アダム・M・グラント(Adam M. Grant)の論文一覧:働く人の「やる気・親切・ひらめき」を、職場の舞台裏で観察した組織心理学者

アダム・M・グラント(Adam M. Grant)の論文を読む女性
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アダム・M・グラント(Adam M. Grant)のプロフィール

アダム・M・グラント(Adam M. Grant)は、アメリカの組織心理学者です。

「組織心理学者」と聞くと、会社の会議室の隅に座り、腕を組みながら「この部署は意思疎通が不足していますね」と言う人を想像するかもしれません。

もちろん、まったく違うとは言い切れません。

ただし、グラントが研究しているのは、もっと人間くさい問題です。

「なぜ、同じ仕事でも頑張れる日と、魂が机の下に落ちている日があるのか」

「人を助ける人は、本当に報われるのか」

「新しい考えを出す人は、最初から自信満々なのか」

「いったん信じたことを、どうすれば考え直せるのか」

つまりグラントは、働く人の心のなかにある、やる気、親切、創造性、迷い、思い込みなどを、心理学の虫眼鏡でのぞいてきた研究者なのです。

「仕事が誰かに届いている」と、人は少し強くなる

グラントの代表的な研究テーマのひとつが、「仕事の意味」です。

仕事というものは、毎日きらきら輝いているとは限りません。

書類を入力する。電話をかける。床を掃除する。商品を並べる。メールに返信する。

一つひとつを切り取れば、「これは歴史を動かす大仕事だ」と胸を張るのが難しい日もあります。むしろ昼すぎになると、「私の今日の仕事、コピー機との交渉だけでは?」という気持ちになることもあるでしょう。

しかしグラントは、仕事そのものが地味であっても、「その仕事が誰かの役に立っている」と実感できれば、人の働き方が変わるのではないかと考えました。

2008年の研究では、大学への寄付を呼びかける職員や救助員などを対象に、仕事が他者へ与える影響を実験的に調べています。その結果、自分の仕事が誰かの生活にどのような影響を与えているのかを実感した人たちは、仕事への努力や人を助ける行動を高めることが示されました。

人は、給料だけで動く機械ではありません。

「あなたの仕事のおかげで助かりました」

その一言が、数字だけでは動かなかった心のエンジンに、静かに火を入れることがあるのです。

グラントの研究は、仕事の意味とは、立派な職業名についている飾りではなく、「自分の仕事の向こう側に誰がいるのか」を知ることから生まれるのだと教えてくれます。

親切な人は、最後に得をするのか

グラントを広く知られる存在にした大きなテーマが、「与える人」の研究です。

職場には、大まかに分けると三つの人がいると考えられます。

まず、自分が受け取る利益を優先する人。

次に、もらった分だけ返そうとする人。

そして、損得をすぐに計算せず、先に相手を助けようとする人です。

ここで気になるのは、「親切な人は利用されて終わるのではないか」という問題でしょう。

世の中は、善意だけで渡れるほど、ふわふわした綿菓子の橋ではありません。助けてばかりいれば、仕事を押しつけられ、気づけば自分だけ終電、ということもあります。

グラントの研究がおもしろいのは、「親切にすれば必ず成功します」と単純に言わないところです。

人に与えるタイプの人は、成功の階段の上のほうにもいれば、下のほうにもいる。つまり、もっとも成功する可能性がある一方で、もっとも疲れ果てる危険もあるのです。

大切なのは、何でも引き受けることではありません。

相手の役に立ちながら、自分の時間や力も守る。助ける相手や方法を選び、善意にきちんと玄関の鍵をつけておく。

グラントが描く親切は、ただのお人よしではありません。人のために力を使いながら、自分まで沈まないための、少し賢い親切なのです。彼の著書では、成功を競争だけで考えるのではなく、他者への貢献という視点から見直す考え方が紹介されています。

