エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)の論文一覧:失敗に「隠さなくて大丈夫です。むしろ話してください」と椅子をすすめた組織心理学者

エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)の論文一覧:失敗に「隠さなくて大丈夫です。むしろ話してください」と椅子をすすめた組織心理学者
adler-nap

エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)のプロフィール

エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)は、アメリカの組織行動学者で、ハーバード・ビジネス・スクールの教授です。研究テーマは、チームワーク、組織の学習、失敗からの学び、そして彼女の名前と切っても切れない**「心理的安全性」**。現在は同校で「ノバルティス記念リーダーシップ・経営学教授」を務めています。

……と書くと、

「なるほど。最初から人間関係を研究してきた心理学の先生なんですね」

と思うかもしれません。

ところが、違います。

エドモンドソンの経歴を最初からたどると、

「どうしてそこから心理的安全性に着地したんですか?」

と、一度地図を確認したくなるような道を歩いています。

出発地点は、なんと「工学とデザイン」

エドモンドソンはハーバード大学で、工学とデザインを学びました。その後は心理学で修士号、組織行動学で博士号を取得しています。つまり現在こそ「人と組織」を研究している人ですが、もともとの出発地点はかなり工学寄りだったのです。

しかも大学卒業後に働いた相手が、これまた普通ではありません。

20世紀を代表する建築家・発明家の一人、バックミンスター・フラーです。

巨大な球体のような建築物「ジオデシック・ドーム」などで知られる人物で、エドモンドソンは大学時代に彼の考え方に興味を持ち、手紙のやり取りをしたことをきっかけに、なんと主任技術者として働くことになります。

大学を出て、

「さて、就職どうしようかな」

ではなく、

「世界的な発明家の主任技術者になりました」

です。

履歴書の一行目から火力が強い。

さらに彼女は後に、フラーの数学的な考え方を一般の人にも理解できるよう解説した本まで出版しています。

しかし、この「技術者としての出発」は、のちの研究と無関係ではありません。

エドモンドソンがずっと見つめることになるのは、

「複雑な問題に、人間がどう協力して立ち向かうのか」

という問いだからです。

機械そのものよりも、やがて彼女の興味は、

「ところで、この機械を動かしている人間たちは、ちゃんと話し合えているのだろうか?」

という方向へ進んでいきます。

病院を調べたら、妙な数字が出てきた

エドモンドソンの研究人生を語るうえで、とても面白い出来事があります。

博士課程時代、彼女は病院のチームを研究していました。

普通に考えれば、

「よいチームほど、ミスが少ないだろう」

と思いますよね。

仲間同士の関係がよく、仕事もうまくいっているチームなら、当然ミスも少ない。

研究者エドモンドソンも、おそらくその方向の結果を期待していました。

ところがデータを見ると、

「よいチームほど、報告されているミスが多い」

という、なんとも困った結果が出てきたのです。後にエドモンドソン自身も、この予想外の結果が心理的安全性の研究へ進む重要なきっかけになったと振り返っています。

「えっ?」

研究者としては、かなり嫌な瞬間でしょう。

仮説君が元気よく家を出たと思ったら、夕方には泥だらけで帰ってきたようなものです。

ところがエドモンドソンは、

「データがおかしい」

で終わらせませんでした。

よく調べてみると、別の可能性が見えてきます。

優秀なチームは、本当にミスが多かったのではない。

ミスを言いやすかったのではないか。

つまり、

「すみません、ここ間違えました」

「ちょっと分からないので教えてください」

「このやり方、危なくないですか?」

と声を出しても、人間関係が壊れたり、馬鹿にされたり、罰を受けたりする心配が比較的少なかった。

だから問題が表に出てきたのです。

反対に、怖い職場ではどうでしょう。

「ミスを報告したら怒鳴られる」

「質問したら能力がないと思われる」

「上司に反対したら面倒なことになる」

となれば、人は急に賢くなるわけではありません。

黙ります。

そして問題まで一緒に黙ります。

ここに、エドモンドソン研究の大きな扉がありました。

「心理的安全性」という、沈黙を研究するための言葉

エドモンドソンは1999年の代表的な論文『職場チームにおける心理的安全性と学習行動』で、チームにおける心理的安全性を体系的に研究しました。

そこでは51の職場チームを対象に調査し、心理的安全性の高いチームほど、質問したり、助言を求めたり、失敗について話したり、振り返ったりするといった「学習する行動」が起こりやすいことを示しました。

