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【論文要約】成功を決めるのは才能だけじゃない?「やり抜く力(グリット)」の研究からわかった情熱と粘り強さの正体

粘り強く昼寝をする女性
adler-nap

才能は、人生のスタート地点にすぎない

『やり抜く力「グリット」:長い目標を追い続ける情熱と粘り強さ』アンジェラ・L・ダックワース、クリストファー・ピーターソン、マイケル・D・マシューズ、デニス・R・ケリー(2007)

Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
DOI:10.1037/0022-3514.92.6.1087

世の中には、ときどき「最初から何でもできる人」がいます。

初めてギターを持ったのに、数日後にはそれらしい曲を弾いている。少し勉強しただけで、試験では涼しい顔をして高得点を取る。運動を始めれば、先生から「君、センスあるね」と言われる。

こちらはどうでしょう。

ギターのコードを押さえれば指がつり、勉強を始めれば机のほこりが気になり、運動をすれば翌日に階段と和解できなくなる。

「才能がある人は、いいなあ」

そう思ってしまうのも無理はありません。

私たちはつい、成功している人を見ると、その人のなかに特別なエンジンが積まれているように感じます。

「あの人は頭がいいから」
「もともと才能があったから」
「自分とは、つくりが違うから」

そう言ってしまえば、話はきれいに片づきます。成功した人は才能があり、うまくいかなかった自分には才能がなかった。閉廷。判決は出ました。あとは布団に帰りましょう。

ところが、人生はそれほど単純な裁判ではないようです。

才能があるのに、途中でやめてしまう人がいます。反対に、最初はそれほど目立たなかったのに、何年も続けるうちに驚くほど遠くまで進んでいく人もいます。

学生時代には「普通の人」だったのに、十年後にはその分野の専門家になっている。最初は失敗ばかりだったのに、何度も挑戦し、ついには大きな成果を出している。

いったい、その違いはどこから生まれるのでしょうか。

「やっぱり根性ですか?」

そう聞くと、急に話が昭和の部活動になってしまいます。

水を飲むな、気合いで走れ、倒れたら立て。そんな精神論を持ち出したいわけではありません。心はタイヤではありませんから、空気を限界まで入れれば速く走れるというものでもありません。

この疑問に心理学の立場から向き合ったのが、アンジェラ・L・ダックワース(Angela L. Duckworth)たちの研究です。

研究者たちが注目したのは、単なる頭のよさや瞬発的な努力ではありませんでした。彼らが見つめたのは、もっと地味で、もっと長い時間をかけて働く力です。

それが、グリット(grit)です。

グリットとは、長期的な目標に向かって情熱を持ち続け、簡単には投げ出さず、粘り強く取り組む力のことです。

ここで大切なのは、「一日だけ徹夜して頑張ること」ではありません。

新年に大きな目標を掲げ、三日後には目標を書いた紙ごと机の奥へ収納することでもありません。あれは目標ではなく、季節限定のインテリアです。

グリットが意味するのは、うまくいかない日があっても、飽きる時期があっても、少しずつ目標へ戻ってくることです。

雨の日も、気分が乗らない日も、「もう少しだけやってみよう」と歩みを止めない。派手な花火ではなく、消えそうになりながらも灯り続けるランプのような力です。

もちろん、才能が必要ないという話ではありません。

得意なこと、知識、知能、環境、運など、人生の結果にはさまざまな要素が関わります。グリットさえあれば、誰でも何でも達成できるという魔法の物語でもありません。

けれども、どれほど優れた才能があっても、それを育てる時間がなければ、才能はまだ袋に入ったままの種です。

種を持っているだけでは、森にはなりません。

水をやり、土を整え、ときには枯れかけた葉を見て落ち込みながら、それでも世話を続ける。その長い営みのなかで、才能は少しずつ形になっていきます。

この論文は、陸軍士官学校の候補生や全国規模のスペリング大会に参加する子どもたちなどを対象に、「最後までやり抜く人には、どのような特徴があるのか」を調べました。

研究から見えてきたのは、成功への道を照らしていたのが、才能や知能だけではなかったということです。

長い目標を持ち続ける情熱。

つまずいても、もう一度立ち上がる粘り強さ。

華やかではないけれど、人生を遠くまで運んでくれる力が、そこにはありました。

私たちは、自分の才能を正確に測ることはできません。

「自分には才能がない」と思っていても、まだ十分な時間をかけていないだけかもしれません。芽が出る前に、植木鉢をひっくり返して「やっぱり何も育たなかった」と結論づけている可能性もあります。

才能は、人生のゴールを決める判決文ではありません。

それはせいぜい、スタート地点でもらう地図の一枚です。

その地図を持ってどこまで歩くのか。途中で道に迷ったとき、もう一度方角を確かめられるのか。そして、長い時間をかけても追いかけたいと思える目標があるのか。

ダックワースたちの研究は、そんな問いを私たちに投げかけています。

この記事では、論文『Grit: Perseverance and Passion for Long-Term Goals』の内容をもとに、グリットとは何か、研究ではどのような調査が行われ、何が明らかになったのかを、できるだけやさしく読み解いていきます。

才能の有無を気にして、スタート地点で座り込んでしまう前に。

まずは、「続ける力」という少し不器用で頼もしい相棒について、一緒に見ていきましょう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文をひとことで言うと

長い目標をかなえる人には、才能や頭のよさだけでは説明できない、「同じ方向へ情熱を向け、粘り強く続ける力」がある。

これが、この論文をひとことで表した答えです。

もう少しくだけた言い方をするなら、

「人生という長距離走では、スタートダッシュの速さだけでなく、途中で靴ひもがほどけても結び直して走り続ける力が大切だった」

という研究です。

ここで登場するのが、グリット(grit)という言葉です。

グリットとは、長期的な目標に対する情熱粘り強さを組み合わせた心理的な特徴のことです。

「情熱」と聞くと、目を輝かせながら「夢は絶対にかなえます!」と叫ぶ姿を想像するかもしれません。しかし、この論文が扱う情熱は、打ち上げ花火のように一晩だけ燃え上がるものではありません。

月曜日に「英語を話せるようになるぞ」と決意し、教材を三冊注文し、火曜日に机を片づけ、水曜日には英語学習の動画を見ながら別の動画へ旅立ち、金曜日には教材が立派なブックスタンドになっている。

残念ながら、これはグリットというより、やる気の短期留学です。

この論文でいう情熱とは、興奮の強さよりも、関心を向ける方向が長いあいだ大きく変わらないことを意味します。

今日は英語、明日はギター、来週は陶芸、その次は宇宙飛行士。もちろん、いろいろ試して自分に合うものを探す時期は大切です。しかし、目標を達成するには、どこかの段階で「この山を登ってみよう」と決め、しばらく同じ山と付き合う必要があります。

そして、もう一つの柱が粘り強さです。

こちらは、失敗しても、思うような結果が出なくても、努力を続ける力を指します。

とはいえ、「倒れても気合いで立て」「休むのは甘えだ」という話ではありません。グリットは、苦しみに耐え続ける選手権ではないのです。

疲れたら休む。方法が合わなければ変える。遠回りしても、また目標へ戻ってくる。

大切なのは、一度も立ち止まらないことではなく、立ち止まったあとに、歩く方向を忘れないことです。

ダックワースたちは、このグリットを測るための質問項目を作り、さまざまな集団を対象に研究を行いました。

たとえば、厳しい訓練を受ける陸軍士官学校の候補生、全国規模のスペリング大会に挑む子どもたち、大学生、働く大人などです。

研究者たちが知りたかったのは、単純なことでした。

「最後まで残る人や、よい成果を出す人は、いったい何が違うのだろう?」

普通に考えれば、頭のよさ、体力、才能、成績などが重要に思えます。もちろん、それらも無関係ではありません。

けれども調査を進めると、グリットの高い人ほど、厳しい環境から脱落しにくかったり、長い努力が必要な場面で成果を上げたりする傾向が見えてきました。

つまり、成功する人には、「最初から優秀だった」という説明だけでは拾いきれない何かがあったのです。

それが、

長い時間をかけても追い続けたい目標を持ち、その目標に向かって努力を積み重ねる力

でした。

ここで注意したいのは、この論文が「才能なんて必要ない」と言っているわけではないことです。

足が速い人は、競走で有利でしょう。理解が速い人は、勉強で先へ進みやすいでしょう。育った環境や経済状況、周囲の支援、健康状態、運なども、人生の結果に大きく関わります。

グリットだけを握りしめて、「これさえあれば、どんな壁でも頭突きで壊せます」と考えるのは危険です。壁には扉があるかもしれませんし、そもそも別の道を選んだほうがよい場合もあります。

この研究が伝えているのは、もっと穏やかで現実的な話です。

才能が「どれくらい速く進めるか」に関係するとすれば、グリットは「どれくらい長く進み続けられるか」に関係する。

速い人が必ず遠くへ行くとは限りません。

最初はゆっくりでも、何年も同じ方向へ歩き続けた人が、振り返ったときには思いもよらない場所に立っていることがあります。

一日だけの百点満点より、六十点の日も三十点の日もありながら、何度も机に戻ってくること。

一度も失敗しないことより、失敗したあとに「さて、次はどうしよう」と考え直せること。

大きな夢を語ることより、今日できる小さな作業を積み重ねること。

グリットとは、きらびやかな必殺技ではありません。

むしろ、毎日の暮らしの隅で静かに働く、目立たない力です。

けれども人生の長距離走では、その目立たなさこそが頼もしい。

この論文は、成功の物語を「才能のある特別な人だけのもの」から、少しだけ私たちの手元へ引き寄せてくれました。

才能がどれほどあるかは、すぐには変えられないかもしれません。

しかし、何を長く大切にしたいのかを考えること。そして、うまくいかない日にも、小さな一歩を選び直すことはできます。

この研究が見つめたのは、天才の頭のなかにある秘密の装置ではありません。

昨日の自分より、ほんの少し先へ進もうとする人のなかにある、静かで、しぶとく、長持ちする力だったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この論文の要点

1. グリットとは、長い目標に向けた「情熱」と「粘り強さ」である

グリットは、単に我慢強いことや、一時的にものすごく頑張ることではありません。

大切なのは、長期的な目標への関心を保ち、失敗や停滞があっても努力を続けることです。

たとえば、試験前日にコーヒーを飲みながら徹夜するのは、たしかに大変な努力です。しかし、翌日から教科書を二度と開かないなら、グリットが高いとは言いにくいでしょう。

グリットが表れるのは、むしろ地味な場面です。

すぐに成果が出なくても練習を続ける。失敗しても方法を考え直す。いったん休んでも、また同じ目標へ戻ってくる。

つまりグリットとは、やる気が大声で叫ぶ力というより、目標のそばから静かに立ち去らない力なのです。

2. グリットは、才能や知能だけでは説明できない成果と関係していた

この研究では、陸軍士官学校の候補生、全国規模のスペリング大会に出場する子ども、大学生、働く大人など、異なる集団を対象に調査が行われました。

その結果、グリットの高い人ほど、厳しい訓練を最後まで続けたり、長期間の努力が必要な場面で高い成果を上げたりする傾向が見られました。

ここが、この論文の重要なところです。

「優秀な人が成功するのは、もともと頭がいいからでしょう」

もちろん、知能や能力も重要です。しかし、研究では、そうした要素だけでは説明しきれない部分に、グリットが関係している可能性が示されました。

高性能のエンジンを積んでいても、途中で走るのをやめればゴールには着きません。反対に、飛び抜けて速くなくても、同じ方向へ進み続けることで遠くまで行ける人がいます。

才能は進む速さを助け、グリットは進む時間を支える。

そんな役割の違いが見えてきたのです。

ただし、この論文は「グリットさえあれば、才能も環境も必要ない」と証明したわけではありません。成功は、能力、健康、教育、周囲の支援、経済状況、運など、さまざまな要因が絡み合って生まれます。

グリットは万能の金色チケットではありませんが、長い挑戦を支える大切な一枚だった、ということです。

3. 成功を支えるのは、一瞬の根性より「同じ方向へ戻り続ける力」である

グリットという言葉を聞くと、「何があっても耐えろ」という根性論に見えるかもしれません。

しかし、この研究が注目したのは、苦しさに耐え続けることではなく、何年単位の目標に関心と努力を向け続けることです。

毎日、完璧に頑張らなくてもかまいません。

やる気が出ない日もある。疲れて休む日もある。別の方法を試してみる日もある。人間の心は、二十四時間営業の工場ではありません。

重要なのは、一度も立ち止まらないことではなく、立ち止まったあとに「自分はどこへ向かっていたのだろう」と思い出し、もう一度そちらへ歩き始めることです。

この知見を日常生活に置き換えるなら、目標を立てるときに、

「今日、どれだけ頑張れるか」

だけでなく、

「これは、数年かけても大切にしたい目標だろうか」

と考える必要があります。

始める力は、私たちを玄関から外へ連れ出してくれます。

けれども、長い道のりで頼りになるのは、派手な決意よりも、何度でも歩き直せる力です。

この論文が教えてくれるのは、成功する人が一度も迷わないということではありません。

迷い、失敗し、ときには立ち止まりながらも、大切な目標へ戻り続ける人が、長い時間のなかで遠くまで進んでいく可能性がある。

それが、グリット研究から見えてきた大きな要点です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究の背景:成功を決めるのは才能だけ?心理学が「やり抜く力」に注目した理由

