように調べたのでしょうか。
研究の全体像をざっくり言うと、次のようになります。
喫煙習慣を自分で変えようとしている872人を、変化の段階ごとに分け、それぞれがどのような考え方や行動を使っているかを比べた。
研究方法の骨組みは、これです。
白衣を着た研究者が、参加者の前へタバコを一本置き、「さあ、耐えられるでしょうか」と腕組みをして観察した実験ではありません。
参加者の日常生活に踏み込み、無理やり禁煙させた研究でもありません。
研究者たちは、すでに自分なりに喫煙習慣を変えようとしていた人たちへ質問を行い、その答えをもとに違いを調べました。
872人に「いま、どこにいますか」と尋ねた
研究に参加したのは、喫煙習慣を自分で変えようとしていた872人です。
人数だけを見ると、なかなか大きな集団です。学校でいえば、全校集会を数回開けそうな人数です。
ただし、872人全員が同じ状態だったわけではありません。
「そのうちやめるかもしれないけれど、今ではない」という人。
禁煙を真剣に考え始めた人。
実際にタバコをやめようとしている人。
禁煙を続けている人。
いったんやめたものの、再び吸い始めた人。
研究者たちは、参加者をこうした変化の段階ごとに分けました。
この研究で扱われたのは、現在よく知られているモデルと少し異なり、主に次の五つの状態です。
- まだ変えるつもりがない段階
- 変えようと考えている段階
- 実際に行動している段階
- 変化した状態を維持している段階
- いったん変えたものの、元へ戻った段階
要するに、「禁煙できた人」と「禁煙できていない人」の二つに分けるのではなく、変化の途中にいくつもの場所を設けたのです。
これによって、研究者は単なる勝敗表ではなく、変化の道のりそのものを比べられるようになりました。
変わるために何をしているのかを40項目で調べた
次に研究者たちは、参加者へ40項目の質問を行いました。
この質問で調べたのは、「禁煙できる自信は何点ですか」という一つの気持ちだけではありません。
人が自分の行動を変えるとき、どのような考え方や工夫を使っているかを、幅広く尋ねました。
たとえば、
「タバコが自分や周囲へ与える影響を考える」
「自分の習慣や感情を見つめ直す」
「タバコを吸いたくなる場面を避ける」
「吸う代わりに別の行動をする」
「周囲の人へ協力を求める」
といったものです。
研究では、こうした変化の方法が、10種類の「変化のプロセス」として整理されました。
ここでいうプロセスとは、難しい装置の名前ではありません。
平たく言えば、人が自分を変えようとするときに使う、心と行動の作戦です。
ある人は、タバコの害を改めて考える。
ある人は、家族へ禁煙を宣言する。
ある人は、食後に散歩をする。
ある人は、灰皿やライターを片づける。
どれも「変わるための方法」ですが、すべての人が同じ時期に同じ方法を使うわけではありません。
そこで研究者たちは、変化の段階ごとに、どの作戦がよく使われているのかを比べました。
違うのは意志の強さか、それとも使っている方法か
この研究の面白いところは、「禁煙できた人は意志が強かった」で話を終わらせなかったことです。
もし意志の強さだけがすべてなら、調べることは簡単です。
参加者へ、
「あなたの根性は何点ですか」
と聞けばよい。
もちろん、そんな単純な質問だけでは、人がどう変わったのかは分かりません。
研究者たちが知りたかったのは、変化の段階が違うと、使われる方法も違うのかということでした。
まだ禁煙を考え始めたばかりの人は、まず自分の問題に気づく方法を多く使うのか。
すでに禁煙を始めた人は、環境を変えたり、別の行動へ置き換えたりする方法を多く使うのか。
禁煙を維持している人は、どのような工夫で元の習慣へ戻るのを防いでいるのか。
こうした違いを見比べることで、「変化には段階があり、それぞれの段階に合った方法がある」という考えを確かめようとしたのです。
この研究は「未来を追いかけた実験」ではない
ここで、一つだけ押さえておきたいことがあります。
この論文で中心的に報告されたのは、参加者たちのその時点での違いを比べた結果です。
つまり、872人全員を長期間追いかけて、
「この人は三か月後に禁煙できた」
「この方法を使ったから次の段階へ進んだ」
と、原因と結果を厳密に確かめた研究ではありません。
調査した時点で、それぞれの段階にいた人たちが、どのような変化の方法を使っていたかを比べています。
そのため、この研究だけで、
「この方法を使えば必ず禁煙できる」
「この順番で進めば誰でも成功する」
とまでは言えません。
ただし、人が変化するときの途中経過を整理し、「段階によって使われる方法が違うのではないか」と示した点に、大きな意味があります。
それまでぼんやりしていた変化の道へ、駅名と路線図を書き込んだ研究だったのです。
まとめると、この研究では、
872人を変化の五つの段階に分け、40項目の質問を通して、10種類の変化プロセスの使われ方を比較しました。
研究方法は驚くほど素朴です。
人々を無理やり変えようとするのではなく、すでに変化の途中にいる人たちへ尋ねました。
「あなたはいま、どのあたりにいますか」
「そこでは、何をしていますか」
その答えを並べることで、人が変わる道の全体像を描こうとしたのです。

この研究でわかったこと:禁煙の方法はみんな同じではない 変化の段階で違った心と行動
研究の結果、まず大きく見えてきたのは、禁煙へ向かう人たちは、いつでも同じ方法を使っているわけではないということでした。
「禁煙するなら、タバコを捨てて、とにかく我慢する」
私たちはつい、これを禁煙の万能レシピだと思ってしまいます。
しかし、人がまだ「やめようかな」と考えている段階と、すでに「今日から吸わない」と動き出している段階では、必要になる作戦が違っていました。
研究者が調べた10種類の変化プロセスは、五つの段階で同じように使われていたのではありません。段階ごとに、よく使われる心の働きや行動が、はっきりと異なっていたのです。
まだ変えるつもりがない人は、変化の作戦をほとんど使っていなかった
まだ禁煙を考えていない段階の人たちは、10種類の変化プロセスのうち、8種類をほかの段階の人よりも少なく使っていました。
タバコについて新しい情報を集める。
喫煙する自分を振り返る。
吸いたくなる環境を変える。
ほかの行動へ置き換える。
こうした変化へ向かう作戦が、まだあまり動いていなかったのです。
これは考えてみれば当然にも思えます。
まだ旅行へ行くつもりがない人は、切符も買わなければ、荷造りもしません。「北海道へ行く準備が足りませんよ」と言われても、「そもそも行くと申しておりません」となるでしょう。
禁煙でも同じです。
本人がまだ変化へ顔を向けていないときに、具体的な禁煙方法を大量に渡しても、心の机には置く場所がありません。
ここで必要なのは、いきなり「今日から吸わないでください」と命じることではなく、まずタバコと自分の生活について考えられる状態になることなのでしょう。