心理的安全性という言葉をものすごく簡単に言えば、

「ここでは、分からないと言っても大丈夫そうだ」
「反対意見を言っても、人間として攻撃されないだろう」

と思える状態です。

ここは誤解されやすいところですが、

「みんな仲良くしましょう」

という話ではありません。

上司が、

「君の意見も正しいね。私の意見も正しいね。みんな正しいね。はい、おやつ食べよう」

という世界をつくることでもありません。

むしろ重要なのは、言いにくいことを言えることです。

「私は反対です」

「その計画には問題があると思います」

「分かりません」

「失敗しました」

「助けてください」

こうした、ちょっと喉につかえる言葉をテーブルの上に出せること。

ハーバード・ビジネス・スクールも、エドモンドソンのいう心理的安全性を、率直に発言することが期待され、報復を恐れず声を上げられる職場環境として説明しています。

つまり彼女が研究しているのは、

「優しい職場」だけではありません。

もっと実務的です。

「問題が起きたとき、その問題がちゃんと人間の口から出てくる職場」

なのです。

優秀な人を集めれば、優秀なチームになるわけではない

この研究が面白いのは、個人の能力だけを見ていないところです。

ものすごく優秀な人を10人集めたとしましょう。

ところが、その10人が、

「こんなこと聞いたら馬鹿だと思われるかな」

「部長が決めたんだから黙っとこう」

「これ失敗してるけど、私の責任になるの嫌だな」

と考えていたらどうなるでしょう。

履歴書だけ見ればオールスター。

会議になると全員、置物。

そんなことが起こります。

反対に、

「分からなければ聞いていい」

「違うと思ったら言っていい」

「失敗したら隠すより共有しよう」

という空気があれば、人間が持っている知識や経験がようやく表に出てきます。

エドモンドソンの研究は、人材を見るときに、

「誰を採用するか」だけではなく、「その人が声を出せる環境になっているか」も見なければならない

という視点を与えてくれました。

だから心理的安全性の研究は、企業だけでなく、医療、教育、さまざまな組織の研究へ広がっていったのです。

そして研究テーマは「失敗」へ

エドモンドソンは心理的安全性だけでなく、チームによる学習、組織の変化、革新、そして近年では**「失敗からどう学ぶか」**についても研究と発信を続けています。

ここでも彼女は、

「失敗は素晴らしい!どんどん失敗しよう!」

と単純には言いません。

たとえば同じ失敗でも、

「確認を忘れて、去年とまったく同じミスをしました」

と、

「誰も答えを知らない新しい領域で、小さく試したら予想が外れました」

では意味が違います。

何でもかんでも失敗を称賛していたら、

「今日も失敗しました!」

「よくやった!」

となってしまいます。

会社がもちません。

そこでエドモンドソンは、避けるべき失敗と、未知の世界を探索するために価値を持つ失敗を区別して考えることを重視するようになりました。

その考えをまとめた2023年の著書『Right Kind of Wrong』は、フィナンシャル・タイムズとシュローダーによる年間最優秀ビジネス書に選ばれています。