私たちは、誰かが大きな成果を出したとき、つい便利な言葉を使います。

「あの人は、才能があるからね」

この一言、じつによく働きます。

スポーツで活躍する人を見ても「運動神経がいいから」。試験で高得点を取る人を見ても「頭がいいから」。音楽家や作家が成功すれば「もともとセンスがあったから」。

才能という言葉は、成功の理由を一瞬で説明してくれる万能ふりかけです。何にかけても、それらしい味になります。

けれども、よく考えてみると不思議なことがあります。

才能があると言われていた人が、途中でやめてしまうことがあります。一方で、最初はそれほど目立たなかった人が、何年も努力を重ね、気づけば大きな成果を出していることもあります。

学生時代には同じくらいの成績だった二人が、十年後にはまったく違う場所に立っている。

同じ学校で学び、似た能力を持ち、同じような訓練を受けたはずなのに、一人は途中で離れ、もう一人は最後まで残る。

では、この違いは何なのでしょうか。

「最後まで残った人のほうが、頭がよかったのでは?」

そう考えるのが自然です。

しかし、知能や学力だけを調べても、人が厳しい訓練を最後まで続けられるか、長年の目標を追い続けられるかを、すべて説明できるわけではありませんでした。

頭の回転が速いことと、何年も同じ目標に取り組めることは、どうやら別の話らしい。

ここに、研究者たちがまだ十分につかめていなかった謎がありました。

「できる人」と「続けられる人」は、同じではない

たとえば、ある人が新しい楽器をすぐに弾けたとします。

最初の一週間で簡単な曲を演奏でき、周囲からも「才能があるね」と褒められました。

ところが、一か月後には練習しなくなり、半年後には楽器が部屋の片隅で静かにほこりを集めています。楽器としての第二の人生は、少し高級なインテリアです。

反対に、最初はなかなか音が出ず、家族から「それ、楽器の音?」と心配された人がいたとします。

それでも、その人は練習を続けました。失敗し、休み、ときには嫌になりながらも、また楽器を手に取りました。

数年後、どちらが上手になっているでしょうか。

もちろん、現実はそれほど単純ではありません。しかし、ここには重要な違いがあります。

一人は、早くできた人

もう一人は、長く続けた人です。

心理学では以前から、知能、適性、性格、動機づけなど、成果に関わるさまざまな要素が研究されてきました。

けれども、ダックワースたちが注目したのは、能力の高さそのものではありませんでした。

彼らが知りたかったのは、

なぜ、同じくらいの能力を持つ人たちのなかでも、長い目標を追い続けられる人と、途中で離れてしまう人がいるのか

ということでした。

能力が「どれくらい上手にできるか」を表すなら、もう一つ、「どれくらい長く取り組み続けられるか」を表す特徴が必要なのではないか。

研究者たちは、そこにまだ名前のついていない重要な力があると考えたのです。

努力の「量」だけでなく、「向かう方向」もよくわかっていなかった

努力について語るとき、私たちは「どれくらい頑張ったか」に目を向けがちです。

一日に何時間勉強したか。

何回練習したか。

どれほど汗を流したか。

けれども、長期的な成果を考える場合、努力の量だけでは足りません。

どれほど一生懸命でも、目標が毎週変わっていたら、力はなかなか積み上がらないからです。

今週は英会話、来週は動画編集、その次は資格の勉強。さらに翌月には「やはり時代は盆栽だ」と悟る。

新しいことへの好奇心は、とても大切です。ただし、長期的な成果には、ある程度の期間、同じ方向に力を注ぎ続ける必要があります。

ダックワースたちは、この「方向がぶれにくいこと」にも注目しました。

つまり、彼らが考えたグリットは、ただ歯を食いしばって頑張る力ではありません。

グリットには、二つの要素があります。

一つは、困難があっても努力を続ける粘り強さ

もう一つは、長い期間にわたって目標への関心を保つ情熱の一貫性です。

ここでいう情熱とは、毎朝「今日も燃えているぞ!」と叫ぶことではありません。人間は朝からそれほど燃えていたら、午後には灰になります。

そうではなく、目の前の気分が変わっても、人生の大きな方向として、同じ目標を大切にし続けることです。

一日のやる気ではなく、何年という時間のなかで目標との関係を保てるか。

この点は、当時まだ十分に整理され、測定されていませんでした。

「根性がある」という言葉では、研究にならない

もちろん昔から、「粘り強い人は強い」「努力を続けることが大切だ」とは言われてきました。

学校でも家庭でも、似たような話を一度は聞いたことがあるでしょう。

「石の上にも三年」
「継続は力なり」
「若いころの苦労は買ってでもしろ」

最後のものは、売っているお店が見つからなくても安心してください。

しかし、「続けることは大切です」と言うだけでは、科学的な研究にはなりません。

そもそも、粘り強さとは何なのか。

一時的に頑張ることと、何年も続けることは同じなのか。

粘り強い人は、本当に成果を出しやすいのか。

知能や学歴、もともとの能力とは別の特徴として測れるのか。

こうした問いに答えるためには、目に見えない「やり抜く力」を、ある程度測れる形にしなければなりません。

体重なら体重計があります。身長なら壁の横に立てば測れます。

しかし、情熱や粘り強さを測るには、「ちょっと心をこちらの台に載せてください」とはいきません。

そこでダックワースたちは、長期目標への情熱と粘り強さを質問によって測る、グリット尺度を作ろうとしました。

そして、その尺度が実際の成果や継続と関係するのかを、さまざまな集団で確かめていったのです。

厳しい環境で、最後まで残る人を予測できるのか

この研究にとって、陸軍士官学校の候補生は重要な対象でした。

厳しい訓練を受ける人たちは、選抜された優秀な人ばかりです。学力や体力、指導力など、一定の基準を満たした人が集まっています。

ところが、そのような人たちのなかでも、訓練を最後まで続ける人と、途中で離れる人が出てきます。

全員がある程度優秀なのに、なぜ結果が分かれるのか。

これは、研究者にとって非常に興味深い問題でした。

能力が低いから脱落する、という説明だけでは足りません。能力の高い集団のなかでも、継続できる人とできない人がいるからです。

そこで研究者たちは考えました。

「もしかすると、入学時の成績や知能とは別に、長期目標を追い続ける特徴が関係しているのではないか」

同じ疑問は、スペリング大会に挑む子どもたちにも当てはまります。

英単語のつづりを競う大会では、言葉の知識や能力だけでなく、長期間の練習が必要です。

参加者は、何度も単語を覚え、間違え、また覚え直します。

華やかな本番の舞台の裏側には、辞書と長時間にらめっこする日々があります。英単語のほうから「もう私のことは忘れて」と言われても、覚えなければなりません。

このような場面で、成果を分けるのは能力だけなのか。それとも、練習を続けるグリットも関係するのか。

これが、研究者たちの確かめようとしたことでした。

成功を「才能の物語」だけで説明しないために

この研究が生まれた背景には、成功を能力だけで説明することへの疑問がありました。

才能や知能は、もちろん重要です。

しかし、それだけを見ていると、長い時間のなかで積み重なる努力や、失敗のあとに戻ってくる力が見えなくなります。

私たちは完成した成果を見ますが、その人が途中で何度つまずき、何度やり直したかまでは、なかなか見えません。

舞台の照明は見えても、舞台裏の雑巾がけまでは映らないのです。

だからこそ、成功した人を見ると、「もともと特別だった」と考えやすくなります。

けれども本当に知りたいのは、完成した人がどれほど輝いているかだけではありません。

まだ完成していない人が、どうやって長い道のりを歩き続けるのかです。

ダックワースたちが問いかけたのは、まさにそこでした。

知能や才能とは別に、長期目標への情熱と粘り強さという特徴を測ることはできるのか。

そして、その特徴は、厳しい訓練を続けることや、長期的な成果を予測する手がかりになるのか。

この問いから、グリットの研究は始まりました。

つまり、当時まだよくわかっていなかったのは、「才能のない人が成功できるか」という単純な問題ではありません。

能力を持つ人たちのなかで、誰がその能力を長い時間をかけて育て、成果へつなげていくのか。その違いを説明する心理的な特徴は何なのか。

そこに、グリットという考え方が差し込んだのです。

成功という大きな建物を、才能という一本の柱だけで支えようとすると、どうしても説明できない部分が残ります。

ダックワースたちは、その建物の奥に、これまで十分に注目されてこなかったもう一本の柱を見つけようとしました。

それが、長い目標を見失わず、失敗してもまた歩き始める力。

情熱と粘り強さからなる「グリット」だったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

研究方法:「やり抜く力」はどう測る?グリット尺度と4つの調査をやさしく解説

「やり抜く力が大切です」

そう言われると、なんとなく納得はできます。

けれども、研究者としては「なんとなく」で帰るわけにはいきません。

「では、その力はどうやって測るのですか?」

ここで急に話が難しくなります。

身長なら身長計、体重なら体重計があります。しかし、情熱と粘り強さを測るために、心をそっと計量皿へ載せることはできません。

「本日の情熱は82グラムです」

そんな測定器があれば便利ですが、まだ家電量販店では見かけません。

そこでアンジェラ・L・ダックワース(Angela L. Duckworth)たちは、目に見えない「やり抜く力」を質問への回答から測る、グリット尺度を作りました。

そして、グリットの得点が高い人ほど、本当に長期的な成果を上げたり、厳しい環境を最後まで続けたりするのかを、6つの研究で確かめました。成人、大学生、陸軍士官候補生、スペリング大会の出場者という、かなり幅のある人々が調査に参加しています。

まずは、グリットを質問で測った

研究の中心になったのが、研究者たちの作成した12項目のグリット尺度です。

参加者は、たとえば次のような内容の質問に答えました。

「困難があっても、簡単にはあきらめない」

「始めたことは最後までやり遂げる」

「数か月以上かかる計画に集中し続けるのが難しい」

「新しい考えに気を取られ、それまでの目標から離れることがある」

もちろん、これは試験ではありません。

「正解は『絶対にあきらめない』だな」と、立派な人物を演じる大会でもありません。自分にどの程度当てはまるかを、段階に分けて回答します。

質問は、おもに二つの側面を測るように作られました。

一つは、困難があっても努力を続ける**「努力の粘り強さ」**。

もう一つは、長期間にわたって同じ方向へ関心を向ける**「興味の一貫性」**です。

つまり、グリットは単なる我慢強さではありません。

「頑張ること」と「目標をころころ変えすぎないこと」を合わせて見ようとしたわけです。今日は小説家、明日はパン職人、あさっては深海探査員という人生も楽しそうですが、一つの成果を長く育てるには、ある程度は同じ畑を耕す必要があります。

成人では、学歴や転職回数との関係を調べた

最初の二つの研究では、25歳以上の成人を対象に調査が行われました。

研究1には1,545人が参加し、研究者たちはグリット尺度を作成するとともに、グリットの得点と最終学歴、年齢との関係を調べました。

続く研究2では690人を対象に、グリットだけでなく、性格心理学でよく使われる「ビッグ・ファイブ」の質問にも答えてもらいました。さらに、これまでに何回ほど職業を変えたかも尋ねています。

ここで研究者たちが知りたかったのは、

「グリットは、単に『まじめな性格』を別の名前で呼んでいるだけではないのか?」

という点でした。

たしかにグリットは、勤勉さや責任感に関係する「誠実性」と強く関連していました。しかし研究者たちは、そうした一般的な性格特性を考慮したうえでも、グリットが学歴や職業変更の少なさと関係するかを分析しました。

いわば、グリットに向かって、

「あなた、本当に独立した特徴なんですか。それとも誠実性さんの変装ですか?」

と身分証明書を求めたわけです。

大学生では、成績とSATスコアを比べた

研究3では、アイビーリーグの大学生138人が対象となりました。

研究者たちは、学生のグリット得点と大学での成績、さらに大学入学前の学力を示すSATスコアとの関係を調べました。

ここでのポイントは、ただ「グリットの高い学生は成績がよかった」と見るだけではないことです。

もともとの学力が高ければ、大学の成績もよくなりやすいでしょう。そこで研究者たちはSATスコアも一緒に分析し、学力の違いを考慮しても、グリットと大学での成績に関係があるのかを確かめました。

速いエンジンを持っているかだけでなく、その車がどのくらい走り続けるかも見た、ということです。

なお、この研究は学生にグリットを教えて成績が上がるかを試した実験ではありません。

すでに持っているグリットの傾向と、実際の成績との関係を調べた観察型の研究です。「グリットを注入したら翌朝の成績が伸びました」という研究ではないので、そこは区別して読む必要があります。

陸軍士官候補生では、厳しい訓練を続けられるか調べた

研究4と研究5の舞台は、アメリカ陸軍士官学校ウェストポイントです。

対象となったのは、それぞれ1,218人と1,308人の士官候補生でした。

ウェストポイントへ入学する人たちは、学力だけでなく、リーダーシップや身体能力なども含めた厳しい選抜を通過しています。つまり、参加者は最初からかなり優秀な人たちです。