新しい考えを出す人も、ちゃんと怖がっている

グラントは、創造性や独創性についても研究しています。

新しい考えを出す人というと、会議で突然立ち上がり、「この業界を変えます!」と窓の外を見つめる人物を想像しがちです。

しかし実際の独創的な人たちは、もっと普通です。

失敗を怖がります。自分の案を疑います。先延ばしもします。ときには、びっくりするほど出来の悪い案も出します。

それでも、新しい考えを持つ人は、失敗しない人ではありません。

失敗する可能性を抱えたまま、「それでも試してみるか」と一歩を出す人なのです。

グラントが伝えているのは、優れた考えを生み出すには、最初から百点の案を狙うのではなく、たくさんの案を出す必要があるということです。名案だけを生産する工場はありません。名案の横には、たいてい「なぜ会議で言ってしまったのだろう」という案も何個か転がっています。

創造性とは、天才だけが持つ雷のようなひらめきではありません。

恥ずかしい案や未完成の考えを、机の上に出してみる勇気でもあるのです。グラントは講演や著書を通して、独創的な人も恐れや疑い、失敗を経験しながら、それでも考えを形にしていくことを紹介しています。

「自分は正しい」を、いったん椅子に座らせる

グラントの研究や著作を貫くもうひとつの大きなテーマが、「考え直すこと」です。

人は一度、「これが正しい」と思うと、その考えに表札をつけて住み始めます。

反対の情報が来ても、「ただいま留守です」と居留守を使います。自分の意見を守るためなら、証拠のほうに引っ越してもらおうとすることさえあります。

しかし、世の中は変わります。

昨日まで役に立った考え方が、今日も正しいとは限りません。昔の成功体験が、未来では重たい家具になることもあります。

だからこそグラントは、知性とは、たくさん知っていることだけではなく、自分の考えを見直し、必要なら手放せることでもあると説きます。

「自分が正しいつもりで主張し、自分が間違っているつもりで聞く」

これは、彼の姿勢をよく表す考え方です。

考え直すことは、負けではありません。

昨日の自分に裏切り者と呼ばれても、今日の自分が少し賢くなるなら、その引っ越しには価値があります。

元手品師で、飛び込み競技にも打ち込んだ研究者

グラントの経歴には、少し意外な横道があります。

彼はハーバード大学を卒業し、ミシガン大学で組織心理学の博士号を取得しました。その後、ペンシルベニア大学ウォートン校の教授となり、経営学と心理学の両方に関わりながら、仕事の動機、意味、親切、指導力、創造性などを研究しています。ウォートン校では、7年連続で学生からもっとも高く評価された教授として紹介されています。

これだけなら、「なるほど、まっすぐな学者人生ですね」で終わるのですが、彼はかつて手品師として活動し、若いころには飛び込み競技にも打ち込んでいました。

空中で体を回転させ、観客の目の前で仕掛けを見えなくする。

考えてみれば、どちらもグラントの研究とどこか似ています。

当たり前だと思っていた景色を、くるりと別の角度から見る。見えているものの裏側に、どんな仕組みがあるのかを探る。

手品の種を探していた青年は、やがて「人が働く理由」という、もっと複雑な仕掛けを研究するようになったのかもしれません。

研究室と一般社会のあいだに橋を架けた人

グラントの大きな特徴は、研究成果を専門家だけのものにしなかったことです。

著書、講演、新聞記事、音声番組などを通して、心理学の知見を一般の人にもわかる言葉で届けてきました。代表的な著書では、与えることと成功の関係、独創的な人の特徴、思い込みを見直す方法、まだ表に出ていない可能性の育て方などが扱われています。著書は多数の言語に翻訳され、講演も世界中で広く視聴されています。

彼の文章には、「研究によれば、こうです」で人を置き去りにしない親しみがあります。

むしろ、「あなたの職場にも、こんな人いませんか」「自分もこういう失敗をしました」と、研究室の白衣を少しまくり上げ、読者の隣に座って話してくれるような感覚があります。