また、世界の経営思想家を評価する「Thinkers50」では、2021年と2023年に第1位に選ばれています。

エドモンドソンが研究しているのは、「勇気の出しやすさ」なのかもしれない

エドモンドソンの研究を眺めていると、心理的安全性とは単なる職場環境の話ではないように思えてきます。

人間には、

「こんなことを言ったら笑われるかもしれない」

という小さな恐怖があります。

質問するとき。

失敗を認めるとき。

助けを求めるとき。

上司に反対するとき。

新しいアイデアを出すとき。

どれも数秒でできる行動ですが、その数秒の前には、

「言うか、黙るか」

という小さな裁判が心の中で開かれています。

そして組織によって、その判決はずいぶん違う。

「言ってみよう」となる職場もあれば、

「黙っておこう」となる職場もある。

エドモンドソンは、その違いを何十年も研究してきた人だと言えるでしょう。

彼女の研究を一言で表すなら、

「失敗するな」ではなく、「失敗や疑問を隠さなくてもいい組織をどうつくるか」を考えてきた研究者。

なのでしょう。

会議室の隅で誰かが、

「……これ、ちょっとおかしい気がするんですけど」

と小さく手を挙げる。

エドモンドソンが研究しているのは、おそらくその小さな手が下ろされずに済む条件です。

派手ではありません。

けれど、その一本の手が、ときには大きな事故を防ぎ、新しい発見を生み、チームそのものを変えてしまう。

だから彼女は今日まで、組織の中にある「言えない」を見つめ続けているのです。

参考文献・確認先:Harvard Business School:Amy C. Edmondson 公式プロフィール / Google Scholar:Amy C. Edmondson 論文・引用情報 / PubMed:Amy C. Edmondson 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)の研究から学べること