それでも、入学直後の厳しい夏季訓練を途中で離れる人がいます。

そこで研究者たちは、訓練前にグリットを測定し、その後、誰が訓練を最後まで続けたのかを追跡しました。

さらに、入学時の成績、SAT、リーダーシップ、身体能力などをまとめた従来の評価指標とも比較しました。

ここで確かめたかったのは、

「入学時にどれほど優秀かとは別に、グリットは厳しい訓練を続けられるかを予測するのか?」

ということです。

全員が選ばれし精鋭です。その精鋭たちのなかで、最後まで残る人を分けるものは何か。研究者たちは、才能の高さがほぼそろった集団で、粘り強さの役割を調べたのです。

二つの異なる学年で似た調査を行ったのは、最初の結果がたまたまではないかを確かめるためでもあります。一度だけ当たった予言では、心理学も少し落ち着きません。

スペリング大会では、練習時間まで追いかけた

最後の研究6では、2005年の全米スペリング大会に出場した175人の子どもたちを調べました。

スペリング大会とは、出題された英単語のつづりを正確に答える競技です。

参加者は、日常会話ではめったに出会わない難しい単語まで覚えます。辞書を開いた瞬間、単語のほうが「本当に私を覚えるつもりですか」と身構えそうな世界です。

研究者たちは大会前に、子どもたちのグリット、自己コントロール、言語能力などを測りました。

そのうえで、

  • どのラウンドまで勝ち進んだか
  • 大会に向けてどのくらい勉強したか
  • 過去に何回、全国大会へ出場したか

などを調べました。

この研究には、もう一つ重要な狙いがありました。

グリットの高い子どもがよい成績を残すとしても、それはなぜなのか。

研究者たちは、グリットの高い子どもほど長く練習し、大会経験を積み、その積み重ねが成績につながるのではないかと考えました。

つまり、「グリットがある人は、なぜ成果を上げるのか」という途中の道筋まで見ようとしたのです。

結果だけを見て「やり抜く力ってすごい」で拍手を終えるのではなく、舞台裏の練習時間まで懐中電灯で照らした研究でした。

この研究方法をざっくりまとめると

この論文で行われたことは、意外とシンプルです。

まず、質問票を使って一人ひとりのグリットを測る。

次に、学歴、大学の成績、軍事訓練の継続、スペリング大会の順位など、実際の成果と比べる。

さらに、年齢、知能、SATスコア、一般的な性格、自己コントロールなど、ほかの要因も一緒に分析する。

この流れを、対象の異なる6つの研究で繰り返しました。

つまり研究者たちは、グリットを頭のなかだけで考えたのではありません。

会社員や学生、士官候補生、スペリング大会の子どもたちという異なる場所へ持ち込み、

「この物差しは、場所が変わっても本当に役に立つのか」

と確かめたのです。

ただし、グリットの測定は本人が答える自己申告式でした。

人は自分を少しよく見せることがありますし、自分自身の性格を正確に理解できているとも限りません。論文の著者たちも、この自己申告による測定を研究の限界として挙げています。

また、これらの研究からわかるのは、主としてグリットと成果のあいだに関係が見られるかどうかです。

グリットを高めれば、必ず成績が上がる。

グリットさえあれば、誰でも訓練を乗り越えられる。

そこまでを証明した研究ではありません。

それでも、能力や知能だけでは説明しきれなかった「長く続ける人の特徴」を、測れる形にして、現実の成果と結びつけて調べた点には大きな意味があります。

この研究は、心のなかにある曖昧な「根性」を、ただの精神論から連れ出しました。

そして質問票とデータを渡し、

「あなたの正体を、少し科学的に調べさせてください」

と研究室の椅子に座らせたのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

この研究でわかったこと:やり抜く力が高い人は何が違う?グリット研究でわかった成功との関係

さて、成人、大学生、陸軍士官候補生、スペリング大会の子どもたちまで連れてきて、研究者たちはいったい何を発見したのでしょうか。

先に結論を言うと、次のようになります。

グリットの高い人は、長い努力を必要とする場面で、よりよい成果を上げたり、途中で離れずに続けたりする傾向がありました。

しかも、その関係は、知能や入学時の評価、一般的な性格だけでは完全には説明できませんでした。

「つまり、才能より根性がすべてですか?」

ここでハチマキを締めるのは、まだ早いです。

この研究が示したのは、グリットが成功のすべてを決めるという話ではありません。論文全体で見ると、グリットが説明した成功結果の違いは平均約4%でした。

4%と聞くと、

「思ったより小さくないですか?」

と感じるかもしれません。

たしかに、人生を一発で決める巨大な数字ではありません。しかし、成功には知能、才能、環境、健康、教育、経済状況、周囲の支援、運など、多くの要因が関係します。そのなかで、質問票から測った一つの心理的特徴が、異なる集団の成果と繰り返し関係していた点に意味があります。

グリットは、成功の王様ではありません。

けれども、成功という大きな鍋のなかで、思ったよりよく効いていた隠し味だったのです。

グリットが高い成人ほど、学歴が高い傾向があった

成人を対象にした研究では、同じ年齢で比べた場合、グリットの高い人ほど、より高い教育段階まで進んでいる傾向が見られました。

また、グリットの高い人ほど、職業を変えた回数が少ない傾向もありました。

これは、ある意味では納得しやすい結果です。

学校で学び続けるには、試験前だけ頑張る力では足りません。何年も授業へ通い、課題を提出し、眠たい朝にも起き、たまには「このレポートは誰を幸せにするのだろう」と遠い目をしながら、それでも続ける必要があります。

仕事についても同じです。

一つの仕事を長く続ける人は、その仕事が毎日楽しくて、朝から拍手しながら出勤しているわけではありません。

退屈な日もある。

うまくいかない日もある。

別の仕事が急に金色に輝いて見える日もある。

それでも簡単には進路を変えず、一つの方向へ力を積み重ねる人ほど、グリットの得点が高かったのです。

ただし、ここで注意したいのは、転職が悪いという意味ではないことです。

合わない仕事や危険な職場から離れることは、立派な判断です。この結果が示したのは、「転職しない人ほど偉い」という道徳ではなく、グリットの高い人は長期的な関心を保ちやすい傾向があったということです。

人生には、粘るべき場所と、さっさと避難すべき場所があります。グリット研究も、燃えている建物に居残れとは言っていません。

年齢が高い人ほど、グリットもやや高かった

成人の調査では、年齢が高い人ほど、グリットの得点もやや高い傾向が見られました。

これは少し興味深い結果です。

グリットが完全に生まれつきの性格なら、年齢によって大きく変わらないはずです。しかし結果を見ると、経験を重ねるなかで、目標の選び方や続け方を学ぶ可能性も考えられました。

若いころは、目の前にある扉を片っ端から開けたくなります。

音楽もやりたい。

仕事でも成功したい。

資格も取りたい。

来月からは筋トレも始めたい。

そして日曜日の夜には、五つの夢と七つの未開封教材に囲まれます。

けれども経験を重ねると、自分の時間や体力が有限であることが、だんだんわかってきます。

「全部を追いかけるのは無理だな」

「これは手放して、こちらを大切にしよう」

そうやって目標を選び、一つの方向へ力を注ぐことを覚えていくのかもしれません。

ただし、この研究は同じ人を何十年も追跡したものではありません。年齢の違う人を同じ時点で比べた調査です。そのため、「年を取れば必ずグリットが育つ」とまでは言えません。

年齢とともにグリットが高まった可能性もあれば、育った時代や世代の違いが影響した可能性もあります。

歳を重ねれば自動的に忍耐力がダウンロードされる、という便利な仕組みではなさそうです。

大学生では、グリットが高いほど成績も高かった

アイビーリーグの大学生を対象にした研究では、グリットの高い学生ほど、大学での成績を示すGPAが高い傾向がありました。

ここで意外だったのは、グリットの高い学生ほど、SATスコアはむしろ低い傾向にあったことです。

SATは、アメリカの大学入学で使われる学力試験です。

つまり、入学前の学力テストでは少し低かった学生が、大学に入ってから粘り強く取り組み、よい成績を取っていた可能性が見えてきたのです。

これは、なかなか味わい深い結果です。

試験で高い点を取る力と、何年も学び続ける力は、完全に同じではありません。

理解の速い人は、短い時間で内容をつかめるかもしれません。

しかし大学生活では、授業への出席、課題、試験、レポートなどが何度もやってきます。知識の波が一回来て終わるのではなく、毎週のように玄関のチャイムを鳴らします。

「今週も課題をお届けに参りました」

こちらが居留守を使っても、締め切りは帰ってくれません。

そのような環境では、頭の回転の速さだけでなく、勉強へ戻り続ける力が成績を支えるのでしょう。

ただし、この結果も「学力が低いほうが成功する」という意味ではありません。

学力とグリットは、それぞれ別の役割を持っている可能性があります。

理解する力があっても、努力を続けなければ成果にならない。

努力を続けても、必要な知識や方法がなければ進みにくい。

車でいえば、才能や知能がエンジンで、グリットが燃料を送り続ける装置です。どちらか一方だけを神棚に飾っても、車は走りません。

ウェストポイントでは、入学時の総合評価よりグリットが「残る人」を予測した

この論文でもっとも印象的な結果の一つが、アメリカ陸軍士官学校ウェストポイントでの調査です。

ウェストポイントの士官候補生は、学力、身体能力、リーダーシップなどを厳しく評価されたうえで入学しています。

つまり、全員がすでに高い関門を通過した人たちです。

ところが、入学直後に行われる厳しい夏季訓練では、途中で離れる人が出てきます。

研究者たちは、入学時のSATスコア、学校での成績、リーダーシップ、身体能力などをまとめた「総合評価」と、グリットの得点を比べました。

その結果、グリットは、誰が夏季訓練を最後まで続けるかを予測しました。

一方、士官学校が入学選考に使っていた総合評価は、訓練を最後まで続けるかを十分には予測しませんでした。

ここが意外なところです。

入学時の総合評価は、「この人はどれくらい優秀か」を、かなり丁寧に測ったものです。

けれども、その優秀さだけでは、

「暑く、厳しく、心が折れそうな訓練のなかで、誰が残るのか」

までは見抜けなかったのです。

能力を測る物差しと、踏みとどまる力を測る物差しは、別に必要だったのかもしれません。

ただし、グリットが何でも予測したわけではありません。

夏季訓練を終えた士官候補生の学業成績については、グリットより自己コントロールのほうがよい予測要因でした。

つまり、

長期的な目標から離れずに続ける力と、目の前の誘惑を抑えて課題をこなす力は、似ているようで役割が違う

ということです。

グリットは「この山を登り続ける力」。

自己コントロールは「登山中に見つけたソフトクリーム店へ、毎回吸い込まれない力」。

どちらも大切ですが、同じ力ではありません。

スペリング大会では、グリットの高い子どもほど長く練習していた

全米スペリング大会の出場者を対象にした研究でも、グリットの高い子どもほど、より上のラウンドまで勝ち進む傾向が見られました。

しかし、ここで研究者たちは、

「グリットの高い子は、謎のオーラで英単語を正解している」

とは考えませんでした。

その途中に、練習時間がありました。

グリットの高い子どもほど、週末に長く練習していました。そして、長く練習した子どもほど、大会でよい成績を残していました。

さらに、グリットの高い子どもほど、過去にも全国大会へ出場している傾向がありました。

つまり、グリットは結果へ直接飛んでいく魔法の矢というより、

長く練習する

何度も大会に挑戦する

経験を積み重ねる

という行動を通して、成果へつながっていた可能性があります。

ここは、この論文のなかでも大切なポイントです。

グリットを持っているだけで、寝ている間に実力が育つわけではありません。

グリットが高い人は、練習へ戻る回数が多い。

その結果、積み上がる練習量や経験が増える。

そして、その積み重ねが成果に結びつく。

成功の舞台で最後に拍手を受けるのは本人ですが、その背後には、誰にも見られていない練習の日々が、長い列を作っていたのです。

もっとも意外なのは、グリットがIQと正の関係を示さなかったこと

論文全体を通して、グリットはIQや学力と正の関係を示しませんでした。

簡単に言うと、頭のよい人ほどグリットが高い、という結果ではなかったのです。

これは、かなり重要です。

グリットが単に「優秀な人が持っている性質」なら、知能や学力が高い人ほど、グリットも高くなりそうです。

しかし、そうではありませんでした。

理解が速いかどうか。

記憶力が高いかどうか。

難しい問題を解けるかどうか。

それらとは別に、長期目標へ関心を向け、努力を続ける傾向が存在していたのです。

才能が高い人にも、途中で目標を変える人はいます。

能力が飛び抜けていなくても、同じ方向へ何年も努力を重ねる人はいます。

この研究は、成功する人を「頭のよい人」と「頭のよくない人」に分けるのではなく、

持っている力を、どの方向へ、どのくらい長く使い続けるのか

という新しい見方を持ち込みました。

才能は、持っている道具の性能です。

グリットは、その道具を押し入れにしまわず、何度も取り出して使い続ける力です。

高級な包丁を持っていても、台所に立たなければ料理は完成しません。一方で、普通の包丁でも、毎日使い、研ぎ、工夫を重ねれば、作れる料理は増えていきます。

この論文が照らしたのは、道具の立派さだけでは見えなかった、使い続ける人の姿でした。

この研究の結果を、誤解しないために

ここまで読むと、

「では、グリットさえ鍛えれば人生は勝ちですね」

と言いたくなるかもしれません。

しかし、この研究だけから、そこまでは言えません。

グリットが説明した成果の違いは平均約4%であり、成功の大部分には、ほかの要因も関係しています。

また、グリットの高い人が成果を上げたのか、成果を上げた経験によってグリットが高まったのか、あるいは第三の要因が両方に影響したのか。すべての研究で因果関係が明らかになったわけではありません。