そして、その根っこにあるのは、人はもっとよく働ける、もっと賢く助け合える、もっと柔らかく考え直せるという希望です。

ただし、それは「気合を入れれば何でもできます」という精神論ではありません。

仕事の仕組みを変える。誰かへの影響を見えるようにする。助け方を工夫する。失敗できる環境をつくる。意見ではなく証拠を見る。

人間を叱って動かすのではなく、人が自然に動きやすくなる条件を探す。それが、グラントの心理学なのです。

アダム・M・グラントは、働く人の心を研究しながら、私たちにこう問いかけているように見えます。

「あなたの仕事は、誰に届いていますか」

「あなたの親切は、自分も守れていますか」

「その考えは、本当に今も正しいですか」

どれも、すぐには答えにくい問いです。

けれど、答えにくい問いほど、人生の机の引き出しに長く残ります。

グラントは今日も、職場の会議室、電話の向こう側、誰かを助けた瞬間、そして「もしかすると自分が間違っているかもしれない」と立ち止まる心のなかで、人間が少しだけよく働き、よく生きるための手がかりを探している研究者なのです。

参考文献・確認先:アダム・M・グラント 公式プロフィール(ペンシルベニア大学ウォートン校) / Google Scholar:アダム・M・グラント 論文・引用情報 / PubMed:アダム・M・グラント 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

アダム・M・グラント(Adam M. Grant)の研究から学べること

アダム・M・グラントの研究から学べることは、ひと言でまとめるなら、「人は、自分のためだけに働くよりも、誰かとのつながりを感じたときに、思っている以上の力を出せる」ということです。

とはいえ、これは「世のため人のために、寝ずに働きましょう」という話ではありません。

そんなことをしたら、社会がよくなる前に、こちらの目の下が先に真っ黒になります。

グラントの研究がおもしろいのは、人を助けることの素晴らしさだけでなく、助けすぎて疲れる危険、仕事に意味を感じられない苦しさ、新しい意見を出す怖さ、自分の考えを変える難しさまで、きちんと見ているところです。

人間を「やる気のある人」と「やる気のない人」に分けるのではありません。

どうすれば人は動きやすくなるのか。どんな環境なら、親切が消耗ではなく力になるのか。なぜ自信のある人でも間違えるのか。

グラントは、働く人の心を叱るのではなく、心が動く条件を探してきたのです。

仕事のやる気は、「誰かの役に立っている」という実感から生まれる

仕事のやる気が出ないとき、私たちはよく自分を責めます。

「根性が足りない」

「もっと前向きにならなければ」

「朝から元気な人は、いったい何を食べているんだ」

しかし、グラントの研究から見えてくるのは、やる気は本人の性格だけで決まるものではないということです。

同じ仕事でも、「この作業が誰につながっているのか」が見えるだけで、取り組み方が変わることがあります。

たとえば、書類を一枚作る仕事があるとします。

ただ「今日中に入力してください」と言われれば、そこにあるのは締め切りと数字です。こちらも「はいはい、入力ですね」と、心を留守番させたまま指だけ動かすかもしれません。

