アンジェラ・L・ダックワース(Angela L. Duckworth)の論文一覧:才能が昼寝している間も、コツコツ歩き続けた心理学者
アンジェラ・L・ダックワース(Angela L. Duckworth)のプロフィール
アンジェラ・L・ダックワースは、「成功する人は、いったい何が違うのだろう?」という、誰もが一度は考える疑問を研究しているアメリカの心理学者です。
頭のよさでしょうか。生まれ持った才能でしょうか。それとも、幼いころから家に百科事典が全巻そろっていたことでしょうか。
ダックワースが注目したのは、もっと地味で、履歴書にも書きにくい力でした。それが、ひとつの目標に長く関心を持ち、失敗しても簡単には投げ出さない「やり抜く力」です。彼女はこれを、長期的な目標に向かう情熱と粘り強さの組み合わせとして研究しました。
とはいえ、彼女は最初から「やり抜く力ひと筋三十年」の研究者だったわけではありません。
大学では脳や神経の仕組みを学び、その後、イギリスのオックスフォード大学でも神経科学を修めました。ところが、卒業後の道は一本の高速道路ではなく、なかなか見事な曲がりくねり方をしています。
子どもたちのための夏期学校を立ち上げ、経営相談の会社で働き、その後はニューヨーク、サンフランシスコ、フィラデルフィアの公立学校で数学や理科を教えました。脳の研究から会社員へ、会社員から学校の先生へ。経歴だけを見ると、「いったい最終的にどこへ向かう予定ですか」とカーナビが心配しそうです。
しかし、この教師時代が、のちの研究につながる大きな転機になりました。
教室で生徒たちを見ていると、成績がよいのは、必ずしも最初から飲み込みが早い生徒ばかりではありませんでした。すぐに理解できなくても、何度も問題に向き合い、間違えても戻ってきて、少しずつ力を伸ばしていく生徒がいる。
「もしかすると、成功を決めるのは頭のよさだけではないのでは?」
この疑問が、彼女の心の机に、片づけても片づけても戻ってくる書類のように居座りました。そこでダックワースは、二十代の終わりに経営相談の仕事を離れて教師となり、さらに五年間教壇に立ったあと、ペンシルベニア大学の大学院で心理学を学び直します。
研究者となった彼女は、「やり抜く力」という目に見えない性質を、ただの精神論で終わらせませんでした。
軍事学校の訓練に挑む候補生、全国規模のつづり字大会に出場する子どもたち、教師、学生、営業職の人々などを対象に、「どのような人が厳しい状況を乗り越えやすいのか」を調べていきました。
たとえば軍事学校では、学力や体力だけでは説明しきれない粘り強さが、厳しい訓練を続けられるかどうかと関係していました。また、つづり字大会では、長期にわたって練習を重ねる姿勢が、最終的な成績を予測する手がかりになりました。
彼女の研究が面白いのは、「才能なんていりません。気合です」と話を着地させなかったところです。
才能も大切です。運も環境も大切です。どれほど粘り強くても、空腹の子どもに「もっと努力しなさい」と言うだけでは問題は解決しません。ダックワース自身も、貧困や格差、教育環境を無視して、すべてを本人の努力の問題にしてはいけないと明確に述べています。
やり抜く力は万能薬ではありません。人生の引き出しに入れておきたい大切な道具のひとつですが、それ一本で家を建てようとすれば、途中でかなり困ります。
また、彼女のいう「やり抜く力」は、嫌いなことを歯を食いしばって永遠に続けることでもありません。
大切なのは、自分にとって意味のある大きな目標を持ち、その目標に向かって試行錯誤を続けることです。うまくいかない方法を意地で続けるのではなく、必要なら方法を変える。小さな目標は手放してもよいけれど、自分が本当に大切にしている方向までは簡単に手放さない。
つまり、「壁にぶつかったら、頭突きを続けなさい」という話ではありません。横にドアがないか探し、窓を見つけ、必要なら回り道をしながら、それでも目的地を忘れない力なのです。
ダックワースは、やり抜く力を測るための質問票も作りました。ただし、本人はこの点についても慎重です。
質問票は、自分を振り返ったり、研究に使ったりするには役立ちます。しかし、その点数だけで人を採用したり、入学者を選んだり、学校同士を比べたりするのは適切ではないと注意しています。人間は、十数個の質問に答えただけで完成するほど、手のひらサイズの生き物ではないからです。