考え始めた人は、まず情報と自分の気持ちを見直していた
禁煙を真剣に考えている段階では、意識を高めることが特に多く使われていました。
難しい言葉に見えますが、簡単に言えば、
「タバコは自分にどんな影響を与えているのだろう」
「やめたら何が変わるだろう」
と、情報を集めたり、問題を見つめたりすることです。
さらに、禁煙を考えている人と実際に行動している人の両方で、自分を見つめ直すことが強く使われていました。
「喫煙を続ける自分を、自分はどう感じているのか」
「これから、どんな自分でいたいのか」
単に「タバコは健康に悪い」と知るだけではなく、喫煙と自分の生き方を結びつけて考えていたのです。研究者たちは、この自分を見つめ直す過程が、「考える段階」と「行動する段階」をつなぐ橋になっている可能性を指摘しました。
ここは、少し意外なところです。
人が変わるとき、私たちは「強く決心して、すぐ動くこと」が大切だと思いがちです。
しかし、その前には、
「このままの自分でよいのだろうか」
と、静かに考える時間がありました。
変化のエンジンは、いつも大音量で始動するわけではありません。最初は、心の奥で小さくアイドリングしているのです。
実際に禁煙を始めると、作戦は一気に具体的になった
実際にタバコをやめ始めた段階では、使われる方法がぐっと行動的になりました。
たとえば、
- 「自分はやめる」と決める
- 周囲の人に支えてもらう
- できたことにご褒美を与える
- タバコの代わりになる行動をする
- 灰皿やライターなど、吸いたくなるきっかけを遠ざける
といった方法です。
研究では、行動段階の人たちが、決意を行動へ移すこと、周囲の助けを使うこと、行動に報酬を与えることを特に重視していました。また、タバコの代わりになる行動を用意する方法と、吸いたくなる刺激を減らす方法は、行動段階と維持段階の両方で多く使われていました。
つまり、「やめたいと思うこと」と「やめた状態を続けること」では、仕事の内容が違います。
考える段階では、心の中で会議を開く。
行動する段階では、灰皿を片づけ、習慣を入れ替え、応援団を呼ぶ。
変化が始まると、心だけでなく、生活の家具配置まで変えなくてはならないのです。
維持は「何もしない期間」ではなかった
この研究で特に興味深いのは、禁煙を続けている維持段階が、ただ静かに時間が過ぎる期間ではなかったことです。
禁煙に成功したあとなら、
「もう吸っていないのだから、作戦会議は終了です」
となりそうです。
ところが、維持段階の人たちも、タバコの代わりとなる行動や、吸いたくなる刺激を遠ざける工夫を使い続けていました。
たとえば、食後に散歩をする。喫煙場所へ近づかない。ストレスを感じたとき、別の方法で気持ちを落ち着ける。
禁煙を続けることは、ただ手を離して浮かんでいられる状態ではありません。水面下では、転ばないための小さな調整が続いていたのです。
研究者たちは、この結果から、維持段階は「変化が終わった状態」ではなく、変化を保つために活動している段階だと考えました。
これも、なかなか意外です。
何かを始めるときは努力が必要だけれど、続ける段階へ入れば自動運転になる。そんなイメージがあります。
しかし実際には、続けている人ほど、目立たない場所でハンドルを握り続けていたのです。
再び吸った人は、完全に振り出しへ戻ったわけではなかった
そして、この研究でもっとも人間らしい結果が、再発した人たちに見られました。
再びタバコを吸い始めた人たちは、禁煙を考えている段階の特徴と、実際に行動している段階の特徴を、両方持っていました。
タバコについて改めて考え、自分を見つめ直す。
その一方で、周囲の助けを求めたり、吸いたくなる刺激を減らしたりもする。
研究者たちは、再発した人が次の禁煙へ向けて考え直しながら、完全に元の喫煙状態へ戻らないよう行動していた可能性を述べています。
ここが、この研究のいちばん意外で、いちばん救いのあるところかもしれません。
再び一本吸った瞬間、すべての努力が消えるわけではない。
「失敗しました。第一話からやり直してください」と、人生のスタッフロールが流れるわけでもないのです。
再発した人の中には、考える力も、行動する力も残っていました。
変化は、前進か後退かだけでは測れません。一歩戻ったように見える場所でも、人は次の一歩に使う道具を手にしていることがあります。
この研究が示したのは、禁煙には全員共通の一本の正解があるのではなく、心の現在地によって、役立つ方法が変わるということでした。
まだ考えていない人へは、気づくための材料を。
考え始めた人へは、自分を見つめる時間を。
動き始めた人へは、具体的な行動と周囲の支えを。
続けている人へは、誘惑に備える工夫を。
そして再び吸ってしまった人へは、「全部終わり」と裁くのではなく、いま残っている力を確かめることを。
ただし、この研究は異なる段階にいた人たちを同じ時点で比べたものです。そのため、「この方法を使ったから次の段階へ進めた」と原因まで確定した研究ではありません。けれど、禁煙を一発勝負ではなく、段階ごとに作戦が変わる長い変化として見るための、大切な地図を描いた研究だったと言えるでしょう。

ここが面白い:禁煙に失敗しても振り出しではない 再発を「変化の途中」と見る心理学
この研究の面白さは、「禁煙には段階があります」という分類表を作ったことだけではありません。
もっと面白いのは、私たちが普段使っている成功と失敗の物差しを、いったん机の上へ置かせたことです。
禁煙できた。成功。
また吸った。失敗。
努力したけれど続かなかった。振り出しへ戻る。
この見方は、とても分かりやすいものです。分かりやすすぎて、裁判が始まってから判決までが驚くほど速い。
「被告人は昨日、タバコを一本吸いましたね」
「はい」
「では、これまでの努力はすべて無効です」
「異議あり!」
と言いたくなりますが、私たちの頭の中にいる裁判官は、だいたい話を聞いてくれません。
ところが、この研究は、そこで判決を急ぎませんでした。
再びタバコを吸い始めた人を見て、
「はい、この人は最初へ戻りました」
とは考えなかったのです。
むしろ、再発した人の中に、禁煙を考えている段階の特徴と、実際に行動している段階の特徴が、両方残っていることに注目しました。
つまり、その人は元の場所へ完全に戻ったのではありません。
一度進んだからこそ知っていること、一度試したからこそ身についた工夫、一度つまずいたからこそ見えた弱点を持ったまま、次の場所に立っていたのです。
戻ったように見えて、同じ場所ではない
たとえば、禁煙を一週間続けたあと、仕事で大きなストレスを抱え、また一本吸ってしまった人がいるとします。
本人はきっと思うでしょう。
「全部だめになった」
けれど、本当に全部でしょうか。
その人は、少なくとも一週間は吸わずに過ごしました。
朝のコーヒーとタバコを切り離す経験をしました。
食後に吸いたくなることを知りました。