エイミー・C・エドモンドソンの研究から学べることを、一言でまとめるなら、

「人は、能力があるから発言するのではない。発言しても大丈夫だと思えるから、能力を発揮できる」

ということではないでしょうか。

これは考えてみると、なかなか恐ろしい話でもあります。

会社には優秀な人がたくさんいる。
知識もある。
経験もある。
問題にも気づいている。

ところが誰も何も言わない。

会議では、

「何か意見ありますか?」

「……ありません」

部長が、

「本当に?」

「はい、大丈夫です」

そして会議室を出た瞬間、

「いや、あれ絶対まずいでしょ」

となる。

だったら会議室で言ってください。

……と言いたくなるのですが、それが簡単ではないからこそ、エドモンドソンの研究が重要なのです。

人は「間違っているか」より「恥をかかないか」を気にする

私たちは仕事をするとき、表向きには、

「よりよい仕事をしたい」

と思っています。

もちろん、それは本当です。

でも心の片隅には、もう一人の自分が座っています。

「変な質問をしたら、無能だと思われるかも」

「反対したら、面倒な人だと思われるかも」

「失敗を報告したら、評価が下がるかも」

「助けてくださいと言ったら、仕事ができない人に見えるかも」

この小さな自分、かなり口数が多い。

会議中も横から、

「やめとけ、やめとけ」

と袖を引っ張ってきます。

エドモンドソンが研究してきた「心理的安全性」は、こうした場面と深く関係しています。

心理的安全性が高い職場とは、単純に「みんな優しい職場」ではありません。

間違いを指摘してもいい。

分からないと言ってもいい。

助けを求めてもいい。

反対意見を言ってもいい。

失敗を報告してもいい。

つまり、人間関係が壊れることを過度に恐れず、仕事に必要なことを口にできる環境です。

ここが大切です。

「何を言っても許される」という意味ではありません。

失礼な態度も暴言も、

「心理的安全性です!」

と言えば無罪になるわけではない。

そんな万能免罪符ではありません。

心理的安全性とは、

仕事をよくするための率直な発言ができること

なのです。

「質問できる人」は弱いのではなく、学習している

学校でも職場でも、

「質問する人」

について、妙な誤解があります。

「あの人、そんなことも知らないの?」

と思われそうだから、質問できない。

新人なのに、

「分かりました」

と答える。

でも実際には、分かっていない。

そして一時間後、

「これ、どうするんだっけ……」

となります。

なかなか悲しい。

分からないことを隠した結果、分からない時間だけが延長営業しています。

エドモンドソンの研究から考えると、質問というのは「無知の告白」ではありません。

学習を始める行動です。

「分かりません」

という言葉は、一見すると自分の弱さを見せる言葉です。

けれどその直後、

「教えてください」

につながれば、知識が増える。

つまり、

「分かりません」は終点ではなく、入口なのです。

これは仕事だけではありません。

人生でも同じです。

「どうしたらいいか分からない」

「一人では難しい」

「助けてほしい」

こうした言葉を私たちは、つい敗北宣言のように扱ってしまいます。

けれど実際には、それらは問題解決のスタート地点になり得ます。

分からないのに分かったふりをする人より、分からないことを確認できる人のほうが、長い目で見ると強い。

エドモンドソンの研究は、その当たり前だけれど忘れやすいことを思い出させてくれます。

優秀なチームほど「失敗が見える」ことがある

エドモンドソンの研究で、とても興味深いのが失敗についての考え方です。

普通なら、

「優秀なチーム=失敗が少ない」

と思います。

ところが、ここには落とし穴があります。

失敗が少ないように見えるチームが、本当に失敗していないとは限らない。

失敗を報告していないだけかもしれない。

これは怖い。

たとえば職場で、ある人がミスをします。

上司が、

「なんでこんなことしたんだ!」

と怒鳴る。

すると、その場では問題が解決したように見えます。

しかし、その光景を見ていたほかの職員の頭には、別の学習が起こります。

「なるほど。ミスしたら黙っておこう」

会社としては、

「二度とミスするな!」

と言ったつもりなのに、

社員側では、

「二度と報告するな!」

に翻訳されてしまう。

これはかなり困った翻訳機です。

エドモンドソンの研究が教えてくれるのは、失敗を減らしたいなら、まず失敗が見える状態をつくらなければならないということです。

問題が机の下に隠れている状態では、改善のしようがありません。

「実はこういうミスがありました」

「ここが危ないと思います」

「この手順、間違いやすいです」

と言える。

そこで初めて、

「では、どう直そうか」

という会話が始まります。

失敗を責めないことが目的なのではありません。

失敗から学べる状態をつくることが目的なのです。

「仲がいい」と「心理的安全性が高い」は別物

これも大事なところです。

職場の人間関係がよければ、心理的安全性も高い。

そんな気がします。

でも、必ずしもそうではありません。

みんな仲良し。

お昼も一緒。

誕生日にはケーキ。

旅行のお土産も配る。

ところが仕事になると、

「あの計画、ちょっと危ないと思う」

と言えない。

なぜなら、