彼女はその後、子どもたちの成長に役立つ心理学の知見を、家庭や学校へ届ける非営利団体の共同設立にも携わりました。また、ペンシルベニア大学で心理学を教えながら、人の行動をよりよい方向へ変える方法について研究を続けています。2013年には、独創的な研究者や創作者に贈られるマッカーサー・フェローにも選ばれました。
彼女の研究は、ときどき厳しい現実をこちらへ差し出します。
大きな目標は、今日決めて明日完成する宅配便ではありません。たいていは、進んでいるのか止まっているのか分からない日々が続きます。昨日と今日を比べても、ほとんど変化が見えないこともあるでしょう。
それでも、一年後に振り返ると、思っていたより遠くまで来ている。
ダックワースが研究してきたのは、華やかな勝利の瞬間というより、誰にも見られていない普通の日に、もう一度机に戻る人の心なのかもしれません。
才能が大きな音で拍手を浴びている隣で、粘り強さは黙って靴ひもを結び直している。
アンジェラ・L・ダックワースは、その地味な姿を見逃さず、「成功の物語には、この人も出演していますよ」と科学の舞台へ連れてきた心理学者なのです。
参考文献・確認先:アンジェラ・L・ダックワース公式プロフィール / ペンシルベニア大学:アンジェラ・L・ダックワース紹介ページ / Google Scholar:アンジェラ・L・ダックワース論文・引用情報 / PubMed:アンジェラ・L・ダックワース関連論文

アンジェラ・L・ダックワース(Angela L. Duckworth)の研究から学べること
アンジェラ・L・ダックワースの研究から学べることは、ひと言でまとめると、「人生は、才能だけで決まる一発勝負ではない」ということです。
何かがうまくいかないと、私たちはすぐに考えます。
「やっぱり、自分には才能がないのかな」
ところがダックワースは、そこへ研究資料を抱えて現れ、こう問いかけます。
「才能があるかどうか、少し早く決めすぎていませんか?」
もちろん、才能がまったく関係ないわけではありません。理解の速さ、身体的な能力、育った環境、出会った先生、運なども、人生に大きく影響します。
しかし、最初に上手だった人が、最後まで上手であり続けるとは限りません。反対に、最初は目立たなかった人が、何年も積み重ねるうちに、気づけば遠くまで進んでいることもあります。
ダックワースが研究してきた「やり抜く力」とは、歯を食いしばって何でも我慢する能力ではありません。自分にとって大切な長期目標に関心を持ち続け、思うように進まない時期にも努力を続ける傾向を指します。彼女たちの研究では、この力が学歴、学校の成績、軍事学校での訓練継続、つづり字大会の成績などと関係していました。
では、私たちは彼女の研究から、具体的に何を学べるのでしょうか。
目立つ才能より、「また戻ってくる力」がものをいう
才能のある人は、最初から軽やかに走っているように見えます。
こちらが説明書を三回読んでいる間に、「だいたい分かった」と先へ行ってしまう。こちらはまだ靴ひもを結んでいるのに、相手は第一関門を通過しています。
そんな姿を見ると、「もう勝負は決まった」と思いたくなります。
けれども、本当の勝負は一日で終わるとは限りません。勉強も仕事も創作も、実際には何か月、何年と続いていきます。長い時間のなかでは、最初の速さだけでなく、失敗したあとに戻ってこられるかどうかが大切になります。
一回失敗しても戻る。
飽きてしまっても、方法を変えて戻る。
自信をなくしても、少し休んで戻る。
つまり、やり抜く力とは、「一度も倒れない力」ではありません。「倒れたあと、目的地を思い出す力」なのです。
昨日さぼったから、すべて終わりではありません。三日坊主になったなら、四日目に再開すればよいのです。三日坊主は、四日目から再雇用できます。
情熱とは、毎日燃え上がることではない
「情熱を持ちましょう」と言われると、胸のなかで炎が燃え上がり、毎朝五時に飛び起きて、「今日も夢に向かって全力だ!」と叫ぶ人を想像するかもしれません。
しかし、人間は毎朝それほど仕上がっていません。
寝ぐせもあります。眠気もあります。昨日買った菓子パンの残りも気になります。
ダックワースのいう情熱は、一時的な興奮とは少し違います。「これ、面白そう!」と始めて、三日後には別のことに夢中になる勢いではなく、同じ方向への関心を長く保つことです。
情熱とは、毎日大きな炎を上げることではありません。
消えそうな火に、ときどき小さな薪を足すことです。
「今日はやる気がないから、自分の夢ではなかったのだ」と決めなくても大丈夫です。好きなことでも面倒な日はあります。文章を書くのが好きな人にも、題名が一文字も浮かばず、画面の白さだけが立派に育つ夜があります。