スペリング大会の研究は時間の流れを追った調査でしたが、それでも著者たちは、別の要因がグリットと成果の両方へ影響している可能性を残しています。

そして、この論文が調べた「成功」は、おもに学歴、成績、訓練の継続、大会順位など、外から確認しやすい成果です。

友情、家庭生活、幸福感、自分らしい生き方など、人生のすべてを調べたわけではありません。

長く続けることが、いつでも正しいとも限りません。

間違った目標にしがみつけば、グリットは頼もしい相棒ではなく、方向転換を邪魔する重たいリュックになることもあります。

大切なのは、ただ続けることではありません。

自分にとって意味のある目標を選び、必要なら方法を変えながら、長い時間をかけて育てていくこと。

この研究で見えてきたのは、成功する人が毎日やる気に満ちているという姿ではありませんでした。

むしろ、やる気のない日も、失敗した日も、結果が出ない時期もありながら、目標との関係を切らなかった人たちです。

才能が大きな翼だとすれば、グリットは羽ばたきを続ける力です。

翼が立派でも、一度も羽ばたかなければ空へは上がれません。

そして、翼がそれほど大きくなくても、風を読み、休みながら羽ばたき続ければ、昨日より遠い場所へ進めることがあります。

この論文が示したもっとも意外なことは、「才能は重要ではない」ということではありません。

才能だけを見ていては、人がどこまで進むのかを十分には説明できなかった。

その、才能と成果のあいだにある長い道を歩いていたものこそ、情熱と粘り強さからなるグリットだったのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ここが面白い:頭のよさだけでは遠くへ行けない?グリット研究の意外な面白さ

この論文の面白いところは、「努力は大切です」という、校長先生の朝礼のような結論を出したことではありません。

そんなことなら、たぶん昔からみんな知っています。

宿題は早めにやったほうがいい。

練習は続けたほうがいい。

歯は毎日磨いたほうがいい。

知ってはいるのです。

知ってはいるけれど、なぜか夏休みの宿題は8月31日に団体で押し寄せてきます。知識と行動のあいだには、ときどき大型河川が流れているのです。

この研究の面白さは、成功する人を見たときに、私たちが真っ先に注目してしまう「才能」や「頭のよさ」から、少し視線をずらしたところにあります。

誰かが活躍していると、私たちはその人の現在地を見ます。

試験で高得点を取った。

大会で優勝した。

難しい学校を卒業した。

厳しい訓練を最後まで乗り越えた。

すると、ついこう考えます。

「あの人は、もともと能力が高かったんだろう」

もちろん、それも一部は正しいでしょう。

けれども、現在地だけを見ていると、その人がそこへ来るまでに歩いた道が見えません。

何回失敗したのか。

何回やめようと思ったのか。

成果が出ない時期に、どれほど練習を続けたのか。

一度離れたあと、何回戻ってきたのか。

成功者の写真には、完成した姿しか写りません。昨日までの地味な練習は、だいたい画面の外に追い出されています。

グリット研究は、その画面の外側へカメラを向けました。

才能は「速さ」だけれど、グリットは「時間」なのかもしれない

才能のある人は、スタートが速いことがあります。

初めてやったことを、すぐに覚える。

少ない練習で、よい結果を出す。

周囲からも「向いているね」と褒められる。

これは大きな強みです。

ところが、人生の目標には、短距離走だけでなく、何年もかかる長距離走があります。

学校で学ぶ。

仕事の技能を身につける。

研究を続ける。

文章を書く。

楽器を練習する。

人との信頼関係を育てる。

このような目標では、最初の速さだけで勝負は決まりません。

最初の一か月で人の三倍進んだとしても、二か月目にやめれば、そこで道は終わります。

反対に、最初はゆっくりでも、一年、三年、五年と続けていれば、いつの間にか遠くまで来ていることがあります。

ここが面白いのです。

才能が「一歩の大きさ」だとすれば、グリットは「何歩まで歩くか」に関係する。

一歩が大きい人は有利です。

けれども、小さな一歩でも、何千回と重なれば、かなり遠くまで進みます。

私たちは、つい一歩の大きさを比べます。

「あの人は理解が速い」

「あの人は文章がうまい」

「あの人は話すのが得意だ」

そして、自分の一歩が小さく見えると、歩く前から座り込んでしまいます。

しかし本当は、今日の一歩だけを比べても、その人が最後にどこへ着くかはわかりません。

人生には、足の速さだけではなく、歩く日数という、静かな変数があるからです。

グリットは、いつも燃えている人のことではない

「情熱と粘り強さ」と聞くと、毎朝5時に起きて、目を輝かせながら目標へ突進する人物を思い浮かべるかもしれません。

今日も情熱。

明日も情熱。

雨の日も情熱。

体温計が少し心配になるほど燃えています。

でも、実際に何かを長く続けたことのある人なら、わかるはずです。

情熱は、毎日元気に出勤してくれるわけではありません。

昨日まで楽しかったことが、今日は面倒になる。

自信満々だったのに、失敗一つで急に向いていない気がする。

始めたころの新鮮さが消え、作業がただの作業になる。

長期的な目標には、必ずこういう「普通の日」が混ざります。

ここでグリットが働きます。

グリットとは、毎日やる気に満ちていることではありません。

やる気がいなくなったあとも、目標との関係を完全には切らないことです。

今日はできなかった。

今週は止まってしまった。

少し遠回りした。

それでも、「もう終わり」とは決めずに、また戻る。

つまり、グリットのある人は、転ばない人ではありません。

転んだことを、旅の終了届にしない人なのです。

この見方は、少し救いがあります。

なぜなら、私たちは「やる気がなくなった」というだけで、自分には才能も情熱もなかったと判断しがちだからです。

けれども、やる気が薄れることは、目標を間違えた証拠とは限りません。

長く続ければ、退屈な時期があるのは自然です。

恋愛でも仕事でも趣味でも、毎日が予告編のように盛り上がるわけではありません。本編には、洗濯物をたたむ場面も入っています。

大切なのは、盛り上がらない日にも、その目標を大切にできるかどうかなのです。

「やめない力」より、「戻ってくる力」と考えるとわかりやすい

グリットという言葉は、少し扱いを間違えると危険です。

「何があってもやめるな」

「苦しくても耐えろ」

「結果が出ないのは根性が足りないからだ」

そんな話に変換されると、グリットは急に竹刀を持った体育教師になります。

しかし、人間には休むことも、方向転換することも必要です。

体調を崩しているなら休んだほうがいい。

環境が危険なら離れたほうがいい。

目標そのものが自分に合っていないとわかったなら、変えることも大切です。

だから私は、グリットを単純な「やめない力」ではなく、大切な目標へ戻ってくる力と考えると、わかりやすいと思います。

毎日必ず続けるのではなく、途切れても再開する。

一度も迷わないのではなく、迷ったあとに方角を確かめ直す。

同じ方法にしがみつくのではなく、方法を変えながら目標との関係を続ける。

これは、かなり人間らしい粘り強さです。

機械のように一日も休まず動くのではありません。

調子のよい日も悪い日も抱えたまま、それでも長い目で見れば前へ進んでいる。

グリットとは、一直線の矢印ではなく、少しふらつきながら続いていく手書きの線なのかもしれません。

グリットは「結果」ではなく、練習を増やす装置だった

スペリング大会の研究も、じつに面白い部分です。

グリットの高い子どもほど、より上のラウンドまで進む傾向がありました。

ここだけ聞くと、

「グリットが高いと、難しい英単語が頭に降りてくるのですね」

となりそうですが、もちろん違います。

グリットが直接、正解を耳元でささやいたわけではありません。

その途中には、長い練習がありました。

グリットの高い子どもほど、より長く勉強していた。

過去にも大会へ挑戦し、経験を積んでいた。

そして、その積み重ねが成績につながっていました。

つまり、グリットは成功を直接生み出す超能力ではありません。

練習を続ける回数を増やすことで、成功の可能性を少しずつ押し上げる力だったのです。

この仕組みは、とても地味です。

ボタンを押せば突然能力が上がるわけではありません。

今日30分練習する。

明日も少し練習する。

間違えたところをやり直す。

しばらくして、前より少しできるようになる。

変化が小さすぎて、その日には気づかないこともあります。

けれども時間がたつと、見えなかった差が形になって現れます。

グリットは、成功のエレベーターではありません。

一段ずつ上る階段の前で、「今日も少しだけ上りますか」と声をかけてくる係員です。

華やかさはありません。

しかし、エレベーターが来ない日にも、上へ行く方法を残してくれます。

成功する人は「迷わない人」ではなかった

私たちは、何かを成し遂げた人を見ると、その人は最初から目標が明確だったと思いがちです。

「小さいころから、この道一本でした」

そんな物語は美しく、記事にもなりやすいでしょう。

けれども、実際の人生はもう少し散らかっています。

自信をなくすこともある。

別の道がよく見えることもある。

うまくいかず、しばらく放り出すこともある。

それでも長期的に見ると、何度も同じテーマへ戻ってくる人がいます。

文章を書くのをやめたのに、また書き始める。

勉強を休んだのに、また本を開く。

夢を忘れたつもりなのに、数年後に違う形で再会する。

グリットとは、迷わないことではなく、迷いのなかでも、自分が何を大切にしていたかを完全には失わないことなのかもしれません。

この視点に立つと、「三日坊主だったから、自分には継続力がない」と決めつける必要もなくなります。

三日で止まったなら、四日目に戻ればいい。

四日目が無理なら、十日目でもいい。

大切なのは連続記録を美しく保つことではなく、目標との関係を終わらせないことです。

カレンダーに空白があっても、人生の物語まで白紙になったわけではありません。

才能がないと思っている人に、少しだけ希望を返してくれる

この論文を読んで、もっとも心に残るのは、才能の価値を下げたことではありません。

才能のある人は、やはり有利なことがあります。

よい環境や支援も大切です。

努力だけでは越えられない壁もあります。

けれども、この研究は、私たちが自分の未来を「才能があるか、ないか」だけで決めなくてもよいことを教えてくれます。

才能は、自分では選びにくい部分です。

生まれ持った能力、育った環境、出会った人、使える時間。人生には、自分の意思だけでは動かせない条件がたくさんあります。

その一方で、何を長く大切にするのか。

今日、どれだけ小さな一歩を選ぶのか。

うまくいかなかったあと、もう一度戻るのか。

そこには、まだ自分が関われる余地があります。

この余地は、決して巨大ではありません。

けれどもゼロでもありません。

人生は、「才能がある人だけが入れる特別列車」ではなく、歩いて進める道も残されている。

この論文は、そんな地図を私たちの机に置いてくれます。

「遠くへ行く人」は、特別な人ではなく、戻り続けた人かもしれない

グリット研究を読んでいると、成功に対する見方が少し変わります。

成果を出した人は、毎日強かったのではない。

一度も飽きなかったのでもない。

失敗を笑顔で歓迎していたのでもない。

きっと嫌になった日もあったでしょう。

「もう向いていない」と思った日もあったでしょう。

それでも、何らかの理由で戻ってきた。

一回ではなく、何回も。

その「戻る」という小さな選択が長い年月のなかで積み重なり、周囲からは才能や成功と呼ばれる形になったのかもしれません。

才能は、最初から見えやすいものです。

けれどもグリットは、一日では見えません。

今日の一歩だけを見ても、その人が粘り強いかどうかはわかりません。

一年後、三年後、十年後。

振り返ったときに初めて、細い足跡が長い道になっていたことに気づきます。

この論文の面白さは、人間の可能性を派手に語らないところにあります。

「信じれば、何でもかなう」とは言いません。

その代わり、

才能だけでは未来は決まらず、小さな努力を長く重ねることにも、確かな意味がある

と教えてくれます。

速く走れない日があってもいい。

しばらく道端に座っていてもいい。

ただ、自分にとって本当に大切な道なら、また歩き出せばいい。

グリットとは、前だけを見て猛烈に走る力ではありません。

人生のあちこちで道草を食いながらも、最後には「さて、続きを歩こうか」と立ち上がる、少し不器用で、しぶとい力なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