イライラしたときが危険だと分かりました。
家族に応援されると少し楽になることも、コンビニの前を通ると心がざわつくことも知ったかもしれません。
そして今回、強いストレスが自分にとって大きな再発のきっかけになると分かりました。
たしかに、タバコは一本吸いました。
けれど、その人の中には、以前にはなかった情報が残っています。
これは、人生ゲームで「スタートへ戻る」のマスを踏んだ状態とは違います。盤上のコマは戻ったように見えても、プレイヤーは前より地図を知っています。
変化をらせん階段にたとえる考え方があります。
同じ景色がもう一度見えることはある。けれど、高さまで同じとは限らない。
「またここに来てしまった」と思った場所が、実は前回より少し上の階だった、ということがあるのです。
「まだ考えているだけ」も、変化の一部だった
この研究は、実際に禁煙を始める前の段階にも光を当てました。
私たちは行動を高く評価します。
「考えているだけでは意味がない」
「やるなら早くやれ」
「来月からではなく、今日から始めよう」
耳の痛い言葉です。正論の靴は、だいたいつま先が硬い。
もちろん、いつまでも考えているだけでは、現実は変わらないかもしれません。
しかし、行動する前に考えることまで「何もしていない」と扱ってしまうと、人が変わる仕組みの半分を見落とします。
禁煙を考え始めた人は、タバコについて情報を集めたり、自分の生活を見直したりしていました。
「なぜ自分は吸っているのだろう」
「やめたら何が困るだろう」
「それでも、やめたい理由は何だろう」
これは、外から見れば地味です。
灰皿はまだ机にある。タバコもまだポケットに入っている。見た目には、昨日とほとんど変わっていません。
けれど、心の中では家具の移動が始まっています。
今まで当たり前だった習慣に、「これは本当に必要だろうか」という小さな付箋が貼られ始めている。
その付箋が一枚増え、二枚増え、やがて行動へつながっていく。
変化は、行動した瞬間に突然生まれるのではありません。行動として見える前から、心の地下では工事が始まっているのです。
正しい助言も、渡す時期を間違えると届かない
もう一つ、この研究が面白いのは、正しい方法なら、いつ渡しても役に立つわけではないと考えられる点です。
たとえば、まだ禁煙する気がない人に、
「灰皿を捨てましょう」
「吸いたくなったらガムをかみましょう」
「家族に禁煙を宣言しましょう」
と、具体的な作戦を次々と渡したとします。
助言の内容は間違っていません。
けれど本人の心は、
「その前に、私はまだやめると決めていません」
という場所にいます。
これは、旅行するかどうか迷っている人へ、空港での乗り継ぎ方法を熱心に説明するようなものです。
情報は正しい。説明も親切。しかし、少々早い。
反対に、すでに禁煙を始めて苦戦している人へ、
「まず、タバコの健康被害について考えましょう」
と説明しても、
「それは知っています。今は昼食後の一本をどう乗り越えるかで困っています」
となります。
ここで見えてくるのは、支援には内容だけでなく、タイミングがあるということです。
同じ言葉でも、相手の段階に合えば背中を支える手になります。合わなければ、立派な正論として床に落ちます。
人を変えようとするとき、私たちはつい「何を言うか」に夢中になります。
けれど、それと同じくらい、
「この人はいま、どこにいるのか」
を見ることが大切なのです。
「頑張れ」が効かないのは、本人のせいとは限らない
禁煙に限らず、私たちは変われない人を見ると、意欲の不足を疑いがちです。
勉強が続かない。
運動習慣が身につかない。
転職したいのに動けない。
部屋を片づけたいのに、床が永遠に見えない。
すると、本人も周囲も言います。
「本気ならできるはずだ」
しかし、この研究の考え方を借りるなら、「本気かどうか」だけで見るのは少し粗すぎます。
まだ必要性を感じていない人。
変えるべきか迷っている人。
決心したけれど、方法が分からない人。
始めたけれど、続ける環境がない人。
一度うまくいかなかったことで、自信を失っている人。
同じ「動けない」に見えても、中身はまるで違います。
そこで全員に同じ大きさの「頑張れ」を渡しても、使い道が分からない人が出てきます。
ネジを締めたい人にハンマーを渡し、「道具は渡しました」と言うようなものです。道具箱としては立派でも、今の作業には合っていません。
変われないときに必要なのは、努力の量をただ増やすことではなく、今の段階に合った作戦へ変えることかもしれません。
続いている人も、じつは静かに頑張っている
この研究は、変化を維持している人の見方も変えてくれます。
禁煙を続けている人を見ると、私たちはつい、
「もう平気なんですね」
と思います。
しかし、維持している人たちは何もしていなかったわけではありません。
吸いたくなる場所を避ける。
代わりの行動を用意する。
周囲の支えを使う。
誘惑が来たときの対策を続ける。
表面上は静かでも、水面下では細かな調整が行われています。
白鳥が水面では優雅に進み、水の中では足を動かしている、という話がありますが、習慣の維持も少し似ています。
ただし、本人に向かって「水面下で必死ですね」と言うと少々失礼なので、心の中でそっと理解しておきましょう。
続けられている人は、意志力の超人だから続いているとは限りません。
続けるための環境や行動を、目立たないところで整えているのです。
この視点を持つと、成功者に対する見方も変わります。
「あの人は強いからできた」
ではなく、
「あの人は、続けるためにどんな工夫をしているのだろう」
と考えられるようになります。
才能や性格の話から、工夫と環境の話へ。
これは、かなり大きな方向転換です。
人を責める前に、現在地を聞く
私がこの研究でいちばん面白いと思うのは、人間を「変われる人」と「変われない人」に分けなかったところです。
代わりに、
「この人はいま、どの段階にいるのだろう」
と考えました。
この問いには、少しやさしさがあります。
「なぜできないの」
と責めるのではなく、
「いま、どこで止まっているの」
と尋ねるからです。
前者は裁判ですが、後者は地図を広げる会話です。
もちろん、現在地を知っただけで、すぐに目的地へ着けるわけではありません。
けれど、現在地が分からないまま「もっと前へ」と叫ぶよりは、ずっと役に立ちます。
再発も、迷いも、立ち止まりも、変化の外側にある異常事態ではない。
それらも含めて、人が変わっていく道なのかもしれない。
この研究が描いたのは、意志の強い人だけが渡れる一直線の橋ではありません。
進んだり、戻ったり、考え込んだりしながら、それでも少しずつ歩いていく人間のための道でした。
「また失敗した」
そう思ったとき、すぐに自分へ退場処分を出すのではなく、少しだけ立ち止まってみる。
何が分かったのか。
どこまでは進めたのか。
次は、どんな作戦が必要なのか。
失敗は、変化の反対側にあるとは限りません。
