アンジェロ・S・デニシ(Angelo S. DeNisi)の論文一覧:ほめ言葉に「ありがとうございます。でも成績は上がりました?」と冷静に聞き返した心理学者
アンジェロ・S・デニシ(Angelo S. DeNisi)のプロフィール
アンジェロ・S・デニシ(Angelo S. DeNisi)は、アメリカの経営学・産業組織心理学の研究者です。
この人の研究をものすごく乱暴に一言でまとめるなら、
「人を評価するって、そんな簡単な話じゃないですよ」
ということになるでしょう。
会社では、上司が部下に言います。
「今月はよく頑張ったね」
「ここは改善したほうがいい」
「君の評価はAです」
「もっと積極性を出してほしいな」
そして、言った側はちょっと安心します。
「よし。ちゃんとフィードバックしたぞ」
ところがデニシ先生、ここで静かに手を挙げます。
「それで、本当に仕事はよくなったんでしょうか?」
……会議室が少し静かになりそうな質問です。
デニシは長年にわたり、人事評価、仕事の成果、フィードバック、働く人の行動などを研究してきました。現在はアメリカのテュレーン大学で教授を務め、同大学には2005年から所属しています。着任後には6年間、経営大学院の学部長も務めました。さらに、世界的な経営学研究者の学会である経営学会と、産業・組織心理学の代表的な学会の両方で会長を務めています。
そもそも、教授になる予定ではなかった
ところが、本人の研究人生を振り返った文章を読むと、最初から「世界的な研究者になろう」と一直線に進んできた人ではありません。
2024年に発表した自身の研究人生を振り返る論文で、デニシは、自分の研究者としての道のりはまったく予想していなかったものだったと振り返っています。そもそも教授になることも、40年以上にわたってこの仕事を続けることも想像していなかったそうです。
人生というのは面白いものです。
「将来の夢は大学教授です!」
と地図を広げて目的地へ一直線に向かったというより、
「こっちかな」
「いや、こっちにも面白そうな道があるぞ」
「気づいたら40年以上研究していました」
という旅だったわけです。
出身はニューヨークのブロンクス。ニューヨーク市立大学リーマン校で心理学を学び、その後、パデュー大学で産業・組織心理学の修士号と博士号を取得しました。つまり、出発点は「会社経営をどうするか」というより、「働く人間はどう考え、どう行動するのか」という心理学だったのです。
ここが、デニシの研究を理解するうえで大事なところでしょう。
数字だけ見て人を評価するのではなく、その数字の向こう側にいる「人間」を見る。
評価されれば人はどう感じるのか。
注意されれば何に意識を向けるのか。
ほめられれば本当に能力を発揮するのか。
評価制度を作れば会社全体の成果まで上がるのか。
デニシがのぞき込んできたのは、まさにこの「評価表の裏側」です。
「ほめれば伸びる」に、ちょっと待った
デニシの名前を特に有名にした研究のひとつが、アヴラハム・N・クルーガーとの共同研究です。
テーマは、仕事や学習で行われる「フィードバック」。
一般的には、こんなイメージがあります。
「できたところを伝える」
↓
「本人が気づく」
↓
「もっと頑張る」
↓
「成績が上がる」
きれいです。
階段のように美しい。
ところが研究というものは、ときどきその階段の途中にバナナの皮を置いてきます。
デニシとクルーガーは1996年、それまでに行われていた多数の研究をまとめて分析しました。対象となったのは607の効果量、合計2万3663件の観察データです。
結果として、フィードバックは平均すれば成績や仕事の成果を高めていました。
「ほら、やっぱりフィードバックは大事じゃないですか」
と言いたくなるところですが、話はそこで終わりません。
なんと、調べられたフィードバックのうち3分の1を超えるものでは、むしろ成果が下がっていたのです。
デニシ先生、評価面談のドアを開けて一言。
「“言えば伸びる”とは限りませんよ」
なかなか強烈です。
問題は「何を言うか」だけではない
では、なぜフィードバックをすると、かえって成績が落ちることがあるのでしょうか。
デニシとクルーガーが注目したのは、フィードバックによって「その人の注意がどこへ向かうか」でした。
たとえば、
「この資料は数字の確認が足りません」
と言われれば、
「なるほど。次は数字を確認しよう」
と仕事そのものに意識が向くかもしれません。
ところが、
「君って、ほんと注意力ないよね」
と言われたらどうでしょう。
頭の中では、
「私は仕事ができないのかな」
「嫌われているのかな」