「空気を悪くしたくないから」。

これでは、仲はよくても心理的安全性が高いとは言いにくい。

むしろ本当に心理的安全性が高い関係では、

「それ、私は違うと思います」

が言えます。

そして相手も、

「なるほど。どこが気になる?」

と聞ける。

意見が違っても、人間関係まで一緒に破壊しない。

ここが重要です。

私たちはつい、

「意見への反対」と「人間への否定」を混ぜてしまいます。

「その案には反対です」

と言われただけなのに、

「私のこと嫌いなんですか?」

まで飛んでしまう。

話が一気に遠くへ行っています。

エドモンドソンの研究から学べるのは、

意見がぶつかっても、関係まで壊さなくていい

ということでもあります。

むしろよいチームには、健全な意見の違いが必要です。

全員が、

「賛成です」

「私も賛成です」

「私も賛成に賛成です」

では、会議ではなく唱和になってしまいます。

リーダーの仕事は「何でも知っている人」を演じることではない

心理的安全性を考えるとき、上司やリーダーの態度はとても重要です。

昔ながらのリーダー像というと、

「私についてこい」

「答えは私が知っている」

「弱音は吐くな」

という感じがあります。

もちろん、決断が必要な場面はあります。

しかし、複雑な仕事では、上司一人がすべてを知ることは不可能です。

現場の人しか知らないこと。

新人だからこそ気づくこと。

専門職にしか分からないこと。

お客さんと直接話した人だけが感じた違和感。

組織の中には、いろいろな場所に情報が散らばっています。

だからリーダーが、

「私が全部知っている」

という顔をしてしまうと、周囲は情報を出さなくなります。

反対に、

「私はここまでは分かるけれど、この部分は皆さんの意見を聞きたい」

「見落としていることがあれば教えてほしい」

と言えるリーダーは、周囲に発言する余白をつくります。

これは「頼りない」のではありません。

自分一人の頭では組織全体より小さいと知っているのです。

考えてみれば当たり前です。

社長一人の脳みそより、社員100人の脳みそのほうが情報量は多い。

だったら100個使ったほうがいい。

ところが心理的安全性が低い組織では、その100個のうち90個くらいが、

「言わないでおこう」

と省電力モードに入ってしまいます。

もったいない。

エドモンドソンの研究は、リーダーシップとは人を黙って従わせる力ではなく、人が持っている情報を引き出す力でもあると教えてくれます。

失敗には「よい失敗」と「避けたい失敗」がある

エドモンドソンは、失敗から学ぶことについても多く研究しています。

ここで勘違いしてはいけないのが、

「失敗は全部すばらしい!」

という話ではないことです。

たとえば、

「確認する決まりだったのに、面倒なので確認しませんでした」

という失敗と、

「誰も正解を知らない新しい方法を小さく試してみたら、うまくいきませんでした」

では、同じ失敗でも意味が違います。

前者は、できれば防ぎたい。

後者は、新しいことに挑戦していれば起こり得る。

つまり大切なのは、

失敗そのものを褒めることではなく、その失敗から何を学べるかを見ることです。

「失敗しました」

「そうですか。では次」

ではなく、

「なぜ起きた?」

「どんな前提が間違っていた?」

「次に試すなら何を変える?」

と考える。

そうすると、失敗は単なる傷跡ではなく、地図になります。

「ここには穴がありますよ」

と教えてくれる印です。

逆に失敗を隠せば、その穴には次の人も落ちます。

そして、

「また落ちた!」

となる。

穴を埋めましょう。

心理的安全性は「甘い職場」をつくる考え方ではない

心理的安全性について、

「そんなことをしていたら、社員が甘えるのでは?」

という疑問も出てきます。

これは非常に重要な視点です。

心理的安全性が高いということは、

「何をしても怒られない」

「成果を出さなくてもいい」

「遅刻しても、まあ人間だもの」

という話ではありません。

エドモンドソンの考えでは、心理的安全性と仕事への高い期待は両立します。

むしろ、

「高い成果を目指すからこそ、問題を言える必要がある」

のです。

厳しい目標がある。

だからこそ、

「このままでは間に合いません」

と言える必要がある。

高い品質を求める。

だからこそ、

「この製品には問題があります」

と言える必要がある。

人命を扱う。

だからこそ、

「先生、その薬の量は違うかもしれません」

と言える必要がある。

心理的安全性とは、仕事をぬるくするための毛布ではありません。

本気で仕事をするために、本当のことを言える土台をつくるものなのです。

私たち一人ひとりにもできることがある

では心理的安全性は、社長や管理職だけがつくるものでしょうか。

もちろん上司の影響は大きい。

ですが、私たち一人ひとりにもできることがあります。

たとえば誰かが質問したとき、

「そんなことも知らないの?」

ではなく、

「そこ分かりにくいですよね」

と言う。

誰かが失敗を報告したとき、

「誰がやったの?」

から入るのではなく、

「何が起きたの?」

から始める。

誰かが反対意見を出したとき、

「否定された」

と受け取る前に、

「その見方も聞いてみよう」

と考える。

こういう小さな反応の積み重ねが、

「ここでは話していいんだ」