私たちの生活にどう活かせる?:やり抜く力を高めるには?グリット研究を日常に活かす5つのヒント

グリットが、長期的な成果や継続と関係している。

そう聞くと、次に知りたくなるのは、やはりこれでしょう。

「それで、私たちは明日から何をすればいいのですか?」

できれば、朝5時に起きなくてもよく、山へこもらなくてもよく、額に「根性」と書かなくても実行できる方法が知りたいところです。

まず大切な注意があります。

この論文は、グリットの高い人にどのような特徴があり、それが成績や継続とどう関係しているかを調べた研究です。

「この方法を一週間続ければ、あなたのグリットが18%上がります」

という研究ではありません。

したがって、ここで紹介するのは、論文が直接証明したトレーニング法ではなく、研究結果を日常生活へ持ち帰るための考え方です。

グリットを栄養ドリンクのように一気飲みすることはできません。

しかし、自分の目標との付き合い方を少し変えることで、「続けやすい生活」をつくることはできます。

1. まず、「長く大切にしたい目標」を一つ選ぶ

グリットは、ただ頑張る力ではありません。

長期的な目標に対する情熱と粘り強さです。

つまり、努力を始める前に、

自分は、何を長く大切にしたいのか

を考える必要があります。

ここを飛ばしてしまうと、努力はするけれど、進む方向が毎週変わることになります。

月曜日には英語を勉強しようと決める。

火曜日には動画編集の時代だと悟る。

水曜日には資格の本を注文する。

木曜日には筋力こそすべてだとスクワットを始める。

金曜日には疲れて、すべてを見なかったことにする。

好奇心が豊かなのは、悪いことではありません。

いろいろ試す時期も必要です。

けれども、長期的な成果を育てるには、どこかの時点で、

「しばらくは、この畑を耕してみよう」

と決める必要があります。

そのためには、目標を選ぶときに、次のような問いを自分へ投げかけてみるとよいでしょう。

「これは、うまくいかない時期があっても続けたいことだろうか」

「誰にも褒められなくても、少しは大切にしたいだろうか」

「一年後も、この方向へ進んでいたいだろうか」

目標は、大きくなくてもかまいません。

資格を取る。

毎週文章を書く。

体調を整える。

仕事で一つの技能を身につける。

家族との時間を大切にする。

長期目標というと、「世界を変える」「宇宙へ行く」といった壮大な看板を掲げたくなりますが、人生を支えるのは、もっと静かな目標であることも多いものです。

そして、目標を一つ選ぶということは、ほかの可能性をすべて捨てることではありません。

今の自分が使える時間と体力を、どこへ多めに配るか決めることです。

人生の予算会議です。

時間も気力も無限ではありません。

すべての部署から「こちらにも予算を」と言われても、財布は無言で天井を見ています。

だからこそ、まずは今の自分にとって大切なものを一つ決める。

グリットは、そこから始まります。

2. 目標を「今日できる小ささ」まで分解する

長期的な目標は、そのままだと大きすぎます。

「英語を話せるようになる」

「専門的な資格を取る」

「健康的な生活を送る」

「ブログを成長させる」

どれも立派ですが、今日の午後3時に何をすればよいのかが、少しわかりません。

目標が大きすぎると、脳はときどき壮大な景色を眺めたまま停止します。

「頂上はあちらです」

「なるほど。では、ここでお茶にしましょう」

これでは、なかなか進みません。

グリットを生活に活かすには、長い目標と今日の行動をつなぐ必要があります。

たとえば、

「英語を話せるようになる」なら、今日は単語を10個見る。

「資格を取る」なら、今日はテキストを3ページ読む。

「文章を書き続ける」なら、今日は見出しを一つ作る。

「運動を習慣にする」なら、今日は5分だけ歩く。

このくらいでかまいません。

むしろ、疲れている日にもできる程度まで小さくすることが大切です。

私たちは調子のよい日に計画を立てると、未来の自分を少し過大評価します。

今日の自分が元気だから、来週の自分も元気だと思ってしまうのです。

そして、

「毎日2時間勉強する」

「週に5回運動する」

「一日も休まず更新する」

という勇ましい契約書を作ります。

ところが、未来の自分はその契約書を見て言います。

「こちらの署名、身に覚えがありません」

長期的に続けるためには、理想的な日にできる量ではなく、普通の日にもできる量を基準にしたほうがよいのです。

大切なのは、一回の努力を大きくすることではありません。

次の努力へ戻りやすくすることです。

一日に100歩進み、翌月まで動けなくなるより、一日3歩でも何度も歩けるほうが、長い目では遠くへ行けることがあります。

グリットは、巨大な一歩を踏み出す力というより、小さな一歩を長く並べる力なのです。

3. 「一度途切れたら失敗」というルールを捨てる

習慣を始めると、私たちは連続記録を大切にします。

勉強を30日続けた。

運動を一週間続けた。

毎日、日記を書いた。

記録が伸びると、うれしいものです。

ところが一日休むと、急にすべてが終わったような気持ちになることがあります。

「ああ、昨日できなかった。連続記録が消えた。もうだめだ」

昨日まで28日も続けていたのに、一日の空白がやってきただけで、28日分の努力まで集団退職したことになります。

しかし、長期的な目標に必要なのは、完璧な連続ではありません。

途切れたあとに戻ることです。

仕事が忙しい日もあります。

体調を崩すこともあります。

気持ちが落ち込んで、何もしたくない日もあります。

生活していれば、予定表の外からいろいろな出来事が入ってきます。人生は、こちらのスケジュール表をあまり尊重してくれません。

だから、

「毎日必ずやる」

というルールだけでなく、

「休んでも、次に戻る」

というルールを持っておくことが大切です。

たとえば、

一日休んだら、翌日は量を半分にして再開する。

一週間止まったら、最初の一歩からやり直す。

できなかった理由を責めるのではなく、再開しやすい条件を考える。

こうした「復帰の手順」を決めておくと、失敗が終了ではなくなります。

これは、電車が少し遅れただけで、線路そのものを撤去しないということです。

予定どおり進まなかった。

では、次の便で行こう。

そのくらいの柔らかさが、長い目標には必要です。

三日坊主でもかまいません。

四日目に戻れば、三日坊主ではなく「一日休憩をはさんだ人」です。

名前を変えるだけで、ずいぶん印象が違います。

グリットを高めるというより、途中で自分に失格通知を出さない。

そのほうが、実際には大切かもしれません。

4. やる気ではなく、「戻りやすい環境」をつくる

何かを続けるとき、私たちは自分の意志に頼りすぎます。

「明日から頑張る」

「今度こそ本気を出す」

「私は変わる」

決意した瞬間の自分は、かなり頼もしく見えます。

背景には朝日が昇り、音楽まで流れています。

しかし翌朝になると、その主人公は布団のなかで消息を絶っています。

人間のやる気には波があります。

だから、やる気がある日にしかできない仕組みでは、長く続きません。

グリットを生活に活かすなら、意志を強くすることだけでなく、行動へ戻りやすい環境をつくることが重要です。

勉強するなら、机の上に教材を開いておく。

運動するなら、着替えを目につく場所へ置いておく。

文章を書くなら、前日に次の見出しだけ作っておく。

スマートフォンを触りすぎるなら、作業中は別の部屋へ置く。

一人では続きにくいなら、誰かと進み具合を共有する。

始めるまでの手間を減らすだけで、行動へ戻りやすくなります。

人は、面倒なことを避ける生き物です。

テキストを本棚から出し、机を片づけ、ノートを探し、ペンのインクが出るか確認する。

ここまでに四つの関門があると、脳内の受付係が、

「本日の勉強は受け付けを終了しました」

と札を出します。

反対に、机に本が開かれていて、座ればすぐ始められるなら、少しだけ手をつけやすくなります。

この「少しだけ」が重要です。

グリットを、強い心を持つ特別な人の能力だと考えると、自分には無理だと思ってしまいます。

けれども、続けやすい環境をつくることなら、今日からでも工夫できます。

長く続ける人は、毎日意志が強いとは限りません。

意志が弱い日でも動けるように、道に小さな案内板を置いているのかもしれません。

5. 「続けるべき目標か」を、ときどき点検する

グリットは、長期目標へ向かって努力を続ける力です。

しかし、ここには大切な問いがあります。

その目標は、本当に続ける価値があるのでしょうか。

「続けることがよい」と聞くと、私たちはやめることに罪悪感を持ちやすくなります。

ここまで頑張ったから。

途中でやめるのは負けだから。

周囲に宣言してしまったから。

教材も買ったし、会費も払ったし、専用の靴まで買ったから。

気づけば、目標ではなく靴に人生を管理されています。

けれども、グリットは「一度決めたら、どんな状況でも変更禁止」という契約ではありません。

体調が変わることもあります。

生活環境が変わることもあります。

新しい経験を通して、別の道が自分に合っていると気づくこともあります。

続けることと、しがみつくことは違います。

長期的な目標を持つからこそ、ときどき立ち止まって点検する必要があります。

「この目標は、今も自分にとって大切だろうか」

「苦しいのは成長の途中だからか、それとも環境が危険だからか」

「目標を捨てたいのか、方法を変えたいだけなのか」

「続けることで、自分や周囲の人を必要以上に傷つけていないか」

このような問いを持つことで、グリットは単なる我慢大会ではなくなります。

たとえば、「人を支える仕事がしたい」という長期的な目標があるとします。

最初に選んだ職場が合わなかったからといって、目標そのものを捨てる必要はありません。

職場を変える。

役割を変える。

資格を取る。

別の方法で人を支える。

方向は保ちながら、道を変えることができます。

山頂を目指すなら、崩れた道に座り込んで「ここから動かないのがグリットです」と宣言する必要はありません。

別の登山道を探せばよいのです。

本当に大切な目標を守るために、方法を手放す。

それも、長く続ける知恵の一つです。

仕事では、「すぐに向いていない」と決めない

グリット研究は、仕事の選び方や働き方にもヒントを与えてくれます。

新しい仕事を始めると、最初はうまくできないことがたくさんあります。

覚えることが多い。

手順を間違える。

周囲の人は簡単そうにやっている。

自分だけ遅れているように感じる。

すると、

「自分には向いていないのではないか」

という考えが出てきます。

もちろん、本当に合わない仕事もあります。

しかし、「まだ慣れていない」と「向いていない」は同じではありません。

できない時期があるだけで、自分の適性を即日閉店させる必要はないのです。

仕事を始めたばかりのころは、成果ではなく、昨日より一つできることが増えたかを見る。

一日の終わりに、失敗だけでなく覚えたことも記録する。

わからないことを質問し、方法を少しずつ修正する。

こうした積み重ねは、仕事の技能を育てます。

グリットを仕事に活かすとは、嫌な職場へ無期限に耐えることではありません。

成長に必要な時間を、自分へ与えることです。

種を植えた翌日に土を掘り返し、

「まだ木になっていない。向いていなかった」

と判断しないことです。

ただし、心身の健康を崩す環境、暴力やハラスメントのある職場、安全が守られない場所では、粘ることより離れることが優先されます。

逃げることと、あきらめることは同じではありません。

自分を守るための撤退は、未来の目標へ戻るための大切な移動です。

勉強では、「わかるまで」より「戻る回数」を増やす

勉強にも、グリットの考え方はよく合います。

私たちは一度読んで理解できないと、

「自分は頭が悪い」

と思ってしまうことがあります。

けれども、新しい内容は、一度で完全にわからないのが普通です。

教科書を読む。

よくわからない。

問題を解く。

間違える。

解説を読む。

少しわかる。

翌日には忘れる。

また読む。

勉強とは、ときどき記憶との終わりの見えない追いかけっこです。

重要なのは、一回で理解することだけではありません。

何回、その内容へ戻ったかです。

わからなかった問題に印をつける。

翌日にもう一度解く。

一週間後に復習する。

人に説明してみる。

方法を変えて学び直す。

こうして同じ内容と何度も再会することで、知識は少しずつ自分のものになります。

グリットの視点に立つと、間違いは「才能がない証拠」ではなく、「次に戻る場所を教える印」になります。

赤ペンでつけられたバツは、退場命令ではありません。

「ここ、もう一度お願いします」という、少し強めの案内表示です。

人間関係では、長く向き合うことと我慢し続けることを分ける

グリットは、人間関係にも少し応用できます。

信頼関係は、一度の会話では完成しません。

誤解を解く。

約束を守る。

相手の話を聞く。

気まずくなったあと、もう一度話す。

こうした小さな行動の積み重ねによって、関係は育っていきます。

一回のすれ違いで、

「この人とは合わない」

とすべてを終わらせるのではなく、相手との関係が大切なら、伝え方を変えてもう一度話してみる。

これは、人間関係における「戻る力」と言えるでしょう。

ただし、ここでも境界線は必要です。

傷つけられても耐える。

何度裏切られても我慢する。

暴力や支配を受けても関係を続ける。

それは、グリットではありません。

人間関係を大切にすることと、自分を犠牲にすることは違います。

グリットは、尊重し合える関係を育てるために使うものです。

自分の安全や尊厳を守るために離れることは、弱さではありません。

「できた量」だけでなく、「戻れた回数」を数える

私たちは成果を測るとき、できた量ばかりを見ます。

何ページ読んだか。

何キロ走ったか。

何点取ったか。

何人に評価されたか。

もちろん、成果は大切です。

しかし、長い目標では、成果が見えない時期があります。

頑張っているのに成績が伸びない。

記事を書いているのに読まれない。

練習しているのに上達を感じない。

この時期は、努力が地面の下へ潜ってしまったように見えます。

そんなときは、「戻れた回数」を数えてみるとよいでしょう。

疲れていたけれど、5分だけ勉強した。