「また失敗するかもしれない」
「あの言い方、腹立つな……」
と、仕事とは別の会議が始まります。
しかも議長は不安、副議長は怒り、書記は自己嫌悪です。
これでは肝心の仕事をしている場合ではありません。
デニシたちの考えでは、フィードバックによって注意が「具体的な作業」から離れ、「自分自身」に向かいすぎるほど、その効果が弱くなる可能性があります。
つまり大切なのは、
「フィードバックをしたか、しなかったか」
ではありません。
「その言葉によって、相手の注意をどこへ向けたのか」
なのです。
これは職場だけの話ではないでしょう。
子どもに、
「あなたは本当にダメね」
と言うのと、
「この問題は、ここでもう一度確認してみよう」
と言うのでは、向かう場所が違います。
前者は「自分」に向かいます。
後者は「課題」に向かいます。
同じ注意でも、心の矢印の向きが違う。
デニシの研究がおもしろいのは、人を伸ばす方法を「ほめるか、叱るか」という二択だけで考えなかったところです。
人事評価表を作って終わり、ではありません
デニシの関心は、その後も人事評価や成果管理へ広がっていきました。
会社では毎年のように、
「今年から新しい評価制度を導入します!」
という発表があります。
評価項目が増えます。
面談シートが変わります。
五段階評価になります。
上司だけでなく同僚からも評価される仕組みになります。
そして人事担当者は大量の表を抱えます。
しかしデニシは、ここでも少し意地悪な質問をします。
「ところで、その評価制度で、本当に働く人の成果は上がったんですか?」
彼はロバート・プリチャードとの研究で、人事評価そのものについては長い研究の歴史がある一方、「どうすれば実際に仕事の成果を改善できるのか」という具体的な方法には、十分な答えが出ていないと指摘しています。
つまり、
評価することと、
成長させることは、
同じではない。
ここを混ぜてはいけないのです。
通知表を作ったからといって、生徒の学力が自動的に上がるわけではありません。
体重計に毎日乗ったからといって、腹筋が勝手に割れてくれるわけでもありません。
「測ること」と「変えること」の間には、意外と深い川が流れています。
デニシは、その川に橋を架けようとしてきた研究者なのです。
研究対象は「評価」だけではない
デニシの研究は人事評価だけにとどまりません。
海外赴任する社員が異文化の職場でどう適応するのか、障害のある人が職場でどのような経験をするのかといったテーマにも取り組んできました。研究資金はアメリカ国立科学財団や陸軍研究所などからも提供され、長年の研究活動に対して産業・組織心理学の学会や経営学会の人事部門から生涯功績賞を受けています。
一見すると、
人事評価。
海外赴任。
障害のある人の就労。
かなり違うテーマに見えます。
けれど、その中心には共通する問いがあります。
「人は、組織の中でどう扱われると、力を発揮できるのか」
という問いです。
会社は人を採用し、配置し、評価し、育てます。
けれど人間は、会社の機械に差し込めば一定の出力を返してくれる部品ではありません。
同じ言葉でも、勇気になることがあります。
同じ言葉でも、心を仕事から遠ざけることがあります。
だからこそ、人を評価するなら、その評価がその後の人間に何を起こすのかまで考えなければならない。
デニシの研究には、そんな視点が流れています。
「ちゃんと伝えた」で終わらせない心理学者
アンジェロ・S・デニシの研究を読んでいると、人を育てることについて少し慎重になります。
「ほめればいい」
「叱ればいい」
「評価制度を整えればいい」
「面談を増やせばいい」
そんな便利な万能薬を、彼はなかなか処方してくれません。
その代わり、こう問いかけてくる研究者です。
「その言葉を受け取った人は、そのあと何に注意を向けましたか?」
「その評価によって、実際の行動は変わりましたか?」
「制度を作ったことではなく、人が伸びたことを確認しましたか?」
少々耳が痛い。
けれど、とても大切な問いです。
フィードバックとは、言葉を相手に投げて終わる作業ではありません。
その言葉が相手の中でどこへ着地し、次の行動をどう変えたのか。
そこまで見届けて、ようやく「フィードバックの効果」を語ることができる。
デニシは長い研究人生を通して、人事評価という一見すると乾いた世界に、「評価された人間の心」という湿度を取り戻してきた研究者なのかもしれません。
上司が部下に評価を伝え終え、満足そうに評価表を閉じる。
その隣でデニシ先生が、そっともう一度ファイルを開く。
「すみません。まだ一番大事なところを確認していません」