ときには、次の変化へ入るための、少し煙たい待合室なのです。

私たちの生活にどう活かせる?:習慣を変えたいのに続かない人へ まず「今いる段階」を確かめよう
この研究は禁煙を扱ったものですが、「変化には段階があり、段階によって役立つ方法が違う」という考え方は、私たちの日常にもヒントを与えてくれます。
運動を始めたい。
資格の勉強をしたい。
部屋を片づけたい。
転職活動を進めたい。
夜更かしを減らしたい。
スマートフォンを眺める時間を短くしたい。
私たちの生活には、「変えたいのに、なぜか変わらないもの」が何食わぬ顔で住みついています。
しかも、変えられないときに最初に疑われるのは、だいたい自分の意志です。
「また続かなかった」
「自分は三日坊主だ」
「本気ではなかったのかもしれない」
心の人事部が、すぐに能力不足の通知を発行します。
けれど、この研究の考え方を借りるなら、問題は意志の強さだけではありません。
いまの自分がいる段階と、使っている方法が合っていない可能性があります。
走る準備ができていない人へ、いきなりランニングシューズを渡しても動けません。反対に、すでに走り始めている人へ「運動のメリットを調べましょう」と言っても、「いま膝が笑っております」となるでしょう。
まず必要なのは、自分への説教ではなく、現在地の確認です。
まだ変えるつもりがないなら、無理に決意しなくてよい
たとえば、健康のために運動したほうがよいとは知っているけれど、正直なところ始める気にはなれない。
そんな状態で、
「毎朝5時に起きて、30分走る」
という計画を立てても、計画書だけが元気に完成します。
本人はまだ布団の国に国籍を置いたままです。
この段階では、いきなり行動目標を立てるより、
「運動しないことで、今どんな困りごとがあるだろう」
「体を動かしたら、生活の何が少し楽になるだろう」
と考えるところから始めたほうがよいかもしれません。
実際に始めなくても、情報を集めたり、自分の生活を振り返ったりすることはできます。
「まだ行動していないから、何も進んでいない」
と決めつける必要はありません。
変化には、心が玄関で靴を眺めている時間もあるのです。
迷っているなら、メリットと不安を両方並べる
「変えたい気持ちはある。でも、まだ決めきれない」
この段階では、心の中で賛成派と反対派が討論会を開いています。
「資格を取れば仕事の幅が広がる」
「でも勉強時間がない」
「転職したら環境を変えられる」
「でも今より悪くなったら怖い」
どちらの意見にも、それなりの正しさがあります。
ここで自分へ「迷うな」と命令すると、反対派が地下へ潜るだけで、問題は消えません。
そんなときは、変えるメリットだけでなく、変えたときの不安や負担も書き出してみます。
たとえば資格勉強なら、
「合格したら得られるもの」
「勉強を始めると困りそうなこと」
「その困りごとを小さくする方法」
を並べてみます。
一日2時間が無理なら、15分ではどうか。
高い教材を買うのが不安なら、無料動画や図書館から始められないか。
決心とは、不安が完全に消えることではありません。不安を連れたままでも歩ける大きさに、最初の一歩を小さくすることです。
始める段階では、気合いより環境を変える
実際に行動を始める段階まで来たら、心について長く考えるだけでは足りません。
ここからは、生活の仕組みを動かす必要があります。
勉強を続けたいなら、教材を棚の奥へしまわず、机の上へ置く。
夜更かしを減らしたいなら、ベッドへスマートフォンを持ち込まない。
お菓子を減らしたいなら、空腹の状態で買い物へ行かない。
片づけたいなら、「部屋をきれいにする」ではなく、「机の右側だけ片づける」と決める。
自分を変えるというと、内面を大改造する話に聞こえます。
けれど実際には、充電器を寝室の外へ移す、靴を玄関へ出しておく、帰宅後すぐに教材を開くといった、小さな配置換えが役立つことがあります。
未来の自分へ長い説教を残すより、迷わず動ける舞台を先に作っておくのです。
「明日の私は、きっと強い意志で頑張る」
未来の自分を信用するのは素敵ですが、少々仕事を丸投げしすぎています。
未来の自分には、気合いではなく、使いやすい環境を置いておきましょう。
続いているときこそ、油断ではなく観察を続ける
一週間、勉強が続いた。
一か月、運動できた。
しばらく早寝ができている。
ここまで来ると、
「もう習慣になった。作戦会議は解散!」
と言いたくなります。
けれど、維持している時期にも、生活の変化や誘惑はやってきます。
仕事が忙しくなる。
体調を崩す。
旅行へ行く。
家族の予定が変わる。
動画配信サービスが、絶妙なタイミングで新シリーズを差し出してくる。
習慣が続いているときは、「なぜ続いているのか」を一度確認しておくと役立ちます。
朝に勉強するから続くのか。
家族に宣言したから続くのか。
記録をつけることが励みになっているのか。
一人ではなく、誰かと取り組んでいるから続くのか。
続いている理由が分かれば、生活が変わったときにも、その仕組みを別の形で残せます。
成功を「自分の性格が変わったから」とだけ考えると、調子を崩したときに自信まで崩れます。
けれど、「この環境と工夫が助けになっている」と分かれば、修理ができます。
中断したら、反省会より現場検証をする
習慣が途切れたとき、私たちはすぐに反省会を開きます。
議題は一つです。
「なぜ私は、こんなにもだめなのか」
しかし、この会議はだいたい長いわりに、次の対策が出ません。
必要なのは人格への尋問ではなく、現場検証です。
いつ途切れたのか。
その日は何があったのか。
目標が大きすぎなかったか。
疲れている日の代替案はあったか。
周囲に助けを求められたか。
たとえば、毎日30分の運動が三日で止まったなら、「運動に向いていない」と結論を出す前に、5分ならどうだったかを考えます。
仕事の繁忙期に勉強が止まったなら、「やる気がなくなった」のではなく、忙しい時期用の小さな計画がなかったのかもしれません。
中断した経験から、失敗の理由だけでなく、次に必要な条件を探します。
再開するときは、前回より小さく始めてもかまいません。
再挑戦とは、前回と同じ計画を、さらに強い気合いで繰り返すことではありません。
前回のデータを持って、計画を少し賢くすることです。
誰かを支えるときも、現在地から考える
この考え方は、自分だけでなく、家族や友人、職場の人を支えるときにも使えます。
「運動したほうがいいよ」
「早く仕事を探したら?」
「もっと勉強しないと」
助言そのものは正しくても、相手がいる段階と合わなければ届きません。
まだ変える必要を感じていない人へ、具体的な行動を迫れば、抵抗が強くなることがあります。
迷っている人へ「さっさと決めなよ」と言えば、不安を話せなくなるかもしれません。
すでに行動している人へ、いつまでも必要性を説明すれば、「それはもう分かっています」と疲れさせてしまいます。
相手を支えるときは、いきなり答えを渡す前に尋ねてみます。