ところが、「この書類が完成すると、困っている人が早く支援を受けられます」と伝えられたら、同じ入力作業でも少し景色が変わります。

仕事の向こう側に、人の顔が見えてくるからです。

グラントの研究では、自分の仕事が他者にどのような影響を与えているかを知ることが、努力や粘り強さ、人を助ける行動につながることが示されてきました。

ここから学べるのは、仕事の意味は、頭のなかで無理やり作るものではないということです。

「この仕事には意味がある。意味がある。よし、意味が出てきたぞ」

そんなふうに念じても、意味は電子レンジのように温まりません。

必要なのは、自分の仕事が誰に届き、何を支えているのかを具体的に知ることです。

接客の仕事なら、お客さんの不安を減らしているかもしれません。

清掃の仕事なら、誰かが安心して過ごせる場所を守っています。

調理の仕事なら、お腹だけでなく、その人の一日の土台を支えています。

事務の仕事なら、人や情報が迷子にならないよう、組織の道を整えています。

目の前の作業だけを見ると、仕事は細切れになります。

けれど、その先にいる人まで見ると、細切れだった仕事が一本の物語につながります。

「人の役に立ちたい」は、立派な働く理由になる

仕事について語るとき、よく「自分の成長」「自分の夢」「自分らしさ」が大切だと言われます。

もちろん、それらも大事です。

ただ、毎朝「自分らしさ」を胸ポケットに入れて出勤できるほど、人間は器用ではありません。

自分の成長だけを燃料にしていると、成長を実感できない時期にエンジンが止まりやすくなります。

そこでグラントの研究が教えてくれるのが、他者のために頑張りたいという気持ちの力です。

「家族を安心させたい」

「後輩が困らないようにしたい」

「この仕事を待っている人がいる」

「自分と同じことで悩む人を減らしたい」

こうした理由は、ときに自分の成功だけを目指すよりも、粘り強さを生みます。

自分のためだけなら、「今日は疲れたから、まあいいか」で終われることもあります。

しかし誰かの顔が浮かぶと、「あと少しだけやっておこう」と踏ん張れることがあります。

人のために頑張ることは、自己犠牲の美談ではありません。

人は関係のなかで生きているため、「誰かに届いている」という感覚そのものが、心の力になるのです。

ただし、ここには注意もあります。

誰かのために働くことが、「自分を壊してでも尽くすこと」になってはいけません。

それは貢献というより、心の非常ベルを布団で押さえ込んでいる状態です。

人の役に立つことと、自分を守ることは、対立しません。

むしろ長く人を支えるためには、自分の体力、時間、気持ちを守る必要があります。

親切な人ほど、境界線を持ったほうがいい

グラントの研究や著作でよく知られているのが、人との関わり方についての考察です。

世の中には、自分が受け取ることを優先する人もいれば、受け取った分だけ返す人もいます。そして、自分から先に与えようとする人もいます。

では、人に親切な人が、最終的にもっとも成功するのでしょうか。

ここでグラントは、「はい、親切にしていれば全部うまくいきます」とは言いません。

現実は、そんなに整った童話ではないからです。

親切な人は、人に信頼され、大きな成果につながることがあります。その一方で、頼まれごとを断れず、仕事を抱え込み、最後には机の観葉植物より元気がなくなることもあります。