一週間休んだけれど、また運動を始めた。

失敗したけれど、もう一度応募した。

文章が書けなかったけれど、見出しだけ作った。

こうした行動は、すぐには大きな成果になりません。

けれども、長期的な目標とのつながりを守っています。

グリットは、結果が出た日にだけ存在するものではありません。

誰にも見えないところで、もう一度机へ戻った日に働いています。

だから、一日の終わりに自分へ聞いてみてください。

「今日は、どれだけ進んだか」

だけではなく、

「今日は、大切なものへ戻れただろうか」

と。

進めなかった日でも、戻る準備をしたなら、それは完全なゼロではありません。

グリットとは、自分を追い込む力ではなく、未来との関係を切らない力

やり抜く力という言葉には、少し硬い響きがあります。

歯を食いしばる。

弱音を吐かない。

倒れるまで頑張る。

そんな姿を思い浮かべる人もいるでしょう。

しかし、日常生活で本当に役立つグリットは、もっと柔らかいものだと思います。

自分を責めて動かすのではなく、動ける大きさまで目標を小さくする。

休んだ自分を失格にするのではなく、戻る道を残しておく。

同じ方法へ固執するのではなく、大切な方向を守りながら方法を変える。

続ける価値のないものからは離れ、本当に大切なものへ力を使う。

グリットとは、未来の自分に向かって毎日全力疾走することではありません。

ときどき立ち止まり、ときどき道を間違え、ときどき休憩所で長居しながらも、未来との連絡先を消さないことです。

今日は大きく進めなくてもいい。

五分でも、一ページでも、一回でもいい。

そして、できない日があってもいい。

明日か、来週か、もう少し元気になった日に、

「さて、どこまで歩いたっけ」

と地図を開き直せばいいのです。

長い人生を支えるのは、一度の壮大な決意ではありません。

大切な目標へ何度も戻ってくる、小さな選択の積み重ねです。

グリット研究を私たちの生活へ持ち帰るなら、胸に刻む言葉は「絶対にやめるな」ではないでしょう。

もっと人間らしく、こんな言葉で十分です。

止まってもいい。ただ、大切な道なら、また戻ってこよう。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

少し注意したい点

グリットの研究は、とても魅力的です。

才能や頭のよさだけで未来が決まるのではなく、長い目標へ向かって努力を続ける力にも意味がある。

そう聞くと、少し希望が湧いてきます。

「なるほど。では、今日から粘り強く頑張れば、人生はだいたい解決ですね」

ただし、ここで研究論文が、静かにこちらの袖を引きます。

「そこまでは言っていません」

心理学の研究は、ときどき映画の予告編に似ています。

興味深い場面が映り、「これはすごい発見かもしれない」と期待させてくれます。しかし予告編だけを見て、物語の結末まで決めてしまうことはできません。

この論文も同じです。

グリットが長期的な成果と関係していたことは、とても面白い発見です。

けれども、

「グリットさえあれば、誰でも成功できる」

「成果が出ない人は、粘り強さが足りない」

「一度始めたことは、絶対にやめてはいけない」

とまで広げてしまうと、論文が研究室の隅で困った顔をすることになります。

では、この研究を読むとき、どのような点に注意すればよいのでしょうか。

グリットと成功の「関係」は見えたが、原因とは限らない

まず注意したいのは、グリットの高い人ほど成果を上げる傾向があったとしても、グリットがその成果を直接生み出したとは限らないことです。

二つのものに関係があっても、一方がもう一方の原因とは言い切れません。

たとえば、雨の日には傘を持っている人が増えます。

だからといって、

「傘を持つと雨が降る」

とは言えません。

傘業界にそこまでの気象操作能力はありません。

同じように、グリットの高い人ほど学歴や成績が高かったとしても、

「グリットが高かったから成果が出た」

という方向だけではないかもしれません。

成果を上げた経験によって、

「自分は努力を続けられる人間だ」

という自信が生まれ、グリット尺度への回答が高くなった可能性もあります。

また、家庭環境、経済的な余裕、健康状態、周囲からの支援など、別の要因がグリットと成果の両方に影響していた可能性もあります。

たとえば、安心して勉強できる場所があり、生活費の心配が少なく、応援してくれる人がいるなら、長期的な目標を追いやすくなるでしょう。

反対に、生活そのものが不安定な人は、どれほど粘り強くても、目の前の問題への対応を優先せざるを得ません。

この研究は、参加者のグリットを魔法の薬で上げ、その後の成果が変化するかを調べた実験ではありません。

したがって、グリットと成果の関係は示されても、因果関係については慎重に考える必要があります。

グリットは、成功のすべてを説明するわけではない

グリットは、成果の違いを説明する一つの要素でした。

けれども、人生の結果を一手に引き受ける総支配人ではありません。

能力も必要です。

知識も必要です。

よい方法を学ぶことも必要です。

健康、経済状況、教育の機会、周囲の支援、社会の仕組み、そして運も関係します。

料理で考えるなら、グリットは大切な材料の一つです。

しかし、グリットだけを鍋に入れて煮込んでも、夕食にはなりません。

水も火も調味料も必要です。できれば野菜も入れたいところです。

この論文では、グリットがさまざまな成果の違いを統計的に説明しましたが、その割合は大きすぎるものではありませんでした。

つまり、

「グリットには意味がある」

とは言えても、

「グリットがあれば、ほかの条件はどうでもよい」

とは言えません。

ここを取り違えると、成果が出ない人に対して、

「あなたの努力不足です」

「もっと粘ればよかったのです」

と、簡単に責任を押しつけることになります。

しかし、努力を続けられるかどうかは、本人の性格だけで決まるものではありません。

働きながら勉強する人と、勉強に集中できる人では、使える時間が違います。

病気や障がいのある人と、健康な人では、同じ一時間でも消費する体力が違います。

家族の介護をしている人、経済的に厳しい人、安全ではない環境にいる人には、まず解決しなければならない問題があります。

グリットという考え方は、社会や環境の問題を、本人の根性不足へ変換するために使ってはいけません。

人の背中を押すはずの言葉が、いつの間にか人を責める棒になってしまうからです。

グリットは、本人による自己申告で測られている

この研究では、質問票を使ってグリットを測りました。

参加者は、

「私は困難があっても、簡単にはあきらめない」

「新しい目標に気を取られ、以前の目標を忘れることがある」

といった内容に、自分で回答します。

ここには、自己申告ならではの難しさがあります。

人は、自分自身のことを完全に正確に理解しているとは限りません。

本当はかなり粘り強いのに、自分を厳しく評価する人もいます。

反対に、目標を三日ごとに変更しているのに、

「私は一途な人間です」

と自信満々に答える人もいるかもしれません。

記憶も、ときどき都合よく編集されます。

続けられなかったことは忘れ、うまくいった経験だけを集めて、

「考えてみれば、私は昔からやり抜く人でした」

という自伝が心のなかで出版されることもあります。

また、質問には「よい人だと思われそうな答え」があります。

粘り強いと答えるほうが、飽きっぽいと答えるより立派に見えるでしょう。

そのため、実際の性格そのものだけでなく、本人が自分をどう見ているか、どう見せたいかも回答に入り込む可能性があります。

もちろん、心理学ではこうした問題を考えながら尺度を作ります。

それでも、質問票の点数が、その人の心をすべて正確に映した写真ではないことは覚えておきたいところです。

グリット尺度は便利な物差しですが、心の身長を一ミリの誤差もなく測れる定規ではありません。

調査対象が、やや特別な人たちだった

この論文では、成人、大学生、陸軍士官候補生、スペリング大会の出場者などが調べられました。

さまざまな集団で似た傾向が見られたことは、この研究の強みです。

一方で、調査対象には、かなり特徴的な人たちも含まれています。

たとえば、ウェストポイントの士官候補生は、厳しい選抜を通過した人たちです。

全米スペリング大会の参加者も、地域の予選を勝ち抜いた子どもたちです。

一般の人が夕食後に英単語を三つ覚えて、

「本日の学習は以上です」

と満足している世界とは、少し違います。

つまり、すでに高い能力や強い動機を持った人が多く含まれていた可能性があります。

こうした特別な環境で得られた結果が、すべての人、すべての文化、すべての仕事に、そのまま当てはまるとは限りません。

軍事訓練を続ける力と、家庭生活を穏やかに続ける力。

スペリング大会で勝つ力と、介護をしながら毎日を暮らす力。

大学の成績を上げる力と、人間関係を修復する力。

これらには共通する部分もあるでしょう。

しかし、まったく同じではありません。

一つの研究結果を、人生の全地域へ配達しようとすると、住所不明で戻ってくる荷物もあります。

この論文が扱った「成功」は、人生の一部分である

この研究で調べられた成果は、学歴、大学の成績、軍事訓練の継続、スペリング大会の順位などでした。

どれも、比較的わかりやすく測れる成果です。

しかし、私たちが人生で大切にするものは、それだけではありません。

幸せに暮らしているか。

自分らしい選択ができているか。

大切な人と信頼関係を築けているか。

心身の健康を守れているか。

誰かを支えたり、支えられたりしているか。

こうしたものは、成績表や大会順位だけでは測れません。

高い成果を上げても、本人が疲れ果てている場合があります。

長く続けた結果、自分の健康や家族との時間を失ってしまうこともあります。

社会的には成功して見えても、本人にとっては望んだ人生ではなかった、ということもあるでしょう。

したがって、グリットが「成功」と関係していたと読むときには、その成功が何を指しているのかを確認する必要があります。

成功という言葉は、大きな箱です。

中には成績も収入も名誉も幸福も入れられますが、研究ごとに箱の中身は違います。

この論文が調べたのは、その箱のすべてではありません。

続けることが、いつでも正しいわけではない

グリットを学ぶと、

「途中でやめるのはよくない」

と考えてしまうかもしれません。

しかし、続けることには、よい継続と危険な継続があります。

自分にとって大切な目標へ努力を重ねることは、価値があります。

一方で、意味を失った目標、健康を壊す環境、暴力やハラスメントのある関係、成功する見込みが極端に低い方法へ固執することは、必ずしもよいことではありません。

船が目的地と反対方向へ進んでいるとき、

「私はグリットが高いので、このまま全力でこぎ続けます」

と言っても、目的地から遠ざかるだけです。

必要なのは、こぐ力だけではありません。

地図を見る力と、方向を変える勇気も必要です。

人は、一度始めたことに時間やお金を使うと、やめにくくなります。

「ここまで頑張ったのだから」

「今さら引き返せない」

「この教材を三万円で買ったのだから」

こうして、目標より教材への忠誠心が高くなることがあります。

しかし、過去に使った時間は、未来の時間まで同じ場所へ差し出す理由にはなりません。

続けるかどうかを考えるときは、

「ここまでどれだけ頑張ったか」

だけでなく、

「これからも続ける価値があるか」

を見る必要があります。

やめることは、いつでも敗北ではありません。

間違った道から戻ること、目標を選び直すこと、よりよい方法へ移ることは、長い人生を守るための判断です。

グリットには、アクセルだけでなくハンドルとブレーキも必要なのです。

「情熱の一貫性」は、本当にいつでも望ましいのか

この論文では、グリットを「努力の粘り強さ」と「興味の一貫性」という二つの側面から捉えました。

しかし、興味が変わることは、必ずしも悪いことではありません。

特に若い時期には、いろいろな経験を通して、自分に合うものを探す必要があります。

音楽をやってみる。

スポーツを始めてみる。

福祉の仕事に関心を持つ。

文章を書いてみる。

試した結果、

「思っていたものと違った」

と気づくこともあるでしょう。

それは失敗ではありません。

試したからこそ、自分に合わないとわかったのです。

レストランで一口食べて、

「これは自分の好みではない」

と気づいた人に、

「情熱の一貫性が足りません。十年間食べ続けてください」

とは言えません。

新しい経験へ関心を向ける柔軟性は、人生の選択肢を広げます。

また、社会や技術が変化すれば、以前の目標を見直す必要もあります。

したがって、興味が変わらないことを、単純によい性格と考えるのは危険です。

探索する時期と、腰を据えて取り組む時期。

その両方が必要です。

グリットは、すべての扉を閉めて一本の道だけを見ることではありません。

いろいろな道を確かめたうえで、大切だと思える道に、ある程度長く取り組むことだと考えたほうがよいでしょう。

グリットは、誠実性と少し似ている

この研究では、グリットが一般的な性格特性である「誠実性」と強く関係していることも示されました。

誠実性とは、計画的に行動する、責任を持つ、勤勉に取り組むといった性格傾向です。

すると、こんな疑問が出てきます。

「グリットは、本当に新しい性格なのですか。それとも誠実性さんが新しい名札をつけて登場しただけですか?」

ダックワースたちは、グリットが誠実性と重なりながらも、長期的な目標への情熱や粘り強さに焦点を当てた特徴だと考えました。

実際、この論文では、誠実性などを考慮しても、グリットが一部の成果と関係していました。

ただし、二つの概念はかなり近い親戚です。

完全に別の生き物だと考えるより、

「一般的な勤勉さのなかでも、長い目標を追う部分に虫眼鏡を当てたもの」

と理解するとよいかもしれません。

心理学では、新しい言葉が登場すると、急に世界の秘密がすべて解けたように感じることがあります。

しかし、名前が新しいからといって、心の中に完全に新しい部屋が増えたとは限りません。

既存の性格特性との違いや重なりを、今後さらに確かめていく必要があります。

グリットは、簡単に「鍛えられる」とは証明されていない

グリットという言葉が広まると、当然ながら、

「どうすればグリットを高められるのか」