「いま、変えたいと思っている?」
「何がいちばん迷いになっている?」
「始めるとしたら、何があれば動きやすい?」
「前にうまくいかなかったとき、何が大変だった?」
人は、正しい言葉を浴びた量に比例して変わるわけではありません。
自分の現在地を理解してもらい、そこから歩ける一歩を一緒に探せたとき、変化へ向かいやすくなります。
今日できるのは、「次の段階」へ進む小さな一歩
この研究を日常に活かすとき、大切なのは、最終目標を一気に達成しようとしないことです。
まだ迷っている人の次の一歩は、毎日続けることではありません。
まず、変える理由を一つ見つけることかもしれません。
始めようとしている人の次の一歩は、完璧な計画を作ることではなく、明日の5分を予約することかもしれません。
すでに続けている人の次の一歩は、さらに頑張ることではなく、崩れやすい場面を一つ知ることかもしれません。
中断した人の次の一歩は、自分を責めることではなく、再開しやすい条件を一つ整えることかもしれません。
変化とは、いきなり理想の自分へ引っ越すことではありません。
現在地から、次の駅まで切符を一枚買うことです。
習慣が変わらないとき、すぐに「私は意志が弱い」と結論を出す前に、こう尋ねてみてください。
「私はいま、変化のどの段階にいるのだろう」
「この段階で必要なのは、本当にもっと頑張ることだろうか」
この二つの問いがあるだけで、自分への見方は少し変わります。
できない自分を叱る時間が、次の作戦を考える時間へ変わる。
それが、この禁煙研究から私たちの生活へ持ち帰れる、いちばん実用的な一歩なのです。

少し注意したい点:行動変容ステージモデルは万能ではない 禁煙研究を読む3つの注意点
ここまで読んでくると、行動変容ステージモデルは、かなり使いやすい考え方に見えます。
「なるほど。私はいま、考えている段階なのか」
「だから、いきなり毎日続けようとしても無理があったのか」
自分を責める代わりに現在地を確認できる。誰かを急かす前に、その人がどこにいるのかを考えられる。
これは、とても大きな長所です。
ただし、便利な考え方ほど、万能ナイフのように振り回したくなります。
勉強が続かない。
「はい、熟考段階ですね」
部下が動かない。
「前熟考段階に違いありません」
猫が新しい餌を食べない。
「これは維持段階でしょうか」
最後の例は、もう人間ですらありません。
研究の考え方は、現実を見るための道具です。現実を無理やり道具の形へ切りそろえるものではありません。
そこで、この論文を読むときに、少しだけ注意しておきたい点を三つ確認しておきましょう。
1.この研究だけでは「この方法を使えば次へ進める」とは言えない
まず押さえておきたいのは、この研究が、参加者一人ひとりの変化を長期間追いかけたものではないという点です。
研究者たちは、調査した時点で異なる段階にいた人たちを比べました。
まだ禁煙を考えていない人。
やめようか考えている人。
実際に禁煙している人。
禁煙を続けている人。
再び吸い始めた人。
そして、それぞれがどのような変化の方法を使っているかを調べました。
その結果、段階によって、よく使われる方法が違うことが見えてきました。
ただし、ここからすぐに、
「この方法を使ったから、次の段階へ進んだ」
とまでは言えません。
たとえば、実際に禁煙している人が、灰皿を捨てたり、別の行動へ置き換えたりしていたとします。
それを見て、
「灰皿を捨てたから禁煙できたのだ」
と考えたくなります。
けれど反対に、
「禁煙する決意が固まったから、灰皿を捨てられた」
可能性もあります。
鶏が先か、卵が先か。そこへ灰皿まで加わり、台所が少々混雑してきました。
この研究から分かるのは、異なる段階にいる人たちには、使っている方法の違いが見られたということです。
どの方法が人を次の段階へ動かしたのかを確かめるには、同じ人を時間をかけて追ったり、特定の支援を行って結果を比べたりする研究が必要です。
つまり、この論文は変化の道を初めて照らした大切な地図ですが、
「この道を通れば必ず到着します」
という保証書ではありません。
2.人間が五つの箱へ、きれいに収まるとは限らない
次に注意したいのは、変化の段階を、くっきり分かれた箱のように考えすぎないことです。
現実の人間は、
「本日の私は、完全なる熟考段階です」
と名札をつけて生活しているわけではありません。
朝には、
「運動を始めよう」
と思っていたのに、夜には、
「来月の私に任せよう」
となることがあります。
食生活は変えたいけれど、運動はまだ変える気がない。
平日は勉強できるけれど、休日になると完全に止まる。
禁煙を決意していても、「一本くらいなら」という気持ちが同時に残っている。
人の心には、複数の意見が同居しています。心の中は一枚岩というより、議席数の読めない連立政権です。
後に行われた87研究のレビューでは、提案された段階が互いにはっきり分かれているとは限らず、人が決まった順番で段階を移動することを示す証拠も乏しいと指摘されました。一方で、そのレビューは、変化について考えるための発見的な枠組みとして、このモデルに価値があり得ることも認めています。
また、別の批判では、行動をいくつかの段階へ分けるより、意欲や欲求、習慣を連続的に変化する状態として捉えるべきではないか、という提案もなされています。
これは、
「行動変容ステージモデルは間違いだった」
という単純な話ではありません。
むしろ、
「段階は便利だけれど、人間には境界線が見えない部分もある」
という注意です。
天気予報で「晴れ」と表示されていても、空の端に雲が一つもないとは限りません。
同じように、「考えている段階」と分類された人の中にも、すでに小さな行動を始めている人がいるでしょう。
「行動段階」の人にも、迷いや後戻りしたい気持ちは残っています。
段階は、その人の全人格を表す診断名ではありません。
いまの状態を考えるための、仮の目印です。
「あなたはこの段階です。以上」
と箱のふたを閉めるのではなく、
「いまは、この辺りにいるように見えますね」
くらいの柔らかさで使うのがよいでしょう。
3.禁煙の研究を、すべての悩みにそのまま当てはめない
この論文が直接調べたのは、喫煙習慣を自分で変えようとしていた人たちです。
そのため、ここから得られた考え方を、
運動。
勉強。
片づけ。
転職。
人間関係。
早起き。
スマートフォンの使いすぎ。
といった、あらゆる行動へそのままコピーできるとは限りません。
たしかに、どれも「変えたいのに変えにくい」という共通点があります。
けれど、行動が続かない理由は、それぞれ違います。
喫煙には、ニコチンへの依存や離脱症状が関係します。
運動には、体力や健康状態、時間、設備が関係します。
勉強には、学習方法や理解度、仕事との両立が関係します。
転職には、収入、家族、地域の求人、職歴など、生活全体が関わります。
それらをすべて、