「何ですか?」
「このあと、この人の仕事は本当によくなったんですか?」
評価することより、その先を見る。
アンジェロ・S・デニシは、そんな研究を40年以上続けてきた心理学者です。
参考文献・確認先:Tulane University:Angelo DeNisi 公式プロフィール / Google Scholar:Angelo S. DeNisi 論文・引用情報 / PubMed:Angelo S. DeNisi 関連論文

アンジェロ・S・デニシ(Angelo S. DeNisi)の研究から学べること
アンジェロ・S・デニシの研究を読んでいると、だんだん怖くなってくることがあります。
それは、
「良かれと思ってやっていることが、本当に相手のためになっているとは限らない」
ということです。
上司が部下に助言する。
先生が生徒に注意する。
親が子どもをほめる。
先輩が後輩にアドバイスする。
どれも基本的には、「よくなってほしい」という気持ちから行われます。
ところがデニシの研究は、こちらにそっと質問票を差し出してきます。
「お気持ちはわかりました。ところで、効果は確認しましたか?」
……なかなか容赦がありません。
私たちは「何を言ったか」には敏感ですが、「その言葉を受け取った相手に、そのあと何が起こったか」までは、意外と見ていません。
けれどデニシの研究から学べる最大のことは、まさにそこにあります。
人を育てるとき、大切なのは「言った側の満足」ではなく、「受け取った側に何が起きたか」なのです。
「ほめたから大丈夫」という魔法はない
人を育てる話になると、よく登場する言葉があります。
「ほめて伸ばしましょう」
たしかに、怒鳴りつけるよりはずっとよさそうです。
しかしデニシとアヴラハム・クルーガーの研究を見ると、話はそう単純ではありません。
フィードバックは平均的には人の成果を高めます。
ところが、かなりの割合で、逆に成果を下げてしまうこともありました。
つまり、
「フィードバックをすれば伸びる」
ではないのです。
もう少し正確に言えば、
「フィードバックによって、その人の注意がどこへ向かったかによって結果が変わる」
ということです。
たとえば仕事で間違いがあったとします。
上司が、
「この表は、提出前に数字をもう一度確認するとよさそうですね」
と言えば、本人の注意は「確認作業」に向きやすくなります。
ところが、
「あなたは本当にミスが多いですね」
と言われるとどうでしょう。
本人の頭の中では、
「やっぱり自分は仕事ができないのかな」
「評価が下がるかもしれない」
「上司に嫌われているんだろうか」
「もう余計なことをしないほうがいいかな」
と、別の会議が始まります。
肝心の仕事は机の上に置かれたままです。
つまり、同じ「注意」でも、
仕事へ向かわせる注意と、
自分を責める方向へ向かわせる注意がある。
ここを区別することが、とても大切なのです。
人格ではなく、行動について話す
これは職場だけでなく、人間関係のかなり広い場面で使える考え方です。
たとえば、
「あなたはだらしない」
と言われたら、直しようがありません。
だらしないというのは、その人全体への評価だからです。
しかし、
「使ったものを元の場所へ戻してもらえると助かる」
なら、何を変えればいいのかわかります。
この違いは小さく見えますが、実はかなり大きい。
前者は、
「あなたという人間に問題があります」
と聞こえやすい。
後者は、
「この行動を変えれば大丈夫です」
と伝わりやすい。
人間は「自分そのもの」を否定されたと感じると、改善より先に防御が始まります。
言い訳したり、
黙ったり、
反発したり、
落ち込んだり。
心の中の警備員が総出でシャッターを閉めます。
一方で、具体的な行動について話せば、
「では、次からそうしよう」
と修正しやすくなります。
デニシたちの研究から学べるのは、フィードバックとは人を裁く作業ではなく、「次の行動をわかりやすくする作業」だということです。
「もっと頑張って」は、意外と困る
職場でよく使われる言葉に、
「もう少し頑張ってください」
があります。
便利な言葉です。
便利すぎて、何も言っていないのと同じになることがあります。
「もっと積極的に」
「もっと丁寧に」
「もっと主体性を持って」
「もう少しコミュニケーションを取って」
言う側はなんとなく仕事をした気になります。
しかし言われた側は、
「具体的に何をすれば……?」
と霧の中に置かれます。
デニシの研究を踏まえるなら、よいフィードバックは「反省させる言葉」よりも、「次の行動がわかる言葉」であることが重要です。