という話になります。

学校教育や社員研修で、グリットを育てようという考えも出てくるでしょう。

しかし、この2007年の論文は、グリットを高める教育方法や訓練を試した研究ではありません。

グリットの高い人と低い人を比べ、成果との関係を調べた研究です。

したがって、この論文だけから、

「毎日目標を書けばグリットが高まる」

「失敗を経験させれば粘り強くなる」

「厳しい環境に置けば鍛えられる」

とは言えません。

特に最後の考え方には注意が必要です。

人を厳しい環境に置けば、必ず強くなるわけではありません。

成長する人もいれば、心や体を傷つける人もいます。

植物へ水をあげれば育ちますが、

「もっと強くなれ」

と毎日バケツ一杯を浴びせれば、根が腐ります。

人を育てるには、挑戦だけでなく、安心、安全、休息、適切な支援が必要です。

グリットを育てるという名目で、苦しさに耐えることを強制してはいけません。

研究からわかっていない部分を、気合いで埋めないことが大切です。

グリットを、人を評価する判定機にしない

グリット尺度は、研究のために作られたものです。

しかし、点数があると、人は順位をつけたくなります。

「あなたはグリットが低いですね」

「採用するなら、グリットの高い人にしましょう」

「続かなかったのは、性格に問題があるからです」

こうした使い方には、慎重である必要があります。

質問票の点数は、その人の一面を表しているにすぎません。

状況が変われば、行動も変わります。

興味を持てない課題では続かなくても、大切なテーマなら驚くほど粘り強く取り組める人もいます。

学校では集中できなかったのに、好きな仕事では何時間も工夫を続けられる人もいます。

グリットは、胸に刻まれた永久不変の数値ではありません。

さらに、目標を変える人が、必ずしも劣っているわけでもありません。

広い関心を持ち、複数の分野を結びつける人もいます。

変化への対応が得意な人もいます。

人には、それぞれ異なる強みがあります。

グリットの点数だけで、その人の価値、将来性、採用の可否まで決めるのは、定規一本でオーケストラを評価するようなものです。

長さは測れても、音色まではわかりません。

この研究は「希望」にはなるが、「判決」にはならない

グリット研究のよいところは、才能だけで人の未来を決めなくてもよいと示したことです。

今すぐ上手にできなくても、続けることで伸びる可能性がある。

一度の試験結果だけで、自分の限界を決めなくてよい。

小さな努力にも意味がある。

これは、多くの人に希望を与える考え方です。

けれども、希望と判決は違います。

グリットが高いから、必ず成功するわけではありません。

グリットが低いから、成功できないわけでもありません。

成果が出なかった人に、

「粘り強さが足りなかった」

という判決を下すための研究でもありません。

人生には、自分で動かせる部分と、動かせない部分があります。

グリットは、自分で関われる部分を少し広げてくれる考え方です。

しかし、世界のすべてを本人の努力に任せるものではありません。

人には、努力だけでなく支援も必要です。

根性だけでなく休息も必要です。

続ける力だけでなく、やめる判断も必要です。

そして、成果だけでなく、その人がどのように生きたいかという視点も必要です。

この論文を読むときは、

「やり抜く力にも意味があるのだな」

と受け取りながら、もう片方の手には、

「でも、それだけではない」

という言葉を持っておくとよいでしょう。

グリットは、人生を照らす一本の懐中電灯です。

暗い道の一部を見やすくしてくれます。

しかし、その光が当たっていない場所にも、環境、健康、支援、運、そして本人の幸福といった大切なものがあります。

懐中電灯が便利だからといって、太陽になったことにはしない。

そのくらいの距離感で読むと、この研究の面白さも限界も、どちらも大切にできます。

甘い結論だけを急いで飲み込まず、少し噛んで、小麦の味まで確かめる。

それが、心理学の論文と上手に付き合う読み方なのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

まとめ:才能だけで未来は決まらない、グリット研究が教えてくれたこと

「成功するのは、才能のある人です」

そう言われると、話はわかりやすくなります。

成績がよいのは、頭がよいから。

スポーツで活躍するのは、運動神経がよいから。

仕事で成果を出すのは、能力が高いから。

それなら、自分に才能があるかどうかを早めに見極め、なければ静かに撤収すればよいことになります。

人生の進路相談が、ずいぶん早く終わりそうです。

しかし、ダックワースたちの研究は、その単純な物語に、もう一本の道を描き加えました。

長期的な成果には、知能や才能だけでなく、一つの方向へ情熱を向け、困難があっても努力を続ける力が関係している。

それが、グリットです。

グリットの高い人は、何をやってもすぐ成功する人ではありません。

失敗しない人でもありません。

毎朝、目覚まし時計より先に起きて、

「本日も情熱、満タンです」

と宣言する人でもありません。

グリットが表しているのは、もっと地味な力です。

成果がなかなか出なくても、練習を続ける。

失敗しても、方法を変えてまた取り組む。

目の前に新しい誘惑が現れても、自分にとって大切な方向を簡単には見失わない。

つまりグリットとは、華々しく走り出す力ではなく、長い時間のなかで、何度も歩き直す力なのです。

才能はスタートを助けるが、ゴールまで運んではくれない

才能が重要ではない、という話ではありません。

理解が速い。

体の動かし方がうまい。

言葉の感覚が鋭い。

人と自然に話せる。

こうした能力は、学習や仕事を進めるうえで、大きな助けになります。

才能のある人は、スタート地点から勢いよく進めるかもしれません。

ところが、長い目標には、必ず「うまくいかない期間」がやってきます。

最初の成長が止まる。

練習しても成果が見えない。

周囲の人に追い抜かれる。

始めたころの楽しさが薄れ、毎日の作業が急に無口になる。

才能は、こうした時期を自動的に消してくれるわけではありません。

高性能のエンジンを持っていても、燃料がなくなれば車は止まります。

反対に、飛び抜けた速さがなくても、少しずつ燃料を補給しながら進む人は、長い時間をかけて遠くへ行くことがあります。

この研究が教えてくれたのは、

最初にどれほど速く進めるかだけでは、その人が最後にどこへ着くかは決まらない

ということです。

人生の長距離走では、最高速度だけでなく、走り続けられる距離も大切なのです。

成功を支えていたのは、見えない日の積み重ねだった

私たちは、成果が出た瞬間を見ます。

卒業証書を受け取った日。

大会で勝った日。

試験に合格した日。

厳しい訓練を終えた日。

けれども、その結果を支えた時間のほとんどは、人から見えない場所にあります。

眠たい日に机へ向かった時間。

間違えた問題を、もう一度解いた時間。

うまくいかず、何日か休んだあとに戻ってきた時間。

誰にも褒められないまま、同じ基礎練習を繰り返した時間。

成功の表彰台は明るく照らされますが、そこへ続く階段の多くは、薄暗い日常のなかにあります。

グリット研究が面白いのは、その階段へ光を当てたところです。

スペリング大会の研究では、グリットの高い子どもほど長く練習し、経験を積み、その積み重ねが大会での成果につながっていました。

グリットが、正解を耳元で教えたわけではありません。

練習する時間を生み、挑戦する回数を増やし、その結果として実力が育っていったのです。

成功とは、ある日突然届く特別便ではありません。

多くの場合、昨日までの小さな行動が、時間をかけて一つの荷物にまとまり、忘れたころに玄関へ届くものなのかもしれません。

グリットは「休まないこと」ではない

ただし、グリットを「何があっても休まず続けること」だと理解すると、話が苦しくなります。

人には、疲れる日があります。

体調を崩すこともあります。

仕事や家庭の事情で、目標に使える時間がなくなることもあります。

そんなときに、

「本当に情熱があるなら、休まないはずだ」

と自分を追い込んでしまえば、長く続けるどころか、心身が先に店じまいしてしまいます。

グリットは、一日も欠かさず行動することではありません。

長い時間で見たときに、大切な目標との関係を切らないことです。

今日はできなかった。

一週間、手をつけられなかった。

いったん別のことを優先した。

それでも、また戻ってくる。

休むことと、あきらめることは同じではありません。

立ち止まった人は、まだ道の上にいます。

そして、休憩中に道を見直した結果、

「この道ではなかったな」

と気づくこともあります。

そのときは、方向を変えてよいのです。

グリットに必要なのは、アクセルを踏み続けることではありません。

休むためのブレーキと、道を選び直すためのハンドルも必要です。

続ける価値のあるものを選ぶことも、グリットの一部

長く続ければ、何でもよいわけではありません。

自分を傷つける職場。

意味を感じられなくなった目標。

危険な人間関係。

成功する可能性のない方法。

こうしたものに固執することまで、グリットと呼ぶ必要はありません。

船が目的地と反対方向へ進んでいるなら、必要なのは力強くこぎ続けることではなく、まず方向を確かめることです。

だからこそ、私たちはときどき自分へ問い直す必要があります。

「これは、今も大切な目標だろうか」

「目標を捨てたいのか、それとも方法を変えたいのか」

「続けることで、自分の生活は少しずつよくなっているだろうか」

グリットの中心にあるのは、単なる我慢ではありません。

自分にとって意味のある方向を、長く大切にすることです。

目標を守るために方法を変える。

心身を守るために一度離れる。

新しい経験を通して、目標そのものを選び直す。

それもまた、人生を長い目で見た粘り強さでしょう。

努力できない人を責めるための研究ではない

グリットという言葉は、使い方を間違えると、少し怖い言葉にもなります。

成果が出なかった人に、

「やり抜く力が足りなかった」

と簡単に言えてしまうからです。

しかし、人が努力を続けられるかどうかは、本人の性格だけで決まりません。

健康状態。

家庭環境。

経済的な余裕。

教育の機会。

周囲からの支援。

安心して失敗できる場所。

こうした条件がそろっているかどうかで、同じ目標でも難しさは大きく変わります。

重たい荷物を背負って歩いている人に、

「もっと速く進みましょう」

と言っても、問題は解決しません。

まず荷物を一緒に持つことや、休める場所を用意することが必要です。

グリット研究は、努力の意味を教えてくれます。

けれども、環境や支援の大切さを消すものではありません。

グリットは人を励ますための考え方であって、人を裁くための採点表ではないのです。

私たちにできるのは、未来を一度に変えることではない

グリットについて学んだからといって、明日から別人になる必要はありません。

急に壮大な目標を掲げたり、一日の予定を努力でぎゅうぎゅう詰めにしたりしなくてよいのです。

未来を変えるのは、いつも大きな決断とは限りません。

本を一ページ読む。

五分だけ練習する。

昨日できなかったことへ、もう一度手を伸ばす。

疲れているなら、続けるためにきちんと休む。

自分だけでは難しいなら、誰かに助けを求める。

こうした小さな行動が、目標との糸をつないでくれます。

一回の行動は、人生を劇的に変えないかもしれません。

しかし、長い年月のなかでは、その一回が何百回、何千回と積み重なります。

大きな成果は、ときどき巨大な岩のように見えます。

けれども近づいてみれば、小さな石が長い時間をかけて積み上がっていることがあります。

今日の小さな一歩は、まだ成果には見えません。

それでも、未来のどこかで、確かな一部分になります。

速く進めない日にも、人生は続いている

この論文を読み終えたあと、心に残しておきたいのは、

「もっと努力しなければならない」

という焦りではありません。

むしろ、

「速く進めない日があっても、未来はまだ決まっていない」

ということです。

才能がある人を見て、落ち込む日もあるでしょう。

同じ時期に始めた人が、自分より遠くへ進んでいることもあります。

頑張っているのに結果が出ず、自分には向いていないと思うこともあります。

そんなとき、目の前の一日だけで、自分の可能性に閉店の札をかけないでください。

今日の速さは、人生全体の到着地点ではありません。

一度の失敗は、最終結果ではありません。

少し休んだことも、道から永久追放されたことを意味しません。

人生の歩みは、きれいな直線にはなりません。

進んだり、戻ったり、立ち止まったり、ときには道端の猫を眺めたりします。

それでも、大切な方向へ何度も戻ってくるなら、その歩みは途切れていません。

才能の外側に、私たちが選べる余白がある

ダックワースたちの研究は、成功の秘密をすべて解き明かしたわけではありません。

グリットだけで、人生の結果が決まるわけでもありません。

それでも、この研究には大きな価値があります。

それは、私たちの未来を、才能という一つの言葉だけで閉じなかったことです。

生まれ持った能力は、簡単には選べません。

育った環境や、これまでに与えられた機会も、自分だけでは決められません。

けれども、

何を大切にするのか。

今日、どれくらい小さく始めるのか。

失敗したあと、もう一度戻るのか。

続けるために、どんな助けを借りるのか。

そこには、私たちが選べる余白があります。

その余白は、すべてを自由に変えられるほど広くはありません。

けれども、何もできないほど狭くもありません。

グリット研究が教えてくれたのは、才能を持たない人でも必ず成功できる、という甘い約束ではありません。

もっと静かで、現実的な希望です。

才能だけでは未来は決まらない。大切な目標へ戻り続けることにも、未来を少しずつ動かす力がある。

速くなくてもいい。

毎日でなくてもいい。

休む日があっても、迷う日があってもいい。

自分にとって本当に大切な道なら、また地図を開けばいいのです。

「さて、どこまで歩いたっけ」

そう言いながら立ち上がる、その小さな瞬間に、グリットはきっと宿っています。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