「あなたの変化段階に合った方法を使えば解決します」
とまとめてしまうと、少々話が大きくなりすぎます。
心理学の理論がマントを翻し、あらゆる問題を一人で救おうとし始めたら、少し休ませたほうがよいでしょう。
このモデルを禁煙以外に使うときは、
「この論文が直接証明した」
ではなく、
「この考え方を応用すると、こんな見方もできる」
と表現するのが正確です。
前の章で紹介した、勉強や運動、片づけへの活用も、この論文が直接検証した結果ではありません。
禁煙研究から得られる考え方を、日常生活へ慎重に翻訳したものです。
分類より先に、その人の事情を聞く
もう一つ、実生活で気をつけたいことがあります。
相手の段階を決めつけて、本人の話を聞かなくなることです。
たとえば、仕事を探していない人に、
「この人はまだ変える気がない段階だ」
と判断したとします。
けれど実際には、働きたい気持ちはあるものの、体調に不安があるのかもしれません。
過去の職場で傷ついた経験があり、応募することが怖いのかもしれません。
家族の介護や、交通手段の問題があるのかもしれません。
外から見える行動だけでは、その人の現在地を正確に判断できないことがあります。
「動いていない」という一つの結果の中には、迷い、不安、疲労、環境の壁、情報不足など、さまざまな事情が入っています。
だから、段階を当てることよりも、まず尋ねることが大切です。
「いま、どんな気持ちですか」
「変えたいと思う部分はありますか」
「動くとしたら、何が心配ですか」
「何があれば少し進みやすくなりそうですか」
理論は、相手の話を省略するために使うものではありません。
相手の話を、より丁寧に聞くために使うものです。
地図は持つ。でも、地図だけを見て歩かない
行動変容ステージモデルの魅力は、人を「成功した人」と「失敗した人」だけに分けず、変化の途中へ目を向けたことです。
その視点は、今でも十分に役立ちます。
まだ動いていない人にも、変化の芽がある。
考えている時間にも意味がある。
行動を始めた人には、具体的な環境づくりが必要になる。
続けている人も、目に見えない工夫をしている。
再び元の行動へ戻っても、すべての経験が消えるわけではない。
これらは、人を責めすぎないための、とてもよい視点です。
ただし、
人は必ず決まった順番で進む。
段階に合った方法を使えば必ず成功する。
禁煙以外の行動にも、そのまま当てはまる。
そう言い切れるわけではありません。
このモデルは、人間を完全に説明する設計図ではなく、変化について会話を始めるための地図です。
地図を持っていれば、現在地を考えやすくなります。
けれど、実際の道には、地図にない坂道も、水たまりも、突然閉店したコンビニもあります。
地図だけを見て歩けば、目の前の電柱へぶつかるかもしれません。
研究を大切に読むとは、結果を疑って何も信じないことではありません。
面白い知見を受け取りながら、
「この研究は、何を調べたのか」
「ここから、どこまで言えるのか」
「目の前の人にも、本当に当てはまるのか」
と、静かに考えることです。
甘い結果だけを急いで飲み込まず、研究方法や限界も一緒に味わう。
そうすることで、この論文は「何にでも使える便利な名言」ではなく、人が変わる難しさを丁寧に眺めるための、厚みのある研究として見えてくるのです。

まとめ:禁煙できないのは意志の弱さではない 変化には段階がある
「タバコをやめたいのに、やめられない」
この状態を見ると、私たちはすぐに意志の強さを持ち出します。
「本気でやめたいなら、やめられるはずだ」
「また吸ったのなら、覚悟が足りなかったのだ」
「結局、意志が弱いのでは?」
心の中へ、根性論の取調官が入ってきます。
しかし、プロチャスカとディクレメンテの研究が見つめたのは、意志が強い人と弱い人の違いではありませんでした。
研究者たちは、喫煙習慣を変えようとしていた872人を調べ、人が変わるまでには、いくつかの異なる段階があることを示しました。
まだ変えるつもりがない人。
変えようかと考え始めた人。
実際に行動している人。
変化した状態を維持している人。
そして、いったん変えたものの、元の行動へ戻った人。
同じ「タバコを吸っている人」に見えても、その人たちの心の現在地は同じではありません。
さらに、それぞれの段階では、よく使われる変化の方法も違っていました。
まだ禁煙を考えていない人には、まず問題へ気づくこと。
禁煙を考え始めた人には、自分の生活や気持ちを見直すこと。
実際に禁煙を始めた人には、タバコの代わりとなる行動を用意し、周囲の助けを使い、吸いたくなる環境を変えること。
禁煙を続けている人には、元の習慣へ戻らないための工夫を保つこと。
必要なのは、全員へ同じ作戦を配ることではありませんでした。
正しい方法でも、渡す時期が違えば役に立たない
この研究から見えてくる大切なことは、方法にはタイミングがあるということです。
まだ禁煙するか迷っている人へ、
「灰皿を捨てましょう」
「今日から一本も吸わないでください」
と伝えても、本人の心はそこまで進んでいないかもしれません。
反対に、すでに禁煙を始めている人へ、
「タバコの害について勉強しましょう」
と繰り返しても、
「それは分かっています。今は食後をどう乗り切るかで困っています」
となります。
これは禁煙だけの話ではありません。
運動、勉強、片づけ、早起き、転職活動。
私たちが何かを変えたいときも、いまの段階と方法が合っているかを考える必要があります。
まだ迷っているのに、毎日の実行計画を作っていないか。
すでに始めているのに、いつまでも必要性ばかり考えていないか。
一度中断したとき、次の作戦を考える前に、自分の人格を裁いていないか。
正しい薬でも、症状が違えば効きません。
正しい助言でも、現在地が違えば、心の玄関で不在票になります。
また元へ戻っても、すべてが消えるわけではない
この研究の中で、特に印象に残るのが再発した人たちです。
いったん禁煙したのに、再びタバコを吸った。
普通なら、これを「失敗」と呼びます。
本人も、
「また振り出しだ」
と思うでしょう。
けれど、研究で見られた再発した人たちは、ただ最初の状態へ戻っていたわけではありませんでした。
禁煙について考え直す方法と、実際に行動するための方法を、両方使っていました。
一度禁煙した経験があるからこそ、自分がどんな場面で吸いたくなるのかを知っている。
どんな方法が役に立ったのかも、どこで計画が崩れたのかも知っている。
本人には「元へ戻った」と見えても、経験まで消えたわけではありません。
試験勉強が途切れた。
運動をやめてしまった。
片づけた部屋が、再び床の見えない自由都市になった。
そんなときも、前回の経験は残っています。
何日なら続いたのか。
何が負担だったのか。
どの時間帯なら動けたのか。
何があれば再開しやすいのか。
失敗は、努力の削除ボタンではありません。
次の計画に使える記録が、少々乱雑な字で残されたノートです。
変化は、決心した日に完成するものではない