たとえば、
「もっと積極的にしてください」
ではなく、
「会議で一度は自分の意見を伝えてみてください」
とする。
「報告が足りません」
ではなく、
「予定より一日以上遅れそうなときは、その時点で知らせてください」
とする。
こうすれば、相手は行動できます。
人間は、地図なしで「北へ行ってください」と言われても困ります。
せめて道を一本くらい教えてほしいのです。
評価と育成は別物
デニシの研究から学べるもう一つの大切なことがあります。
それは、
「評価すること」と「育てること」は同じではない
ということです。
会社では毎年、人事評価があります。
A評価。
B評価。
C評価。
上司が項目に丸をつけます。
本人と面談します。
「今年はBですね」
終了。
しかし、冷静に考えてみると、
「Bだと伝えること」
と、
「来年もっと力を発揮できるようになること」
の間には、かなり大きな距離があります。
学校で言えば、
「数学は65点です」
と伝えるのが評価です。
でも65点を75点にするためには、
どこを間違えたのか。
何が理解できていないのか。
次に何を練習するのか。
そこまで考える必要があります。
会社でも同じでしょう。
「コミュニケーション能力が3点でした」
と言われても、
「そうですか……」
で終わってしまいます。
評価表は、成長の自動販売機ではありません。
数字を入れてボタンを押しても、翌月から優秀な社員がガコンと出てくるわけではないのです。
評価はあくまで「現在地を知るもの」。
育成とは、「そこからどこへ行くかを考えるもの」。
この二つを分けて考えることは、デニシの研究から学べる重要な視点です。
フィードバックは「答え合わせ」ではなく「道案内」
私たちはつい、フィードバックを答え合わせだと思ってしまいます。
「ここが正解」
「ここが間違い」
「あなたは80点」
でも本当に人を育てたいなら、それだけでは足りません。
必要なのは、
「次はどうすればいいか」
です。
つまり、フィードバックとは採点ではなく、道案内に近い。
「現在地はここです」
「目的地はあそこです」
「次の交差点を右に曲がりましょう」
こう言われれば進めます。
ところが、
「あなた、目的地に着いてませんよ」
だけでは困ります。
「知ってます」
で終わりです。
人を育てるときには、間違いを指摘するだけでなく、次の一歩を具体的に示す。
これは上司と部下だけでなく、親子、教育、支援、スポーツ指導など、さまざまな場面に応用できます。
ほめるときも「人」ではなく「何をしたか」を見る
デニシの研究を応用すると、ほめ方についても少し考えたくなります。
「君は優秀だね」
もちろん、うれしい言葉です。
でも、
「今日の説明は、最初に結論を言ってから理由を説明したので、とてもわかりやすかった」
と言われたほうが、次に何をすればいいかわかります。
「あなたは仕事ができる」
より、
「期限より一日前に確認してくれたので、修正する時間が取れて助かった」
のほうが具体的です。
つまり、ほめる場合でも、
「あなたは素晴らしい人です」
だけで終わらせず、
「この行動がよかった」
と伝える。
そうすれば、本人はその行動を再現できます。
ほめ言葉が「気分をよくするプレゼント」だけでなく、「次の行動を教える説明書」にもなるわけです。
これはなかなかお得です。
フィードバックする前に、「何を変えたいのか」を考える
私たちは感情が動いたときに、ついフィードバックしたくなります。
「なんでこんなことしたの?」
「もっとちゃんとして」
「前にも言ったでしょう」
しかし、そこで一度考えてみる。
「私は、この人に何をしてほしいんだろう?」
これだけで言葉は変わります。
目的が、
「反省させたい」
なら、強い言葉になるでしょう。
でも目的が、
「次からミスを減らしたい」
なら、
「次回はどの段階で確認すると防げそうですか?」
という言葉になるかもしれません。
これは大きな違いです。
相手を反省させることと、
問題を解決することは、
同じではありません。
人は強く怒られると、とても反省しているように見えることがあります。
しょんぼりして、
頭を下げて、
「すみません」と言います。
でも翌日、同じミスが起こる。
すると、
「昨日あれだけ反省したのに!」
となります。
しかし本人は、本当に反省していたかもしれません。
ただし、
「どう直せばいいのか」
を知らなかった。
つまり心は反省していても、仕組みは何も変わっていなかったのです。
デニシの研究を読むと、
「反省させること」より「改善できる状態をつくること」
のほうが大切なのだと気づかされます。