つまり、与える人は大きく成功する可能性もあれば、大きく消耗する可能性もあるのです。

ここから学べるのは、「親切をやめる」のではなく、「親切の使い方を考える」ということです。

誰にでも、何でも、すぐに応じる必要はありません。

できることと、できないことを分ける。

自分にしかできない支援なのかを考える。

相手が自分でできることまで代わりにやらない。

助けたあと、自分が回復する時間も確保する。

こうした境界線は、冷たさではありません。

親切を長持ちさせるための容器です。

コップに底がなければ、どれだけ水を注いでも誰にも渡せません。

自分を守ることは、親切を続けるための準備なのです。

人を助けるなら、「相手が自分で動ける助け方」を選ぶ

人を助けるとき、つい全部やってあげたくなることがあります。

困っている人を見ると、「もう私がやります」と腕まくりしたくなる。

ところが、手伝う側が全部引き受けると、相手は助かっても、自分でできるようにはならないことがあります。

グラントの研究から学べる大切な視点は、助ける量だけでなく、助け方の質を見ることです。

本当によい支援は、相手を自分に依存させるものではありません。

相手が次から少し自分で進めるようになる助け方です。

答えを全部渡すより、一緒に考える。

代わりに決めるより、選択肢を整理する。

失敗を取り上げるより、小さく失敗できる場所をつくる。

これは職場でも、子育てでも、相談支援でも同じです。

助ける人が英雄になる必要はありません。

相手の人生の運転席を奪わず、地図を一緒に広げる。それくらいの距離が、案外ちょうどよいのです。

新しい考えは、最初から立派な服を着て現れない

グラントの研究からは、独創性についても多くのことを学べます。

私たちは、よい考えを持つ人について、少し勘違いしています。

優れた案を出す人は、最初から正解が見えている。

自信満々で、迷わず、失敗を恐れない。

頭の上には常に電球が光り、会議では全員が拍手する。

実際には、そんな人が毎週会議に来たら、少し落ち着いてほしいと思うでしょう。

新しい考えを生み出す人も、不安になります。

「変なことを言ったと思われないだろうか」

「失敗したら恥ずかしい」

「今のやり方を変える必要なんてない、と言われそうだ」

それでも、未完成な考えを外に出してみます。

そして、よい案を出す人ほど、じつは悪い案もたくさん出しています。

百発百中で名案を出すのではありません。

たくさん打席に立つから、よい案が混ざるのです。

ここから学べるのは、「よい案を出そう」と力むより、「案の数を増やそう」と考えたほうがよいということです。

最初の案を完成品だと思わない。

荒くても書き出す。

人に見せて反応をもらう。

うまくいかなければ修正する。

創造性は、一度のひらめきで生まれる宝石ではありません。

石ころに見える考えを並べ、そのなかから光るものを拾い、何度も磨く作業です。

だから、最初の案が平凡でも心配はいりません。

最初から傑作が出るなら、下書きという言葉はこの世に存在していません。

先延ばしが、考えを育てることもある

先延ばしは、いつも悪者にされます。

締め切り前に慌てる。

やるべきことを避ける。

机を片づけ始めたら、なぜか昔の写真を発見し、思い出の旅に出る。

たしかに、何でも後回しにすれば困ります。

ただし、グラントが紹介してきた研究には、すぐに作業を終わらせず、少し寝かせることが創造性につながる可能性を示すものがあります。

課題について考え始めたあと、別のことをしている時間にも、頭のどこかで考えが動き続けることがあります。

味がしみるまで煮物を少し置いておくように、考えにも寝かせる時間が必要な場合があるのです。

ただし、これは「締め切りの五分前まで何もしなくてよい」という許可証ではありません。

大切なのは、完全に放置するのではなく、早めに手をつけてから少し離れることです。

まず考え始める。

途中まで書く。

いったん別の作業をする。

その後、もう一度戻ってくる。

この「始めてから離れる」が重要です。

何も始めずに寝かせても、寝ているのは考えではなく、ただの予定です。

意見を持つことと、意見にしがみつくことは違う

グラントの研究や考え方で、とくに現代に必要なのが「考え直す力」です。

人は、自分の考えを自分の一部だと思いやすいものです。

意見を否定されると、人格まで否定されたように感じます。

そのため、いったん信じたことを守るために、都合のよい情報ばかり集めてしまうことがあります。

自分の意見に賛成する話を見つけると、「やはり私は正しかった」と大きくうなずく。

反対する話を見ると、「この人はわかっていない」と窓の外へそっと置く。

心のなかに、小さな裁判官が住み着いているようなものです。

けれど、考え直すことは、自分を否定することではありません。

新しい情報に合わせて、自分の地図を書き換えることです。

昔の地図にはなかった道ができたなら、地図を直すのが自然でしょう。