という空気をつくります。

職場の文化というと、巨大なものに聞こえます。

会社の理念。

経営方針。

研修制度。

立派な冊子。

もちろんそれらも大切でしょう。

でも文化の正体は案外、

誰かが発言した直後の、周囲の三秒

なのかもしれません。

「それ、いい質問ですね」

と言われるのか。

鼻で笑われるのか。

無視されるのか。

その三秒を、人は覚えています。

そして次に話すかどうかを決めます。

「言えなかった人」を責める前に、環境を見る

エドモンドソンの研究から私が特に大切だと思うのは、

「どうして言わなかったの?」

だけで終わらせない視点です。

問題が起きたあと、

「気づいていたなら言えばよかったじゃないか」

と言うのは簡単です。

でも本当に考えるべきなのは、

「言える環境だっただろうか」

ということです。

以前、反対意見を言った人が怒られていなかったか。

質問した人が馬鹿にされていなかったか。

失敗を報告した人だけが責められていなかったか。

上司がいつも正解を持っているふりをしていなかったか。

そうした過去の小さな出来事が積み重なると、人は学習します。

「ここでは黙るのが正解だ」

と。

人間は環境に適応します。

だから沈黙している人を、

「主体性がない」

と片づける前に、

その人がなぜ沈黙を選んだのかを見る必要があります。

沈黙には、理由があることが多いのです。

「言える場所」は、人を少し自由にする

エドモンドソンの研究を職場だけの話として読むのは、少しもったいない気がします。

家庭でも。

学校でも。

友人関係でも。

私たちはいつも、

「これを言っても大丈夫だろうか」

を計算しています。

「今日はつらい」

「それは嫌だった」

「分からない」

「手伝ってほしい」

「私はそう思わない」

こうした言葉を安心して出せる関係には、不思議な余白があります。

いつも正しくなくていい。

いつも強くなくていい。

いつも同意しなくてもいい。

もちろん何でも好き放題言ってよいわけではありません。

けれど、自分の考えや困りごとを隠し続けなくてもいい。

それだけで、人は少し楽になります。

そして組織も強くなります。

なぜなら本当の問題が、ようやく表に出てくるからです。

エドモンドソンの研究は、私たちにこう問いかけているように思います。

「あなたの周りでは、人は本当のことを言えていますか?」

会議で意見が出ない。

相談が遅い。

失敗が突然発覚する。

誰も助けを求めない。

そんなとき、

「最近の人は主体性がない」

と結論を出す前に、少しだけ立ち止まってみる。

もしかすると、その人たちは何も考えていないのではありません。

考えている。

気づいている。

言いたいこともある。

ただ、

「ここでは言わないほうが安全だ」

と判断しているだけなのかもしれません。

だとしたら必要なのは、

「もっと積極的に発言しなさい」

という号令ではありません。

発言した人に、

「言ってくれてありがとう」

と返すこと。

質問した人に、

「いいところに気づきましたね」

と返すこと。

失敗を報告した人と、

「次はどう防ごうか」

と一緒に考えること。

そんな小さなやり取りなのでしょう。

心理的安全性とは、豪華な制度の名前ではありません。

人が口を開いた瞬間に、

その言葉をどう受け止めるか。

その積み重ねです。

エドモンドソンの研究が教えてくれるのは、たぶん、

「人をもっとしゃべらせよう」ということではありません。

「黙らなくてもいい場所をつくろう」ということです。

その違いは、小さいようで、とても大きい。

人は安心したとき、ようやく自分の持っている知識や疑問や違和感を、机の上に置くことができます。

そしてその机の上に置かれた小さな一言から、チームの学習が始まる。

「これ、ちょっとおかしくないですか?」

その一言を邪魔なものとして片づけるのか。

それとも、

「どこが気になった?」

と椅子を一つ出すのか。

エイミー・C・エドモンドソンの研究は、その椅子を用意することの大切さを、私たちに教えてくれているのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)の論文一覧

1.『職場チームにおける心理的安全性と学習行動』エイミー・C・エドモンドソン(1999)

Edmondson, A.(1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
DOI:10.2307/2666999

「優秀なチームほど、ミスが少ないはずですよね?」ところがエドモンドソンが職場チームを調べていくと、話はそんなに単純ではありませんでした。大切なのは、失敗しないことよりも「失敗しました」「分かりません」「助けてください」と言えること。そんな発言が人間関係の命取りにならないという安心感、つまり「心理的安全性」があるチームほど、質問や相談、振り返りといった学習行動が活発だったのです。「黙っていれば問題なし」は、問題が見えていないだけかもしれない。この論文、会議で誰もしゃべらない職場ほど刺さります。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
心理的安全性が高い職場では何が変わる?チームの学びとの関係
心理的安全性が高い職場では何が変わる?チームの学びとの関係
記事URLをコピーしました