部下が伸びないとき、本人だけの問題とは限らない
人事評価では、つい個人だけを見がちです。
「この人は積極性がない」
「能力が足りない」
「やる気がない」
でも本当にそうでしょうか。
仕事の目標が曖昧かもしれません。
指示が毎回変わっているかもしれません。
失敗すると強く責められる職場なので、本人が挑戦しなくなっているのかもしれません。
上司によって評価基準が違うのかもしれません。
つまり、人の成果は「本人の能力」だけで決まるわけではない。
そこには職場の仕組みや評価方法、上司との関係など、いろいろなものが絡んでいます。
だから、
「本人をどう直すか」
だけではなく、
「この環境には何か変えられる部分がないか」
も考える。
これは管理職だけでなく、人を支援する仕事にもとても大切な視点です。
「伝えた」と「伝わった」は違う
デニシの研究から日常生活に持ち帰りたい言葉を一つ選ぶなら、
「伝えた」と「伝わった」は違う
ということかもしれません。
上司は言います。
「前にも説明しました」
部下は思います。
「そんな意味だとは思わなかった」
夫は言います。
「ちゃんと言ったよ」
妻は言います。
「そんなふうには聞いてない」
親は言います。
「あなたのためを思って言っているの」
子どもは思います。
「怒られているようにしか聞こえない」
人間社会は、この「送信済み」と「受信済み」の違いで、かなりの量のドラマを作っています。
言葉は、口から出た時点ではまだ完成していません。
相手がどう受け取り、何を理解し、そのあと何をするのか。
そこまで含めて初めて、コミュニケーションなのです。
人を変える言葉より、人が動ける言葉を
デニシの研究から学べることを最後にまとめるなら、
「相手を変えようとするより、相手が次に動きやすくなる言葉を選ぶ」
ということだと思います。
「もっとちゃんとしなさい」
ではなく、
「次はここを確認してみよう」
「あなたは消極的です」
ではなく、
「次の会議では、一つだけ意見を出してみましょう」
「ミスが多い」
ではなく、
「提出前にチェック表を使ってみませんか」
相手を評価する言葉から、
相手が動ける言葉へ。
それだけで、フィードバックの景色はかなり変わります。
アンジェロ・S・デニシの研究は、人をほめるなとも、叱るなとも言っているわけではありません。
むしろ、
「その言葉が、相手をどこへ連れていくのかまで見てください」
と教えてくれます。
フィードバックは、投げて終わるボールではありません。
受け取った人が、そのボールを持って次にどこへ走れるか。
そこまで考えて、ようやく意味がある。
だから次に誰かへ何かを伝えたくなったとき、少しだけデニシ先生を頭の中に呼んでみてもいいかもしれません。
「よし、しっかり注意しておこう」
と思った瞬間、肩のあたりから小さな声がします。
「それで、その人は次に何をすればいいんですか?」
……少々うるさい先生です。
でも、人を育てるという仕事には、このくらいうるさい先生が一人くらいいたほうがいいのかもしれません。

アンジェロ・S・デニシ(Angelo S. DeNisi)の論文一覧
1.『フィードバックは本当に成果を高めるのか?――パフォーマンスに対するフィードバック介入の効果:歴史的レビュー、メタ分析、そして予備的フィードバック介入理論』アヴラハム・N・クルーガー、アンジェロ・S・デニシ(1996)
Kluger, A. N., & DeNisi, A.(1996).
The Effects of Feedback Interventions on Performance: A Historical Review, a Meta-Analysis, and a Preliminary Feedback Intervention Theory.
Psychological Bulletin, 119(2), 254–284.
DOI:10.1037/0033-2909.119.2.254
「ほめれば伸びる。注意すれば改善する。……本当に?」そんな素朴な常識に、クルーガーとデニシが巨大な虫眼鏡を向けたのがこの論文です。過去の多数の研究をまとめて分析したところ、フィードバックは平均的には成果を高めるものの、なんと3分の1以上では逆に成績が下がっていました。「え、じゃあ何も言わないほうがいいの?」と慌てるのはまだ早い。重要なのは、言葉によって相手の注意が“課題”に向くのか、それとも“自分はダメだ”に向くのか。上司、教師、親、支援者など、人に何かを伝えるすべての人に読んでほしい、「その一言、本当に効いてます?」と問いかけてくる一篇です。