大切なのは、毎日わくわくできるかではなく、時間がたっても「やはり自分は、この方向へ進みたい」と思えるかどうかです。
努力は、量だけでなく「中身」が大切
やり抜くといっても、同じことを同じ方法で繰り返せばよいわけではありません。
漢字を百回書いても、百一回目に同じところを間違えているなら、手首だけが立派になってしまいます。
ダックワースたちが、つづり字大会に参加する子どもを調べた研究では、成績の向上と強く関係していたのは、ただ長く勉強することではなく、自分の弱点に向き合う意図的な練習でした。そして、やり抜く力の高い参加者ほど、この負担の大きい練習に多く取り組んでいました。
ここから学べるのは、努力には「ただ頑張る努力」と「上達するための努力」があるということです。
得意な問題ばかり解けば、気分はよいでしょう。
歌の練習でも、気持ちよく歌える部分ばかり繰り返せば、「今日もいい声だった」と満足できます。
けれども、成長の入口は、たいてい少し居心地の悪い場所にあります。間違えた問題、苦手な音、うまく説明できなかった部分。そこには「できれば見なかったことにしたい小鬼」が住んでいます。
その小鬼から逃げず、「では、どこでつまずいたのだろう」と調べる。
これが、上達につながる練習です。
ただし、苦しければ苦しいほどよいわけではありません。大切なのは、自分を痛めつけることではなく、今の自分より少し難しい課題に挑み、結果を振り返り、方法を修正することです。
大きな目標は守っても、小さな作戦は変えてよい
「やり抜く力」と聞くと、一度決めたことは絶対に変えてはいけないように思えるかもしれません。
しかし、それでは粘り強いというより、目的地を間違えたまま走り続ける人になってしまいます。
たとえば、「人の心を軽くする文章を書きたい」という大きな目標があったとします。
そのために始めたブログが、思ったように読まれなかった。
このとき、「ブログを始めたから、死ぬまで同じ書き方を続けなければならない」と考える必要はありません。記事の長さを変えてもよい。扱うテーマを変えてもよい。動画や音声を試してもよいでしょう。
守るべきなのは、最初に思いついた方法ではなく、その奥にある大切な目的です。
登山でいえば、山頂を目指すことと、同じ登山道に固執することは別です。道が崩れているなら、別の道を探したほうが賢い。崖に向かって「私はやり抜く人間だ」と直進してはいけません。山は感動するかもしれませんが、救助隊は困ります。
小さな目標や方法は、現実に合わせて変えてよい。
大きな方向は、簡単には手放さない。
この柔らかさと粘り強さの組み合わせが、長く歩き続けるためには必要なのです。
やる気より、続けやすい環境をつくる
ダックワースは、長期的な目標に向かう「やり抜く力」だけでなく、目の前の誘惑を調整する自制心についても研究しています。
この二つは似ていますが、同じではありません。
やり抜く力は、何年もかけて大きな目標を追う力です。
自制心は、「今は動画を見たいけれど、先に仕事を終えよう」と、目の前の誘惑を調整する力です。ダックワースは、この二つは関係しているものの、区別できる性質だと説明しています。
そして、自制心の研究から見えてくるのは、「誘惑と毎回正面から戦う必要はない」ということです。
机の上にスマートフォンを置き、通知が光るたびに、「見ないぞ、見ないぞ」と耐える。
これは、自制心の筋肉を使った立派な戦いです。しかし、仕事が終わるころには、内容よりも通知のことに詳しくなっているかもしれません。
それよりも、最初からスマートフォンを別の部屋に置く。通知を切る。作業する場所では動画を開かない。お菓子を食べすぎるなら、大袋を机の横に置かない。
意志の強さに頼る前に、誘惑が弱くなる環境をつくるのです。ダックワースたちは、望ましくない衝動が起きてから耐えるよりも、衝動が起きにくい状況を先につくる方法に注目しています。
これは逃げではありません。
雨が降っているから傘を差すのと同じです。「雨粒に負けず、精神力だけで服を乾かしてみせる」という人がいたら、少し距離を置きたくなります。
続ける力とは、自分を厳しく管理する力だけではありません。弱い日でも動けるように、自分を助ける仕組みを用意する力でもあるのです。
「何のために」が、退屈な作業を支えてくれる
どれほど好きな仕事にも、退屈な作業はあります。
文章を書く人には誤字の確認があります。音楽を作る人には細かな調整があります。店を経営する人には数字の確認があります。