「私は前にこう言ったから」と、川のなかに昔の道を探し続ける必要はありません。

グラントの研究から学べるのは、自信と謙虚さは同時に持てるということです。

今の時点では、自分の考えが正しいと思う。

けれど、間違っている可能性も残しておく。

この姿勢があると、意見の違う相手を敵にせずに済みます。

「あなたは間違っている」と考える代わりに、「自分が見落としているものはないだろうか」と考えられるからです。

「頭がいい人」ほど、考え直せるとは限らない

知識が多ければ、思い込みから自由になれる。

そう思いたくなりますが、現実はそう単純ではありません。

頭の回転が速い人は、間違いに気づくのも早いかもしれません。

しかし同時に、自分の間違いを正当化する理由を作るのも上手です。

つまり、知性は真実を探す道具にもなれば、自分の意見を守る城壁にもなります。

議論に勝つことばかり考えていると、相手の話を聞いているようで、実際には次の反論を準備しているだけになります。

相手が話している間、心のなかでは反論用の鍋がぐつぐつ煮えています。

これでは、情報交換ではなく、言葉の綱引きです。

そこで大切になるのが、「自分の意見を守る人」ではなく、「よりよい答えを探す人」になることです。

議論の目的を、勝敗から発見へ変える。

相手を言い負かすのではなく、自分たちがまだ見えていない部分を探す。

この姿勢は、職場の会議でも、人間関係でも役に立ちます。

正しさを証明することに力を使いすぎると、正しい答えから遠ざかることがあるのです。

反対意見をくれる人は、少し苦い薬になる

自分と意見の合う人と話すのは気持ちがよいものです。

「そうですよね」

「わかります」

「やっぱりそう思いますよね」

会話がするすると進み、心も温かくなります。

一方で、反対意見を言う人は、会議に小石を投げ込むような存在に感じることがあります。

「いま、いい感じでまとまりそうだったのに」

しかし、グラントの研究から学べるのは、反対意見には集団の思い込みを崩す力があるということです。

全員が賛成しているときこそ、見落としが生まれやすくなります。

誰も異論を言わないので、「これで正しいのだろう」と思い込んでしまうからです。

そこで必要なのは、ただ否定する人ではなく、「別の見方を持ち込んでくれる人」です。

「この案が失敗するとしたら、どこでしょう」

「利用する人の立場では、どう見えるでしょう」

「私たちが当然だと思っている前提は、本当に当然でしょうか」

こうした問いは、決まりかけた話に冷たい風を入れます。

少し寒くなりますが、部屋の空気は新しくなります。

大切なのは、反対意見を言った人を「協調性がない」と片づけないことです。

意見の違いを歓迎できる組織は、失敗を早めに見つけられます。

全員が同じ方向を向くことが団結なのではありません。

違う方向を見た人が見つけた危険も、みんなで共有できることが、本当の強さなのです。

人の可能性は、現在の実力だけでは測れない

グラントは、人が持つ可能性についても大切な視点を示しています。

私たちはつい、現在の能力だけで人を判断します。

話すのが上手だから、将来有望。

すぐに覚えられるから、才能がある。

最初から器用にできるから、向いている。

しかし、最初の出来栄えだけでは、その人がどこまで伸びるかはわかりません。

今できることと、これからできるようになることは別だからです。

むしろ重要なのは、助言を受け入れられるか、失敗から学べるか、練習を続けられるか、周囲の支援を使えるかという点です。

最初から目立つ人が、最後まで伸び続けるとは限りません。

最初は不器用でも、少しずつ学び方を覚えた人が、長い時間をかけて大きく伸びることがあります。

植物を見て、「まだ芽しか出ていないから、たいした木にはならない」と判断する人はいません。

人間だけ、なぜか芽の段階で採点されがちです。

グラントの研究からは、人の可能性を見るとき、現在地だけでなく、学び方や伸び方にも目を向ける必要があると学べます。

よい指導者は、「自分のようになれ」と言わない

人を育てる立場になると、自分の成功体験を教えたくなります。

「私はこの方法でうまくいった」

「若いころは、もっと厳しく鍛えられた」

「まずは黙って三年続ければいい」

経験は大切です。

しかし、自分に合った方法が、相手にも合うとは限りません。

靴のサイズが違うのに、「私はこれで歩けた」と同じ靴を渡しても、相手は足を痛めます。

グラントの研究から学べるのは、よい指導とは、自分の型に相手を押し込むことではないということです。

相手が何を得意としているか。

何に関心を持っているか。

どんな環境なら力を出しやすいか。

どのような支援があれば一歩進めるか。

それらを一緒に見つけていくことが大切です。

指導者の役割は、自分の小さな複製を作ることではありません。

相手が自分なりの強みを育てられるよう、光の当たり方を調整することです。

やる気のない人を責める前に、環境を見る

グラントの研究を読んでいると、「本人の意識が低い」という言葉を簡単に使えなくなります。