私たちは、何かを変えようとするとき、劇的な決意を求めがちです。
「今日から生まれ変わる」
「今度こそ絶対に続ける」
「明日の私は、意志力が三倍になっています」
残念ながら、睡眠中に大型アップデートが配信されることは、めったにありません。
人が変わるときには、考える時間があります。
迷う時間があります。
実際に動いてみる時間があります。
続けるために環境を整える時間があります。
そして、ときには元の行動へ戻り、作戦を組み直す時間もあります。
変化は、一直線の階段を軽快に上ることではありません。
進んだと思ったら立ち止まり、少し戻り、別の道を探す。
それでも、経験を抱えながら次の一歩を選んでいく。
その不器用な過程まで含めて、変化なのです。
自分を責める前に、現在地を確認する
この研究から持ち帰りたい問いは、難しいものではありません。
何かを変えられないとき、すぐに、
「なぜ私はできないのだろう」
と尋ねるのではなく、
「私はいま、変化のどの段階にいるのだろう」
と尋ねてみることです。
まだ変える必要を感じていないのか。
変えたいけれど、迷いがあるのか。
始める準備はできているのか。
すでに始めたけれど、環境や支えが足りないのか。
続けているものの、崩れやすい場面があるのか。
一度中断して、次の方法を考えているところなのか。
現在地が分かれば、次に必要な一歩も見えやすくなります。
考えることが必要な人に、行動を迫らなくてよい。
行動している人に、さらに長い説教を渡さなくてよい。
中断した人に、退場処分を出さなくてよい。
必要なのは、最終地点まで一気に走ることではありません。
いまいる場所から、次の段階へ進むための一歩を選ぶことです。
もちろん、行動変容ステージモデルだけで、すべての人の変化を説明できるわけではありません。
人の心は五つの箱へきれいに収まりませんし、この研究だけで「どの方法を使えば必ず成功する」と証明されたわけでもありません。
それでも、この研究は、人を「できた人」と「できなかった人」だけに分けず、変化の途中へ目を向けました。
そこに、この論文の大きな意味があります。
禁煙できないのは、必ずしも意志が弱いからではありません。
まだ必要な段階を通っている途中なのかもしれない。
方法が現在地と合っていないのかもしれない。
続けるための環境が整っていないのかもしれない。
一度元へ戻り、次の作戦を考えているところなのかもしれない。
「またできなかった」
そう思ったとき、自分へ判決を下す前に、地図を一度開いてみる。
そして、こう尋ねてみる。
「さて、私はいま、どこにいるのだろう」
変化は、その問いから再び静かに動き始めるのです。

あとがき
この論文を読んで、私は少し困りました。
なぜなら、これまで自分に向かって出してきた「意志が弱い判定」の多くが、どうやら再審になりそうだからです。
早起きを始めたけれど、三日で元の時間へ戻った。
毎日歩こうと決めたのに、雨が降った日から計画ごと行方不明になった。
本を読もうと思って机に置いたものの、本より先にほこりが積もった。
そんなとき、私はわりと簡単に言ってきました。
「続けられないのは、本気ではないからだ」
言うほうも自分、言われるほうも自分です。
ひとり二役なので、人件費はかかりません。ただし、心は少々疲れます。
プロチャスカとディクレメンテの研究を読んでいると、この「できたか、できなかったか」という見方が、ずいぶん大ざっぱだったことに気づかされます。
人が変わるまでには、考える時間がある。
迷う時間がある。
始める時間がある。
続けるために工夫する時間がある。
そして、いったん元へ戻る時間さえある。
私たちは、行動として見える部分だけを取り出して、自分や他人を評価しがちです。
何かを始めた人は、やる気がある。
まだ始めていない人は、やる気がない。
続けた人は、強い。
中断した人は、弱い。
とても分かりやすい分類です。
けれど人間は、そんなに二色刷りではありません。
変化の前には、静かな助走がある
振り返ってみれば、何かを始める前には、たいてい長い準備期間がありました。
「そろそろ変えたほうがいいかな」
と思いながら、しばらく何もしない。
情報を調べては、画面を閉じる。
やってみようと決めては、やっぱり来月にする。
外から見れば、止まっているようにしか見えません。
本人でさえ、
「私は何もしていない」
と思います。
けれど、この研究の見方を借りるなら、その時間にも小さな変化が起きています。
これまで疑わなかった習慣を、少し疑い始める。
変わった未来を、ほんの少し想像する。
続ける理由と、続けたくない理由を、心の中で並べる。
まだ靴は履いていなくても、出かけるかどうかを考え始めているのです。
私はこれまで、準備をずいぶん軽く扱ってきたように思います。
考えているだけでは何も変わらない。
行動しなければ意味がない。
たしかに、その通りです。
けれど、行動だけを急がせると、本人の気持ちが置き去りになることもあります。
心がまだ布団の中にいるのに、体だけ玄関から押し出されても、あまり遠くまでは歩けません。
変わるためには、考える時間も必要なのだ。
この当たり前のことを、私は論文から改めて教えられました。
正論は、早く届ければよいわけではない
この研究を読んで、他人への助言についても少し反省しました。
誰かが悩んでいると、私たちはつい答えを渡したくなります。
「こうすればいいよ」
「まず行動してみたら?」
「環境を変えたほうがいい」
もちろん、相手を助けたいから言うのです。
けれど、正しい答えにも賞味期限ではなく、配達時間があります。
まだ変えるかどうか迷っている人へ、実行方法を山ほど届けても、置き場所がありません。
反対に、すでに行動して困っている人へ、必要性の説明を続けても、「そこはもう通過しました」となります。
私はこの論文を読んでから、助言の前に一つ確認したくなりました。
「この人はいま、何に困っているのだろう」
変える必要を感じていないのか。
変えたいけれど怖いのか。
方法が分からないのか。
始めたけれど続けられないのか。
一度失敗して、もう挑戦したくなくなっているのか。
同じ「動けない」に見えても、必要な言葉は違います。
ところが私たちは、相手の現在地を確認する前に、自分の得意な助言を配りがちです。
地図を見ずに道案内をするという、なかなか豪快な親切です。
悪気はありません。
ただ、親切にも現在地が必要なのです。
失敗した自分を、すぐに初期化しなくてよい
この論文で、私がいちばん好きなのは、やはり再発した人の扱いです。
一度禁煙したのに、再びタバコを吸った。
普通なら、それは失敗です。
記録は途切れ、本人も落ち込み、周囲からも「またか」と思われるかもしれません。
けれど研究者たちは、再発した人を単純に最初の地点へ戻しませんでした。
その人たちの中には、考えるための方法と、行動するための方法の両方が見られました。
つまり、一度進んだ経験が残っていたのです。