夢だけは壮大なのに、火曜日の午後になると、なぜか表計算の入力をしています。
人生とは、ときどきそういうものです。
ダックワースが参加した研究では、学ぶことを「将来、自分以外の人や社会の役に立つため」と結びつけて考えることが、退屈な学習課題を続ける助けになる可能性が示されました。自分の成功だけでなく、その先にいる誰かを思い浮かべることで、目の前の地味な作業に意味が生まれるのです。
たとえば、「資格の勉強をする」だけでは、疲れた日に負けてしまうかもしれません。
けれども、
「将来、困っている人に安心して相談してもらえるようになるため」
「家族の生活を支えられるようになるため」
「昔の自分と同じことで悩んでいる人を助けるため」
と考えると、勉強はただの暗記ではなくなります。
目標の向こう側に誰かの顔が見えると、努力は少しだけ温かくなります。
もちろん、立派な社会貢献を掲げなければならないわけではありません。「来月の自分を少し楽にするため」でもよいのです。未来の自分も、助けを待っている一人です。
やり抜く力は、成功を決める万能の魔法ではない
ここは、とても大切なところです。
ダックワースの研究を、「成功できないのは、本人の根性が足りないからだ」と読むのは間違いです。
最初の代表的な研究でも、やり抜く力が成功の違いを説明した割合は、平均すると約四%でした。関係はありますが、それだけで人生の結果が決まるわけではありません。
家庭環境、経済状況、健康、教育の機会、周囲の支援、差別や格差、偶然の出会いなど、人生には本人の努力だけでは動かせない要因が数多くあります。
足を痛めている人に、「粘り強く走りなさい」と言ってはいけません。
道が閉ざされている人に、「努力が足りない」と言っても、閉じた門は開きません。
やり抜く力は、人を責めるための物差しではなく、自分の可能性を少し長い目で見るための考え方です。
「まだ結果が出ていない」と「自分には能力がない」は、同じ意味ではありません。
今日うまくできなかったことも、方法を変え、助けを借り、時間をかければ、少しずつ変わるかもしれない。その可能性を、早々にゴミ箱へ捨てないための考え方なのです。
結局、私たちは何をすればよいのか
ダックワースの研究から学べることを、日々の行動に置き換えるなら、壮大な決意よりも、次の一歩を具体的にすることです。
「毎日、完璧に努力する」と誓う必要はありません。
今日は十分だけ取り組む。
終わったら、うまくいかなかった点を一つ振り返る。
明日も始めやすいように、道具を出しておく。
誘惑になるものを、少し遠ざける。
そして、ときどき「これは何のために続けているのだろう」と、大きな目的を思い出す。
やり抜く力は、胸のなかに住む熱血監督ではありません。
むしろ、疲れて立ち止まった日に、隣の椅子へ座り、「今日はどこまでなら進めそうですか」と尋ねてくれる、静かな伴走者に近いのでしょう。
才能があるかどうかは、すぐには分かりません。
けれども、今日もう一度戻ることはできます。
昨日より少しよい方法を試すこともできます。
自分一人で難しいなら、誰かに助けを求めることもできます。
人生を変えるのは、いつも燃え上がるような情熱とは限りません。
誰にも拍手されない普通の日に、靴ひもを結び直す。
その小さな動作のなかに、まだ見えていない未来が、静かに折りたたまれているのです。

アンジェラ・L・ダックワース(Angela L. Duckworth)の論文一覧
1.『やり抜く力「グリット」:長い目標を追い続ける情熱と粘り強さ』アンジェラ・L・ダックワース、クリストファー・ピーターソン、マイケル・D・マシューズ、デニス・R・ケリー(2007)
Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
DOI:10.1037/0022-3514.92.6.1087
「才能があれば勝ち?」「いえ、長い勝負では“途中で帰らない人”も強いんです」。ダックワースらは、大学生、陸軍士官学校の候補生、つづり字大会の参加者などを調査。すると、頭のよさだけでは拾えない「長期目標への情熱と粘り強さ」が、成績や訓練の継続、順位と関係していました。ただし、根性さえあれば万能という話ではありません。成功を説明した割合は平均約4%。小さいようで、人生の長距離走では無視できない数字です。才能が昼寝している横で、コツコツ靴ひもを結び直す力。その正体を科学の物差しで測った、やり抜く力研究の出発点です。