あとがき

この論文を読みながら、私は何度も自分の人生の引き出しを開けていました。

「あのとき、もう少し続けていたらどうなっていただろう」

「反対に、あれは早めにやめて正解だったな」

引き出しのなかから、昔の夢、買ったまま眠っている教材、三日で終わった習慣などが、ぞろぞろ出てきます。

なかには、最初の数ページだけ異様に丁寧なノートもあります。

一ページ目は美しい。

見出しには色がつき、重要な言葉は定規できれいに囲まれている。

ところが、五ページ目あたりから文字が少し傾き、八ページ目で突然、文明が滅びています。

あれは、やる気が先に全力疾走し、本人を置き去りにした跡なのでしょう。

グリットという言葉を初めて聞くと、「何があってもやり抜く強い人」を想像します。

雨にも負けず、風にも負けず、眠気にもスマートフォンの通知にも負けず、毎日同じ時間に机へ向かう。

そんな人物が頭に浮かびます。

しかし、この論文を読み終えて私のなかに残ったのは、もっと不格好な人の姿でした。

進んだと思ったら止まる。

自信をなくして道端に座る。

別のことに気を取られ、少し横道へ入る。

それでも、しばらくすると地図を取り出して、

「そういえば、私はこっちへ行きたかったんだ」

と歩き直す人です。

私は、この姿のほうが好きです。

なぜなら、こちらのほうが人間らしいからです。

「続ける人」は、毎日続けた人とは限らない

何かを長く続けている人を見ると、私たちはその人が一日も休まず努力してきたように感じます。

でも実際には、そんなにきれいな物語ばかりではないでしょう。

疲れて何もできなかった日。

ほかのことに夢中になった時期。

成果が出なくて、全部投げ出したくなった夜。

自分より後から始めた人に追い抜かれて、心のなかで静かにふて寝した午後。

そういう時間が、きっと混ざっています。

それでも長い目で見れば続いていた。

その人は、一度も止まらなかったのではなく、何度も戻ってきたのだと思います。

私は昔、「継続できる人」とは、強い意志を持つ人のことだと思っていました。

今は少し違います。

継続できる人とは、再開することを恥ずかしがらない人なのかもしれません。

「一度やめたから、今さら戻れない」

この言葉は、なかなか強力です。

ブログの更新が止まった。

運動をしなくなった。

勉強から離れた。

昔の夢を忘れていた。

そんなとき、再開しようとすると、過去の自分が腕を組んで待っています。

「ずいぶん長い休憩でしたね」

少し気まずい。

しかし、過去の自分に事情聴取される必要はありません。

また始めればいいのです。

三年前に閉じた本を、今日開いてもいい。

半年止まった文章を、続きを書かずに一行目から書き直してもいい。

昔とは違う形で、同じ夢へ戻ってもいい。

人生の再開ボタンには、使用期限が書かれていません。

才能の話は、便利すぎる

私は、何かがうまくいかないとき、「自分には才能がない」と考えることがあります。

才能という言葉は便利です。

原因を一瞬で説明してくれます。

できない理由も、やめる理由も、それ以上傷つかない理由も、まとめて用意してくれます。

「才能がなかったのだから仕方がない」

こう言えば、少しだけ心が静かになります。

けれども同時に、未来の扉まで閉めてしまいます。

この論文は、才能を否定してはいません。

才能は大切です。

得意なことがある人は、やはり有利でしょう。

しかし、才能だけでは説明できない部分がある。

この事実は、私にとってありがたいものでした。

才能がないと思った瞬間に、すべてが終わるわけではないからです。

上達が遅くても、今は評価されていなくても、何度も取り組むうちに見える景色があります。

もちろん、続ければ何でもかなうわけではありません。

世界はそこまで単純でも親切でもありません。

けれども、

「今すぐ上手にできないこと」と「これからもできないこと」は同じではない。

この違いは、覚えておきたいと思いました。

私は、グリットを「しつこい愛情」と呼びたい

グリットは「情熱と粘り強さ」と訳されます。

正しいのですが、少し立派すぎる響きがあります。

そこで私は、勝手に「しつこい愛情」と呼びたくなりました。

一つの目標を大切にする。

うまくいかなくても、完全には嫌いになれない。

何度離れても、また気になって戻ってくる。

成果が出ない時期にも、「もう少しだけ付き合ってみよう」と思う。

これは、目標に対する少ししつこい愛情です。

情熱というと、炎を思い浮かべます。

けれども炎は、激しく燃えるほど早く消えることがあります。

長く続くものは、もっと静かです。

毎日飲むお茶。

帰る場所。

何年も使っている道具。

特別な興奮はなくても、生活のなかから消えると寂しいもの。

長期的な情熱とは、そういうものに近いのではないでしょうか。

「今日も大好きです」と叫ばなくても、大切にし続けることはできます。

むしろ、毎日大声で愛を確認しなければ続かない関係は、少し心配です。

仕事も勉強も創作も、最初の高揚感はいずれ落ち着きます。

そのあとに残る静かな関心を、どう守っていくか。

そこにグリットの本当の姿がある気がします。

ただし、何にでもしがみつけばよいわけではない

私はグリットの考え方に励まされる一方で、少し警戒もしています。

「続けることは正しい」という言葉は、とても強いからです。

強い言葉は、人を助けることもあれば、追い込むこともあります。

つらい仕事をやめられない人に、

「もう少しグリットを持ちましょう」

と言ってはいけません。

心や体が限界なのに、

「成功する人はあきらめません」

と背中を押してはいけません。

それは応援ではなく、崖の方向を教えている可能性があります。

続けることが大切なのは、その目標が自分にとって意味を持ち、続けられる環境があり、心身の安全が守られているときです。

道が崩れているなら、戻ってよい。

船に穴が開いているなら、まず降りてよい。

その場所を離れることは、人生そのものをあきらめることではありません。

私たちは、一つの方法をやめても、別の方法で大切なものを追いかけられます。

夢の形も、年齢や状況によって変わります。

若いころに描いた夢を、そのままの姿で保存する必要はありません。

夢も長く生きていれば、少し太ったり、眼鏡をかけたり、別の仕事へ転職したりします。

それでいいのです。

形が変わっても、中心にある願いが残っているなら、その歩みはつながっています。

「アドラーの昼寝」を続けるということ

心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営していると、論文の数に圧倒されることがあります。

世界には、読んでいない研究が山ほどあります。

一つの記事を書いても、山はほとんど低くなりません。

むしろ、調べるほど新しい論文が見つかり、山のほうが増築されます。

「この山、夜のうちに成長していませんか?」

そう聞きたくなります。

記事を書いても、すぐに多くの人へ届くとは限りません。

公開したあと、静かな日もあります。

数字だけを見れば、

「これを続けて、どこへ行くのだろう」

と考えることもあります。

でも、私がこのサイトで大切にしたいのは、一つの論文を完全無欠に説明することだけではありません。

難しい研究のなかから、誰かの生活に持ち帰れる小さな言葉を見つけることです。

論文では「長期目標への情熱と粘り強さ」と書かれているものを、

「止まっても、大切な道なら戻ってくればいい」

という言葉にして手渡す。

研究室で生まれた知識に、日常生活で履ける靴をはかせる。

それが、このサイトでやってみたいことです。

記事を一本書いたからといって、世界が大きく変わるわけではありません。

けれども、その一本を読んだ誰かが、

「才能がないと決めるのは、もう少しあとでもいいかな」

と思ってくれるかもしれない。

「三日坊主だったけれど、明日また始めようかな」

と思ってくれるかもしれない。

その小さな変化を想像すると、もう一本書いてみようと思えます。

もしかすると、サイト運営もグリットの実験なのかもしれません。

被験者は私。

研究期間は未定。

報酬は、ときどき届く読者の言葉と、公開ボタンを押したあとの少し冷めたコーヒーです。

人生には、遠回りした人にしか見えない景色がある

効率だけを考えれば、迷わず、止まらず、最短距離で進むのがよいでしょう。

でも、人間の人生はカーナビどおりには進みません。

予定していた道が通れないこともあります。

道を間違えたと思った場所で、大切な人に出会うこともあります。

失敗した経験が、あとになって誰かを理解する力になることもあります。

遠回りは、時間の無駄に見えます。

しかし、遠回りした人にしか書けない文章や、かけられない言葉があります。

一直線に成功した人の言葉より、何度も立ち止まった人の「大丈夫」のほうが、心に届くこともあります。

だから私は、グリットを「最短距離で成功する力」にはしたくありません。

遠回りをしながらも、自分にとって大切な方向を忘れない力。

一度失った夢と、別の場所で再会する力。

うまく進めない人の隣で、少し歩調をゆるめる力。

そこまで含めて考えたいのです。

今日、何もできなかった人へ

この記事を読んでいる方のなかには、今まさに何かを頑張っている人もいるでしょう。

一方で、頑張りたくても動けない人もいるかもしれません。

何かを始めたけれど、止まってしまった。

以前はできていたことが、今はできない。

周囲の人だけが進んでいるように見える。

そんなとき、グリットという言葉まで自分を責める材料にしないでください。

「やり抜く力がないから、私はだめだ」

この結論は、急いで出さなくてよいと思います。

人には、進む時期があります。

休む時期もあります。

何を目指したいのか、わからなくなる時期もあります。

土の上から何も見えなくても、根を伸ばしている時期があるかもしれません。

あるいは、ただ眠っているだけかもしれません。

眠ることも必要です。

サイト名も「アドラーの全力疾走」ではなく、「アドラーの昼寝」ですから。

人生には、昼寝をしなければ越えられない午後もあります。

今日できなかったなら、今日は休む日だったのかもしれません。

明日もできなければ、もう少し休みが必要なのかもしれません。

そして、ある日ほんの少し気力が戻ったら、五分だけ再開すればいい。

グリットは、毎日自分を追い立てる監督ではありません。

遠くで待ちながら、

「元気になったら、また続きをやろう」

と言ってくれる存在であってほしいと思います。

才能よりも先に、好きな道をなくさないこと

この論文を読んで、私が最後に持ち帰りたいのは、「もっと頑張ろう」という言葉ではありません。

自分が大切にしたい道を、簡単になかったことにしないでおこう。

そんな言葉です。

今は歩けなくてもいい。

ほかの道へ寄り道してもいい。

目標の形が変わってもいい。

ただ、心のどこかに小さな道しるべを残しておく。

「あちらに、自分が大切にしていたものがある」

それを覚えていれば、いつか戻れるかもしれません。

才能があるかどうかは、すぐにはわかりません。

成功するかどうかも、誰にも保証できません。

でも、大切なことをもう一日だけ大切にすることはできます。

一行書く。

一ページ読む。

一度だけ練習する。

誰かに相談する。

あるいは、明日また歩けるように、今日はきちんと眠る。

そうした小さな選択も、きっと長い目標の一部です。

人生は、最初から強い人だけが完走する競技ではないのでしょう。

弱くなったり、迷ったり、休んだりしながら、それでも何度か戻ってきた人が、気づけば遠くまで来ている。

グリットとは、そんな人間の不完全さに寄り添う言葉であってほしい。

私は、この論文を読み終えて、そう思いました。

さて、私もそろそろ続きを歩こうと思います。

その前に、少し昼寝をしてから。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

制作ノート

Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007).
Grit: Perseverance and passion for long-term goals.
Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101 /
American Psychological Association.
DOI:10.1037/0022-3514.92.6.1087

掲載・確認先PubMed / Google Scholar / 著者公式研究ページ

記事について:本記事は、上記論文の内容をもとに、一般の読者向けに要約・解説したものです。原文の趣旨を尊重しつつ、読みやすさを重視して再構成しています。

制作体制:本記事は、GPT-5.6 Thinking (Sol)を用いて下書きを作成したうえで、当サイト管理人・阿部牧歌が内容を確認し、表現や流れを整えながら仕上げています。機械の速さと、人の目と感覚の両方を生かしながら、読みやすく信頼できる記事づくりを目指しています。

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はじめまして。心理学の論文要約サイト「アドラーの昼寝」を運営している阿部牧歌です。 これまで、障がい者福祉事業所の施設長などを経て、現在は某就労支援機関にてキャリアコンサルタントとして働いています。 日々、さまざまな悩みや不安、迷いにふれる中で感じるのは、人の心はとても複雑なのに、ひとつの言葉や考え方で少し楽になることがある、ということです。心理学の論文には、そんな「心を理解するためのヒント」がたくさん詰まっています。けれど、そのまま読むには少しかたくて、専門用語も多く、気軽には近づきにくいものでもあります。 「アドラーの昼寝」では、そんな心理学の論文を、なるべくわかりやすく、やわらかく、そして少し面白く読める形にしてお届けしたいと思っています。読書が好きで、本の中を歩くように言葉を読む時間が昔から好きでした。論文もまた、少し入り口を整えるだけで、ぐっと親しみやすいものになります。 このサイトが、忙しい日々のなかでほんの少し立ち止まり、自分や誰かの心をやさしく見つめるきっかけになれば嬉しいです。
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