これは禁煙だけでなく、私たちの日常にも通じる気がします。
運動を一か月続けて、その後やめた。
勉強を始めたけれど、途中で止まった。
新しい働き方を目指したけれど、うまくいかなかった。
そのとき私たちは、
「結局、何も変わらなかった」
と言います。
けれど、本当に何も残っていないのでしょうか。
一か月続けられた時間帯を知った。
負担になった目標の大きさを知った。
自分がつまずきやすい場面を知った。
一人では難しいことを知った。
応援してくれる人がいると動きやすいことを知った。
前回と同じ自分に見えても、持っている情報は増えています。
経験は、目標を達成できなかったからといって、返品されるわけではありません。
段ボールは少しへこんでいても、中身はちゃんと手元に残っています。
私自身、何かが続かなかったとき、「また最初からだ」と思うことがあります。
けれど本当は、最初からではないのでしょう。
前回より少し事情を知っている自分から、もう一度始める。
そう考えるだけで、再挑戦の入口が少し広くなります。
「もっと頑張る」以外の道がある
人が変われないとき、私たちが最初に追加するのは、たいてい努力です。
もっと強く決意する。
もっと長く取り組む。
もっと自分を追い込む。
努力は大切です。
けれど、方法が合っていないところへ努力を追加すると、疲れだけが立派に育つことがあります。
この研究は、
「努力が足りないのではなく、いまの段階に合う方法が違うのかもしれない」
という別の見方をくれます。
まだ迷っているなら、もっと頑張って行動するのではなく、迷いの中身を見る。
始めたばかりなら、自分を励まし続けるだけでなく、環境を変える。
続けているなら、油断しないよう自分を脅すのではなく、何が支えになっているかを確認する。
中断したなら、反省文を長く書くのではなく、どこで崩れたかを調べる。
頑張ることをやめるのではありません。
頑張り方を、現在地に合わせて変えるのです。
この発想は、私にはかなりありがたいものでした。
私は何かがうまくいかないと、同じ方法のまま音量だけを上げがちだからです。
小さな声で「やろう」と言って動けなければ、大きな声で「やれ」と言う。
それでも動けなければ、「なぜ動かない」と問い詰める。
ほとんど、心の近所迷惑です。
必要だったのは声量ではなく、方法の変更だったのかもしれません。
変化を急がせないことは、諦めることではない
「人には段階がある」と聞くと、
「では、本人がやる気になるまで待つしかないのか」
と思うかもしれません。
私は、そうではないと思います。
急がせないことと、何もしないことは違います。
まだ変える気がない人には、判断材料を渡すことができる。
迷っている人には、不安を整理する手伝いができる。
始めようとしている人には、最初の一歩を小さくすることができる。
行動している人には、環境を整えたり、支えを増やしたりできる。
中断した人には、責めずに経験を振り返る場所を作ることができる。
相手を無理に次の段階へ運ぶことはできなくても、次へ進みやすい足場を一緒に置くことはできます。
これは、ずいぶん人間的な支援だと思います。
人を巨大なクレーンで持ち上げるのではなく、その人が自分の足で動ける場所へ、小さな板を一枚ずつ敷いていく。
派手さはありません。
けれど、変化というものは、案外そういう地味な工事から始まるのでしょう。
私たちは、いつも何かの途中にいる
この論文を読み終えて、私は「変われた人」と「変われない人」という分け方が、少し苦手になりました。
人は、あることでは変化を維持していても、別のことでは迷っている。
仕事では動けるのに、生活習慣では止まっている。
健康には気を配れるのに、人間関係では同じ失敗を繰り返す。
一人の人間の中にも、いくつもの段階が同時に存在しています。
だから人は、完成品にはならないのでしょう。
どこかを直している間に、別の場所が散らかる。
一つの習慣が整ったころ、別の悩みが玄関から入ってくる。
人生はなかなか閉店作業に入ってくれません。
けれど、それでよいのかもしれません。
私たちは、完成してから生きるのではなく、変わりかけのまま毎日を過ごしています。
迷いながら決める。
決めながら不安になる。
進みながら戻る。
戻りながら、前より少し詳しくなる。
この論文は、そんな人間の不器用さを、失敗として切り捨てませんでした。
その点に、私はいちばん温かさを感じます。
心理学の論文は、ときどき人間を数字へ変えてしまうように見えます。
けれど、この研究では、数字の向こう側に、何度もやめようとした人、迷った人、再び吸ってしまった人がいます。
そして研究者たちは、その揺れを雑音として捨てず、変化の一部として見ようとしました。
そこが、この論文の好きなところです。
変わりたいのに変われないとき、すぐに自分を弱い人間だと決めなくてよい。
いまはまだ、考えている途中かもしれない。
方法を取り替える時期なのかもしれない。
一度戻って、次の計画を立て直しているところかもしれない。
人は、決意した瞬間に別人になるわけではありません。
少し考え、少し動き、少し失敗し、そのたびに自分の扱い方を覚えていく。
私たちの変化は、ずいぶん遠回りです。
けれど、その遠回りには、次に使える景色が残ります。
だから、また元へ戻ったように感じる日にも、すぐにすべてを失敗扱いしないでいたいと思います。
今日は進めなかった。
それでも、自分がどこで立ち止まるのかを一つ知った。
そう考えられれば、その日は完全な空白ではありません。
変化の途中には、歩く日だけでなく、地図を眺める日もあります。
「アドラーの昼寝」としては、そんな日は少し休んでもよい、と付け加えておきたいところです。
昼寝から起きたとき、目的地が急に近くなっていることはありません。
けれど、さっきより少し落ち着いて、現在地を見られることはあります。
そして変化はたぶん、そのくらい静かなところから、また始まるのです。

制作ノート
出典論文:Prochaska, J. O., & DiClemente, C. C. (1983).
Stages and processes of self-change of smoking: Toward an integrative model of change.
Journal of Consulting and Clinical Psychology, 51(3), 390–395 /
American Psychological Association.
DOI:10.1037/0022-006X.51.3.390
掲載・確認先:PubMed / APA PsycNet / Google Scholar
記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。
制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。