もちろん、本人の努力や責任がまったく関係ないわけではありません。

ただ、人の行動は環境から大きな影響を受けます。

仕事の目的が見えない。

感謝される機会がない。

失敗すると強く責められる。

新しい提案をしても笑われる。

頑張っても評価の基準がわからない。

助けを求めると能力がないと思われる。

こんな環境で「もっと主体的に動いてください」と言われても、心は「まず安全をください」と返事をするでしょう。

人を変えたいなら、その人を叱る前に、置かれている環境を見直す必要があります。

仕事の意味を伝える。

よい行動を具体的に認める。

意見を言っても不利益を受けないようにする。

小さく試せる機会をつくる。

必要な情報や支援を渡す。

こうした工夫は、派手ではありません。

しかし、人のやる気を精神論だけに任せないという点で、とても重要です。

人の心に直接ねじを差し込み、「やる気を三回転上げます」という修理はできません。

けれど、心が動きやすい環境を整えることはできます。

成功とは、自分だけが高く上がることではない

グラントの研究が投げかけている最後の問いは、「成功とは何か」ということかもしれません。

一般的な成功は、収入、地位、肩書、成績などで測られます。

もちろん、それらも無視はできません。

けれど、自分だけが階段を上り、後ろにいた人を全部蹴り落として頂上に着いたとして、そこで見える景色は本当に美しいのでしょうか。

グラントの研究から見えてくる成功は、もう少し広いものです。

自分が成長する。

周りの人も力を発揮できる。

仕事が誰かの役に立つ。

よい考えが組織に残る。

自分がいなくなったあとも、助け合える仕組みが残る。

それは、一人で表彰台に立つ成功ではありません。

自分の働きによって、誰かが次の一歩を踏み出せるようになる成功です。

人を助けることは、自分の成功をあきらめることではありません。

自分の成功のなかに、他者の前進も含めることです。

グラントの研究は、「人はもっとよく働ける」という希望をくれる

アダム・M・グラントの研究から学べることは、特別な経営者や天才だけに役立つものではありません。

毎日の職場で、家庭で、人間関係のなかで使える考え方です。

仕事の向こう側にいる人を見る。

親切に境界線をつける。

未完成な案を出してみる。

反対意見を敵扱いしない。

間違いに気づいたら、考えを更新する。

現在の実力だけで、人の未来を決めない。

どれも、一日で完璧にできるものではありません。

むしろ実際には、誰かを助けすぎて疲れたり、自分の意見にしがみついたり、会議でよい案が浮かばず、お茶だけ立派に飲んで帰ったりします。

それでもよいのです。

グラントの研究が教えてくれるのは、人間は完成品ではなく、考え直し、助け方を学び、働く意味を見つけ直していける存在だということです。

私たちは、もっと強くならなければ変われないのではありません。

見方を少し変え、環境を少し整え、誰かとのつながりを少し思い出すことで、動き始められることがあります。

やる気は、自分の内側だけを掘って見つけるものではありません。

誰かとのあいだに、ひっそり置かれていることもあるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

アダム・M・グラント(Adam M. Grant)の論文一覧

1.『「この仕事には意味がある」は成果を変えるのか? – 仕事の意義がパフォーマンスを高める仕組みと、その効果が生まれる条件』アダム・M・グラント(2008)

Grant, A. M.(2008). The Significance of Task Significance: Job Performance Effects, Relational Mechanisms, and Boundary Conditions. Journal of Applied Psychology, 93(1), 108–124.
DOI:10.1037/0021-9010.93.1.108

「仕事に意味を感じれば、ほんとうに成績は上がるの?」「気分の問題では?」そんな疑問を、グラントは募金電話の担当者や監視員の現場へ持ち込みました。すると、自分の仕事が誰かを助けていると知った人は、成果や仕事への献身、人助けが向上。ただし、誰にでも同じ魔法が効くわけではなく、性格や価値観でも効果は変わります。給料や根性だけでは説明できない、やる気の秘密。仕事の意味は、立派な標語ではなく「この仕事が誰に届くか」に宿るのかもしれません。「その仕事、誰に届いていますか?」と机の向こう側を見せてくれる論文です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
仕事のやりがいは成果を高める?3つの職場実験でわかった条件
仕事のやりがいは成果を高める?3つの職場実験でわかった条件
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